小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 c0016826_7122414.jpg28日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)で開かれたイベントで、ルパート・マードックの伝記本『ニュースを所有する男:ルパート・マードックの秘密の世界の中』(2008年初版発行)を書いた作家マイケル・ウルフは、マードック傘下の日曜紙での電話盗聴行為を「経営陣は全員知っていたと思う」と述べた。マードック自身や家族、経営陣などに取材し、いわば「マードック一家の一員」となりながら本を書いたウルフ。その発言の数々は、ここ数週間、大きなニュースになっている電話盗聴事件やマードックのビジネスのやり方の核心に迫るものだった。その内容の一部を紹介する。

 イベントはLSEに本拠地を置く、メディアのシンクタンク「ポリス」の代表チャールズ・ベケットが、米国からやってきたウルフに盗聴事件の感想やマードックはいま何を考えているかなどを聞く形を取った。

―本を書くために、9ヶ月にわたってマードックにインタビューしたそうだが、マードックはウルフの本をどのように受け止めたか?

マイケル・ウルフ:出版される前に本を読んでもらったところ、電話があった。マードックは非常に怒っていた。マードックがCEOとなっているニューズ・コーポレーション(ニューズ社)かマードックを誉めるような本になると思っていたらしい。同時期に、投資家ウオーレン・バフェットの本が出ていて、これはPR的な内容だったので、同様のものを期待していたようだ。マードックは激怒しており、脅されもした。(本の中では、マードックはウルフに対し、「話が個人的すぎる」と怒ったそうである。)

 マードックの生涯は、非常に驚くべき物語だ。自分だけの力で、自分がやりたいことをやってきた男の人生だ。自分の本能を信じて、ここまでやってきた。すばらしいビジネスを築き上げた。これほど、長い間ビジネスを続けている人もめずらしいのではないか。

―オーストラリアで生まれたマードックの父も新聞経営者だったが。

ウルフ:そうだ。マードック家というのは、オーストラリアでは本当に有名な一家で、米国で言えばケネディ家に相当するかもしれない。マードックの母エリザベスは102歳だが、いまだ健在だ。エリザベスは息子のルパートは一冊も本を読んだことがないと言っていた。

―7月19日、ルパートと息子のジャームズが英下院委員会に呼ばれ、盗聴問題に関して質疑を受けた。3時間を越える質疑応答で、父ルパートは80歳という年齢のせいもあってか、質問を何度も聞き返し、記憶も弱い感じがした。よぼよぼのようにも見えたけれど、あれが普通のマードックなのだろうか。インタビューのときは、どうだったのだろう?

ウルフ:一種の自閉症のような感じだ。自分の周りで何が起きているか分からないことがあるし、周囲とのコミュニケーションがよくない。聞き取り能力も高くない。また、会話の途中で言葉を失うこともある。長い間、沈黙となったりする。周囲の人たちは、「答えをじっくり考えているんだよ」と私に言ったけれども。まあ、年をとっていることはとっているよね。高齢でも若々しい人はいるものだが、マードックはそうではない。

 だから、インタビューは苦労した。どうやって焦点をあわせて、質問に答えてもらえるか。ビジネス上の決断をどうやって行ったのか、何故その手を打ったのかなど、自分のことを話すのは得意ではないようだ。しかし、他人に関しての評価を聞くと、はっきりと的確に答える。相手の弱点をはっきりと言える。

 例えば、盗聴事件がらみで廃刊となった日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの昔の編集長で、次には発行元ニューズ・インターナショナル社のCEOになった女性で、レベッカ・ブルックスがいるね。自分の娘のようにマードックは可愛がっているのだが、ブルックスのことを、外から来て「マードック家の中に入り込んでいる」と言っていた。

―マードックは盗聴事件に関して、どこまで知っていたのだろう。下院委員会では、最近まで知らなかったとしているが。

ウルフ:新聞に関わることなら、マードックは全部知っているよ。

―マードックは新聞の編集に干渉しないと委員会では述べていた。

ウルフ:いや、細かいところまでうるさく言うのだと思う。ただ、傘下の新聞がマードック色になるのは、細かい指示を出すというよりも、働いている人みんなが「マードックがこうしてほしいと思うだろうな」という線を達成しようとするからだ。マードックを喜ばせようとする、と。

―今回の危機を、マードックは乗り越えられるだろうか。これまで、何度もビジネス上の危機を乗り越えてきたわけだから、乗り越えられるとは思うが。

ウルフ:マードックは確かに危機に対処することに慣れている。しかし、信頼感とか、透明性とかに関わる問題に対処することには慣れていない。自分のビジネスのやり方を、一般大衆に説明することには慣れていない。ニューズ社は、非常に古いタイプの会社なのだと思う。市場を独占して、ライバル社を倒して、どんどん大きくなってきたが、現在は状況が変わった。ビジネス活動を説明したり、透明性を維持しないと受け入れてもらえなくなった。

―電話盗聴事件についてはどういう感想を持っているか。

ウルフ:マードックはメディア帝国を大衆紙販売で作り上げてきた人物だ。大衆紙のビジネスとは何か?傷つきやすい状態にある人を捕まえて、記事を作って、これを売るーこれが大衆紙の存在意義だ。

 マードックにも愛する家族があるが、こういう大衆紙のビジネスは、家族に対する愛情とは別のコンパートメントに置いている。したがって、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの読者260万人に対して、欺瞞を販売できた。

―マードックの現在の妻、ウェンディはどんな人か?中国系米国人で、マードックより40歳近く年下だ。

ウルフ:非常に面白い人物だ。マードックを囲む人々も(先妻2人の)子どもたちも、ウェンディのことを嫌っている。しかし、ウェンディは強い位置にいる。考えてみると、マードックはいつも、妻の尻に敷かれている。妻の言うことだったらよく聞くのだ。

 マードックは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの発行元となるニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスを、なかなか、辞任させようとしなかった(7月15日、辞任)。

 その理由(の1つ)は、ウェンディがブルックスを嫌っており、もしブルックスをすぐに辞めさせたら、ウェンディの望みをかなえたことになるので、先妻の子どもたちが反発すると思ったから。非常に複雑な要因がからみあっている。

―マードックは、盗聴事件をどう思っているのだろう?

 ウルフ:おそらく、何をどこで間違ったのか、分からないでいるのだろうと思う。というのは、マードックの大衆紙はいつもこんな(盗聴行為や違法行為)手段を使ってきたし、2002年や2005年に発覚したときにも、それほど悪い行為だとは解釈されていなかったと思う。「こんなものさ」と。「一部の悪い記者がやっていただけなんだ」と説明して。

 マードックや大衆紙のやり方は昔からずっとそうだったとしても、周囲が変わってしまった。5月、IMFのトップ(当時)、ドミニク・ストラスカーンが性犯罪容疑で逮捕された事件があった。それまでは何年もなんともなくても、あっという間に事件となる。物事の認識が変わったからだ。

―盗聴事件を通じて、英国の政治家がマードックに距離を置くようになったが。

ウルフ:政治家はマードックを「有毒」と見なすようになったのだと思う。

―マードックは、下院委員会で、長年にわたり、首相官邸を何度も訪れたことに触れ、「後ろのドアから入った」、「首相たちがほうっておいてくれないので」などと言っていた。マードックは、政治の中枢とこのように親しくすることを好まないのだろうか?本音だったのだろうか?

ウルフ:官邸に行って首相に会うということを、楽しんではいなかったと思う。マードックは、自分がすごいということを他人に評価してもらう必要を感じない人間だから。

―今後、ニューズ社はどうなるか?

ウルフ:ニューズ社とマードックの関係は変わると思う。息子で同社の経営陣ジェームズに対する信頼も落ちたと思う。マードックがいつまでも生き続けると思った人は多いかもしれないが、寿命は必ずある。英米でニューズ社のビジネスに関わる調査が行われるだろうし、そうすると、同社の「犯罪行為」が明るみに出る。

―マードックは本当に新聞の編集長によく電話するようだが。

ウルフ:そうだ。うるさいほどだという。どの見出しにするのか、ニュースは何か、と。ブルックスが言うには、マードックを黙らせるには、ゴシップ記事を出すのが一番だと。まさか、とっておきのゴシップ記事を出そうと盗聴行為をしたのが、マードックのためだったということはないだろうが。

 ブルックスは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長時代、すべてのことに深く関与していた。盗聴行為が日常的に行われていたことを知らないはずはない。ジェームズも同じだ。編集幹部、経営陣全員が知っていたはずだ。

―何度もマードックを取材して、最終的にどのような人物として評価をするか。人間として、好きになれるか?

ウルフ:僕はマードックが好きだ。非常に人間らしい。気取ったところがない。温かみもある。やりたいことやって、何かを成し遂げた人物だ。ただ、ちょっと後ろを向いた隙に、斬られるかもしれないけれど。

―あなたが下院委員会にもし出席できるとしたら、何を聞くか。

ウルフ:自分だったら、マードックの片腕で、ついこの間まで米ダウジョーンズ社CEOだったレス・ヒルトンを召喚する。ヒルトンは、もともとの盗聴事件発覚時に、ニューズ・インターナショナル社の会長だった。一体どのようにして仕事を引き継いだのか、深く問い詰めるだろう。

―ニューズ社はこれからどうするべきか。自分だったらどうするか?

