小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 英国の公務員のリストラについて、「週刊東洋経済」5月26日号(21日発売分http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/detail/BI/109dda28c1574e0a1c8e7a8e7fcab545/ )に寄稿した。以下はそれに若干付け足したものである。

 ちなみに、英政府の緊縮財政への批判が、最近、とみに高まっている。欧州債務問題、ギリシャ債務問題、ユーロの危機といった流れが近年続いており、欧州首脳陣が大胆な(かつ効果的な)政策を打ち出せないままに、ここまで来てしまった。フランスでは、現職サルコジ大統領からトップの座を奪ったのは、緊縮策よりも成長に比重を置くべきと主張した、社会党のオランド新大統領であった。

 英緊縮財政への抵抗が、最も目に見える形で表に出たのが、公務員の処遇にかかわる大規模デモであった。

***

英国で進む公務員50万人の大リストラ
 ー大量首切りに加え、給与水準の引き下げ、年金負担の増額もー。明日の日本の公務員の姿か?


 「68歳では、遅すぎる!」-こんなプラカードを掲げながら、英国の公務員労組約40万人が、5月10日、24時間ストを決行した。

 病院や刑務所の職員、入国管理局員、救急隊員、非番の警官まで参加したデモは、政府が目指す年金改革や大幅人員削減に対する抗議運動だ。

 政府案によれば、保険料の支払いが増加する上に、現行60歳の受給開始年齢が68歳にまで上昇しまうのだ。

 公的部門に勤める職員(特殊法人、国民医療サービス、軍隊、地方政府、警察、学校などに勤務する約600万人。ちなみに英国の人口は日本の約半分の6000万人)の将来に大きな暗雲が出始めたのは、2010年秋だ。

 金融危機で膨れ上がった財政赤字の解消を最重要課題とするキャメロン政権は、今後4年間の歳出大幅削減計画を発表。日本の消費税に相当する付加価値税の引き上げ、補助金削減、省庁別予算の平均19%の圧縮に加え、公的部門全体で約50万人の雇用削減を行うと宣言した。「50万人」とは過去に例のない、空前の規模のリストラ方針だ。

―サッチャー時代を凌駕する削減数

 さきの削減計画発表から1年半が過ぎた現在、公的部門の人減らしは粛々と進んでいる。

 国家統計局(ONS)の今年3月発表分によれば、昨年1年間だけでも、教育関係者では7万1000人、医療関係者は3万1000人など約27万人が離職した。現政権が発足した10年第1四半期から数えると、昨年末時点で38万人以上が職場を去った計算になる。「4年間で50万人」は決して誇張ではなかったのである。

 オズボーン財務相は「公的部門の歳出の30%が給与の支払いであるため、歳出削減には人員整理が最も有効」と説明するが、削減の速度が「きつすぎる」とシンクタンク「インスティテュート・フォー・ガバメント」は指摘する。

 「小さな政府」を実行したサッチャー元首相は、高額給与を得ていた幹部公務員数を4年間で10%のペースで削減したが、現政権は「すでに複数の省庁で幹部を30-40%削減している」(同シンクタンク)。

 また、英国の人口の5分の4を占めるイングランド・ウエールズ地方の警察は、15年までに課せられた3万4000人の削減のうち、削減策発表から半年も経たない間に約1万人分の職を減少させた。

 人材紹介会社ペンナを活用したある男性は、これまで32年間に渡り警察官として働いてきた。「この仕事は安定していると思っていたのに。まさか自分が首切りに直面するとは」と衝撃を隠さない。

 警察官や軍隊など特殊な職に就いていた人材が、高齢で失業者となった場合、再就職は極めて厳しい。英国の直近の失業率は8・3%で、大卒者でも就職が難しいおりだけになおさらだ。民間企業での雇用が公的部門の削減分を吸収できていないのが現状だ。

 年金制度の見直しも将来不安に拍車をかけている。高齢化によって、年金の支払い期間や総額は年々、上昇するばかり。そこで政府は、公的部門勤務者による年金支払い負担額を若干増加させる一方、受給開始の年齢を国民年金(段階的に68歳)に合わせて遅らせることを決定した。

 さらに下押し圧力となっているのが、政府が予定する、地域間の経済格差を反映した給与体系への変更方針だ。

 現在は勤務地がどこであれ、同様の仕事をしている場合、公務員の給与水準は同一となっている。これを全面的に変更し、物価が安く生活費の支出が低く済む地域では、これにあわせて給与を低く調整するという仕組みだ。

もともと、公的部門勤務者の給与は民間企業に雇用されている人の給与よりも一般的に高い傾向にある。地域別では、ロンドンがある南東部では民間企業と公的部門の間の給与差はほとんどないが、ウェールズ地方では公的部門勤務者は民間企業勤務者よりも18%高い給与を得ている。

 政府は今年中に、職業安定所などに勤める16万人を対象に地域差を反映した給与体系を実行し、来年以降、全公的部門に適用する予定だ。

 公的部門の職員の給与は14年まで凍結状態にある。目下の情勢を見る限り、当分は厳冬期が続くことになりそうだ。(終)
by polimediauk | 2012-05-28 00:46 | 英国事情
 米パンナム機爆破事件(「ロッカビー事件」、1988年発生)のリビア人容疑者、アブドルバセト・メグラヒ氏(アルメグラヒ氏と表記する媒体もある)が、20日、リビアの自宅で死去した。同氏はガンで闘病中だった。

 メグラヒ氏はスコットランドの裁判所で2001年に有罪判決を受け、受刑していた。後、前立腺がんで余命3か月と診断され、2009年に「温情措置」として釈放された。

 パンナム事件の経緯やメグラヒ氏釈放にかかわる背景を、2009年 09月 05日付けでブログ http://ukmedia.exblog.jp/12265709/ に書いた。以下はこれに補足した再掲である。(一部、敬称略。肩書きなどは当時のもの。)

 死去のニュースを聞いた、米国での反応などは以下の記事をご参考に。

パンナム機爆破事件のアルメグラヒ元受刑者が死亡
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2879068/8972171?ctm_campaign=txt_topics

***

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 スコットランド・エディンバラで開催されたテレビ会議の後で、ロッカビーに行ってみた。米パンナム機の爆破事件(20年ほど前)が今、英国でホットな話題になっているが、飛行機はこのロッカビーの上空で爆破したのである。

 270人(住民は11人)が亡くなって、墓地の一角に記念碑ができている(上の写真)。訪れた日は雨で、殆ど誰もいなかったけれど、きれいな生花の花壇があった。犠牲者の名前が刻みこまれた石材などを見ていると、「一体真実は何だったんだろう」と思い、いまだにこれが明らかになっていないことへの怒りの感情がわいてくるのだったーリビアにもパンナム機にも全く関係のない私なのだがー。

 「英国ニュースダイジェスト」に、この事件のあらすじと何故いま騒がれているのかを書いた。原稿は先週末ぐらいまでの情報をもとにしたものである。    

リビア爆破犯釈放で波紋   

―英国の国益関与か?

