小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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米書評共有サイト「グッドリーズ」のウェブサイト


 米アマゾンが、28日、書評共有サイト「Goodreads(グッドリーズ)」を買収すると発表した。買収手続きは4月以降に開始される予定。買収金額などは公表されていない。

 グッドリーズは利用者同士が読んだ本についての感想や書評を共有するソーシャル・ネットワーク・サービス。著者(登録者6万8000人以上)が自分の本を紹介したり、読者と結びつく場としても利用されている。

 2007年、本好きのオーティス・チャンドラー氏が、自分だったら「友人に勧められて本を選ぶ」ことに気づき、利用者同士が情報を交換できるサイトを妻と一緒に立ち上げた。

サイトによると、現在米国人を中心として1600万人が利用。3万のブッククラブ(本を書評しあうサークル)がある。2300万を超える書評が書かれ、登録されている本は5億2500万冊に上る。

 アマゾンはウェブサイト上に利用者による書評を掲載しているが、グッドリーズのような利用者同士の交流機能がない。Facebook, Twitter, Pinterestが人気となる中、買収によって、書評に「ソーシャル」というレイヤーを重ねることができる。

 アマゾン社によると、電子書籍キンドルとグッドリーズが協力することで「読者と著者の喜びとなるような多くの新たな活用方法を作りたい」という。

 しかし、グッドリーズの利用者からすると、特定の書籍販売小売サイトと結びつく点で、不安感はないのだろうか?

 デジタルメディアの動きを追うサイト「ペイドコンテンツ」によれば、グッドリーズは「中立」のサイトとして、利用者を増加させてきた。

 2012年まではサイトに掲載された書籍のメタ情報はすべてアマゾンのサイトから利用してきたが、途中から、情報入手先を書籍卸売業イングラムに変えた。当時、グッドリーズは、「すべての読者にとってオープンな場所にしたい」と利用者に通知した。

 書籍を購買する場合は、サイト上の書籍アイコンをクリックすると、複数の小売書店(左側にコボが出て、右側にアマゾン、バーンズ&ノーブル、アイブックスなど)を選択できる。

 ペイドコンテンツが、グッドリーズの最高経営責任者(CEO)オーティス・チャンドラー氏と、同氏の上司となるアマゾン・キンドルのコンテンツ担当幹部ラス・グランディネッティ氏にインタビューを行っている。その中から、一部を紹介したい。

 なお、ペイドコンテンツの親会社に投資するベンチャーキャピタルの1つがツルー・ベンチャーズだが、ここはグッドリーズにも投資している。

―グッドリーズは読者、作家、出版社のための自然な集合場所だった。アマゾンによる買収でどこが変わるのか?

チャンドラー氏(CEO):重要な点は利用者が何を読んでいるかを共有できること。この点を変えるつもりはない。キンドル利用者にとっても利用しやすいように変えるが、そのほかは変わらない。

―別個のサイトのままなのか、スタッフはこのままか?

チャンドラー氏:アマゾンの独立した子会社の1つになる。これまでのようにサンフランシスコに本拠地を置く。CEO職もこのままだ。買収を機に特にサイトを変えようとは思っていない。

―アマゾンがグッドリーズの利用者データにアクセスすることになるのだろうか?

チャンドラー氏:グッドリーズはアマゾンの完全子会社となるので、そうなる。しかし、利用者の知らない間に何かが行われるということはない。アマゾンの棚にある書籍をグッドリーズに移動させたいと利用者が言えば、簡単にできるようにしたい。利用者には常に何が起きることになるかを知らせる。

―アマゾンは、グッドリーズ上に出た書評を、自社サイトに掲載するのか、それとも、アマゾンの読者による書評がグッドリーズのサイトに移動するのか?どれぐらいのコンテンツが両サイトの間で共有されるのか?

チャンドラー氏:利用者にとって何が最善かを考えている。現時点では特に計画はない。

グランディネッティ氏:(どちらの利用者にも)損害を与えないことを主眼としている。統合するのであれば、利用者に恩恵があるようにしたい。

―現状では、グッドリーズの書評はさまざまな小売店のサイトにリンクをつけている。今後はどうなる?

チャンドラー氏:利用者には様々な形で利用できるプラットフォームでありたい。リンクをどうするかは利用者の視点から考えたい。利用者がどうしても(アマゾン以外の小売店に)リンクをしたいのであれば、おそらく、そうなるだろうと思う。

―グッドリーズの国際展開は?

グランディネッティ氏:ここ2,3年、キンドルの国際展開に力を入れてきた。(英語以外の)新たな言語やほかの国でのサービスについては、グッドリーズとともに考えたい。

―グッドリーズはメタデータ情報をアマゾンから取ることを昨年、停止した。その後はイングラムから取得しているが、今後は?

チャンドラー氏:どういう形が最適かを決めることになるだろう。アマゾンのメタデータにアクセスできるので、おそらく、こちらを使うだろう。

―アマゾンはグッドリーズと同様のサービス、米Shelfari(シェルファリ)を2008年に買収したが、その理由は?失敗だったと思うか?

グランディネッティ氏:シェルファリを通して、書籍についての追加情報を発信することができた。(登場人物や、重要な場所、引用などの追加情報を出す)「ブック・エキストラ」や(映画鑑賞で補足情報を見せる)「X-Ray」などの開発に役立った。しかし、グッドリーズは単なるソーシャルな結びつきのサイトではない。大きなソーシャルネットワークなのだ。キンドル上で利用者同士を結び付けるには、グッドリーズが良い。

ーこれからも読者情報を公開してゆくのか?

チャンドラー氏:そうする。(昨年出した、ポルノ小説)「フィフティー・シェーズ・オブ・グレー」のグラフ(米国のどの州で最も読まれているかなどをグラフ化)のようなものを、もっと作りたい。

***

 ペイドコンテンツのローラ・ハザード・オーエン記者は、アマゾンによる買収で、グッドリーズは利用者についての情報をあまり公開しなくなるかもしれないという。

 例えば、過去には、グッドリーズは会議やブログを通じて、利用者がどうやって購買する書籍を見つけるのか、読書習慣、プラットフォームの利用状況(キンドル利用者の多くがアップルのアイブックストアも利用しているなど)を紹介してきたという。このような情報は、アマゾン側にすれば、競合他社には出したくないものだ。

 同記者の記事に寄せられた反応のいくつかを紹介してみる。

 「非常におもしろい」、「自分の情報をどれほど自分で管理できるのか、成り行きを見守りたい」(Black’n Write Reviewer)

 「ほかの小売店でもリンクで本を買える部分はなくなるのじゃないか」、「アマゾンはリンク以外にはグッドリーズのコンテンツには影響を及ぼせないと思う」(bmljenny)

 「アマゾンはマルチのプラットフォームで販売できるとして、書店からもっとお金を巻き上げようとするのではないか」(David Thomas)

 「自社サイトの書評もきちんと管理できないアマゾンがほかの書評サイトを買収する権利があるのだろうか?自分の本がめちゃくちゃに評された」、「一体アマゾンの書評のどれぐらいがサクラなのか?」(Sharon Bakar)
by polimediauk | 2013-03-29 22:05 | 書籍
 ロシアから英国に亡命してきた、富豪・新興財閥(オリガルヒ)の一人、ボリス・ベレゾフスキー氏が、23日、英南部アスコットの自宅で死亡していたことが分かった。24日昼現在、死因は明らかになっていない。

 英国に亡命中だったロシア人の富豪ベレゾフスキー氏、死亡 ―巨額負債を抱えたことが苦に?

