小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 英国の書籍業界の雑誌「ブックセラー」によると、いまや国内の電子書籍の売り上げは年間約2億6000万ポンド(約320億円)に達し、書籍市場全体の15%を占めるという。

 実際に、電子書籍端末市場の80%を牛耳るアマゾン・キンドルを片手に読書を楽しむ人の姿を電車内でよく見かける。

 英国で電子書籍が人気となっている理由として、1つの端末に複数冊保管できるため「場所をとらない」、「軽く、持ち歩きやすい」などの物理的利便さとともに、紙の単行本よりも値段が安いことが挙げられる。

 ところが、サンデー・タイムズ紙(9月30日付)が人気の高い本(フィクションおよびノンフィクション)の価格を調査してみると、電子本の価格が紙版よりも高い場合が3分の1を占めた。

―JKローリングの新作も電子本の方が高い

 サンデー・タイムズがアマゾンのウェブサイトで調べたところ、先週発売されたばかりの、「ハリーポッター・シリーズ」のベストセラー作家JKローリングが書いた「ザ・カジュアル・ベイカンシー」の場合、ハードカバーの単行本が1冊9ポンド(約1130円)で、電子書籍は11・9ポンド(約1490円)。売れっ子コメディアンのデービッド・ミッチェルが書いた自伝「デービッド・ミッチェル、バックストーリー」が紙版は10ポンド(約1250円)、電子本は12・99ポンド(約1630円)であった。それぞれ、300-400円の差がある。

 ちなみに、出版社がつけた「ザ・カジュアル・ベイカンシー」の価格は20ポンド(約2500円)、「バックストーリー」は同じく20ポンドである。アマゾンでは、電子でも紙でも大幅ディスカウント価格で販売されてしまうのだ。

 電子書籍にすると、確かに印刷、製本、配送をしなくてよくなるが、実際には、制作費は書籍の出版コストの中で「ほんの5%」であるため、それほど大きな節約にはならない、と出版社側は説明する。残りは著者への執筆の前払い金や販促・マーケティング費用で、この部分は電子であろうとなかろうと、変わらないのだ。

 調査会社「エンダース・アナリシス」のベネディクト・エバンズ氏は「書籍作りの費用構造はあまり変わっていない。電子本だからといって、紙の本よりも価格を低くする必要はない」という(サンデー・タイムズ紙)。

 欧州全体では電子書籍はまだまだマイナーな存在だ。別の調査会社「フューチャーソース・コンサルティング」によれば、昨年の欧州内の書籍の売り上げの中で、電子書籍の比率はほんの6%。しかし、2016年には16%にまで伸びると同社は予測する。

 欧州の中で最も電子書籍の利用が広がっているのが英国だが、電子本所有者の45%が専用端末(アマゾンのキンドルやソニーのイーリーダーなど)ではなく、パソコンの画面で閲読しているという。

 現在は、同じ本であれば電子版のほうが価格が低い場合が普通だが、「本」といえば電子本を指すところまで市場が変化すれば、紙の本の価格を低くして何とか買ってもらおうとしたり、あるいはいっそ、紙版は無料にして、電子本のおまけになる、ということもあるかもしれない。

 英国のベストセラー本の一部で、紙版の価格が電子版よりも低かったという調査結果は、書籍市場の近未来を垣間見せた感じがする。
by polimediauk | 2012-09-30 21:14 | 書籍
 今日から、「Yahoo! Japan! ニュース Business」というサイトに原稿を送っています。

 http://newsbiz.yahoo.co.jp/

 28歳で英高級紙の副編集長 ―昇進の秘訣、ジャーナリストと階級とは
 http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120919-00010001-gkoba-nb

 もう少し、入力を自分で工夫したほうが・・・と思った部分もありますが、ひとまず、出して見ました。

 Yahoo! Business の題字の左下に「提供社」という部分があり、これをクリックすると、いろいろな人や組織の名前が出ています。私は「英国メディア・ウオッチ」で登録しています。

 http://newsbiz.yahoo.co.jp/media/

 何を出すか、まだ??の部分があるのですが、「ビジネスパースンが読むべきと思われるもの」という最小限の線があるようです。

 英国でキャッチした、テクノロジー、ネット、新規企業・起業、メディア、人、本や映画の紹介などをしていこうかなと思っていますーー趣味と実益をかねて。

 どうぞよろしくお願いします。
by polimediauk | 2012-09-19 20:50 | ネット業界
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 日本ではそれほど話題になっていないようだが、英米で大人気となっているのが、英国製時代物ドラマ「ダウントン・アビー」。20世紀初頭の英国の大邸宅を舞台に、伯爵一家の人間模様を描く。

 これまでに英国では民放ITVでシリーズ1、シリーズ2、クリスマス・スペシャルが放映されており、9月16日からは、シリーズ3の放映が始まった。

 ちなみに、日本では映画専門の「スターチャンネル」が放映しており、日本語でウェブサイトを作っている。http://www.star-ch.jp/downtonabbey/  

 この中に、私も英国から見たこのドラマの魅力を書いている。
http://www.star-ch.jp/downtonabbey/essay.php

 10月から、シーズン2がこのチャンネルで放映されるという。私は原稿料はいただいたが、宣伝料をもらっているわけでないのだが(!)、広く視聴できるようにならないかなあと思っている次第だ。

 今回、紹介したかったのが、先日、このドラマの舞台になっている大邸宅=ハイクレア城 Highclere Castle (英南部ハンプシャー州)を訪れたときの話だ。「舞台になっている」というのは、ダウントン・アビーはここで撮影されているのだ。

 一度でもドラマを観たことがある人は、見事な邸宅の建物、広々とした庭にため息をもらしたことがあるかと思う。ここは現在、実際には、カーナヴォン伯爵夫妻が住んでいる。そして、一部を一般に公開しているのだ。

 フィオナ・カーナヴォン伯爵夫人が伯爵(第8代目)と結婚したのは1999年。8年前から息子とともにハイクレアに住んでいる。

 「歴史にとても興味がある」というフィオナ夫人は、第5代目伯爵夫人アルミナ(1876 – 1969)の伝記を、この夏出版している(「アルミナ夫人と本当のダウントン・アビー」Lady Almina and the Real Downton Abbey)。

 その中身を少々紹介すると、遺産相続、恋物語、貴族と召使の関係、20世紀初頭の時代の移り変わりを華麗に描くドラマ「ダウントン・アビー」だが、ハイクレアには邸宅がロケ地として使われているばかりではなく、共通点もあった。

 それは、ドラマ(シーズン2)では第1次世界大戦時、傷ついた兵士たちの回復場所としてお屋敷が使われるが、実際に、アルミナ夫人の主導の下、ハイクレアは兵士たちの休息場所となったのである。

 また、このアルミナ夫人というのが独特のバックグランドの持ち主だ。彼女は18世紀から欧州各地で銀行業を営んできたロスチャイルド家に生まれたアルフレッド・ド・ロスチャイルド(イングランド銀行のディレクター)の隠し子であった。

 アルミナがカーナヴォン家に嫁いだのは19歳。多額の持参金を持っての嫁入りとなった。当初は伯爵家になじめず、つらい思いをしたが、次第にそのウイットやファッション・センスで人気を得るようになったという。ハイクレアで開催される晩餐会には90人ほどのゲストが呼ばれ、盛況を博した。

 しかし、1914年、第1次大戦が勃発。これをきっかけに華やかなハイクレアの生活にも影が落ちる。何世代もハイクレアで働いてきた使用人、その家族らが戦場に向かい、命を落とす、回復できない傷を負うなどの事態が生じた。

 アルミナ夫人は夫を説得して、ハイクレアを傷病兵の癒しの場として提供するようにしたという。また、熱心なアマチュアのエジプト考古学者であった夫を現地探検へと後押しをしたのもアルミナであったという。

 カーナヴォン卿は、古代エジプトのファラオ・ツタンカーメンの王墓発掘の資金提供者として知られている。1922年、英考古学者のハワード・カーター、自分の娘のイーヴリンともにエジプト入りし、ツタンカーメン王の墳墓を開くことに成功した。(ちなみに、カーナヴォン卿は発見から数ヵ月後に病死。)

 現カーナヴォン伯爵夫人のフィオナさんは、ハイクレア城に残されたアルミナにかかわる資料、第1次大戦前後の生活を伝える写真などを元に、「本当のダウントン・アビー」の姿を浮かび上がらせた。

 さて、在英ジャーナリスト団の一員として、実際にハイクレア城を訪れたときの話である。

 ハイクレア城にバスが近づくに従い、ドラマの大邸宅が眼前に姿を現す。バスを降りて、外に出て見ると、ハイクレア城は実に大きい。そして、その真向かいの緑の芝生は本当に広い。思わず、はるか遠くまで歩いて見たい思いにかられる。