 1988年の米パンナム機爆破事件で、爆破犯として有罪となり、スコットランドの刑務所で受刑生活を送っていたリビア人男性が、8月20日、スコットランド司法局の恩赦によって釈放された。末期がんを患い、余命いくばくもないことからの措置だったが、犠牲者を多く出した米国から大きな反発が出た。釈放の背景には英国とリビアとの間のビジネス権益が絡んでいたという噂が出た。 

―パンナム機爆破事件とは

 1988年12月21日、米パンナム103便がロンドン・ヒースロー空港をニューヨークに向けて出発。離陸から38分後、積んでいた荷物の中にあった爆弾が爆発。スコットランド南西部の町ロッカビー(人口約4000人)に航空機が墜落。乗客243人、クルー16人、ロッカビーの住人11人の合計270人が亡くなる。乗客の大部分が米国人だった。

 事件から2年後、英米の共同捜査員らがリビアの情報部員とされる男性2人を殺人罪などで起訴したが、リビア側は容疑者の引渡しを拒み、何年にも渡る交渉が続く。リビアが「中立国」での裁判を希望したため、2000年、在オランダのスコットランド法廷で公判が開始された。翌年、アブデルバセト・メグラヒ被告が有罪に。2009年8月、メグラヒが恩赦でリビアに帰国。メグラヒは一貫して無罪を主張。

―アブドルバセト・メグラヒとは

 リビアの首都トリポリ生まれ(2012年の死去時点では、60歳)。アラビア語が母語だが米国で勉学し、英語に堪能。1980年代に結婚し、5人の子がいる。リビアの元情報部員(本人は否定)。リビア・アラブ航空(LLA)の警備部門の統括役だった時、複数の偽のパスポートを作りパンナム機爆破事件の爆弾の時限装置の作成に関与。LLAを退職し、年金と教職で生活していたところ、1988年のパンナム爆破事件容疑者として1990年代、米英側に引き渡される。2001年、有罪判決下る。2009年8月、恩赦でリビア帰国。2012年、死去。

―温情釈放までの経緯

 「スコットランドの評判はこれでがた落ちになった」-。スコットランドのジャック・マコンネル前首相は、こうつぶやいた。2009年8月20日、スコットランド司法当局は、270人の死者を出した米パンナム機爆破事件で、爆破犯として有罪判決を受けた元リビア人情報員のアブデルド・メグラヒ受刑囚を釈放してしまったからだ。

 釈放理由は、末期がんを患うメグラヒ氏は余命が数ヶ月と言われ、「恩赦が妥当」(スコットランドのマカスキル法相)と判断されたからだった。

 釈放は米国政治家や遺族の反対を押し切って行われた。約21年前、ニューヨーク行きパンナム機はロンドン・ヒースロー空港を離陸後間もなく、機内に仕掛けられた爆発物が爆発し、スコットランド南西部の町ロッカビーに墜落した。死者の殆どが米国人で、いわゆる「ロッカビー事件」の記憶は多くの遺族の脳裏から消えていない。クリントン米国務長官が「遺族の意思に反している」など釈放に反対する声をあげた他、オバマ大統領も「(釈放は)間違いだ」と述べた。

 メグラヒ氏の病状を情状酌量したとしても、「何故特別扱いするのか」という疑問の声が次第に大きくなり、スコットランドのメディアも問題視するようになった。

―何らかの取引の可能性?

 地方分権化が進んだ英国ではスコットランドは独立した法体制を持つ。ミリバンド英外相は「(釈放は)スコットランド政府の独自の決定による」と主張した。しかし、リビアと英国との間で何らかのビジネス上の取引があり、英国側がアルメグラヒを帰国させるように仕向けたのではないかという噂が根強い(政府側は否定)。リビアの最高指導者カダフィ大佐の息子セイフ・イスラム氏が「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」と述べたことで、疑念はいっそう強まった。

 リビアが03年に大量破壊兵器開発計画とテロ放棄を宣言してから、英米国とリビアは雪解け状態となっており、ブレア元首相がリビアを2004年と2007年に訪問している。07年の訪問時には英エネルギー大手BPが5億4000万ポンド(約830億円)の油田採掘契約を成立させている。BBCの報道によれば、英リビア間の2008年の輸入額は前年比で66%増、輸出では49%増となっている。カダフィ大佐がブラウン首相に対し、釈放をめぐり「感謝の意」を表したことも裏の取引疑惑を強めている。

―真相は藪の中?

 「体調を考慮した恩赦」以外の理由が今回の釈放の背後にもしあったとしても、真相が明るみに出るかどうかは不明だ。

 また、メグラヒ受刑囚は爆破事件で無実を主張してきたが、リビアに戻ってしまったことで、「事件の真相解明は不可能になった」(英国の遺族)とする見方が強い。

 米国内でウイスキーなどのスコットランド製品の不買運動が起きるのではないかという懸念も出ている。もし米国の釈放反対の声に耳を傾ければ、「米国の圧力に負けた」という批判が出る可能性もあった。温情を示したスコットランドは、つらい立場に立たされている。

―釈放を巡る米、英、リビア関係者の反応(2009年当時)

*リビアの最高指導者カダフィ大佐の次男、セイフ・イスラム:「英国の全ての権益が釈放と関連している」、「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」。

*リビアの最高指導者カダフィ大佐:「エリザベス英女王とブラウン首相による、釈放までの働きかけに感謝する。今後、両国関係のあらゆる分野で前向きに反映されるだろう」。

*オバマ米大統領 :「スコットランド当局がメグラヒを釈放したのは間違いだ。リビア政府には受刑者が歓迎されないようにしてほしい、自宅軟禁状態にして欲しいと伝えている」。

*ヒラリー米国防相:釈放は「完全な間違いだ」。

*弟を爆破事件で亡くした、米市民カーラ・ウェイプツさん:「全くひどい。何故スコットランド当局が温情を示せるのか理解できない。侮辱だ」。

*娘を亡くした、英市民ジム・スワイヤーさん:受刑者は「無実だと思う。釈放を喜ぶ」、「この事件は最初から最後まで政治的裏切りだ。真相解明が必要だ」。

*スコットランドのケニー・マカスキル法務大臣 :「メガラヒ受刑者は犠牲者に対し何の温情も示さなかった。しかし、だからといって私たちが受刑者やの家族に温情を示さない理由にはならない」、末期がんを患う受刑者に対し、「温情的理由から、リビアで死ぬために戻ることを許可する」。