 プーチン政権の批判者としても知られたベレゾフスキー氏。自殺なのか、あるいは何者かに殺害されたのか、死因がはっきりするまではさまざまな憶測が飛びそうだ。

 BBCのモスクワ特派員の報告によれば、多くの国民が社会体制の変化で困窮に苦しむ中、一握りの人々が巨額の富を得たのが新興財閥と見られており、ロシア内で死亡したベレゾフスキー氏への同情論はあまりないようだ。

 ここで、いわゆる「新興財閥」について、簡単にメモって見たい。

 オリガルヒとは、旧ソ連が社会主義政治・経済体制から資本主義に移行する中でロシアの経済改革や国営企業民営化などを通じて財を成した個人の起業家たちを指す。

 英国では、サッカークラブ、チェルシーの所有者ロマン・アブラモビッチ氏が有名だ。

 アルミ王といわれるオレグ・デリパスカ氏をはじめとして、ロンドンの高級住宅街に豪華な邸宅を所有していることが多く、こうしたオリガルヒたちが居を構える一帯は「テムズ川のモスクワ」と呼ばれた。

 2006年には元ロシア人スパイ、アレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドン市内で毒殺される事件が発生したが、同氏はベレゾフスキー氏が面倒を見ていたといわれ、このときもオリガルヒに注目が集まった。

 世界的な金融危機でロシア株式市場が暴落し、オリガルヒたちは巨額の損失を抱えた。しかし、現在は資産を持ち直しているといわれている。

 財閥誕生までの流れを振り返ってみると、

1987年:ソ連で銀行の設立が自由化。後に新興財閥となる青年たちが金融業に進出。

1991年:ソ連崩壊。一部の新興財閥が為替市場で通貨ルーブルの下落を利用した取引で利益を得る。また、彼らの多くは、経済政策が変わって財務難に落ちいった中央や地方の役所にその金を融資した。

同年:ロシア連邦成立。ソ連時代の社会主義的政治・経済体制から資本主義社会への移行。ロシアの経済改革や国営企業民営化を通じて、1980年代後半から、さまざまな企業グループが形成される。

1996年:ロシア大統領選挙、実施。再選を狙っていたエリツィン大統領に新興財閥らが選挙資金を拠出。マスコミ企業の支援もあって、無事、当選。新興財閥の一人であるウラジミール・ボタニン氏が内閣入り。エリツィン大統領の経済改革により、国民生活は悪化。

2000-01年:ウラジミール・プーチン氏が大統領就任。新財閥の影響力増大に懸念を持ったプーチン氏は、詐欺や脱税容疑で一部の新財閥を逮捕。メディア財閥のベレゾフスキー氏は経営するテレビ局が放送停止に追い込まれたこともあって、英国に亡命した。

2004-6年:ミハイル・ホドルコフスキー氏率いる石油企業ユーコスが、政権の圧力により解体に追い込まれる。

2007-8年:世界金融危機により、新興財閥たちは大きな負債を抱えた。

(「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者記事に補足しました。)
by polimediauk | 2013-03-25 00:20 | 英国事情
 大震災・原発事故以降のマスコミ報道について、色々な方からコメントをいただきました。コメント紹介の後半部分です。

***

新サイト「byus」(バイアス)のco-founder、デザイナー
山田寛仁さん


ーマスコミ不信はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 私は震災以前、“ニュース”に対して強い疑問を抱く事はありませんでしたが、「スキャンダルや不祥事といった内容が過度に扱われ、世論が変に傾いたまま“事件が起こっては過ぎ去る”という事が淡々と繰り返している。」といった認識はありました。ただ、多くの人がマスゴミと揶揄しながらも、報道内容を信用しないというまでにはなっていなかったと思います。

 どちらかというと、そのマスコミに振り回されないようにするために“ニュースと一定の距離を置く”という事をしていたかもしれません。

 私は以前、広告制作会社に勤めており、マスと受け手側の不都合な関係を作る側にいたので“マスコミュニケーション”自体に関しては以前から不信感を感じていました。

 本当に必要なことよりも、利益をより多く求める為に盛られていく情報、飾られるコンテンツ。そしてそれによって踊らされる消費者。このマスコミュニケーションの構図への疑問、不信感は震災前にも自分の中に強く持っていました。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

 震災後でマスコミ/マスメディアが大きく変わったという印象はありません。ただ、多くの“受け手側”に立つ人達の意識が変わり始めるきっかけにはなったと実感しています。

 様々な職業、立場によって伝えるべき/伝えられるべき情報は変わり、現状のような誰かが特定の一つの立場からマスコミを通して情報を発信する以上、その情報には偏りが生じており、私が感じたマスコミへの疑問感は抜けないと思います。

 むしろ、その発信された情報をもって私たち一人一人が考えなければいけません。情報が足りなければそれを得るためにマスメディア以外の情報を得るなど、行動しなければいけない状況になったのだなと多くの人が気づいたと思います。

ーもしそうである場合、なぜだと思いますか? 

 震災当時は多くの人がTwitter,Youtubeやfacebookなどのインターネットを用いたメデ ィアを使って必要な情報を得る為に模索しました。インターネットにも未だ多くの問題はありますが、マスメディアでは流れてこない、マスメディアを待っていては遅い情報が、これらのメディアを通して手に入れる事ができました。

 これによってマスコミの構造の不完全さを体験しました。

 メディアが間違った情報を提供してしまう事もありました。CNN は福島原発が水蒸気爆発を起こした際、宮城で行っていた生中継内でアナウンサーが一目散に逃げる場面を報道したり、放射能の影響で一部の地域での水が「contaminated = 汚染されている」という言葉をつかって報道してしまい、国外からの評価を大きくマイナスの方向に傾かせたと思います。

 これによってマスコミが伝える情報の不明確さを体験しました。

 そして、原発が爆発し、多くの人が今の場所を離れなければ「命」に関わるかもしれない状況なのにも関わらずマスメディアを通して政府が発表した内容はあまりにも不明確でした。

 また、会見の際にも、記者クラブという特定のジャーナリストしか入れないなどという権力構造が見えたり、ジャーナリストと政治家、政治家とジャーナリストとの癒着が幾度となく浮かび上がり、どこを信用したら良いのかわからない状態になりました。その疑いは今でも多くの人が持ったままだと感じます。

 これによってマスコミと政府、企業の関係が織りなすプロパガンダを体験しました。

 これらの事のどれか1つだけでも感じると、一気に信用していた情報のインフラが崩壊します。

 しかし、今回のような当事者性の高い出来事では、判断の責任は自分にまわってくることになるので、多くの“受け手”側だった人の意識が変わったのだと思います。

ーbyus さんの立ち上げには震災報道が関連していますか?

 弊社は震災前、小さなサイドプロジェクトとして考えていました。ですが、震災での経験から byus の意義と必要性を強く感じ、共同創業者に声を掛け、多くの人へ価値を提供するべく、他メディアと同じ土俵に立ち、会社として立ち上げることを決心しました。

 一つ、byus の立ち上げの想いを決心に変えた体験があります。 

 私は震災翌日から CNN と行動を共にし、被災地に入り通訳としてスタッフと共に行動していました。私や関わっている現地のドライバー含め、報道の現場に一度も関わった事のない人達が初めて体験した被災地の現場はあまりにも強烈で、余震が続く中、食べるものも無く、シャワーも使えない状況での緊迫した空気を今でも強く覚えています。

 毎日一日中、被災地を様々な場所へ向かい取材をしていました。

 そんな中、報道していてある事に気づきました。「救援が足りなさ過ぎる。」

 私が被災地に入る前にマスコミやネット上で言われていた情報は、「阪神・淡路大震災の時はボランティアが来すぎて渋滞を起こし、自衛隊や救急隊が現地に入れず助からなかったケースが多かった。だから被災地にいくな、彼らに任せろ。」というものが多かったのですが、どう見てもおかしい。

