小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 ウイリアム王子とケイト・ミドルトンさんが、29日、ロンドンのウェストミンスター寺院で結婚した。王子はチャールズ皇太子の長男で、王位継承権順位は2番目になる。

 私はこの日、諸処の事情で外に出ることができなかったので、主にBBCテレビとウェブサイトで結婚式の様子を見た。

 その様子はすでに日本のメディアでもだいぶ紹介されているが、二人を画面で追っていて私が思ったのは、なんと落ち着いて、聡明な新郎・新婦かということだった。

 スコットランドのセントアンドリューズ大学で知り合い、友人同士から恋人になった二人は、足掛け8-9年ほどの交際を続けてきた。誕生日が早く来たミドルトンさんは、現在29歳だが、ウィリアム王子は28歳である。早い年での結婚ではない。一旦は破局に至ったものの、縁が復活し、今日に至った。一時は一緒に暮らしていたこともあるというし、十分に知り合った仲だ。

 ケイトさんのウェディング・ドレスは、最後の最後まで公表されなかった。前の晩に宿泊先のロンドン市内のホテルから、結婚式が行われたウェストミンスター寺院までの車に乗り込む姿さえ、囲いを作って報道陣が写真を十分に撮れないようにしたほどである。ケイトさんの全身は、寺院の前に立って初めて、他の人が見ることができた。
 
 このウェディング・ドレスは、英ブランド「アレクサンドル・マックイーン」のデザイナー、セーラ・バートンが考え出したものだった。私は、ファッションには詳しくないが、一目見て、感心してしまった。ウィリアム王子のお母さんにあたる、ダイアナ元妃のドレスとはずいぶん違う。もちろん、当時ダイアナは20歳で、スタイルが違うのは当たり前だろうけれど。

 ダイアナ元妃のドレスは、首の部分が大きくあいていた。フリル使いの襟で、大きなちょうちん袖がつき、ドレスにつく長いトレイン部分(後ろに引きずる部分)は、7メートル以上あった。まさに「御伽噺のような結婚」のドレスだった。

 ケイトさんのドレスは、上半身がレースになっていて、首の両側や長い腕をレースがぴっちりとつつんでいた。そして、お尻の部分に大きな詰め物をして、後ろがふっくらするようになっていたーこれはビクトリア朝時代のスタイルだという。トレイン部分は2メートル70センチとずいぶん短くなった。なんとも見事なレースはケイトさんの身体をつつみながらも、肌をレースの隙間から見せていた。なんと奥ゆかしくかつセクシーなのだろう。大きく肌を露出することでは競わず、むしろ隠すーしかもレースなので透けているのだ。

 結婚式が始まって、ウィリアム王子とケイトさんが誓いの言葉を述べる場面になった。二人は互いに向かい合った。誓いの言葉の文句を、カンタベリー大主教が言うので、これをウィリアムあるいはケイトさんは繰り返すだけでよい。この時、二人の表情に、やや緊張した感じが出たが、それは大きな儀式なので緊張しているというよりも、真面目な顔をしなければ、ついつい笑ってしまいそうなのをこらえているようにも見えた。―何年も交際してきた二人が、真面目に改まって誓いの言葉を言うなんて、ちょっと笑ってしまうーそんな印象を受けた。

 カメラが映し出すケイトさんの顔の表情は、やや疲れているようにも見えたが、決して有頂天にも、夢見心地のようにも見えなかった。自分がどこにいて、何をしているのか、次には何をするのか、全てを知っているような、ある意味では醒めたような顔をしていた。私はこれを非常に頼もしく思った。ウェディングドレスの選定も、式の進め具合も、自分の頭でちゃんと理解し、了解し、了解できなければ何故そうかを相手に説明することができる人物の顔に見えた。自分の頭で考え、ものごとを判断し、権威があるものや人に気おされないーそんな、きちんとした自分を持つ人のように見えた。

 結婚式の後、二人はバッキンガム宮殿に向かい、バルコニーの上から、集まった約50万人の国民に向かって、手を振った。恒例のバルコニー上のキスを、なぜか二人は2回行った。