 ドラマでは召使たちがずらりと立ち並ぶ圧倒的な場面を提供してくれた入り口で、待っていてくれたのはフィオナ夫人である。カラフルなシャツと真っ青のジーンズ。「ようこそ」。

 ドアから中に入り、小ぶりの待合室に入る。隣はドラマの主人公グランサム伯爵の執務室・ライブラリーである。この執務室、ドラマでは非常に広々と見えたのだが、意外と小さい。テレビカメラを通すとものすごく広々と見える邸宅内部だが、一つ一つの部屋は割りと小ぶりである。これが逆に、実際に家族が暮らしていたことをしみじみと感じさせる。

 フィオナ夫人は、ハイクレア城の簡単な歴史とアルミナ夫人の経歴、アルミナの夫カーナヴォン卿のエジプト考古学にむけた情熱について話してくれた。ツタンカーメンにかかわる資料が邸宅内にあって、生徒たちが学習のために訪れることもあるそうだ。

 その後は、ガイドさんの案内とともに、邸宅内をじっくりと見て回った。ドラマの登場人物のそれぞれの部屋も、撮影セットそのままに再現されていた。

 最後に、応接間のようなところに集まって、改めてフィオナ夫人がアルミナの生涯や、テレビドラマの撮影について話してくれた。

 邸宅内にあるのは「あまり映りのよくない、小さなテレビが1台のみ」という。それでも、ドラマの放映時(2010年に最初のシリーズ開始)には、テレビの前に座って、「とても楽しく鑑賞してきた」という。

 撮影は朝から晩まで、一日中かかることがあり、カメラの位置の具合で壁にかかっている絵画を動かしたり、ソファーの位置をずらしたりなど、とても大掛かりな仕事になるという。

 こんな話を聞いている間、報道陣からのカメラのシャッターが途切れなく続く。私も静止画や動画で、できうるかぎり夫人の姿を撮影した。というのも、フィオナ夫人がとても「フォトジェニック」(あるジャーナリストの声)だからだ。

 これは顔かたちがきれいとかそういうレベルではなく、私が見るところ、「清楚かつエレガント」で、とても親しみやすく話すので、どうにも目を離しがたいのだ。

 いまや、将来の英王妃のトップレスの写真まで、雑誌が掲載してしまうほど、何でもありの世界。こんな世界で、フィオナ夫人はどのようにして、そのエレガンスを維持しているのだろか?生き方の選択があるに違いない。

 そう思った私は、「どうやってそのエレガントさを維持しているのか」と聞いてみた。

―「晩餐の前には着替える」

 少し考えた後で夫人が答えたのは、普通に、まっとうに生活することだった。

 例えば、「ダウントン・アビー」は別としても、「あまりテレビは見ない。特に、「リアリティー・ショー」(視聴者参加型テレビ:俗悪テレビジャンルのひとつと考えられている、具体例は、24時間カメラが回る空間で生活する若者たちを撮影する番組「ビッグ・ブラザー」など)は、見ない」。

 「その代わり、ラジオをよく聞いている。(教養チャンネルとして知られる)BBCのラジオ4をよくつけている」。

 「よく読書をしている」、「本を読むといろいろと考えることができる」

 「邸宅で働く人に声をかけている、話をするようにしている。自分は屋敷の管理人と思っている」

 「いろいろな階層の人と話す機会を持っている。教会に行って、よく来る人と話をしたり、地元のために仕事をしている人を晩餐会に呼んでいる」

 「家族の晩御飯は自分で作っている。料理が好き」。

 そして、「料理をした後、晩御飯を食べる前に、必ず着替えるようにしている」。

 いかがであろうか?

 家族だけの晩御飯でも、正装をする様子がドラマでは描かれていた。おそらく、正装まではいかないにしても、「着替える」という部分にエレガントさの秘密があるように思えた。心の余裕がないと、できないだろう。

 その心の余裕はどこから来るのかー?知的情報のインプット、考える時間、仕事・課題(邸宅の管理)があること―。そして、おそらく健康。カジュアルな格好で、邸宅内をあちこち、飛び回っているという。

 「ダウントン・アビー」のドラマの第3シリーズは、邸宅の将来にまた大きな危機が訪れる形でスタートしたばかり。しかし、本当のダウントン・アビー、つまりハイクレア城のリアルなドラマの方が実は面白いのではないか?そんな感じがした。

***

 ドラマについてもっと知りたい方は、過去のエントリーがあります。

 英ITVの「ダウントン・アビー」が人気に ―時代モノ・ドラマは何故受ける?
http://ukmedia.exblog.jp/15294423/
by polimediauk | 2012-09-18 20:57 | 放送業界
―暴動をツイッターで中継 実名記者ルイス氏の場合

 英新聞界のツイッター利用で著名な記者の1人がポール・ルイス(@PaulLewis)だ。昨年夏、ロンドンを中心に暴動が発生したが、このとき、ルイスはスマート・フォンを片手に現場で見たことを次々とツイッターで細切れ報道した。暴動発生から最初の数日間は紙のノートにメモは一切取らなかったという。

 細切れのツイッターが1つのまとまりのある原稿に仕上がってゆく。ルイスにとって、ツイッターとは、事件の現場から報道をする際の最初の一歩である。「長い解説用の記事などは、後でじっくり書けばいい」(今年3月、ロンドンのメディア会議での談)。

 暴動発生から1年となる今夏、ガーディアンは昨年を振り返る特集記事を掲載した。BBCの記者がツイッターで「そろそろ、新しいネタを探すときじゃないのか?」と書くと、ルイスは「これほどの大きな事件は、11ヶ月経っても議論に値する。他の人が同意しなくても構わない」とつぶやき返した。ツイッターは所属媒体を乗り越えた、記者間の情報交換や議論の場になっている。

 ツイッターには他人のつぶやきを「リツイート(RT)」という形で自分のフォロワーに流す再発信機能があるが、RTやほかの有益な情報を選別して流すことで、発信者は情報のキュレーターになる。

 これを率先して人気を集めたのが、スカイ・ニュースの番組制作スタッフの一人、ニール・マン(@fieldproducer)だった。多様なニュース素材を自分なりに選別して、ニュースの時系列を作るマンのツイートは、同業者の間にもファンを多く持った。

 例えば、中東の「アラブの春」の報道では、スカイ・ニュースが発信した情報にこだわらず、より情報が早い通信社や中東のテレビ局の特派員、現場にいる市民のツイートなどを拾って、ツイートした。情報源の広さや即時性において群を抜いていたため、英記者・編集者の間で人気沸騰のアカウントとなったが、他局のスクープ流布に参画したことにもなったマンは、スカイ・ニュースにいづらくなったのか、後に転職(本人は転職理由を明らかにしていない)。現在は、米ウオール・ストリート・ジャーナル紙のソーシャル・メディア・エディターとして、最新のニュースを発信している。

―裁判傍聴席からもツイッター発信OKに

 2010年末、裁判所の認可があれば傍聴中の記者が法廷からツイッターでつぶやいてよいという暫定指針が出た。ツイッターはジャーナリズムの1手段としてお墨付きがついた。11年12月には、裁判を傍聴取材する記者が事前の許可なしにツイッターや電子メールで法廷から外部につぶやくことが原則、認められた。

 先に、日本のメディア関係者の懸念事項として、「炎上」が話題に上ったと書いたが、英国の例を見る限り、それほど問題視されていないようだ。政治家や著名人の失言が大問題となることはあるのだがー。といっても、読者からの無礼なあるいは中傷めいたコメントが記者ブログに付くことは日常的に発生している。編集部の承認後に画面に出るようにする、読者に違法なコメントについて通報してもらうなど、様々な手段が講じられている。

 ツイッターが誤った情報の流布につながって大恥をかいたのが、民放チャンネル4の「チャンネル4ニュース」の司会者ジョン・スノーだ。昨年7月、約10万人のフォロワーを持つスノーは、ある大衆紙での電話盗聴事件にからみ、別の大衆紙の元編集長で現在はCNNで番組を持つピアス・モーガンが番組を辞したとツイートした。後にこれが真実ではないと分かり、スノーは謝罪した。情報発信が簡易なツールには、こうした落とし穴が常にある。

 チャンネル4ニュースは、番組の司会者と記者全員がツイッター・アカウントを持ち、ブログを書く。ウェブサイト担当者によると、記者のツイートを発信前に確認はしない。指針は「放送中に言えないことは、ネット上でも言わない」ことだ。

 記者が所属組織の一員としてツイッターし、多くのフォロワーを作った後で転職した場合、フォロワーは誰のものになるのだろうか?これが問題として浮上したのが、元BBCの政治記者ローラ・クエンスバーグの場合である。

 2010年9月までBBCに所属していた同記者は@BBCLauraKというツイッター・アカウントで、5万8000人を超えるフォロワーを持っていた。その後、民放大手ITVに転職した。経済記者となっての新たなアカウント名は@ITVLauraKである。フォロワーは現在、8万人を超えるが、BBC時代のフォロワーの大部分がITV移籍後に、新アカウントに移動したと推測されている。