ウルフ:自分が経営者だったら、傘下にある大衆紙サンを売却する。そして、売却益を使って、非営利の信託(トラスト)組織を作る。例えば、ガーディアン紙のスコット・トラストのような。そして、調査報道とか、高質のジャーナリズムをこのトラスト組織を通じて、支援する。

 そこまでやったら、今まで盗聴とか悪いことをしてきたことのつぐないとして、認めてもらえるのではないかー。ただし、私がこれをマードックに進言しても、聞いてくれないと思う。
by polimediauk | 2011-07-29 07:13 | 政治とメディア
 BBCのテレビやラジオの番組を放映・放送後7日間再視聴できる、いわゆる「見逃し番組視聴サービス」=BBCアイプレイヤーが、28日から、欧州11ヶ国で利用できるようになる。当初は、アイパッド(アップル)のみのサービスだ。年内には米国を含む、世界他国にも広げる予定だという。

 サービスが利用できる欧州11ヶ国とは、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルグ、アイルランド、オランダ、ポルトガル、スペイン、スイス。毎月6・99ユーロ(約780円、あるいは年間49.99ユーロ、約5000円)の利用料を払う。

 サービスはBBCの商業部門となるBBCワールドワイドが行う。視聴できるのは、放送から7日間の番組ばかりではなく、新旧取り混ぜたラインアップになる模様。

 BBCの担当者は、アイプレイヤーは国内では「見逃し番組のキャッチアップ」サービスだが、海外版は「オンデマンド・サービス」となるという。「過去50―60年間で放送分の番組を混ぜる」という。約1500時間に上る番組の中から視聴したい番組を選べるようになっており、今後、一ヶ月で100時間分の番組が追加されてゆく。

 番組はWIFI環境下ばかりでなく、3Gでも視聴でき、ダウンロードもできるので、ネットにつながっていないときでも番組視聴ができる。番組の60%はBBCが制作・放映したもので、30%が独立制作会社が制作してBBCで放映されたもの、残りの10%は他局ITV,チャンネル4が放映したものになるという。

 フィナンシャル・タイムズ紙の取材に答えた、ブロードバンド及びTVのアナリスト、ニック・トーマス(インフォーマ社)は、欧州で今年販売されたアイパッドの台数は約750万と推測され、その大部分が英国で販売されたものであったので、28日から開始された、国際版アイプレイヤーの市場は「ニッチ(希少な)」ものであるという。

 BBCは経費削減への圧力が、最近非常に大きい。国内では大人気となったアイプレイヤーだが、無料で視聴できるため、投資をしたわりには収入を得られないのが難点だった。今回のグローバル版は1年間のパイロットという面があるそうだが、本格的に稼動した場合、大きな収入が得られる可能性がある。BBCのネームバリューから言って、国境を越えたオンデマンド・サービスの第一人者になる可能性もあると思う。

 ますます、テレビ番組は「受信機の前に座って、テレビ局が設定した時間に見る」ものではない状況が現実化している。

http://www.bbc.co.uk/news/technology-14322604
http://www.ft.com/cms/s/2/0b00eca4-b85f-11e0-b62b-00144feabdc0.html
http://www.guardian.co.uk/technology/appsblog/2011/jul/28/bbc-iplayer-global-ipad-launch
by polimediauk | 2011-07-28 18:19 | 放送業界
 英国の老舗日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドは、盗聴疑惑が深刻化して廃刊となった。このとき、廃刊のもう一つの理由として、発行元の親会社ニューズ社による英衛星放送BスカイBの全株取得計画があったといわれる。その後、盗聴行為をするような会社がBスカイBを完全子会社化するのはいかがなものかと政界の批判が大きくなり、ニューズ社はこの計画を断念せざるを得なくなった。果たして、BスカイBとはどんな会社で、何故ニューズ社のトップ、ルパート・マードックはこの会社を欲しがったのだろう?

 「英国ニュースダイジェスト」の28日発売号に書いた、ニュース解説の記事に補足したものを以下に転載します。

―BスカイBの主要株主とは


株主           所持比率(%)
ニューズ・コーポレーション 39.14
ブラックロック・インク      4.63
キャピタル・グループ      4.27
フランクリン・リソーシズ      3.19
フランクリン・リソーシズ(別部門)  3.06
リーガル&ゼネラル      3.06

(資料:テレグラフ紙、他)


 「メディア王」ルパート・マードックが最高経営責任者(CEO)となる、米国の複合メディア企業ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、1年ほど前から、英国の衛星放送BスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)を計画していた。

 ニューズ社は英国の現地法人であるニューズ・インターナショナル社を通して、日刊大衆紙サン、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド、高級紙タイムズとサンデー・タイムズを発行してきた。延べの発行部数は800万部にのぼり、この「マードック・プレス」は英国の新聞市場で大きな位置を占めてきた。

 BスカイBの完全子会社化に際し、これを了承する政府側から「メディアの多様性を阻害する」と言われないよう、BスカイBのニュース部門を別会社とする案を出し、着々と完全買収への歩を進めていた。

 6月末頃まで、子会社化の実現はほぼ確実視されていたが、事態が急変したのは7月上旬。2005年から発覚したニューズ・オブ・ザ・ワールドでの電話盗聴疑惑が、当初の推測よりも広範囲で、しかも政治家や有名人ばかりか、誘拐・殺害された少女の携帯電話にも及んでいることが分かり、国民の大きな怒りの矛先がマードック・プレスに注がれた。

 BスカイBの完全子会社化を承認する一歩手前だった政府側も態度を変化せざるを得なくなった。13日には下院で、ニューズ社によるBスカイBの完全買収を断念させることを促す議論が行われる予定となった。議論開始の前に、ニューズ社は「現状の環境では、買収計画の実現は困難になった」と発表した。

―BスカイBの設立とマードック

 現在、約1000万人のサービス加入者を誇るBスカイBは、英国最大の衛星放送局だ。その発足は1990年だが、誕生にはマードックが絡んでいる。1978年、ロンドン近辺の平日の放送権を持っていたテームズ・テレビの元職員ブライアン・ヘインズが、欧州全域向けに放送する衛星テレビ「SATV」の放送を始めた。英国内での放送免許を持っていなかったので、海賊放送であった。

 しかし、1980年代に入り、ヘインズは資金難に窮し、株の80%をマードックのニューズ・インターナショナル社にほんの1ポンドで売却した。マードックは、買収後、名称をスカイテレビに変更した。

 1980年代後半、放送業界の監督機関が「英国衛星放送」(ブリティッシュ・サテライト・ブロードキャスティング、BSB)に英国内に向けた衛星放送の免許を与えたが、技術上の問題の解決に時間がかかり、放送はなかなか開始できないでいた。

 1989年、マードックが、それまで欧州向けの放送だったスカイを、今度は英国向けの放送局に変更。一方のBSBが放送を開始したのは、1990年4月。BSBとスカイは競争状態となったが、両者も初期投資の巨大さに青息吐息の経営状態となった。同年11月、両社の合併により、BスカイBが成立した。

 ニューズ社によるBスカイBの買収案が断念されたことで、買収を見込んでいた投資家たちが2億ポンド(約25億円)相当の損をしたと伝えられている(テレグラフ、7月14日付)。ニューズ社の副執行最高経営責任者で、父ルパートの次男となるジェームズ・マードックの責任問題も浮上している。

 確実視されていた利益を手にできなかった機関投資家や、株主からの訴訟が起きる可能性もあると言われているが、完全子会社への買収提案は、今後も「ほとぼりが醒めたら」再開する、という見方が強い。今後の動きに注目だ。
 

―関連キーワード

News Corporation:米国の複合メディア大手企業。オーストラリア生まれの実業家ルパート・マードックが主要株主で、会長兼最高経営責任者。英国の新聞タイムズ、米ニューヨーク・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルを含む新聞業、映画会社20世紀フォックス、米テレビのFOXテレビジョンなど、複数のメディア媒体を傘下におさめる。オーストラリアのアデレードで1979年に設立。2004年、米デラウェア州で再設立し、本拠地を米ニューヨークに移動。英国の現地法人がニューズ・インターナショナル。
by polimediauk | 2011-07-28 07:43
 「新聞協会報」(26日付)に、マードックとニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を巡る事件のこれまでの概要を書いた。以下はそれに若干付け足したものである。いままでこの事件を追ってきた方には繰り返しがあって恐縮だが、最後の部分が若干の参考になればと思う。

 ***


盗聴事件で英紙NOW廃刊 「メディア王」に強い批判 -政界、警察との癒着あらわに


 英日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)が10日、168年の歴史を閉じた。数年前に発生した電話盗聴事件が深刻化したことがきっかけだ。盗聴事件の「犠牲者」は老舗新聞だけに限らず、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)社幹部、ロンドン警視庁幹部らが相次いで辞任した。事件はまた、マードック・メディアと政界、ロンドン警視庁との「親しすぎる関係」をあらわにした。盗聴事件の経緯とその意味に注目した。

