小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 一定の居住地を持たない「トラベラーズ」たちが不当に土地利用を行っているとして、英南部の町バジルドンのカウンシル(地方自治体の1つで、日本で言うと市役所、町役場などに相当)が、立ち退き強制を執行することになった。トラベラーズたちは立ち退きを拒否しており、これに賛同する支援者を中心に大きな反対運動が発生。国連委員会が人権上の理由から強制立ち退きを停止するよう政府に求め、居住問題は国際的にも注目された。

 「英国ニュース・ダイジェスト」の今週号に掲載された、ニュース解説記事を、ここに採録してみたい。

―「トラベラーズ」とは?
 
 「トラベラーズ」とは、直訳すれば「旅行者たち」となるが、この言葉は英国では別の意味でもよく使われる。欧州で生活する移動民族のことを指すのだ。中でもロマ民族の人は「ジプシー」と呼ばれる。

 実際には、ジプシー(この言葉は日本語では差別語扱い)とトラベラーズを一緒にして、「トラベラーズ」と呼ぶ人もいれば、蔑称として「ジプシー」という人もいる。政府の文書を見ると、「ジプシーとトラベラーズ」=移動民族という使い方をしている。
 
 トラベラーズたちは一定の居住地を持たず、農場補助など季節作業者やくず鉄処理、馬の管理など、不特定の業種に就きながら家計を支え、ワゴン車やキャラバンを住居として暮らしてきた。近年では通常の家に住むトラベラーズも増えてきたが、あくまでも一時的な宿泊場所で、いずれは移動することを想定している。

―10年越しの交渉

 英南東部エセックス州に位置するバジルトンには、「デール・ファーム」と呼ばれる、アイルランド系トラベラーズが生活する「ホールティング・サイト」(「停止場所」の意味)がある。トラベラーズが居住する場所としては英国内で最大と言われる。
 
 デール・ファームに住むトラベラーズたちは800人から1000人で、キャラバンなどで生活している。
 
 もともとは1970年代、カウンシルが、40家族のロマ人系トラベラーズたちに対し、当時は廃棄物置き場だった場所のそばに住居の建築許可を与えたのが始まりだ。90年代半ば、廃棄物置き場の所有者がデール・ファームをアイルランド系のトラベラーズたちに12万2000ポンド(約1400万円)で売却している。
 
 問題が生じたのは、土地そのものはトラベラーズ自身が所有しているものの、この場所が都市計画に厳しい制限がつく「グリーンベルト」地帯(最後につけた、関連キーワード参照)である上に、トラベラーズたちの一部が住居の建築許可を得ないままに住宅を建設していたことから生じた。
 
 その後、違法建築の住宅に住むトラベラーズたちとカウンシルとの交渉は。裁判沙汰にまで発展し、カウンシル側はデール・ファームの外に代わりの住居を準備するなどの案を提示したが埒が明かなかった。
 
 今年7月、カウンシル側は違法占拠を続けるトラベラーズ側に対し、28日間の猶予期間を経て、立ち退くよう依頼したが、これにトラベラーズは応じなかった。
 
 9月16日、控訴院判事は建築法違反を根拠として、カウンシルによる立ち退き令を支持する判断を出した。「法の下ではすべての人が平等であるべき」とするキャメロン首相、ミリバンド野党労働党党首もカウンシルを支持する見方を示す一方で、国連人種差別撤廃委員会は9月上旬、立ち退きがトラベラーズたちの生活に与える悪影響から追い出しに反対し、政府に対し「文化的に適切な宿泊場所を特定し、これを提供するべきだ」と提言した。
 

―地元住民との摩擦

 バジルドンのトラベラーズ立ち退き要求事件が全国的ニュースとなったのは、デール・ファームのトラベラーズ用地が国内数ヶ所に設けられた同様の場所の中で最大(約2万平方メートル)であったことに加え、地域住民とトラベラーズたちとの摩擦も背景要因にある。

 政府はこれまで、移動型生活を行うトラベラーズたちの生活慣習を尊重する姿勢を見せてきた。イングランド地方にはカウンシルが合法に提供しているトラベラーズ用敷地が5000ヶ所設けられている。しかし、デール・ファームのように緑に囲まれた広大な敷地がトラベラーズ用に利用されることで、景観が崩れる、あるいは一般市民向けの住宅建設に悪影響を与えると考える住民が少なからず存在する。

 トラベラーズが英国に姿を見せた15世紀末頃から、トラベラーズたちは時の権力者による迫害を受け、一段低い存在として国民から差別の対象にもなってきた。「一定の場所に住居を持たないのが慣習であれば、移動すればよいだけではないか」と考える国民も多い。
 
 しかし、先の約5000ヶ所の敷地や、個人が所有する敷地でトラベラーズたちが合法に住居を建設できる場所は、いずれもキャパシティーが一杯になっており、今回のデール・ファームのトラベラーたちも、ここを追い出されたら、「行き場がない」のが現状であるという。あるテレビの記者が「定住してしまってはどうか」とデール・ファームのトラベラーズの1人に聞くと、「移動するのは私たちの文化の根底にあるから」と説明していた。

 トラベラーズ以外の人からすれば、「トラベラーズ:移動民族」であるのに、何故「移動」しないのか、という疑問はなかなか、消えない。

 一定の期間特定の場所に住むのであれば、移動型生活習慣を断念してもらうのか、それとも、「隣にはトラベラーズのキャラバンが停泊している」状態を国民に甘んじてもらうのか、難しい選択となる。現在のところは、英国内の司法制度も政治家も移動型生活の維持には厳しい見解を示す結果となっている。

