小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 タイムズとサンデー・タイムズのサイト閲読が有料化になって、今、購読者(ネットオンリー)はどれぐらいいるのか?憶測ばかりが出ていて、タイムズ側からの公式な数字が出ていないので正確なところは分からないが、とりあえず、8月中旬時点の状況をドイツとフランスの状況も入れて、「新聞協会報」(8月24日付)に書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 タイムズのサイト有料化のポイントは、「購読者数やアクセスが減っても、それ自体は織り込み済み」ということであろう。

****
 
 英高級紙タイムズとその日曜版サンデー・タイムズが今年6月、それまで無料だった電子版の閲読に有料制を導入した。最初の1か月は無料テスト期間で、実質的な課金制導入は7月上旬だった。米調査会社によればタイムズの電子版訪問者は導入以前と比較してほぼ半減した。欧州ではすでに複数の大手紙が電子版閲読を有料化している。

 タイムズ、サンデー・タイムズの電子版有料化の目的は、「良質なジャーナリズムの維持」と「生き残り戦略」(同紙を発行するニューズ・インターナショナル社経営陣)だ。

 日本同様、英国でも新聞の発行部数が慢性的に下落し、読者も広告主もネットに移動する傾向が続く。下落する発行部数、広告収入を横目に、新たな収入源として電子版有料化が視野に入った。タイムズはすべての記事を「有料の壁」(ペイウォール)の中に入れる全面有料制をとった。これは英国の主要紙では初の試みだった。

 閲読料金は1日1ポンド(約133円)で、両紙の電子版がアーカイブも含め閲読できる。1週間では2ポンドと格安だが、これは最初の30日間が1ポンドで、それ以降は毎週2ポンド(月では8ポンド)の支払い契約を交わす形だ。紙媒体の定期購読者は無料で閲読できる。

 一度料金を払えば、ニュースに加え、著名コラムニストや有名人とのチャットや情報交換、映画や美術展を低価格で鑑賞できるといった会員制クラブ「タイムズ・プラス」のサービスが利用できる。

 8月中旬時点で、タイムズ側は課金制利用者数など電子版にかかわる数字を発表していない。米調査会社コムストアによれば、課金制導入以前の5月、タイムズのユニーク・ユーザー数は2794万人だったが、7月には約42%の減の1614万人となった。ページビューも2900万から900万に下落した。

 利用者やアクセスの大幅下落を有料化策の失敗と解釈するのは早計だ。

 課金制導入の意図は、無料時代よりは少ない利用者でも購読料収入を得て、かつ効果的な広告を出すことにあるからだ。元タイムズのメディア記者の推算によれば、約20万人の課金購読者がいれば、購読料総額が両紙のこれまでのデジタル収入と同額となる。

 他方、複数の欧州紙が、すでに閲読課金制を電子版に導入している。

 ドイツ最大の新聞グループ、アクセル・シュプリンガー傘下のベルリナー・モルゲンポスト紙、ハンブルガー・アーベンブラット紙は、昨年末から、無料と有料記事を組み合わせる方式でそれぞれ一か月4・95ユーロ(約544円)、7・95ユーロの電子版閲読料金を課している。7月までに、前者はアクセス数がほぼ横ばいとなっているが、地元市場でブランド力が強い後者は課金制導入以前よりも大きなアクセス数を達成している。

 フランスではル・フィガロ紙が2月から、ニュース以外の電子版サービスの一部を有料化した。3種類の購読方式を選択でき、最高額の「ビジネス」コースは毎月15ユーロ。ル・モンドも以前から一部有料制を導入してきたが、3月末以降、紙媒体、ウェブサイト、iPhone(アイフォーン)、iPad(アイパッド)のすべてで一括して読めるサービスを、毎月15ユーロで提供している。

 フランスで最近話題をさらったのが、広告を取らず、購読料のみで運営されているニュースサイト、メディアパー(Mediapar)だ。

 6月、サルコジ大統領への違法献金疑惑のスクープ報道で名を上げた。ルモンドの元記者らが2008年に開始した左派系サイトは調査報道を主とする。編集スタッフは25人(25歳から60歳)。6月以前の購読者は2万5千人だったが、スクープ以降、5千人以上増えたという。5月に150万だったページビューも、6月には410万へ増加した。この人気は、「読みたいニュースはお金を払ってでも読む」という現象の現れともいえよう。

参考:仏メディアパー関連記事(ガーディアン)
http://www.guardian.co.uk/media/2010/jul/12/bettencourt-tapes-mediapart



 
by polimediauk | 2010-08-24 17:10 | 新聞業界
 米南部ルイジアナ州の沖合い約80キロのメキシコ湾で、4月20日、石油掘削施設が爆発し、大量の原油が流出した。地元のビジネスや環境に多大な悪影響をもたらし、鉱区の採掘権を保有する英国際石油資本BPは米国民や政治家の大きな批判の的になった。英国人のBP最高経営責任者による「失言」が続き、英米間の外交関係に悪影響を及ぼす懸念も出た。

 原油流出による地元民の生活やビジネスへの損害、環境破壊の影響も大きい。原油流出事件のこれまでを英国の視点から振り返った原稿を、在英邦字誌「英国ニュースダイジェスト」の最新号(8月19日号)に書いた。以下はそれに補足したものである。(今日明日中には、ニュースダイジェストのウェブサイト「ニュース解説」にグラフつきで掲載されるはずである。http://www.news-digest.co.uk/news/index.php )

 今回の事件を英国から眺めると、最も目立ったのが、反BP,反英感情の高まりだった。また、後半に出てくる「リビア疑惑」の関連で、「ロッカビー爆破事件」について知りたい方は過去エントリーもご参照のこと。http://ukmedia.exblog.jp/12265709

 (以下、非常に長いエントリーになったので、あらかじめご了承ください!!!)