―発端は王室関連記事

 盗聴事件の発端は、2005年秋、NOW紙に掲載された、ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事であった。王室関係者は携帯電話が盗聴された疑いを持ち、ロンドン警視庁に調査を依頼した。2007年1月、同紙の王室報道担当記者と私立探偵は携帯電話への不正アクセス(=携帯電話の伝言メッセージを無断で聞いた)で有罪となり、実刑判決(記者は4ヶ月、探偵は6ヶ月)が下った。アンディー・クールソン編集長は盗聴行為は「まったく知らなかった」が、引責辞任した。

 同年3月、発行元のNI社の役員は盗聴行為に関与していたのは「王室記者のみ」と説明した。
 しかし、その後の数年の間に、複数の盗聴犠牲者らがNOW紙に対する盗聴被害の賠償を求めて提訴し、「ひとりの記者の行動」とする説明は現実味を失っていった。

 09年夏、高級紙ガーディアンがNOW紙が「3000人近くの著名人の電話を組織的に盗聴していた」とする一連の記事を掲載。警視庁に対し、再捜査を求める声が高まったが、これを警視庁ジョン・イエーツ警視監は「新たな証拠がない」として却下した。

 盗聴事件が国民的な事件として大きな注目を集めだしたのは、今年7月4日だ。ガーディアンが、2002年に誘拐・殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーちゃん(今年6月、男性が殺人罪で有罪判決)の携帯電話の伝言メッセージをNOW紙記者や同紙に雇われた私立探偵が聞いていた、と報道した。記者らは、新しいメッセージが入らなくなること防ぐため、適宜伝言を消した。ミリーちゃんの両親や警察は伝言が消されていたので、ミリーちゃんがまだ生きていると信じて望みをかけた。殺害された少女の電話にまで違法行為を働くNOW紙の手法が、国民の大きな怒りを買った。

 広告主がNOW紙への出稿を次々と取りやめ、親会社ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)の株価も連続して下落。経営陣は7日、日曜紙市場ではダントツでトップの発行部数(6月で約260万部)を持つ同紙を、10日付で廃刊すると発表した。

―元官邸報道局長を逮捕

 NOW紙の盗聴事件は、引責辞任したクールソン元編集長を、野党(当時)保守党が辞任からまもなく広報責任者として雇用したことで政治色を帯びた。10年5月、保守党と自由民主党による連立政権が発足すると、キャメロン首相はクールソンを官邸の報道局長にした。クールソンはNI社の大衆紙サン、NOWで経験を積んだジャーナリストであった。NI社は「メディア王」ルパート・マードックが最高経営責任者(CEO)となるニューズ社の傘下にある。クールソンを報道局長に起用することで、キャメロンはマードックを政界の中枢に招きいれたともいえる。

 1979年発足のサッチャー政権以降、どの英国の政権も、マードックと良好な関係を持つことに心を砕いてきた。「マードック・プレス」(サン、NOW,高級紙タイムズとサンデー・タイムズ)の総発行部数は、英国の新聞市場の40%を超える。英国の最大の有料テレビ局BスカイBの株もニューズ社が39%保有しており、英国メディア市場でマードックの影響力は圧倒的だ。

 しかし、昨年末にかけて盗聴疑惑報道が過熱化する中、クールソン起用はキャメロンにとって負の要素となった。今年1月、クールソンは官邸職を辞職した。今月8日、クールソンは先に有罪・実刑判決を受けた元王室報道記者とともに、警察への賄賂授与疑惑と電話盗聴疑惑で逮捕されている。

 ミリーちゃん事件発生時にNOW紙の編集長だったレベッカ・ブルックスはキャメロンの個人的な友人の一人だ。NI社のCEOに就任していたブルックスは15日、辞任。17日、クールソンらと同様の容疑で逮捕された(3人は、保釈中の身)。これで盗聴事件による逮捕者は10人目である。

 一方、ロンドン警視庁も「癒着」疑惑の対象となった。警視庁は今年1月からようやく再捜査を開始したが、新たにNI社が出した資料によって、NOW紙が警察に賄賂を払って著名人の個人情報などを高額で買っていた疑いが出てきた。

 また、2006年、私立探偵宅から没収した約1万点の書類の中に、約4000人に上る盗聴された可能性のある人物がいることが、6月末、判明した。2009年からの再捜査を求めるガーディアンなどの要求を、警視庁は却下してきたが、その理由はNI社から捜査をしないようにという圧力があったためではないだろうか?

 この疑惑を裏付ける動きがあったのは今月14日だ。元NOW紙の副編集長だったニック・ウォリスが盗聴疑惑がらみで同日、逮捕(後、保釈)されたが、ウォリスは警視庁のコンサルタントとして高額で雇用されていたことが分かった。さらに、この元NOW紙副編集長が関与する保養スパに、警視総監が無料で数週間静養していたことが報道(サンデー・タイムズ紙、10日付)された。警視庁がマードック・プレスと不適切に親しい関係を保っているという批判の声が高まり、17日、ポール・スティーブンソン警視総監が辞任。翌日にはイェーツ警視監も後を追った。

―親密政治家らが反旗

 違法行為もいとわないマードック・プレスの取材手法がミリーちゃん事件をきっかけに暴露されると、これまで親しい関係を維持してきた政治家たちが反旗を翻しだした。ニューズ社はBスカイBを完全子会社化する計画を進めており、6月末までこの計画の実現は確実視されていた。しかし、膨れ上がるニューズ社への批判が、与野党の政治家たちを結束させ、13日にはニューズ社に対し、完全子会社化計画をあきらめるよう促す動議を提出するところまで進んだ。計画実現が困難になったと見たニューズ社は、動議が議会で議論される直前に、計画の断念を発表した。

 ガーディアンのコラムニスト、ジョナサン・フリードランドは、今回の事件は「革命だった」とさえ述べる(15日付)。大衆紙を使って私生活を暴く「マードック・メディアの力を恐れて、マードックを表立って批判してこなかった政治家が、堂々とメディアの集中化の弊害を語るようになった」からだ。今回の事件をきっかけに、フリードランドは、英国の支配層(エスタブリッシュメント)がマードック・メディアと手を切ったと分析している。(終)
by polimediauk | 2011-07-27 20:04 | 政治とメディア
 マードック父子(ルパートとジェームズ)が、廃刊となった日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)をめぐるいわゆる「電話盗聴事件」について、下院の文化・メディア・スポーツ委員会で証言を行ってから、2-3日が過ぎた。

 「メディア王」の父ルパートが米国に帰国してしたこともあって、ここ2-3週間続いてきた、盗聴事件に関する過熱報道は一つの山を越えた感がある。今日21日付の高級紙各紙は、まだこの事件をトップにしたが、明日からは、1面から消えるかあるいは小さく出ることになる感じがする。ユーロの危機やソマリアの餓死する子供たちの話など、大きく扱うべきトピックはまだたくさんあるのだ。

 警視庁やNOWの幹部がどこまで何を知っていたのか、誰が本当に責任を取るべきなのか、どうして英国のメディアがこんな手法を使ってまで紙面を作らなければならないのかなど、これからも捜査・調査・議論は続くだろう。

 19日、マードック父子が下院で証言を行っていたとき、日本の放送メディアから取材を受けたのだけれども、NOW紙をはじめとする英国の大衆紙の、違法行為すれすれの取材手法の具体例を話していたら、驚かれてしまったようだ。ツイッターでもそういう感想を残した方が複数いらした。

 しかし、実はこの一連の盗聴事件の最も重要な部分は、盗聴という不正行為を行ったことにももちろんあるが、それと同じかそれ以上に見逃してはならないのが、「パワー・エリートたちの傲慢さ」であろう。

―「嘘をついてもいい」という態度

 NOW紙記者らによる盗聴事件をずっと追ってきたのが、ガーディアン紙の特約記者ニック・デービスである。BBCラジオが制作した、デービスのプロフィール番組を聞いていたら、デービス自身が今回のスキャンダルの根幹にあるものは何かについて語っていた。

 デービスによれば、重要なことは、盗聴問題の是非、あるいは政治とプレスの(悪しき)関係や、捜査を十分に行わなかったロンドン警視庁の失態というよりも、プレス(=メディア)の経営・編集幹部、警察、政治家といった、英社会の支配層(エスタブリッシュメント)である人たち、つまりは「パワー・エリート(権力を持つエリートたち)が、国民に嘘を言い続けてもいい、と思っていたこと」「自分たちは法律を守らなくても良い、と思っていたこと」であるという。「パワーエリートの傲慢さ」こそが、今回の一連のスキャンダルの中心にある、と。

 例えば、国民を「リトル・ピープル」(小さな、取るに足らない人々)と見て、様々な嘘を言い続けてきたこと。下院の委員会の前に座らされ、議員たちから質問ぜめを受けても、「知らない」「記憶にない」などと繰り返してきた経営や編集幹部、顧問弁護士たち。自分たちの手できちんと調査もしていないのに、「新しい証拠はない」と言い切って、事件の再捜査を拒絶してきたロンドン警視庁。すべてが、本当に傲慢としか言いようがないー私は、こんなデービスの論調を聞いて、目が覚める思いがした。