―関連キーワード

Green Belt:緑化地帯、グリーンベルト。「グリーンベルト」政策とは無制限な都市化を抑制するために打ち出された、都市計画のための施策。ある土地がグリーンベルト地帯に設定された場合、その土地の史跡、田園地帯、アウトドア空間の維持、自然保護などを考慮に入れた都市開発を行う必要がある。1938年ロンドンで最初に導入され、次第に英国全体に拡大した。イングランド地方のグリーンベルト地帯は全面積の約13%に相当する。環境保護運動家たちは、イングランド地方のグリーンベルトが毎年約800万平方メートル縮小している、と主張している。

***

一両日中に、「英国ニュースダイジェスト」のウェブサイトに、この解説記事が掲載され、トラベラーズに関して詳細な説明が出る予定です。
http://www.news-digest.co.uk/news/component/option,com_frontpage/Itemid,1/
by polimediauk | 2011-09-29 23:37
 月刊誌「世界」10月号は、9.11テロから10年を特集のテーマとして選び、様々な記事を出している。

 この中の1つに、翻訳家・リサーチャーで米国に住む宮前ゆかりさんが、フェニックス空港で「パットダウン」と呼ばれる全身検査(「性器も含め身体全体を過剰に触る」のだという)の利用を拒否したことがきっかけで、性的暴行罪という不当な嫌疑をかけられ、逮捕されたエピソードをつづっている(「権利章典の崩壊 -私はなぜ逮捕されたのか」)。この体験を通じて、宮前さんは米国運輸保安局(TSA)の過剰なパットダウンによって、体につけた医療機器を取り上げられたり、手術の傷を手荒く触られたり、性的いたずらをされたりなど、様々な被害や精神的トラウマを乗客にもたらしていることを知ったという。

 詳細は記事をご覧になっていただきたいが、「冤罪の責任を追及し名誉を回復するため」に、宮前さんは法的コストを捻出せざるを得なくなった。

弁護基金サイト www.facebook.com/YukariDefense
関連サイトhttp://causewayllc.com/yukaridefense.html

 宮前さんは最近出た、「ウィキリークスの時代」(グレッグ・ミッチェル著、岩波書店)の訳者でもある。

***

 ガーディアンの土曜日版についてくる雑誌「ガーディアン・ウイークエンド」(9月10日号)に、ジョナサン・ワッツによる「福島 6ヶ月 まだ終わっていない」という長い記事が載っていた。

Fukushima disaster: it's not over yet
http://www.guardian.co.uk/world/2011/sep/09/fukushima-japan-nuclear-disaster-aftermath?INTCMP=SRCH

 ワッツはガーディアンの元東京支局長で、今は中国特派員だ。福島の被災地を訪れ、人の気持ちのありようを探った記事だ。長いがあっという間に読める記事で、確かなもの・ことが消えてしまった3.11大震災の後で、それぞれの人が自分で危険度レベルを測定したり、場合によって福島を出て行ったりする様子を描く。

 この記事で大きく表れてくるのが、おそらく日本全体でも共有される、政府や自治体そして大企業(東京電力)への強い不信感と将来に対する不安感だ。「誰も本当のことを言ってくれない」あるいは「どれが本当のことなのか、分からない・判断できない」状態の中で、母親、働き手、若者たち一人ひとりが、大きな不安感を抱きながら、生きている。

「静かに朽ちてゆく」状態の福島の状況を見て、ワッツは「放射能汚染については一年前よりは恐れていないが、日本については、もっと心配している」と最後に書いている。
by polimediauk | 2011-09-12 17:25 | 日本関連
 9.11テロの10周年ということで、セレモニーや関連番組の放映が真っ盛り状態となっている。

 私は「ながら」視聴でその一部を目にしたにすぎないが、真剣に9・11テロの犠牲者を追悼してる場面などを(少し)見るたびに、複雑な思いにかられる。

 9.11テロの犠牲者のことを考えると、同時に、アフガニスタンとかイラクの国民のことを考えざるを得ない。どちらも自分にとっては、ある意味では「外国」だから、どっちの国にも特に心が傾いているわけでもない。ただ、どうしても気になるのである、3000人を超える米国での犠牲者の後に、アフガニスタンとかイラクで、「万単位」で人が死んだり、傷ついたんだよな、と。

 数で痛みの大小がはかれるわけじゃないけど(人ひとりの命だけだって、重いとも考えられるしね)、やっぱり、米国の様子を見て、心底、心から感情移入するっていうことが、なかなかできない。(特にビンラディンを殺した後で、「正義がなされた」なんて言ってしまうなんて、と思う。報復したら、報復されてしまうのではと思う。)

 やっぱり、世界でも武力にかけてはナンバーワンの国を怒らせたら(9・11テロとか)、腕力で、やっつけられてしまう・・・・と。そういうことがしみじみと分かった気がします、自分レベルでは。そんな国にテロをしかけたら、もう、国で戦争を起こされちゃう、と。爆弾がぼんぼん飛んでくるし、とにかく、人が死ぬんだぞ、と。おー怖・・・・という感じ。

