小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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(英議会でレベソン委員会の報告書についての声明を出す、キャメロン首相=中央=BBCのサイトより)

 大衆紙での大規模電話盗聴事件の発覚を機に、英国の新聞の文化、慣行、倫理について検証していた独立調査委員会(委員長の名を取って「レベソン委員会」)が、昨年秋からの調査を終えて、29日、報告書を発表した。

 犯罪行為すれすれの取材手法や度を越したプライバシーの侵害報道を2度としないように、という意味をこめて、キャメロン英首相がこの委員会を昨年夏、設置したので、報告書には、「今後、どうするべきか?」の提言が入っている。具体的には、「どうやって、新聞界の行過ぎた報道を規制するか」である。

 現在のところ、監督機関的な存在は、あえて言えば「報道苦情委員会」(PCC)だが、これは読者からの新聞報道についての苦情を受け付ける団体で、「規制、監督」的な機能はほとんどないといってよい。

 そこで、レベソン委員会が提唱したのは、新聞の報道水準を上げるために、新たな自主規制機関を作ること。設置は法令に基づくこと、と。

 法制化については、キャメロン首相は29日午後の議会討論で、懸念を表明している。

 ここ数日、あるいは数ヶ月、「どのような規制監督組織があるべきか?」について、活発な議論が交わされそうだ。

 報告書は全体で約2000ページの長いもの。概略だけでも50ページ近くとなった。

 要点は:

 新聞については

 「英国の新聞界はほとんどの間、非常によく機能してきた」

 しかし、電話盗聴事件やプライバシー侵害の報道が続いており、「新たな、厳しい監督組織が必要だ。ただし、これは法によって新聞界を規制することを意味しない」

 「新聞報道についての苦情を処理するために、裁定所を作るべき」
 
 「ネタを追う中で、一部の新聞は(守るべき)規定がまるでないかのように振舞ったことが何度もあった」

 「これが罪がない人々の生活に損害を引き起こし、権利や自由が踏みにじられてきた」。

 新聞界と政界の関係については

 「過去30年間、すべての政党が新聞界と緊密すぎる関係を維持してきた。これは公益ではなかった」

 新聞界と警察との癒着については

 「一部の警察関係者に問題となるような行動が見られたものの、警察内で汚職が広がっているという証拠はなかった」

 報告書の発表にあわせて、レベソン委員長は、午後1時半過ぎからロンドン市内でスピーチを行った。スピーチが終わり、集まった新聞関係者や委員会で証言を行った人々が会場から少しずつ出てきた。

 報道被害にあった犠牲者らを代表する弁護士は、会場近くで報道陣に囲まれ、法律に裏打ちされた独立報道規制機関の設置を高く評価したものの、「そんな機関の設置は難しい」「新聞界は行動を起こさないだろう」という意見も複数見受けられた。

 PCCの委員長で、PCCをベースにした新たな自主規制機関の立ち上げを提唱していたハント卿も否定的な見方をした一人。「法律で報道の自由を規制するのは、受け入れられない」。

 「法律で報道の自由を規制する、とは委員長は言っていないが」とBBCの司会者に指摘されても、「PCCを基にした機関の設置がよい」と主張した。

 発表後、議会ではキャメロン首相が報告書についての見解を表明。各議員による質疑応答が続いた。首相と大手政党の党首らは、1日前に報告書を受け取っているので、練った見解が出せるのである。

 首相は「報告書の原理を支持する」としながらも、「新たな法律の立法化には反対」と述べた。「そんなことになったら、まるで『ルビコン川を渡った』ような、元に戻れない事態になる」と表明。この「ルビコン川」という表現は、規制を嫌う新聞業界が良く使う。政治家、法律、国家の権力など、もろもろの大きなパワーの干渉には、英国の新聞界は常に反対の立場を取る。

 一方、与党保守党と連立政権を組む自由民主党党首ニック・クレッグ氏、野党・労働党のエド・ミリバンド党首は、法律に裏打ちされた規制監督機関の設置に前向きの姿勢を見せた。

 連立政権の中で意見が割れてしまった。次回の総選挙は2015年だが、クレッグ氏とミリバンド氏が意見をともにしたことで、これを一種の政治危機と見る人もいる。

―犠牲者の胸のうち

 メディア報道の中心は、「規制・監督機関がどうなるか?」だが、報道の犠牲者のことを忘れるわけにはいかないだろう。

 BBCのメディア記者トーリン・ダグラス氏は、BBCサイトのブログの中で、報告書から伝わってくるのは、「新聞報道への強い手厳しさ」だと書く。

 例えば、報告書は、新聞が「センセーショナルは報道をすることを最優先し、人にどんな悪影響があるかについて感知しない」として、ダウラー夫妻やマッカン夫妻の例を挙げた。

 補足説明をすれば、委員会設置のきっかけとなった電話盗聴事件は、大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(既に廃刊)で発生した。この新聞の記者がダウラー夫妻の少女ミリーちゃん(後に、誘拐、殺害されたことが分かった)の携帯電話の伝言を盗み聞いたことが分かっている。また、失踪した子供を持つマッカン夫妻の場合は、メディアに執拗に追われたばかりか、地元警察に犯人視された母親が苦しい心のうちを語った日記の内容を、本人が知らない間に紙面で暴露されてしまった。

 レベソン委員長のニューズ・オブ・ザ・ワールド紙への批判は鋭かった。

 「従業員がビジネスのために犯罪行為を働いたら、ほとんどの企業が驚愕するはずだ。ところが、ニューズ・オブ・ザ・ワールドはそうではなかった。警察が(後に逮捕される王室記者に)逮捕状を出したとき、同紙のスタッフが逮捕を阻もうとしたのである」。

 倫理に反する行為に従事していたのは、この新聞だけではなかった。「あまりにも多くの新聞のあまりにも多くの記事が、あまりにも 多くの人から苦情の対象になってきた。そして、新聞の責任、あるいは巻き込まれた人への影響という点から、ほとんど何も行われなかったのである」-。

 ダウラー夫妻の弁護士マーク・ルイス氏は、民放チャンネル4の取材で、「キャメロン首相が、法律に基づいて、新聞界を規制する組織を立ち上げる提案をそのままは支持しないといったので、がっかりした」と述べている。

―公益とは?

 さて、果たして新聞界はどんな動きを見せるだろうか?明日の新聞が楽しみになってきたが、注意したいのは、言葉の魔術だ。

 例えば、「公益」という言葉である。「公にとって良いこと」を普通は指す。少々手荒な手段を使っても、公益のために真実を探り当てるー。これは良いことであるに違いない。

 しかし、大衆紙のいいわけ的な常套句に、「たくさんの人が新聞を買っている=公益がある」とする解釈がある。「読者が関心があること=公益があること」という論理だ。すると、どんなに破廉恥なゴシップ記事でも、新聞が売れている、「読者が買ってくれている」、だから、「公益があるのだ」というわけである。詭弁?確かにそうであるが、まじめな顔でそういう記者や経営陣が結構いる。

 「新聞に法的規制を課したら、英国は言論の自由がない国になってしまうージンバブエのように」。これも詭弁ではないだろうか。簡単に、一斉に口を閉じてしまうような新聞業界ではないのだから。

 先にも書いたが、今後の議論の最大の焦点は、新聞の規制監督をどうするか?

 レベソン委員長は、「新聞業界がよく話し合って、業界から独立した規制・監督機関を作って欲しい」、これまでのような「報道の犠牲者が出ないように」とスピーチで述べていた。ただ、こういう機関の設置には「法的根拠があるべき」という立場。

 これを新聞業界は、「法律によって、新聞の報道の自由が大きく規制される、ルビコン川を渡るようなものだ」と主張しながら、強く抵抗する可能性がある。(実際に、28日昼のBBCラジオの番組で、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を発行していたニューズ・インターナショナル社のCEOがそう話していたのである。)

 経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のライオネル・バーバー編集長も、「報告書で新聞業界の醜さが出た、衝撃を受けた」とFTサイトの動画で語っているが、「法的規制の介入には懸念がある」と話している。

ー外国はどう見たか?