―不快感の由来

 盗聴事件を英国民が本当に自分に関わる問題として感じるようになったのは、7月4日、誘拐・殺害された13歳の少女の携帯電話に、NOW紙の記者や私立探偵が不正アクセスしたことが発覚したからだが、私自身は、個人的にはこれを衝撃的には思わなかった。少女にしろ、著名人にしろ、不正アクセスという点は同じと思っていたからだ。誰にとってもプライバシーは重要で、他人が侵害してよいわけがない。

 しかし、それよりももっと気になったのは、当時の編集幹部の態度であった。例えば、ある新聞の編集長が記者(複数)が盗聴行為を行っていたことを、「まったく知らなかった」と本当に言い切れるものか、もしそうなら、この編集長は蚊帳の外に置かれていたのであり、管理する側としては失敗である。また、その後、元記者が何人も「編集長の了解済みだった」と公に証言をしても、それでも何故「知らない」と言い切れるのか¬¬¬と不思議であり、不快に思った。

 さらに、常識的に見て、「どうも疑わしいな」「嘘を言っているな」と思わせる人を、一国の首相が官邸報道局長にしてしまう、というのも、よく言えば不思議であり、悪く言えば不快だった。例えばキャメロン首相は、NOWの元編集長アンディー・クールソンを報道局長に起用した理由を聞かれ、「相手が潔白だというので、それを信じた」、編集長職を辞職しているクールソンに「第2の機会を与えたかった」などと、答えている。どうみても、「少々疑わしい人物であったが、戦略的に必要なので起用した」のが真実に近いはずで、「国民には本当のことを言わなくてもいい」と思っているようなのが、不快だった。

 この「不快感」がどういうことなのか、自分自身、うまい表現が見つからないでいた。

 そこで、デービスの言葉を聞いて、はっとした。国民や読者に対して、「堂々と嘘をついて、あるいは真実を言わなくても、それでよいと思っている」ということなのだ。この言い訳、欺瞞、ごうまんさが問題だった。

―「ずーっと言い続けていると、それで通ってしまうものさ」

 アイルランド半島の北部は英領北アイルランドとなっているが、南北アイルランドの統一を目指す人たちが、北アイルランドや英国本土でテロ活動を活発に行った時代があった。1974年、英中部の都市バーミンガムで、私兵組織IRAのメンバーによる爆弾テロが発生し、21人が亡くなった。

 このとき、容疑者としてつかまった6人の男性は、テロ犯として有罪になり、実刑判決が下った。ところが、この6人は無実だった。76年には控訴が認められたが、無実を証明する十分な証拠がなく、有罪判決は崩れなかった。

 1980年代に入って、グラナダ・テレビというテレビ局が、この6人=「バーミンガム・シックス」をテーマにした番組「正義のために」を制作・放送した。この制作に関わったジャーナリストが「判断の間違い」と題する著作を出し、粘り強い支援活動を行った。本当のテロ犯が番組制作者側に連絡をとったことが突破口になり、6人は最終的には無罪釈放された。警察が証拠を捏造していたり、嘘をついていたことも明るみに出た。釈放は1991年である。無実になるまで、長い、長い時間がかかったのである。

 グラナダ・テレビでバーミンガム・シックスに関わる番組を作った、プロデューサー、レイ・フィッツウオーターに、ロンドンのメディアのイベントで会ったことがある。どうしてこれほどの長い間、この6人が有罪のままであったのか、警察は何故無実だと知りながら、有罪のままにさせておいたのだろうか、と聞いてみた。

 フィッツウオーターは、しばらく答えを探していたが、「英国では、エスタブリッシュメントに属する人が、『私は悪くない』といい続ければ、それが通ってしまう」「だから、有罪の状態がずっと続いていたのだと思う」。もし有罪でないとしたら、警察、司法界が嘘をついていたことが分かってしまう。すべてが暴露されてしまう、「だから6人を無罪にできなかった」。

 私は答えを聞いて、少々ショックを覚えた。そんなことがあるのかな、と。「たとえ嘘でも、それを言い続けたら、それで通ってしまう」なんていうことがあるのかな、と。

―イラク戦争の嘘

 2003年開戦のイラク戦争の是非に関しては、英国でも活発に議論が交わされてきたが、多くの国民が、当時のブレア首相が自分たちに「嘘をついて」開戦した、裏切られたと感じたものだ。

 私には特別な諜報情報はもちろんなかったが、それでも、「イラクに大量破壊兵器がある」「英国も危ない」という政府側のあおりの言葉の数々は、どうも論理のつじつまがあわないことが一杯で、「変だなあ」と思うことばかりだった。注意深く政府の言動を見ていれば、特に国際情勢に詳しくなくても、「戦争したくてたまらない」「理由付けは後で考えればよい」という態度がみえみえだった。

 今思えば、ここでも、「国民には本当のことを言わなくていい」「適当なことを言っておけばいい」「最初の主張を繰り返せばいい」という本音が透けて見えていた。

 後に、ブレア首相は何度も何度も、「何故イラク戦争を開戦したのか」「国際法違反ではなかったのか」と聞かれるようになった。そのたびに、ブレアは合法であるという理由を繰り返し、最後の最後には「自分には、それが正しいことだと思った」と述べた。「政治的判断だった」と。「自分には」それが正しいと思った、というのは、いかにも、説明責任に欠く答えだ。でも、そういわれてしまったら、こちらは何もいえなくなってしまう。

 2011年現在でも、ブレアは「自分は正しいことをしたと思っている」という姿勢を崩していない。国民の間には、「嘘をつかれて開戦した」という思いは消えていない。

―知っていることが判明したときに、驚く国民

 メディア大手の経営・編集幹部、政治家、警察上層部などのパワー・エリートたちが、互いに利便が良いように行動し、交友も頻繁にあることを、国民の多くは以前から知っていた。

 今回の盗聴事件で、これが改めて明るみにでたことで、驚き、衝撃を受けたわけだが、タイムズのコラムニスト、マシュー・パリスは、「英国民は、もう既に知っていることが本当であると判明したとき、衝撃を受けて驚く国民だ」とする見方をコラム(7月16日付)で紹介している。そして、コラムの中で、国民が驚くべき事項を20個あげている。最後が、8月の天候である。「この8月は記録的に天気がよいーまたは、記録的に雨が多いーだろう」。

 パワー・エリートたちの傲慢さに怒り、頭に血が上ったときに、パリスのコラムを読んで、思わず、笑ってしまった。それもそうだよな、と。まあ、少しは冷静になろう。ユーロだって、ソマリアだって、大変なのだから。

 それでも、やっぱり、不快である。

 168年続いた、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙。よっぽど何か必要に迫られたとき以外は読まない新聞だったから、個人的には好きな新聞とは言いがたかったけれど、毎週、日曜紙市場ではトップだった、つまりたくさんの読者に愛されてきた新聞だった。同紙の経営・編集幹部は、数年前に起きた盗聴事件をしっかりと解決できず、今月になって、あっという間に廃刊を決めた。果たしてこれでいいんだろうか。

 自分たちの失策の結果、多くの人たちに愛読されている新聞を、突如、斬る。168年の歴史とか、読者の気持ちとか、そんなことは考えられないんだろうな。過去 の歴史に必ずしもとらわれることはもちろんないけど、一つのブランドになった新聞は、生き物と同じだ。発行元ニューズ・インターナショナル社のほかの新聞、例えばあのタイムズでさえ、場合によっては「あっという間に廃刊」とすることもあるのかな、と思うと、ひやりとする。読者がいなくなって廃刊なら分かるけどー。歴史とか、血と汗と涙とか、時間をかけて育て上げてきた、愛されている生き物への考慮がないように見えるのが、怖いな、と。この新聞の廃刊こそが、ある意味、傲慢さの象徴だったのかもしれない。「毎週毎週、お金を出して買ってくれた読者のことなんか、知っちゃいないよ」という声が聞こえてくる感じがする。(つづく)



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
by polimediauk | 2011-07-22 07:53 | 政治とメディア
 英日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)での電話盗聴事件が7月上旬深刻化したことで、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、同紙を10日付で廃刊にした。それから1週間が過ぎたが、状況は沈静化するどころか、大物関係者の辞任が相次いでいる。

 15日には、2003年まで同紙の編集長だったレベッカ・ブルックスが、NI社の最高経営責任者(CEO)の職を辞任した。親会社ニューズ社のCEOで「メディア王」と呼ばれるルパート・マードックは、ブルックスを自分の娘のように可愛がってきた。

 当初ニューズ社側はブルックスの辞任はないとしてきたものの、国民がNOWでの盗聴疑惑に大きな関心を注ぐきかっけとなった、「ミリー・ダウラーちゃん事件」(2002年、誘拐・殺害されたミリーちゃんの携帯電話が盗聴されていた。当時の編集長がブルックス)をめぐり、辞任を求める声が政界やメディア界で広がった。とうとう辞任をせざるを得なくなった。