 それと、テロとかをされてしまったら、「もう、国際法は無視」「自国の安全を確保するためだったら、法だって曲げるよ」・・・という面が米国に(どこの国にも???)あるんだなあ、と。 こういうことは、怖いな、と思う。米国に武力で勝てる国はほかにいないから。

 まあ、本筋の話ではないと思うけれど、そういうことを、今日はつらつら、考えている。

 ナイーブな話だろうけど、米国の2面性が見えた10年間だったなあと思う。だからどうってことはないが。知らないよりは知ったほうがいいから。

 英国はそんな米国にぴったりくっついていたしね。ブレアさんが、ね。(今、リビアのガダフィ大佐にテロ容疑者を引き渡していたことがばれて、諜報機関はあわてているかもしれないけど。)

 最後に行き着くのは、誰かが武力を使って何かを(平和を守るため?)成し遂げなければならないとき、自分は戦闘に行かなくて、誰か他の人にお金を払ってやってもらっている、このシステム(英国の軍隊は志願者で結成されている)って、本当にいいんだろうか、これで??-とか、現役でガンガン活躍する(=人を殺したり、殺されたりする)軍隊を持つ英国に、自分は住んでいるんだよなあ・・・・ということを、またまたぼうっと考えてしまう自分です。

 まとまりのない話なんで、ほんのつぶやき。
by polimediauk | 2011-09-12 05:41
 しばらく更新が滞っておりますが、中央公論新社から11月、英国メディアの歴史の本が出ることになりました。今、最終のチェック段階です。1年半ぐらい前から書き出して、陽の目を浴びる日が近付いてきました。

 英国のメディアの話、しかも歴史と言うと、それほど日本の皆さんが、「すごく知りたい!!!」と熱くなるようなトピックではないかもしれませんが、渡英して、今年の末で10年になります。卒業証書のつもりで書きました。

 なるべく気軽に読めるように工夫してみたつもりですが、良かったら、冷やかしにでも立ち読みしてくださると幸いです。

 ちょっと探してみますと、英国の、それも新聞業も放送業も合わせた本はなかなか(日本語では)ないようですーー学問の本はあるのだろうと思うのですが。入れるべき内容がたくさんあって、全部はとても入れ切れなかったので、抜けているところもたくさんありますが、それはまた今後の機会やこのブログで埋めてゆくつもりです。

 でも、ほんとーに、英国のメディアはとっても面白いです。テレビ一つをとっても、ありとあらゆる番組があって、それに時間のシフトがあっても見れる(オンデマンド)ので、わくわく、ドキドキしながら、いつもかじりついています。ラジオも、とっても面白いです。面白いテレビやラジオ、それに新聞は、リッチな文化を作るのだろうと思います。

 本の刊行にあわせて、10月と11月、日本に一時帰国する予定です。日本のテレビ、ラジオ、新聞に大期待です。

  

 
by polimediauk | 2011-09-09 07:37 | 政治とメディア
 9・11米テロから10年。この間に「テロの戦争」(ウオー・オン・テラー)という言葉も生まれた。

 英メディアでは少しずつ、この10年を振り返る番組が放映されだした。関連本も書店に出るようになった。

 この「テロの10年」を振り返るとき、どんな本や番組がお勧めだろうか?できれば米国の人(学者でなくても、一般市民でも)の見方が知りたい感じがするが、とりあえずは、私が英国で出くわしたものを紹介してみたい。

 まず、「エコノミスト」(最新号)が書評欄で4冊の本を紹介している。
Learning the hard way
http://www.economist.com/node/21528225
(登録者でないとすぐには読めないかもしれないのでご注意。)

 ここでお勧めの本は4冊で、①ファワズ・ゲルゲスが書いた、「The Rise and Fall of Al-Qaeda」、②ロビン・ライトが書いた、「Rock the Casbah: Rage and Rebellion Across the Islamic World」、③シェラード・クーパー=コウルズが書いた「Cables from Kabul: The Inside Story of the West’s Afghanistan Campaign」、④ジェイソン・バークが書いた「The 9/11 Wars」である。

 「エコミスト」によれば、最初の2冊の本の作者たちは、「西欧諸国が、自分たちが介入したイスラム諸国」(イラク、アフガニスタンなどを指すのだろう)を「十分に理解していない」、と主張しているという。

 それを裏付けるのが、③の本。これは私自身も買ったのだが、このクーパー=コウルズさんは、元アフガニスタンの英国大使だった人。そして、「集団思考、つまり、軍事行動で成功を導くことができると考えたことが、過去の10年間の西欧諸国の(イラクやアフガンでの)努力をいかにダメにしたか」を書いているそうだ(私は読みかけ)。アフガンでの大使の生活を赤裸々に書き、米英の政策を批判している。この本はこれまでにも、非常に良い書評がついている。特に政治に興味がある人にはいいかもしれない。

 ④のバークは、ジャーナリストで作家。「アルカイダ」というタイトルの本も前に出している。この本は700ページ(!)という分厚い本らしい。ガーディアンやオブザーバーに記事を書く人で、アフガン、パキスタン、中東を実によく知っている人だ。「エコノミスト」は「テロの戦争」をカバーする良い本だと誉めている。

 この本の中でバークは、アルカイダが、まだなくなってはいないものの、この10年で弱体化したと書いているという。

 イスラムテロなどに強い興味がある人にはいい本なのだろうが、個人的にはどうもマッチョすぎる感じがしないでもないーーと思ったのは、ガーディアンにこの本の一部が抜粋されていて、それを読んだからだ。「9・11テロ。その後、テロの戦争が起きたが、誰が勝利者か、そして負けたのは誰なのかがはっきりしない」とバークは書く。