 報告書が出る前日の28日、BBCラジオの「メディア・ショー」が、在英外国メディアにレベソン委員会や法的規制について聞いている。外国メディア協会の会長は「報道の自由がある英国で、新聞の報道に法的規制がかかるようにもしなれば、大きな衝撃となる」、「世界には報道の自由があまりない国がたくさんある。英国の例を見て、早速、報道規制を強めようという国が出てくるだろう」と述べた。

 民放チャンネル4のニュース番組に、29日、出演したのが米国のジャーナリスト、カール・バーンスタイン。ニクソン元米大統領失脚につながる報道を行った、元「ワシントン・ポスト」紙の記者だ。

 「報道に法的規制をかけるなんて、大間違いだ」という。

 英国の新聞では「盗聴行為など、犯罪行為が行われていた。どうして逮捕し、罰しなかったのか?報道の自由を守るには、刑法をちゃんと行使して、違法行為を取り締まることさ」。

ーインターネットはどうする?

 新聞報道を検証したレベソン委員会の存在自体に古めかしさを指摘した人もいる。ガーディアンの元編集者の一人で、今は米国で教える、エミリー・ベルだ。レベソン委員会は「もう関係ない」というわけだ。

 インターネットで情報を収拾することが普通になった今、紙の新聞のあり方を云々すること自体が古いし、第一、どんなに新聞報道を規制しても、ネット界ではさまざまな情報が出てしまうのだ、と。

 確かに、英国の新聞業界の最大の敵は、発行部数がどんどんと減っていること。その代わり、ウェブサイトの利用者はぐんぐん伸びてはいるのだが。

 私自身は「いまやネットの時代なんだから、紙の新聞報道の規制云々を考えること自体がナンセンス」とは、まったく思わない。

 確かにネットオンリーの言論が無数にあるけれども、新聞が発信するネット情報も膨大だ。紙の新聞を手にする人はまだ多いし、市民が報道の犠牲になる場合、ネットが情報元である場合よりも、紙の新聞がそうであった場合が、圧倒的だ。

 放送局がニュース番組作るとき、参考にするのは新聞だ。新聞の調査報道は健在だし、スクープも多発している。言論全体で、「新聞自体が関係ない存在」には、まだなっていないのが現状だ。
 
 数百万あるいは数千万規模の人の目に毎日触れる言論について、そのあり方をしっかりと考えてみることには意味があるように思う。

 それでも、主として紙の世界でルールを課しても、ネットには出てしまう・・というのも事実だ。

 最近、英国では、ツイッター上で名誉毀損があったとして訴える人が目立つ。勝訴して賠償金を得る人も。ネット上での情報発信は、意外と発信者が判別しやすい。今後、人を傷つけるようなネット情報をどうするかに、ますます、関心が向くようになるだろう。
by polimediauk | 2012-11-30 07:16 | 新聞業界
 おとり取材や裏情報の買収で政治家や企業の不正を暴く一方で、有名人の私生活やスキャンダルをあの手この手で暴露する、英国の新聞界。無名の市民がいったん事件の容疑者になってしまったら、実名・顔写真入り報道は日常茶飯事だ。後で無実であることが判明したらー?それはもう「後の祭り」。汚名を着せられたままの人生となる。

 「報道の自由がある」と自負する英国の新聞界は、超パワフルだ。その論調によって総選挙の結果を左右できると見なされているために、政界ににらみを利かせられる。さらに、うっかりしたら私生活についての中傷記事を延々と書かれてしまう可能性があって、政治家にとっては怖い存在だ。

 そして、こんな新聞界の言論を規制する団体や特定の法律は、事実上ないにも等しい状態が続いてきた。検閲によって印刷物を規制した最後の法律は、17世紀末に失効している。

 しかし、29日昼に提出される報告書が、過去300年以上新聞界が享受してきた報道の自由を脅かすことになるかもしれないー。そんな懸念にかられた新聞界は、「法による規制、反対」という趣旨のロビー活動を白熱化させている。

 この報告書は、通称「レベソン委員会」がまとめたもの。「レベソン」とは、委員長となったレベソン控訴院裁判官の名前に由来する。昨年7月、キャメロン英首相が英国の新聞界の文化、慣習、倫理を検証するために設置した。

 そのきっかけは、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(News of the World)」(「NOW」紙)による、大規模な電話盗聴事件だ。

―ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙とは

 英国の新聞は、内容によって大きく2つに分けることができる。

 1つはタイムズ、ガーディアンなどの高級紙。これは日本でいうと、全国紙に当たる。もう1つが大衆紙(小型タブロイド版なので、タブロイド紙ともいう)だ。後者は、有名人のゴシップ、セックス、スポーツ記事などが中心で、高級紙の何倍もの部数で売れている。

 NOW紙は、日曜にのみ発行されている大衆紙で、日曜紙市場では英国でトップの部数を誇った。おとり取材や、スターの弱みを握り、その秘密を「告白」させてインタビュー記事を作るなど、ありとあらゆる手段を使って、スクープを飛ばした新聞である。

 しかし、大規模な電話盗聴事件が発覚したことで、昨年7月、168年の長い歴史を閉じ、廃刊となった。

 この盗聴事件、もともとは2005年ごろに発覚し、07年にはNOW紙の記者と仕事を手伝った探偵とが逮捕・禁固刑となっていた。しかし、当初思っていたよりもはるかに多くの盗聴行為が行われていたことが後になって、次第に分かってきた。

 2009年、ガーディアンの報道をきっかけに、捜査を広げるべきだという声が出たが、当時のロンドン警視庁幹部はこれを却下。NOWの当時の編集幹部や、発行元の会社の幹部も、「記者一人が関係していた事件」として、組織ぐるみではなかったと主張し続けた。

 新聞界の自主規制団体「報道苦情委員会」(PCC)もNOWや発行元の幹部の話を信じてしまった。

ーミリーちゃん事件で、山が動く

 盗聴事件が、国民の心を大きく動かしたのは昨年夏のこと。

 ミリー・ダウラーちゃんという14歳の少女が、2002年、ロンドン南部で失踪した事件があった。自宅でアイロンがけをする様子が、よくテレビのニュース番組の中で紹介された。多くの英国民がミリーちゃん失踪事件を長年記憶していた。

 昨年7月上旬、ガーディアン紙は、NOW紙の記者らが、このミリーちゃんの携帯電話の伝言メッセージを聞いていた、そして、古いメッセージを消していた、と報道した(後に、消していたかどうかは不明となっている)。メッセージが消されていたため、ミリーちゃんの両親は娘がまだ生きていると思い、望みをつないでいたのである。もしこれが真実だとすれば、プライバシー侵害どころではない。他人の電話の伝言を聞いていた、そしてことによったら伝言を消していたというのは、刑事事件の捜査妨害にもなりかねなかった。

 そこでようやく、警察が動き出した。国民の中に、「そんなことまでしていたのか!」という大きな怒りがわきおこった。もはや著名人の電話が盗聴されるレベルの問題ではなくなった。

 ガーディアン紙の報道によれば、さらに続々と盗聴例が出てきた。小学生女児らの殺害事件で、その家族の携帯電話を盗聴していた、あるいは、イラクに派遣された英兵の携帯電話にアクセスしていた、など。どの例も、国民の心をかき乱した。

 国民の怒りの急上昇振りに、NOWの発行元ニューズ・インターナショナル社は、何か行動を起こさざるを得なくなった。そして、ガーディアン紙の報道から数日後の7月7日、NOW紙の廃刊を決定した。電光石火の決断であった。

ー首相にも火の粉が

 キャメロン首相にも火の粉が降ってきた。

 というのも、2005年の盗聴事件の際にNOWの編集長だったアンディー・クールソン氏を、官邸の広報責任者として雇用していたからだ。ミリーちゃんの電話盗聴事件が発覚した頃までにクールソン氏は辞任していたけれども、雇用していたことで首相の判断に疑問符が付いた。その上に、7月8日、クールソン氏は、電話盗聴と汚職の疑いで逮捕されてしまったのである。

 窮地に追いこまれた首相が立ち上げたのが、レベソン委員会であった。NOWの盗聴事件のような違法行為が今後起きないように、新聞界の慣行や倫理を検証するのが目的だ。

 NOWでの電話盗聴事件を追うと、警察、メディア、政治家の癒着が浮かび上がってくる。

 例えば、なぜ警察が、初期捜査で一部の盗聴についてのみ、取り上げたのだろうか?2009年にガーディアン紙が盗聴は当初よりもはるかに大規模に行われていたと指摘した際に、なぜロンドン警視庁は再捜査を簡単に却下したのか?

 また、NOW関係者による「たった一人の記者が関係していただけ」という説明が、なぜ長い間、検証されてこなかったのかー?