 東北 3 県をまたぐ程の規模の津波での被害、それを自衛隊や救急隊だけに任せても絶対に足りない。

 今誰も居ないこの状況で一刻も早く物資を届けなければ助かる命も助からなくなってしまうと感じました。

 ちょうどその時現地での食料を確保する為に東北のドライバーさんに 2t トラック分の食料を積んで仙台に向かってもらう手配をしていました。

 僕でも連絡次第でこういった手配ができるのに、他のNPO などの団体は動いていないのかあまり見当たらず、不思議でした。

 その中で、堀江貴文さんが他の twitter ユーザーの「都内で買い占めて被災地に送る人…なんてほぼいないよなぁ…。」というつぶやきに「届ける手段無し」という引用ツイートをしていたので、「秋田から 2t トラックでスーパーの中の物買い占めて仙台向かってますが、遠過ぎると不可能でしょうか?」と引用ツイートすると、「正直言って悪いが、意味ないよ」とツイートされました。

 そのツイートを見た多くの方々から、いろんな批判や罵倒を頂きました。

 阪神・淡路大震災を経験した議員さんのブログや、震災経験者の方々からのつぶやきで、「その善意は無駄になり、逆に被災した人の迷惑になる。」というものでした。

 自分の見ているものと、冷静に外から考えた場合にこれほどのギャップがあるのかと驚いたのと、自分の判断が間違っているのかと悩みましたが、答えは時が過ぎるごとに明確になっていきました。現地の、当事者である人達の声が届いていなかったのです。

 少しインフラが回復し、インターネットや電話回線もつながるようになると南相馬市のYoutube動画が最たる例ですが、被災地の困窮した状況は明確になっていきました。

 そのすぐ後から、多くのNPOが立ち上がり、多くの人が東北に実際に足を運び、活動し始めたのはみなさんがご存知の通りです。

 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という言葉がありますが、「今」や「本人」をしっかり見ずに「歴史/過去」のみで判断することは、同じくらい愚かで、盲目だと私は確信しました。

 この体験がきっかけとなり、マスと消費者、政府と国民、人と人のコミュニケーションの穴に潜む問題を解決できるメディアを立ち上げたいという想いが決心にかわりました。

 いろんな立場、当事者の人達の意見をもちより、それを自分で考えるきっかけを作る事。

 それを通して双方への偏見を無くす事が、これから起こる出来事に対するよりよい判断への鍵だと震災での体験を通して学ばされました。震災で亡くなられたの多くの方々の犠牲の上で、私は大切な事に気づかされました。

 東日本大震災で亡くなられた方のご冥福と、未だ行方不明の方々の全員発見と、今も避難を続けている被災者の方々の一日も早い安定した生活を、深くお祈り申し上げます。

***

早稲田大学
森治郎教授

 一言でいうと「不信が増幅された」ということですが、それには正当なものと「厳しすぎる」ものとがあるように思います。

 ご承知の通り、原発事故についてはメルトダウンの事実、それがちゃんと機能していれば早期に住民を避難させることができるかもしれなかったのに機能しなかったSPEEDI事故の隠蔽など、さまざまな事実が発表されませんでした。したがって報道されませんでした。メディアの追及が甘かった、 あるいは非力であったと思います。そのことが多くの人たちから「メディアも政府と結託していた」と批判・非難されました。しかしその原因のかなり は「追及の甘さ、取材力のなさ」にあったように思います。その意味では批判の多くは「買いかぶり」に根ざしたものであるといえるように思いま す。

 もう1つはSNSに比べての情報量の少なさでしょうね。それもある側面では既存のメディアにはない機能をSNSが持ったからこそでしょう。なお、 ある側面とは、目下のところSNSは「たまたま目撃したり知っていた」ことの交換による情報の伝播であり、目撃のないところでの情報発掘において 既存メディアを超えることができるかどうかについては今後を待たなければならない、ということです。

 震災とその後の展開によってメディアは自らの至らなさ(政府情報のうのみ、政府や企業との癒着あるいは癒着寸前の友好関係、取材力の弱さなど)を 痛感したように思います。したがって自らに鞭打つ姿勢と粘り強い取材が見えました。

 ところが日本のメディア(だけではなく社会全体にある)の1つ の性格である「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、政府の原発・エネルギー政策についても「経済姿勢のためには仕方がない」といったムードに乗ったり かき立てたりという傾向が現れてきています。また報道内容も「震災で家族を亡くした人」や「涙をふるって立ち上がる人たち」のお涙ちょうだい的な ものが多く、事故原因や再建策について冷静綿密に追究した報道はあまり見あたりません。やもちろんさまざまな例外はありますが、全体としては元の木阿弥状態になりつつあるように感じています。(さまざまな例外の「例」として朝日の長期連載「プロメテウスの罠」や中期連載「原発とメディ ア」、NHKの検証ドキュメントがあります)。

***

英ガーディアン紙東京特派員ジャスティン・マッカリー

 参考になる記事として、デービッド・マックニールが書いた記事を挙げておきます。

-大震災の後、マスメディアに対する日本国民の見方は変わったと思いますか?

 どこに住むかによって、その答えは変わってくるでしょう。福島に限って言えば、マスコミへの批判が強くなった感じがします。それは、東電や政府の言うことを鵜呑みにしたからです。

 私が2-3週間前に福島に行った時、最も心配の種になっていたのは、全国メディアがもはや福島のことに関心を抱いていないということでした。何周年とかそういうとき以外は、です。福島で会った何人かは、今や福島の問題を報道し続ける海外メディアに頼るしかないと言ってました。

―どういう風にして、人々のマスコミに対する視線が変わったのでしょうか?

 1つ目の質問の答えにも含まれていますが、手短に言うと、メルトダウンや東電のやり方について独立した報道ができなかったからです。このため、大手メディアに対する信頼感が薄れたのだと思います。報道されていることと、実際に発生したことの間のかい離が見えたわけです。

 といっても、国全体がこの面で変わったということはあまりないようです。いかなる形の調査ないし、新聞の編集幹部による自省にもつながっていないからです。NHKは破壊の様子を人々に伝える素晴らしい仕事をしましたが、福島原発をめぐるコンセンサス、つまり「単純な事故だった、誰が悪いわけでもなかった」という考えに挑戦することは怖くてできないように見えました。

 30万人の避難民の様子や除染がなかなか進まないことはよく報道していたとは思いますが(特に朝日新聞など)、危険なのは、時が経つにつれて、報道しなくなることです。(小林訳)

***

学生ブロガー
坂田航(わたる)さん

(1)マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 不信は原発事故の詳細が明らかになり、ネットに出ている専門家や海外からの情報との食い違いが鮮明になってきた頃からでてきたのではないだろうか。そのきっかけをつくったのはフリージャーナリストだ。自らの取材とマスメディアの報道内容を比べることで報道に遅れが出ていることや虚偽があることを指摘し、問題の本質を明らかにしていったことが大きい。

(2)震災、原発事故を通して、国民のマスコミに対する見方は変わったと思いますか?