 そこで何故そうなのかが抜粋で書かれていたが、私が注目したのは、「テロを退治する」という名の下で行われた戦闘で、一体どれぐらいの人が犠牲になったかという箇所だ。戦闘で亡くなった兵隊、その人たちの家族、あるいは民間人などをバークが総合して計算したところ、「少なくとも25万人が殺害された」というのである。(もっと多い人数を出している人もたくさんいる。)

 バークは、9・11テロ以降の戦争(複数)にはまだ名が付いてないが、歴史を後で振り返れば、きっと何らかの戦争名が付くだろうと予測する。そして、この戦争のことは思い出されるだろうけれど、殺害された25万の人々は「思い出されることはないだろう」と書いていた。

―NYでは粉塵を吸って、苦しむ人が増えている

 米国に目をやると、ワールドトレードセンターが崩壊した後、大きな灰色の煙と粉塵が出た様子は私たちの記憶に残っているが、この粉塵=ダストを吸い込んだ人たちが、年を追うごとに病気になっている、というリポートが、先日、BBCニューズナイトで出ていた。ビルが倒壊したとき、窓ガラスが粉々になり、建物に付随した様々な有害物質(例えばアスベスト)などが空気の中に散っていった。これを吸った人が、喘息もちになったり、肺を悪くしたり、その他様々な病気になっているという。そして、その中で出てきた医者が言うには、「今後20年、30年、後遺症で悩む人がもっと出てくるかもしれない」。

 何でも、テロの後、数日ぐらいでNY証券取引所やその他のビジネスがオープンし、これを歓迎する雰囲気があったという。当時、ビジネスを再開しても大丈夫なのだと医療関係者が言ったそうである。しかし、現在、このときの様子を振り返って、ある米医療関係者は「確かに、現地に戻っても問題はなかった」とニューズナイトの記者に答えた。ただし条件があった。「呼吸マスクをつけて、現地に戻ったら、大丈夫だ」。この問題は、これからさらに注目されるかもしれない。

―個人的なお勧めは

 9・11テロの影響をバークさんの本で読むのもいいが、長いし、よっぽど国際政治中毒というか、こういうことが好きな人でないとどうかな、と思う。

 そこで、(これはいつか和訳されるかもしれないので書いておくと)、前にツイッターでも紹介したのだが、「グローイング・アップ・ビンラディン」という本だ。
https://www.amazon.co.uk/Growing-Up-Bin-Laden-Osamas/dp/185168901X/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1315001131&sr=8-2

 これは、オサマ・ビンラディンの最初の妻と息子の1人が書いた本。ともに夫、そして父親としてのオサマの姿を描く。私は覗き見趣味的に読み始めたのだが、読み始めると止まらなくなった。

 「テロの戦争」を理解するのに、オサマという個人の、それも家族が見た姿を知ることは、一体何の役に立つのかー?そう思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、実は大アリだと私は思う。

 例えば、まず、最初はオサマと妻の出会いの話。17歳ぐらいで結婚する。それから、夫婦がどのように会話をするのか、愛情を表現するのか、そして第2の妻をめとりたいとオサマが妻に言うと、妻がどんな反応をしたのか?いろいろ、普通に考えると噴飯もの(女性には人権がないような)のエピソードが満載だ。文化が違うとこんなにも違うのかなとも思う。まあ、女性・妻の扱い方は、国によってあるいは個人によって違うのかもしれないから、これは置いておくとしても、「父」としてのオサマはどうか?

 それを語るのはオサマの息子である。政治活動、そしてテロ活動で忙しくなる父に抱擁をしてもらいたい、遊んでもらいたい、かまってもらいたいと願う子供たち。父に対する尊敬と愛情はものすごく強いのだ。世間ではいろいろ言われていても、やはり子は子。自分たちなりに、父オサマを愛しているのだった。

 しかし、いくつかの事件がきっかけに。書き手の息子オマルは父の元を離れる決心をする。このエピソードはすごくつらい。せっかくなので(邦訳もでると思うので)、この部分は書かないでおきたい。しかし、相当のことがあって、オマルは父の元を去るのである。文学的香りさえ漂う部分である。

 この本を読んで、最も良いのは、テロの首謀者として怖がられたオサマが等身大の人物として伝わってくることだ。日常の具体的な話がポロポロ出てくるし、テロ戦闘員になるためのトレーニングの様子もーー例えばご馳走がツナ缶だったなどーー非常にリアル。結果的に、オサマつまりアルカイダの首謀者に対する幻想が消える。

 アルカイダが一つの流行として広がったのは、オサマ・ビンラディンやそのアイデアに対する強い共感とともに、オサマへの憧れ感があったと思う。オサマはあがめられた存在であったと思う。

 この本を読むと、それが崩れる。アルカイダにシンパシーを感じる人たちに、特に読んでほしい本だ。

 もちろん、ある組織のトップの人が、日常の生活の中でぶざまだったり、格好悪かったりすることと、その組織のイデオロギーの良し悪しは別物だ、(・・・のはずだ)。たとえば、アップルのスティーブ・ジョブズが私生活では(あくまでもたとえだが)、ずるい奴だったりしたとしても、アップルの製品のすばらしさの評価は揺るがない。それに、ある人物のすばらしさを一番分かっていなかったのが、家族だった・・・なんてこともあるだろう。

