小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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c0016826_209416.jpg 新しい高級紙i(アイ)が、今日から発売になった。インディペンデント紙の軽量版、といった位置づけである。(以下のサイトからアイとインディペンデントの紙面が一部見れる。)

http://www.guardian.co.uk/media/gallery/2010/oct/26/the-independent-i-newspaper#/?picture=368056284&index=0

 アイを開いてみた感じでは、雰囲気が無料夕刊紙ロンドンペーパーやロンドンライト(どちらも今は廃刊)に似ている。どことなくポップな色使いや、画像・イラストで見やすく、読みやすい。「軽さ」が強調されている。

 内容は、親(あるいは兄貴?)となるインディペンデント紙から記事をピックアップして、これをアイ用に味付けしている。同じ記事でも、レイアウトがインディペンデントとアイではまったく違う。別々のレイアウトデザイナーが見ているのかもしれない。

 高級紙でありながら、忙しい人がサット読めるように軽くしてある、しかしかといって、中味の質は高い=というのが、最大の売り。その「軽さ」が最も顕著なのは、価格である。本紙となるインディペンデントは1ポンド(130円ぐらい)だが、アイは20ペンスなのだ(27円ぐらい)。

 忙しい人が朝、外で読む新聞としては、無料紙メトロがある。メトロと比較すると、アイはデザインがもっと洗練されているし、元ネタがインディペンデントから来ているということで、読み応えがある(はずである)。無料経済紙CITY AMも、アイのライバルにはならないだろうが、とりあえず、朝、無料で読める。

 午後になると、無料の夕刊紙イブニング・スタンダードがある。スタンダードは、ロンドンライトやロンドンペーパーが存在していた頃は有料(1部50ペンス)だった。無料になった頃から、特に著名人のゴシップ記事が多くなった感じがする。

 私がもし毎朝通勤するようだったら、何を買うだろう?20ペンスというアイの価格は非常に魅力的である。いまどき、20ペンスで買えるものはほとんどないーちょっとしたスナック菓子でも40ペンスぐらいはするのである。

 芸能ゴシップ記事を増やさずにいれば、高級紙としてアイは一定の位置を持つような気がする。ただし、今度は本体のインディペンデントがどうなるか?という問題になるのだが。
by polimediauk | 2010-10-26 20:09 | 新聞業界
 内部告発サイト「ウィキリークス」が、イラク戦争に関する新たな極秘文書を、22日、公開した。

 約40万点に上る米軍が管理していた極秘文書は、英ガーディアンやBBCをはじめとする世界のメディア媒体に提供された。

http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/22/iraq-war-logs-military-leaks

http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-11611319

 この膨大な電子文書は、前に、アフガン戦争に関わる米軍の秘密文書をリークした人物と同じ米軍の諜報分析家がウィキリークスに流した模様だ。

 今回のリーク情報で分かったことのいくつかは:

―イラクの警察隊や兵士が行った暴行、レイプ、殺人などが組織的に行われていた場合でも、これを米軍は調査しない方針をとった。
―これまで知られていなかった、1万5000人以上のイラク人市民が亡くなっていた。米英当局は、イラク民間人の犠牲者数は公式な記録をとってないとこれまで主張してきたが、実際には記録が残っていて、10万9000人のイラク人の死者がいて、この中の約6万6000人はイラクの民間人(非戦闘員)だった。
―拘束されたイラク人は、暴行を受けたり(医療記録が残っている)、足かせをつけられたり、目隠しをされたり、手首や足首から吊るされたり、蹴られたり、電気ショックをかけられたりしていた。拘束者が亡くなった場合もあった。

 BBCの取材に、米国防広報官は、「公表された事態はすでにニュースや、書籍、映画などで記録されている」「これでイラクの過去が良く分かるようになったということはない」と述べている。「しかし、リークには極秘情報があり、米軍に危険をもらたらす可能性がある」。

 ガーディアンの取材に、米国防省筋も、敵がこの情報を分析し、米軍の動きからヒントを得ようとするだろうし、情報源を捕まえ、戦闘状況でこの分析に沿った行動をし、戦闘機材の機能を利用するかもしれない、などと話している。

 英国の人権問題を専門とする弁護士フィル・シャイナー氏は、この情報を元に、英政府は、イラクの民間人を違法に殺害したかどうかに関して調査会を設置するべきだと主張する。イラク軍による拘束者の暴行や拷問を英政府がとめることができなかったので、政府を訴えたい、とも。

 このウィキリークスの情報の意味は深い。生の情報がリークされることに、米政府は「けしからん!」という態度で、「米軍が危険にさらされる」という、ある意味ではお決まりの反応である。

 しかし、これほど情報がたくさん氾濫するのが当たり前になった世の中で、数年前の軍事情報がいまだに秘密、というのはどうだろうか。つまり、人は知りたがるのである。「軍事機密だから、だめ」ということだけでは、国民は納得しない。

 国民の税金を使って、戦争をやっているわけだから、「絶対にこれは出せない」というもの以外は(その判断が難しいだろうが)、すべて出すようにしないと。

 特に、「イラク民間人の死者数は数えていない」といいながら、「実は、記録をとっていた」というのでは、あまりにもまずい。「自分の面子を守るために」「単に都合の悪いことを隠す」ことを、「軍事機密だから、公表できない」というまっとうな理由よりも最優先しているように見えてしまう。

 軍事情報のどこまでを外に出すべきか?大きな問題だが、すでに米英には、一定の報道・公開規則があるはずである。この規則を、今、限りなくゆるめざるを得ない(つまり、どんどん出す)状況になってきたのだと思う。
 
 ところで、日本では、この話は少なくとも英国のようには「ガーン」!!!という衝撃をもって受け止められていないように思うのだが、どうだろう?英国の場合は、イラク戦争を主導した、また、アフガン戦争にはまだ人が派遣されている、という理由で、非常に身近な問題であることが、まずその違いの理由かもしれないが。

 それと、いわゆる「リークをする人」にあまり太陽があたっていないような気がするのだが、どうだろうか?