 キャメロン首相の政治的なおよび個人的な関係にも、この事件は影を落とした。NOW紙の元編集長を官邸の広報責任者にしていたことは先に書いた。これに加え、NOW、および同紙と同じ発行会社が出している大衆紙サンの元編集長で、発行元ニューズインターナショナル社のCEOにまで昇進したレベッカ・ブルックス氏とキャメロン氏は個人的な友人同士でもあった。パワーエリートたちが、公私共にくっついている状況が見えてきた。

 また、ニューズ・インターナショナル社の親会社は米メディア複合企業ニューズ社だ。この会社のCEOはメディア王と呼ばれる、ルパート・マードック氏。マードック氏は、1970年代末のサッチャー保守党政権以来、英メディア界、および政界で大きな影響力を持つといわれてきた。

 とすると、例えば、マードックとキャメロンやほかの政治家とが癒着していたがために、電話盗聴事件が本格的に捜査されてこなかった、とも言えるのではないだろうかー?そんな風に思う人も出てきた。

 不十分な捜査を行ったロンドン警視庁では、マードック・メディアとの近すぎる関係に疑念が持たれ、当時の警視総監と、先に2009年の再捜査を却下した幹部とが辞任する事態にまで発展した。

 こうして、NOW紙での電話盗聴事件は、政界、メディア界、警察を巻き込む、大きな事件として認識されるようになった。

ー報告書が問題とするのは何か?

 昨年秋に始まり、今年夏に終了したレベソン委員会の公聴会には、プライバシー侵害の犠牲者となった著名人に加えて、新聞経営者、編集長、記者、私立探偵、放送業界経営陣、人権擁護団体の代表者など、190人近くが出席し、質疑応答を受けた。

 29日に発表される、委員会の報告書のポイントは、NOWでの盗聴事件のような、常軌を逸した報道が行われないようにするにはどうするかについての提言だ。具体的には、新聞界の規制の見直しである。果たして新法を立法化するのかどうか。

ー法的規制か、否か?

 この文章のはじめの方で、英国の新聞界を規制する法律が事実上ないと書いた。

 少々説明を補足したい。

 1930年代、当時の保守党党首スタンリー・ボールドウィンは、新聞界を「責任を持たない(果たさない)権力」と呼んだ。「まるで、売春婦のようだな」、と。

 ここでの「新聞」とは、当時の新聞王ビーバーブルック卿とロザミア卿が出していたデイリー・エキスプレス紙とデイリー・メール紙である(ちなみに、両紙は現在も健在)。この2つの新聞を使って、ビーバーブルックとロザミアは、保守党が大英帝国内での自由貿易政策を採用するよう、圧力をかけていた。

 英国の新聞界が最後に法的に規制を受けたのは、1694-95年ごろ。「印刷・出版物免許法」が失効し、2度と更新されることはなかった。これで当局の認可を得ずに出版物を発行することができるようになった。

 第2次大戦後、新聞界の巨大過ぎるパワーを抑えるためにいくつかの調査委員会が開かれたが、新聞界は常に「自主規制」で自分たちの力を維持してきた。

 現在、業界の規制団体として挙げられるのは「報道苦情委員会」(PCC)だが、これは基本的に、新聞の読者からの苦情を受け付けることと、業界内の倫理規定を決めるのが主な仕事だ。PCCへの参加は各新聞社の意向に一任されている。

 PCC設立のきっかけとなったのは、新聞のプライバシー侵害などの過熱報道に業を煮やした世論を背景として立ち上げられた調査委員会「カルカット委員会」(1991年、委員長のデービッド・カルカット議員の名前を取った)。2年後、委員会は、PCCが規制機関としては十分に機能していないとして、新聞報道の苦情を取り上げる裁判所の設置を推奨した。

 しかし、当時のメージャー政権はこの裁判所の設置まではいかず、1997年に発足したブレア政権も後回しにして、今日に至った。

 英国の新聞報道は、汚職、名誉毀損、通信傍受法など一般的な法律によって規制されているものの、新聞を保護するあるいは規制する特定の法律があるわけではない。

 例えば名誉毀損に値する報道があった場合、PCCに苦情を言っても、該当する新聞に小さな謝罪記事が出るのがせいぜいなため、裁判で解決する形になる。しかし、裁判費用が巨額となるため、訴えることができるのは著名人など一部の人に限られる。一般市民にとっては、泣き寝入りしかないのが現状だ。

 また、規制の話になると、一斉に徹底抗戦の様子を見せるのが英新聞界だ。規制といえば、「自主規制」しか、認めないのだ。

 やりすぎの報道があるにしても、「法的規制は必要ない」と考える政治家や一般市民、人権団体なども、実はかなり多い。まさに「報道の自由」に関わる問題だからだ。

 それでも、さすがにNOWでの盗聴事件以降、「今のままではいけない」という意識が新聞界にも共有されてきた。今回に限っては、何らかの新たな方法を導入せざるを得なくなってきた。

 特に、昨年秋からの公聴会で、報道被害にあった人々が次々と証言を行い、新聞界のマイナス面が大きくクローズアップされてしまった。何もしないでは済まされなくなってきた。

 小説ハリー・ポッターシリーズの作家JKローリングさん、歌手のシャーロット・チャーチ、俳優ヒュー・グラント、各新聞の編集長、記者、探偵、キャメロン首相をはじめとする政治家、警察関係者など、さまざまな人が証言を行った。その模様はレベソン委員会のウェブサイトでライブ中継された上に、その書き取ったものがサイトに後で掲載され、一種のドラマがずっと続いてきた。(つづく)
by polimediauk | 2012-11-29 08:37 | 新聞業界
 カナダ中央銀行のマーク・カーニー総裁が、来年から英中銀総裁に就任することが、昨日、発表された。英中銀の318年の歴史の中で、外国人を総裁として迎えるのはこれが初となる。世界中からベストの人材を集める「英断」として、英国ではおおむね高く評価されたが、果たして、カーニー氏の自国カナダではどう受け止められたのだろうか?

 カナダの全国紙「グローブ・アンド・メール」(27日付)に掲載された、2つの記事に注目して見た。

 1つはマイケル・ババド氏が書いた、「なぜ私がマーク・カーニーの出発に怒っているか」という記事だ。 http://www.theglobeandmail.com/report-on-business/top-business-stories/why-im-furious-over-mark-carneys-departure/article5723275/

 「普通、誰かが、より大きなそして給与の高い仕事に転職したら、これを祝福し、次に進むものだ」。しかし、「今回は違う」という。

 というのも、2008年にカナダ中銀総裁に就任したカーニー氏が「まだ7年の任期を終えていないのに、英中銀の総裁職を受けるという点を無視したとしても」、そして、「ほんの2-3ヶ月前に、カーニー氏が私たちに、決して、絶対に英国の仕事を引き受けないと約束した点を無視したとしても」、カーニー氏はカナダでの仕事がまだ終わっていない、これが「重要なことだぞ」、と書く。

 道半ばで、英国に自国の人材を取られてしまったという、悔しさが出ているような文章である。

 カナダは他国のような「最高にきつい不景気」を免れた。これはカナダ中銀に力があったともいえるけれども、今回に限っては、「この」人物がいたからなのだ、と力説する。

 ババド氏によれば、カーニー氏はカナダのこれまでの中銀総裁の中でも最高の人材であるし、英政府がカーニー氏に「ほとんどストーカーのように」手を伸ばしたのは、無理もない、という。

 しかし、カナダこそ、カーニー氏を必要としているのだ。

 ババド氏はOECDの数字を引用する。今年の経済成長率は2%、来年は「ほんの1・8%、2014年でも2・4%になる」。この数字だけを見れば、悪くないようにも思えるが、まだまだカーニー氏の助けが必要なのだ、とも言いたげだ。

 また、カナダ政府の統計によれば、失業率は今年で7・3%、来年は7・2%、14年には6・9%になる。「若者層だけに限れば、これが15%に上昇してしまう」。

 ババド記者は、英国経済の建て直しが「グローバル経済にとって必要だ」というカーニー氏の論理は理解できるし、英中銀総裁の職は、カーニー氏のキャリアにとって「大きな機会」(カーニー氏)であることも分かるという。しかし、カナダの経済をより安定した状態に引っ張ってゆく仕事は、個人の「野望よりも、もっと重要なのだ」と主張する。

 一方、同紙のワシントン支局記者ケビン・カーマイケル記者は「英中銀のオープンさがカーニーにとって課題となる」という記事を書いている。 http://www.theglobeandmail.com/report-on-business/economy/economy-lab/boes-openness-will-challenge-carney/article5719072/