 このとき、BBC時代のフォロワーをITVに「持って行った」クエンスバーグに対し、「フェアではない」という批判が出た。ツイッターは何に、あるいは誰に所属するのだろう?個人の顔が見えるメディア(ツイッターなど)を組織が使うという現象によって、判断がつきにくい状況が生まれている。

―ガーディアンとBBCのソーシャルメディア方針

 ガーディアン紙は、同紙の編集規則及び新聞業界の自主団体・英報道苦情委員会の倫理規則、ネット上の言論空間における編集方針によってソーシャルメディアの使い方を規定している。

 自社サイト内のブログやネット上に読者から寄せられた意見について、記者あるいは編集者が「建設的な意見交換に従事する」、「事実の根拠をリンクで示す」、「事実と意見の違いを明確にする」などが基本姿勢となる。

 同紙のアラン・ラスブリジャー編集長は率先してツイッターを利用している。09年には国際石油取引会社による汚染物廃棄をツイッターで暴露した。

 BBCは、記者がサイトのコンテンツに参加する場合と、BBCの記者であることを表明しながらも個人としてソーシャルメディアを利用する場合に分けて、それぞれのガイドラインを作成している。(BBCという名前を一切使わない、純粋に個人的なネット活動についてはガイドラインの対象外とする。)

 いずれの場合も、基本姿勢は「メッセージを利用者に『放送する』(注:「一方的に流す」という意味であろう)のではなく、会話を通し、参加する」、「BBCの評判を落とさない」、「議論の管理は最小限にするー利用者を信頼する」、「オープンで透明性を持って対処する」だ。

 日本で、ツイッター指針の策定に役立ちそうなのが、BBCの「公式ツイッター利用者へのアドバイス」である。

 業務の一環としてツイッターを始める場合、以下の6つの点を考慮に入れる必要があるという。

 ①まず、上司と相談して許可を得た後、ソーシャル・メディア・エディターや視聴者から寄せられる素材を処理する係りの担当者など関係部署に連絡を取る

 ②BBCの公式ツイッター・アカウントはBBCニュースの一環となるので、この点を踏まえた上で、BBCの記者として関連する分野の事柄についてつぶやく

 ③打ち解けたトーンを維持し、情報の受け手と双方向性を保つ

 ④ツイート内容は自分が担当する領域についてのニュース、分析だが、関連情報や仕事の舞台裏、いま何を取材しているかについてつぶやいたり、出演する番組のお知らせや、フォロワーから情報を求めることも可

 ⑤フォロワーの反応に常に返答する必要はないが、フィードバックを得たり、自分が追っているネタのヒントが見つかるかもしれない

 ⑥リツイートには注意する、これは内容に賛同していると思われるからだ。

―「実情にあわない」 試行錯誤続くルール作り

 BBCニュースのライバルとなるスカイ・ニュースの内部向けガイドラインによると、同ニュースの記者としてのアカウント使用時、「自分が関与していないニュースについてはツイートしない」、「他局のニュースを再発信しない」、「スクープ情報は最初に編集デスクに連絡し、その後にツイートする」などの規定がある。

 先述したが、スカイ・ニュースには、ツイッターで多くのスクープ情報を出してきたニール・マンというスタッフがいた。自局以外の情報源からも情報を取得し、これを再発信して人気を集めたが、他局のニュースを再発信することを抑止する規定があったことを、ガーディアン紙が、今年2月7日、報道した。「記者の口を封じる動きだ」、「自由な情報の拡散を阻害する」などの批判がネット上に流れた。

 報道の翌日となる8日、BBCはスクープ報道に関わる新規定を発表した。ツイッター・アカウントを持つ記者がスクープ情報を入手した場合、BBCのニュース編集室に書面の形でまずその情報を提出するようにと書かれてあった。ツイッターによって不特定多数の人にスクープが届く前に、まずはBBC内で共有しよう、という考え方だ。

 しかし、これは24時間の報道体制で動く実情に適応しないとBBC内外で批判が起き、当初の発表から24時間も経たない9日昼に、追加情報が出された。「先の文書は、ツイッターでスクープを出すなということではない」、「この方針も変わる運命にある」などと、トーンダウンしたメッセージを出した。

ー時計の針は元に戻せない! RCジョーンズ記者の豪胆

 BBCのテクノロジー記者ローリー・ケスラン=ジョーンズ(@BBCRoryCJ)は、8日付ブログの中で、スクープとツイートについて触れ、「時計の針は元に戻せない」と書いた。昔は、「ニュース・デスクが絶対的な権力を持ち、スター的存在の選ばれた記者だけが署名記事を書き、新聞が印刷を開始する前に、あるいは定時のニュース番組の放送前に、記者が外部とニュース情報を共有したら、首も覚悟の重罪だった」。しかし、「そんな時代はもうほとんど、過ぎ去ってしまった」。

 BBC内部にスクープ情報を出すことを優先するべきと上司から通知されても、「もう遅い」と書くケスラン=ジョーンズのブログはBBCのニュースサイトの中にある。ブログのエントリーから5ヶ月経つ現在も削除されていない。コメント欄を見ると、エントリーに同意するコメントがあるかと思うと、「誰があなたの給料を払っているんだ?ツイッター利用者か、それともBBCか?」という厳しいコメントもある。これもそのままである。このブログ・エントリーやコメントの残し方に、私は英メディアによるソーシャル・メディア活用の1つの特徴を見る思いがする。

 ケスラン=ジョーンズのような、組織のやり方への堂々とした批判は、言論の自由がここまで徹底されていることを示す。「時計の針は戻せない」というのは真実であり、この記者がこの点を指摘せずにお茶を濁す表現に終始したらば、ネット上のやり取りに長けた感覚を持った読み手は、この記者の矜持や報道の質を疑うかもしれない。ひいては、言論機関としてのBBCにも疑いの眼を向けるかもしれない。

 しかし、「言論の自由」というややお堅い言葉を持ち出すまでもなく、様々な言論が飛び交うネット上で持論を展開にするには、思わぬ事態の展開に超然として対処することが必要ではないかと思う。面の皮を厚くして、太っ腹でいることだ。この記者のブログのエントリーを見ていると、この太っ腹さを感じる。

 組織に所属する記者がソーシャル・メディアを試みる場合、太っ腹さの度合い、つまりは何をどこまで言うべきかが経験則で分かってくるのではないだろうか。多少の批判が寄せられても、こちらの方針や言論を撤回するほどのものなのか、スルーしても良いレベルのことなのかが見分けられるようになるのではないか。

 英国の記者によるソーシャルメディア利用の手法は、今後も試行錯誤で変わるだろうが、視聴者・読者が生息するソーシャル・メディアの世界に入ってきて、果敢に情報を発信する様子を見ていると、利用者の方を向いて、一緒にこの時代を走っている思いがし、心強い。(「Journalism」8月号掲載分より)

***

参考資料:

「ソーシャルメディア活用進む -英大手メディア、ガイドライン作り発信」(新聞協会報、2012年3月27日号、小林恭子著)
ガーディアン紙の規定:
http://www.guardian.co.uk/sustainability/media-responsibility-social-media-csr
BBCのガイドライン
http://downloads.bbc.co.uk/guidelines/editorialguidelines/pdfs/social-networking-bbc-use.pdf
http://downloads.bbc.co.uk/guidelines/editorialguidelines/pdfs/social-networking-personal-use.pdf
BBCのツイッター規定 http://news.bbc.co.uk/1/shared/bsp/hi/pdfs/14_07_11_news_official_tweeter_guidance.pdf
公式アカウントを持つBBC記者の一覧
http://www.bbc.co.uk/news/help-12438390
by polimediauk | 2012-09-11 15:12 | ネット業界
 近年、あっという間に利用者を伸ばしているソーシャルメディア。既存メディアとの関係はいかにー?日本のみならず、各国で議論が続いている。

 朝日新聞の月刊メディア誌「Journalism」(8月号)  「http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=14106 の中の「ソーシャルメディアが記者を変える」という特集向けに、英メディアの状況について書いた。以下はそれに若干付け足したものである。長いので2つに分ける。

 尚、このテーマに関心のある方は8月号を実際に手に取られることをお勧めしたい。米国の例や、朝日新聞のソーシャルメディアエディターの話が出てくるからだ。

***

スクープはツイッターから生まれる
 ー英記者たちの太っ腹SNS活用法



 英国の大手メディアに勤める記者の間で、ソーシャル・メディアを使っての情報発信が活発化している。

 「ソーシャル・メディア」には数多の種類があるが、英語圏では、実名を基本とする友達同士の交流サイト、フェイスブック、140字で情報を伝えるツイッターが特に人気が高い。双方向性を持つ情報発信ツールとして、日記型ウェブサイト、ブログも相変わらず盛んだ。