 変わった。変化には2通りの変化があったことが言える。

 まず1つがマスメディアつまり新聞・テレビなどの既存メディアに対する関わり方だ。恣意的であったかどうかは別にして、マスメディアは当初当局が確認できた信ぴょう性の高い情報しか出さず、専門家や技術者による想定を報道せずに国民への注意喚起を怠った。後になって当局は情報をきちんと出していなかったことが発覚し、当局の発表をそのまま記事にしていたマスメディアは国民に大非難を浴びることになった。そして国民はマスメディア経由の情報入手を中心としつつも、放射能汚染や原発事故などの情報に関してはインターネットで流される専門家や海外からの情報をよく見るようになった。

 一方、インターネットを基盤としたブログ、ソーシャルメディアへの期待が高まった面は大いにある。多くの人々がマスメディアを中心として情報を入手していたが、危機管理の手段としてのマスメディアに期待感が減少し、専門家や海外からの情報が多く掲載してあるウェブサイトを参照する機会が増えたように感じる。

 ただ放射能や原発事故、デモ等の情報以外に関してはマスメディアへの依存が多くある。国民の中でのマスメディアへの信頼は変わらず大きいためだ。しかしそうではないリベラル派の人々は東京新聞や「週刊金曜日」といった、マスメディアの媒体である新聞・雑誌を基盤としたメディアを購読する傾向もある。

 そして「インターネットには正しい情報は載っていない」とするかつての神話は日本の中で崩れたようにも感じる。若者を中心としたデジタルネイティブ世代はインターネットの可能性に早くから気が付き情報入手の手段としていたが、それ以上の世代はネットを基盤としないマスメディアを情報の中心としていた。しかし震災によりメディアとしてのインターネットに注目が集まると、多くの人々が積極的に情報の送受信を始め、メディアとしてのインターネットの地位が確立された。

 マスメディアについては、「大本営発表」と批判を浴びたことやインターネットのメディアとしての地位が確立されたことで自らの報道を見直す姿勢が出てきたように感じる。インターネット上に上がっているTwitterからの意見も多くマスメディアが取り上げる場面が見られるようになり、マスメディアとソーシャルメディアの融合が少しずつではあるが進みつつあるようにも見受けられる。

****

 ありがとうございました。
by polimediauk | 2013-03-18 19:11 | 日本関連
 非営利組織「欧州ジャーナリズムセンター」のウェブサイト用に、大震災・原発事故以降、日本のマスコミに対する人々の見方は変わったのかについて、寄稿する機会がありました(15日付で掲載。)

 フェイスブック、ツイッター、電子メールでの急な取材依頼にコメントを下さった皆さん、本当にありがとうございました。この場を借りて感謝します。

 スペースほかの理由から、すべてのコメントを入れることができず、あまりにももったいないので、ブログなどでの公開を許可いただいた方の分を、掲載させていただきます。

***

BLOGOS
編集長大谷広太さん

―マスコミ不信はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 私は1981年生まれですが、今振り返ると、むしろ昔の方が過激な番組制作、報道(たとえば、犯罪被害者、加害者への取材とプライバシー問題)が多かったように思います。そういった表現の自主規制はじわじわと厳しくなっているように思います。

 一方、いわゆる「ウソ・大げさ・まぎらわしい」というような表現、報道への不信感は、やはりインターネットの普及によってより増幅されたように思えます。

 テレビ業界においては、視聴者離れと、それに由来する制作費削減のスパイラルが厳しいがゆえの問題ある表現、報道が指摘されていると思いますが、そうしたことも含めて、インターネットの普及によって、一部の人しか知らなかった、既存メディアの"お約束"、取材の裏側、制作の裏側などが、どんどん拡散されるようになってしまったこと、そして、既存メディアがカバーしきれなかった情報が見えやすくなってきたのだと思います。

 こうした変化は、直感的には2000年くらいから、より表面化したように思います。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか? もしそうである場合、何故だと思いますか?

 どの既存メディアも、それぞれの立場で、懸命に報道をしようとしていたのではないかと思います。

 地方でおきた災害であることから、全国紙に対する地方新聞、全国ネットのテレビ・ラジオに対する、コミュニティFMの意義などが見直されるキッカケになったのではないでしょうか。

 また、ソーシャルメディアによって、メディアがカバーできないミクロで多様な一次情報や意見が、しかもリアルタイムで広がったことで、ソーシャルメディアの可能性が一斉に目に見えるようになり、相対的にその地位が高まったように思います。

 原発事故関連は、今も様々な議論がなされていますが、あまりにも専門的だったり、事故との因果関係が学術的にはっきりしない事象も多く、大手メディアだけでなく、ネット・ソーシャルメディアでも、それぞれに過大だったり、誤った情報が流れてしまったこともないとは言えないとおもいます。

 また、これをきっかけに、政府・官公庁・企業の情報公開のありかたが厳しく問われるようになったとも思います。

ーBLOGOSと既存マスコミのとの違いはどこにあったと思いますか?(以前に、震災時にヒットがたくさん出たとおっしゃっていましたよね。)

 著作権の問題であれば漫画家、ミュージシャンなど、評論家的ではなく、社会問題に直結する現場の立場からの発言が、やはり共感や説得力を生むのではないかと思います。

 たとえば、これはブロガーの記事ではありませんが、私が取材させていただいた、若手官僚のインタビューは、とても大きな反響を呼びました。

「キャリア官僚だって人間」
ー30歳元キャリア官僚の語る霞ヶ関の実態
 

 官僚と言えば、既存メディアでは何かと批判の対象になりがちですが、一方で、実際に現場で真摯に働いている方々の声を聞く機会はあまりにも少ないと思い、実施しました。読者から、「知らなかった」「そうだったのか」という声をたくさん頂戴しました。

 また、最近では、「テレビではこの部分の発言が取り上げられましたが、本来の主張はこうです」と、ブログやソーシャルメディアでしっかりと、補足、説明を行う政治家の方も増えてきたように思います。

 どうしても、既存メディアでは、わかりやすく要約することで、端的なイメージばかりで語られてしまうことが多いお話も、本人の声を通すことで、理解が進むのではないかと思っています。

***

世界のジョニーさん @zyonysan

 はじめまして、意見あります、ほんとうのこと伝えないではないですかーもう被爆者ですよ。

 何よりテレビはフクイチ事故を隠蔽し続け、プルトニウムもストロンチウムも一切触れない。この方が桁違いに悪質な犯罪ではないのか!

***

グッチのぐちさん @gucchi2797

 知りたいのは、事実だけでいい。記者のくだらない解説がいらないことがよく分かった。ネットで十分。それじゃまずいんだろうけど。

 二月に50年以上取っていた朝日新聞をやめた。全く困らないので、妻と驚いている。たまに、朝日や読売や毎日を購入しているが、ニュースで特に読まなければならないところがない!

***


宮前ゆかりさん @MiyamaeYukari

 この話題には大変興味があります。日本の報道機関、特に主要全国紙新聞(読売、朝日、毎日)に対する信用はガタ落ちです。 @ginkokobayashi 3・11の震災・原発事故後、日本のジャーナリズム(あるいはメディア報道)に対する見方が変わった・・・と思われた方、もし関心がある方

 米国でも同様のことが起きていて、ワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙の「ジャーナリズム」への信用もドンドン落ちている。>宮:日本の報道機関、特に主要全国紙新聞(読売、朝日、毎日)に対する信用はガタ落ち @ginkokobayashi

***

大森 玲さん、大学生 、23歳

 3.11以降、「大切なのは、メディアを使いこなすことだ」と思うようになりました。

 目で見たこと・書き言葉だけが現実のすべてではない、事実はひとつではない、ということ、報道に自分の経験や視点、調べた事実などをプラスして、現実を捉えることが大切なのだなと。

 また、ジャーナリストの、組織にいるからこその窮屈さも知りました。「ペンは剣より強し」と言いますが、日本では、“ペン”に自由は許されていない。そして、その“ペン”の自由を奪い、陰で操っている“剣”に対して、怒りを抱くようにもなりました。(“剣”とは権力であり、権力とは企業、つまりお金です。)

 「新聞や雑誌などの、“完結しているメディア”には、その裏で多くの権力が働いている」、そういう事実を知った今でも、その“完結しているメディア”を捨て去ることは難しいです。なぜならそれが、(たとえ制限がある中で行われたものだとしても)「ひとつの編集されたもの」であるからです。

 わたしは、閉鎖的なムラ社会をこじ開け、風通しをよくするための道具としてインターネット上でのメディア報道には期待感を抱いています。

 しかし、インターネット上での自由な活動ができるのは、(多くの場合)それが匿名の下に行われるからです。

 「なんの企業的組織にも属さず、何も失わない」、そういう立場にいなければ、きかない自由です。そういう世界では、あふれる情報の量は当然、膨大なものになります。

 その膨大な量の報道から、可能な限り現実に近い事実をすくい取ることができる力量や視点(それも、ありとあらゆる分野に対する)、それを受け取る側がもっているかというと、自信をもって「イエス」とは言えないです。