 インターネット時代、どこまで情報を出すべきなのか?特に軍事情報といった、人の命が関わる案件の場合、リークはどこまでゆるされるべきなのかー?

 これは、今、まさに非常に大きな問題であると思うのだけれどもー。ジャーナリズムの観点からもそうだし、国民の知る権利という意味でもそうである。税金を使って行われる戦争、しかも、自分の家族の一員が血を流して参加している戦争に関する正確な情報を国民には知る権利があるはずだ。

 

 
by polimediauk | 2010-10-23 07:37 | ウィキリークス
 20日、英政府が、財政再建のために政府の歳出計画を見直す「歳出見直し」を発表した。今後4年間(2014-15年まで)に、政府歳出を各省庁ごとに平均19%削減する予定だ。この結果、政府予測では49万人近くの失業者が出る可能性があるという。

 なんとも大きな削減になりそうで、今日一杯は、このニュースで持ちきりだった。

 メディアがらみであっと驚いたのがBBCの話である。4年で16%の経費削減となったのである。

 振り返ってみれば、BBCも一つの公共機関であるから、何らかの削減をしてしかるべきではないかー?そんな声が政府から聞こえてきた昨今であった。

 一方、BBCは設立許可証と王立憲章でその役割や活動が規定されている、特別な存在である。したがって、政府の大規模歳出削減が行われるからといって、BBCが犠牲を強要されることはないのではないか、という声もあった。

 しかし、BBCには政府に握られている弱みがあった。それは、毎年のテレビ・ライセンス料(受信料に相当)の値上げ率である。10年毎に決定される、先の設立許可証と王立憲章だが、ライセンス料に関しては、政府との交渉で決めることになっている。しかも、今回の10年(2007-8年から、2016-17年)のうちで、ライセンス料の値上げ率を大体決めたのは最初の6年間のみ(2012-13年分まで)だった。

 ライセンス料の2013年分以降をどうするかは、BBCと担当の文化・メディア・スポーツ省の大臣が、来年春ぐらいから交渉するはずになっていた。

 事態が急転したのは、比較的最近である。財務省から歳出カットのプレッシャーを受けて、文化省はBBCに対し、75歳以上の視聴者のテレビ・ライセンス料を、BBC自らが負担するようにして欲しい、と持ちかけたようだ。どういうことかというと、75歳以上の視聴者はライセンス料を払わなくていいのだが、この分を、雇用省が負担していたのである。それを、今度からはBBCに負担してほしい、と。

 BBCは、これに大慌てになったようだ。経営陣もBBCの活動内容を検証するBBCトラストも猛反対。もしBBCがこれを払ったら、まるで「福祉のコストを払ったことになる」「放送業者としてのBBCの活動内容からはずれる」、と。

 すったもんだの交渉があって(一時、トラストのメンバーがもしどうしても政府が言うことを聞かないなら、辞職するという話も出たらしい)、結果は、BBCはこの費用を負担しなくてもよくなった。その代わり、

①ライセンス料は現在の金額のまま、2016-17年度(今回の10年間の最後の年)まで、凍結する。
②外務省が資金を負担していた、商業国際放送のBBCワールドサービスと、世界中のニュースをチェックするBBCモニター(内閣府が資金を出していた)、ウェールズ語放送のSC4を、BBCが面倒を見る
③BBCの予算の中で、テレビのデジタル化への移行資金として使われていた分を、今後は、英国内のブロードバンド敷設費用として使う

 などが決まったのである。非常に急な決定で、最終的にBBC経営陣、トラスト、政府が合意したのは、歳出見直しが発表される前日であった。

 そして、①から③のために、BBCは4年間で実質16%の予算削減となった。

 各政府省庁の歳出が平均19%削減(予定)であるのと比較して、「たいしたことはない」・・・とはいえないだろう。何しろ、これで、新たに3億4000万ポンド(約43億6000万円)ほどの経費を、BBCはまかなわざるを得なくなったのである。これは、もし75歳以上の視聴者のライセンス料をBBCが負担した場合の5億5600万ポンド(約71億4000万円)よりは、確かに少ないが、喜ぶほどではない。何しろ、「新たに」この金額が追加となるのだから。

 私が懸念することの一つは、あっという間にBBCのライセンス料の額やBBCワールドを傘下に入れる、ということが決まってしまったことだ。通常、BBCの一挙一動は、トラストなり、政府なりが、まず国民や視聴者の意見を聞く機会を設ける。委員会が設置されることもあるだろう。意見を聞く前には、提案者が提案書を作る。数ヶ月かけて、大体の枠組みを決めて、最後は議会なり、トラストなりが決定を下す。それが、ほんの短期間にー実質的な交渉は一日か二日でー決まってしまった。

 BBCとしては、今後6年間のラインセンス料収入が、今からきっちりと決まっているため、ある意味では、安定した計画が立てられる。75歳以上の視聴者は今後増えるばかりであろうから、そのライセンス料を負担することを断ったのも、良い展開であった。

 しかし、いざ!というときに、政府側の都合で、急にまた何かをさせられるのではないか、という懸念は残る。

 また、BBCワールドの資金を負担していたのは外務省だが、一種のパブリック・ディプロマシーというか、外交の意味があった。それを今度はBBCが全部資金を出してやる、ということなると、どんな意味合いになるのだろう?また、BBCワールドは商業活動を行っているが、この点から、ますますライバル放送局から批判されないだろうか?