***

 4月20日夜、米南部ルイジアナ州沖のメキシコ湾海上にある石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライズン」で、大規模な爆発と火災が起きた。11人の作業員が行方不明となり(後、死亡)、22日、施設は海に沈んだ。水深約1500メートルの海底に伸びる、破損した掘削パイプから、大量の原油が海中に流れた。

 石油掘削施設はスイスの会社トランスオーシャンが所有していたが、同社に作業を委託していたのは鉱区の採掘権を持つ英「国際石油資本」 BPだった。BPにとって、流出を止めるための何ヶ月にも渡る戦いが始まった。

 世界の各地でさまざまな石油会社が、「深海油田」(水深300-500メートルを超える海域の油田)開発のための掘削作業を日々行っている。

 原油価格が高騰した2,3年前から、特に人気となっており、オバマ米大統領も、3月、新規深海油田開発を推進する案を発表したばかり。

 特に穴場となっている地域の1つが「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれる、メキシコ湾、アフリカ・アイボリーコースト、ブラジルを結ぶ三角地帯の水域だ。米政府によると、メキシコ湾での深海油田用掘削施設は1992年の3から2008年の12に増えている。

 BPが採掘を委託した掘削施設は2001年に操業を開始。昨年9月、メキシコ湾の別の場所で、水深1万メートル以上の部分で作業を行い、世界最深の掘削施設として記録を作った。

 海底のパイプから噴出したガスと原油の流出を止める作業には時間がかかった。BPは、海底油井の入り口に重液、セメントを注入する「トップキル」、ドーム型装置を使って原油を海上に吸い上げる方法、セメントを流し込んで封じ込める「スタティック・キル」作戦などを実行。

 8月上旬には流出をほぼ止めたが、約490万バレルの原油が流出してしまった。BPによる事故の対策費用は61億ドル(約5210億円)に上った(8月9日時点)。

 7月末明らかになったBPの2010年第2四半期決算は純損益が171億5000万ドルの赤字。前年同期は43億8500万ドルの黒字であったのとは対照的となった。原油事故関連で、321億9200万ドルの特別損失を計上したためだ。

 しかし、悲惨なのはBPというよりも、米国の地元市民だった。メキシコ湾に接するルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、フロリダの各州の沿岸は油膜や油の塊が漂着し、海域の三分の1が漁業禁止区域に指定されたのだ。観光業や地元沿岸経済が大きな打撃を受けてしまった。

―英米関係にきしみ?

 地元民や惨状を知った米国民、政治家から大きな怒りと不満の声があがった。怒りの矛先は、速攻策を打ち出せないように見えたオバマ米大統領、BP、英国(BPは現在多国籍企業だが、英国に本社を置く)だった。

 特に槍玉にあがったのが、まるで事故が他人事でもあるかのように、「早く自分の生活を取り戻したい」と発言した、BPの最高経営責任者(CEO)トニー・ヘイワード氏だ。オバマ米大統領が米テレビのインタビューの中で(自分がそうする立場にあれば)「私だったらヘイワードを解雇する」と発言し、反ヘイワード感情をあおった。事故処理に当たる一方で、一時英国に帰国したヘイワード氏がヨットレースを観戦したことも不評を買った。

 オバマ大統領のBP批判は次第にエスカレートした。6月、ホワイトハウスの執務室からの初のテレビ演説の場を使い、BPに対し、被害を受けた地元民への保証に必要な資金を確保するよう求め、国を挙げての重要な問題であることを示した。翌日、大統領と長時間にわたって会談したBP幹部は、年内の配当見送りを発表している。株主よりも問題処理を優先するべきというのが大統領の持論だった。

 6月17日、原油流出問題を巡って開催された、米下院エネルギー・商業委員会小委員会の公聴会に召還されたヘイワード氏は、7時間を越える質疑応答の冒頭に「深いお詫び」を表明した。しかし、事故原因に関して「調査中なので答えられない」などとし、議員からの反感をさらに増大させてしまった。

 反ヘイワード、反BP感情が、次第に英国に対する不信感へとエスカレートしたように思えたのが、「リビア疑惑」だ。

 米パンナム機爆破事件(1988年)の犯人として、事故の場所となったスコットランドで受刑中だった元リビア情報機関員が、昨年、病気を理由に恩赦となって本国に帰国した件があった。イングランド地方とは別の司法制度と議会を持つスコットランドの法曹界と政界の判断による恩赦・帰国だったが、一部の米政治家らが「BPがリビアとの油田開発計画を進めるために、恩赦となるよう英政府に圧力をかけた」と主張するようになったのだ。

 7月20日、訪米したキャメロン英首相とオバマ大統領が会談し、英米両国が「特別な関係」を持つことを確認し合ったが、BPに対する疑念のまなざしは米国内で消えていないようだ。

 そのほぼ1週間後、BPは、ヘイワード氏が9月末で辞任すると発表した。後任は米国出身のボブ・ダドリー取締役だ。同氏の課題は企業イメージの回復と被害補償の対応になりそうだ。被害地域に住む地元民や生活の糧を失った漁業を営む家庭にとって、まだまだ心が休まらない日々が続く。

