小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 サッチャー元英首相(在任1979-90年)が、8日、87歳で亡くなった。訃報からまもなくして英メディアは特別番組の放送や新聞では特集面を組みながら、報じている。

 まだ訃報の余韻がさめやらぬ9日、私自身、衝撃を感じている。

ー第一報はツイッターで

 訃報のニュースを最初に流したのは、プレス・ガゼット紙が調べたところでは、PA通信。サッチャーの広報役となっていたベル卿がPA(プレス・アソシエーション)に電話をし、PAは8日昼の12時47分に契約企業に情報を流した。

 これを受けて、12時48分、民放ITVがツイッターで速報。ITVのツイッターは各報道機関がよくチェックしているアカウントで、以下のように情報が流れたという。

12.47 – Press Association wire post

12.48 – @ITVNews

12.49 – @BBCBreaking, @TheSunNewspaper, @TheTimes, @HuffPostUK, @Daily_Star, @Daily_Express

12.50 – @Channel4News, @TelegraphNews, @SkyNews, @PressAssoc

12.54 – @Independent

13.01 – @EveningStandard, @FT

13.12 – @DailyMirror

13.29 – @Guardian

13.34 – @MailOnline

ー紙版の新聞が続々と報道

 サッチャーが亡くなった8日、療養のために滞在していたというロンドン・リッツホテル近辺に、たまたまいた。地下鉄駅の近くで配布員から受け取ったのが、無料夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードであった。1面がサッチャーの顔写真のみで、「サッチャー、死す」という大きな見出し。

 中面ではキャメロン首相(保守党党首)の「偉大な指導者、偉大な英国人を失った」という言葉を拾った政治記事、「食糧雑貨店の少女が鉄の女になった」という人生を振り返る記事、友人、識者の言葉、サッチャー政権の閣僚でサッチャーの右腕でもあったジェフリー・ハウによる、「マーガレットは私たちの世界の形を変えたが、妥協を許さず失脚した」と言う寄稿記事、論説面にはサッチャー語録、社説は「英国の政治の巨人の死去」と見出しをつけた。

 9日付の新聞のほとんどが1面をサッチャーの死で埋め尽くした。

 保守系大衆紙デイリー・エキスプレスの1面見出しは「さようなら、鉄の女」。

 保守系高級紙タイムズは「鉄のカーテンの後ろの鉄の女」と見出しをつけ、サッチャーがモスクワを訪れたときの写真を使った。社説では、サッチャーは「シンプルな真実の女性」、「時代の巨人」と書いた。元首相は「時代の大きな問題について、正しい選択をした」。

 タイムズは、日曜版のサンデー・タイムズや保守系大衆紙サン同様に、ルパート・マードックが経営する米ニューズ社の傘下にある。マードックはメディア王として、サッチャーを影に日向に支援したといわれている。

 サンは、マードックが2010年に行ったスピーチからサッチャーに関する部分を引用している。「自由の誇らしい遺産」という見出しの中で、マードックは、サッチャーが英国を変え、米レーガン大統領とともに世界をよりよい形に変えた、と述べている。

 同じく保守系高級紙だが特に保守党に近いといわれるのがデイリー・テレグラフ。1面はサッチャーの写真のみ。言葉はない。中面では20ページ以上にわたる特集面を作った。

 保守系大衆紙デイリー・メールは同じ写真を使って、「英国を救った女性」と見出しをつけた。

 c0016826_21333082.png 労働党に近い左派系大衆紙デイリー・ミラーは「国を二分した女性」(The woman who divided a nation)と書いた。真ん中にサッチャーの顔写真があり、上部に前半部分のThe woman whoと入れて、下部にdivided a nationと入れたことで、「二分した」という思いが強く出た。

 左派系高級紙インディペンデントには、同紙を1980年代半ばに創刊した、初代編集長アンドレアス・ウイッタムスミスが論考を寄せた。名前が政治哲学についた首相は少ないが、「今日まで、サッチャリズムは、自分で自分の靴紐を結ぼうというやり方を表現するときに世界中で使われている」と書いた。

 左派系高級紙ガーディアンは、同紙の政治コラムニストで既に亡くなっているヒューゴ・ヤングの2003年の記事を再掲した。この中で、ヤングは、他人が自分を気に入っているかどうかにほとんど注意を払わなかったのがサッチャーの最大の美徳だったと述べた。