 その後、二人は600人ほどのゲストを呼んでの昼食会を開いた。数時間後、夜の晩餐会のために、一旦宮殿を出て、皇太子の公邸クラレンス・ハウスに二人は戻ることになった。

 午後3時ごろ、今か今かと報道陣と集まった国民が待つ中、バッキンガム宮殿から、1台の車が出てきた。オースチン・マーティンの車の運転席に座っていたのは、なんとウィリアム王子だった。隣にはケイトさん。二人は民衆に向かって手を振り、ウィリアム王子はクラレンス・ハウスまでの道を運転していった。「自分の人生を自分で切り開きたい」「自分が納得して公務をこなしたい」-そんな二人の思いが強く出た。スタントとしても珍しく、度肝を抜かせる動きだったが、深い意味がこめられているのだろうと思った。

 周知のように、王子の母ダイアナはメディアに追いかけられた人生を送った。最後には、パリでパパラッチたちに追跡された後で、交通事故で命を落とした。ウィリアムは母のようにケイトさんをパパラッチに追わせる生活を送らせたくはないと、当然思っているはずだ。

 大学で友人として知り合い、後に恋人なったウィリアム王子とケイトさんのことを考えるとき、日本の皇太子妃雅子さんのことを思い浮かべざるを得ない。雅子妃は今、すっかり元気になられたのだろうか?英国留学経験のある聡明な雅子妃とケイトさんが良い友人になれる可能性があるのではないか?そんなことなどを考える、ウィリアムとケイトさんの結婚式の日だった。

 結婚後、ウィリアム王子とケイトさんはケンブリッジ公爵、公爵夫人という爵位を得た。
by polimediauk | 2011-04-30 02:17 | 英国事情
 急ぎのメモ書きだが、米メディア大手ニューズ社傘下のニューズ・インターナショナル社が、8日、大衆日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドでの著名人に対する電話盗聴事件について謝罪した。また、賠償金を支払うための基金を設置する、と述べた。ニューズ社はメディア王といわれるルパート・マードックが経営する。

 賠償金支払いのための基金の金額は少なくとも2000万ポンドと見られており、当面は、元文化・スポーツ・メディア大臣テッサ・ジョウェル氏、女優のシオナ・ミラーを含め、8人が対象となる。

 BBCのビジネス記者、ロバート・ペストン氏のブログ参考:http://www.bbc.co.uk/blogs/thereporters/robertpeston/2011/04/news_international_says_sorry.html

 ニューズ・インターナショナル社は、発表された声明文の中で、「過去にニューズオブザワールド紙で行われた留守番電話のメッセージの傍受は、非常に遺憾なことである」、「わが社の調査は重要な証拠を探し出すことに失敗し、十分ではなかったことを認める」などと述べた。以前にこの件で逮捕・実刑となった記者だけが従事していたと説明していたが、これを翻し、実は知っている人がたくさんいたことを示唆するとも受け取れる、ペストン記者は書く。

 もし今回の謝罪が芝居のクライマックスとすれば、ここに来るまでいくつかの布石があった。まず、一連の違法行為が行われていたときにニューズオブザワールド紙の編集長だった、アンディー・コールソン氏の件である。コールソン氏は、同紙を引責辞任後、野党(当時)保守党の広報担当者になっており、保守党が昨年5月から政権を担当すると、今度は官邸の広報責任者となった。しかし、昨年夏ごろから、ガーディアン紙が「メッセージ傍受は、たった一人の記者が行っていたのではない」「組織ぐるみだった」「犠牲者ははるかに多い」と報道しだした。

 「自分も犠牲者だったかもしれない」と考えた著名人が警視庁に連絡を取り、複数の人は裁判を起こしていた。裁判の内容が分かってくると、次第にコールソン氏への風当たりが強くなり、とうとう、今年1月末、官邸の広報責任者の職を辞任してしまったのだ。

 その後も、次第に少しずつ、複数の著名人の携帯電話の留守番メッセージを傍受した事実が裁判などによって明らかになる中、ニューズオブザワールド紙の記者イアン・エドモンズソン氏が、今度は停職とされ、解雇されてしまった。同氏がメッセージ傍受に関与していたことが裁判で分かってしまった。