 同記者によると、シカゴ連邦準備銀行とカナダ中銀の最大の違いは、「異なる意見や議論をオープンにすること」だ(注:記事中では、シカゴ連邦準備銀行からやってきた人物とカーニー氏とがトロントで開催するイベントで同席するため、両行を比較の対象にしている)。カナダでは、中銀総裁のみが金利の上下に法的に責任を持ちながらも、審議会(ガバニング・カウンシル)でのコンセンサスによって政策が形成される。総裁が中銀の方針変更について表明するのが慣習で、カウンシルの部下たちは総裁の言葉を広めるものの、自分たちの意見は表明しない。

 しかし、英中銀は事情が違う。「総裁である自分がスポットライトを独り占めするわけにはいかないことを、カーニー氏は理解するだろう」。

 カーニー氏は金利を決定する英金融政策委員会の一人という立場になる。「委員の一人ひとりが各一票を持ち、コンセンサスからは離れることもあるだろう。委員はまた、思い思いの意見を表明するだろう」。

 カーマイケル記者によると、カナダでは、カーニー総裁は自分の言葉で政策目標を示すことができ、トレーダーたちを指導することができていた。「中銀からのメッセージは自分の言葉でのみ発せられるということを知っていたから、そんなことができた」のだ。「ロンドンではそうはいかなくなる」。

 記事の中で、RBCドミニオン証券のエコノミストたちの見方が引用されている。「英国では、金利は金融政策委員会が決定する。カーニー氏は委員会を指揮する立場にあるが、ほかの委員と平等になり、最終的な決定をする人物ではない」。「この重要な力学」に、カーニー氏がなじめないのではないかと指摘しているという。

ー「ストーカー」のような?

 カナダでの評価の話からは少々離れるが、なぜ、先の記者は英政府がカーニー氏に「ほとんどストーカーのように」手を伸ばした、という表現をしたのだろうか?

 英中銀の総裁選定には、初めて公募制がとられたということになっている。しかし、「広く応募して来た人々の網の中から、優れた人を採用した」というよりも、「最初から、一本釣りだった」という感覚が近いのではなかろうか。

 例えば、BBCのビジネス記者ロバート・ペストン氏のブログによると、オズボーン英財務相は、今年2月、カーニー氏に「英中銀総裁にならないか?」とアプローチをしたという。「オズボーン氏がカーニー氏に」、である。そのとき、良い返事はもらえなかった。4月、BBCのインタビューで、カーニー氏はカナダの中銀総裁職を全うすると答えている。

 そして、最近になってもう一度、オズボーン氏がトライ。そこで、やっとOKになったのだという。

 ちなみに、思い起こしていただくと、オズボーン氏が「中銀総裁を公募で選ぶ」と宣言したのは、今年9月である。その半年以上も前に、アプローチしていたことになる。

 そして、「公募宣言」後に、先に断られていた人を追いかけたわけだ。最初から「この人」と決めていたのだ、という見方もできるだろう。 事実上、公募制は瓦解していた気がするのだがどうだろう?

 そこで、「ストーカーのように」というのは、カナダ人ならずとも、ぴったりした言い方だなあと思ってしまった。

 皆さんは、どのように見ただろうか?真相は、誰かが回顧録を書くまでは明確にはならないかもしれないがー。
by polimediauk | 2012-11-28 10:05 | 英国事情
 英中央銀行の次期総裁に、カナダ銀行(カナダの中銀)のマーク・カーニー総裁(47歳)が就任することになった。オズボーン財務相が、26日、国会でこの任命を発表した。300余年の歴史を持つ英中銀で、外国人がトップになるのは初だ。来年6月に2期10年の任期を終えるマービン・キング総裁(64歳)の後任となる。

 公募制を導入した中銀総裁選定では、ポール・タッカー現副総裁など、数人の国内の人物が有力視されていた。

 一体、なぜ、財務相は国外から中銀総裁を招くことにしたのだろう?しかも、カーニー氏は英中銀総裁の職には就かないと、これまでに公の席で発言してきた経緯がある。オズボーン財務相は気乗りのしないカーニー氏に対し、粘り強い交渉を続け、やっと就任への承諾を得た。

 カーニー氏就任の理由について、英メディアの報道をまとめると、まず、それ相当の経験があることが挙げられる。カナダで生まれた同氏は、米ハーバード大、英オックスフォード大で勉学。投資銀行ゴールドマン・サックスやカナダ中銀、財務省で働き、2008年からはカナダ中銀総裁として勤務中だ。民間、政府機関どちらにも勤務し、一国の中央銀行を統治する経験も兼ね備えた人物なのだ。

 いわゆるリーマンショックが引き金を引いた世界金融危機の後、いかに銀行危機の再来を防ぐべきかで国際的な議論が発生しているが、カーニー氏は金融体制を監視する金融安定理事会(FSB)の議長でもあり、格好の位置にいる。

 さらに、カナダの金融危機をすばやく回収させた人物としてもカーニー氏はその手腕を高く評価されている。英国の多くの大手銀行が政府支援を受けた一方で、カナダの国内銀行はこうした政府支援を受け取っていない。

 しかし、オズボーン財務相によるカーニー氏の選定は「高い買い物」になった、という見方もある。BBC記者ロバート・ペストン氏のブログによると、次期英中銀総裁の報酬は年に64万2000ポンド(約8400万円)。これはキング現総裁がもらう額30万5000ポンドの倍以上なのだ。

 また、カーニー氏が金融危機を作り出した銀行の1つと見られているゴールドマン・サックスの出身であることも、英国では一部から反発を招くかもしれない。

ーオズボーン氏の「スピン」?

 ほかの先進国で、国民の生活に大きな影響を及ぼす中銀総裁を外国人に任せた例はほとんどないといってよいだろう。そこで、オズボーン財務相としては、カーニー氏の就任は英国がオープンで、他者を受け入れる下地があることを示すと26日、BBCの取材に語っている。

 しかし、これは逆に言えば、国内に適当な人材がいなかったということを示さないだろうか?だとすれば、必ずしも英国の素晴らしさを語る例にはならないかもしれないのだが。

 私自身、今回の就任の話を聞いて、驚いた。そして、「300年以上の歴史を持つ、伝統的な組織に、まったく別の国から人を探して、就任させるなんて、英国もやるなあ」と感嘆した。しかし、本当に「すごいよ、英国!」で終わっていいのかなとも思う。オズボーン財務相の「スピン」つまり、「自分たちの都合のよいように、情報に色をつけている」部分も若干ありそうだ。

 下馬評で有力視されていた、タッカー副総裁を故意に選ばなかったことで、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)策定をめぐるやらせスキャンダルを一掃しようとした・・・という面も、明らかにあるだろう。

 少々気になるのが、その判断が国民生活や企業の活動、国の経済全体の方向までを決める金利策定決定権を持つ中銀を、「外の人」にまかせることの違和感だ。例えば、金融の監督業務を行う金融サービス庁(FSA)のトップを外国人に任せる・・・というならまだ理解できるのだが、中銀総裁は非常に政治的な存在だ。つまり、「この国を、この国の国民をxxの方向に向けたい」という、一定の(政治的)意思が、金利の策定やそのほかのさまざまな業務の裏にあろうかと思う。広く国民に影響を及ぼす政策を決める職は、その国に何らかのステーク(利害関係)がある人がつかさどるべきではないだろうか?国籍云々というよりも、ステークの問題だ。

 総裁職の政治性を指摘した論考の1つが、フィナンシャル・タイムズ紙にあった。マーティン・ウルフ氏は「ようこそ、カーニーさん、英国はあなたを必要としています」という記事(26日付)の中で、外国人をその国の重要な公職に就任させたことは「驚くべきこと、素晴らしいこと」という。その一方で、「ギャンブルでもある」と。

 「ギャンブル」=賭けであるという理由は、この職が政治的だからだ。外部からやってきた人間は自国人だったらできないような難しい決断を行えるかもしれないし、自国人よりは独立性が高いと見られもするだろう。しかし、果たして、そんな決断を実行する「正統な」人物だと見られるだろうか、とウルフ氏は問いかける。

 カーニー氏のそのほかの課題として、ウルフ氏は組織化を挙げた。政府と政策をすり合わせ、国民にこうした政策を説明できるかどうか。中銀内部での意見の取りまとめにも大変な困難さがあるかもしれない。また、中央集権的体質を減らし、何かが起きたときに迅速に行動できるようにすること。さらに、恒久的な不景気と高インフレを打開するための、知恵も要求されるだろう。

 カーニー氏が英中銀の新総裁に就任するのは、来年7月だ。現在、英中銀の任期は5年だが、新たに8年になることになっていた(その代わりに、1期のみの就任)。ところが、カーニー氏はオズボーン財務相に5年間のみの勤務にしたいと申し出たというーー英国に腰を落ち着けて仕事に取り組みたい、という感じがどうもしない。やるべき仕事をやって、去る、ということだろうかー?