ー原油流失事故が起きた場所
http://www.bbc.co.uk/news/10309001

ー原油流出事件の経緯

2010年4月20日:米ルイジアナ州ベニスの南東部から沖合い約84キロの、メキシコ湾に設置された石油掘削施設「ディープ・ウオーター・ホライズン」で、爆発事故発生。11人が死亡。
22日:36時間の炎上後、掘削施設が海底に沈む。
26日:BPが深海ロボットを使って原油の流出を止めようとするが、失敗。
30日:流出原油がルイジアナ州の海岸に表面化する。オバマ大統領が米国内での新たな海底石油掘削作業の開始を禁止する(11月末まで)。
5月2日:オバマ大統領が第1回目の現地視察。原油流出と清掃の責任は「BPにある」と発言。
8日:BPが原油が流出している掘削施設に巨大な金属製の箱を置いて流出を止める作戦開始するが、失敗に終わる。
11日:ディープ・ウオーター・ホライズンに関わったBP、施設を所有しているトランスオーシャン、設置工事を行ったハリバートンの3社が責任の擦り付け合い。
10日:BPが流出部分にゴルフボールや古いタイヤなどを詰め込む「ジャンク・ショート」作戦を開始。金属製のドームをかぶせる「トップハット」作戦の準備開始。
19日:海洋学者が流出原油が米東岸にまで流れる可能性を指摘。
26日:BPが泥を使って施設を取り外す「トップ・キル」作戦を開始。3日後、失敗したと報告。
28日:オバマ大統領が2回目の現地視察。「最後の責任は自分がとる」と発言。
6月2日:原油流出を巡り、BPに刑事責任を求めるための調査が米国で開始される。
4日:オバマ大統領が3回目の現地視察。
8日:大統領が「誰の尻を蹴るべきか」、専門家と話していると述べる。
12日:オバマ大統領が、キャメロン英首相に対し、自分のBPに対する批判は国籍とは無関係と述べる。
14日:大統領が4回目の現地視察。
15日:大統領がテレビ演説で、「BPに損害の支払いをさせる」と語る。
16日:BPが原油流出で損害を受けた人を助けるための総額200億ドルの基金を設置する、また株主配当金の支払いは今年しないと発表する
17日:BPのヘイワード最高経営責任者が原油流出をめぐる問題で、米下院の公聴会に出席し、質疑応答を行う。
7月10日:BPが、より締りの良いキャップを流出が続く箇所に付着する作業を行うと発表する。
22日:BPが、泥を入れてゆく「スタティック・キル」作戦を準備中と述べる。ヘイワード最高経営責任者の辞任が噂に。
27日:ヘイワード氏が10月で辞任し、後任は米国人幹部ボブ・ダドリー氏になることをBPが発表。BPの第二四半期の決算が発表される。
8月3日:米政府が、流出原油の規模はこれまでで最大の490万バレルと発表する。
4日:BPが「スタティック・キル」作戦がうまく行っていると述べる。米政府原油流出原油の4分の3は自然の力で「清掃」された、とする。
9日:BPが原油流出事故の対策費用が61億ドルになったと発表。

(資料:BBC他)

ーBPの沿革


1908年:英国人ウィリアム・ノックス・ダーシーがイラン南西部マスジェデ・ソレイマーンで中東初の商業規模の油田を発見。
1909年:ダーシーがアングロ・ペルシャ・オイル・カンパニー(APOC)を設立。1914年:英国海軍省と燃料供給について長期契約を結ぶ。英政府が200万ポンドを投資し、3分の2の株式も取得。20年代半ばにかけて、欧州、オーストラリア、アフリカ、近東諸国に精製・販売活動を拡大。
1935年:社名をアングロ・イラニアン・オイル・カンパニーに変更。
1939-45年:第2次世界大戦中、同社のタンカー会社が4600万トンの石油製品を輸送。
1954年:社名をブリティッシュ・ペトロリアム・カンパニー・リミテッド(BP)に変更。
1956-58年:ナイジェリア初の商業規模油田(アファム)を発見。アブダビで海底油田発見に参加。
1965年:北海で最初の商業規模の天然ガス田、ウェスト・ソール・ガス田を発見。
1970年代:中東における事業が産油国政府によって国営化。BPにはいくつかの油田のわずかな利益のみ残る。
1978年:スタンダード・オイルの過半数の株を取得。
1984年:オーストリアの国内及び日本にガスを供給するースウェスト・シェルフ・プロジェクトからの最初のガスの販売が始まる。
1987年:英政府がBP株(31・5%)を市場に放出し、完全民営化。
1988年:英国の石油・天然ガス探査・生産会社、ブリトイル社を買収。北海の利権区域を倍増させる。
1999年:米石油会社アモコ(Amoco)と合併し、BP Amoco Plcになる。
2000年:自動車、オートバイ、船舶用潤滑油の英企業カストロールを買収。
2010年:メキシコ湾沖で原油流出事故発生。
(資料:BPウェブサイト、他)


ーBP最高経営責任者(CEO)トニー・ヘイワード氏

 イングランド南東部スラウ生まれの英国人。53歳。大学卒業後BP に就職し、北海油田の拠点スコットランド・アバディーンを皮切りに、世界各国で働く。採掘・生産部門の責任者として名を上げ、前CEOのブラウン卿に実力を認められる。2007年、BPのCEOに就任。「安全性を最優先する」と就任時に述べた。メキシコ湾沖原油流出事件では、「早く自分の人生を取り戻したい」など自己中心的と思われる発言が相次ぎ、米国民の非難の的になった。今年10月、退職予定。