 同じく15日、かつてNI社の会長で、ニューズ社傘下のダウ・ジョーンズ社のCEOであったレス・ヒントンが辞任した。50年近くマードックと仕事をともにしてきたヒントンは、マードックの側近中の側近と言われたが、盗聴事件の広がりを的確に把握していなかったといわれる。

 17日には、ブルックスが、ロンドン警視庁に逮捕されるという急展開があった。盗聴の共謀と警察への賄賂容疑である。週明けの19日、ブルックスは、マードック、その息子でニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・マードックとともに、下院の文化・スポーツ・メディア委員会に召喚され、NOW紙での盗聴問題に関して、委員から質問を受ける予定であった。

 17日夜現在、果たしてブルックスが2日後に委員会に出席できるかどうか、不透明感が出ている。委員会の一人は、BBCニュースの番組に出席し、「委員会での証言が、警察の取調べを妨げることになると判断されない限り、ブルックスは出席すると考えている」と語った。

 17日には、もう1つ、驚きの展開があった。ロンドン警視庁のポール・スティーブンソン警視総監が辞任したのである。

 直接のきっかけは、電話盗事件が発生したときにNOW紙の副編集長だったニール・ワリスを警視庁が後に雇用したことへの高まる批判であった。ワリスは、NOWを退職後、2009年秋から昨年秋ごろまで、自身が立ち上げた「チャミー・メディア」を通じて、警視庁のコミュニケーション・アドバイザーとなっていた。一月に2日間のみの勤務で、一日に1000ポンド(約13万円)で雇われたという。

 当時、NOWでの盗聴疑惑に対する警視庁の初期捜査が十分でなかったとして、再捜査を求める声があがっていた。その急先鋒は、盗聴行為が組織ぐるみであったと2009年夏から報道してきた、ガーディアン紙であった。しかし、警視庁側は「再捜査を始めるための、新たな証拠がない」と、却下してきた。

 ガーディアンなどが警視庁に対し、事件の再捜査を求めていた頃、警視庁は元NOWの編集幹部だった人物から、「コミュニケーション上のアドバイスを受けていた」わけである。ワリスが警視庁幹部に対し、「NOWでの盗聴に関して、再捜査はするな」と言ったかどうかは定かではない。

 しかし、盗聴疑惑が発生し、2007年、記者とNOWに雇われた私立探偵とが電話への不正アクセスで有罪となって実刑判決が出たのは事実。そのNOWで副編集長の立場にいた人物が、警視庁幹部に完全に中立的なアドバイスをしていたというのは、考えにくいーというわけで、ガーディアンをはじめとした複数紙がワリスと警視庁幹部の関係に疑念の目を向けだした。

 14日、ワリスは盗聴事件に関連し、警視庁に逮捕されるに至った。ワリスがどのような形で事件に関与していたのかは、17日の時点ではいまだ明確になっていない。「推定無罪」の原則があるにせよ、警視庁が捜査の網に入れるほどの何かを知っていた可能性もある。

―保養地に無料で滞在

 17日付のサンデー・タイムズの報道が、スティーブンソン警視総監を辞任へと押しやる動因になった、といわれている。同紙によると、スティーブンソンは、病気後の静養のため、今年はじめ、英南部ハートフォードシャーにあるスパに、妻とともに滞在した。

 このスパのPRを担当していたのが、ワリスだった。しかし、ワリスとの関連よりも、大きく問題視されたのが、1万2000ポンドに上る滞在費が無料だったことである。

 スティーブンソンの説明によれば、このスパの経営者が友人で、滞在費を負担してくれたのだという。「警視庁のボスが1万2000ポンドの無料品を得ていた」というサンデー・タイムズの見出しは、国民の怒りを買った。ここ数日、NI社と警視庁幹部との親しすぎる関係が暴露され、警視庁への信頼感を失いつつあった国民にとって、スティーブンソンの「無料スパ利用」は、何かしら不当なもの、金持ちとのネットワークを通じて「おいしい関係」を得ているーそんな風に映っていた。(つづく)
 

 
by polimediauk | 2011-07-18 09:12 | 政治とメディア
 メディア王ルパート・マードックが率いる米メディア複合大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、13日、英衛星放送BスカイBの完全子会社化を断念すると発表した。168年の歴史を持つ英国の大衆日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)での電話盗聴事件が深刻化し、政界でも買収を妨げる風が強くなった。その経緯と影響を考察した。

 ニューズ社がBスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)のために動き出
しのたのは、ほぼ1年ほど前である。

 昨年6月、買収への動きが報道された頃、BスカイBの時価総額は99億ポンド(約1兆2000億円)相当に達していた。同月末、BスカイBは年間利益が11億7000万ポンドに達したと発表した。前年と比較して大きな伸びであった。

 9月、ビジネス・改革・技術相のビンス・ケーブルが、メディアの調査会社エンダース・アナリシスから、もし完全子会社化が実現すれば、メディアの多様性が失われると警告する内密の調査書をケーブルに渡した。この書類の内容は後にガーディアンなどが報道した。

 エンダース・アナリシスの計算による、英国内のメディアの規模の比較で、トップに来たのはBTリテール(総収入84億ポンド、以下数字はほとんどが2009年時)、これに続いたのが、BスカイBが54億ポンド、バージンメディア(38億ポンド)、BBC(36億ポンド)、デイリー・メール&GT(21億ポンド)、ITV(19億ポンド)、ニューズ・インターナショナル(10億ポンド)、チャンネル4(8億ポンド)、トリニティーミラー(8億ポンド)、ジョンストン・プレス(8億ポンド)、ガーディアン・メディア・グループ(3億ポンド)、テレグラフ・メディア・グループ(3億ポンド)であった。

 この比較では、BスカイBが2番目に大きいことになる。しかし、もしニューズ社がBスカイBを完全子会社化すれば、BスカイBの54億ポンドとニューズ・インターナショナル社の10億ポンドが合計され、「BスカイB+ニューズ・インターナショナル」社としては、64億ポンドに上ってしまう。

 ケーブルは、この分析に強く印象付けられたのか、11月4日、完全子会社化が「メディアの多様性」を侵害することがないかどうかを、情報通信庁オフコムに審査させるべきだ、と発言した。

 2週間後の11月18日、父ルパートの息子でニューズ・インターナショナル社の会長ジェームズは、政府がBスカイB完全買収の道を阻めば、ニューズ社は海外市場に投資するだろう、長い審査機関を設定することで「英国への巨額投資を無駄にするのか」と述べた。
 

―おとり捜査に引っかかった大臣

 ケーブル・ビジネス大臣によって、BスカイBの完全子会社化への道は長いものになりそうだった。しかし、12月、事態は急展開を見せる。ケーブル議員の選挙区民であると称した、デイリー・テレグラフ記者によるおとり取材に捕まり、ケーブルは買収計画に言及して「マードックとの戦争も辞さない」と発言してしまった。この会話は録音され、テレグラフ紙上に掲載された。

 キャメロン政府は、ケーブルは中立的な判断ができないとして、BスカイBの件を、文化・メディア・スポーツ大臣ジェレミー・ハントに委任することにした。

 今年3月に入り、ニューズ社は「メディアの多様性」問題をクリアするための解決策を出した。当時、4つの全国紙を発行していたニューズ・インターナショナルに加えて、テレビ局BスカイBを所有するとなれば、「多様性」に問題があると見られることから、BスカイBのニュース部門を別会社として設置すると、政府に確約したのである。

 これで、多様性の面から厳しい判断を下したかもしれない、競争委員会(独占防止委員会に相当)に、BスカイB買収を審査してもらわなくてよくなった。

 後は政府、つまりはハント文化相のほぼ一任であった。

 7月1日、政府は買収に承諾を与えることをほぼ決定していたものの、それでも「きちんとすべての面をカバーした」と見えるように、買収に対する反論を一般公募した。しかし、意見を募る期間はほんの1週間だった。8日に締め切り、19日には買収計画承認というゴーサインを政府が出すはずであった。BスカイBの時価総額は148億ポンドにも膨らんでいた。

 しかし、4日頃から出始めた、NOWでの電話盗聴事件の深刻化が、政治問題にまで発展し、13日、ニューズ社は買収計画の断念を発表した。

―ジャームズ・マードックの去就は?