 この中で、記者たちの日々の業務の中で欠かせない存在になっているのが、ツイッターやブログだ。本稿ではその活用の背景や具体例を紹介したい。

 記者のソーシャル・メディア活用について、日本の複数のメディア関係者と話す機会が何度かあったが、懸念を表明する声が多かった。不用意な発言によって「炎上しては困る」、「何故わざわざお金と時間を投資する必要があるのか」という2つの視点を指摘された。英国の事例が解明への糸口となればと思う。

―今やすべてのメディアがデジタルコンテンツ提供者

 英国の記者にとってツイッターやブログが必須となっている背景には、デジタル化、ネット化の進展がある。全国紙の毎月の発行部数は前年同月比で数パーセントから二ケタ台の減少が常態化している。その一方で新聞社のウェブサイトのアクセス数は上昇の一途をたどっている。

 放送業界では、公共放送BBC、民放ともに、過去1週間の間に見逃したテレビ番組をテレビ受信機、PC、携帯機器(スマートフォン、タブレット端末など)などで無料で再視聴できるオンデマンド・サービスが普及している。

 複数の調査によると、英国は欧州の中でも、スマートフォンの普及率が最も早い国だ。

 放送通信庁オフコムの「国際通信市場リポート2011」によると、スマートフォンの所有率は成人の半分(2010年時点)だ。調査会社エンダース・アナリシス社は、2015年までにこれが75%に上昇すると予測している。ソーシャルメディアのサイトを訪問したことがある人は79%で、18歳から24歳に限ると92%に上昇する。

 広告もネットに移動しつつある。2011年の媒体別広告費(英広告協会発表)を見ると、その30%がインターネットで、これにテレビ(26%)、新聞(24%)が続いた。

―24時間報道体制の確立で、記者はいま、競争真っ只中に

 英国のテレビ局とはもはやテレビ受信機に番組を送信するだけの存在ではなく、新聞も紙媒体を印刷・配布するだけの存在ではない。全てのメディアが、デジタル・コンテンツの提供者となり、利用者と広告主がいる場所に向けて、サービスを展開している。「何故ソーシャル・メディアに参入するのか?」のシンプルな答えは、「利用者がそこにいるから」だ。

 デジタル化、ネット化で、記者が置かれている環境も様変わりしている。その具現化が24時間の報道体制だ。

 現在、デジタルテレビを設置している家庭では24時間のニュース専門チャンネルとしてBBCニュース、衛星放送のスカイ・ニュース、米CNNと少なくとも3つあり、デジタル契約によっては、これに中東の衛星放送アルジャジーラ英語、英仏他数ヶ国語で放送するフランス24、欧州を拠点とするユーロ・ニュースなどが加わる。こうしたチャンネルの大部分がネットでも同時放送を行っている。

 BBCのニュースサイトが動画を豊富に使って常時ニュースを発信し、新聞社サイトも速さの戦いに参加する。元祖24時間メディアとも言えるラジオにソーシャル・メディアを加えると、24時間、ニュースが、複数のプラットフォームを横断しながら飛び交い、増幅している。

 記者は「誰よりも早く」、「質の高い情報を発信する」競争の真っ只中に置かれている。複雑な編集プロセスを経ることなく、あっという間に短文情報が出せるツイッターが、非常に便利なツールとしてもてはやされるようになった。

 ツイッターあるいはブログを使って、英国の記者が「xx(媒体名)社のxx(個人名)」という形で情報発信をするとき、その中身は、自分が担当する分野のニュースについての自分なりの見立て(解説、分析、感想)、実況(事実を時系列に発信)、キュレーション(他媒体からの情報も含めて選別・集積して、流す)、情報交換(他媒体の記者あるいは情報の受け取り手との間で)、取材(取材対象を募るなど)、後で本格報道をするための予告、スクープ報道などになる。記者として情報発信をする以上、ツイッターやブログはあくまでもジャーナリズムのツールだ。

―大手銀行の資金難を暴いたBBCペストン記者の場合

 ソーシャル・メディアの巧みな使い手として真っ先に名前が上がるのがBBCのロバート・ペストン記者(@Peston)である。近年、経済ニュースで次々とスクープを出している。2007年9月、住宅金融が主力の中堅銀行ノーザン・ロックの資金難を報道して注目を浴びた。同行が英中央銀行から緊急融資を受け入れることになったと報じ、これがきっかけとなって英国で過去150数年で初の取り付け騒ぎが発生した。

 08年9月には、住宅金融に力を入れてきたHBOS銀行が大手銀ロイズTSBと合併を進めていることスクープしたが、午前の9時の第一報を同時に伝えたのは、BBCのニュースサイト内に設けられた自分のブログとニュース専門局での報道であった。

 1日の中で最も重みがある、BBCの午後10時のニュースでスクープを報道すれば、この情報に触れる人は格段と増える。しかし、報道の速さを最優先する場合、ライバルに先を越される前に情報をしかもブログで出せば、「BBCが」そして「BBCのペストン記者が」このニュースを真っ先に出したという事実を確実に残せる。ほかの媒体は「BBCが」という形で報道を行うことになり、BBCのそして記者の価値は上がる。

 英メディア界の編集幹部がメンバーとなる「編集者協会」の08年の年次大会に出席したペストン記者は、ブログでも、番組放送時同様に「事実関係の確認をし、きちんとしたものを出す」、「ブログだからといってジャーナリズムの基準を変えていない」と語っている。

 ペストン記者は現在も、週末をのぞくほぼ毎日、担当する経済ニュースに関わるブログを書く。ブログの内容はBBCのニュースサイトの第一報記事などに、補足・解説として紹介される。14万人余のフォロワーを持つ同記者のツイッターはメディア界で最も信頼されているアカウントの1つである。

―ブログを書き、同時につぶやく 合間にニュース番組に出演

 具体的な報道の例を見てみよう。

 6月末、英大手銀行バークレイズが、ロンドン銀行間貸し出し金利(Libor)の設定で不正操作を行ったなどの件で、英米の金融監督当局から合計2億9000万ポンド(約360億円)の罰金の支払いを命じられた。これを受けて、まずエイジアス会長が辞任を発表し、今度は最高経営責任者ボブ・ダイヤモンドの去就に耳目が集まった。

 ダイヤモンドの辞任報道が出回ったのは、7月3日の午前8時頃。ペストンは8時22分に「ダイヤモンドは議員たちに追われた。(この事件についての)調査委員会が立ち上がれば、自分に世間の注目が集まり、銀行を改善する時間がないと思ったのだ」とツイートした。8時50分ごろには、BBCのニュースサイトに、「ダイヤモンド辞任」のコーナーが立ち上げられる。2人の記者が短いテキストを交互に投稿する形で、辞任に関わるニュースが時系列につづられてゆく。10時8分、ペストンは「議員らと株主に押され、ダイヤモンドは辞任に追い込まれた」とする見出しのブログ記事をアップし、その約30分後に、自分のブログへ誘導するアドレスを載せたツイートを発信している。

 同日、エイジアス会長にインタビューしたペストンは、ツイッターで「いま、エイジアス会長にインタビュー。ボブ・ダイヤモンドに対し、中銀総裁マービン・キングが辞めるよう言ったのかどうかについては言明せず。ダイヤモンドの『個人的決断だった』とだけ言った」とつぶやいた。これが午後5時過ぎである。ウェブサイトにインタビューの模様がアップされたのは午後6時頃。ツイッターやブログへの投稿、ウェブ上への動画アップロード、合間に出演するニュース番組内での報道を組み合わせながらの働きぶりとなった。(続く・ほかのメディア組織の具体例や方針とは?)
by polimediauk | 2012-09-11 02:01 | ネット業界
 「パワー・フットボール」(車椅子サッカー)でスポーツを楽しむ人たちの様子を、見学してみませんか?そして、あなたもボールを蹴ってみませんかー?そんなお誘いのメールをロンドン・グリニッチ特別区のボランティアからもらったのは、先週のことである。

 サッカーは子供の頃、雪のグラウンドで、そして体育館の中で遊んだ以来、随分とやっていないが、スポーツが不得手の私でもそれなりに楽しんだ思い出がある。

 時はパラリンピックである。グリニッチは、オリンピックとパラリンピック競技の開催場所を提供する特別区の1つだ。主催者によれば、「車椅子サッカーはもう少しで2016年からパラリンピックに入るはずだったのに、惜しいところで逃した」競技だという。

 ウィキペディアによると、車椅子サッカーは、2007年に初のワールドカップが東京で開催された。昨年秋にはフランスで、日本を含む世界10カ国が集まり「第2回FIIPFAワールドカップ2011」が行われた。