 そして、今月5日、今度は同紙のネビル・サールベック記者と元記者のエドモンズソン氏が、この事件のからみで逮捕された(後、保釈)。事件はいよいよ大詰めを迎えていた。

 もう1つ、見逃せない動きがある。マードック氏の次男で、ニューズ社の欧州アジア部門の会長兼経営責任者ジェームズ・マードック氏が、3月末、なんだか突然のように、それまで住んでいたロンドンから、米国に赴任することになったのだ。新しく作られた役職、副最高執行責任者(deputy chief operating officer)に就くという。この時、「息子のマードックを電話盗聴疑惑から、切り離そうとしている」という声も出た。やっぱり、そうだったんだな、と思ってしまう。

 ここまできたら、経営陣の誰かが辞任する(べき)だろうけど、果たして、マードックがかわいがっているといわれている、ニューズ・インターナショナル社最高経営責任者のレベッカ・ブルックス氏の辞任まで行くかどうかー?

 さらに考えると、マードックは、BスカイBの株を全部取得して(今は39%のみ)、子会社化したいと望んでいるが、いつまでも電話盗聴事件でぐずぐずしているわけにはいかない、と思っているのかもしれない。

 とすると、今日のニューズ・インターナショナル側の謝罪は、「やっとこうなったか、よしよし」「正義が勝った」などと思っているべきではなく、「これで、あっという間に、BスカイBはマードックのニューズ社の手に入るんだな」と思うべきなのだろう。

 ニューズインターナショナル社には、ニューズオブザワールド紙のほかに、サン、タイムズ、サンデータイムズがある。これで衛星放送BスカイB(スカイニュースを含む)をすべてマードックが手中にするとしたら、とてもまずい感じがする。たった一人の人が一国のメディアをここまで掌握するなんて。

過去記事
マードック傘下の英大衆紙 -消えぬ巨大電話盗聴事件③ (最後)
http://ukmedia.exblog.jp/15767512
by polimediauk | 2011-04-09 02:54 | 新聞業界
 英国民の目下の関心ごとの1つは、政府の新しい予算計画の下、生活がより良くなるのか悪くなるのかである。まあまあ生活には困らないが裕福ではない低から中・中流階級の負担が増える、という声が出るかと思うと、貧困家庭でも食物など生活必需品の購入をせざるを得ず、付加価値税(VAT)が高いので最も苦しむのは貧困家庭という声もある。ただ、「あっという間にお金が出て行ってしまう=エネルギー費、生活関連物資の価格が上昇している」という点は、収入が多い人も少ない人もひしひしと感じているかもしれない。

 連立政権側も野党労働党側も、どちらもややプロパガンダ的な意見の表明が多く、なかなか現状を見極められないが、政府が大幅に歳出を抑えようとしているのは事実だ。政府からの補助金はカットされるか、大きく増えることはない。そういう意味では、厳しい時代となる。あまり景気の良い話はない。

 3月末に発表された、財務大臣の「予算案」の中味を、「英国ニュースダイジェスト」最新号に書いた。

 しばらくすると、サイト上にも出る予定である。-以下のウェブサイトから、左側の「英国ニュース解説」を選ぶ。今現在は、リビアの話になっている。

 http://www.news-digest.co.uk/news/component/option,com_frontpage/Itemid,1/

 以下は、それに若干付け加えたものである。


 2011年度予算案、発表
 経済の安定と成長を目指す


 3月23日、オズボーン財務相が、2011年度の予算案を発表した。巨額財政赤字を抱える英国経済は、公的分野の大幅削減を余儀なくされている。果たして、この予算で、景気を回復するための経済成長を達成できるだろうか?