*デービッド・ミリバンド英外務相 :「受刑者の釈放はスコットランド当局のみの決定による」、英国とリビアの外交関係を前進させる目的があったという主張は私や外務省に対する中傷だ」。

*ピーター・マンデルソン企業相:釈放とビジネス上の取引とが関連していたという発言は「侮辱だ」。

*クリスチャン・フレイザーBBC記者 :「欧州にとってリビアはエネルギー供給国として非常に重要。リビアも投資相手を探している」。 (資料:BBC、新聞各紙)

―事件のタイムライン

1988年12月21日:ニューヨーク行きパンナム機103便がスコットランドの上空で爆破される。270人が死亡。

1991年11月:リビア人男性アブデルバセト・メグラヒが起訴される。リビアは米国への身柄引き渡しを拒否。メグラヒは他に起訴されたもう一人のリビア人男性と共にリビア国内で自宅軟禁状態に。

1992年4月:リビアが男性らの引渡しを拒み、国連安全保障理事会がリビアに対して制裁を課す。

1998年4月:爆破事件の犠牲者の父親ジム・スワイヤー氏が犠牲者を代表してリビアの最高指導者カダフィ大佐に接見。大佐は米英ではない国での裁判のために、男性らの身柄を引き渡すことに合意。

1999年3月:ネルソン・マンデラ南アフリカ大統領(当時)が国連使命としてリビアでカダフィ大佐と会談。翌月、国連によるリビアへの制裁が一時停止。両男性が正式起訴に。

2000年5月:オランダに設置されたスコットランド特別法廷で公判開始。

2001年1月:メグラヒが爆破事件で有罪に。終身刑が言い渡される。もう一人の男性は無罪に。

2001年2月:メグラヒが控訴申請。

2002年3月:控訴が却下される。グラスゴー刑務所で受刑開始。

2003年9月:メグラヒの弁護団がスコットランドの刑事裁判再審委員会に罪状と量刑の見直しを求める(2007年、2回目の控訴が認められる)。

2004年:ブレア首相(当時)がカダフィ大佐と会談。英国とリビア間の受刑者引渡し問題が話題に上ったといわれる。

2007年5月:ブレア首相、カダフィ大佐と会談。

2008年10月:弁護団がメグラヒが前立腺ガンを患い、余命が長くないことを明らかにする。

同年11月:メグラヒが控訴を続ける限り、刑務所からの釈放はないと裁判所が結論付ける。

2009年7月25日:メグラヒ側が温情的措置という理由での釈放を求める。翌月、控訴を取り下げる。

同年8月20日:スコットランドのケニー・マッカスキル法務大臣がアルメグラヒを恩赦で釈放する。メグラヒ、リビアに帰国し、歓迎を受ける。

2012年5月20日、リビアで死去

―関連キーワード

Scotland:スコットランド。人口約500万人。英国(正式名はUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland=グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国)の一部で、グレートブリテン島の北部に位置する。1707年の合同法によってグレートブリテン王国が作られるまではスコットランド王国として独立していた。現在でも、その法制度、教育制度、裁判制度がイングランド・ウェールズ地方、北アイルランドとは独立している。労働党政権による分権化推進政策の下、1999年、スコットランド議会が設置されている。パンナム機爆破事件の受刑者釈放問題は、スコットランドの司法当局や政治家の判断による。外交問題を扱うのは在ロンドンの英外務省。ミリバンド外相は「ロンドンは一切圧力を与えてない」と説明し、スコットランド法曹界・政治界の独立性を考慮した発言をしている。
by polimediauk | 2012-05-21 10:58 | 英国事情
c0016826_204270.jpg 月曜日(21日)に発売予定の「週刊東洋経済」に公務員特集が掲載されています。この特集の中に、英国の公務員の大幅カットについて寄稿しました。もし手に取れるようでしたら、ご覧ください。

http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/#mokuji

 英国では、つい数日前にも、24時間ストが(20万ー40万人の公務員が参加)あったばかり。政府の緊縮財政策の一環で、各省庁は歳出を減らすように言われています。同時に、人減らし、及び、年金額も縮小させるよう、圧力がかかっています。

 少々、失業者数は減ったのですが、失業率は今、8%ほど。しかし、若者に限ると、これが25%ほどになるとのことです。

 ギリシャでは、全体の失業率が20%をこえ、若者にいたっては、40%以上と聞きます。かなり生活が厳しくなっていると想像します。若者が、仕事がない状況がずっと続くと、雇用されたことがない世代ができてゆき、いわゆる「失われた世代」になってしまうと、長い目で見てもその影響は大きいだろうなと思っています。
by polimediauk | 2012-05-18 20:04 | 英国事情
 先月、海外から英国への玄関口と言えるヒースロー空港で、入国審査を待つ旅客が長蛇の列を作る事態が発生した。最悪では3時間近くも待つ場合があったという。空港当局らは入管人員を増加させたが、今月になっても2時間近く待たされたという声が届いている。一体、何故こんなことになったのだろう?

 「英国ニュースダイジェスト」最新号のニュース解説面に、ヒースロー空港での長い入国審査待ち問題について、書いている。

http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8985-long-queues-at-heathrow-airport.html

 以下はこれに若干補足したものである。

***

 ロンドン・ヒースロー空港で、先月、入国審査の待ち時間が2-3時間にも及ぶ事件が起きた。長蛇の列に並んだ乗客は、待ち時間の長さに痺れを切らし、審査官に向かって野次を飛ばしたり、皮肉をこめてゆっくりと手を叩いたといわれている。

 乗客の多くは、水や食事を取る機会がなく、立ったままで待つ苦汁を強いられた。長蛇の様子を携帯電話などで撮影する乗客もおり、この模様が広く知られると、「まるで動物扱い」、「人権無視」などの大きな批判が出た。

 英国の空港での入国審査は、英国と「欧州経済地域(European Economic Area)」と呼ばれる、欧州連合諸国に数カ国をを含めた地域のパスポート保持者と、日本も含まれるそのほかの国のパスポート保持者とを分けて、作業が進む。今回、大きな影響を受けたのは、主に後者だ。7月末からのロンドン五輪では、海外から多くの関係者や旅行客がやってくると予想され、「これでは五輪に対応できない」と野党労働党議員らが声をあげた。

 窮地が混迷を極めたのは、何故このような遅延が突然生じたのかについて、当初、理由がはっきりとしないことであった。

 ダミアン・グリーン移民問題担当閣外相は、4月30日、下院において、「主として悪天候による飛行ダイヤの乱れ」を原因とした。また、「メディア報道は数字を誇張している」として、EEA以外の旅客の場合、待ち時間は1時間半、英国及びEEAの場合はこれより「はるかに少ない時間だ」と述べた。