ーBPの次期CEO ボブ・ダドリー氏

 BPの米国及びアジア担当の執行副社長。米ニューヨークで生まれ、ミシシッピー州で育った米国人。54歳。石油会社アムコ(元石油大手スタンダード・オイル)で働く。90年代はアムコのモスクワ支店で働き、1998年、アムコがBP に買収された後、2003年から08年までBPとロシア系石油企業の合弁会社TNK-BPの社長に。昨年からBPの経営陣の一員。6月からは社内のメキシコ湾復興計画の中心者として原油流出問題の処理に当たる。10月からヘイワードCEOの後を継ぎ、新CEO に就任予定。英国人のヘイワード氏への批判が米国内で強いことから、米国人のダドリー氏が選ばれたという説もある。

ー関連キーワード

International oil majors:国際石油資本または石油メジャー。請求の採鉱、生産、輸送、精製、販売までを取り扱う、石油系巨大複合企業全体の総称。第2次世界大戦から1970年代まで世界の石油生産をほぼ独占化していた7企業をイタリアの政治家エンリコ・マッティが「セブン・シスターズ」と呼んだ。70年代以降、産油国が石油開発への経営参加、国有化を推進し、次第に7企業の独占は崩れた。7社は合併、合理化され、現在は「スーパーメジャー」(エクソンモビール、シェブロン、BP、ロイヤル・ダッチ・シェル、トタル、コノコフィリップスの6社)といわれる。
by polimediauk | 2010-08-19 17:48 | 英国事情
 「NSK経営リポート」(2010年夏号 Vol 5 )という、日本新聞協会が発行する経営陣向けの冊子に統合編集室の英国での状況について、書いた。以下はその原稿の転載である(表現が若干異なる部分があります。)

 タイムズの編集幹部だった、ジョージ・ブロックさんに話を聞いたのだけれど、非常にポジティブな方で、話す中で、メディアの将来に関していろいろと思いをめぐらせることができた。最も印象的だったのが、「海外ではこうだが、日本はxxxに関して遅れている」と、絶対に考えるな!ということ。つまり、トピックにもよるが、例えば統合編集局の話だと、これを導入するのが正しい道であるかどうかは、その国のメディア文化によって変わるのだそうだ。(ブロックさんとの一問一答を、近く出します。)

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英国で進む、統合編集局 ―元タイムズ編集局長ジョージ・ブロック氏に聞く

 ここ2-3年ほど、紙媒体(プリント)と電子版(オンライン)の編集現場を一体化させる「統合編集室」が世界中の新聞業界でホットなトピックとなってきた。

 いち早くマルチプラットフォームに対応する編集管理体制(コンテンツ・マネジメント・システム=CMS)を導入した国の1つとして知られるのが英国だ。米国、カナダ、欧州他国などでもそれぞれ統合化が進んでいるが、国によって導入の進度は異なり、あえて統合させない(ノルウェーのVG紙など)場合もある。

 英国で統合編集室が実現の運びとなったのは2006年頃から。高級紙テレグラフやガーディアンは新社屋への引越し(前者は2006年、後者は2008年末)をきっかけに編集室をマルチの出力用に作り変えている。

 ロンドンシティー大学のジャーナリズム学部長ジョージ・ブロック教授は、昨年まで高級紙タイムズの国際版編集長だった上に、2008年までWAN-IFRA(世界新聞・ニュース発行者協会)の編集幹部の議論の場「世界編集者フォーラム(WEF)」の委員長を務め、今も中心メンバーだ。

 さまざまな国の編集幹部と意見を交換をして見えてきたのは「統合編集局の必要性はその国の文化や新聞市場によって変わる」ため、「統合自体を目的化するべきではない」ということ。英新聞各紙が統合化に踏み切ったのは「若者層が紙の新聞を読む習慣をなくし、ニュース情報をウェブサイトから得ている」という事実、そして「ライバルとのネット上の熾烈な競争」に勝つ必要があったからだ。

 このため、紙とオンライン投資のバランスの上で、タイムズの経営陣や編集幹部の中で迷いはなかったという。新体制の成功には、「新聞社のトップが統合を協力に推進するというシグナルを会社全体に出すこと」が肝要という。

 マルチプラットフォームでの出力が常態となる編集現場の流れだが、例えばテレグラフでスクープ原稿があった場合、記者が電子版に短い第一報を出す。より長い第2報を準備すると同時に、合間を縫って、社内のミニスタジオで動画を作り、これを電子版に掲載する。事態の変化によって何度かのアップデートがなされた後、次の日の紙面用に解説が入った長めの原稿を作る。デスクは紙媒体の原稿ばかりか電子版での原稿にも管理責任を持つ。

 また、日本では編成・整理・校閲にあたる「サブエディター」(原稿の内容を確認したり、記事に見出しをつける)は、記者、デスクあるいは紙面をレイアウトするデザイナーが職務の一部を肩代わりするようになっている。原稿を書き上げてから、最少人数では2-3人の手を経て(記者、デスク、編集支援スタッフ)、電子版に記事が出る。

 統合編集室の導入は、広告収入の激減で苦しむ英地方紙業界にとっては、経費削減の一手でもある。地方紙大手トリニティー・ミラー社は6月、傘下の3紙の編集室に新たなCMS「コンテンツウオッチ」を導入し、約200人の人員削減を行う予定を発表した。ニュース部門と特集記事部門が合併し、スポーツ記者は一堂に集められ、その記事は3紙が共同で掲載する。