 BBCとは一体どんな放送局で、何を目指すのか?その目的や意味合いが、ぼやけてきたようにも思う。ライセンス料という形で視聴者から運営費を集め、時の政府からは(編集上の)独立を得る、というBBCの枠組みが、なんだかあやうくなってきた。

 お金の采配を政府に握られているために、どこまでもどこまでも、妥協させられるのではないか?そんな危惧を持っている。

(情報源はBBCとガーディアン、テレグラフ)

http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-11572171

 
by polimediauk | 2010-10-21 07:35 | 放送業界
 プレスガゼットなどによると、英高級紙インディぺンデントを所有するロシア人の富豪(元KGB)アレクサンダー(アレクサンドル)・レベジェフ氏が、新しい高級紙「i(アイ)」を、来週火曜日(26日)、発行予定だという。

http://www.pressgazette.co.uk/story.asp?sectioncode=1&storycode=46155&c=1
http://blogs.pressgazette.co.uk/editor/2010/10/18/independents-new-daily-i-could-spell-the-end-for-indy-mothership/

 とても面白いことになってきた。というのも、なんと、価格が1部20ペンスなのである(約26円ぐらい)。値段はサンなどの大衆紙と同じぐらいなのに、「高級紙」=クオリティーペーパー、とはいかに?とても面白い組み合わせで、発想の転換というか、「そういう手があったのか」と思った。

 アイは、「高級紙の既存読者や、一時読むのを止めてしまった人」を対象にしている。

 アイの創刊時には、インディペンデント自体も刷新して出すそうである。インディペンデントをはじめとして、タイムズやガーディアンなど、平日に販売されている全国紙の高級紙の価格は、一部、一ポンド(136円ぐらい)である。(経済紙のフィナンシャル・タイムズを抜く。)高級紙市場で、アイは破格の値段で勝負することになる。

 発行会社となるインディペンデント・プリント・リミテッドの会長でアレクサンダー・レベジェフ氏の息子Evgeny氏は、父と自分は「自由なプレスが民主主義の基本的なツールだと信じています」「新聞には将来があると思っていますー非常に重要な将来が」と述べている。

 レベジェフ父子はまず、ロンドンの夕刊紙で経営が困窮していたイブニング・スタンダードを買い取り(大株主となり)、これを有料から無料に変えて、息を吹き返させた。今、大体65万部は配布されているようだ。一部50ペンスの有料のときは、20万部前後であえいでいた。誰も買い手がおらず、レベジェフ氏は名目1ポンドで買ったのである。

 スタンダードが不振に陥った一つの原因は、2006年ごろに過熱化した無料紙競争だが、すでにこの時しのぎをけずっていた、ロンドン・ペーパーやロンドンライトなどの無料紙は市場から撤退している(経済・金融のシティーAMは続いているが)。ロンドンの夕刊無料紙としては一人勝ち状態のイブニング・スタンダード。(個人的には、ショービズ関係の記事がどうも多くて、ぴんと来ない部分もあるが。)

 ゆくゆくは、1986年創刊の左派系高級紙インディペンデントも無料化するのではないか?という噂がたえないが、今すぐ無料化はないようだ(現時点ではだが)。

 アイの紙面内容とインディペンデントの紙面内容はどこまで共有化されるのだろう?互いにライバルになって、共食いにならなのかどうかが、気になる。

 プレスガゼットの編集長(上記記事)は、アイの創刊で、将来的にインディペンデントは消える、という予測を立てている。

 英新聞界、ひさびさの明るいニュースである。来週の火曜日が楽しみだ。


関連エントリー:ご参考
「イブニング・スタンダード」の買収劇
http://ukmedia.exblog.jp/10784806
by polimediauk | 2010-10-19 07:49 | 新聞業界
 ドイツのメルケル首相が、「多文化主義社会は失敗した」と言ったそうである。

 http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-11559451

 すごいことになったなあ、と思った。一国の首相が思い切ってよく言ったものである。

 BBCの記事によれば、メルケル首相はいわゆる「多文化主義」の概念―互いに隣同士に幸せに生きるーは機能してないし、移民たちはドイツ社会に融合するために、もっと努力をするべき(例えばドイツ語を学ぶなど)、と言ったそうである。

 ドイツで反移民感情が高まっているそうで、記事の中で紹介されているシンクタンクの調査によれば、30%のドイツ国民が、自分の国が「外国人によって制圧されている」と感じている。また、移民の一部がドイツの社会保障目当てにやってきた、と思っているのだそうだ。
 
 ドイツは1960年代に労働者を外国から呼び、「今その人たちはドイツに住んでいる」とメルケル氏。「私たちは自分たちをしばらくの間、だましてきた。移民たちは長くは滞在しないだろう、いつかはいなくなると」(しかし、そうはならなかった、と言いたいのであろう)。「もちろん、多文化(社会)は失敗したのだ。完全に失敗した」と続けている。

 メルケル首相は移民がドイツに来ることをとめようとしているわけではない。「歓迎する」と述べている。しかし、彼女が問題にしているのは、融合がうまく行っていない、ということなのだろう。

 先週には、別のドイツの政治家が、「トルコやアラブ諸国など別の文化からやってきた移民」は、ドイツ社会への融合に関して、(他の文化を持つ人に比べて)「より困難であるのは明瞭だ」と述べていた。「多文化主義は死んだ」と。

 ドイツには今、1600万人の移民がいて、250万人はトルコ出身者である。トルコの国民はほぼ全員がイスラム教徒である。(*文の最初が「トルコには」となっていたのを、訂正しました。) 

 8月には、ドイツ中央銀行の幹部が、イスラム諸国からの移民が最も強く社会福祉の申請や犯罪に結びついていると発言して、辞職する羽目になった。言ってはいけないことを言ってしまったのである。

 キリスト教をベースにした欧州諸国は、イスラム系移民の取り扱いに苦労しているように見える。

 私はオランダ(映画監督がイスラム系住民に殺害された)やデンマーク(ムハンマドの風刺画事件)を取材したことがあって、欧州とイスラム、あるいはムスリム(イスラム教徒)の問題の意味合いを、折に触れ、考えてきた。

 イスラム教徒がどう考えるか、あるいは価値観がどうだ・こうだというよりも、イスラム教徒を国民・隣人として内包する西欧の国に住む人々の、イスラム教徒に対する見方が気になる。

 一方、フランスでは、公的場所でイスラム女性が体を覆うイスラム教の装束を着てはいけないことになった。この問題に関しては、産経・山口さんの鋭い考察がある。ブルカ禁止法は宗教弾圧や少数民族迫害とはかけ離れた話で、フランスのアイデンティティーの問題―とある。

【緯度経度】パリ・山口昌子 ブルカ禁止法は宗教弾圧なのか
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100925/erp1009250811001-n1.htm

共同通信:フランスでブルカ禁止法が成立 欧州初 イスラム諸国反発も

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100915/erp1009150831003-n1.htm

 フランスの話からはずれるかもしれないが、オランダ(そういえば、イスラム教批判の議員が率いる自由党が、6月の下院選挙で票をかなり集め、閣外協力をしているはずである)やデンマーク風刺画の事件などを見ていて、私が思うのは、多文化主義といったときに(つまるところ、フランスは多文化主義方式を取らず、フランス式を取る、ということなのだろうけれど)、一体どこまで、互いに譲り合えるのだろう、か、と。

 ある社会の中に、別の価値観や文化を持つ人がやってきて、一定の人数に達したときに(それでもまだ数としては少数であるとき)、このいわゆる「少数の人たち」のために、「大部分の人たち」がどこまで太っ腹で、どこまで自分たちの中では普通であったことを、変えられるだろうか?