 2011年度の予算案(予算総額は2・3%増の7104億ポンド、約92兆円)には3つキーワードが掲げられている。すなわち、「強く、安定した経済」、「成長」、「公正さ」である。強く安定した経済の達成のために財政赤字解消策を維持し、成長のためには民間投資への支援策や規制緩和を行う、また、公正さ達成のために公正で効率的な税金・福祉・年金政策を実行することを挙げている。

―赤字削減策、成長策

 気になる財政赤字だが、2010-11年度の借入額は1460億ポンドになる見込み。予算案を実行すれば、2011-12年度は1220億ポンドとなり、これは前年度比で16・3%減。13年度末には700億ポンドまで減少することを目標とする。対GDP比では借入額は2010年度で9・9%。11年度はこれを7・9%に減少する予定で、15年度までに1・5%まで引き下げる方針だ。

 昨年発表した政府の財政再建策とは、付加価値税の引き上げ、歳出削減(公務員約49万人の削減)、補助金削減、省庁別予算の平均19%の圧縮など。財務相はこうした一連の赤字削減政策を11年度も維持するという。

 昨年11月、政府は今年の経済の成長見通しは2.1%、来年は2・6%と予想していたが、予算責任局(OBR)が算出した今年の見通しは1・7%となり、財務相は予想を下方修正せざるを得なくなった。

 銀行のバランスシートに対する課税率は0.075%から0.078%に、また北海での石油・ガス生産に対する課税率も20%から32%と大幅に引き上げられる。後者の課税率引き上げにより、政府は20億ポンド相当の歳入増を期待している。

 しかし、緊縮策ばかりでは経済は伸びてゆかない。そこで、成長のために財務相が発表したのは法人税減税の加速だ。現在28%の税率を26%にし、2014年までに23%にする。先進7カ国(G7)の中では最低となる。(ちなみに、フィナンシャルタイムズの計算と2011年予算の数字によると、ドイツは29・4%、カナダは31%、イタリアは31・4%、フランスは33.3%、米国は40%、日本は40.70%とあった。)

 同時に、中小企業向を対象に調査開発予算に対する税金控除率を12年度から大幅に増やす。21の経済特区を作り、特定地域での経済成長を促す。

 また、勤労と個人の責任を奨励する「公正で簡素、効率的な税金、福祉、年金体制」構築の具体策として、燃料税を予算案発表日の夕方から1リットルで1ペニー分削減するとともに、インフレ率の上昇につれて上がるはずだった燃料税の値上げに関しては先送りにした。若年層の失業者が増えていることから、今後2年間で、追加の8万人に対し、仕事の経験する機会を与える。また、65歳以下の国民の所得税の控除金額を来年から630ポンド上げ、8,105ポンドにする。新規に住宅を購入する国民への支援策、住宅ローン補助策も提供する、と述べた。

―評価と今後

 財務相の予算案をビジネス界は概ね歓迎したが、野党労働党のエド・ミリバンド党首は、政府の赤字削減の速度と規模が大きすぎることが、成長率の下方修正の理由だとして、財政再建策を続けて実行する予算案を批判した。26日にはロンドンで数十万人規模の人が、政府の大幅な公的分野の予算削減に抗議するデモに参加した。

 公的部門の大幅削減、補助金削減に喜ぶ人はいないが、赤字を減らすための緊縮策を「仕方ない」と思う人も案外いる。調査会社YouGovによると、予算で「財務相が正しい選択をしたと思うか」と聞かれ、37%が「間違っている」としたものの、34%が「正しい」と答え、29%が「分からない」としている(サンデー・タイムズ3月27日付)。財政削減の規模について聞かれ、最も多かった答えが「正しい規模。しかし、もっと時間をかけてやるべき」(29%)。これに「正しい規模」(25%)が続いた。削減自体には同意する意見が大部分を占めたのだ。

 公的部門に勤める人を中心に失業者が増える厳しい数年間が続きそうだが、財政を再建し、経済が上向くためにはほかに選択肢はないのが現状だ。「トンネルの先の明かり」が見えるまでの辛抱の時なのだろう。
 
関連キーワードBudget Box:予算箱。
 財務相が予算案の演説を財務邸から下院に運ぶために使う、赤い皮におおわれた箱。150年ほど前、当時のグラッドストーン財務相が、中は黒繻子、外は赤い皮の箱を作らせ、演説を入れて運んだことがきっかけ。予算案発表の日、財務邸の前に立った財務相が予算箱を手に持って、報道陣のカメラに納まるのが、現在では恒例になっている。1965年、キャラハン財務相が慣例を破り、初めて新たに作らせた予算箱を使った。1997年以降、ブラウン財務相も新たな予算箱を使った。昨年、オズボーン財務相はグラッドストーンが使ったオリジナルの予算箱を使ったが、箱の傷みが激しいため、今回は新しく作らせた箱を使った。
by polimediauk | 2011-04-07 21:01 | 英国事情
 昨年後半のウィキリークスと大手報道機関との共同メガリーク報道で、欧州各国の反応を入れた記事を、月刊誌「新聞研究」(日本新聞協会発行)4月号に書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 その前に、3月上旬に原稿を出してから掲載までにおきた主な動きだが、