 空港を運営する会社BAAにしてみれば、天候の変化を予測できなかった自分たちの責任と言われたも同然であった。早速、BAAは自己の調査結果を発表し、入国審査を担当する、内務省所属の英国国境隊が目標とする、EEA以外の国のパスポート保持者の審査を「45分以内に終了する」が、4月は十分に満たされなかったと報告。最長の待ち時間は30日に発生し、ターミナル4で3時間待ちというケースがあったという。BAAは、入国審査の管理者=政府に責任がある、とした。

 大手航空会社BAなどを傘下におくインターナショナル・エアラインズ・グループの最高経営責任者ウィリー・ウオルシュ氏は、報道が誇張とする政府の説明は「おかしい」と指摘。異様に長い待ち時間の様子を目にした海外の投資家が「英国への投資をとりやめるかもしれない。経済に打撃だ」と述べた。

―大幅人員削減の影響か

 待ち時間長期化の理由の一つは、英週刊誌「エコノミスト」によれば、パスポートチェックの厳格化だ。2007年、過度の混雑状態となった場合、チェックを簡素化することを政府や関連団体の当局らで合意がなされていたという。しかし、半年前にこれが政治問題となり、英国国境隊のトップが辞任に追い込まれている。
 現場の非効率も遅延の理由だ。審査用デスクがすべて埋まっていることは珍しく、虹彩を読み取るハイテク・スキャナーも「壊れていることが多い」。

 最も大きな原因となったのは、人員削減だ。政府は各省庁に2015年までに20%前後の歳出削減策を課しており、国内に勤務する入国管理官約8500人は、15年までに5000人に削減される予定という。

 オズボーン財務相は「緊縮財政策を撤回しない」とBBCの取材に応えており、ロンドン五輪のつつがない遂行に、省庁の歳出削減策やぎりぎりの人員による審査などが、影を落とす現況となっている。

ー関連キーワード:UK Border Agency (UKBA)、英国国境局。

 内務省に所属する国境管理のための一元的機関として、2008年発足。職員数は約2万3500人で年間予算額は約22億ポンド(約2830億円)。2015年までに約5000人を削減する予定だ。主な業務は①海外でのビザ発行など、外国から英国への入国審査、②パスポート確認や税関での物品の流入を国境地点で管理(UK Border Force:英国境隊が担当)、③難民申請の処理、不法滞在者の撤去など。国境局の活動は、独立チーフ・インスペクター、ジョン・バインが監視役として検証する体制となっている。
by polimediauk | 2012-05-17 23:23 | 英国事情
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 放送批評懇談会が毎月発行する、雑誌「GALAC」6月号に、海外メディア最新情報ロンドン編として、拙稿が掲載されています。

 http://www.houkon.jp/galac/index.html

 以前にこのブログでインタビューした、市民記者を使う「BLOTTR](ブロット)に加え、若者たちによる、一味違うニュースサイトの試みをいくつか紹介してみました。大きな書店さんにはあるかと思いますが、もしどこかで見かけましたら、ご覧くださると幸いです。

 6月号の特集は「震災1年をどう伝えたか?」です。NHKをはじめとした放送局の担当者が振り返り、東北地方のローカル局の担当者も執筆しています。

 ネット上ではマスコミに対する批判が結構あり、かつ、「テレビは面白くない」という声もずいぶん聞きますが、この雑誌を読むと、「こんなに面白いことがたくさん起きている」と感じ、いつも心強く思っています。テレビやラジオにがっかりしている人にも、お勧めの雑誌かもしれませんね、そういう意味では。
by polimediauk | 2012-05-17 00:08
 前回英国の無料新聞の拡大についてのエントリーを書きました。この原稿を書いていて、流れの中に入らなかったのだけれども、非常に重要なことがありました。それを、コメントをいただいて思い出したので、補足しておきます。

 それは何かというと、この、「短くて読みやすい、安い値段あるいは無料の新聞だけじゃ、物足りない」ということなのです。確かに、電車の中とかで、ささっと読むにはいいのですが、そして、忙しい通勤者とか、若者とかだったら、ほかにやることがたくさんあるだろうし、携帯電話でニュースをさっと見る感覚で、こうした、安いあるいは無料の新聞があるのは、非常に便利です。また、広告主にとっても、都合がいいです。

 でも、それだけじゃ、物足りない。

 いくら忙しくても、やっぱり、(時には)深い記事を読みたかったり、もっと知りたかったり、感動したかったり、はっと気づいて、考えるヒントがある・・・そんな情報を、読み手は欲していると思います。

 実際、私という一人の個人の例を見てもそうです。確かに、私は新聞を読むことが仕事の一部ではありますが、例えば映画評論家と映画の関係がそうであるように、個人として知的に面白いかどうかが、新聞を読む(あるいは映画評論家だったら映画を見る)行為の根っこにあります。

 そんな私にとって、無料新聞の記事だけだったら、ちょっとつまらないです。実際には、電車の中で楽しく読んではいるのですが、これだけではさびしいです。もう少し詳しいものが読みたいし、もっと知りたいのです。自分よりもっと深いことや新しいことを知っている人が書いた論考などを読みたいです。また、安い新聞「アイ」のような、子供っぽいデザインも、あまり好きではありません。すでに読みたいという気持ちがあるので、過度にこびてもらう必要はないのです。自分でお箸を持ってご飯を食べられるので、誰かに口元まで食べ物を運んでもらう必要はない、と

 一定のクオリティーのある情報が詰まったものを読みたいという欲求はこれから、決してなくならないでしょうし、こういう欲求を持つ人もいなくならないでしょうーこれまで、何百年もの間、「知りたい」という人間の知識欲が世界を動かしてきたのですから(新聞産業の収益構造は変わるでしょうけれど)。
 









 
by polimediauk | 2012-05-16 23:54 | 新聞業界
 日本生活情報紙協会(http://www.jafna.or.jp/)が隔月で発行する、「JAFNA通信」4月号の「マーケティング最前線⑫」コラムに、英国の無料紙市場について寄稿している。以前にも、無料紙の動きと将来について、少しこのブログで書いたが、さらに詳しくなったものが以下である。今回、流れを追ってみて、いかに新聞界が無料紙に影響を受けたかを改めて知り、いささか衝撃を受けた。

***

英国の新聞界を大きく揺るがせた無料新聞の波
 -その発祥と成長の経緯から、将来を探る


 英国でも、日本同様、企業、地方政府、中央政府の各省庁、公的及び民間団体、そして個人によるさまざまな無料の出版物が発行されているが、本稿では、新たな市場を創出したという意味で画期的な無料新聞に焦点を当ててみたい。

 現在、ロンドン近辺のみに限っても、英国では平日一日に約160万部の無料新聞が発行されている。英国の無料新聞(=無料紙)の生成から発展の経緯、そして今後を分析してみる。

―「無料新聞」とは何か?