 先日、ロンドン南東部グリニッチに足を伸ばし、車椅子サッカーの根城のひとつ、ウールリッチにある「ウオーターフロント・レジャー・センター」に出かけてみた。

 広いレジャー・センターの体育館の1つでは、既に数人が車椅子サッカーを始めていた。オリンピックとパラリンピック専用の赤茶色のユニフォームに身を包むレフリーは自閉症の女性だ。障害者用競技のレフリーとしての資格を持つ。回りでボールを追う選手のそれぞれも、視覚や足腰に障害を持つ。小学生から大人までと年齢は幅広く、男女の混成チームだ。

c0016826_23235130.jpg 選手の家族が外で見守る中、ひときわ元気のよい掛け声をかけていた小柄な女性は、シャロン・ブロークンシャーさん。元小学校の障害者クラスの先生だ。学校が閉鎖されたことをきっかけに早期退職し、学習障害など障害を持つ子供たちを対象とするサッカーの選手権「サウス・ロンドン・スペシャル・リーグ」の創設に奔走した。「障害があるからといって、スポーツができないなんて、ナンセンス」と思ったからだ。

 しかし、実は大人だってスポーツを楽しみたい、そして身体に障害があってもトライしてみたいーそんなフィードバックを得たシャロンさん。今度は米国で盛んな「パワー・サッカー」を広めようと活動を開始したのが数年前である。実際に障害者がグリニッチで車椅子サッカーを試すことができるようになったのは、3年前だ。

 現在では全国レベルの車椅子サッカー選手権に選手を出すまでとなった。

―意外と、動きは早い

 このサッカーで利用する車椅子は電気で動くようになっており、速度を選択できる。右手にある黄色い球の形のレバーを左右、上下にたくみに動かすことによって、さまざまなやり方でボールを「蹴る」ことができる。私も乗ってみた。最も遅い速度にしてもらったが、結構速く、思い切ってレバーを引いて壁に当たらないかとひやひやした。同時に、力いっぱい突進してボールを飛ばしたい思いにもかられた。競争心がぐっと出てくるのである。

 「これは『障害者のためのスポーツ』じゃないんです。一義的にはスポーツなんです。やっているのが障害者であるだけです」とシャロンさん。

 しばらく練習風景を見た後で、別室で参加者やシャロンさんに話を聞いた。

c0016826_23162470.jpg
  

 シーア・フレンチ=ギベンズ君(13歳)とお母さんのビビエンヌさん。歩行が困難なシーア君によると、車椅子サッカーを始める前にできた運動といえば、リハビリ用に軽く体を動かすことだけ。「競争のために体を動かすことは一切なかった」という。サッカーは「思い切りできるし、汗をかく。やった後もすっきりする。こんなに楽しいことはないよ」。一緒にやる仲間ができたこともうれしいという。

 母親のビビエンヌさんは、2-3年前、息子が車椅子サッカーをやりたいと聞いて、「喜んで参加させた」という。「息子は随分と変わった。終わって帰ってくると、今日はどんな試合だったのか、誰が何をしたのかとか、たくさん話したがります。自分に自信もついたようです」。

 エマ・ロジャーズさんも車椅子サッカーをとても楽しんでいるという。「週に2回の練習は、かかさず参加するの」。

 グリニッチ特別区は障害者のスポーツ参加を推進するため、アーチェリー、スイミング、フィットネスクラブ、乗馬、バスケットボールなど複数のスポーツを楽しめるサービスを提供している。ロンドン全体を統括するグレーター・ロンドン・オーソリティー(東京都庁にあたる)やサッカー関係団体、慈善団体、そして特別区の予算が使われている。車椅子サッカー用の電気車椅子「パワー・チェア」を購入するための約4万ポンド(約500万円)もこうした複数の団体・組織がカバーしている。

 「とても悔しいのは、2016年のリオデジャネイロのパラリンピックの種目に車椅子サッカーが入らなかったこと。あともう少しだったけれど、カヌーが選ばれてしまったのよ」とシャロンさん。シャロンさんは先のサッカー選手権の設立と地元コミュニティーへの貢献を評価され、大英勲章第5位(MBE)を授与されている。

 車椅子サッカーをはじめとする、障害者用スポーツを支援する資金が大幅削減される可能性はないのだろうか?政府は現在、公的部門の予算の二ケタ台の削減を実行中である。

 グリニッチ特別区の議員によると、「もしそうなったら、何とか資金をかき集めたい」―。

c0016826_23253824.jpg パラリンピックでの日本人選手の活躍を追っているというカーロ・サルバトーレさんは、歩行と視神経に障害がある。車椅子サッカーに参加するとともに、障害者を対象にしたドラマや音楽のワークショップでコーチ役としての経験も積んだ人物だ。

 カーロさん自身に車椅子サッカーへの評価と今後を聞いて見た。

 「リハビリ用の運動がいいとされてきたけど、これは上から押し付けられる形をとっています。与えられた動きを追うだけです。でも、若い人が特にこのサッカーを好むのは、自分で動きが決められるからです。自分で考えて、動ける。これがなんと言っても大きいのです」

 「いろいろな能力を使います。例えばチームの中で、どう動くか、とか。これが大きな魅力です」。

―パラリンピックは障害者にとって、どんな影響があったと思うか?

 「非常にポジティブです。ステレオタイプを崩してくれますし」

 「私は、将来的にはオリンピックとパラリンピックが一緒に開催されるようになるのではないか、と思っています」

 「パラリンピックの能力ごとの区分けにも大分力が入っていますし、ここまで来たのですから、統合するのでは、と。広い意味でのオリンピック精神が、そのほうが十分に伝わると思います」

 「そして、ここではできる車椅子のサッカーは、英国中のどこでも気軽にできるようになるべきです。パリでは、少し前に車椅子のサッカーのワールドカップがあったんですよ。スポーツが知られるようになると、こんな風に発展します」

 「そのためにも、車椅子サッカーの存在そのものがもっと知られるようになればと思います。ここに来てサッカーをする人は素晴らしいと思う。みんなでこのスポーツを支えようとしています」

 「私は子供の障害者のための活動をやっていますが、さまざまな能力の人を社会の中に取り込んでいこうとするインクルーシブな運動には、大賛成ですね」

 「つまるところ、人に力を与えることだと思うんです」。カーロさんによれば、原動力になるのは、グラスルーツの動きだという。

 グリニッチがうらやましいなあと思いながら、レジャーセンターを出て、最寄り駅「ウールリッチ・アーセナル」まで商店街を通りながら、戻った。
by polimediauk | 2012-09-08 23:17 | 英国事情
 朝日新聞の月刊メディア雑誌「Journalism」9月10日発売号が、「安全・危険をどう伝えればいいか」を特集している。

 目次は以下。

特集:安全・危険をどう伝えればいいか


◎[対談]安全・安心をどう報じるか
科学的事実と社会心理の葛藤

武田 徹(評論家)×高橋真理子(朝日新聞編集委員)


◎「放射能と食」をめぐる報道
判断のモノサシとなる情報を提供

大村 美香(朝日新聞編集委員)


◎福島から見る低線量被曝報道
議論の前に姿勢を明らかにせよ

藍原 寛子(ジャーナリスト)


◎放射線リスクをめぐる混乱と課題
――低線量、内部被曝、子ども、合意形成

甲斐 倫明(大分県立看護科学大学理事/人間科学講座環境保健学研究室教授)


◎リスク情報を伝えるために
メディアが知っておくべきこと

中谷内 一也(同志社大学心理学部教授)


[メディア・リポート]

◎新聞

裁判所に取材源を明かした
日経の原則無視とメディアの鈍感

藤田 博司(ジャーナリスト)


◎新聞

元兵士たちの「最後の証言」
「8月の定番」を超えた重みと手応え

小島 一彦(中日新聞社編集局編集委員)


◎放送

日本のテレビ局は
なぜ反原発の動きを報じ損ねたのか?

金平 茂紀(TBSテレビ執行役員=報道局担当)


◎ネット

あなたの点数はいくつ?
ネット上の影響力を表すクラウトスコア

小林 啓倫(日立コンサルティングシニアコンサルタント)


◎出版

ここまで来た書籍のデジタル化
今こそ欲しい「紙の本」への想像力

福嶋 聡(ジュンク堂書店難波店店長)


[海外メディア報告]

英ガーディアン紙が実践する
オープン・ジャーナリズムって何?