―現在、ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏は英国に滞在中だが、スウェーデンで起きた性犯罪容疑のために身柄を移送するよう、スウェーデン当局が求めている。身柄引き渡しを巡る裁判で、英治安裁判所は2月24日、引渡しを認める決定を下したが、アサンジ氏側は、3月3日、これを不服として高等法院に上訴した。結果はまだ出ていない。
―3月2日、メガリーク情報を漏らしたとされるブラッドリー・マニング米上等兵に対し、敵支援などの追加訴追が行われた。
―マニング兵は海兵隊施設で拘束されている身だが、自殺防止のため夜は衣服を没収されている上に、1日のほとんどを独房で過ごす。こうした対応は「おろかなことだ」と、フィリップ・クローリー国務副次官が発言し、波紋が広がったため、クローリー氏は3月13日、辞任した。
―最近の事件に関連したウィキリークス情報を拾うと、フランス・ルモンド紙が22日暴露した米外交公電の中に、駐日米大使館のある人物が、日本の原発がコスト優先となっており、安全性への疑念を持っていたことが分かった。また、リビアのカダフィ大佐に関するウィキリークス情報によると、テロネットワーク、アルカイダが反カダフィ勢力に手を貸していた可能性を示唆している。

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ガーディアンの編集方針と勇気
 -欧州各国の反応から


 昨年夏以降、欧米数カ国の大手メディアは、内部告発のウェブサイト「ウィキリークス」が入手した大量のリーク情報を元に、米軍の機密情報や外交公電を大々的に報じた。一連のリークは情報量の巨大さから「メガリーク」とも呼ばれ、国家機密の暴露の是非、外交やウィキリークス時代のメディアのあり方に関わる様々な議論を引き起こした。

 本稿では、このメガ・リーク報道の中でも、最も議論が沸騰した米外交公電報道を巡る、英国を中心とした欧州各国の政府、メディアの反応や議論を振り返る。最後に、ウィキリークスと大手メディアとの共同作業を提案した英ガーディアン紙の編集方針を紹介しながら、国家機密とメディアの関係を考察したい。

ー共同作業の開始

 ウィキリークスと世界の複数の大手報道機関によるメガリーク報道が始まったのは2010年7月25日である。ウィキリークスが所有していた米軍のアフガニスタン紛争に関わる約9万点の書類を、公開から1ヶ月ほど前までに入手したガーディアン、米ニューヨーク・タイムズ、ドイツの週刊誌シュピーゲルは、独自の検証を行い、それぞれの視点から編集した記事をこの日から掲載した。

 第2弾は同年10月22日からで、前記の3報道機関に加えて、英国の民放チャンネル4と中東カタールの衛星放送アルジャジーラが、イラク戦争関連の米軍の機密文書約40万点を元に連載報道を行った。

 第3弾が、世界中で最も注目を集めた米国の外交公電報道である。ウィキリークスが入手していた約25万件の外交公電の中から219件を選び、11月28日から報道を開始した。今回は新たにフランスのルモンド紙、スペインのエル・パイス紙が参画した。

 ガーディアンは「米国の世界観を赤裸々にする25万点のリークされたファイル」とする見出しがついた記事を1面トップとし、10ページに渡り特集した。米政府が国連加盟国に「スパイ活動」を奨励していた、サウジアラビア国王がイランの核兵器開発計画を阻止するために、米政府にイラン攻撃を促していたなど、衝撃的な記事が続いた。同時に、メガリークの元情報の漏えい経緯を、このときまでにリーク者であると見なされるようになっていた米陸軍上等兵ブラッドリー・マニングの顔写真付きで解説した。(現在までに、リーク者の匿名性を守るウィキリークスはマニング兵がリーク者だと公式には認めていない。同兵は機密情報漏えいの罪で、2010年5月米当局に逮捕され、軍法会議を待つ身である。)