 本稿で言及する英国の「無料新聞」(フリーペーパ、フリーシート)だが、大きな特徴として、これが正真正銘の新聞であることが挙げられる。この点は欧州各国でも同様である。広告掲載が主になって、これにニュース情報「も」掲載されているといった類の発行物ではない。紙面構成も日本で言うと朝刊全国紙を思わせる体裁になっている。有料新聞にしてみれば、ライバルと目される位置に立つ。

 有料新聞と大きく異なるのは、短時間で読めるように、1つ1つの記事が通常の新聞よりは短くかつ読みやすい文章になっている点だ。「20分で読める」のが謳い文句だ。通勤時に電車の中などで読み終えてしまうことを想定している。有料新聞はブランケット判と呼ばれる、朝刊サイズの大判が多いが、無料紙は小型タブロイド判が基本だ。

 配布方法は、毎朝、駅の外で配布員が直接手渡すか、駅構内に置かれたラックに山積みにされる。通勤電車の中で無料紙を読み終えた乗客が車内に新聞を残しておくと、新たに乗車してきた人がこれを座席から拾って読むという光景はおなじみとなった。

 想定読者は年齢が20代から40代後半の仕事を持つ人々だ。一定の可処分所得を持つ層になるので、こうした層にアピールする物品やサービス(例えば携帯電話、化粧品、娯楽、旅行など)の広告がメインとなる。

―英「メトロ」の創刊は1999年

 1990年代半ば、スウェーデンで無料新聞「メトロ」が創刊された。その後、欧州を中心に世界各国で無料紙の発行が広がってゆく。現在、メトロ・インターナショナル社(本社:ルクセンブルグ)が発行する無料紙「メトロ」は世界の1000都市以上で発行され、約1700万人が読む。

 英国では、スウェーデンの新聞の英国上陸を察知したアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が、1999年、英国版無料朝刊紙「メトロ」をロンドンで創刊した。発行部数の長年の下落に悩んでいた英国の新聞界は、当初、「無料紙=中身がない新聞」という見方をしており、「メトロ」を脅威とは見ていなかった。

 ところが、毎朝、駅構内の新聞ラックに置かれている「メトロ」があっという間に無くなる現象が起きた。読者の大きな支持を受けて、アソシエーテッド社はロンドン市内の発行部数を増やすとともに、地方都市版も次々と発行した。

 創刊から5年後、「メトロ」は100万部前後の発行物に成長した。英国の当時の発行部数の最大は大衆紙「サン」(約300万部)で、これに同じく大衆紙「デイリー・メール」、「デイリー・ミラー」(いずれも約200万部前後)が続いた。「メトロ」は英国で4番目に発行部数が多い新聞となった。

 ちなみに、英国の新聞は、大雑把に言うと「高級紙」(「タイムズ」、「ガーディアン」、「デイリー・テレグラフ」、「インディペンデント」など)と「大衆紙」に分かれる。前者に最も近いのは日本では全国紙である。後者は文章がより読みやすく、ゴシップ、娯楽関係の記事が多い。発行部数の面からは大衆紙が圧倒的な位置を占める。例えば、「サン」が300万部を出していた頃、高級紙は4大紙の部数を合わせても300万部を切るほどであった。

―無料が好まれる背景

 「メトロ」を支持する理由として読者が挙げたのは、「無料であること」、「小型で持ちやすいこと」、「読みやすい」、「報道が中立」であった。これは、有料新聞に対する反対票でもあった。当時、高級紙は大判で、混雑した電車の中では広げにくかった。また、英国の新聞は編集部の政治方針や価値観を明確に表に出す。「中立なニュース」はあまりない。このため、「新聞報道は偏向している」とする批判を招く原因ともなっていた。

 「無料」は英国メディアを理解するうえでの重要なキーワードでもある。

 というのも、英国のニュース市場で大きな存在となる英国放送協会(BBC)は、日本のNHKの受信料に相当するテレビ・ライセンス料を運営費として、国民に幅広い娯楽・情報番組を無料で放送している。BBCのニュースサイトにアクセスすれば、動画も含めたニュース情報が無料で入手できる。

 さらに、英国の新聞界は、長年にわたり、自社ウェブサイト上の記事を過去の分も含めてすべて無料で提供してきた。インターネット上でも無料でさまざまな情報が提供されており、ネットが普及するにつれて、いつしか、「ニュース情報=無料で得るもの」という感覚が出てきた。こうした中での無料新聞の発行は、多くの英国民にとって時代感覚に適応した動きであった。

 広告主にしてみれば、若者層、通勤客層に対象を絞って出稿できる無料新聞「メトロ」は、好景気を享受していた英国で、効率的な、魅力ある媒体であった。

 小型判で人気となった「メトロ」は、部数下落に苦しむ高級紙の体裁にも影響を及ぼした。

 2003年、「インディペンデント」紙が大型判と小型判を平行発行。後に小型判のみに移行した。小型判には「大衆紙」、つまりは低俗な新聞というイメージがついていた英国で、思い切った転換であった。同紙の小型判化は「斬新」と評価され、部数を一挙に伸ばした。「タイムズ」もまもなくして小型判化し、後に、「ガーディアン」は縦に細長い「ベルリナー判」に変更した。

 2005年には、ロンドンの金融街シティ近辺で配布される、経済・金融専門の朝刊無料紙「CITY AM」が創刊。今年年頭時点で約10万部を配布し、想定読者は35万人という(ウェブサイトより)。

 2006年、朝刊無料紙「メトロ」の人気にあやかろうと、発行元アソシエーテッド社は今度は夕刊無料紙の発行を計画した。

 「サン」や「タイムズ」などを発行するニューズ・インターナショナル社もこれに参入し、同年夏、「ロンドン・ペーパー」を創刊した。数日後、ア社も「ロンドン・ライト」を創刊し、ロンドンの新聞市場に新たに100万部を超える新聞がなだれ込んだ。一つの通りの両脇にライバル紙の配布員が並び、競うようにして通行人に新聞を手渡す光景が見られた。

 無料紙の乱立で窮地に陥ったのが、創刊から180年余の歴史を持つ有料夕刊紙「イブニング・スタンダード」であった。

 スダンダード紙は駅構内の専用ブースで新聞を1部50ペンス(当時の値段で約80円)で販売してきた。決して高い値段ではなかったが、朝刊無料紙「メトロ」の市場参入や、ネットの普及によって読者の中に強く根付いた「ニュースは無料」という固定概念が災いし、苦戦を強いられるようになった。その上に新たに夕刊無料紙2紙が入ってきたことで、スタンダード紙の販売部数は40万部から20万部に半減した。専用プリペイドカードの導入やコスト削減も功を奏さず、2009年1月、ロシアの富豪で旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元スパイ、アレクサンドル・レベジェフ氏に1ポンドという廉価で買収された。