 もしかしたら、「多文化主義」というのは、そこまで要求するものなのではないか?ただ単に、隣同士にいて、互いから影響を受けない(お互いに変わらない)のであれば、これは融合にはならない気がする。

 メルケル氏が「融合」というとき、本当に単純にドイツ語を話すなどのことを指しているのだろうけれど、ドイツ語を話す、前からいたドイツ国民のほうは、移民が来たことで、「変わる」必要はないのだろうか?

 例えば、具体的な話で言うと、デンマークの風刺画問題で大騒ぎになった時に、ムハンマドの風刺画を再掲載したドイツの新聞のある編集長は、「私たちの文化では、神や権力者を批判・風刺する伝統がある」という言い方をしていた。この時、「私たち」って、どういうことかな?と思った。この「私たちの文化」を、場合によっては変える、という発想はないのかな、と。

 異なる文化を持つ移民がドンドン増えたとき、国としてのアイデンティティーはどうなるのか、とも思う。西欧の各国で、異質な文化を持つ人間が増えたとき、どうするのか、大きな実験が起きている。
by polimediauk | 2010-10-18 06:51 | 欧州のメディア
 思わず息を呑み込むほどの大邸宅、これを取り囲む大庭園、たくさんの召使に囲まれて、登場するのはフリルやレース使いがぜいたくな装束に身を固めた美しい男女たちー。こんな登場人物が織り成すドラマに、英国民はついつい熱中してしまう。「コスチューム・ドラマ」(時代モノ・ドラマ)は英国のお家芸の1つだ。英民放ITVの新ドラマ「ダウントン・アビー」を例に、時代劇が受ける理由に注目した。

 以下は「英国ニュースダイジェスト」最新号のニュース解説に補足したものである。(掲載分は電子ブックで読める http://www.news-digest.co.uk/news/index.php )

英国の「コスチューム・ドラマ」は何故受ける?

 英国の民放ITV1で、英国の貴族が住む大邸宅を舞台にした新ドラマ・シリーズ「ダウントン・アビー」(=邸宅の名称)が、9月末から放映中だ。

 ドラマの設定は1912年。第1次世界大戦勃発直前。イングランド地方の田園に建つカントリーハウス「ダウントン・アビー」で暮らすグランサム伯爵一家とその召使たちの数年間が描かれる。グランサム卿の跡継ぎに予定されていた人物が、沈没したタイタニック号に乗船していたことが分かり、一家は大パニックになる。グランサム卿には娘しかおらず、遠縁に当たる人物が邸宅を引き継ぐことになったからだ。「よそ者」に財産を引き渡したくないグランサム卿の母と妻は策謀をめぐらす。果たしてダウントン・アビーの将来はいかにー?

 「ダウントン・アビー」では、巨大な庭を持つお城のような邸宅に住み、毎朝、寝室から使用人を鈴一つで呼びつける貴族の贅沢な暮らしがテレビ画面を通して映し出されてゆく。優雅な暮らしを続けるグランサム伯爵一家を支えるのは、階段を上り下りしながら忙しく働く、使用人たちだ。「使う人」と「使われる人」という対照的な関係にある2つの階級に属する人々のドラマが展開されてゆく。

 「ダウントン・アビー」は、典型的な英国のコスチューム・ドラマ(あるい
はピリオド・ドラマ、日本流に言えば時代劇)の1つといえるだろう。過去のある時代にドラマを設定し、登場人物がその時代の衣装や建物の中で演技する。

 コスチュームドラマはすでに著名な小説などから、テレビ化あるいは映画化が多いが、「ダウントン・アビー」は脚本家ジュリアン・フェローズのオリジナル作品である。

 フェローズは上流社会を描いた映画「ゴスフォード・パーク」(2002年)の脚本でアカデミー賞を受賞している人物だ。1949年、外交官の息子としてエジプトで生まれ、俳優、小説家、映画脚本家、監督になった。妻はケント公伯爵夫人の女官エマ・ジョイ・キッチナーで、90年の結婚後、ジュリアン・キッチナー=フェローズに名前を変えている。

 ケンブリッジ大学やドラマ学校で勉学し、テレビ界で俳優としてのキャリアを積んだ後、「ゴスフォード・パーク」で一段と著名になった。映画監督デビューは「セパレート・ライブズ」(2005年)。ビクトリア女王を描いた「ヤング・ビクトリア」(2009年)のオリジナルの脚本も書いた。上流社会をテーマにした小説「スノッブス」を2004年に上梓。貴族、王室、上流階級の人々のドラマを手がけることが多い。

 コスチューム・ドラマと一口に言っても、選択する時代やドラマの種類は千差万別だ。古代の戦闘映画「ベン・ハー」(1959年)、エリザベス・テーラーが出た「クレオパトラ」(1963年)、シェークスピアもの「マクベス」(1971年他)、タイタニック号沈没を扱ったレオナルド・ディカプリオ主演の「タイタニック」(1997年)など、その扱うテーマや時代は幅広い。