小林 恭子(在英ジャーナリスト)


[新人記者のための「めざせ! 特ダネ」講座]最終回

〈ベテラン時代=挑戦編〉

「介護タクシー」と老画家の大作
覚悟と迫力に「慢心」を打たれる

井口 幸久(西日本新聞社編集委員)


[カラーグラビア]

プノンペン郊外 緑のトタン屋根の並ぶ村で

高山 剛(写真家)


[ジャーナリズムの名言]

別府 三奈子(日本大学大学院新聞学研究科・法学部教授)



朝日新聞全国世論調査詳報

2012年7月定例RDD調査


 この中で、海外メディア枠で、私は、ガーディアン紙の「オープン・ジャーナリズム」について寄稿した(安全・危険特集外)。これは、読者からのインプットを積極的に導入して、ジャーナリズムを作っていこうという試みだ。

 多少、ガーディアン紙のマーケティング戦略という面がある「オープン・ジャーナリズム」なのだが、詳しくみると、目からウロコ的に教えられることが多かった。幾分大げさに言えば、世界はオープン・ジャーナリズムの方向に進んでいるのは間違いない感じがする。

 もしどこかでお手にとられたら、めくってみていただけたら幸いです。
by polimediauk | 2012-09-07 20:07 | 新聞業界
 8月末、王位継承権順位で第3位の「ハリー王子」ことヘンリー王子が、ラスベガスのパーティーで裸身をあらわにした写真を米ウェブサイトが掲載した。これを機に、ネット上ではハリー王子の裸の写真が一斉に流れたが、当初、英国の大手新聞各紙はこの写真を紙版はおろか電子版でも掲載しなかった。国内で掲載の先陣を切ったのは大衆紙サンであった。サンは「報道の自由」の一環として掲載を決定したと説明した。ハリー王子の写真掲載をめぐる動きをまとめてみた。(「英国ニュース・ダイジェスト」http://www.news-digest.co.uk/news/ 最新号掲載分に補足。)

***

ヘンリー英王子の裸の写真がお騒がせ事件に ―「報道の自由」? 

 五輪の余韻がまだ残る8月末、英国民は大きな衝撃に見舞われた。

 ゴシップ記事が満載の米国のウェブサイト「TMZ」が、英国の王位継承順位第3位のヘンリー王子(=ハリー王子)の裸の写真を、22日早朝(現地時間は21日夕方)、掲載したのである。ラスベガスでの友人たちとのパーティーのひとコマで、1枚は股間を手で隠して裸で立つ王子とその後ろには裸らしい女性の姿が映っていた。もう1枚では、後ろ向きになっている裸の王子がもう一人の裸の女性を後ろから抱きしめていた。裸の写真はインターネット上のさまざまなウェブサイトに再掲載された。

 ネット上では誰でも見れる写真だったが、BBCや主要新聞を含む英国のメディアはTMZによる掲載を報道する一方で、実際の写真そのものは掲載しなかった。

 22日午後、写真提供会社スプラッシュ・ピクチャーズがメディアに連絡を取り、王子の写真を買わないかと声をかけだした。王室はこの写真が本物のハリー王子のものだと認めたものの、掲載をしないよう要請した。報道苦情委員会(PCC=メディアの自主規制団体)も、掲載すれば個人のプライバシー侵害にあたると各紙に伝えた。

 各メディアは個々の判断で掲載しないことを決めた。現在、大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(昨年廃刊)での電話盗聴事件をきっかけに、新聞界の倫理と慣習を見直すための調査をレベソン委員会が行っている。この委員会の存在が「報道自粛」につながったという見方もある。

 大衆紙サンは社内のスタッフを使って、写真の中のハリー王子と女性と同じ格好をさせ、この写真を8月23日付1面のトップにした。一瞬、本物のハリー王子ではないかと錯覚させた。

 翌日、サンは掲載には「公益性がある」、「報道の自由の問題だ」とし、今度は本物の写真を1面に載せた。掲載にあたり、サンは編集幹部による動画を作り、「すでにインターネット上ではこの写真が出ている。紙のサンを読む約800万人の読者に機会を与えたい」と掲載理由を説明した。

 サンによる写真の掲載後、PCCに対し、850件に上る苦情が殺到した(補足:9月上旬時点では約3800件)。サンを発行するニューズ・インターナショナル社の親会社の会長ルパート・マードックは「英国には自由なプレスがないことを示したかった」とツイートでつぶやいた。

 ジェレミー・ハント文化・メディア・スポーツ大臣(当時)は、サンの報道に「公益があったとは個人的に思えない」が、「政治家が新聞の編集長に何を掲載するかを指図するべきではない」と述べた。

 写真の掲載について、政治家の中でも意見が分かれた。「王子は税金を活動の原資としている、だから写真の掲載には公益性があった」、「公益や報道の自由の問題ではない。すべて金が理由だ」など。王子の警備体制に不備があったと指摘する評論家もいた。

 ハリー王子は以前にも、仮装パーティーでナチの制服を着て参加し、ひんしゅくを買ったことがある。チャリティー事業に熱心に参加し、軍人としてのキャリアも積むハリー王子だが、今回の件で評判に傷が付いた。しかし、複数の世論調査では、プライベート空間で羽目をはずしたハリー王子に「好感を抱く」と答える人が大部分だ。

 今回の事件は、インターネット時代、王室の一員でも私的な情報を門外不出とするのがいかに難しいかを示した。また、日本人にとっては、王室の情報がここまで公にされてしまうこと、王子への国民的な好感度が依然として高いことなど、英国は日本と比較して随分とオープンな国であることを感じる事件であったともいえよう。

 9月4日、ハリー王子は、難病の子供とその家族を支援する団体が主催する賞の授賞式典に出席した。写真流出後、初めて公の場に出たことになった。

 王子はあいさつで、「人前に出るのを恥ずかしがってはいけません。私は思い切ってそうします」と言って来場者を笑わせたそうだ。

 その前日には、エリザベス女王の次男アンドリュー王子が、慈善団体の募金集めのため、ロンドンの高層ビル「シャード」の外壁をロープを使って降りる行為に挑戦した。その高さは310メートルほどで、欧州で一番高い高層ビルといわれている。7月、外壁の工事が完成したばかりだ。

 私はこの様子をテレビで見ていたが、本当にすごいなあと驚嘆した。アンドリュー王子が壁を垂直に降りる姿を見ていると、ハリー王子の「へま」のイメージが、次第に消えていく思いがした。


―ヘンリー(ハリー)王子のプロフィール

 正式な名前はヘンリー・チャールズ・アルバート・デイビッド。通称ハリー王子。父チャールズ皇太子と母故・ダイアナ妃の次男として、1984年9月15日生まれ。27歳。王位継承権順位第3位。陽気で楽しいことが好きな人物として国民から慕われている。年少時からタバコやお酒に手を出し、10代半ばでアルコール依存症で治療を受ける。勉強嫌いのため、2005年、サンドハースト王立陸軍士官学校に入学。卒業後は近衛騎兵連隊に所属した。2007年末からアフガニスタンで航空管制官としての任務を遂行。アパッチ軍用攻撃型ヘリコプターの操縦士。スキーやサッカー、ポロなど、スポーツ好き。チャリティー支援も熱心で、兄ウイリアム王子とともに2009年、慈善団体を立ち上げた。パーティーでの行きすぎた飲酒や悪乗りが乱闘騒ぎに発展したことも。ジンバブエ出身の恋人チェルシー・デービーとの交際が2007年頃に破局となった。結婚の気配はない。


―世論調査

*ハリー王子の行動を容認できますか?
はい:68%
いいえ:22%
分からない:10%
(YouGov調査、8月23日、24日)

*サン紙がハリー王子の裸の写真を掲載したのは正しい行為だったと思いますか?
はい:25%
いいえ:61%
分からない:14%
(YouGov調査、8月24日)

―関連キーワード:

Succession to the throne:王位継承、王位を王位継承者に譲ること。英国では王位継承にかかわる法律で定められ、国王の直系子孫、男子優勢、長子先継、プロテスタント信仰であること、カトリック信徒と結婚した場合は継承権を放棄などの条件がある。エリザベス女王の後、現在の継承順位は1位が長男チャールズ皇太子、2位が皇太子の長男ケンブリッジ公・ウィリアム王子、3位が次男ヘンリー王子、4位がヨーク公アンドリュー王子(女王の次男)、5位がベアトリス王女(アンドリュー王子の長女)など。法律は一部改正中で、近い将来、男子優勢の廃止、カトリック教徒と結婚しても継承は可能となる。ケンブリッジ公爵夫妻に女の子が生まれた場合、エリザベス女王の次の女性君主誕生の可能性がある。
by polimediauk | 2012-09-05 19:05 | 英国事情
 パラリンピックの熱い戦いが続いている。担当放送局となったチャンネル4が視聴者を大きく伸ばしている。チャンネル4の歴史にとって、画期的なイベントになった。

 先駆けて行われたオリンピック(五輪)の英国での報道振りを、月刊誌「新聞研究」9月号に書いた。
http://www.pressnet.or.jp/publication/kenkyu/120831_1845.html 「ロンドン五輪から吹くデジタルの風」特集の1つである。以下は筆者の原稿に若干補足したものである。

 なお、日本人選手の活躍を英メディアがどう報じたかは、以前にもツイッターで紹介したが、駐日欧州連合代表部の公式ウェブマガジン「EU マグ」 に書いている。http://eumag.jp/behind/d0912/