 そうしたもろもろのことを考慮に入れても、この本はオサマのそして、アルカイダの幻想を崩すという意味で重要な感じがする。9・11テロの直後に(例えば3年以内に)、こんな本が出ていたら、ロンドンテロ(2005年)やほかのたくさんのテロが起きていたかな、と思ったりする。

 

 
by polimediauk | 2011-09-03 07:43 | 政治とメディア
 3・11東日本大震災のみならず、災害はどんな国にも起こりうる。米国でもハリケン・アイリーンが、未だ記憶に新しい。

 国連が災害のリスクを削減する英文ガイドラインを発表し、この内容を「新聞研究」9月号の中で紹介した。自分自身も、読んで考えが変わった。

 以下はその掲載分です。

***

 
 今年5月、国連国際防災戦略(UNISDR)事務局が、大災害のリスク削減を取材するジャーナリストのためのガイドライン「異なるレンズを通して見る災害 -すべての結果には原因がある」(Disaster Through A Different Lens: Behind every effect, there is a cause)を発行した。
 
3月11日に発生した東日本大震災は日本社会の様々な分野に影響を及ぼし、ほぼ半年を経た現在でも、被害の全容は確定していない。日本ばかりか、世界各国で災害は発生しており、犠牲者がその都度増えている。
 
しかし、災害は決して不可避の事態ではない。災害が発生するリスクをメディアが指摘し、政府や国民の意識を変えることで、被害を最小限に抑える、あるいは災害発生を防止することができる、つまりメディアは災害を防止する能動的役割を持つ¬-こうした観点から書かれたのがこのガイドラインである。
 
執筆者はUNISDRのコミュニケーション部門代表代理ブリジッテ・レオーニ氏だ。欧州委員会の人道援助局(ECHO)の財政支援の下、英ガーディアン紙、米通信社トムソン・ロイター、英BBC,ベトナム・テレビ、インドネシアの「テンポ」誌など世界各国の元及び現役記者たちと協力しながら書き上げた。

 ちなみに、UNISDR(本部ジュネーブ)は2000年、国連総会決議により発足した組織で、国際的な防災協力の促進を目指す活動に従事している。日本はUNISDRへの資金拠出国として世界の中でも上位にある。2009年度の拠出額は約112万ドル(約8700万円)で、拠出順位は6位となっている(外務省資料、後掲)。

 約190ページにわたるガイドラインの概要をここで紹介したい。

ー「災害は自然発生しない」

 ガイドラインがまず挑戦するのが、災害に対する私たちの認識だ。
 
序文では災害が「自然に」発生するものではないと書く。地震、火山の噴火、洪水という自然現象がもたらす危険は「ナチュラル・ハザード(自然の危険)」だが、その結果、建物が倒壊したり、多くの人の命が失われるなどの損害が生じ、「ディザースター(災害)」と呼ばれる現象となる。
 
 単なる言葉の言いかえではない。「自然の災害」(ナチュラル・ディザースター)」という表現を使わず、「ナチュラル・ハザード」と「ディザースター」とを明確に分けて考えるようになると、森林伐採、急速な都市化、環境破壊など人間の行動によって自然現象が災害化する構図が見えてくる。人的要因に視点を合わせることによって、災害が発生してから行動を起こす「反応の文化」から、「予防の文化」への以降が可能になるという。

 「災害のリスク削減」(Disaster Risk Reduction, DRR)くぉ「市民としての義務、政府の責任、国家の義務、かつ良い報道記事」を生む契機になるととらえ、ガイドラインはメディアに行動を促す。災害を防ぐのは、私たち一人ひとりの「市民としての義務」なのである。

―災害のリスク削減とは何か?

 報道をするためには、まず取材対象を知ることである。

 第1章(「災害リスク削減について知るべきこと」)は、災害時のリスク削減行為を、「国民、村、都市、国のハザードに対する抵抗力をより強化させ、災害におけるリスクと脆弱性を削減させるための、すべての政策、戦略、手段」と定義する。具体的には「予防、緩和、準備、回復、再建」だ。

 災害の現状に目をやると、毎年2億2千万人以上が災害の被害にあっているという。中でも最も犠牲者を多く出したのが地震と干ばつだ。アジアに住む貧困層が最も災害の影響を受けやすく、特に女性、子供、障害者が犠牲になりやすい。

 災害の原因は、気候温暖化、急速で無計画な都市化、貧困、自然環境の劣化など。

 リスクの削減実行の指針となるのが、「兵庫行動枠組2005-2015」だ。これは、2005年1月、神戸市で開催された国連防災世界会議で採択された。国際社会が10年間で取り組むべき防災に関する優先行動事項をまとめたガイドラインだ。今年3月発表された中間報告書(「兵庫行動枠組2005-2015:中間レビュー」)は、この計画に192カ国が参加し、大部分の国が災害救援資金の1割を災害発生予防に振り分けていることを伝えた。

―何故報道するのか?