 ありとあらゆる分野に対して、つねに自分の経験や視点、調べた事実をプラスすることは難しく(正直に言えば、面倒くさく)、完結しているもの、パッケージングされたもの、編集されたもの、そういうものを受け取るほうがずっと楽なのです。

 だからこそ、「メディアを使いこなす」ということが大切である現実に対する意見を外へ発信するよう求められたときに、目の前にあるメディアだけから影響を受けて、自分の意見をつくりあげるのはよくない。(その裏には権力が働いているかもしれない、からです。)

 だけど、広く浅く、こういうも世界もあるのだな、と知るぶんには既存の“完結されたメディア”のもつ力を存分に利用するとよいです。

 自分からわざわざ、自分の頭にも浮かばないような国の情報を調べたりはしません。“完結しているメディア”は、それを教えてくれます。いろんな分野の記事が盛り込まれ、編集されている。それこそが“完結しているメディア”のもつ大きな力です。


 どんなメディアにも長所があり、短所があります。

 だからこそ、いろんなメディアがあってよい。

 そして、世界が多様であるならば、その視点も多様であるはずです。

 自分が消費者でしかいられない分野、そういう分野に関しては、“その道のプロ”におまかせしていたほうが、ずっと楽です。(それにきっと、そうしていれば“平和”でしょう。)

 だけど、いまが続いていくため・これからに続けていくために現実・事実に近づくこと、知ることを怖がってはいけない。

 ジャーナリストも、そして、受け取り手であるわたしたちもサボってはいけない。そう思うようになりました。

***

49歳の医者の方

 震災前から漠然と感じていたメディアに対する不信感(専門性が必要とされる記事の信頼性に対する疑い)が、震災後は明確な不信となりました。

 記者が

1)きちんと取材していない
2)取材に関する事項を勉強していない
と考えるようになりました。

 私自身は医者ですが、以前より医学関連の記事には違和感を感じていました。

***

ジャーナリスト、大貫康雄さん

ーマスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

⇒「マスコミへの不信感」は人によって様々ですが、一般的にはやはり、2年前の東京電力福島第一原発事故とその後の放射能汚染・被曝に関しマスコミが真相を伝えようとせず、政府・原子力関連産業からの情報を一方的に報道する「体制(政府・業界)広報機関」になったと判ってからです。

 更にいわゆるマスコミが既得権益擁護機関になっていた現実が具体的な事実で明らかになったこともあります。

 マスコミ=マスゴミ 一部の人たちは既に2000年代中ごろから使っている言葉ですが多くの人たちが考えるようになったのはやはり東日本大震災、特に原発事故関連の動きがインターネットメディアや外国メディアで指摘してからでしょう。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

⇒前の質問と関連しますが、大きく変わりつつある、という実感は抱いています。

 「変わりつつある」と進行形を使ったのは、業種を超えて、インテリ層、考える習性を持つ人たちの間で特に公共放送NHKの報道が「面白くなくなった」とか「民放化している」、「見る番組が少なくなった」との声が大きくなっています。

 しかし一方でNHKを通して出しか情報を得てない、いわゆるB層と言われる人たちは未だにNHKの報じることは正しい、と単純に思う人たちが相当数います。

 この人たちは今も多数派であるため、世論調査ではこうした人たちの声が反映されています。

ーもしそうである場合、何故だと思いますか?

⇒これも先の質問と関係あり 変わりつつあるのはやはりインターネットの普及が最も貢献しているでしょう。

 次いで、東日本大震災の取材に外国メディアが関心を持って取り組み、これまで日本のメディアが取り上げなかった「政府・関連業界の不都合な真実」を報道するようになったからでしょう。

 一方でマスコミとは別にネット世界では多岐多様な言論が展開されており、既存の新聞・テレビが伝えないことをどんどん伝えたりしています。

 私が理事・大賞選考委員長を務めている自由報道協会は福島の若いお母さんたちから頼りにされ、避難騒ぎなどの最中感謝のしるしとして200円・300円と寄付を寄せて来られたのもインターネットが言論を変える、変え得る、との実感をもつ材料になっています。

***

ジャーナリスト 団藤保晴さん

―マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれた?

 1997年の (「インターネットで読み解く! http://dandoweb.com/ )
第25回「インターネット検索とこのコラム」 (97/10/30)


  新聞メディアと読者の現状を、当時の私はこんなふうに整理した。

 「高度成長期に入るまでは、新聞がカバーしていた知のレベルは社会全体をほぼ覆っていた。技術革新の進展と裏腹の矛盾、歪みの集積は社会のあちこちに先鋭な問題意識を植え付け、新聞がふんわりと覆っていた知の膜を随所で突き破ってピークが林立するようになった。特定のことについて非常に詳しい読者が多数現れ、新聞報道は物足りない、間違っているとの批判がされている。

 新聞の側はそれに対して真正面から応えるよりも、防御することに熱心になった。読者とのギャップはますます広がっている。なぜなら、知のピークはどんどん高くなり、ピークの数も増すばかりだから」

 と書いています。これがマスコミ不信の出発点でしょう。

―大震災の前後で、国民のメディアに対する見方が大きく変わったという実感はありますか?

 福島原発事故の在京メディアの報道ぶりが「大本営発表」だとネット市民には見えてしまいました。ネット上で日々、あれだけ呆れられたのに、メディアの反省は希薄です。

 第282回「原発震災報道でマスメディア側の検証は拙劣」 (2011/10/15)

 で検証した通りです。上記のような意識が高い少数者に批判される初期の不信現象から進んで多数の市民が見切ってしまったと言えるでしょう。

 2011/3/12に大阪から書いた

 第244回「福島第一原発は既に大きく壊れている可能性」 (2011/03/12)

 ほどの実証性志向もメディア報道からは感じられませんでした。

***

科学ジャーナリスト 小出重幸さん

1)マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 第二次大戦の大政翼賛会報道時にもありました。常に一定程度、不信が存在するのが「自然」な姿だと思います。メディア問題の「主人公」は主権者たる読者ですので、マスコミの情報をいかに選別・料理して(自身の糧として)、活動や情報発信に役立てるか――ということが肝要だと思います。

 一方で、報道で一番大切なのはFactsですね。これに疑義があるときは、まず、メディアに直接アクセスすることが必要で、メディアもこう した読者の真摯な批判、指弾によって、本来の姿を回復する、そうした性格の存在だと思います。「一律な不信」だけでは、何も産み出さないと思います。

2)大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

  マスメディアの信頼は、大きく失墜しました。

3)もしそうである場合、何故だと思いますか?