 一連の電話盗聴事件で、ニューズ社の経営への不信感が生まれた。フィナンシャル・タイムズのジョン・ガッパーは14日付で、ニューズ社が「家族経営」となっていることへの不満感が高まっていると書いた。
 
 デイリー・テレグラフ14日付によると、BスカイBの残りの株の買収計画を停止したことで、ニューズ社はBスカイBに3850万ポンドの取り消し金(ブレイク・フィー)や巨額の法律費用を払う必要があるという。

 同紙は、あてにしていた取引が実現しなかったことで、同社の株主が経営陣を訴えるだろうと書いている。今春、ニューズ社の副最高執行責任者になったジェームズ・マードックの地位も危ないという厳しい見方もある。ただし、ニューズ社の大株主はマードック一家で、それほど簡単にはジェームズが引きずり落とされる可能性は低いかもしれないのだが。

―BスカイBの始まりから関与したマードック

 マードックとBスカイBの付き合いは古い。

 まず、英国の衛星放送の歴史を振り返ると、政府は、1980年、衛星放送が産業界に与える影響について内務省に調査を命じている。

 しかし、行政の動きよりも一足早く動いたのが、欧州全域向けに放送する衛星テレビUK(SATV)であった。これは、ロンドン近辺の平日に番組を放送するテームズ・テレビの元職員ブライアン・ヘインズが立ち上げたサービスだ。

 1978年3月、実験用衛星を打ち上げ、主にオランダや米国で制作された番組を放送し始めた。英国内の放送免許を持っていなかったので、海賊放送である。

 しかし、資金難に苦しみ、1980年代前半、SATVの株80%をたったの1ポンドで売却した。買ったのはマードックのニューズ・インターナショナル社であった。
翌年、名称はスカイ・チャンネルに変更された。

 一方、放送業の監視団体IBAは、1980年代末、衛星放送の免許をコンソーシウム「英国衛星放送」(BSB)に与えた。

 BSBが技術上の調整に手間取ってサービス開始ができない状態でいた1989年2月、マードックが一歩先に動いた。それまで欧州向け放送を提供していたスカイ・チャンネルを、今度は英国向け放送局として放送を開始したのである。

 BSBが衛星放送を開始したのはその1年以上後の1990年4月。BSBはマードックのスカイ同様、業績が伸び悩み、同年11月、2社は合併した。新会社の名称はBスカイB(ブリティッシュ・スカイ・ブロードキャスティング)であった。出資比率は50%ずつであったが、事実上はマードックの乗っ取りで、旧BSBの経営陣は一掃された。

 BスカイBは1992年ごろから次第に利益を上げるようになって、そのビジネスは拡大していった。いまや、マードック一家が「金のなる木」として、メディアの将来を託すのがデジタルコンテンツの配信、放送が可能な放送業だ。BスカイBは、加入者1000万人を誇る、英国最大の有料テレビの放送局となった。

 一旦はBスカイBの売却から徹底せざるを得なかったマードックだが、半年後や1年後には又戻ってくるとみる人は英国では多い。一方、投資の割には利益が少ない英国の新聞業から全面撤退する、という見方もある。新聞っ子のマードックには苦しい選択かもしれないが、もしそうなった場合、新聞を見限ってまでBスカイBがほしいということの証拠にもなる。

 噂の噂だが、マードックが所有するのはタイムズ、サンデータイムズ、サンの3つの新聞。この中のどれかの買収に、アレクサンドル・レベジェフ(元KBG職員で、ロンドンのイブニング・スタンダードやインディペンデント紙を所有)が「興味がある」と表明したと伝えられている。(つづく)
by polimediauk | 2011-07-15 00:30 | 政治とメディア
 ルパート・マードックとその息子ジェームズが、下院のメディア委員会に来週火曜日、召喚されることになった。

 Phone hacking: MPs summons Murdochs
 http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-14148658

 すでに、ニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスは出席依頼を承諾しているという。ただ、マードック父子が出席するかどうかは分からない。依頼があった、という段階。

 マードック+BスカイB+電話盗聴に関して、論点が一杯あるのだけれど、改めて、自分でも考えてみようと思い、いくつかの話をテーマを決めて出していこうと思う。

 まず一回目は、BスカイBの完全子会社化をあきらめるまでの話で、BLOGOSに書いたものと重複するのだけれど、とりあえず、まとめてみた。2回目は、これに続いて、BスカイBの話。BLOGOSの方を読んで下った方は、第2回目をご覧いただければと思う。

***

 オーストラリア、英国、米国でメディア買収によってビジネスを広げ、「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック。新聞ばかりか、テレビ、映画など様々なメディアを網羅する、米メディア大手ニューズ・コーポレーションを率いる。収益があまりあがらない新聞業よりも、将来は映像デジタル・コンテンツの販売、配信、放送に力を入れようと、現在39%の株を持つ英衛星放送BスカイBの完全子会社化を狙った。その望みはもう一息で実現するはずだったが、数年前に起きた電話盗聴疑惑に足を救われた。盗聴事件が発生した老舗新聞を廃刊にし、火消しに躍起となったが、政治の逆風のために買収を断念せざるを得なくなった。マードックのメディア帝国のほころびに、メディア王の終末を見る人もいる。反マードック感情が高まる英国で、事件の発展と現状をウオッチングした。

 日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)は、7月10日、168年の歴史を閉じた。同紙のスタッフが廃刊の知らせを受け取ったのは7日夕方だ。編集長にとっても寝耳に水の決定で、200人余のスタッフは職を失うことになった。

 NOW紙は日曜紙市場の中ではトップの位置(5月時点で約260万部)にあり、第2位を争うサンデー・ミラーやサンデー・タイムズ(約100万部)を余裕を持って引き離す。日曜紙市場のいわば巨人であったNOW紙が突如の廃刊に見舞われたのは、数年前に発覚した電話盗聴事件が深刻化したためだ。

―電話盗聴事件

 盗聴事件のきっかけは2005年。ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事が、マードック傘下の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)に掲載された。怪我について知っていたのはごく少数の王室関係者のみで、外に漏れたことを不審に思った王子の側近が、携帯電話に誰かが不正アクセスしたのではないかと考えた。そこでロンドン警視庁に連絡を取り、捜査が始まった。

 2006年、NOW紙の王室報道記者クライブ・グッドマンと私立探偵グレン・マルケーが逮捕された。この時、警視庁はマルケーの自宅から約1万1000点に上る書類などを押収した。この書類があとで議論の争点になる。

 2007年、2人は不正アクセスの罪で有罪となった。グッドマンには4ヶ月の、マルケーには6ヶ月の禁固刑が下った。

 当時のNOW編集長アンディー・コールソンは盗聴に関して「まったく関知していなかった」としながらも、責任を取って辞職した。

 同年3月、下院の文化・メディア・スポーツ委員会の公聴会に召喚された、NOWを発行するニューズ・インターナショナル(NI)社の会長(当時)レス・ヒルトンは、盗聴は「一部の記者が関与したもの」と発言した。

 しかし、ここで話は終わらなかった。2009年7月上旬、左派系高級紙ガーディアンが、NI社を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)が、盗聴行為の被害者に巨額の賠償金を支払っていた、と報道。また、盗聴などの不正行為を行っていたのはグッドマンやマルケーばかりではなく、NOWではほかの記者もかかわっており、「組織ぐるみ」であったと報道した。さらに、携帯電話に不正アクセスされたのは王室関係者のみではなく、政治家や有名人を含む「数千人規模」である、と書いた。

 記事を書いたのは、ガーディアンのベテラン調査報道記者、ニック・デービスであった。

 ガーディアンの連日の報道を受けて、下院の文化・メディア・スポーツ委員会はデービス記者やNOWの元編集長コールソン、現在の編集幹部とNI社の経営幹部などを公聴会に召喚し、事情を聞いた。

 デービス記者は「警察筋からの情報」として組織ぐるみの盗聴行為や盗聴対象の規模の大きさを説明したが、NOW及びNI社側の代表者たちはいずれも「グッドマンのみ」「今はそういうことは行われていない」を繰り返した。コールソン元編集長は「まったく知らなかった」と述べた。

 しかし、その後もガーディアンの報道は続いた。また、盗聴行為をめぐって賠償金を求めて著名人などが裁判を起こし、「自分の電話も盗聴されたのではないか」と疑念を感じた政治家などが警視庁に問い合わせるようになった。こうして、かなりの広範囲で盗聴行為が行われていたらしいことが次第に推測されるようになった。

この時、警視庁の上層部にいたジョン・イエーツは、再捜査の可能性を調査するが、「新しい証拠がない」として、再捜査を却下した。イエーツが時間をほとんどかけずに結論を出したことで、警視庁がNI社に遠慮して、再捜査をしなかったのではないか、という疑惑が起きるようになった。

 11月、新聞業界の自主規制団体「報道苦情委員会」」(PCC)が、NOWで組織ぐるみの盗聴行為が行われていたことを示す証拠がない、とする結論の報告書を発表。後に、PCCはまったく実効力を持たなかった、廃止されるべきだという批判が出るようになる。

 12月、文化・メディア・スポーツ委員会の一部委員が、NI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスを公聴会に召喚することを求めるが、同社は間接的にこれを拒否。2010年、委員会はブルックスの召喚を断念。ここでも、委員会に圧力がかかったのではないか、と言われた。

―口止め料と賠償金

 ガーディアンが主張するように、もし盗聴行為が「組織ぐるみ」で行われていたかどうを調べるには、先に禁固刑になったマルケーやグッドマンに聞くという方法があった。

 ところが、2007年、グッドマンとマルケーはNOWを不当に解雇されたという理由でNOWから賠償金をもらっていたことが、ガーディアンの調べで分かった。その金額は明らかにされていないが、これは「口止め料」ではないか、とデービス記者は書いた。