 2008年秋、米投資銀行リーマン・ブラザース破綻をきっかけとした金融危機以降、英国経済は不景気に向かった。広告収入の激減に英メディア界は苦しみ、「ロンドンペーパー」と「ロンドンライト」は09年秋、廃刊となった。

―「スタンダード」も無料化、新たな有料化の動き

 レベジェフ氏は、2009年10月、「スタンダード」紙を無料化した。買収直前には年間10億ポンド相当の負債を抱えていたとはいえ、もとは有料で、長い伝統を持つ新聞の無料化は、少なからぬ衝撃を持って受け止められた。

 レベジェフ氏が買収後、すぐに手をつけたのは、スタンダード紙の新たなブランド化であった。

 まず、高級層向け雑誌「タトラー」の編集長をイブニング紙の編集長に就任させた。高額のマーケティング費用を費やして(「今まで読者の意向を無視した紙面づくりをして、ごめんなさい」などの文句が入った謝罪広告が著名)注目度を高めた。当初は有料新聞のままだったが、「ロンドンペーパー」、「ロンドンライト」が消えた後で、無料化に踏み切って部数を伸ばした。

 筆者は、無料で新聞を読むことに慣れた読者がいたことが成功の大きな理由の一つではないかと思う。朝刊無料紙メトロの後の時間帯に、ロンドン市場には無料紙はなくなっていた。夕方、帰りの電車に乗る通勤客は、ラックからさっと拾える新聞となったスタンダード紙をついつい手にしてしまうのだ。「朝はメトロ、夕方はスタンダード」というパターンができあがった。

 買収直前は17万部ほどを販売していたスタンダード紙だが、現在は70万部近くが配布されている。同紙は、無料紙の回し読みが習慣となった約150万人のロンドン市民にリーチしているという(ウェブサイトより)。読者の74%は上流から中流層で、15-44歳は69%、全体の62%が男性だ。不景気とはいえ、これほどターゲットが絞られている媒体は、広告主にとって魅力的な存在だ。

 一方、「メトロ」のほうだが、アソシエーテッド社の親会社DMGT社の2011年度年次報告書によると、同紙は8200万ポンド(約106億円)の収入を上げている。これは前年度比14%増。「メトロ」は英国全体で140万部近くを配布しており、ウェブサイトを訪れるユニーク・ユーザー数は440万人に上る(昨年9月時点)。これは前年同期比47%増である。

 無料化がトレンドとなる中、2つの派生した動きが発生した。

 1つは、長く続いた部数の下落で背に腹をかえられなくなった新聞各紙が、デジタル版の有料化を始めたのだ。まず、「タイムズ」などニューズ・インターナショナル社傘下の新聞が、ウェブサイトの閲読を2010年7月から有料化し、かねてから、サイト上で無料で読める記事の本数を限定してきた経済高級紙「フィナンシャル・タイムズ」は無料閲読の本数を減少させた。また、最後までサイト記事の無料閲読の方針を維持してきた「ガーディアン」も、携帯機器で閲読するアプリの有料化、タブレットでの閲読の有料化などを段階的に導入している。

 もう1つの動きは、レベジェフ氏がスタンダード紙の次に買収したインディペンデント紙が、2010年10月末、弟分の新聞として「i(アイ)」を創刊したことだ。

 「i」は無料ではないが通常の高級紙の5分の1の価格(一部20ペンス)で販売され、1つ1つの記事が短くて読みやすい。小型タブロイド判で、視覚を重視している点なども「メトロ」を始めとする「20分で読める」無料紙に非常によく似ていた。「インディペンデント」は現在、約17万部を発行しているが、「i」はすでに24万部を超えている。読者は本紙よりも「i」を好んでいるのである。

 英国での無料紙隆盛のさまを見ていると、将来の新聞の姿が見えてくるようだ。ネットが普及した現在、読者はもっと安い値段で新聞を入手したがっている。より短くかつ読みやすい記事を求めていることも判明した。電車に乗ったときに、窓の外を眺めるよりは、何かを読むことを選択する人がかなりいるのは心強い。

 無料新聞の人気は、有料新聞を発行する新聞社に対し、「人々は違った形で新聞を読みたがっている」ことを告げているようだ。放送業界のように運営経費を広告や助成金でまかないながら、コンテンツ自体は無料(か廉価)で提供するという方法を新聞業界がまともに考えてみるときが来たのかもしれない。少なくとも、読者はそう言っているように見える。広告にのみ頼るようでは不景気の折に経営が不安定になりやすいため、この点への考慮が肝要だがー。(終)
by polimediauk | 2012-05-15 18:26 | 新聞業界
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 間があいてしまったが、先月中旬に開催された、ロンドン・ブック・フェアーで聞いた、アマゾン・キンドルでの電子書籍・自己出版の話を続けたい。

 16日に開かれた、「キンドル・ディレクト・パブリッシング(KDP)」についてのセミナーに出てみた。以前から、アマゾンでの電子書籍の自己出版について、大いなる興味と期待を抱いてきた。

 新聞記事などではよい話ばかりなのだが、このセミナーに出てみて、がっかりはしなかったが、更なる疑問がどんどん出てきてしまった。

 まず、説明に立ったのは、KDP部門のアティフ・ラフィク氏である。この部門の担当者で、普段は米国勤務だ。

 ラフィク氏の説明によると、KDPでは複数の言語(英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語など)で出版できる。そして、キンドルでの出版とは、PC,タブレット、そしてキンドルなど、様々な端末で読める形になる。

 作り方はとても簡単で、まず原稿を先に作っておく必要があるが、その後、原稿をKDPの画面からアップロードし、価格など細かい点を決めて、「出版する」を選択するだけだ。これで、「早ければ、24時間後には商品として出る」そうだ。

 この「早ければ、24時間で」という言葉は衝撃的だったが、なんだかドキリともした。つまり、「早すぎはしないか?」と。通常、新聞や雑誌用に原稿を出してさえ、これをフォーマットに入れて、ゲラを作るまでには少々時間がかかる。ある意味、かかって当然でもあるだろう。「24時間」とは、つまるところ、(ほぼ)ノーチェックということでないか?