 論説面にはコラムニスト、サイモン・ジェンキンスによる、「メディアの仕事は権力者を困惑から守ることではない」と題する論考を入れた。ジェンキンスは「公的な秘密を守るのは、ジャーナリストではなく政府の仕事」「ウィキリークスの暴露により国家が危機に瀕することはない」とし、公電報道を援護した。その下には、オックスフォード大教授で歴史家のティモシー・ガートン・アッシュの「秘密の晩餐」という見出しの論考が入った。公電報道は「外交官にとっては悪夢だが、歴史家にとっては夢のような話だ」「データのご馳走は私たちの理解を深めてくれる」。

 ドイツ・シュピーゲル誌は表紙にドイツ、フランス、イタリア、ロシア、リビア、イランなど複数の国の元首の顔写真を並べた。メルケル・ドイツ首相の顔写真の下には、外交公電の一部から「リスクを避ける、創造性が少ない」という絵解きがつき、リビアの元首カダフィ大佐の下には「華麗なブロンドの看護婦」(=常に大佐に同伴する看護婦を指す)と入れた。公電はイタリアのベルルスコーニ首相を「虚栄心が強く」「精神的、政治的に弱い」、ロシアのメドベージェフ大統領はプーチン首相をバットマンに例えたら「助手役のロビン」と論評している。各国首脳に対する辛口の論評は、世界各国のメディアで拡散報道されていった。

 報道直後、南ドイツ新聞は「自由の名の下で公電を掲載する」のは「政治を破壊し、人々を危険に陥れる」とし、ディー・ツァイト紙は「信頼感を壊した」とシュピーゲルを批判した。

 一方、戦後生まれのシュピーゲルの創始者兼元編集長のルドルフ・アウグシュタインの息子ヤコブ・アウグシュタインは、12月3日、雑誌「デル・フライターク」(「金曜日」)で、「ウィキリークスのデータに関する最初の反応が安全保障や、もっと悪いのは西側世界の安全保障と考えるジャーナリストは、本来の仕事をやっていない」、と援護射撃した。

 仏ルモンドが大きく扱ったのはサルコジ大統領の意外な親米路線を暴露する記事であった。大統領は反米姿勢をとったシラク前大統領を批判し、訪米の際には「いかにブッシュ米政権がすばらしいか」を伝えたという。また、ワシントン側に対し、自分を「第2次世界大戦後、最も親米の仏大統領」と呼んで欲しいと述べた。一方、米側はサルコジを「影響を受けやすい」「権威主義者」と見ていることも分かった。米国や米国的なるものと一定の距離を持つ姿勢を少なくとも表向きにはとるフランス人及びフランス政府にとって、米政府にへつらうようなサルコジの姿は困惑以外の何ものでもなかった。

 公電報道に対し、英国では、外務省が報道を非難する声明文を発表した。「機密書類の漏えい行為とこの情報の非認可の公開を非難する」「国家の安全保障を危うくする」「国益にならない」「多くの人命を犠牲にする可能性がある」(11月28日)など。

 イタリアのフランコ・フラッティーニ外相は、外交公電報道は「世界の外交における(米国大規模テロ)9・11だ」「国同士の信頼関係を粉々にする」(28日)と述べた。

 12月、米アマゾンが、ウィキリークスへのサーバー提供開始を決定した後、フランスのネット接続会社「OVH」が同サイトにサーバーを提供したと報道された。フランスのエリック・ベッソン産業担当相は、12月3日、仏のネット管理の公的機関に書簡を送り、OVHがウィキリークスにサーバーを使用させないよう求めた。

 一方ロシアの大統領報道官は、「論評に値する興味深い情報はなかった」(29日)と述べた。

 英国を含む欧州各国の政府の反応は、おおむね、外交公電という門外不出の情報が公にされたことを非難したが、自国の外交機密を暴露された米政府や政治家の間に湧き起こった、ウィキリークスやその創設者で編集主幹のジュリアン・アサンジ個人に対する強い困惑や怒りは起きなかったと筆者は観察している。