 この記事で、特に注意を喚起したいのが、「多国選手にかかわる記事は、あくまでも、たくさんある中の1つ」であるということ。これは通常の日でも同じなのだが、日本について英メディアで大きく報道することは、先日の震災を場合をのぞき、ほぼないのが現状だ。

***

ソーシャルメディアの利用拡大 -英国の五輪報道 現地リポート

 夏季五輪の開催地としては3回目になるロンドンで、7月27日から繰り広げられたスポーツの祭典が8月12日、終了した。

 英国内の五輪への反応とメディア報道の様子をリポートしてみたい。

―消えたしらけ感

 2005年の招致決定から開催直前まで、英国民の中で五輪への盛り上がりに欠ける時期が長く続いた。

 予算超過で税金負担が増えることへの懸念、競技場が建設されるロンドン東部の再開発というもう1つの目的実現への疑問、開催中は国内が五輪一色になってしまうことへの嫌気などがあったといわれている。

 しらけ感が怒りに変わったのは、開始前に発覚した一連の不祥事であった。会場近辺の警備を担当した警備会社G4S(ジー・フォー・エス)が間際になって約束していた人員数を調達できなくなり、急きょ、数千人の兵士を警備支援に手配せざるを得なくなった。開催10日前には、サッカーのチケット50万枚が売れ残り、販売中止・回収の憂き目にあった。

 大きな変化が起きたのは、7月27日の開会式のテレビ放映であった。映画監督ダニー・ボイル(「スラムドッグ$ミリオネア」など)が演出した、3時間強にわたる式典には「驚きの島」というタイトルがついた。イングランド地方の田園を模したセットで始まり、産業革命から、国民健康保険制度の開始、ポップ音楽の隆盛など、英国の歴史を切り取って見せた。圧巻は見事な聖火台の出現だった。花びらの形をした複数のしょく台に聖火で火をともすと、これが見る見るうちに垂直上に立ち上がり、1つの聖火台に変身した。夜空に広がる大量の花火が後に続いた。

 国内で2700万人が視聴したこの開会式の様子を翌日の新聞各紙は絶賛した。「黄金色の驚き ーさあ、競技を始めよう」(サン)、「英国が最高の状態を見せた -ロンドン2012の幸福で素晴らしいスタートだ」(デイリー・エキスプレス)、「驚きの夜」(ガーディアン)など。

 当初、会場内で空き席が目立つ点などが問題視されたものの、英国の選手が次々とメダルを獲得すると、悲観論は一気に消えた。BBCテレビの著名司会者で、皮肉屋として知られるジェレミー・パックスマンが「もう誰も英国を(スポーツが)だめな国とは思わない」と題するコラムを執筆するほどだった(サンデー・タイムズ、8月12日付)。

―圧倒的な力を見せたBBC

 五輪報道で圧倒的な強さを見せつけたのは公共放送BBCであった。前回の北京五輪では493人のスタッフが報道を担当したが、今回は765人に増加。「本格的なデジタル時代の五輪」とロンドン五輪を位置づけ、「一瞬も見逃さない」をキャッチフレーズに全競技の生放送を試みた。

 具体的には、メインのチャンネルとなるBBC1と通常は若者向けチャンネルBBC3を五輪専用チャンネルに設定し、追加で、新たに24の五輪専用チャンネルを設けた。合計26のチャンネルで、約2500時間に相当する競技の様子を生放映した。

 有料テレビサービスの契約有無によってはすべてのチャンネルをテレビ受像機で視聴できない家庭もあったものの、BBCスポーツのウェブサイト上ではすべてが視聴可であった。かねてより番組の再視聴サービス(BBCアイプレイヤー)はよく利用されてきたが、五輪放映では生中継中の動画の巻き戻しも可能で、まさに「見逃さない」形になった。

 BBCの生放送はスマートフォンやタブレット型機器などさまざまなプラットフォームでも同様に視聴可能で、通常のBBCのサービス同様、無料で利用できた。BBCによる五輪放送は、今後の大きなスポーツイベントの放送における一つの標準を作ったといえよう。

 一方、新聞界は、当日の競技の様子はネットで、翌日の紙面では競技を振り返り、その日の観戦を補助する情報を伝えた。

 ロンドンの朝刊無料新聞「メトロ」は通常平日発行だが、五輪開催中は毎日発行に変更。五輪公式スポンサーとなったアディダスによる特製紙面が、新聞を包み込む形(通常は広告が新聞の中に挟みこまれているが、これが逆になっている)、すなわち「カバーラップ」を使って、五輪ムードを出した。

 ほとんどの新聞が五輪競技のニュースのみを集めた別冊を連日発行し、その日にどこに行けばどんな競技が観戦できるかや五輪チャンネルの放送予定を特集面で紹介した。

 各紙は五輪専用の取材チームを立ち上げ、高級紙では最も発行部数が多いデイリー・テレグラフの場合、外部のコラムニストの起用も含めて200人を配置したという。英国の全国紙の編集スタッフは大手でも数百人であるため、200人がいかに大きな数字かが分かる。

 紙面制作で各紙が腕を競い合った例の1つが1面の写真と見出しだ。英紙は見出しに語呂合わせなどの言葉遊びをよく行う。無理な駄洒落になる場合もあるが、思わずにやりとさせるものが多い。メダルを獲得した選手の姿のみを1面に大きく載せ、これに一言か二言の短い見出しをつけるのが定番となった。

 ウェブサイト上では五輪特集のスペースをトップに配置し、「ライブ・ブログ」という形で競技の様子を配信した。「ライブ・ブログ」というのは放送で言えば生放送(=ライブ)にあたり、今起きているイベントを現場からあるいはテレビ画面などで追っている記者が短文で記録してゆく形を取る。必要に応じて同僚記者のあるいは一般市民の関連ツイートや、他のニュース媒体の関連情報も入れてゆくという、「キュレーション」の手法でもある。

 ライブ・ブログの目玉は現場にいる記者からの生の情報になるが、記者の取材用にスマートフォンやiPadを持たせ、情報を入手次第ライブ・ブログ用に送信・表示できるコンテンツ・マネジメント・システムの採用も広がっている。

 ネットのインタラクティブ性を生かした工夫としては、地方紙を発行するニューズ・クエスト社は五輪競技場の地図と旅行を組み合わせたマップを作成した。それぞれの競技場の場所をクリックすると施設の説明が出るほかに、現在の交通情報やロンドン市内のレンタル自転車の利用状況などが分かる。ガーディアンは31人の英国選手の体を分析したガイドを作った。カーサーを選手の体のイラストに合わせると情報が表示され、クリックすると、動画が視聴できる仕組みだ。

ーツイッターの活用

 前回北京五輪(08年)と比較して、大きく発展したのがソーシャル・メディアの世界だ。国際オリンピック委員会も選手や関係者にソーシャル・メディアの利用を奨励した。

 英メディアが最も頻繁に利用するのが、友達交流サイトFacebook(ページを設け、ここから情報を発信したり、支持者を増やす)や短文投稿サイトTwitter(情報の送受信を行う)だ。特に後者はその即時性、情報発信のしやすさ、細切れに情報を出すことでまとまりのある原稿を作れることから、ジャーナリズムの1手法として重宝されている。

 今回の五輪では、左派系高級紙インディペンデントの米国駐在記者が、ツイッター社からアカウントの停止措置を受ける事件があった。

 問題となったのは同紙の米ロサンゼルス支局員ガイ・アダムス記者のツイートだ。五輪の米国での放送権は民放NBCが所有しているが、7月末の五輪開会式の模様をNBCは米国西海岸地域で生放送しなかった。録画放送が日本で言うところのゴールデンタイムに流れたのは、ロンドンでの生放送から6時間後であった。

 これをNBCの批判者たちは、「NBCは高額の放送権料を支払っている。ゴールデンタイムに放映すれば最大の広告収入が得られるので、故意に放送を送らせた」と解釈した。

 アダムス記者は放送遅延に義憤を感じ、NBCを「最低、強欲」、「完璧にろくでなし」などとツイートした。そして、自分のフォロワーに対し、NBCの五輪放送責任者の電子メールアドレス(局の公式アドレス)に抗議のメールを送ろうと呼びかけた。

 ツイッター社には、他者の個人および秘密の情報当人に許可なく流すことを禁じる規約があるという。一連のツイートに気づいたツイッター社側はNBCに連絡を取り、NBCがツイッター社にアダムス記者のアカウント使用停止を依頼。ツイッター社はこれを受け入れた。

 ツイッター界は一斉にこの措置に反発した。NBCの責任者のメールアドレスはあくまでも局の公式アドレスであって、個人的なアドレスではないのだ。「言論封殺だ」という声が出た。また、米ジャーナリスト、ダン・ギルモアは、ツイッターとNBCが五輪ビジネスで提携関係を結んでいることが裏にあるのではないか、と書いた(ガーディアンのブログサイト、7月30日付)。