 大震災・津波・福島原発事故――この混乱の最大の特徴は、官邸、政府、原子力業界、科学者コミュニティーが、いずれも情報の適切な発信、 PublicへのCommunicationに失敗して、信頼を大きく損なった、ということです。合わせて、マスメディアもこの情報発信が適切にできず、これが不信が拡大する背景となりました。Authorityに頼っていた情報収集と記事の発信は、そのAuthorityがコケれば、マスメディアもコケル、というあんばいで、独自の取材の大切さ、電力業界やAuthorityとの距離を日ごろからきちんと取っておくことの重要さが、あらためて明白になりました。

 一方で、Authorityを無視しては、報道はできません。特に核物質をあつかう原子力など専門的な取材対象では、ミリタリーも関わって くるだけに、ピンポイントの独自取材では「全貌」は明らかにできません。このバランスが難しいところですね。

 今回の騒動を俯瞰すると、日本の大手新聞などのマスメディアは、Authorityから発信される情報がほとんど役立たなかった――という 結果をそのまま伝える形になり、それが批判につながりましたが、一方では、広大な被災地、各地の現状、政治、経済、国際社会の動き、生活、さ らにその間も続くスポーツ、文化活動など、「社会全体」を36ページに凝縮して発行する、という総合的な力は、結局、他のどのメディア(紙、 電波、ネット……)もできなかった――ということも事実だと思います。

 WeblogやTwitter、そして自由報道協会などの活動は、特定の分野やテーマではすぐれた情報伝達ができたと思いますが、この世の 中の全体像や相場観をコンパクトに、しかも継続的に伝えたところは、結局ありませんでした。局地戦はできても、NHKニュースや、36ページ の新聞で伝える総合的な情報発信は、ジャーナリストをどれだけ大量に抱え、それが24時間体制で対応しているか、という力勝負の世界なのだと 思います。こうした側面を考慮せずに、局地戦だけで優劣を論じるのは、むなしい印象がありますね。

 「ミドルメディア・シンポジウム」の活動を1月から始めましたが、このミドルメディアとは、マスメディアが伝えきれない、きめ細かいコミュ ニケーションということで、これまで一部で使われてきた、ネットを使った小規模発信の試みとは、違った意味で使っています。特に、科学と社会 のはざまで起こるさまざまなコンフリクトが、近年増加しています。科学や技術の問題でありながら、科学者や技術者だけでは結論が出せない領域 を「トランスサイエンス」といいますが、この世界が主な対象になります。

 次回シンポジウムは、4月14日で、「低線量放射線影響と地域コミュニティの復興」がテーマです。
by polimediauk | 2013-03-18 19:08 | 日本関連
c0016826_7461734.jpg 放送批評懇談会が発行する月刊誌「GALAC(ぎゃらく)」の4月号が、現在発売中だ。

 今月号の特集は「独立局のサバイバル術」。

 独立局と言うのはネットワーク系列に入らない放送局を指す。東京近辺で言えば、東京メトロポリタンテレビジョン、テレビ神奈川、テレビ埼玉、千葉テレビ放送など。現在、こうした独立局が全国に13局ある。誌面では、それぞれの局の特徴と看板番組が紹介されている。

 巻頭の人物インタビューの一人が、「ロンドンハーツ」、「アメトーク!」などの人気バラティー番組を手がける、テレビ朝日の加地倫三氏。

 同氏はテレビ業界の仕事のやり方を書いた「たくらむ技術」(新潮新書)を昨年末、出版した。若い人のために書いたそうだ。

 インタビュー記事の最後のほうで、このような箇所があった。

 「不安だからと、人気のタレントをとりあえず並べたり、旬の話題を取り入れたりと、いろいろな要素を加えていったら結局個性がなくなって、誰が作った番組か分からなくなる。そんな番組ばかりでは、テレビを目指す若い人がいなくなりますよ」

 「制作者はときには0点を恐れずにチャンレジし続けないといけないんです。作り手の顔が見えるような番組が増えてほしい」―。

 「あやとりブログ」でたくさんの人が「いいね!」を押した、「テレビがつまらなくなった理由」の答えの1つになっているかのような、インタビューである。

 数人の書き手が交互に書く、「海外メディア最新事情」(私も時々参加)のコーナーは、在米ジャーナリスト、津山恵子氏の番だ。タイトルは、「なぜ日本のテレビはグローバルじゃないのか」。

 ラスベガスで開催される家電ショーを取材した津山氏は、日本のメーカーのブースで既視感におそわれる。高画質、最先端のテレビが展示されているのだが、「画質の向上での勝負にひた走っている」と感じたからだ。画質は変わっても、コンテンツに目新しさがないから、前にどこかで見たような思いにかられたという。

 逆に、新鮮な印象を与えたのはサムソンなど外国のテレビメーカー。コンピューターと結びつけて、「テレビをどう使って欲しいか」を、利用者の立場で提案していたからだ。

 世界を見渡せば、今やテレビ(受信機)は、コンピューター、タブレット、スマートフォンと並ぶ、画面の1つに過ぎない。こうした潮流の中のグローバル戦略を、果たして日本のメーカーは十分に認識できているのだろうかと津山氏は問いかける。

 英国のテレビ界は、まさにこの潮流に乗っている感じがする。テレビがコンピューターと結びついており、視聴者のために様々なサービスを展開している。

 「視聴者のために」というのは、重要なポイントだ。タブレットや携帯電話で見たければそこに向けて、また、時間をずらして見たければ、それにあわせて再視聴サービスを提供し、常に利用者の利便性にテレビ局が心を砕いている感じがする(利他的にそうしているのではなく、そうしないとほかの画面やほかのチャンネルに視聴者が移動してしまうからだ)。

 思い出したのは、日本のある勉強会で、英国のテレビについて話したときのことだ。

 ある放送局のデジタル戦略について説明し、見逃し番組の無料再視聴サービス、生番組のまき戻しサービスなどを紹介したところ、「どうしてそこまでやる必要があるのか」と聞かれて、言葉に窮した。

 「テレビ局だったら、リアルタイムの、テレビ受像機での放送にあわせて番組を制作し、放送するのが本筋だろう」、「余計なことをしたら、リアルタイムで見る人が減るし、広告主も嫌がるだろう」という趣旨の質問だった。

 私が言葉に窮したのは、すぐに理由は頭に浮かんだけれども、「テレビが何故、コンピューターと結びつくのか、なぜデジタル戦略を中心にするのか」を説明するために、ある共通の認識がないと話が進まないことに気づいたからだ。

 この「共通認識」とは、テレビの番組放送はお金儲けのためばかりではないこと、放送局やそこに働く人のため、あるいは広告主を喜ばせるためだけにあるのではないこと、そもそものテレビの存在目的は「番組を放送して、視聴者を楽しませること」であること(きれいごとではなく、本当に単純な話として)。

 メディア環境が変わったら、テレビの側もそれに合わせて、変わらざるを得ない。ネットで何でも情報を取ることに慣れた視聴者が、「ほかの画面(端末機器など)でも見たい、後でもう一度視聴したい」と言うならば、それにできうる限り応えるように、やり方を変えたり、組織を変えたりするしかない。

 こういうもろもろの部分が、日本に住む質問者と、普段は英国に住む私の間で共有されていないことを察知した私は、愕然とし、言葉を失った。「ああ、一体、どこから説明したらいいのだろう」と思い、しどろもどろに「視聴者のためにやっているのです」などを繰り返すだけであった。意味が通じていないだろうなあと思いながら。

 話がずれたが、津山さんの記事(世界の時流に乗ったテレビ・メーカーが「コンピューターと結びつく」、「テレビを使って何ができるかを利用者の立場で提案する」など)には、大いにピンと来るものがあった。
by polimediauk | 2013-03-14 07:29 | 放送業界
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 米国のフリーランス・ジャーナリストが、老舗月刊誌「アトランティック」から、別サイトに掲載された自分の記事の要約を持ちかけられたが、原稿料が無料と聞いて憤慨し、仕事を引き受けなかった。25年間もジャーナリストとして働いてきた自分の原稿が無料で使われることを不服に思い、自分のブログで、「アトランティック」の担当者とのやり取りを公開した。

 これをきっかけに、「不服に思うのも当然だ」、「無料掲載を要求したアトランティックの言い分はおかしい」、「いや、一理ある」など、米英でミニ論争が発生している。

 ネイト・セイヤーの記事「25年間のスラムダンクの外交」は、3月4日、ニュースサイト「NK News」に掲載された。バスケットボール選手デニス・ロッドマンの北朝鮮訪問をつづった長文記事だ。

 セイヤーのブログ記事によると、これを「アトランティック」のグローバル・エディター、オルガ・カーザン(勤務してまだ2週間ばかりという)が読み、問い合わせをしてきた。「元の記事を短く編集したものを掲載したい」という。追って、セイヤーが締め切りや長さなどをメールで聞いた。