 ちなみに、カーニー氏の妻は英国人。子供は娘が4人いる。
by polimediauk | 2012-11-28 10:01 | 英国事情
 前回、「外から見たら、日本のメディア(特に新聞界)はどう見えるか」と日本のメディア研究会で聞かれ、自分なりの感想を述べたことを書いた。

 「現状維持、組織維持を重要視しているように見える」と答えたと書いたが、これは答えの半分で、残りの半分があった、もし、例えば大手新聞社が米ニューズ社CEOルパート・マードックのような人物に乗っ取られ、大幅リストラになったらどうなるかについても自分の意見を述べてみた。あくまでも、仮想の話である。

 別にマードックでなくても、「大幅リストラ」(例えば記者が大量にリストラされるなど)になったらどうなるか、と。

 これは、そういう仮想が実際に起きると思うからではなくて、日本のメディアの、特に新聞界の社会の中に占める位置について、考えるところを言って見たいと思ったからだ。

 日本の新聞の評判は、ネットでこれまでによく目にしてきた。どちらかというと、良くない評判のほうが多かったけれども、その評判が悪ければ悪いほど、これは新聞への期待の強さを表すのだろうと思った。話題にならないほど無関心ではなく、怒りを感じるほど気になる存在なのだろう、と。

 同じ新聞と言っても、英国の場合は期待度がかなり低い。それぞれの新聞が好き勝手なことを書いているので、記事を読むときには少し差し引いて内容を受け取る人が多いと思う。

 例えば、日本の新聞が大資本に乗っ取られた・買収された場合、そして大規模リストラなどが発生した場合、私はこれが「大きな社会不安につながるだろう」と研究会で話した。新聞への期待度が(英国よりは)高そうな日本の場合、いわば「最後の砦」的な新聞がもしばらばらになったら、大きな不安感が発生するだろう、と。

 東日本大震災や不景気、若者を中心とした雇用不安などに揺れる日本で、さらに社会的不安が増すのは、良くないと思った。

 日本と外国とを比較するとき、おそらく、多くの人が言うのは、「日本は安全」ではないかと思う。震災や原発事故でそう思う人の数は日本では減ったかもしれないが、夜道を歩いていて恐怖感がない国の1つが日本という部分は今でも変わっていないと思う。定時に電車がやってくるとか、官庁のサービスが、汚職の懸念をせずに進むことが期待できるとか、日本に住んでいれば当たり前と思うようなことが、意外と、他国では普通ではなかったりする。

 しかし、新聞社のような存在が大幅リストラの対象になるとしたら、安心感、安全感が揺らぐのではないか。特定の新聞社の将来というよりも、社会不安を引き起こすかもしれないほうが心配だ。

 大量失業者をどうするかという問題もある。

 英メディア界では、ライバルのメディア会社に再就職するのは珍しくないし、新聞業界では整理部門などでたくさんの「カジュアル」と呼ばれるアルバイト勤務者がいる。メディア界での人の動きが流動的であれば、リストラされても生きる道があるが、ライバル社への異動などまったくなしの日本の新聞界では、一度リストラされたら、行き場がなくなるか、再就職が難しくなるだろう。

 ・・・とすると、このまま、「ゆっくりとした変化」しかないのかなあと思った次第だ。

 今、期待するのは、新しいメディアの勃興だ。ウェブサイトではBLOGOS,CAKESのほかにも、たくさん出てきた。ヤフーをはじめ、個人ブログの集積サイトもこれからさらに増えそうだ。もちろん、ニコニコ動画もある。大学生の間で、新しいメディアを作る動きもある。こうした一連の新しいメディアがずーっと長く活動を続けていけば、次第にメインストリームのメディアとして認知されるだろう。既存の大手メディアで働く知人のなかで、組織を離れ、フリーとして働き出した、あるいは働き出す予定の人も出ている。どちらも50歳前後で、自分たちなりに将来について考えるところがあったのだろう。

 私は日本のメディアの将来を悲観していない。自然淘汰があるだろうから。
by polimediauk | 2012-11-17 23:27 | 新聞業界
 日本帰国中に、メディアの研究会で話していたところ、「日本のメディア(新聞界)は、外に住む人からすれば、どう見えるか」と聞かれた。

 普段私は日本に住んでおらず、日本のメディアを詳しくウオッチングしているわけでもないので、十分に論評できるほどの事実をつかまえていないと思っている。

 しかし、印象論のレベルで言えば、「これはもしかして、まずいのではないか?」と思ったことはある。今回、特にそれを感じた。

 その印象をまとめて見ると、「いくつかの小さなことが日本で起きていない、あるいは非常に小規模でしか、起きていない。一つ一つは、ある意味ではたいしたことはないが、総合すると、これだけ知的レベルが高い国民がいる先進国としては、非常に残念な状態となっている」。私はこうした状況に、愕然としている。

 英国は日本からすると、別世界の感がある。言語も文化も、歴史も地政学的条件も違うから確かに別世界だけれども、あえて、この「別世界ぶり」を書いたほうがいいのかなと思った。

 日本が英国たれ、と思っているわけではない。住むほどにこれほど違う国もあるかなと思うほど、異なる二つの国。日本が英国の模倣をする必要はなく、「英国=日本が理想とするべき国」とも思っていない。

 しかし、いつぞやの「ハイテク日本」が「時が止まった昔の国」に見えてしまう部分があって、「これは、やばいぞ」と思わざるを得なかった。

 日本で起きていない、あるいは非常に小規模でしか起きていない「いくつかの小さなこと」、「一つ一つは、ある意味ではたいしたことはないが、総合すると非常に残念な状態」と私が思うことを、いくつか、挙げてみたい。

 (1)カード決済ができない店舗が、いまだに結構ある

 大量の現金を持ち歩かず、カード(クレジット、およびデビット)でほぼすべてを済ませてしまう英国で暮らしていると、日本の店舗でカードが使えないところがまだあったりすることに驚いてしまう。といっても、日本でも、ほとんどのところでは使えるのだけれども、英国ではカード利用ができる店舗が徹底している。現金中心の生活だと、いざ大きな買い物をしようとしたら、事前に銀行からお金を引き落とし、財布に持っていないといけない。いつ大きなお金(といっても、2-3万円のことだけど)を使うかは予測できない場合もある。現金中心主義は行動の自由度を狭められるようで、窮屈さを感じた。

 (2)ATMが24時間体制になっていない

 自分の銀行のATMでも利用時間に制限があり、他行となると、利用時間がもっと狭められる。行動の自由を縛るように思える。

 (3)海外で作ったカードを使えるATMが限られている

 郵便局とセブンイレブンのATMでは使えるが、私の経験からは、他行では原則、使えない。欧州他国やトルコでも、普通の銀行のATMから英国で作ったカードで現金引き落としなどができるのだが。銀行の決済体制が、よそ者に「閉じられている」感じがする。

 (4)プリペイドの携帯電話が多くない

 一部で限定的にはあるが、一般的にはプリペイドの携帯電話が選択肢の中に入っていないようだ。空港ではレンタルサービスがあるが、契約者として登録してから使えるようになる。外からふらっとやってきて、携帯電話を買って使うようにはなっていない。プリペイド携帯がある国からやってくると、日本では日本に何らかの形で根を下ろした人を対象にしたサービスになっているので、不自由な感じがする。

 日本に住んでいる人からすれば、(1)から(4)についてあまり不便さを感じないかもしれないし、「関係ない」と思われるだろうか?