 左派系ガーディアンの面目突如となるのが社説だ。「マーガレット・サッチャー -女性と彼女が残した国」という見出しの中で、サッチャーを好むと好まないにかかわらず、元首相は「過去30年以上の英国の政治の議題を設定した」と指摘。その死で、今後30年間の議題もそうなるかもしれない、と述べる。

 社説の結末に、ガーディアンの思いがにじみ出る。「様々な意味でサッチャーは偉大な女性だった」が、「国葬にするべきではないというのは正しい」。それは、「サッチャーの遺産は国民を分断したこと、個人的な身勝手、強欲ブーム」であり、これを総合すると、「人間の精神を束縛する」ものであったからだ。読んでいて、すごく強い表現のように感じた。

 さらに反サッチャー感が強まるのは、サッチャー政権が閉鎖した多くの国営炭鉱があったスコットランドで発行されるデイリー・レコード紙(「スコットランドは決してサッチャーを忘れない」という1面見出し)や、共産系モーニング・スター紙の「英国をバラバラにした女性」、極左系政党による「ソーシャリスト・ワーカー」だ。後者は、サッチャーの墓碑銘が入った墓石を1面に載せ、「祝」と一言入れた。

 各紙面をご覧になりたい方はプレス・ガゼットの記事をご参考に。

 一方、経済紙フィナンシャルタイムズは1面で「サッチャー -偉大な変革者」と見出しをつけ、その功績を評価した。

 BBCはラジオでも通常の番組を移動させて、サッチャー特集を放送中だ。

***

 ご関心のある方は以下記事もご参考に。

鉄の女サッチャーの秘密

サッチャー氏死去:哀悼も批判も…分かれる英国世論

サッチャー氏死去に冷ややか=残るフォークランドの恨み―アルゼンチン
by polimediauk | 2013-04-09 19:56 | 政治とメディア
 サッチャー元英首相が、8日、87歳で亡くなった。

 今日はずっとテレビにかじりついて、追悼番組を見ていた。いろいろな見方が出ていたが、心に残ったのは

  「信念の政治家」

  「国を二つに割った」

  だろうか。

  そのもろもろはもう既に新聞記事にも出ている。以下は、毎日新聞の記事。

 <サッチャー氏死去>米ソ首脳と信頼関係 国際社会動かす 
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130408-00000084-mai-eurp

 ***

 引用

 
・・・英国は欧州の一角に押しやられた。

 にもかかわらず労働組合は従来通りの権利を要求し国民は高福祉を満喫した。70年代になると英国経済は疲弊して「英国病」と呼ばれ、76年には国際通貨基金(IMF)の支援を受ける。国際社会での英国の地位は失墜し、国民は自信を失う。

 そうした中、登場したのがサッチャー氏だった。国際的には欧州よりも米国との関係を重視し特別な2国間関係を構築した。国内的にも、平等や労働者の権利よりも自由化、競争原理の導入を重視する米国型の政策を断行した。強い抵抗もあったが、女性初の首相であるサッチャー氏はそれを世論の支持ではね返した。結果的に英国経済は回復軌道に乗り、その後のブレア労働党政権の経済成長につながっていく。 


 (引用終わり)

 ***

 私自身が特に「変わったよなあ、サッチャーさんのおかげで」と思うのは、1986年の金融ビッグバン(日本でも90年代に行われた)と、メディア界(=新聞界)のこと。

 ロンドンが近代的な金融センターとしてでかくなってゆくのは、このビッグバンが起爆剤だったと思う。ただ、現在の金融不祥事を見ていると、極端な方向に行ってしまったという面もある。

 メディア界の変化と言うのは、1970年代から1980年代前半まで、英社会は産業構造・市場の変化につれて労働組合によるストが続き、一時は週に3日の勤務体制を敷かざるを得ないほどになっていた。

 1980年代半ば、労組との戦いに勝ったのがサッチャー政権(ちょっと単純な書き方だけれど)。新聞界でもストが続き、一時、タイムズ紙、サンデータイムズ紙はまったく印刷されない状態が続いていた。

 労組と戦っていたのがオーストラリア出身のメディア王、ルパート・マードック。秘密裏にロンドン東部ワッピングでコンピューターを導入した新たな制作・印刷を開始。最終的には労組を負かした。労組にとっては悔しい話だが。サッチャーはマードックの衛星放送買収を影で応援し、マードックが英国のメディア主として大きな影響力を持つための支援をしたといわれている。マードックもまた、所有する複数の新聞紙面で、サッチャーの政策をサポートした、と。