 マルチになってスタッフの仕事が以前より増えたり、出力までのスピードを速める圧力が働いていることについて、同氏は「現在は過渡期」という。「即ニュースを読みたい人には選択肢がたくさんある」。一方、新聞社は報道の「深み、正統性、正確さ、分析、文脈の説明で勝負する」。マルチ時代の編集幹部にはこうした新聞報道の質とスピードのバランスを見ながらコンテンツを出していく力量が求められるという。(終)
by polimediauk | 2010-08-18 02:03 | 新聞業界
 c0016826_2293643.jpg朝日新聞出版から出ている「Journalism」の最新号(8月号)に、方向転換を求められる英国「放送の巨人」BBC――と題する原稿を書いています。もしどこかでご覧になったらお手にとって下さると、幸いです。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=11824

 8月号の特集は記者会見というテーマ。民主党政権発足からだいぶ経ち、良いタイミングであろう。津田大介さんによるネット時代のジャーナリスト介在の意義や、ジャーナリスト、江川紹子さんの検察会見の様子など、読み応えがある。外国人記者の視点も欠かせない・・ということで、英インディペンデント紙の特派員、デービッド・マクニール氏の寄稿も。伊ベルルスコーニ政権下のメディアの現状の記事もある。

 日本の記者会見公開問題、記者クラブに関しては、私もいろいろな感想を持っているのだが、ある意味、思いがたくさんありすぎる感じもするー。先ほど、書き出したら、長ーくなってしまったので、別の機会に改めてー。ただ、①上杉さんと神保さんの尽力はすごいと思う+尊敬と、②会見出席がフリーランスを含めて、すべての人にオープンになっても、本当の問題・目的が「真実を探りあてる」ことだとすれば、完全オープン後の先の話が、実は非常に重要と思っていることだけを記しておきたい。

 「Journalism」がもしまた記者会見特集をやるとすれば、記者クラブ員とフリーのジャーナリスト側、官庁側との者(あるいはクラブ員とフリーの2者)が対談をすれば、と思う。それぞれの意見を代表する意見がそれぞれ別個の記事になると、話が平行線になって、いつまでも解決しない感じがするが、どうだろう。

 上杉さんの記事で、私が心から驚いたのが、「現代ビジネス」のサイトに載っていた、「日本の政治記者が、政治家から現金をもらい続けていた」という話(今年6月)。「あの人はもらったのかな?」といろいろ考えてしまった。記者会見問題が宇宙のかなたにぶっ飛ぶほど大きな問題だと思った。これでは、英国の「小切手ジャーナリズム」(カネでネタを買う)を笑えない・・・・。記事から察すると、もうこの習慣はなくなっている印象もあるけれど。


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/657

http://www.ustream.tv/recorded/7412783
by polimediauk | 2010-08-12 22:13 | 放送業界
 「名誉毀損の観光旅行」(libel tourism)という表現を聞いたことがあるだろうか?英国外に拠点を持つ被告、原告が名誉毀損裁判を英国で行う現象を指している。これが英国ばかりか米国でも問題になり、英国の名誉毀損裁判の判断が米国民に適用されないようにという法律が成立する一歩手前まで来ている。

 ことの経緯を、新聞通信調査会「メディア展望」(8月号)、新聞協会報(7月27日付)に書いた。以下はこれに補足したものである。

***

 英国・イングランド地方の名誉毀損法の改正を求める声がメディア界を中心に高まっている。裁判費用の高額化が言論の自由や研究の妨げになっている上に、 英国外に拠点を持つ被告、原告が名誉毀損裁判を英国で行う、いわゆる「越境訴訟」(名誉毀損の観光旅行=libel tourismとも言われる)が目に付くようになったからだ。 

 7月上旬、英政府は、名誉毀損法の見直し作業に着手する方針を発表した。来年早々、改正法案を議会に提出する予定だ。議員立法による改正法案が既に上院で審議中だが、政府法案の提出で、名誉毀損法の抜本的見直しが実現する可能性が出てきた

 英イングランドの名誉毀損法で名誉毀損と見なされる陳述(statement)とは、「ある人物を憎悪、嘲笑または侮蔑の対象として明るみに出す」「社会的地位を低下させる」「会社あるいは職業生活での名誉を貶める」などを指す。名誉毀損に値するかどうかは原則陪審団が判断する。

 名誉毀損裁判の高額化を改めて実感させたのが、科学ジャーナリスト、サイモン・シン氏と英カイロプラクティック協会の事件だった。

 2008年、シン氏は、「ガーディアン」紙のウェブサイトのコラムで、カイロプラクティックの治療の効果を疑問視し、同協会はシン氏を名誉毀損で告訴し た。今年4月、控訴院が記事は名誉毀損には当たらず「正当な論評」であるとする判断を示し、協会は告訴を取り下げた。勝訴までの2年間、シン氏は仕事が激減した上に、裁判費 用20万ポンド(約2600万円)を負担する羽目になった。勝訴を喜びながらも、シン氏はジャーナリストや研究者が名誉毀損訴訟の高額さゆえに「本当に言いたいことを言えない状況」に、大きな懸念を示した。