 そんな方には、ある人による都市の定義を紹介したい。

 フィンランド・ヘルシンキで会った、ソマリア人の移民の男性と話していたときだ。「都市の特徴は、無名でいられること」と言われ、どきっとしたものだ。

 人口が極度に少ない、ある小さな村のことを考えてみよう(あくまで例として)。誰もが誰もを知っている。良くも悪くも互いの行動を知っている、ある意味では監視して・されている。無名では生きられない。ところが都市には、顔を見ても誰かを識別できないほど色々な人が生きている。

 村では派手と見られる服装をしたら、親戚や親が何か言うかもしれない(言わないかもしれないが)。ところが都市では、他人は眉をつり上げることさえしない。自分で行動に責任を持つならば、どんな風に生きても誰にもうるさく言われない。ロンドンに住んでいると、この「無名で生きられる自由」を感じる。

 そこで、メディア、デジタル面の話になる。

 (5)英国では、自由に生きるあなたのニーズを満たし、知識を与え、楽しませ、いつでも、どこでも情報(あるいは娯楽)が受け取れるように、メディア同士が競争をしている。

 冒頭の話に戻れば、「日本の新聞界は、外から見ると、どうか?」と聞かれ、私は、「日本のメディア組織は、現状維持と組織を守ることを非常に重要視しているように見える」と答えた。

 英国の場合、民間企業であれば、利益を上げることが目標ではあるのはもちろんだが、具体的には、(お金のことを考えつつも)利用者の利便性、自由度(=選択肢)を増大させ、自分たちのサービスを使ってもらえるようにする、つまりは、「利用者の心をつかむ」ことに、血道が注がれている。

 日本の場合は、「組織維持、現状維持」のほうに傾いているように見えるが、いかがであろうか。

 英メディアは、まず利用者のほうを向いている感じがする。利他的ということではなく、「市場」がそうする。競争が働くので、一社が便利なサービスをしたら、他者も同様のサービスを開始しないと、出遅れる(こうした市場中心主義への反対論も根強い。「占拠」運動はその1つだろう)。

 (6)金持ちでなくても一定の質のサービスが受けられるように工夫されている

 例えば、テレビのオンデマンド・サービスのことだが、これは1週間以内に放送された番組を無料で何度でも視聴できる仕組み(=見逃し番組再視聴サービス)。この件については前にも何度も書いているが、日本ではNHKなどもやっている。米フールーも利用できるようになっているが、有料である。

 色々な規制やしがらみなどがあって、有料になっていることは理解できる。

 しかし、英国ではBBCや民放テレビがこれを無料で提供している。

 不思議に思われるかもしれないが、テレビのオンデマンドサービスが無料で使える状態というのは、視聴者に大きな自由感、解放感を与える。まるで「別世界」である。誰にも気兼ねなく、自分の好きなときに、好きな番組を、好きなプラットフォームで見れるのだ。テレビの前に張り付いていなくてもよいし、自宅に録画機を持つ必要もない。テレビ局が自社でコンテンツを維持してくれている。

 例えば1ヶ月1000円を切るほどの利用料が、果たして高いかあるいは手ごろかといったら、「それほど高いとは思えない」という人が案外、いるかもしれない。しかし、ちょっと想像して見て欲しい、これがまったく無料になった状態を。

 無料ということは、オンデマンドサービスが社会の基盤として提供されていることを示すだろう。一部の人向けに、「プラスアルファ」として有料で提供されるのではない。「基本」として、誰にでも提供されている。この意味は大きいと思う。

 (7)大部分の新聞の記事が過去記事も含め、ネットで無料で読める

 経済紙フィナンシャル・タイムズや一般紙でもタイムズは、電子版を有料課金制にしているのだけれども、そのほかの新聞はPCをつければ、無料で原則すべてが読める。

 英国の新聞界は紙の部数がどんどん減っていて、台所事情は非常に苦しい。携帯機器用アプリを有料化するなど、苦心の策を講じているが、いったんPCをつけて、ブラウザーで該当新聞のウェブサイトに行けば、すべてが無料で読めるのである。

 自殺行為?確かにそうかもしれない。でも、取材や執筆に時間をかけた新聞の記事をネット上で誰でもすべてが読める状態にすることで、いかに市民の知的議論が深まることか。「民主主義社会」という言葉を持ち出さずとも、計り知れない好影響があることは想像できるかと思う。

 一方の日本の大手新聞の場合、ネット上には十分に記事が出ていない感じがする。先日、ある新聞の電子版を購読しようとしたら、紙を購読していないとだめと分かった。紙を守りたいのは理解できるが、がっかりしてしまった。読者(=私)が読みたい方法(電子版のみ)での購読の選択肢がないとはー!選択肢が狭められることは、自由度がせばめられることと同じだ。

 売店に行って、新聞を紙で買うか、あるいは、定期購読者=契約者にならないと、十分に新聞が読めないのだ。これがとても旧式に映ってしまう。「公共空間(=ネット空間)に高品質の論考を出す」という面での責任はどうなるのだろう?(無料で新聞が読みたかったら図書館に行けばよいというのは、やや酷だろう。家の隣に図書館があればまだいいかもしれないが、知識への渇望は開館している時間のみには限らないし、ネットで情報を取ることがますます主になっている現在、この公空間に十分に出さないのはまずい感じがする)。

                 ****

 ほかにもいろいろと目に付くことはあるけれども、いろいろなサービス形態が「日本に住む日本人」をもっぱら対象にしており、「ふらっと、自由に」かつ「無名」のままでは、サービスが利用できるようにはなっていないようだ。つまるところ、「閉じている」感じがする。窮屈な感じもし、自由度が少ない感じもする。

 最後に、「日本は大丈夫か」ということをしみじみと感じたことを挙げておきたい。

 (8)アマゾンのサービスが日本独特になっている

 まず、最も話題になっている、アマゾン・キンドルの件がある。

 もろもろの理由で、これまでに参入できず、いよいよ始まることになった経緯は、理解できる。それに、現時点で電子書籍端末には興味がない人がたくさんいるだろうことや、今後も大規模には広がらない可能性もまた、理解できる。

 それにしても、である。まず、米国でキンドルが発売されたのが2007年末。英国を含む諸外国で販売されたのが、2009年である。日本はさまざまな理由から、2012年末からとなった。この間、諸外国と比較しても、導入までに3年のギャップがあった。デジタルの世界で、3年はかなり長い。

 50年、100年単位で物事を考えたら、3年は短い。でも、この間に、米英では自費出版でベストセラーを出す人が続々生まれている。実際に使って見て、分かったこと、分からなかったこと、いろいろあるだろう。この間の知識や運用の経験・情報の蓄積はかなり大きいのではないだろうか。それに、実際に導入されていないと、この間、電子書籍端末にかかわる議論や商戦に、日本や日本のメーカーは、そして、日本に住む人の多くが本気では加われないことになる。これを私は悔しく思う。

 そして、止めを刺すのが、アマゾンで販売されている本の価格に自由度があまりないことだ。普通、英米でアマゾンを使って本を買う一つの醍醐味は、あるいはほとんど唯一の醍醐味は、配達の速さよりも、値段である。アマゾンで買うと、書店で買うよりもはるかに本が安いのである。日本語キンドルの開始で、この状況は日本でも変わるだろうが、アマゾンで「本を半額以下で買えた」という喜びを享受できない状態というのは、これまた悔しい感じがするー。

 このために、書店が大打撃を受けて、閉店に追い込まれるといった問題もあるだろうから単純な話ではないだろうが、どうも、出版社やそのほか、本を売る側の都合が大きな幅を利かせていたように見える。つまり、購買者としての国民が十分な利を得ていないのではないかという点が、心配なのである。

                    ***
 
 それでは、一体どうしたらいいのか?という話になるが、とにもかくにも、読者、視聴者、利用者の利便がもっと反映される社会になって欲しいと願っている。

 選択肢が幅広く、(より)自由な社会、かつ貧乏でも同等のサービスが受けられる国になって欲しいと、遠い国から思っている。勇気を持って一歩を踏み出せば、貧富の差や居住地の違いに関わらず、すべての人が享受できるサービスが実行できるのではないか。
by polimediauk | 2012-11-16 21:33 | 日本関連
 BBCのジョージ・エントウイッスル会長(経営陣のトップ)が、10日夜、児童に対する性的虐待についての番組(「ニューズナイト」)内での誤報の責任を取り、辞任した。番組の報道は11月2日であったので、あっという間の急展開である。9月17日の会長就任以来、2ヶ月もたたない中での辞任であった。

 「急展開」は、実は、数時間の出来事であったともいえる。

 10日朝、BBCラジオの時事番組「TODAY」は、エントウイッスル会長をインタビュー。ここでいかに会長が事態を充分に把握しておらず、新聞の関連記事を読んでおらず、関連ツイッターも見ていなかったことが暴露された。「辞めることは考えていないのか?」とまで聞かれ、「できることはやっている」と答えた会長。あまりにも情報収集にうとい会長に、メディ関係者のみならず、国民も大きくがっかりしたのである。