ーオースティンが代表格

 しかし、英国のコスチューム・ドラマの中で一つのジャンルの域に達しているのが、18世紀から20世紀初頭を背景に描かれた、中・上流階級の恋物語と人間ドラマであろう。

 その代表格はなんといっても小説家ジェーン・オースティン(1775年生-1817年没)の数々の作品だ。現代からすれば少々窮屈そうな装束に身を包んだ男女が、直接的な表現が許されない時代の制約を受けながらも、最後はそれぞれの幸せな場所を見つけてゆくドラマは、現代人の心にも強く響く。

 「ダウントン・アビー」もそうだが、使用人を使う側と使用人として使われる側の対比を描くドラマも、繰り返し登場している。ITVが放映した「アップステーアズ、ダウンステアーズ」(1971-75年)は、ロンドンにある大邸宅を舞台に、「アップステアーズ=階上の使用人を使う側の世界」と「ダウンステアーズ=階下での使用人の世界」を描いた。その後、同様の設定のドラマが続出した。BBCはITVドラマの続き物を同題名「アップステアーズ、ダウンステアーズ」で制作中で、年内に放送予定といわれている。

―何故人気?

 時代モノは何故人気があるのだろう?番組制作者側からすれば、「一定の視聴率が稼げる」「すでに評価の高い小説を元にしているので成功率が高い」などの理由があるだろう。

 時代モノの専門サイト「ピリオド・ドラマ」によれば、人気の理由は「視聴者が現実を忘れて、没頭できるから」。つまり、「別世界」だから、と。歴史となった過去の日々へのノスタルジー感も喚起する。

 さらには、「うっとり感」もあるのではないだろうか。多くの人にとって、上流階級の暮らしや贅沢な所持品、装束は手の届かない、憧れの存在だ。その生活をドラマを通して垣間見ることで、一瞬でも、自分もその中の一部になった思いがする。その一方で、使われる側の人間ドラマに共感を抱く人も多いだろう。

 コスチューム・ドラマは、階級制度の名残が残る、英国らしい楽しみごとの1つのようだ。

*英国コスチューム・ドラマのトップ10(選定はPeriod Dramas.com による。www.perioddramas.com)

1 「北と南」(2004年、BBC)(時代設定:1851年、監督:ブライアン・パーシバル、原作:エリザベス・ギャスケル、脚本:サンディー・ウェルチ、主演:ダニエラ・デンビーアッシュ、リチャード・アーミテージ、一言:社会問題と恋愛物語が平行して進む。放映後、すぐにDVD化)

2 「高慢と偏見」(1995年、BBC)(時代設定:1811-12年、監督:サイモン・ラングトン、原作:ジェーン・オースティン、脚本:アンドリュー・デービス、主演:ジェニファー・エール、コリン・ファース、一言:ファースのダーシーを超える人はいまだいないかも)

3 「リトル・ドリット」(2008年、BBC)(時代設定:1805-26年、監督:アダム・スミス他、原作:チャールズ・ディケンズ、・脚本:アンドリュー・デービス、主演:マシュー・マクファーデン、ジュディー・パルフィット、一言:刑務所に入った父の面倒を最後まで見た可憐なドリットに幸せが訪れる)

4 「ジェーン・エア」(1973年、BBC)(時代設定:1829年、監督:ジョアン・クラフト、原作:シャーロット・ブロンテ、脚本:ロビン・チャップマン、主演:ソーカ・キューザック、マイケル・ジェイストン、一言:小説に忠実に作った作品として、米ワシントン・ポスト紙が絶賛)

5 「ジェーン・エア」(2006年、BBC)(時代設定:1829年、監督:スザンナ・ホワイト、原作:シャーロット・ブロンテ、脚本:サンディー・ウェルチ、主演:ルース・ウィルソン、トビー・スティーブンス、一言:ロチェスター役スティーブンスのニヒルな物腰と純真なウィルソンの演技が光る)

6 「分別と多感」(2008年、BBC)(時代設定:1795年、監督:ジョン・アレクサンダー、原作:ジェーン・オースティン、脚本:アンドリュー・デービス、演:ヘイテイー・モラハン、ダン・スティーブンス、一言:これまでなく性を前面に押し出した脚本といわれる。)

7 「ラーク・ライズ・ツー・キャンドルフォード」(2008年、BBC)(時代設定:1891年、監督:ジョン・グリーニング他、原作:フローラ・トンプソン、脚本:ビル・ギャラハー、主演:オリビア・ハリナン、ジュリア・サワルハ、一言:郵便局を舞台にした人間模様。地味だがついつい見てしまう作品)

8 「ある晴れた日に」(1995年、映画)(時代設定:1790年、監督:アン・リー、原作:ジェーン・オースティン、脚本:エマ・トンプソン、主演:エマ・トンプソン、ヒュー・グラント、一言:才女トンプソンが脚本も書いた作品。なぜかグラントが「弟」に見えてしまう)

9 「エマ」(2009年、BBC)(時代設定:1815年、監督: 、脚本:ジェーン・オースティン、サンディー・ウェルチ、主演:ロモラ・ガライ、ジョニー・リー・ミラー、一言:エマがあまりにも憎たらしいので新聞では酷評されたが、女優の名演技の証拠かも?)

10 「ブライト・スター」(2009年、映画)(時代設定:1818年、監督:ジェーン・キャンピオン、脚本:ジェーン・キャンピオン、主演:ベン・ウイショー、アビー・コーニッシュ、一言:詩人ジョン・キーツの恋物語。映画評は、どれも絶賛)
by polimediauk | 2010-10-15 17:23 | 放送業界
 新聞の話で、お金の面からはあまり良いニュースはないものだが、ロンドンの無料経済・金融紙「CITY AM」(シティー・エーエム)が、創刊5年目にして初めて黒字化した、というニュースが「プレス・ガゼット」に出ていた。

http://www.pressgazette.co.uk/story.asp?sectioncode=1&storycode=46097&c=1

 今年上半期(1月ー6月)の数字で、営業利益が54万6000ポンド(約7100万円)。前年同期は30万2000ポンドの営業損益となった。税引き前利益が42万3000ポンド。