 今のような、資本主義社会まっしぐらの英国を作ったのはサッチャーだ・・・という人もいる。
 
 良い意味でも悪い意味でも、サッチャーさんの遺産は今でも続いてるのである。

 ***
 
 過去記事に若干補足してまとめたのが、以下です。

 サッチャー元首相亡くなる ―今も英国に影落とす「遺産」とは
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/kobayashiginko/20130409-00024317/
 
by polimediauk | 2013-04-09 08:58 | 政治とメディア
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(好調に部数を伸ばす英新聞「i(アイ)」のウェブサイト)

 週刊「新聞協会報」(4月2日付)に、英国の新聞界の生き残り策について書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 今回、英国の新聞界の状況を改めて見て、私はあることに気づき、空恐ろしくなった。それは、いくつかのことが発生していたからだ。

 まず(1)経費削減やテクノロジーの発展により、生身の人間よりも機械・テクノロジーを代用する傾向が強まっている

 (2)給料を払う人員をおかず、代わりに人件費がかからないソーシャルメディアの情報を活用したり、市民ボランティアを「記者」の代わりにする動きが出ている

 ことだ。

 つまり、表題にもつけたが「現場を追われる記者たち」なのだ。フリーランスの仕事で言えば、低賃金化、無料化は職業自体を消失させる可能性もある。

 ジャーナリズムはこれからは(ほぼ)無給の作業となってゆく(一部著名書き手を除く)のかもしれないーーあと5年もすれば、である。いや、3年かもしれない。

 ・・・話が先読みすぎたかもしれないが、今回の執筆は、そんなことを考えさせる機会となった。

***

英新聞界の生き残り策は

効率・デジタル重視 -現場を追われる記者たち

 インターネット上で無料のニュース情報があふれる中、紙媒体でニュースを伝えてきた新聞社の経営は、日本のみならず英国でも厳しい状態にある。

 新たなメディア環境の出現に対応するため、英新聞界は組織再編、人員削減、編集作業の定型化など様々な取り組みを行っている。生き残り戦術を紹介したい。

 まず現況に注目すると、主要全国紙の2月の発行部数(平日平均、英ABC調べ)は前年比で二ケタ台の下落が珍しくない。例外は左派系高級紙インディペンデントの簡易版で、価格が本紙の5分の1の「i(アイ)」だ(12・7%増、2010年創刊)。本紙の部数(約7万5000部)はi(約29万8000部)の三分の一以下になった。iの成功は読者が読みやすくかつ価格が安い新聞を欲していることの表れだろう。

 地方紙(ABCの調査に参加した450の日刊、週刊紙)は昨年下半期で前年同期比6・4%減。日刊紙で前期より部数を伸ばしたのは2紙だけだ。

 ウェブサイトの利用状況は紙の発行部数とは逆で、ほとんどの新聞社サイトがユニーク・ユーザー数を二ケタ台で増加させている。

―人員削減、組織再編

 紙媒体からの収入の落ち込みと読者のネットへの移行に対抗するため、新聞各社は組織再編を行ってきた。目立つのが人員削減の規模や編集部員まで対象としている点だ。

 多くの地方紙を発行するジョンストン・プレスは「デジタル・ファースト」戦略の下、一部日刊紙の週刊化、モバイル機器用新アプリの発売、記者を無給の「市民記者」あるいはフリーのジャーナリストに入れ替えるなどを実行中だ。昨年1年間で約1300人が整理された(現在の人員は約4300人)。

 全国紙でも数十人規模で人員削減が続く。640人余の編集部員を抱え、給与凍結中のガーディアン・ニュース・メディア社は100人の希望退職者を募り、60人弱が応じた。

 1月、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙はデジタル化への投資を進めるため、35人の編集部員の削減と、デジタル専門の記者10人の新規雇用を表明した。

 平日に発行される新聞と日曜紙との編集統合(通常は異なる編集部を持つ)も相次ぐ。2月、インディペンデントとインディペンデント・オン・サンデーの編集部が統合された。

 テレグラフ・メディア・グループ(平日紙デイリー・テレグラフと日曜紙サンデー・テレグラフを発行)は、3月、両紙を統合し、550人の編集部員の中で80人を削減すると発表した。同時に、デジタル専門の人員50人を新規雇用する。