 すると、カーザンは「今週末までに1200語でお願いしたい。残念ながら原稿料は支払えないが、うちのサイトは月間1300万人の読者がいる」と説明した。

 驚いたセイヤーは「25年間、書くことで生活費を稼いできた。無料で仕事をする習慣はない」と宣言。

 カーザンは「立場は完全に理解するが、当方はオリジナルの記事でも原稿料が100ドル(約9400円)ほど。フリーランス用の予算がない」、「追加の手数をかけずにより広い読者のために元記事を要約することが可能かと思い(連絡した)」と答えたという。

 セイヤーは「個人攻撃でないが」、「幸運を祈る」と告げて、書き直しを断り、メールの交換を終えている。

 後、アトランティックの編集長ジェームズ・ベネットが声明を発表し、今回のケースは例外だったと述べている。「アトランティックの記者がほとんどの記事を書いている」こと、「フリーランスの記者にオリジナルの原稿を書いてもらうときは、原稿料を支払っている」ことを説明した。

 ジャーナリストではない人が解説記事などを提供するとき、「書き手の了解の上で、原稿料を払わずに出すこともある」、(無料の原稿を書くようにと)「強制することはない」。

 セイヤーの件は「特別だった」。「オリジナルの記事を書くように依頼したわけではなく、既に掲載済みの記事の縮小版を出すようにお願いしたもので、元の媒体をしっかりと明記する予定だった」。

 最後には、セイヤーの「気分を害したことを謝罪する」としている。

 英ガーディアン紙のコラムニスト、ロイ・グリンスレードはこの件に触れて、英国でも「フリーランスのジャーナリストへの支払額がどんどん減少している」ことを指摘する(3月6日付)。

 その理由の1つは、出版社側がジャーナリスト志望の人が書いた原稿を無料同然で使っていることにあるという。

 グリーンスレード自身、セイヤーと同様の体験をしているジャーナリストたちを知っているという。しかし、「(彼らは)事情を表には出さない。もし出せば、仕事がなくなるかもしれないからだ」。

 一方、デジタルメディアの動きを追うサイト「ペイドコンテンツ」のマシュー・イングラム(6日付)は、「無料コンテンツはあふれるほどある」、「これが現実だ」、という。

 イングラムの観察によれば、アトランティックがセイヤーに対し、縮小版を作ってもらうよう頼んだこと自体が「変わっている」。というのも、あるサイトが、ほかのサイトに出た記事の内容を書き直し、元の記事を書いた本人の許可を得ずに掲載することは、実際に、よく起きているからだ。「これが正しいことかどうかは別として、実際に発生している」。

 無料でも書きたいという人は無数にいるし、ブログサイト「ミーディアム」にしろ、ニュースサイト「ハフィントンポスト」にしろ、原稿料を払わないコンテンツをビジネスの土台にしているサイトもあるのだ。

 イングラムは無料で書く人が常にいる状態は、「必ずしも悪いことではない」という。競争が生まれるからだ。

 そして、メディア市場で「本当の競争相手は、あなたが作るものよりも良いものではなくて、相手のニーズを満たすのにちょうど良いもの」だ。

 無料で提供される記事、検索エンジンが集める記事で読者が十分に満足しているなら、フリーランスの書き手は打つ手がないのだという。

 しかし、イングラムは、伝統的な媒体に原稿を出してお金を稼ぐよりも、電子書籍や長めの文章(3000語から5000語)をパッケージ化して販売する「バイライナー」などを利用するという選択肢は、思ったよりも簡単だと指摘する。

 「書くことでお金を稼ぐための仕組みが変わっている。それは悪いことかというと、そうではない」。

***

 無料ニュース、情報がネット上で氾濫している。この中で生き抜いていくためには、その流れに逆らうよりも、じっくり時間をかけて書いたものを電子コンテンツとして販売するーこれはフリーランスにとって、1つの道ではないかと私も思っている。あくまでも「1つの」、ということだが。

 ただ、その「道」がまだ十分にはできていない感じがしているー少なくとも日本語空間では。(KindleやiBooks用の電子書籍の作り方はいろいろ紹介されてはいるけれど、具体的な話になると、あと3つか4つ、山を越えないと景色が見えてこないように思う。現時点では搾取される比率が大きいようだし、手間がまだまだかかりすぎるー。もちろん、良いアイデアがあったら、共有してゆきたいが。)
by polimediauk | 2013-03-08 07:00 | ネット業界
c0016826_18433525.jpg 昨年夏のロンドン五輪の取材中に、目がきらきらした日本人青年に会った。小柄な体の片手には大きなカメラ機材を抱えていた。

 日本から五輪取材のためにやってきたという、ジャーナリスト、レポーター、コーディネーターの川合亮平さん(35歳)だった。

 彼のブログ「東京発ロンドン経由世界行き」や英語学習に関するブログを読むと、川合さんがイギリス英語にこだわって仕事をしていることが分かった。英語学習者に向けての著作(「イギリス英語を聞く The Red Book」、「イギリス英語を聞く The Blue Book」など)もたくさんある。

 ブログによれば、大阪で生まれ育った川合さんは、高校時代、決して英語が得意ではなかったそうだ。それが現在では英語を使った仕事をするまでになった。一体、どのようにして学習したのだろう?そして、イギリス英語にこだわる理由とは?

 今年2月、英国に取材旅行でやってきた川合さんに話をじっくり聞いてみた。

―英語との出会いはどうだったのでしょう?

川合亮平さん:母親がわりと教育熱心で、もともと英語に興味がある人でした。小さいときに、母親からABCの手ほどきを受けました。出会いですね。

―あまり英語の成績がよくなかったとブログで書かれています。本当ですか?

 本当なんですよ。

 中学校の英語と高校の英語は、似て非なるものだと思っています。

 中学英語は割りと感覚で良い成績がとれました。具体的な英語の勉強としては、音読を繰り返して、英語のリズムをたたきこむとか。でも高校の英語は、分析が中心です。理論が一番のようなことがあってー。

―文法に比重を置いた勉強だったんですか?

 そうです。文法解説があって、単語、熟語をいくつ覚えてー。

―構文がどうだ、とか。

 そうです。

 高校に入って、英語は結構自信があったんですけど、最初の授業で、これはダメだな、と。完全に落ちこぼれました。アカデミックな英語に関しては。ただ、小学校からロックが結構好きだったんですね。

―ブリッティシュ・ロックですね?

 そうです。結局、イギリスの原体験は何かと言ったら、小学校のときにパンクロックを聞いて、雷に打たれたような衝撃を受けたこと。セックスピストルズや、パンクロックに影響を受けた日本のバンド、ザ・ブルーハーツも大好きでした。

 当時は芸術家になりたかったので、卒業後は大阪芸術大学に入学したんです。

―卒業なさったんですか?

 中退なんです。芸術を実際に仕事にしてゆくのは無理だな、と気づきました。気づいたからには、4年間無駄な時間を過ごしたくなかったので、きれいさっぱり辞めたんです。

―その後は?

 海外に出ました。英語の勉強のためと言うよりも、自分の人生がどうなるかと思って、海外に出たんです。そのためにアルバイトをして、稼いだ分だけのお金で、オーストラリアに10週間留学した。当時は、まったく英語力がゼロの状態です。でも、このときに英語でコミュニケーションすることの快感を知ったんです。

―そこから、ずっと勉強を?