 名誉毀損裁判は、ジャーナリストやメディア側に大きな金銭的負担を課す。法廷に出頭して弁護するまでの準備段階で弁護側には「少なくとも5万ポンド(約670万円)」(英誌「エコノミスト」の試算)の費用負担が生じる。オックスフォード大学の 08年の調査では、同地方の名誉毀損訴訟費用の高さは欧州一だ。潤沢な資金を持たない小規模のメディアは名誉毀損で訴えられるのを恐れて、報道を自粛する 場合もあるといわれている。

 一方、ここ数年、英国外での出版活動に対して、英国内で名誉毀損訴訟が起きるという奇妙な例が目に付く。

 03年、米国人作家がテロの資金繰りに関する本を米国で出版した。この本の中でテロリストへの資金供給者として名指しされたサウジアラビアの実業家が、05年、この本が名誉毀損であるとして英国で告訴し、勝訴した。07年には、ウクライナの富豪が同国内に設置されたウクライナ語のウェブサイトに掲載され た記事が名誉毀損に当たるとして英国で訴訟を起こし、勝訴している。

 前者の場合は、英国でもこの本が少数ながら(23冊のみ)ネットを通じで購買でき、後者の場合はネット上でウクライナ語の記事に英国内からもアクセスできた。これでイングランドでの訴追が可能となったのだ。

 7月中旬、米上院司法委員会は、名誉棄損をめぐる海外の裁判所での司法判断が米国民にそのまま適用されないようにする法案を上院で議論することを決定した。(補足:法案は7月末までに上院・下院を通過し、8月上旬、大統領が署名をして、法律として成立。)

 イングランドの名誉棄損法は、米国の場合と比較すると原告に有利と言われている。米国では憲法修正第1条で保障された言論の自由がジャーナリストを擁護す る上に、原告側が被告の論評に「悪意があった」と証明する必要があるからだ。一方、イングランドでは論評の真実性に関し、被告に立証責任が伴う。

  イングランドでも、名誉毀損訴訟をめぐって、報道に「公益がある」と見なされれば、訴追を免れる「レイノルズ弁護」(1999年)があるものの、弁護理由 としては「十分に機能していない」と報道の自由のための運動団体「インデックス・オン・センサーシップ」はいう。レイノルズ弁護とは、94年、サン デー・タイムズ紙が当時のアイルランド首相アルバート・レイノルズ氏に関する疑惑を報道した事件で、「重大な疑惑が特定議員に生じ、公益があると判断さ れた場合、正当な手続きを踏んでいれば、結果的にその疑惑が立証されなくても、報道する自由がある」という司法判断を指す。

 英政府は来 年の法案提出に向けて広く意見を募る予定だ。損害賠償額に上限を設定する、勝訴の場合の弁護士報酬を大きく減少させるなど、高額化傾向を止める方策や、出 版物の少なくとも10%が英国内で配布されていない限り、訴追を受け付けないなど、「名誉毀損の越境訴訟」をなくするための歯止め策が議論に上りそうだ。


*米国の法律に関する情報は以下

http://www.govtrack.us/congress/bill.xpd?bill=s111-3518

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(名誉毀損は名誉棄損という表記もあるようです。ここでは名誉毀損にしました。)
by polimediauk | 2010-08-11 17:10 | 英国事情
 電子書籍(イーブック)とこれまでの紙での書籍の出版の権利をどうするかで、米英出版社と著者側(及び著者のエージェントたち)がもめている。

 「ブックセラー」というサイトによると(8月2日付)、英出版社ブルームズベリー(ハリーポッターシリーズなどで著名)の幹部が、社内メールの中で、紙での書籍の出版権利と電子書籍としての出版権利(デジタル・ライツ)は切り離すべきではない、と書いていた。(ここでは、「フロントリスト」と呼ばれる新刊ではなく、「バックリスト」、つまりすでに出版済みの本を対象としている。)

 ペンギンブックスのトップも、紙での出版権と同様にデジタル・ライツをもてない本は「拒絶する」と述べており、経営陣がこれに賛同したという。

 先に、米国人のエージェント、アンドリュー・ワイリー氏が出版業に乗り出し、アマゾン・キンドルで20タイトルの本を電子出版する出版社「オデッセー・エディションズ」を立ち上げた、という話があった。ワイリー氏は、既存の出版社側が電子書籍の販売で著者側に与える印税が「低すぎる」として、今後、印税が低いままだと、20タイトルどころか、もっと手がける書籍を増やす、としている。

 印税=ロイヤリティーの計算は個々の作家、契約、販売部数など複数の要素によって変化し、かつ、英国には再販制度がないなど販売・流通のしくみも異なる。したがって、私が先日このブログで書いたような「定価の50%あるいは25%=著者の取り分」「日本では著者取り分が10%と聞いているので、日英との比較では英国のほうが著者にとって有利」という単純な話ではまったくないことが分かった(!!)。(どっちがいいのか?という疑問はいまだ解けていないので、後日、さらに情報が分かったら、追加したい。―実売をベースにする英国は弱肉強食度が高いような気がするけれども。)

 しかし、今英米圏で問題にされている「印税が低い・高い」という件で、対象となっているのは、ある本の小売価格(書店によって異なるが)から書店への支払いなどもろもろのコストを引いた、利益のネット額(net proceedings)だ。これまでは(紙の場合は)これを出版社側と著者側が半々(50%ずつ)にしていた、という。それが、電子書籍の場合は、著者側が25%になっているのだとう。このため、著者のエージェントとして働くワイリー氏が「低すぎる」と不満を表明した、ということだ。

 ブックセラーの先の記事によると、「作家のエージェント協会」に属するアンソニー・ゴフ氏も、電子書籍となると取り分が半分の25%になる状況を「不公平だ」と言っている。