 広告収入への依存度が全国紙よりは高い地方紙業界では昨年11月、地方紙110紙を統合する新会社ローカル・ワールドが生まれた。2月、同社はコンテンツ制作以外の職を運営経費が低いインドにアウトソーシングすると発表した。

―編集の定型化と最適化

 編集作業の効率化を推し進めるトリニティー・ミラー社(全国紙デイリー・ミラーと地方紙130紙を出版)は、「ニュースルーム3.0」と呼ぶ方式を全国の編集現場に導入中だ。

 狙いは本紙及びウェブサイト上で「出版するまでの過程に人の手が介在する数を最小限にする」こと。紙版の制作では定型書式を5つ用意し、記者は書式に納まるように原稿を入力する。ネット用の原稿作成では、「マルチメディア記者」が編集ページに直接原稿を入力し、見出しもつける。

 「コミュニティー編集者」職が新設され、「コミュニティーコンテンツのキュレーター」たちを管理する。キュレーターたちは読者から寄せられた情報や意見(=無料情報)などをまとめる。記者の確認を経て、サイトに記事が掲載される。

 一方、既に電子版購読者が紙版購読者を超え(2月時点で電子版購読者は31万6000人、紙版が28万6000人)、着実に電子版購読者を増やしているFTでは、無料会員や購読者データの分析に力を入れている(米サイト「Nieman Journalism Lab」3月14日付)。

 消費者分析の専門家を中心に約30人がデータ班として活躍する。まず利用者の行動から統計モデルを組み立て、何が起きているかを分析する。その結果をFTの戦略とどう結びつけるかを全社的に説明する。経営幹部からの質問に答え、情報を提供する。購読者の利用行動からどのようなサービスにつなげることができるのかを練り上げる。

 ここまで徹底してデータ分析に人材を投入している新聞社は少ないのではないだろうか。

 FTはまた、ガーディアンが以前から提供している、掲載記事の電子書籍化を始めている。「FTが編集する」というシリーズで、100頁に満たないが、アマゾン他複数の電子書籍ストアで購入できる。

 英国の新聞サイトは海外からのアクセスの比率が半数を超える。これを利用して海外サイトを立ち上げているのがガーディアンだ。昨年の米国版ガーディアンに続き、オーストラリア版を準備中だ。独自の編集長を置き、地元に密着した記事を掲載する。

 テレグラフ紙は昨年11月から、海外からウェブサイトにアクセスする利用者に、20回までは閲読が無料だがそれ以上は月に1.99ポンド(約300円)の購読料を課するサービスを開始した。インディペンデント紙も同様のサービスを提供している。

 テレグラフ紙は今年3月末、この課金サービスを国内の利用者にも適用すると発表した。大衆紙サンはネット版閲読課金サービスを今年後半から開始する。サンの「売り」は、普段は特定の放送局でのみ生中継される、サッカーのプレミアリーグ戦の動画が視聴できることだ。

 新規分野に飛び出すのがインディペンデントなどを所有するロシア出身の実業家エフゲニー・レベデフ(レベジェフとも表記)氏だ。

 放送・通信業の監督機関「オフコム」は地方での放送免許を次々と認可中で、2月、ロンドン地方の新放送局「ロンドンテレビ」の放送権をレベデフ氏に与えた。早ければ9月から放送開始予定だ。想定視聴者は約400万戸。インディペンデント紙が赤字状態の中で、テレビ界に進出する意図を聞かれた同氏は、「影響力の増大」を挙げている。

ー地方紙は

 2012年上半期で発行部数を伸ばした地方紙の一つが英南東部件ケント州のダートフォード・メッセンジャー紙だ。ボブ・バウンズ編集長は「その土地の会話の中に入るのが支持されるための鍵だ」という(プレス・ガゼット紙、3月13日付)。

 同紙のウェブサイト(「ケント・オンライン」の一部)には、紙版発行より前に、多くの記事が掲載されている。この中で取り上げられた話題がソーシャルメディアを通じて広がり、住民の会話に反映されるという。同紙にはフェイスブックの友人やツイッターのフォロワーが多数存在する。

 サイトを開くと住んでいる場所を聞いてくるので、「ダートフォード」と入力すると、中央部に「コミュニティー・ニュース」のコーナーが見える。アルファベットから町の名前を選択すると、その町の紹介や町で発生したニュースが読めるようになっている。ハイパーローカルの典型的な例だろう。 