 まもなくしてツイッター社は事の重大性に気づき、謝罪。アダムス記者のアカウントはまた使えるようになった。

 一連の経緯について、元ガーディアンのデジタル・メディア責任者で今は米大学で教えるエミリー・ベルは、ネット上の世論を無視して大手メディアが活動できなくなったことを示している、と書いた(ガーディアン、8月5日付)。

 デジタル技術によって、世界中に情報が伝わるようになった。ネット、あるいはベルが言うところの「第2の画面」(パソコン、携帯端末、スマートテレビなど、双方向性がある視聴プラットフォームの画面)は「決して受動的な体験ではなく、情報を共有し、第1の画面(テレビ受像機の画面)が提供できない不足分を満たす存在となった」。ロンドン五輪は、テレビ局が決めた番組予定にしたがってコンテンツを視聴する最後の五輪になるかもしれない、とベルは結んでいる。

 最後に、日本人選手にかかわる英報道について触れておきたい。全競技が放送されたため、フォローできたのは幸いだったが、競技終了直後の生インタビューがないため、歯がゆい思いをした。例えば、メダル獲得など素晴らしい成績を残した場合でも、BBCは選手が英国人ではない限り、生インタビューを行わない。たまに米国の選手が加わるのが関の山であった。金銀を外国人選手が取り、銅を英国人選手が取った場合、インタビューは銅獲得者のみという、ちぐはぐさがあった。

 人やサービスの国際化が進む中、英国でも各国の選手の動向に興味を持つ人は相当な数に上る。新聞も含め、いかに他国選手の情報を臨機応変に出すかには再考が必要だろう。

 そして、もし2020年に東京に五輪が招致された場合、BBCのように全競技を無料で生放送できるかどうか?新聞界では、記者が縦横無尽にツイッターで情報発信をすることが普通になっているかどうか?日本のメディア界にとっても、考える論点を多く残したロンドン五輪報道であったと思う。(終)




 








 
 
by polimediauk | 2012-09-04 19:27 | 新聞業界
(前回の続きです。)

ー今後は?

 現在のBBCの会長(企業では最高経営責任者にあたる)マーク・トンプソン氏は、パラリンピック終了後に退任することになっている。

 次の会長となるジョージ・エントウイッスル氏(現在、「BBCビジョン」というテレビ部門のトップ)は、どんなBBCを作るだろうか?

 BBCのメディア専門記者トーリン・ダグラス氏は、BBCニュース・サイトの7月4日付コラムの中で、新会長の課題を数点、挙げている。

 ①「幅広い視聴者のニーズを満足させる、かつ質の高い番組を作ること」

 ②「大幅予算削減にもかかわらず、レベルの高い番組を成功させること」

 ③「2017年以降の新たな特許状取得に向けて、準備を開始する」

 ④「急速に動く世界中のメディアおよびテクノロジー企業との競争の中で、今後5年間で重要となる技術に向けて歩を進める」

 ⑤「目減りする受信料収入と増大する商業部門からの収入とのバランスをどうするか」

 ⑥「世界の放送業界やテクノロジー企業から生え抜きの人材を雇用することが必要であるのに、BBC幹部の給与がトラストなどの判断で下がるばかりの現状をどう考えるか」など。

 ②の大幅予算削減だが、ダグラス氏はBBCの縮小策は「実質20%の削減」に等しいと見る。これではレベルの高い番組は作りにくくなるという。実際、年次報告書に目を通すと、いかに削減できたかの部分が前面に出ており、「ではいかにして、資金と人材が少なくなっても、より質の高い番組が制作できるか」の部分がほとんど見受けられなかった。

 「歯を食いしばって、がんばれ」とでも言うかのような報告書の文言に、筆者は将来のBBCの創造性に一抹の懸念を感じた。

 これは⑥にも関連する。「前任者の給与が高すぎた」という見方もできるが、トンプソン現会長よりも十数万ポンド低い給与で会長職を始めるエントウイッスル氏。いくら公共放送とはいえ、どこまで下に行くのかと心配にもなる。

 デジタル放送にますます力を入れるBBCが、例えば米グーグルなどのネット大手からトップクラスの人材を投入することが給与面の縛りからできないとすれば、最後には受信料支払い者、つまりは国民にとっても不利になるのではないか。

 ⑤で指摘された商業部門の成功は、競合他局からの羨望と批判の的だ。

 改めて、BBC全体の構成を収入面から見てみよう。

 事業収入は41億500万ポンド(約5159億円、9月1日計算)。内訳は国内公共サービス(主に受信料収入による)が36億600万ポンド、ワールドサービス(主に政府交付金、14年からは受信料収入でカバー)が2億7700万ポンド、商業活動収入(出版、番組販売など)が2億2200万ポンドだ。国内公共サービスが受信料凍結のために規模を縮小せざるを得ない一方で、商業活動は順調に売り上げを伸ばしている。

 商業活動はBBCの国内サービスの資金作りの1手法として使われており、BBC本体への「戻し」金額(2億1517万ポンド)は前年よりも18・5%増えている。受信料収入総額と比較すると微小だが、さらに拡大して行くようだと英放送業界で規模の面では最大のライバルとなる衛星放送BスカイBを含む商業放送からの批判がより高まるだろう。

 その一方で、いつまで続くか分からない受信料体制が崩壊したとき、BBCが将来的に自力で収益を出す道を余儀なくされた場合、世界の市場を相手にしたビジネスがBBCの生き残りを可能にするかもしれない。

 今後の数年間で、議論に上ってくるのは受信料体制がいつまで続くかであろう。

 前回も、特許状更新までの時期に、「受信料制度はもう必要ない」「有料契約制度で十分だ」という声が出た。「BBCの番組をほとんど視聴しないのに、なぜ受信料を払うのか」という不満だ。

―有料購読制は実現するか?

 BBCが受信料制度を捨てて、有料購読制に切り替える日がいつになるのかは不明だが、アイプレイヤーの成功や五輪のデジタル放送で、BBCはほかを寄せ付けないブランド力を示した。「BBCなら、有料購読してもいいから番組を見たい」-そんなファンが英国内外で増えているとしたら、受信料制度が無くなってもBBCは確実に生き延びるだろう。

***

―BBCにかかわる近年の動き

2007年:BBCトラスト、発足。新たな特許状(=「BBCチャーター)、活動協定書が発効。10年間有効。

4月:テレビ受信料のインフレ率との連動終了。

2010年5月:保守党、自由民主党による連立政権、発足

9月:ライオンズBBCトラスト委員長が任期満了後の辞任を表明。トラストが受信料の2年間の凍結を申し出る。

10月:政府が財政緊縮策の下、公的サービスの大幅削減を発表。10年時点の受信料を16年まで凍結することに。

12月:BBCの今後の戦略を決定するため、BBCトラストが「質を最優先する」と名づけた見直し作業を開始。

2011年1月:トラスト委員長がBBCの費用体系の見直し作業「質を優先して届ける」を経営陣に正式に依頼する。

5月:パッテン卿がBBCトラストの委員長に就任。

10月:経営陣が費用体系を見直すための提案書を出す。5年間で20%予算削減、2000人削減など。意見募集を開始(12月、募集期間終了)。

2012年1月:トラストが費用体系見直しについての中間報告を提出。トンプソンBBC会長の辞任の噂が流れる。

3月:トンプソン会長が秋の辞任を発表。

5月:トラストが最終報告書を発表する。

7月:BBCビジョンの担当役員エントウィッスル氏が次期の会長就任に決定。2011-12年度の年次報告書発表。

(資料:BBC)

―欧州諸国の受信料は?

 年次報告書に記載されていた、欧州各国の受信料(2011-12年)は、

 スイス*が317.7ポンド(約3万9500円、9月1日計算)

 ノルウェー*が277.94ポンド

 デンマーク*が264.27ポンド

 オーストリアが231.14ポンド

 フィンランドが210.7ポンド

 スウェーデンが194.58ポンド

 ドイツが180.22ポンド。

 英国は145.50ポンドで、これより低いのがアイルランドの133.65ポンド、フランスの104.41ポンド、イタリア*の93.55ポンド、チェコの52.48ポンド。

 「*」の数字は付加価値税分を含み、1ポンド=1.20ユーロとして計算されたものだ。

―BBCの受信料の使い道

 年間145・50ポンド(約1万8700円)の受信料は、月計算にすると、何にどれだけ使われているのだろうか?

 BBCの年次報告書によると、テレビに7.45ポンド(61%)、ラジオに2.04ポンド(17%)、オンラインに0.6ポンド(5%)、その他が2.04ポンド(17%)。

 (新聞通信調査会 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html が発行する「メディア展望」の筆者原稿に付け足しました。)

 
by polimediauk | 2012-09-03 05:40 | 放送業界