TODAYのインタビュー
http://news.bbc.co.uk/today/hi/today/newsid_9768000/9768406.stm

 1つの番組の誤報ぐらいで、何故辞任?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、もう1つ、BBCがそしてエントウイッスル会長が大きな批判の的になってゆく事態が、発生していた。それは、BBCの人気司会者ジミー・サビル(故人)による性犯罪疑惑で、10月上旬、民放ITVが放映すると、国民は大きな衝撃として受け止めた。人気司会者であったばかりか、慈善事業にも力を入れた人物であった。

 BBCが批判の的になっていったのは、BBCの先の番組「ニューズナイト」が、この疑惑を年末放映予定であったものの、途中で、制作中止となったことが明るみに出てからだ。

 BBCでは、「ニューズナイト」のスタッフがサビルによる性犯罪疑惑の調査を進めていた一方で、サビルの功績を称える番組を制作中だった(後、放映)。

 もしかしたら、BBCはサビルを称える番組を放映したいがために、サビルの評判を傷つけるような番組の放送を「故意に中止させた」のではないか、だとすると、真実を追究するジャーナリズムは犠牲になったのではないか?そんな疑念が出てしまったのである。

 この時点では、「都合の悪い報道を隠ぺいした(かもしれない)」という疑惑であったので、BBC会長の首はまだ安泰であった。

 しかし、その後の対応で、エントウイッスル会長の評価は急降下する。

 まず、「何故、調査番組での報道を中止させたのか」「あなたはどこまで事態を知っていたのか?」という報道陣の質問から、エントウイッスル氏は当初、逃げ回った。「あなたはどこまで・・・」というのは、9月に会長職に就任するまで、同氏はBBCのテレビ部門の最高責任者だったのだ。「ニューズナイト」での疑惑報道の放映中止も、サビルの追悼番組の放映も、すべてがエントウイッスル氏の責任下で行われていたのである。

 会長が記者会見を開き、「真相究明のため、調査委員会を設置する」と発表したのは、ITVでのサビルの性犯罪疑惑番組放映から、10日ほど後であった。これは、活発な24時間報道体制がある英メディア界では、「遅い」対応である。大事件が発覚後、当日には声明文、翌日には責任者などが鍵となる報道番組に積極的に出て事態を説明しないと、遅いと見なされる。

 10月23日、エントウイッスル氏は下院の文化メディアスポーツ委員会の公聴会に呼ばれた。ここで、何をどこまで知っていたのか、どんな手段を講じたのかを下院議員らに問いただされた。ここでの同氏の返答振りも満足できないレベルであった。もし性犯罪の疑惑を解明する番組の制作中止にかかわる背景を熟知していたと認めれば、責任が問われてしまうーそんな風に当人が思ったのか、思わなかったのかは分からないが、エントウイッスル氏は、「知らなかった」で通してしまった。「知らない」=「事態を把握していない」ということで、「この人ではダメだ」感がわいてしまった。

 その後、英国内は児童への性的虐待にかかわっていたかもしれない人物を探す、いわば「悪魔狩り」のような雰囲気にもなったが、「ニューズナイト」が勇み足の失敗をおかしてしまう。

 11月2日、同番組は、英西部ウェールズ地方の児童施設で、1970年代に、保守党のある政治家が性的虐待を行っていたとする報道を行った。犠牲者の声も紹介した。名前は出なかったものの、ネット上では、サッチャー元首相の側近アリステア・マカルパイン元上院議員の名前が出た。

 ところが、これが誤報であることが判明した。番組で紹介された犠牲者が、9日になって、虐待を行った人物はマカルパイン元上院議員ではなかったことを認め、BBCは謝罪を発表した。

 疑惑報道を行う際には、中心人物らに疑惑を問いただし、当人からの返答を入れるのが番組作りの基本だが、「ニューズナイト」は今回の番組内ではマカルパイン元上院議員の名前が出ないとして、マカルパイン氏に事前に連絡をしていなかったことも判明した。

 エントウイッスル氏の辞任の直接の引き金を引いたのは、BBCラジオの「TODAY(ツデー)」である。

 10日朝の放送分で、番組司会者の1人で、厳しいインタビューで定評があるジョン・ハンフリーズがエントウイッスル会長に矢継ぎ早に質問を行った。ここで、会長の「メディア音痴ぶり」が暴露されてしまった。もちろん、実際は音痴ではなく、事情を知っていたが行動を起こさなかったのかもしれない。しかし、知っていて行動を起こさなかったとすれば、責任を問われる。そこで、「無知」の方を選択したのかもしれないがー。

 どこまでメディア音痴だったのだろう?

 例えば、2日の「ニューズナイト」での問題の報道について、「事前には知らなかった」という。夜10時半から放映のこの番組を「見ていなかった」。何が報道されたかなどを知ったのは、「翌日」であるという。

 この「事前には知らなかった」というのが、まずおかしいとハンフリーズは指摘する。「ニューズナイト」の放映24時間から12時間ほど前から、報道に関わった「調査報道ビューロー」という組織などが、「児童への性犯罪に関与した大物政治家についての番組が放映される」とネットなどを通じて宣伝していた。「ニューズナイト」の元政治記者が、ツイッター上で、「その大物政治家が、BBCからまったく連絡を受けていない、おかしいのではないか」と発信し、話題になっていた。

 ガーディアン紙も、9日の朝、「マカルパイン元上院議員ではない」とする記事を一面に出していたが、これも会長は「読んでいない」とした。

 関連のネット情報には一切触れず、新聞も読まず、しかも何故そうなったかの理由は「部下が情報を出さなかったから」「組織がそういう仕組みになっているから」と答えた。

 ハンフリーズが「辞任は考えないのですか」と聞き、「自分は正しいことをしたと思っている」と答えた会長。

 ハンフリーズのインタビューを聞いて、こんな指導者ではもうだめだーそんな印象を持たない人はいないだろう。

 この朝のインタビューから数時間後の10日夜、エントウイッスル会長は「ニューズナイト」による誤報の責任を取って、辞任した。

 大手メディアのトップとして、救いようがないほどの情報収集能力の欠如を示したエントウイッスル氏。こんな人物をトップにつけた、BBCトラスト(NHKの経営委員会に相当)への不信感も高まっている。

関連:
おそらく、誰かが辞任するだろう ―BBCとサビルの不祥事
http://ukmedia.exblog.jp/18597155/
by polimediauk | 2012-11-11 10:59 | 放送業界
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 放送批評懇談会が出している、月刊メディア雑誌「GALAC」の12月号に、英国メディアのコラムを書いている。

 今回は、「地味だが深いドラマ堪能の秋 -第1次大戦の傷跡や若者の選択を辿る」という題で、「パレーズ・エンド」(上記写真)と「ルーム・アット・ザ・トップ」を紹介している。

 前者は小説家で出版業者のフォード・マドックス・フォードが書いた、第1次大戦前後の話で、「ルーム・アット・ザ・トップ」は、「怒れる若者たち」の1人、ジョン・ブレインが、1957年に出した小説だ。

 必ずしも、今この小説がテレビ番組化される必要はないのだろうが、BBCが両者をドラマ化。多くの犠牲者を出した戦争や人生について考える秋となっている。

 どこかで、手にしていただけたら、幸いである。

 以下は、雑誌のウェブサイトから、目次。


http://www.houkon.jp/galac/index.html

***


GALAC/ぎゃらく No.187/2012年12月号
表紙の人/岡田将生  写真/山﨑祥和

定価780円(税込み) 11月6日発売!
編集・発行 NPO法人放送批評懇談会
発売 角川グループパブリッシング


特集 世界のテレビ賞に挑め!

世界の主な賞

世界にチャレンジするNHKの戦略

制作者よ、世界にチャレンジせよ!/吉田敏江

受賞者の手記
  NHK広島放送局「火の魚」/行成博巳
  東日本放送「津波を撮ったカメラマン」/千葉顕一/加藤東興
  関西テレビ「レッスンズ」/木村 淳
  中部日本放送「笑ってさよなら」/大園康志

国際エミー賞の審査員を務めて/四宮康雅


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「たね蒔きジャーナル」打ち切り/高瀬 毅

第15回「ギャラクシー賞入賞作品を聞いて、語り合う会」報告/塚本 茂

Interview

THE PERSON
和田かおり 文系の発想をITで実現する!