 第2章(「災害リスク削減とメディア」)は、どのような態度でジャーナリストが災害を報道するべきかを具体的に記す。

 メディアは、「政策決定に影響を与え、国民の態度を変え、人命を救うことができる」。このため、メディアの役割として「災害の根本的原因と社会的影響を追求し、災害リスクの削減につながる報道を行うこと」が期待される。ジャーナリスト一人ひとりが、公共電波を使う放送業者になったつもりで、「何故災害が発生しているのか」「どのようにしたら防げるのか」「誰が責任者なのか」を考えながら報道するべき、という。

 災害発生時には、メディアが先頭に立って、①注意を喚起する、②情報を迅速に出すことによって、救援努力を支援する、③背景と原因を説明する、④災害関係の責任者の責任を追及することが肝要だという。

 過去を振り返れば、「飲酒、喫煙、食事習慣、HIVエイズ、環境など、様々な問題について社会の意識を大きく変えてきたのは、放送メディア、雑誌や新聞の編集者や記者、ブロガーたちの報道だった」。災害リスクの削減が、市民活動やディアが恒常的に取り上げる全国的なトピックになってゆくとしたら、それを実現するのは「責任感が強いメディアで働く人々が、体系的で、慎重で、思慮深い報道を行うこと」による。

 何故災害リスク削減の報道を行うべきかに関し、ガイドラインはあらためて10の理由を挙げている。①「ナチュラル・ハザード(自然の危険)」は増える傾向にあり、今後もニュース価値が高い、②リスク削減は政治問題である(災害が増加すれば、人々は政府にもっと予防対策を行うよう圧力をかけるようになる)、③リスク削減は経済問題である(2010年、災害による損害額は1090億ドルに達した。これは前年の3倍以上である。災害被害はより高額に、かつ長期的になっている)、④人道的な問題である、⑤環境問題である、⑥文化の問題である(2004年12月、インド洋で発生した津波によりアジア全体で25万人が死亡したが、地震の中心地からほんの40キロの位置にあるシムル島では、人口8万3000万人のうちで亡くなったのは7人のみ。先祖代々伝えられてきた、津波を防ぐ手段を講じていたからだった)、⑦ジェンダーの問題である(貧困度が高い国では、女性と子供が犠牲になる確率が高い)、⑧調査報道や深みのある報道に適するトピックである、⑨災害報道という枠を超えるトピックである(災害発生前のリスク、過去の災害による被害などを報道できる)、⑩すべての人が影響を受ける現象である。

―報道のコツとは

 第2章の中で、ガイドラインは編集者や記者に向けて、報道のコツを提案している。

 編集者向けには、「誰が災害報道をするか、社内で方針を決めておく」「災害時の報道体制を考案しておく」「記者1人を災害リスク削減の担当記者にすれば、環境問題担当としても活用できる」「災害の原因を調査するために十分な時間を与える」「災害リスク削減にかかわる知識に投資する、つまり記者を報道研修に出したり、災害地の現場視察をさせる」「国の災害理者と私的な会合を持つ」など。

 記者向けには、「災害発生前に、災害に関する専門家と連絡をつける」「国あるいは地域の情報管理者、災害管理者、政府関係者などと連絡をつける」「常に最新の災害情報を入手する」「地域の過去の災害状況を研究する」「当局が行うであろう災害予防策や緩和策を事前に学習し、災害発生後、報道の準備ができているようにする」「信頼できる科学的知識のみに頼る」「後で継続報道ができるように、災害リスク削減に関する知識を増やしておく」「地域の住民の声を聞く」など。

 ガイドラインはまた、災害発生前後にジャーナリストができることを挙げている。例えば、発生前には、「地域で発生する可能性のある災害の調査を行う」「災害が発生するまで待つのでなく、災害の恐れを能動的に書く」「災害対策の会合などに参加し、災害時に物事がどのように進むのかを経験する」「環境、貧困、温暖化、都市生活のリスクなどの記事を災害リスク削減の記事につなげる」など。発生後には、「事実のみではなく、何故起きたかを書く」、「早期の警告が欠落していなかったどうか」「都市計画、建築物の強度、住民への教育は十分であったか」「政策に不備はなかったか」「何故女性や子供が男性よりも犠牲者になりやすいのか」を書く、「複数の専門家にあたる」「外国で同様の災害が発生したときにどう対応したか」を書く、「発生から時期を経た後で、フォローアップの記事あるいは番組を作る」など。

 さらに、実際の原稿に入れるべき要点を、ガイドラインはチェックリストとして挙げている。

 災害が「どこで、いつ、何故起きたのか」、「予測可能であったかどうか」、「どんな反応があったか」「倒壊家屋の数は」、「病院や学校の倒壊数は」、「土地利用計画があったのかどうか」、「建物は災害に耐えられる構造になっていたか」など。93ページに掲載されているこのチェックリストには、すぐに実践で使えるような項目が満載だ。

―主要災害の分析

 第3章(「4つの災害から得られた災害リスク削減への教訓」)では、インド洋の津波(2004年)、フィリピンのピナツボ火山の爆発(1991年)、米国ハリケーン・カトリーナ(2005年)、パキスタン・カシミール地方の地震(2005年)の被害と原因をまとめている。

 第4章(「自然の危険に関する役に立つ情報」)では、雪崩、干ばつ、地震、洪水、ハリケーン、地すべり、トルネード、津波といった、自然が引き起こす様々な危険状況が何故発生するか、リスク要因は何か、発生しやすい地域はどこか、リスク削減策にはどういったものがあるかを挙げ、関連情報が得られるウェブサイトを紹介している。

 第5章(「災害リスク削減資料」)は災害リスク削減に関する統計情報、データベースを提供するウェブサイト、これまでに発行された災害リスク削減にかんする主要報告書、地域別の専門組織、及び国連及び国際組織の災害リスク削減を担当する広報担当者の連絡先が記されている。