 例えば、米国ではクリントン国務長官が「米国や国際社会に対する攻撃だ」(11月29日)と述べている。共和党の前副大統領候補サラ・ペイリンは、スウェーデンで発生した性犯罪容疑(本人は否定)で逮捕・拘束されたアサンジを「国際テロ組織アルカイダ指導者と同様に追い詰めるべきだ」とさえ述べた。政治家のウィキリークス批判は米国民の愛国心に訴えかける。当局が「国家機密だぞ」と言えば、それだけで有無を言わせぬ威嚇の圧力が出る。

 ルモンドのシルビー・カウフマン編集長は外交公電の報道開始直後、「情報の支配権を失った」と受け取った外交官や政治家から、情報公開への反対の声が上がったと話す(ガーディアン、12月10日付、以下同)。ルモンドは「盗んだ情報を洗浄しているだけ」と言った政治家もいた。しかし、「政府の反応は非常に抑制されており」、最終的には「ルモンドが責任を持って必要な情報を報道した」という評価に収れんされていったという。
 ラガルド仏経済相は、12月16日、アサンジを「興味深い人物」とテレビ番組の中で述べ、その行為を「すべて賞賛する気はないが、中心にあるのは、結果的な迷惑を含む表現の自由だと思う」とまで語っている。

 しかし、政治の犠牲者も出た。シュピーゲルが報道したある公電は、2009年ドイツ総選挙後、連立政権樹立のための協議内容を、当時の駐独米大使に「情報漏えい」した人物がいたことを暴露した。「スパイ」の正体は与党・自由民主党の党首ウェスターウェレ外相の側近の秘書室長ヘルムート・メッツナーだったことが、後、判明し、メッツナーは解雇された。

 英国では、アサンジは昨年7月末のアフガン戦闘記録の公開以降、報道の自由の戦士として支持者を増やした。この頃から現在まで、主に英国に滞在していることもあって、12月7日、アサンジがスウェーデンでの性犯罪容疑をめぐってロンドンで逮捕されると、映画監督ケン・ローチなどの著名人らがすぐに保釈金の提供を申し出た。性犯罪容疑の詳細報道や、ウィキリークスの活動とアサンジの個人生活に関わる暴露本が年明けに複数発売されたことで、「報道の戦士」のイメージはやや崩れたものの、現在でも「ロックスター」(ガーディアン記者談)並みの人気がある。

 しかし、ウィキリークスとの共闘に参加できなかったライバル紙の間には「スクープを取られたというくやしさがある」、とタイムズのコラムニスト、デービッド・アーロノビッチは語る。タイムズはガーディアンの外交公電報道の翌日、ウィキリークスは外交官の役割を破壊する恐れがあるとするコラムを掲載した。12月6日には、米国の権益に重大な影響を及ぼす可能性が高い世界中の施設や設備、資源などに関して米国務省が作成したリストをそのままサイトに載せたとして、ウィキリークスを批判。このリストは外交公電の中にあり、軍需施設や原油・天然ガスのパイプラインに関する情報を列記したものだ。シュピーゲルはこの公電を目にし、あまりに衝撃度が高そうであったために、概要のみを誌面に出した。フィリップ・クローリー米国務次官補(3月、辞任)は公開は「無責任極まりない」と批判した。

―ガーディアンの編集姿勢とは

 大手報道機関とウィキリークスの共同作業によるメガリーク報道は、もともと、ガーディアンの特約記者ニック・デービスの創案による。

 調査報道に力を入れるガーディアンでは、編集部内に専属の調査報道記者を置く。リーク情報は調査報道に欠かせないが、ウィキリークスや創始者アサンジは、ガーディアンの調査報道の情報網の一部であった。例えば、ガーディアンは、2007年、ケニアの元大統領一家の汚職報道、2009年の国際石油会社トラフィギュラによる毒性の高い産業廃棄物遺棄報道で、ウィキリークスからのリーク情報を元に記事を作った。ゆるやかな共同作業はメガリーク報道の前に存在していたのである。