旬の顔
岡田将生 甘いマスクの裏に秘めたるもの。

連載

CMアーカイブの旅/高野光平
GALAXY CREATORS[橋本祐子]/ペリー荻野
ローカル局の底力[テレビ熊本]/松田竜介
海外メディア最新事情[ロンドン]/小林恭子
GO!GO!コミュニティFM[FM軽井沢]/清水とも子
視聴率リテラシー/藤平芳紀
ニュース・メタボ診断/小林直毅
今月のダラクシー賞/桧山珠美
MEDIA REVIEW[IT/映画/マンガ/MUSIC/ステージ/本]
GALAC NEWS/山本博史
TV BEST&WORST

ギャラクシー賞

月評 2012.9[テレビ部門/ラジオ部門/CM部門/報道活動部門]
  2012.8[マイベストTV賞]

by polimediauk | 2012-11-09 23:53 | 新聞業界
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 早稲田大学の「公共ネットワーク研究会」が、13日午後1時半から4時半まで、シンポジウムを開催する。タイトルは「若者にだって社会は変えられる」だ。

 研究会(http://www.kikou.waseda.ac.jp/WSD322_open.php?KenkyujoId=2D&kbn=0&KikoId=01)が作成したパンフレットには、このシンポジウムのファシリテーターとなる、荻上チキさんのメッセージが載っている。

 「新しい公共」を作っていくには、何が必要で、どういったことをしていけばいいのか?

 さて、学生のみなさんは自身の課題として、明日から何をしたいと思いますか?

 主催者によれば、「朝まで生テレビ」の若者版にしたいという。

 申し込みフォームは以下から。私も予定が入っていなかったら、ぜひぜひ、行ってみたいイベントだ。

 フォームから若干内容をコピーしてみると、

https://docs.google.com/spreadsheet/viewform?formkey=dEIzN293YUFvcm5KeGZZOW1xTkhmWHc6MQ

『公共ネットワーク研究会』シンポジウム2012

日本経済が弱体化する中、その脆弱な社会基盤が露わになっています。雇用、福祉、教育、医療など、様々な分野でのひずみが大きくなる中、セーフティーネットである「公共サービス」の重要性が問われています。

今回のシンポジウムでは、基調講演やパネルディスカッションを通じて、不安社会からの脱却に向けた「公共サービスの真にあるべき姿」を追究します。

 パネリストには、”公共サービス従事者の代表”として、公務公共サービス労働組合協議会の加藤良輔氏、”地域の現場を知る実践者”として内閣官房地域活性化伝道師の木村俊昭氏、”社会的弱者を支援する民間団体の代表”としてあしなが育英会の林田吉司氏、”若者の雇用不安の専門家”として教育学者の本田由紀氏をお迎えし、新進気鋭の評論家である荻上チキ氏にファシリテーターとしてまとめていただきながら、熱い議論を繰り広げて参ります。

学生・一般を問わず、積極的な参加をお待ちしています!!


 【日時】  2012年11月13日(火)13:30~16:30 (12:30開場)

 【会場】  早稲田大学大隈講堂(小講堂・300席)

 ●第一部<13:30~13:55>

 基調講演:片木淳メディア文化研究所所長(早稲田大学公共経営大学院教授)

 ●第二部・第三部<14:00~16:30>

 パネルディスカッション
   ・ファシリテーター: 荻上チキ氏(評論家)
   ・パネリスト:
    加藤良輔氏(公務公共サービス労働組合協議会議長)
    木村俊昭氏(東京農業大学教授・内閣官房地域活性化伝道師)
    林田吉司氏(あしなが育英会東北事務所長)
  本田由紀氏(東京大学大学院教授)

 【参加費】   無料

by polimediauk | 2012-11-08 20:06 | 日本関連
c0016826_8583268.jpg TBSメディア総合研究所が発行する雑誌「調査情報」の最新号(509号)が、「民意のゆくえ -テレビとポピュラリズム」の特集をしている。http://www.tbs.co.jp/mri/info/info.html

 以下はウェブサイトから、目次の紹介である。ロンドン五輪放送の評価ということで、私も原稿を寄稿している。

民意のゆくえ
テレビとポピュリズム

空気を読み解き、理を図る
真の知性について思うこと
内田 樹

@Japan
橋下新党
ハイパー情報化時代の民主主義
山口二郎

総選挙でも勝てるのか?
大阪人だからわかる「橋下現象」のなぜ
澤田隆治

@America
米大統領選の「武器」
メディア戦略が加速させるブームと分裂
石澤靖治

11月6日へのカウントダウン
支持率拮抗で迎えたテレビ討論会
津川卓史

ロンドン五輪放送を総括

@U.K.
「デジタル元年」といわれるBBCほか
現地放送の評価とは
小林恭子

@Japan
オリンピック放送の通信簿
鈴木健司

『岩波映画の1億フレーム』
記録映画アーカイブが迫る
ドキュメンタリー史の見直し
今野 勉

連載

ルポルタージュ 被災地再生への歩み

気仙沼発 災害担当記者の独白 第3回
福島隆史

経験を未来につなぐために
瀧川華織

三陸彷徨 新たな魂との出会いを求めて 第8回
龍崎 孝

好評連載!
同時代を生きる視点
ありふれた格差社会を生きるということ
--タナダユキ監督『ふがいない僕は空を見た』…川本三郎

テレビ日記
日本の家庭と家族の劇【8】
ホームドラマという技法…鴨下信一

メディア論の彼方へ
中国行きのエンプティ・フライト…金平茂紀

creator's voice
時事放談  9年前の「原点」
~漂う政治の中で…石塚博久

著作権AtoZ
原作者はと脚本家との葛藤
「やわらかい生活」事件…日向 央

メディア漂流
大学におけるジャーナリズム教育【10】
「砂川闘争」--57年目の証言…松野良一

ブヒ道
勇敢マダム…小泉??宏

culture windows
映画『シェフ!』…宮内鎮雄
本 『日和下駄とスニーカー』…木原 毅

視聴者から
領土問題--感情と理性の間で…河野 晃

Media NEWS
2012年8月、9月…加藤節男

データからみえる今日の世相
車内で不快、世代で違い!?


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 橋下現象にわく日本で、参考になるような論考が載っている「調査情報」を、どこかで手に取っていただければ、幸いである。

 この中で、私がはっとした原稿の1つは、石澤靖治氏の米大統領選における論考「メディア戦略が加速させるブームと分裂」であった。

 近年の米大統領選挙で大きな役割を果たすようになったインターネット。特に注目を集めているのが、ソーシャルメディアだ。

 若干引用すると、

 SNSは「自分の友人・知人サークル内での情報交換・交流であることから、交わされる情報に対する信頼性・親和性が高い。そのため、一般的なメールよりもメッセージの浸透度が高くなる。さらに、それが単なるメッセージとしてだけではなく、選挙活動に参加したり、投票したりといった、直接的な行動を起こさせるきっかけにもなりやすい」。

 SNSは、「利用者とその知人・友人の情報を囲い込む」-そういう意味では、「情報の閉鎖性が高まる」。

 筆者は、「情報量が無限になり情報へのアクセスが極めて容易になった中で、逆に情報の閉鎖性が生まれ、人々は分断される。それが米経済の不振によって相手への許容度が低くなったことと相まって、今回の分裂した世論の形成と分裂した選挙に発展しているのではないか」と見ている。

 そして、「デジタル・メディアは情報の量が圧倒的であり、拡大のスピードも極めて速い」、「世論は急速な盛り上がりを見せる」、「SNSでは極めて濃く・速く排他的な『世論』が形成される環境を作れる」と指摘する。

 「アラブの春」を具体例として出すとき、私は納得が行った気がした。独裁政治を倒すために、いかに世論が盛り上がり、人々を動員し、国際世論も味方についたあのときの興奮状態を、少し思い起こしていただきたい。あの時、慎重論もあったけれども、私たちの多くが、大きな期待を抱いたのではなかっただろうか。いわゆる「春」がやってくる、確固とした政治体制がしっかりと立ち上がる方向に進んでいくという、楽観論に満ちていたのではないだろうか?

 今から考えれば、あのときの興奮と楽観論は、いささか早計だった感じがしないでもない。

 石澤氏は、「デジタル空間で急速に形成された爆発的な『世論』」が、既存体制に「代わる具体的な制度や体制を形成しえていない」と書く。

 ネットを通じて、わっと盛り上がる「世論」は、泡のようなものなのだろうかー?

 私は日本の状況にかんする情報をふだんはネットでのみ収集している。もちろん、入念に情報収集をすれば、幅広く深い概観が得られるのだけれども、実際には、いくつかの情報のたまり場で出た意見や見方を拾い上げるのがせいぜいだ。

 こうして浮かび上がってくる様々な「世論」と、日本に住む人が日常見聞きしながら感じる世論には、大分開きがあるのではないかーそんなことも再度思った。
by polimediauk | 2012-11-07 08:42 | 政治とメディア