 第6章(「結論:変化の力」)は、あらためてメディアの役割の重要性を述べる。

 継続した災害リスクの削減報道には読者や地方自治体、あるいは政権閣僚からの「抵抗があるかもしれない」。それは「人は変化を好まないものであり、自分たちが意識していない危険を軽視する傾向あるからだ」。しかし、様々な障害があっても、「災害発生の可能性を報道し続けるべきだ」とガイドラインは書く。
 
 1902年5月初め、仏領マルティニーク島のサン・ピエール村の新聞は、プレー火山の危険性を見くびり、島は最も安全な場所だと島民に向かって書いた。5月8日、火山が噴火し、2万8000人に上る島民が命を落とした。

 過去の教訓は、「災害を真剣に考えること」。災害は実際に発生する。しかし、「命を救い、犠牲者の数を減らすために何かができたかもしれない」。災害の真実を発生前に見据え、予防に手を貸すことが、メディアに科された「最大の課題だ」と、第6章は締めくくっている。

 ガイドラインの付録部分には、災害リスク削減のこれまでの歴史(付録I)と言葉の定義(付録II)、そして、「汚職が死者を作る」と題する項目(付録III)がついている。

 「汚職」を災害発生と結びつける人は多くはないかもしれないが、「開発計画の中止、一貫性のない投資決定、建設が途中で止まった道路」「機能していない健康保険制度」などが災害の発生原因となる場合があるという。

 建設工事での汚職が特に多く、「コンクリート用セメントが規定よりも少なく使われていたか、補強材が使われていなかったり、建築水準の調査が汚職によって十分に行われなかったりする」ために、地震が発生したときに、建築物が崩壊しやすくなるといった事態が起きる場合がある。そこで、例えば、どのような過程を経て公的住宅が建築されたのかなど、行政の透明化が災害リスク削減報道の1つのテーマとして浮かび上がってくる。

―意識を変える

 ネパールのあるジャーナリストの読後感が、ガイドラインの最後のページに紹介されている。「災害は神様の業だ、あるいは自然現象だとネパールでは多くの人が思っている。私もその一人だった。このガイドラインを読んで、そんな考えが間違っていたことがはっきり分かった」。

 実際に、筆者自身も意識が変わった。災害リスク削減報道は調査報道にも似ている。何があるかは取材をしてみないと分からない。すぐに結果は出ず、全貌が分かるまでに時間がかかる。しかし、常に「何故こんなことが起きているのか」、「誰の責任か」、「今、何をするべきか」と考えながら、自分を含む国民全員が共有する環境をより良い方向に変えるための、地道な報道なのだ。

 日本では、3・11の東日本大震災発生後、津波に対する防御策が果たして十分だったのか、原発の安全性は神話化していたのではないかなど、活発な議論が生まれている。原発反対デモの様子も報じられているが、逆に考えると、何故今までエネルギー問題や首都圏と地方の経済格差が大きなテーマにならなかったかが不思議でもある。大きな被害が生じたからというだけでなく、自分の身の回りで発生する、あるいは発生するかもしれない事象を地道に継続報道するための指南書として、このガイドラインの利用をお勧めしたい。

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参考資料
ー「異なるレンズを通して見る災害 -すべての結果には原因がある」(国連国際防災戦略)http://www.preventionweb.net/files/20108_mediabook.pdf
国連国際防災戦略 http://www.unisdr.org/
国連国際防災戦略事務局の概要(外務省)http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jindo/pdfs/unisdr.pdf
by polimediauk | 2011-09-01 23:25 | 新聞業界
 8月上旬、ロンドン東部トッテナムで発生した放火や略奪行為などの「暴動」は、その後の数日間でロンドン各地やイングランド地方中部バーミンガム、北部マンチェスターなどに飛び火した。小学生の児童から大人までが参加した暴動は、3000人近くが逮捕され、5人が命を落とすほどの事態に発展した。英国の邦人向け週刊誌「英国ニュースダイジェスト」(http://www.news-digest.co.uk/news/index.php)の9月1日付号に書いた、ニュース解説の記事を転載したい。

 その前にお断りだが、今までにブログでこの件については何度か書いてきたので、それを読まれた方にはあまり目新しいことはない。さらっと何があったかを知りたい人には良いかも、と思う。本文の最後のほうで、キャメロン首相の話が少し入っている。

 その代わりといってはなんだが、elmoiyさんにご紹介いただいた、コリン・ジョイスさんのコラム「イギリス暴動を読み解くヒント」をお勧めしたい。(大衆紙の取材方法に関するコラムも面白い。)
ttp://www.newsweekjapan.jp/joyce/2011/08/post-47.php

 それと、訳して紹介しようと思いながら日にちがたっているのだが、BBCのラジオ4というチャンネルで、「リポート」という30分番組がある。ここで、暴動の元々であった、ロンドン・トッテナムに記者が行き、黒人住民らに話を聞いた。これがなかなか面白い。英語だが、日本からでも聞けるはずである。トッテナム近辺に話を特化すれば、やはり、住民の中には警察に対する大きな不信感があった、というもの。
The Riots - How They Began
http://www.bbc.co.uk/programmes/b00jkr1q

―きっかけは?