 電子書籍版でも50%になるかどうか、まだまだ分からない。ただ、現行の25%を大きく増加させる方向への圧力が、出版社に働いていることは確かだ。鍵を握るのは、出版社なのか、それともコンテンツを生み出した著者側なのか?大きなバトルだ。

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―ロイヤリティー・印税の話

 コメントをいただいた方から、たくさんの有益な情報をいただいた。

 私がいくつかのサイトから調べたところでは、 
 
 「ロイヤリティー」の計算にはさまざまな形がある(参考サイトのアドレスを下に)。例えば、小売をベースにしたロイヤリティー。本を売った後のネットの収入を元に計算する方式だが、以下に紹介するサイトによれば、「出版社側がありとあらゆる経費を売上額から引く傾向がある」そうだ。ベースにする最初の数字が小さければ、パーセント数が高くても著者が受け取る金額は少なくなる。

 また、一定の部数を売った後で、ロイヤリティーのパーセントを上昇させるやり方もある。

 たいていは国内での販売を対象にするが、海外で販売された場合のロイヤリティーの数字にも著者は注意するべきで、また、英国では非常に大きな値引きで本が売られていることがあるが、この場合、小売価格が低いからといって、著者のロイヤリティーをこれにあわせて低くする必要はない、というアドバイスがサイトに載っている。

 日英の市場の仕組みの違いなどから、あまり、パーセントの数字にこだわっても意味がないというご指摘をコメントでいただいた。確かにそう考えるのが正しいのであろう。―しかし、前回と今回、著者の取り分はどれぐらいか?ということに頭をめぐらせてしまったので、とりあえず、「単純比較は意味がない」ということを考慮しつつも、以下のサイトの中に見つけた、「ほとんどが、5-15%」という数字をひとまず挙げておきたい。(他にも数字が分かったら、随時紹介したい。)

*「ブックセラー」のブルームズベリーの記事
http://www.thebookseller.com/news/124711-battle-lines-drawn-over-digital-royalties.html
*「ブックセラー」:ワイリー氏がキンドル向け専用の出版社を作る
http://www.thebookseller.com/news/124047-agent-andrew-wylie-launches-e-book-list-on-kindle.html


*本を書こうと思っている人へのアドバイスのサイト(ロイヤリティーの種類、「5-15%」表記)
http://www.startawritingbusiness.co.uk/negotiate-royalties-stipends-advances.html
*ロイヤリティーの計算の仕方―具体例の1つ(ドル)
http://www.schieldenver.com/faq/discounts-a-royalties/18-discounts-a-royalties/135-how-does-schiel-a-denver-calculate-my-royalty-payments-.html
*上の会社の英国版
http://www.schieldenver.co.uk/


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話がこんがらがるかもしれませんが、アマゾンで売った場合(紙と電子書籍)の小売価格がどんな風に誰に支払われるかの数字が入った記事もご参考でご覧ください(ハフィントンポスト)。
http://www.huffingtonpost.com/shane-snow/e-books-vs-traditional-bo_b_673356.html
by polimediauk | 2010-08-07 21:45 | 英国事情
 「新聞研究」(8月号)に、琉球新報社の普久原均氏が書いた、「差別と犠牲を断つために -普天間問題をめぐる沖縄地方紙の立場」という原稿がある。ネットで読めないのが大変残念だが、沖縄基地問題は「人権問題」と書く。日本人全員にとって非常にかかわりの深い問題。

 8月号の「メディアスコープ」というコーナーに先日の総選挙の報道振りについて書いた。前にブログで書いたものと重なる部分があるのだけれど、以下に転載したい。

流れを変えたテレビ討論
ー英国の2010年総選挙の報道


 5月11日、英国で新政権が発足した。13年ぶりの政権交代で、下院議席数で第1党の保守党と第3党の自由民主党による連立政権である。1920年代以降、保守党と労働党(前与党)の2大政党が交互に単独政権を発足させてきた英国では、稀有な状況となった。

 5月6日の投票日まで一ヶ月に渡って行われた選挙戦は、初めて行われた主要3党党首によるテレビ討論が話題をさらった。マイクロブログ「ツイッター」やブログ、動画投稿サイトも活況を呈したが、連日、議論の流れを作ったのは新聞、テレビの伝統メディアだった。

―テレビ討論で議論沸騰

 今回の選挙戦報道で台風の目になったのが、3大党首によるテレビ討論である。

 政界トップを決めるテレビ討論は米国が元祖だ。英国でも主要党首によるテレビ討論の実施を望む声があがっていたが、支持率を下げたくないという政治家の思惑などから、実現しなかった。今回は民放スカイの発案に各党首が説得され、実現の運びとなった。

 第1回目の討論(4月15日、民放ITV放送)では、第3党の自民党党首ニック・クレッグ氏が、視聴者一人ひとりに語りかけるスタイルで多くの国民の心をとらえた。同氏が討論の勝利者と答えた人はITVの放映直後の調査では50%を超えた(キャメロン保守党党首とブラウン労働党党首・当時はそれぞれ20数%)。

 テレビ討論以前にはクレッグ氏の知名度は低く、政党支持率は保守党が40%弱、労働党が約30%のところ、自民党は20%がやっと。しかし、テレビ討論後の自民党の支持率は一時32%を記録し、保守党、労働党を超えた。