 昨年夏以降のメガリーク報道の共同作業は、デービス記者がマニング兵に関わる小さな記事をガーディアンで読み、アサンジに興味を持ったのがきっかけだ。同年6月、ブリュッセルで開催された会議に出るためにベルギーにやってきたアサンジをデービスが捕まえた。アサンジから大量の米軍や政府に関する機密情報を持っていると聞かされたデービスは「一緒にやろう」と呼びかけた。

 情報量が巨大であること、他国の報道機関と歩調を合わせて作業を行うことを除くと、ガーディアンとウィキリークスの仕事は、これまでガーディアンがやってきたリーク情報の取り扱いと原則は変わらない。「情報の信憑性を確かめ、公益性を判断し、リーク者の身元が割れないよう考慮して、原稿を作り、掲載する」流れだ。

 しかし、ウィキリークスはリーク情報を持っているばかりか、これを独自でサイト上に掲載して発信できる媒体でもある。「ありのままを出すことによって、情報の是非を読み手に判断してもらいたい」というアサンジ独自の編集方針を持つ。

 これが、当初、ガーディアン側との対立の争点になった。ガーディアンは「掲載によって人命などに危害が及ぶと思われた場合、該当する情報を消してから記事を出す」方針であったが、アサンジは当初、「そのまま情報を出して、その結果、人命が失われるなら、それはそれだ」という姿勢であった、とガーディアンの調査報道記者デービッド・リーが筆者に語った。
 
―国益か「報道の自由」か

 メガリーク報道はいずれも米軍の機密情報、米外交公電を扱ったため、英国を含めた欧州各国のメディアは「国益擁護か、それとも公益あるいは報道の自由を取るか」などの議論に巻き込まれることはなかった(ただし、二者択一の話なのかどうかは議論が必要であろう)。

 しかし、国家機密を巡る、報道機関と国家権力との距離感の問題は、問う価値が十分にあるだろう。

 ニューヨーク・タイムズは、外交公電の報道前に、米大統領官邸に連絡し、どの公電を公開するかを伝えた後で、人命に損害を与えるなど国家の安全保障上問題と思われる部分があれば教えて欲しいと聞いた。官邸からの提案に対し、ニューヨーク・タイムズは一部を受け入れた、と説明している。そして、米官邸の「懸念」を、ウィキリークスを含めた他媒体に伝えている。

 筆者がガーディアン副編集長イアン・カッツに聞いたところによれば、ガーディアンも駐英米大使館や米官邸側と何度か話し合いの機会を持ったという。しかし、どの公電を掲載するかは知らせず「あくまでも米当局側がどんな『懸念』を持っているかを聞く姿勢を維持した」という。また、英政府に特定の事実確認のために問い合わせをしたことはあったが、米政府とのような話し合いは一切なかったという。

 もし英国の国家機密に関する情報を入手した場合、国益と公益の見地からの報道について、どのようにバランスを取るかと重ねて聞くと、カッツは、「一概に答えるのは困難だ」が、「編集部が知っていることは読者も知るべき」という姿勢をガーディアンは持つという。「情報を出さずに間違いを犯すよりも、情報を出して間違いを犯すほうを選ぶ」-これがガーディアンの基本方針であるという。「欧州の他国でも、このような編集方針は大体共有されていると思う」。

 複数の報道機関が協力する「共同メガリーク報道」は、ひとまず、昨年末で終了した。ウィキリークスはその後、英テレグラフ紙にリーク情報を提供し、今度はテレグラフが連載を始めた。アサンジの下で働いていたダニエル・ドムシャイト=ベルクが、新たな内部告発サイト「オープンリークス」を開設し、衛星放送アルジャジーラもウェブサイトを通じて、リーク情報を募るようになった。

 メガリーク共闘作業は、ある問いかけを私たちに突きつける。国家機密に相当する情報を入手して、その公開が公益にかなうと判断したとき、真実を明るみに出すために「情報を出して間違いを犯す」ほうを選ぶような勇気があるメディア、あるいはジャーナリストになれるだろうか、と。(「新聞研究」2011年4月号掲載分より)
by polimediauk | 2011-04-01 17:57 | ウィキリークス