 両者が口をつぐんでいるので、真相は外に出ないと思われたが、07年7月に、英国プロサッカー選手協会のゴードン・テイラー会長(当時)が、自分の携帯電話にNOWが盗聴行為を行ったことで提訴し、翌年、NOWがテイラーに70万ポンドを支払ったことが分かった。これで、「王室関係者のみの盗聴行為」と表向きには主張していた、NOWや発行会社の主張がぐらついた。

 2010年1月、PR会社を経営するマックス・クリフォードがNOWによる携帯電話の盗聴行為をめぐって提訴し、3月には100万ポンドと推計される賠償金を受け取ったことが明るみに出た。

 年頭には、携帯電話企業3社が、ガーディアンに対し、グッドマンとマルケーにより盗聴されていたと思われる、100近い携帯電話の番号があったと報告。ますます、複数の記者が関与していたこと、かつ、広い範囲の人物が盗聴対象になっていたことを示唆した。

 2月、文化・メディア・スポーツ委員会が聞き取り調査を終え、盗聴問題に関する報告書を出した。NOWや経営幹部が「集団健忘症にかかっている」、編集室の中で「グッドマン以外にこの件を知らなかったというのは信じられない」とした。

 同月、PCCは、NOW内では「もはや盗聴は行われていない」とする報告書を出した。

―キャメロンとNOW

 2007年1月、NOW紙編集長のアンディー・クールソンが、「自分は関知していなかった」としながらも、責任を取って辞任した。

 5月、当時野党の保守党党首デービッド・キャメロンは、クールソンを党の報道を一括する仕事を与えた。

 盗聴疑惑が消えていないNOWの元編集長を雇用するのはまずいのではないか、という声が保守党内でも出たが、キャメロンはこれを聞かなかった。すでに2人が有罪となり、クールソンは編集長職を辞任した。「第2の機会を与えたい」とキャメロンは報道陣に語った。

 一方、自分の携帯電話も盗聴されたのではないかと懸念した政治家や有名人が警視庁に連絡を取ったり、NOWに対し賠償金を求めて裁判を起こすケースが次第に出てきた。

 映画俳優ヒュー・グラントは、携帯電話盗聴の事実を暴露しようとして、元NOWの記者と会い、世間話をするふりをしながら、自分の携帯電話に会話を録音。NOW内で広範囲に盗聴行為が行われていたという言葉を録音した後、これをメディアに伝えた。

―ミリー殺害事件で国民の怒りを買う

 国民がNOWでの盗聴行為に鋭い批判の目を向けるようになったのは、今年7月上旬だ。

 警視庁が今年1月から再捜査を始めていたが、その過程で、2006年に私立探偵マルケーの自宅から押収した書類の中に約4000人の電話番号を含む個人情報が入っていた。これは、盗聴をされた疑いのある人物のリストであった。

 ガーディアンを筆頭とする数紙が、2002年に殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーの携帯電話がNOWの記者によって不正アクセスされていた、と報じた。電話の留守電のメッセージを聞いた後、たくさんのメッセージがメモリーを使い切ってしまうと困ると思ったのか、メッセージを適宜消していた、というのである。ミリーの両親は留守電メッセージが消去されていることを知り、「まだミリーは生きている」と望みをつないでいた。この留守電メッセージ消去疑惑が報道されるや否や、NOWの盗聴事件は一気に国民の怒りを買った。

 さらに、2002年、英南部ソーハムの町で殺害された2人の小学生女児の両親の携帯電話やイラクなどで亡くなった英兵たちの携帯電話や電子メールに、NOWの記者が不正アクセスを行っていた疑惑が報道されると、国民の怒りと非難はエスカレートした。NOW紙への広告の出稿をフォード、ブーツ、ボックスホール、ルノーなどが次々と取りやめるようになった。7日、ニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・ルパートは声明文を出し、NOWの廃刊を発表した。スタッフに廃刊のニュースを知らせたのはNI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスであった。

 急な廃刊の背景には、ニューズ社の最高経営責任者でメディア王と呼ばれるルパート・マードックの衛星放送BスカイB買収の狙いがあるといわれた。ニューズ社は1年ほど前からBスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)の交渉を続けている。BスカイBの完全子会社化とNOWの電話盗聴事件とは直接的には結びついていないが、NOWがまだ存在していた時点で、いわゆる「マードック・プレス」(NOW,サン、タイムズ、サンデー・タイムズ)は英国の新聞市場の40%ほどを占めるといわれ、新聞市場でのプレゼンスを少なくしてBスカイBの件を成功させたいという思いがあった。

 しかし、盗聴事件がこれほど深刻化してしまったので、ニューズ社によるBスカイBの完全子会社化を阻止するべきだという声が政界で強まった。

 キャメロン首相は、今年1月までクールソン元NOW編集長を官邸の報道局長として起用していたが、野党労働党はこの判断が間違ってことを謝罪するべきだと要求した。

―政界の変化

 これまでクールソンをかばい続けたキャメロンだが、世論の風向きが変わったことを察知し、ニューズ社への批判的な言動をするようになった。友人でもあるレベッカ・ブルックスが「もし辞職願を出していたなら、自分はこれを受け取っていただろう」と話すようになった。

 6月末頃までは、ニューズ社のBスカイBの完全子会社化は確実視されていたが、盗聴事件が深刻化し、大きな逆風が発生してきた。

 12日、ブラウン前首相が、いかにサンが自分の息子の病状を「犯罪的行為を用いて」探り出し、紙面に載せたかを暴露。

 13日には、ニューズ社に対し、BスカイBの完全子会社化の断念を促すための議論が下院で行われると、ブラウン前首相は、いかに自分がNI社に手荒く扱われたか、サン以外にも、同社が発行する高級日曜紙サンデー・タイムズでも「犯罪者」を使って情報を収集していると述べた。前首相が議会で長々と意見を述べて議論に参加するのは珍しい。

 しかし、この議論が開始される直前、ニューズ社は、「現在の環境のもとでは、完全子会社会の実現は難しい」として、買収を断念すると発表した(それでも下院での議論は中止とならなかった)。

 思わぬ政治の逆風に、マードックは熱望していたBスカイBの完全子会社化を、少なくとも一旦はあきらめざるを得なくなった。(つづく)
 
by polimediauk | 2011-07-15 00:05 | 政治とメディア
 マードックと電話盗聴事件に関して、ブログでじっくり書く時間がないほど、毎日、ドラマチックな動きが起きている。毎朝、家でとっていない新聞を買いに行って、テレビやラジオのニュースを追っているうちに、常に新しい事実が発覚し、ああ、あの人はこう言っているな、でもあの人はこう言っているな、と情報を頭にしまっているうちに、1週間が過ぎて行くーそんな日々が続いている。

 一体、どの時点で、日本のみなさんに事件をお伝えしたらいいのか、ある意味、途方に暮れる状態である。ドラマがずーっと続いていて、最後の幕が下りていないので、一つ一つの動きの意味を解説するところまで行かず、「いま、こういうことがありました」と事件報告みたいなことしかできないー。

 とりあえず、7月11日ぐらいまでの話を、BLOGOSさんのほうに出せてもらったのだけれど。(前にも紹介したが、とりあえずもう一度アドレスを入れておくー http://news.livedoor.com/article/detail/5701729/)

 BBCの電話盗聴の特集ページは以下。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-14045952
 
 動画がたくさん入っているが、英国外でも見れるはずである。
 
いわゆる、ライブ・ブログ、つまりその時々の動きをずっとつづるブログは以下
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-14134599

 BLOGOSのほうの原稿の最後に、こう書いた。

 「今後の焦点は、NOWによる警察への賄賂疑惑の解明と、NI社CEOブルックス(ルパート・マードックが実の娘のようにかわいがっているという)が引責辞任をするかどうか、そして、父ルパートがマードック帝国の将来を託す次男ジェームズ(現在、ニューズ社の副最高執行責任者)がこの危機を自力で乗り切れるかどうか。また、BスカイBの完全子会社化を実現できるかどうか、である」。

―ブルックスは辞めるか?

 辞めるかどうかはまだ分からない。いずれ辞める感じはするが(といっても、また別の、もっと高い地位につくだろうが)。

 マードックが彼女を手放さないのは、「実の娘のようにかわいがっている」から、といわれている。マードックの本を書いたマイケル・ウルフによれば、マードックは自分の会社を「家族経営の企業」として運営しているそうだ。「家族」なので、何があっても、辞めさせないのだ、と。

―ロンドン警視庁は、何故きちんとした捜査をしなかったのか?