 クレッグ氏は、討論の中でキャメロン氏とブラウン氏が互いの政党の欠点をあげつらう様子を指して、「古い政治」と呼んだが、これは単に政治の話のみではなく、2大政党の枠組みを前提としたメディア報道に対する鋭い批判のようでもあった。

 テレビ討論が始まってからというもの、メディアは討論での各党首のパフォーマンスやその影響の分析に終始した。特にクレッグ氏の一挙一動に注目が集まり、「クレッグマニア(クレッグ狂)」という言葉さえ出来た。

 第2回(22日、民放スカイ)、第3回(29日、公共放送大手BBC)の討論では、キャメロン、ブラウン氏ともに持ち直してゆくのだが、どちらの政権が過半数を取るにせよ、第3政党が将来の政権発足の鍵を握ることが英国内で意識されるようになった。

 クレッグマニアの拡大を恐れたあまり、保守党支持派の新聞数紙が「クレッグつぶし」の報道を行うようになった。その先頭に立ったのが、「保守党の新聞」といわれる高級紙テレグラフや、保守党支持の立場を明確にしている大衆紙サンや右派デーリー・メール、労働党寄りの大衆紙デーリー・ミラーなど。テレグラフはクレッグ氏の過去の「灰色」経費疑惑を1面で報じたほか、クレッグ氏の恵まれた家庭環境やケンブリッジ大学での勉学をエリートの証拠であるとする記事を掲載した。

 階級社会の名残が続く英国では、恵まれた家庭環境や著名大学での勉学はエリートの印と見なされ、好ましくないものとして報道されることが多い。

 あからさまなクレッグつぶしの報道を快く思わないリベラルな知識人は多く、左派高級紙ガーディアン、インディペンデントは「偏向報道」として批判した。

―支持を打ちだす新聞各紙

 英国の新聞の大部分は、支持政党を明確にする。今回の選挙戦では、テレグラフ(保守党)、ガーディアン(自民党)、タイムズ(保守党)、サン(保守党)、フィナンシャル・タイムズ(保守党)、週刊誌エコノミスト(保守党)などに分かれた。支持政党があるからといって、その報道が必ずしも偏向しているわけではないが、大衆紙に限るとあからさまだ。英国の新聞報道はこの意味で「パルチザン(党派的)」といえよう。

 投票日、サンはキャメロン保守党党首の顔をイラスト化した1面を出した。見出しは「私たちの唯一の望み」である。オバマ米大統領が大統領選で使ったポスターに酷似していた。労働党支持のデーリー・ミラー紙はキャメロン党首の写真の上に「首相」と見出しが入り、さらに大きな字で「本当に?」と書いた。同氏には首相の資質がない、首相に就任したら大変なことになる、とでも言いたげである。

 テレビ討論以外で注目を集めたのがブラウン氏の失言事件だった。同氏は有権者の女性とカメラの前ではにこやかに談笑した直後、車中でこの女性の悪口を発した。スーツについていたマイクを外すことを忘れていたのが不運だった。談笑場面と車中の発言の音声がテレビで繰り返し放映され、動画投稿サイト、ユーチューブでも流れた。翌日の新聞各紙もこの事件を大きく扱った。

―テレビ報道の変化

 ネットの普及が進んだといえ、一挙に数百万人規模の視聴者にアピールできるテレビが話題づくりに最も貢献した選挙戦だったが、問題点も改めて明らかになった。

 1つには、どんなによい政策を持っていても、テレビでのパフォーマンス力、コミュニケーション力が不得手だと、その政治家は支持率上昇に苦労する。例えばブラウン元首相はクレッグ党首のように「視聴者一人ひとりに、自分の言葉で語りかける」スタイルが得意ではない。テレビでの自己アピール力が、より一層求められるようになっている。

 もう1つは、その逆で、テレビ・ラジオでの自己主張が得意で、政治記者よりもはるかに知識や頭脳が長けている(かつ年齢が若い)政治家に、どうやってジャーナリズムの側が説明責任を果たさせるか、である。この問題は、BBCの敏腕司会者ジェレミー・パックスマン氏が3党首をインタビューした際に顕著になった。

 パックスマン氏は政治家の発言の言葉尻をとらえて、論理のほころびを視聴者の前にさらけ出したり、相手がまっとうな答えを避けようとする時、同じ質問を数回繰り返して、答えを得るまで引き下がらないなど、政治家にとっては手ごわい司会者だ。2005年、自民党の元党首が隠していたアルコール依存症をこのテクニックで暴露し、辞任に追い込んだ。

 同氏は3党首に一対一のインタビュー取材を申し込んだが、恐れをなしたブラウン氏、キャメロン氏は当初、辞退した。知名度が低かったクレッグ氏が取材に応じた。このとき、パックスマン氏はいつものようにクレッグ氏の言葉尻をとらえて論理を破綻させる手を使おうとしたが、クレッグ氏はパックスマン氏が言及した自民党の政策にパックスマン氏よりもはるかに深い知識を持っており、相手のペースにはまらずに自説を主張した。本気で政策面での議論ができるほどの知識をメディア側が持たないと、政治家にやりこめられるーそんな予感がする番組となった。

 先のブレア・ブラウン政権(1997年ー2010年)は政策の見せ方に気を配った。キャメロン新首相はこの手法をやめ、「これからは、粛々と仕事をこなしていきたい」と言う。

 2大政党の枠組みを前提にしない政治状況の出現で、英国は新たな政治メディアの時代に入ったといえよう。(終わり)
by polimediauk | 2010-08-04 21:31 | 政治とメディア