 英新聞業界全体にとって朗報になるのが、広告収入の前期比39%増。今後、この傾向が続くのかどうかは不明だが、ほかの新聞も大きな期待をかけるだろう。

 ただし、創刊時からの投資とこれまでの負債(総額800万ポンド)を埋めるには、道のりは長い。

 シティーAMは、ロンドンとその周辺の通勤圏で無料配布されている。一時、かなり人員削減をしていた。見出しや文章の内容をチェックする職(サブエディター)をずいぶんと減らしたと聞く。

**

 四方山話だが、ラジオで小耳にはさんだのが、ウィキリークスのジュリアン・アッサンジ氏の人物像。ガーディアンのデービッド・リー記者が、ニュース番組出演中にアッサンジ氏について聞かれた。リー記者は、アッサンジ氏のロンドン滞在中、自宅に泊めたことがある。「変わった人物。白い頭髪に赤い皮のジャケット。昼と夜中の区別がない感じで、いつも忙しく動いていたー」。

 
by polimediauk | 2010-10-07 14:31 | 新聞業界
 「メディア展望」(10月号、新聞通信調査会発行 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html )に、BBCを中心とした放送業界の現状について書いたが、原稿を書いた後で、いくつかの動きがあった。
 
 まず、視聴者を代表としてBBCの活動内容を監視するBBCトラストの委員長が、来年5月、4年間の就任が任期切れとなった時点で委員長職を辞めたい、と申し出た。トラストの委員長職はパートタイム勤務だが、実際の仕事量がパートタイムの仕事の限界を超えている、というのが理由だ。
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-11296324

 BBC批判の矢面に立って、BBCを常に弁護してきたが、重圧に耐えられなくなった、という面もあるかもしれない。

 これに続き、BBCトラストは、BBCの国内活動の主な収入源であるテレビ・ライセンス料の2011年分と2012年分の値上げを辞退する、とも述べた。
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-11325325

 ライセンス料は毎年2-3%程度上がるように設定されていた。これに対し、ジェレミー・ハント文化・スポーツ・メディア大臣は、2011年度の現状凍結については歓迎したものの、2012年分は未定とした。2012年分に関しては、政府は削減を計画しているといわれている。
 
 BBCは、緊縮財政ムードを汲んで行動を起こしている、そして、ライバルメディアがいうところの「際限ない拡大」はしない、というメッセージを内外に伝えているのかもしれない。

 以下は「メディア展望」掲載分である(9月上旬時点の話)

岐路に立つBBC
 -受信料削減、規模の縮小化の先は何か?


 BBC(英国放送教会)の規模の大きさに対する批判が、英国内で年を追う毎に熾烈化している。巨大さ批判は以前から存在していたが、メディア環境の変化や不景気のために広告収入が減少した結果、民放他局が地盤沈下状態になり、BBCの「一人勝ち」状態が目立つことになった。

 BBCには景気の動向に左右されないテレビ・ライセンス料(NHKのテレビ受信料に相当)収入があり、これを原資にしながら、テレビ,ラジオ、ネット、オンデマンド・サービスとさまざまな分野に進出できる。BBCは放送業界の方向性を決めてゆく場所にいる。

 しかし、巨大さ批判はライバル他局からのみではもうなくなった。BBCが使う著名タレントへの高額報酬の提供や経営幹部の高額経費使いが明るみに出たことで、国民の中に、「自分が支払うライセンス料が無駄遣いされている」という思いが強く出てきた。

 不景気で緊縮財政ムードが高まり、BBCが規模の拡大やライセンス料値上げを容易にはできない情勢となった。

 一方、デジタル化の進展で、人々の番組視聴行動は大きく変化している。多チャンネル化が定着し、BBCも含めた各放送局のチャンネル視聴率は低下傾向にある。

 現在のように、視聴者から強制的にライセンス料を徴収し、これをBBCという一つの放送局が独占するやり方は、次第に合法性を失っているのである。BBCは今、岐路にあるといえよう。

 本稿では、来年から始まるBBCと政府との間のライセンス料体制の交渉を前に、BBCの置かれている現況と将来像の可能性を考えてみる。

―「公共サービス放送」が中心に

 1920年代に誕生したBBCは、1950年代半ばで民間放送ITVが参入するまで、放送市場を独占していた。

 1982年にはチャンネル4(政府保有だが広告で運営費を捻出)、89年に衛星放送スカイテレビ(翌年衛星放送BスカイBと合併)、97年に民放ファイブ、と新規放送局の発足が進行した。放送・通信監督団体「オフコム」の計算によれば、地上波・衛星を含めたデジタル放送も入れると、チャンネル数は490に上る(2009年)。

 BBCの初代会長リース卿はBBCの役割を国民に「情報を与え、教育し、楽しませる」ものとして定義したが、放送業を公共の利という観点からとらえる伝統が今でも続いている。

 そこで、公共放送局BBCだけでなく、商業放送としてくくられるチャンネル4(ただし非営利法人が運営という独特のしみ)、株式会社が運営するITV、ファイブなどを、英国では「公共サービス放送」(PSB=Public Service Broadcasting)と分類している。PSBとしての各放送局は、一定の時間数のニュース、時事、事実に基づいた番組、児童番組、ドキュメンタリーを放送するよう義務付けられている。

 この枠の外に、米メディア大手ニューズ・コーポレーションが主要株主となる有料衛星放送BスカイB、ケーブルテレビサービスのバージン・メディアなどがある。

 放送業、通信業の監督・規制団体が先のオフコムで、放送・通信市場の現況についての報告書を定期的に発表しているほか、不祥事があった場合、業者に処罰を課す権限も持つ。

―「身震いするほど恐ろしい」と巨大さ批判

 昨年夏、英スコットランドの首都エディンバラで開催された国際テレビ祭で、ニューズ・コーポレーションの欧州・アジア部門の会長兼最高経営責任者で、BスカイB会長のジェームズ・マードック氏による基調講演が話題を集めた。

 同氏はニューズ・コーポレーション最高経営責任者ルパート・マードック氏の二男である。同社の子会社ニューズ・インターナショナルは英国で高級紙タイムズ、サンデー・タイムズ、大衆紙サン、ニューズ・オブ・ザ・ワールドを発行し、マードック両氏(父及び息子)の発言は市場の動向に大きな影響力を持つ。