 ロンドンやイングランド地方の各地で発生した暴動のきっかけは、8月4日、黒人コミュニティーでの銃犯罪を捜査していた警察が、ロンドン東部トッテナムで29歳のマーク・ダガン氏を射殺した事件であった。この日、タクシーに乗っていたダガン氏は、警察官が発した銃弾を胸に受け、翌日早朝、亡くなった。

 6日夕方、遺族や住民らがトッテナム警察の前に集まり、ダガン氏の死をめぐる状況について警察からの説明を求めた。地元住民の間には警察への強い不信感があり、ダガン氏が十分な理由なく殺害されたと感じた住民らが、「真実」を求めて、警察署近辺で抗議デモを行うようになった。夜が更けるにともない、群集の一部が過激化し、パトカー、バス、店舗などに放火や襲撃を行うようになった。ロンドン各地、そしてイングランド地方中部や北部に広がる暴動、放火、店舗の略奪行為の発端を作った。

 メディア報道によれば、放火・略奪行為は自然発生したというよりも、携帯電話ブラックベリーのテキスト・メッセージやその他のソーシャル・メディアを通じて、若者たちが情報を伝え合い、拡大していった。暴動の拡大に警察や消防隊が追いつかず、暴徒たちは誰にも止められずに、略奪行為を続けることができた。

 夏休みの休暇中だったキャメロン首相やジョンソン・ロンドン市長は、急きょ、英国に帰国し、事態の収拾に当たらざるを得なくなった。ロンドン警視庁は鎮圧にあたる警察官の数を大幅に増員し、暴動は10日までに、ひとまず、収束した。8月末までに約3000人が逮捕され、5人が暴徒に攻撃を受けて命を落とす事態となった。襲撃を受けた商店街の被害総額は2億ポンド(約252億円)に上るといわれる。

 逮捕者の中で起訴されたのは約1600人を数え(8月17日時点、BBC)、イングランド・ウェールズ地方の刑務所が処理できないほどの受刑者が出るのではないか、と懸念されている。

―「親のしつけが悪い」と考える人が多い

 低所得者や有色人種が多く住むロンドン東部では、1980年代にも何度か暴動が発生している。このため、当初、暴動は失業問題、所得格差、人種問題などを背景にした、社会から疎外された人々による一種の抗議運動であったと解釈されたが、逮捕された暴徒には白人住民、教師や大富豪の令嬢、11歳の少年少女たちがいた。

 調査会社YOUGOV(ユーガブ)が、8月10日と11日、2075人を対象に実行したアンケートによると、暴動の原因として、52%が「親のしつけの悪さ」を挙げた(複数回答)。

 これに続くのが「ギャング団の横行」(47%)、「犯罪行動のまん延」(46%)、「刑罰の軽さ」(45%)となる。この後、がくんと数字が下がる。「社会の不公平・貧富の格差」(16%)、「失業」(13%)、「教育程度の低さ」(13%)、「政府による公的費用の削減」(12%)、「メディアが扇動した」(10%)、「若者が参加できる活動が少ない」(8%)、「人種問題」(6%)、「警察の治安維持が不十分」(6%)であった。

 このアンケートの結果が、そのまま真実だ、というわけでもないだろうが、少なくとも、人々はそんな印象を持っている、ということだ。

 英エコノミスト誌(8月13日号)は、「国や自分の将来に対して、ほとんど関心を持たない若者の集団が、現在の英国に存在している」と書いた。「原因が何であれ、モラルの低下が英国の少数の若者たちを支配してしまっている」と。

 キャメロン首相はサンデー・エキスプレス紙(8月21日付)で、「責任感の低下、自分勝手の増加、個人の権利の最優先」という英社会の「深い問題」が、暴動時に見られた「強欲と暴行」の背景にあるとして、「私たちの通りを(暴動者の手から)取り戻そう」と呼びかけた。そのためには、警察が地元の治安維持にもっと責任を持つようにすること、家庭や学校で、善悪の価値判断を教えること、そして第2次大戦時の徴兵制(ナショナル・サービス)に似た、「ナショナル・シチズン・サービス」という仕組みを立ち上げ、若者たちが山登りやハイキングなどの活動を通じて、責任感や自制心をつちかうようにしたい、と述べた。(本当にそんなことで解決策になるのかなと、ちょっと?だけれど。)

 原因の究明や再発防止策の実行は、今後の大きな政治課題となるだろう。

 8月上旬の数日間、多くの英国民が、いとも簡単に社会の秩序が破壊される様子をテレビ報道を通じて目の当たりにした。地元コミュニティーを破壊する違法行為に簡単に手を染める若者や大人が相当数いることを示した一連の暴動は、英社会の闇を垣間見せた事件だったのだろうと思う。

―関連キーワード:HOOLIGAN。フーリガン。町のチンピラ、酒やドラッグを飲んで暴れる若者、そして、行儀が悪く、場合によっては暴徒と化すスポーツチームのファンなどの意味がある。1960年代、英国のサッカー・ファンの乱暴が問題視されるようになり、現在では、「暴徒と化すスポーツチーム、とくにサッカーのファン」の意味で使われることが多い。8月に発生したイングランド地方の暴動事件では、暴徒をフーリガンに例えるメディアがあった。語源については諸説あり、一説には、ロンドンに住んでいた、お酒好きの用心棒でアイルランド人のパトリック・フリーハンあるいはフーリガンに端を発するとされる。
by polimediauk | 2011-09-01 02:27 | 英国事情