 そこからです。20歳から。自分の部屋にこもって、一人で、通信講座とか教材を使って勉強しました。

 年はどんどんとっていくし、お金も稼がないとダメだしー。そのときの目標は、コミュニケーションレベルの高い英語を使える人になることでした。

 当時、良い英語のコミュニケーターと言うのが、仕事としては何になるのか分からなかった。なけなしの知識から考えたのが、通訳者でした。

 通訳になるために勉強をしていましたが、通訳にはまだなれないので、仕事しながら英語力を磨くために、英会話の講師になりました。

 英語を使いながら、社会の中で職を見つけたのが、自分のブレークスルーになりました。23歳です。

 20歳で中退して、3年間は、塾とかでバイトはしていたんですが、ほぼ勉強だけの生活でした。自分の中で、大学に行っていないので、大学に行ったと仮定して、4年目で何らかの職を得たいなというのがあったんで。仕事が見つかってよかったなあと思いました。

―勉強法は人によって違うと思いますが、今英語を学習している人は知りたいだろうと思います。お勧めの勉強法はありますか?

 (しばらく考えて)最近良く、英語学習のブログとかで書いているのは、ちょっと哲学的な話になって申し訳ないのですが、ほとんどの人が「how」(いかに)の部分に注目していますよね。それはいいのですが、そのもっと前に、「why」(何故)というのがあります。何故自分は勉強しているのか、そこさえしっかりしていれば、「how」は何でもできると思います。英語学習の分かれ道はここです。

 僕の場合は、あとがない状況で、学歴もないし、コネもないし、当時は、英語でやっていくしかない。そこが強力なモーチベーションになっていました。

 今英語を学習している人は、何故勉強をしているのかと言う部分を振り返ってみるといいと思いますね。

―教材は何でもいいわけですね?

 何でもいいと思います。

 ただ、一つ言えるのは、何がいいかはそれぞれ違うということなんです。自分にあう教材は、しっくりくる感じがある。その感覚は大切にして欲しい。ぼくもいろんな教材を試したけれども、どれだけ人が良いといっても、自分にとっては合わないものがあります。

 学習者は立場が弱いので、合わない教材を使っているときに、自分が悪いと思ってしまいます。絶対にそうではありません。

 英会話の先生にしても、授業が楽しくない、乗らないというときに、自分が英語の才能がないのかなと思う学習者がほとんどだと思うんですけれども、教育の責任者の方に問題があると思うんです。

 学習者は、もっとのびのびと自由に学べばうまくいくはずです。

―川合さんの場合、英会話の講師になって、そこから仕事が広がるわけですね。

 そうですね。そのときはまだずっと通訳になりたくて、英会話講師をやりながら、通訳の学校に行っていたんですが、2年間勤めて、達成感が得られないもやもや感がありました。お金をもらった分のものを生徒に与えているかどうか、システムそのものが生徒さんにいいものを与えているのかどうかに、疑問が出てきたんです。

 そこで、住んでいた大阪から東京に来ました。でも、何のあてもないし、実力も何もないし、英語力もそんなにあるわけじゃないし。

 以前に大阪で勤めていた英会話学校の東京の事務所で翻訳コーディネーターの仕事を募集していたのですが、これに応募して、採用されました。サラリーマン生活に慣れてきた数年後から、少しずつ副業として今の仕事のきっかけになるような事を始めたんです。

―アルクの英語教育雑誌「English Journal」に書いたり、映画「ホビット」の主演男優マーティン・フリーマンなど、著名な方にたくさんインタビューしていますよね。

 そうですね、全英アルバムチャート1位を獲得したエド・シーラン、アークティック・モンキーズ、キャサリン・ジェンキンスなど、英国出身のミュージシャンや俳優にインタビュー取材しています。

 昔からメディアが大好きで、アートが好き、音楽が好きでした。今はフリーで仕事をしています。

―好きなことを職業にしたともいえますね。

 そうです。本当にいろいろなことにトライしてきました。表に出た分の10倍ぐらいは失敗しています。

 若い人はどんどんチャンレンジするべきと思います。やってみて、断られるのは当たり前。一個でもうまくいったら、そこからまた広がるんです。僕は、本当に細い糸を辿って、一個ずつ紡いでやってきました。広がっているとはいえ、基本スタンスは今でも一緒です。

―英会話講師や英語を使って仕事をしている人として、日本の英語教育について、提言したいことがあったら、教えてください。

 考え方の転換です。僕もここに気づいてから、英語力が伸びました。

 日本の英語教育は減点方式です。テストがあって、間違ったらダメ。「答えがあっていたらほめられる」よりも、「間違ったら怒られる」ほうに比重が置かれています。

 言語は、発して何ぼやと思っています。間違っていると指摘され、自分を否定されたら、絶対に人は引っ込みます。

 自分から前に出て行くのが言語だとしたら、日本の英語教育はまったく逆のことをやっている。やればやるほど、良いコミュニケーションをする人にはなれないと言う悪循環になっていると思います。

 これはすごく根が深いです。意識していなくても、間違った英語を話したらダメという強迫観念が強いのです。頭では分かっていても、潜在意識の深いところまで入ってしまっています。

―ある意味では、英語以前の問題ですよね。

 そうなんですよ。

 知識があっても、コミュニケーションできないというのはそれが問題だったと思います。

 僕の場合はそれをどうやって克服したのかと言うと、仕事で、いわゆる有名な人とか政府高官の人などを取材をさせてもらう機会に恵まれました。取材をしていたら、間違える場面は必ずある。だけど仕事は続けなければならない。

 今までにいろんな方と仕事をさせていただきましたけど、自分の文法の間違いを指摘されたことは一度もない。極論で言えば、通じればいいということがあるからだと思います。

 結局、間違う、あっている、というのは二の次で、仕事も友人関係も、相手と気持ちよくコミュニケーションをすることを優先することでいいと思っているからでしょう。

 逆に言うとものすごく文法的に正しい英語を話していても、相手が不快な思いをしたら・・・それはコミュニケーションとしては丸ではない。

 子供たちが、学生が、英語を発することで賞賛されるようなシステムを作れば、どんどん良くなると思います。

―英語を国際語として勉強し、小学校から英語を導入するべきと言う考え方についてはどうでしょうか?

 基本的には、間違ったらダメという考え方があるかぎりは、どれだけ低年齢にしても一緒だと思います。高学歴の人が必ずしも英語が話せないというのは証明されていますし。

 僕のような適当な性格のほうが、英語は伸びる傾向があると思います。言語は四角四面のものではなくて、流動的なものです。四角四面になると文法重視になり、それはいいのですが、それだけになると、流動的な部分がついていけなくなります。

ー何故、イギリス英語にこだわっているのでしょうか?

 好きになったと意識したのは、ちょうど英会話講師になった23歳ぐらいの時。英語にアクセントと言うのがあるということが、耳で分かってきたのです。それまではどんな英語を聞いても一緒くたに聞こえたのですが。アメリカ英語、イギリス英語の区別ができるようになった。

 友達の女性がイギリス英語を話したときに、その人が魅力的だということもあいまって、ものすごくいい音に聞こえたのです。そこから、イギリス英語にはまりました。

 単純に好きだということのほかには、自分の独自性を出す意味でイギリス英語にこだわっています。

―将来の目標は?以前は、高いレベルのコミュニケーション力を身につけることでしたよね?

 いろいろな意味で、イギリスと言う国にお世話になっています。だからできる範囲で、恩返しをしたいと思っています。

 具体的には、日本でイギリスについての啓蒙活動をすることです。イギリスについてブログに書いたり、面白い人にインタビューして、日本語のメディアに発表したい。視野は広ければ広いほうがいいと思うのです。

 僕と言う人間を通して、広い世界を日本人の、特に若い人に知ってほしいのです。夢を持てるような海外の人を紹介したいし、海外にもどんどん行ってほしい。

 僕は、不完全でも、英語の世界に入って仕事ができることを体現しています。悪い所も含めて、自分をさらけ出しています。日本人の英語学習者が元気付けられるようにー。完璧じゃなくてもいいんだよ、と。不完全な自分を見せることで、英語教育に貢献したいと思っています。
by polimediauk | 2013-03-06 18:28 | 日本関連