 ジェームズ・マードック氏はテレビ祭の基調講演で、「英国の放送市場を支配するBBCが独立したジャーナリズムの存在を脅かしている」と述べ、広告収入の減少で厳しい状態にある民放各局と比較して、その巨大さが目立つBBCを批判した。

 テレビからネットまで、複数の領域に手を広げる「巨大なBBC」の存在は「身震いするほど恐ろしい」とマードック氏は表現した。

 「規制を撤廃し、BBCを縮小させ、『顧客』に選択の自由を与えるべき」と提唱した同氏は、独立したジャーナリズムを保証する唯一のものとして「利益」を挙げて、壇上を降りた。公益を重視する英国の放送業界の常識に、真っ向から挑戦する講演となった。

 BBCの規模に改めて注目すると、従業員は世界で約2万2000人、国内では約1万7000人が働く。BBCのテレビ番組のコンテンツは、スポーツを除く国内の全テレビ番組の3分の2にあたる。

 毎週2900万人がアクセスするウェブサイトへの年間投資額は約1億9900億ポンド(約257億円)。テレビ(約23億ポンド)、ラジオ(約5億ポンド)に比べればはるかに少ないが、全国紙の年間制作経費(紙媒体とウェブ)は1億ポンドと言われており、BBCのウェブ制作経費はその2倍である。

 主要財源はテレビ受信機を所有する者に課すテレビ・ライセンス料だ。現在、カラーテレビで年に145・50ポンドである。今年3月決算のライセンス料収入総額は約34億4000万ポンド。これにラジオ国際放送の「ワールドサービス」(政府交付金で運営、2億9300万ポンド)、商業部門BBCワールドワイドの収入(約10億7400万ポンド)などを加えると、BBCの事業収入は47億9000万ポンドに上る。

 一方、民放最大手ITVの従業員数は約4200人(09年、以下同じ)。BBCの国内の人員の4分の1である。昨年12月決算で総収入は18億7900万ポンド(前年20億3000万ポンド)、利益は2億5000万ポンド(前年は27億ポンドの損失)となった。

 規模で他を圧するBBCの動向が業界の方向性を決めていく構図が出来上がる。具体例が、「いつでも、どこでも、好きな時に視聴できる」をキャッチフレーズとして広がった、番組視聴のオンデマンド・サービス、BBC iPlayer(アイプレイヤー)の人気である。

 番組再視聴サービスは2006年以降、チャンネル4が先陣を切って提供し、他局もこれに続いた。しかし、07年末、BBCが本格的に市場参入した後で、広く利用されるようになった。

 08年、収入の大部分を広告に依存していた地方紙業界がリーマン・ショック以降の広告収入減で大きな苦境に陥ると、BBCは地方支局の拡充を計画。地方ニュースを掲載するウェブサイトに動画を増やし、地方紙がまかないきれない市場のギャップを埋めようとした。地方紙のウェブサイトにとっては大きなライバルができることになる。明らかな民業圧迫であるとして、地方紙の業界団体がBBCの計画の反対運動を展開した。最終的に、BBCは地方サイトの大幅拡充をあきらめざるを得なくなった。

 動画が豊富で充実したBBCのニュースサイトは、新聞各社にとっては大きな競争相手となる。タイムズとサンデー・タイムズが7月以降、ウェブサイトの閲読を有料化したが、ライセンス料を元手に無料でネット・ニュースを提供するBBCは「ニュースは無料」という感覚を利用者に植え付けていく。

 海外でBBCの番組販売や出版を行うBBCワールドワイドに対するほかのメディアからの批判も、毎年、強くなる一方だ。

 ワールドワイドの収入は、今年3月期決算で前年比7%増の10億7400万ポンド。利益は1億4500万ポンドで、前年比36・5%増。民放や新聞各社からすれば、なんともうらやましい数字だ。

 ライセンス料は運営の原資として使われていないが、ライセンス料を使って制作した番組や他のコンテンツを利用してビジネスを行っているのは事実だ。非営利目的のはずの公共放送であるBBCが商業活動に従事する事態が生じている。

 BBCはワールドワイドで得た収入の一部(株主配当金他)をBBC本体に還元しており、これを番組の制作費に投入しているが、商業部門がBBC本体をさらに大きくするためという自己目的化しているという疑念が根強い。

―縮小化、さらなる削減への圧力

 2004年にBBCの会長(=ディレクター・ジェネラル、経営陣トップ)職に就任したマーク・トンプソン氏は、前職のチャンネル4の経営陣であった時から、思い切った経費削減には定評があった。「バリュー・フォー・マニー」(金額に見合う価値)を合言葉に、ライセンス料を払った視聴者が納得するようなサービスや番組の提供に力を入れてきた。トンプソン会長の主導で実現した成功例がBBCアイプレイヤーである。

 BBCの運営は、存立、目的、企業統治を定める特許状と、これに沿った業務の具体的な内容を定める協定書(BBCと所管の文化・メディア・スポーツ相との間で交わされる)が基本になる。

 特許状、協定書ともに10年ごとに更新されるのだが、前回、07年からの10年を対象とする政府との交渉の際に、トンプソン会長からすれば、不服の結果が生じた。

 まず、一時は廃止されるという噂も出たライセンス制度は維持されたものの、インフレ率に数パーセントを上乗せする従来の値上げ方式は停止となった。例えば、インフレ率が2%の時、値上げ率が同率であると実質ゼロの伸びになる。これを避けるために、上乗せする方式が導入された。新たな取り決めでは、前年比2-3%増となったのだが、実質は現状維持か目減りする可能性ができたため、経営陣は活動計画の大幅変更を迫られた。景気の動向に左右されないはずのライセンス料収入が、もはやそうではなくなった。

 さらに、当時の労働党政権は「放送業界の変化の予想は困難」として、具体的な値上げ率が設定されたのは最初の6年間のみ(07年から12年)で、2013年以降は未定となった。ライセンス制度がこれ以降、続くのかどうかさえ、定かではなくなった。