 2006年の時点で、警視庁は約4000人に上る、盗聴の犠牲者になったかもしれない人のリストを持っていた。でも、その中で調査をしたのはほんの少し。大部分については何もしなかった。何故しなかったのか?一部では、ニューズ・インターナショナル社との癒着が噂されていた。

 そこで、12日に下院の内務問題委員会が、ロンドン警視庁の電話盗聴に関する取調べを行ったトップの3人といま調査を担当している人などを召喚して、「何故?」を聞いた。

 以下は、その様子の録画画面が見れるサイト(約3時間だが、関係あるのは35分ぐらいから。)
http://news.bbc.co.uk/democracylive/hi/house_of_commons/newsid_9535000/9535660.stm

 このトップの3人は、テロ対策を統括していたピーター・クラーク、関与していたアンディー・ヘイマン、ジョン・イェーツ。

 この3人が共通して言ったことは、当時、テロ対策に忙しくて、プライバシー侵害があった「かも知れない」数千人のリストをきちんと調査する時間をかけられなかった、人員を当てることができなかった、と。

 でも、この答えでは、委員会のメンバー(下院議員たち)を満足させることができなかったようだ。「時間・人手をかけられなかったから」といって、プライバシー侵害があったかもしれない人のリストを精査しない・・・このこと自体がどうも、委員たちはのみこめない。それは誰しもがそうだろうけれども。いくらテロ対策で忙しいと思っても、捜査に足ることであったら、後で調査することもできたろうし、ほかのチームにやってもらうこともできたはずなのだ。警視庁が「1つの仕事しか、一度にできない」なんてことが、あるわけがない。

 それと、ジョン・イェーツやピーター・クラークが繰り返したのは、情報を持っているニューズ・インターナショナル社側が、警察に「情報を出したがらなかった」「十分な協力をしてくれなかった」と。委員たちから失笑が出た。委員の一人がこう言った。「ある捜査で、被疑者が情報を出したがらなかったら、それで捜査を止めるんですか?」「相手が情報を出したがらないっていうのは、普通じゃないんですか?」。全員が苦笑である。まるで子供の言い訳を聞いているようである。

 すると、ピーター・クラークは真面目な顔をして、こう言ったのである。「ニューズ・インターナショナル社は、普通の被疑者ではないんですよ。グローバルにビジネスを展開する大きな会社で、すごい弁護士が後ろについているんです」。

 クラークは、この説明を聞いて、委員たちが感心するとでも思ったのだろうかー?つまるところ、ジョン・イエーツとピーター・クラークの「言い訳」を聞いていると、ニューズ社が「強大で、警察に協力をせず、怖いので」、追求しなかったーということなのだろうか。本音だったかもしれないが、情けないことであった。警察が立ち向かえなかったら、誰が立ち向かうのだろう?

 イエーツは、警視庁の2006年時点の調査が「くずみたい」だったと、10日付のサンデー・テレグラフのインタビューで述べていたが、2009年夏も、かなり情けない対応をしていたことが分かった。

 この時、ガーディアンが、「電話盗聴事件の犠牲者は数千人だぞ!」と、たくさんの記事を出し始めた。そこで、新たな捜査をするべきだという声が出たのだが、イエーツは、ほんの数時間、ガーディアンの記事を見て、同僚に相談して、「まったく新しい証拠がないので、再調査の必要性はありません」と報道陣の前で語っていた。(私は今でも覚えているが、イエーツがあまりにもガーディアンの報道をかるーく扱っているので、怒りを感じた。)

 これを振り返って、イエーツは、「当時(2009年)は、いま私たちが知っていること(盗聴の被害が大きいこと)を知らなかったので」と委員会に説明している。しかし、ほんの短時間でガーディアンの報道が伝えたことを却下したとすれば知ろうともしなかったことになる。これじゃ、部下に捜査をきちんとするように、とかいえない。

 私たちは、いまイエーツがいうことを信用できるだろうか。「調査しました」「証拠がない」ともしイエーツが言っても、2006年にも2009年にも、そうではなかったのだから。委員会に「辞任をするべきと思うか」と聞かれ、「思わない」と答えたイエーツ。最後には、「あなたの証言は不十分です」と委員長に言われてしまった。

 最後のお笑いがアンディー・ヘイマンであった。彼は何と、ニューズインターナショナル社の盗聴疑惑を調査するチームに関与していたにもかかわらず、調査が終わってまもなくして、ニューズ社の新聞であるタイムズにコラムを書くジャーナリストになったのである。

 「世間の人からすれば、おかしく見えるとは思いませんでしたか」と委員に聞かれ、「思わない」と答えた。また、ニューズ社の上層部などとよくお昼をともにしたそうだ。疑惑調査が行われている会社と交友関係を続けた点に関しては、「お昼に行ったりしなければ、逆に疑われていたと思う」と答え、「どういう意味ですか?」と問いただされ、しろどもどろに。

 偶然かもしれないが、ヘイマンの場合、ニューズ社の疑惑を調査中あるいは調査が終わる頃に、ニューズ社の新聞に不倫関係を暴露された事件があった。あくまでうわさだが、ニューズ社から「脅された」と見る人もいる。

―ブラウン前首相が怒りをぶちまけた

 そうこうするうちに、12日には、ブラウン前首相がニューズ傘下のサンが「犯罪者」を雇って自分の私的な文書を入手していた、と暴露。ブラウン氏の息子の病気に関する取材にも違法な手段が用いられた、と。

 反マードックに対する感情がどんどん強く渦巻くようになり、翌日の13日には、下院で、米ニューズ・コーポレーション(マードックはこの会社のCEO。ニューズ・インターナショナル社はこの傘下にある)に対し、BスカイBの完全子会社化を断念するよう促す動議が採択されることになった。

 今日(13日)、さて、どうなるかと思っていたら、何と、下院での議論が始まる少し前に、ニューズ・コーポレーションが買収断念を発表。あっと驚く展開だった。

  しかし、これは「今後もない」ということではない。ほとぼりが醒めたたころ、また買収に向かうことも大アリと言われている。

 一方、議会では、与野党の議員たちが思い思いの意見を述べたが(買収提案を放棄したのに、議論は中止されなかった)、目だったのがブラウン前首相である。いかに自分の子供の病気の話が不当にサン紙に漏れ、1面に流されたかを怒りをこめて語った。ニューズ社の「犯罪行為」を何とかして止めなければならないーと。ものすごい迫力で、「父」の怒りが出ていた。

―この間まで、お友達

 しかし、「待てよ」とも思う。ブラウンはニューズ・インターナショナルの上層部、特に現在CEOのレベッカ・ブルックスと親しかった。奥さんのセーラ・ブラウンさんとは特に仲がよく、互いの家に泊まりにいったことなどもよくあったといわれている。ブルックスの結婚式などにも仲良く出席。

 ブラウン前首相の労働党は、トニー・ブレアが党首になったころ(1994年)から、メディア、特にマードック・プレスと仲良くしてきた。サンが「ブレア支持」を紙面で表明したのは、選挙前の1997年。利用するだけ利用してきたのだ。

 下院内ではニューズ社、マードックのひどさを指摘する意見が多かったが、ふと、思った。確かに、マードックは政治を、そして警察をそのメディア・パワーで怖がらせ、あるいは魅了してきたが、マードック・プレスを重要視し、腫れ物に触るように、あるいは「お友達」になりたがろうした、政治家や警察のほうにも、やっぱり責任があるんじゃないかな、と。

 マードックと政治家+警察の話は、つまるところ、排他的クラブのようなものかもしれない。

 「マードック」というテントの中に入れるか、入れないか。多くの人が中に入りたがるし、ラッキーにも入れた人は、追い出されないように気をつける。多くの人がテントに入りたがっているのだから、そこにつけこんで、相手に意地悪をしようと思えばできる。自分の思うがままに相手を操れるーー相手は自分のテントに入りたくてしょうがないんだから。

 マードックよりも、テントの中に入りたがって、自分の信条や職業の義務を忘れた人のほうが、罪深い感じがする。

 噂では、マードックが、英国の新聞すべて(タイムズ、サンデー・タイムズ、サン)をいずれ売却してしまうのではないか、といわれだした。新聞よりもBスカイBや映画会社など、映像の仕事のほうがもっと、もっと、もうかるからだ。マードックは新聞を心から愛する経営者だが(父のキースもオーストラリアで新聞王だった)、マードック帝国を継ぐはずのジェームズがテレビ・映像のほうに心を傾けているといわれている。また、ニューズ・コーポレーションの株主からのプレッシャー(もうからない、あるいはもうけが少ない新聞をキープしていることへの疑問など)もあるだろうから。まだまだ、あっと驚く展開がありそうだ。
by polimediauk | 2011-07-14 08:46 | 新聞業界
 日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドでの電話盗聴事件を巡って、同紙が10日付で廃刊となり、こちらではとても大きなニュースになっている。

 これについて、まとめをBLOGOSに書いている。ご関心のある方はご覧ください。

マードック傘下の老舗の英日曜紙が廃刊 ~深刻化した電話盗聴事件でBスカイBの買収も暗雲に?http://news.livedoor.com/article/detail/5701729/

 これまでの事件のまとめと、何が問題か、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの新聞市場での意味合いとこれからを概要にしたものです。とりあえずの、一時部始終が分かります。

 このトピックに関しては、やまほど材料が出ているのですが、少しずつ、このブログで追加してゆきます。
by polimediauk | 2011-07-12 17:43 | 新聞業界