 ラフィク氏によれば、出版後は、何部売れているのかを自分で確認できるという。ここが既存の出版社とは違うところだ。

 作者の印税分だが、価格によっても変わるのだが、英国では最大で70%だという(普通の本だと、通常の印税は10%前後といわれている)。KDPでは、一定の金額以下の価格だと、印税は35%になる。

 価格は後で変えられるそうで、例えば発売直後はキャンペーンとして非常に安くするというのも手だそうである。

 KDPでベストセラーになった作家もすでにいる。前回、紹介したケリー・ウィルキンソン氏もその一人だ。

 会場には昨年11月、「オンリー・イノセント」という犯罪小説をKDPで出した、レイチェル・アボットさん(右上、写真・著者ページより)が姿を見せた。以下は一問一答の抜粋である。

―何故KDPで出したのか?

アボット:本をいつかは書きたいと思っていたのだが、仕事があって書く時間がなかった。しかし、4年前に引退し、時間ができたので、楽しみとして書いた。いろいろな人に読んでもらうと、面白いというフィードバックが返ってきた。

 いくつかの出版社にも送ってみたのだが、「面白い」「よい作品だ」とは言ってくれたが、最終的には「うちには合わない」と言われた。作家の面倒を見る、エージェントにも登録したが、よい話にはならなかった。去年の秋から、英国でもKDPができると聞いて、やってみようと思った。

―ベストセラーをどうやって達成したのか?

 最初は1日に数冊売れただけだったが、まず、ビジネスプランを作った。どうやって売ろうか、と。前にコミュニケーション関係の会社に勤めていた。3週間をかけて、マーケティング計画を立てた。実際には、ソーシャルメディアを多用した。例えば、ツイッター。作家のツイッターをフォローする人を自分もフォローした。週に7日、1日に12時間、マーケティングに専念した。今年2月、ナンバーワンのセラーになった。

ー価格付けは?

 最初は1・99ポンドで、それから1月半ばごろ、特別キャンペーンとして99ペンスで売った。

―ツイッターを使ったやり方で効果的な方法は何か?

 ほかの作家のツイッターを研究し、フォローされたら、必ずこちらもフォローした。また、一人ひとりに話しかけたり、興味深いツイートを心がけた。本の一部の内容を引用することも、意識的に行った。また、いつツイートが出るかにも気を使った。例えば、300のツイートが、3時間ごとに出るように、と。作家が読者と関係性を持つことが重要だと思う。

***

 会場からアマゾン側に出た質問を2つ、紹介する。一つは私の質問だ。

―先ほど、「早ければ24時間で出る」など、早さを強調していることが気になった。これだけ早いとすると、アマゾンのほうでは、中身についてのチェックがまったくなし、そのまま出るということを意味はしないだろうか?だとすると、キンドルで販売する、書籍の質の維持はどうやっているのだろうか?

 ラフィク氏:うーん・・・これはよい質問ですね・・・。アマゾンでは、問題があるようなものがないかどうか(私の推測だが、ポルノグラフィックなものや人の中傷などだろうか?)に目を通している。(=あまりストレートな答えにはならなかった感じがした。)

 もう1つは、「ベストセラーの話が紹介されたが、すべてがたくさん売れるわけではないのでは?KDPでは、平均どれぐらい売れるのか?」

 ラフィク氏は、「アマゾンではそういう情報を共有しないことにしている」と述べるにとどまった。

 セッションが終わって、どことなく気になったことが1つ、2つ。前回もそう思ったのだが、

 *KDPを使って、初めて本を出す人の本の価格が、いやに低すぎないか?(コーヒー一杯も飲めない価格にする必要があるのだろうか?)モノにもよるだろうが、時間をかけて作った本の場合、どんなに安くても、日本で言えば500-1000円ぐらいにはなってもいいと思う。ただ、「本とは何か?」の考え方が、ここに来て変わっている可能性もある。つまり、画像が入って、せいぜい20分ぐらいで読み切れてしまうものが主流になる「かも」しれないのだ。

 *様々な質の本が出ることになるが、もちろん、つまらない本は売れないからいいのだ・・・という説明はできるものの、「本が出しやすい」ということは、つまりは「小売店はノーチェックで本を出す」ということにもつながる。「間に入る出版社=編集者がいなくなった、よかったな、めんどくさくなくて」・・・などと言って、喜んでばかりでいいのかなあと。小売側の責任はないのだろうか?質、水準、もろもろの責任は、一切合財(基本的には)、作家に帰することになる状況は、いいのか、悪いのか?

 *このブログもそうだが、今は誰でも情報の発信者になった。文章が外に出るとき、書き手以外のほかの人の手が介在しないのが普通になってきた。フェイスブックもツイッターも、まさにそうだ。私たちはもう、こういう状況になれているのだーしかし、本もそれでいいのかな、と。

 *出した後で、実はほとんど売れていなかったりする人のケースも、レポートされてしかるべきじゃないだろうか?そのほうが、KDPで出す本の質があがると思うのだが。

 ***

 などなど考えると、どことなく、心に秋風が少し吹いた、ロンドンの夕刻であった。
 
by polimediauk | 2012-05-04 22:13
 英下院の委員会が、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドでの電話盗聴事件に関する報告書を、1日、発表した。これが米ニューズ社の最高経営責任者兼会長ルパート・マードック氏を強く批判しており、今、英国ではトップニュースになっている。

ロイターの記事:
ニューズ・マードック氏、トップに不適切=英議会
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE84000820120501

(引用)

 英議会の委員会は1日、廃刊した英日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の盗聴事件をめぐる報告書を公表した。その中で、米メディア大手ニューズ・コーポレーション(のルパート・マードック会長兼最高経営責任者(CEO)は、盗聴事件を招く企業体質を作り出した責任があるとし、同社を率いるにはふさわしくないと批判した。

 また、マードック氏と、同氏の次男でワールド紙の発行元だったニューズ・インターナショナルの会長を務めるジェームズ・マードック氏に問題の責任があるとの見解を示した。

 報告書は「ニューズ・インターナショナルおよび親会社のニューズ・コーポレーションは、問題を『見て見ぬふり』しており、ルパート・マードック氏やジェームズ・マードック氏ら幹部には最終的な責任がある」と指摘。「不正行為を暴き実行者を罰するのではなく、手遅れになるまで隠蔽しようというのが首尾一貫した彼らの動機だった」とした。

 その上で「ルパート・マードック氏は国際的な大企業の経営者として適任ではない」と断じた。(引用終わり)


 米メディア大手ニューズ社は、英国でも大きな存在感を持つ。

 まず、子会社ニューズ・インターナショナル社が、大衆紙サン、高級紙タイムズとその日曜版サンデー・タイムズを発行しているので、英国の新聞市場の30%ほどを牛耳っている。昨年7月に廃刊となった、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドを入れると、40%を超えるほどだった。