 昨年6月、政府白書「デジタル・ブリテン」が発表された。この中で、政府は、BBCのライセンス料収入の中で、テレビの完全デジタル化(2012年予定)移行準備のために使うためにとっておいた資金を、移行が終了した時点で、地方ニュースの制作費として他局が使う案を提唱した。

 この案は政権交代(今年5月、保守党・自由民主党による連立政権が発足)で廃止されたが、BBCはこれまでにも、チャンネル4がライセンス料の一部を共有したいとする旨の案を退けてきた過去がある。BBCにとっては、ライセンス料は聖域であり、他の公共サービス放送の制作にまわすのは論外だった。

 しかし、「デジタル・ブリテン」は「ライセンス料はBBCだけが独占するものではない」と明記し、BBCのライセンス料=聖域説を脅かした。
 
 多チャンネル化により、BBCが提供するチャンネルの視聴シェアは相対的に低下している。視聴行動の変遷を記録する団体BARBによると、BBCの主力チャンネルBBC1(NHK1チャンネルに相当)の視聴シェアは、ITVとの二大巨頭体制の最後の年1981年には39%だった(ITV1は49%)が、その後年々減少し、09年には約21%にまで下落した。12年からのテレビの完全デジタル化で、各チャンネルの視聴シェアはさらに分散化する見込みだ。徴収した受信料をすべてBBCが使う、という方式がますます正当化できなくなる。

 視聴率シェアでは最大のライバルとなるITVが広告収入減で経営が苦しくなり、チャンネル4も同様の窮状を訴える中、BBCの人気出演者への高額報酬(推定額)の報道や、経営陣の高額経費使いが情報公開法の請求によって、ここ2年ほどの間に明るみに出た。不景気感が募り、「金遣いがあらい」ように見えるBBCへの批判が国民の中からも強く発せられるようになった。

 国民感情や市場動向の変化を察知した「BBCトラスト」(視聴者の代表としてBBCの業務全般を監督する)は、経営陣に対し、戦略見直し策の提出を求めた。

 今年3月、経営陣がトラストに提出した見直し策には「質を優先する」という題名がついていた。「より少ないことをより良くやる」ことを主眼にし、際限のない拡大にストップをかけることを宣言した(ライバル局はこれでも「不十分」とするが)。

 7月、トラストは、見直し策に対する中間報告を発表した。英国が緊縮財政下にあり、ライセンス料を払う視聴者も不景気悪化の影響を受けているとして、さらなる経費削減、節約分野を見つけるように経営陣に注文した。

 また、今後3年間で経営幹部の給与を25%削減するというBBCの経営陣による計画に対し、トラストは3年ではなく1年半で実行するよう要求し、15人の経営幹部は年に一カ月分の給与削減、トラストのメンバー(全12人)も、給与を8・3%削減することになった。

 トラストによる最終評価は今秋までに発表され、年内にはBBCの2016年までの活動計画の大枠が決定される見込みだ。

―将来像は?

 今年のエディンバラ・テレビ祭で、基調講演を行ったトンプソンBBC会長は、前年のジェームズ・マードック氏によるBBC及び伝統的な公共放送体制に対する批判への反論を行った。

 英国の放送界は「公共放送と商業放送の組み合わせで構成されているがゆえに、質の高い番組を制作するための競争が働き、同時に、利益のみでは正当化できない企画に投資できる」。

 また、BBCの年間テレビライセンス料収入34億ポンドをはるかに超える59億ポンドの売上げを持つBスカイBが今後も巨大化すれば、「BBCばかりか、商業放送も含めた英国の放送業全体を取るに足らないほど小さな存在にしてしまう」、と警告した。

 この警告には真実味があった。BスカイBの株を39%所有する米ニューズ・コーポレーションが、最近になって、残りの株の取得の意向を示したからだ。

 トンプソン会長はまた、有料テレビ市場最大手のBスカイBに対してオリジナル番組の制作の投資を増やすべきと注文をつけ、民放ITVなど他局の番組をスカイのサービスの中で放映する場合、「再放映料を払うべきだ」と提案した。

 放送業界関係者一千人近くが集うテレビ祭でのマードック氏、あるいはトンプソン会長の発言は、メディアで大々的に報道される。お互いに自局に好意的な世論を喚起することが基調講演の大きな目的の一つである。

 トンプソン会長は、12年度で終了する現行のライセンス料体制の取り決めに関しては、「BBCの予算の一ポンドの削減は、英国のクリエーティブ産業が一ポンドを失うことを意味する」と述べて、将来の大幅削減が起きないよう、ライセンス料交渉の相手である政府をけん制した。

 さて、今後のテレビ・ライセンス料体制の行方やBBCの規模はどうなるだろう?

 現在のところ、視聴者からライセンス料を徴収し、これを公共サービス放送が使用する方法自体がすぐになくなると見る人は少ない。また、BBCがその規模を自ら大幅削減する可能性も低い。

 したがって、①視聴者から徴収したライセンス料で番組制作などの活動資金に使う仕組み自体は今後も続く、②しかし、BBCがすべてを独占するのではなく、一部は他の公共サービス放送に回る、③ライセンス料の金額の値下げや削減は名目的にはないが、「現状維持」という形での削減はあり得る(注:最初の補足で書いたように、すでに、来年4月からの2%値上げ分をBBC側は辞退)-が、今後2年ほどの動きになろう。

 一方、ライバル局から特に批判の高いBBCワールドサービスについて、ヘイグ外相は、9月上旬、その活動資金となっている政府交付金を削減する意向を表明した。連立政権は財政赤字解消のため、さまざまな分野で平均25%の政府支出削減を目指している。交付金削減もこの一環だが、BBCにとっては、厳しい将来を予測させた。

 英放送業界はBBCが主導役となって発展してきた歴史がある。しかし、旗振り役がいなくなったら、あるいは力を失ったら、放送業界を束ねる役をどこが担うのか?「市場競争=利益を原動力とすればいい」というマードック氏のようには割り切れないように思う。

 まずは今秋以降発表される、BBCの戦略見直し策を注視したい。(終)
by polimediauk | 2010-10-03 18:43 | 放送業界