 英新聞界の取り組みを見ていると、新規の分野に踏み込もうという経営陣の意欲を感じる。しかしその一方では、経費削減のために人手をテクノロジーで代行する動きやそれまでに記事を書いてきた記者の数を切り詰め、デジタル知識に長けた人員を新規雇用するなど、効率性とデジタルを重視するあまりに、相当の知識や経験を持つ新聞記者が現場から押し出される状況が見えてくる。

 広告収入と部数を売って収入を得る紙媒体の発行、そしてネット版(無料、有料)のいずれの場合でも、収益を生み出すのはコンテンツ、中身だ。「すべての収入の基になるオリジナルのコンテンツを人員削減後も提供し続けることができるのだろうか」と、オブザーバー紙のコラムニスト、ピーター・プレストン氏は疑問を投げかけている(3月17日付)。


 
by polimediauk | 2013-04-07 19:55 | 新聞業界
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(海賊のふりをするというアーダン。チャンネル4のサイトより)

 英民放チャンネル4の午後7時のニュースを見て、笑ってしまった動画があった。

 2日に放送された分で、「ソマリアの海賊」のふりをして欧米の著名メディアに取材を受けてお金を稼いでいる人たちの様子を紹介した(動画は日本からは視聴できないことがあります。ご了承ください)。

 自分も時々海外に出て、現地の人を取材する。あれ、あの時は大丈夫だったのかなと少しどきりとした。

 当初は「だますなんて、いい加減な人たちだな」と思ったが、よく聞くと、だまされたほうも十分に取材対象をチェックしていなかったという意味では反省してしかるべきだった。

 動画は、民放チャンネル4のジャーナリストでソマリア人のジャマール・オスマンがケニアのスラム街イーストリーに取材に出かける場面を映し出す。ここは、ソマリア人のたまり場となっているので、ソマリア人の海賊に取材したい人が集まってくる場所にもなっているようだ。

 ここでオスマンが出会ったのが「アーダン」と名乗る人物。きらきらした丸い目が印象的だ。アーダンと数人は世界中のジャーナリストを相手にした、ある商売に従事している。大変繁盛しているという商売とは、ソマリア人の海賊のふりをすることだ。

 アーダンがオスマンに話したところによると、たまり場にはボス=統括者と言うべき人がいる。ケニアに来たジャーナリストたちが「海賊に会いたい」と言ってボスのところに来るので、アーダンたちが海賊のふりをして、お金をもらって取材に応じるというわけである。

 ソマリアの海賊は世界的に有名だし、ジャーナリストたちは取材をしたがる。そこで、欧米のジャーナリストに「海賊」を調達するのだ。「ボス」はジャーナリストたちを車に乗せ、時には数日間かけて、ケニア内を行き来する。「とても危険でまだ顔を出すわけには行かない」などと説明する。この間も、日給が出る。

 「才能があるから、海賊のふりができるんだよ」とアーダン。

 普段はレストランで働いているが、アーダンの日給は微々たるものだ。ところが海賊のふりをすれば、200ドルもらえるという。ケニアではとても大きな金額だ。

 こうして、数々の欧米メディアが「海賊たち」を取材し、記事を書いたり、放送したりしている。その1つは米タイム誌に掲載された。2日時点で、まだウェブサイトに載っていた。

 ニセの海賊たち(アーダンを含め、ほとんどがソマリア人ではない)をデンマークのテレビ局が撮影した動画は世界18カ国で放映されたという。

 アーダンのほかに動画の中に出てくるのが、「バシール」(仮名)だ。彼をソマリア人海賊の一人として書いたのが、上のタイムの記事だ。

 ある動画の中で、バシールは「最も恐れられている海賊」として紹介されている。「私を誘拐しない保証はありますか」とカメラマンがバシールに聞く。「その心配はない」とバシール。

 チャンネル4のジャーナリスト、オスマンがバシールに取材中、「俳優なら、今ここで、どんな感じで海賊のふりをしたのか、やってみてくれないか」と聞く。少し間があって、バシールが「感情を人物に入れ込まないとできないんだよ、気持ちの切り替えができないから」と言って、笑いながら断るあたり、思わず、こちらも噴出してしまった。

 自分はソマリア人ではないし、ソマリアに行ったこともないとバシール。もちろん、ソマリア人の海賊を見たことはない。ただし、「ソマリア人を見たことはある」。

 アーダンが言うには、「西欧人はアフリカ人のことを間抜けだと思っている。でも、アフリカ人は間抜けではない。僕たちは利口だし、西欧人は僕たちをからかってやったと思っているかもしれないが、からかっているのはこっちだ」。