 放送界でもその存在は大きい。英国の放送業といえばBBCだけれど、これは「公共サービス放送」の部類に入る。英衛星放送局BスカイBは、有料テレビ市場では、圧倒的なナンバーワンである。そして、ニューズ社はこのBスカイBの株39%を所有している。

 こんなニューズ社のトップといえば、世界のメディア王といわれるルパート・マードック氏(81歳)である。もともとオーストラリアの出身(現在は米国籍)で、英国でビジネスを開始したのは1960年代末。ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙やサン紙の売り上げを大きく伸ばし、1980年代前半にはタイムズ、サンデー・タイムズも手に入れた。特にサッチャー政権(1979-1990年)と親しかったといわれている。

 その「親しさ」の1つの具体例が、衛星放送BスカイBを買収できたことだ。すでに新聞紙を複数所有していたマードック氏は、通常だったら、放送局を手に入れることは難しいと思われた。独占禁止委員会などが案件を照会し、「駄目」となるはずだ、と。ところが、サッチャー氏の影の応援(といわれている)で、独占禁止委員会には照会されずじまい。マードック氏は、英国で放送局を持つことに成功した。

 父親が新聞王だったマードック氏にとって、新聞業は非常に愛着のあるビジネスだが、デジタル・エイジとなった現在、新聞を売ってもあまりお金はもうからなくなった。ニューズ社全体の収入構成を見ると、お金を稼いでいるのは、新聞だったら大衆紙、そして、将来さらに大きくなることが予想されるのが、テレビ(フォックス・ニュース、BスカイB)や映画(20世紀フォックス)の映像・デジタル関連業務である。

 そこで、ニューズ社が最もほしいものの1つが、BスカイBの残りの約61%の株、つまりは完全子会社化だ。

 しかし、その試みは、今のところ、不調に終わっている。

 大きな打撃となったのが、昨年再燃した、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙での電話盗聴事件である。この件については何度も書いているので、最後に過去記事のアドレスを貼っておくようにするが、昨年7月上旬時点で、盗聴が失踪した少女の留守電にまで及んでいたことが発覚して、国民の大きな怒りを買ってしまった。そこで、「パニックとなった」(と、自分でも認めている)マードック氏は、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を廃刊にしてしまったのである。

 このとき、BスカイBの完全子会社化も断念せざるを得なくなった。これまで政界と親しい関係を保ってきたマードック氏に対する、ほかの政治家からの不満などが一挙に噴出し、「反ニューズ社、反マードック」感情が非常に大きく渦巻いてしまった。そこで、ニューズ社経営陣は「これでは、買収のための交渉はうまく行かない」と判断し、買収断念となったのである。

 その後、紆余曲折があったが、現在は、放送・通信業務の監督団体「オフコム」が、果たして、ニューズ社が「放送免許を持つに足る、適切な企業かどうか」を調査中である。期限がない調査なので、いつオフコムが結論を出すかは分からない。しかし、「適切な企業ではない」と、もしオフコムが判断した場合、BスカイBの39%の株も、手放さざるを得なくなる「かも」しれないのだ。

 といっても、まだまだどうなるかは分からないのだけれども、ニューズ社の英国での評判は下り坂の一途をたどっている。

 評判の下落にいっそうの拍車をかけたのが、1日に発表された、下院の文化・メディア・スポーツ委員会よる報告書だった。委員会は、この報告書の中で、マードック氏は「国際的な企業を統括するに適切な人物ではない」と言い切ってしまっている。

 「そこまで言う必要はないのではないか?」と思った委員(議員たち)もいて、この表現を入れるか入れないかでもめたようである。このため、報告書はこの点については全員一致とはならなかった。そして、「報告書は政治色が強すぎた」と批判する人も出ている。

 盗聴事件が明るみに出たのは2005年である。同紙の記者と私立探偵が有罪になったのが2007年。

 委員会は、過去数年にわたって、新聞界の水準やプライバシー問題について調査を行ってきた。ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙での電話盗聴事件もこの範ちゅうに入り、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長、発行会社ニューズ・インターナショナルの弁護士や経営幹部などを召喚し、「一体、何が起きたのか?」、「組織ぐるみだったのか」などを公聴会の場で聞いてきた。

 発行元は、長い間、「たった一人の記者が関与していただけ」という線で通してきたが、それがどうも嘘であることが、ほかの委員会の調べやガーディアン紙の調査報道で判明してきた。2009年に召喚された弁護士や経営幹部らが「記憶にない」という表現を繰り返すので、委員会は、「まるで集団健忘症にかかったかのようだった」と、2010年発表の報告書で批判したほどである。

 そして、1日の報告書では、こうした経営トップや弁護士の対応が非常に厳しく批判された。「嘘を言った」とまでは言わなかったものの、「委員会を欺いた」、と書いた。

 委員会の公聴会では、召喚された人は証言の前に宣誓をする必要はないが、真実を語ることが期待されている、と報告書は書く。これを軽んじて、「誤解を与えるような」証言を(故意に)するとは何事か、という怒りが伝わってくる。

 今回の報告書の発表で、今日は一日、マードック氏批判やニューズ社の将来を憂う声が出ていたが、最終的にニューズ社の将来は株主が決めるので、株主が怒らない限り、あまり変わらないかもしれない。

 それよりも、ニューズ社の手からBスカイBが消えるのかどうか、これが結構注目だと思う。ニューズ社は完全子会社化は一旦はあきらめたものの、近い将来、再度買収を試みようと思っているはずだ。

 英国内でどうやってニューズ社の経営陣のイメージを刷新し、放送免許を持つに足る企業であることを証明したらいいのだろうー?あまり善後策が見つからない感じで、時が過ぎるのを待つぐらいしか、ないかもしれない。果たして、経営陣の首切り策に走るのかどうかー?

 政治的には、キャメロン首相の政治生命も懸念だ。キャメロン氏はニューズ社経営陣や傘下の新聞の編集長などと私的つきあいがあり、マードック氏への逆風は、同氏への逆風となってしまうからだ。

 一連の調査を通じて、いかに政界、メディア界(=マードック勢力)、警察などがくっついていたか、これが次々と暴露される毎日である。

***

関連記事:

マードック傘下の老舗の英日曜紙が廃刊 〜深刻化した電話盗聴事件でBスカイBの買収も暗雲に?
http://blogos.com/article/23719/

マードック帝国の激震 ④ -盗聴事件を通して見える、パワーエリートたちの傲慢さ
http://blogos.com/article/5180/

経営に更なる透明性の求めも 英紙廃刊とマードック帝国のほころび(下)
http://ukmedia.exblog.jp/17018842/

ヤフー・トピックス
英紙の盗聴問題
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/uk_media_phone_hacking/
by polimediauk | 2012-05-02 07:31 | 政治とメディア