 バシールが言う。「本物のソマリアの海賊がお金をもらって取材に応じるわけがないよ。たくさんのお金を手に入れたんだから。取材に応じる必要がないじゃないか」。

 ニセのソマリア人だと今は分かったという米国とチェコの放送ジャーナリストたちが「自分たちが馬鹿みたいだった、今は本当のことが分かった」と言う場面も入っている。

 タイム誌にチャンネル4がコンタクトを取ったが、返事がなかったそうだ。
by polimediauk | 2013-04-03 07:56 | 放送業界
 新聞通信調査会が発行する月刊冊子「メディア展望」の4月号に、アルジェリア人質問題をめぐる実名報道について、寄稿しています。

 ご関心のある方は、調査会のほうにメールなどでお問い合わせくださると幸いです。

 一定期間を置いた後、ブログなどでも補足した分を掲載しようと思いますが、この問題、本当に随分と議論を巻き起こしましたよね。これほど、2つの意見が平行線をたどったケースも珍しい感じがします。

 犠牲者の実名を出すかどうか、いつ出すかで議論百出でしたが、2つ、海外に住む自分からは目立つ点がありました。

 それは、(1)英国の知人・友人の間では衝撃が伝わりにくかったことと、(2)実名報道支持派と非支持派の意見の大きなギャップです。

 私はこの問題が論争になったことだけでも、ジャーナリスティックな意味でとても興味深いケースだと思い、英国の知人・友人や英語媒体の編集者などと話してみたのですが、「大きな論争になった」ということには興味が引かれたようでしたが、ほとんどの人が「何故問題になるのか、分からない」と言っていました。もちろん、知っている人の中だけの反応ですので、全体を示しているわけではないのですが。

 英国では実名報道が基本で、匿名になるのは例外のみ(未成年者の保護、性的被害者の身元、あるいは裁判官が報道禁止令を出したときなど)なので(日本もほぼそうであるとは思いますが)、実名を出すときの考慮、出されたくないという思いなどへの共感度が低いのかもしれません。

 今回のケースの場合、犠牲者の名前を出すときに遺族への配慮が英国では(=政府レベル)十分にあったように思います。遺族の意思を無視して、という感じはなかったと思います。

 一般的に、事件事故報道で、実名が出るというのが慣習になっていますので、遺族の側も「そういうものだ」という意識があるようです。

 (2)の実名支持派と非支持派の間の溝はものすごく深いと今回感じました。何故なのかな、と。

 私自身は、今回のケースに限っては、「すぐに実名を出す必要はなかった」という側にいます。

 実名報道を支持する側の意見をじっくりと読みましたが、最後まで、「ケースバイケースでいいじゃないか」と思わざるを得ませんでした。四角四面の話ではないようなー。(もっと重要なのは、アルジェリアとテロの話じゃないか、ともー。日本人が巻き込まれるようになっていることへの実態をどうするのか、など。)

 一方、ネット上で、マスコミ嫌いの声がたくさん出て、目や耳を覆いたくなるような表現に出くわしました。ショックでした。「この人たちは、一体何を憎んでいるのだろう」と考えました。

 日本のマスコミが、世界の中でも特に行儀が悪い、執拗に対象を追いかけすぎるから・・・という見方もできますが、それだけでしょうか。

 メディア嫌いというよりも、社会の既得権をもつ人たち=エスタブリッシュメントへの憎しみもあるのかどうか。こんなに憎むのは、マスコミへの信頼感・期待度が高いせいなのか、と。逆説的ですが、「こんなもんだよ」と期待が低ければ、暴言を吐くほどの情熱もないのではないかと思ったからです。

 とにかく、溝は深い。この溝を何とかしなければ、マスコミの将来は危ないーそんなことを考えながら、原稿を書きました。

***

 電子雑誌「ケサランパサラン」14号に、浅野健一同志社大学大学院教授が、この問題について論考を寄せています(アルジェリア犠牲者報道問題だけではない 日本メディアの問題点 「実名報道」による「報道被害」を放置・容認してもよいのか?)。

 浅野先生は「繰り返される実名報道の犯罪性」について述べています。実名報道の英国で生きる私にとって、考えてみたい論点がいくつもありました。

 
by polimediauk | 2013-04-02 02:44 | 日本関連