小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 2008年のリーマンショックと世界的金融危機で、英国民が嫌う業界といえば真っ先に名前が挙がるのは銀行界だった。他人のお金を使って懐を温めるとんでもない奴として、銀行家は「太った猫」とも呼ばれた。

 生活費の高騰に悩む国民にとって、新たな「敵」となったのが大手ガス・電気会社だ。光熱費はガスや電気の卸売価格とともに上下するはずだが、卸売価格の上昇率よりも光熱費の伸びがはるかに大きいのだ。

 料金比較ウェブサイト「uSwitch.com」の調べによると、2004年から今年10月中旬までに光熱費は年間平均522ポンド(約8万4000円、11月20日時点で計算)から1353ポンド(約21万8000円)へと3倍近くに上昇した。「卸売価格以外の要素も光熱費の決定を左右している」と会社側は説明するが、かえって国民に不透明感を抱かせた。

 光熱費問題はエド・ミリバンド野党労働党党首が9月末に開催された党大会で、「2015年の総選挙で労働党政権が成立したら、その後20ヶ月、光熱費を凍結させる」と宣言したことで、再燃した。

 英国の電気・ガス市場は1990年代に自由化しており、「政治家が凍結を強制することはできない」と指摘される中、ガス、電気会社大手4社が最近になって平均10%の光熱費値上げを発表し、「便乗値上げ」と言われても仕方ない状況だ。

 キャメロン首相も光熱費の高騰を問題視するようになったことを受けて、10月29日、エネルギー企業6社の代表が下院委員会に召還され、高騰の背景を問いただされた。各社は「卸売り価格の急騰が原因」と説明したが、国民の理解を得るには程遠かった。

 実は、政府の調査によれば、欧州連合の他国と比較すると英国の光熱費はそれほど高くはない。調査に参加した15カ国の中で英国の家庭の電気料金は2番目に低く、ガス料金は4番目に低かった。それでも、「安いとは実感できない」というのが国民の本音で、ガス・電気会社はしばらく非難の的になりそうだ。

 (週刊「エコノミスト」の「ワールドウオッチ」の筆者担当分に補足しました。)
by polimediauk | 2013-11-21 01:34 | 英国事情
誰が国家機密の報道範囲を決めるのか?

 この問いを、もし「誰が決めているのか」という問いに変えた場合、その答えは、「独立した民主主義国家であるならば、メディアが決めている」になるだろう。国家・政府側が好むと好まずにかかわらず、である。

 英国は、米国の憲法修正第一条に匹敵するような報道の自由をうたう法令を持たないが、特定の組織のみが印刷を許されていた時代から、メディアや市民が報道の自由を勝ち取ってきた歴史がある。歴史のある時点では違法とされた事柄(例えば、18世紀後半まで議会報道は違法だった)を報道することで、自由の度合いを広げてきた。

 国家機密は「機密」とする区分けがはずされない限り、外に出してはいけない情報になる。しかし、過去の例が示すように、メディアは機密であってもその報道が公益になると判断した場合、そうしてきた。

 報道機関の役割は(少なくとも英国のメディアに関しては)権力側に責任説明を持たせ、国民の目から隠していることを明るみに出すことだ。この点において、国家のために機密を維持する権力側と報道機関側は対極の位置にいる。両者の見方がかみ合うことはないであろう。交わらない、平行線の関係だ。

 表題の「誰が(国家)機密の報道範囲を決めるのか?」には、「誰が決めるべきか」という意味合いがある。つまり、国家の機密など、その国に多大な影響を及ぼす(と思われる)事柄についても、メディアはこれをタブーとせずにどんどん報道してよいのだろうか、という問いである。

 今回の英ガーディアン紙が主導したNSA報道については、英国ではさまざまな見方がある。

 ここで、ガーディアンの報道を批判するジャーナリストの見方を紹介してみよう。

ガーディアンは「傲慢」?

 タイムズ紙などに寄稿するジャーナリスト、デービッド・アーロンビッチは、BBCのラジオ番組「分析」(10月7日放送)で、「国家の機密を報道するかしないかを、一メディアが決める状況は好ましくない」と述べた。「決定はもっと中立の存在が決定するべきではないか」。

 これに対し、ガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長は、「メディアでもなく、政府でもなく、そのような決定を行える第3者的存在はない」と番組の中で反論した。スノーデン報道では「米英の諜報活動に損害を与えないか、人命を危険にさらすことはないかを十分に吟味した」と説明する。

 報道の意義については、「インターネットで新たな状況が出現している。世界中のすべての人について、すべてのことについての情報をネット上で収集する能力を国家が持てるようになった。誰がどんなことを考えているかさえ分かる。こんな状況を指摘して見せたのがスノーデンだった」。

 一方のアーロンビッチは「国家には国のために機密を維持する権利がある」、「傲慢」な「ガーディアンのような報道を支持しない」という。

 また、「国家権力はこれまでにないほど、ネット上の危険にさらされている」と指摘する。

 これは、インターネットがテロリズムや犯罪の前哨戦になっている上に、国家権力の拡大を嫌う政治思想「リバタリニズム」を持つと公言したスノーデンや、あるいは戦争の事実を広く知らせることを目的にウィキリークスに情報をリークしたマニングのように、国家の機密にアクセスする職に就いた人々が義憤に駆られて比較的簡単に機密を暴露しやすい技術環境が実現しているからだ。

 テクノロジーの進展というのは、「スノーデン事件」を理解する、あるいは議論するときの要点の1つだろう。

 米国と歴史的・政治的に近い関係にあり、軍隊を持ち、情報機関同士が密に連絡をとりあう英国にいると、今回の国家機密暴露事件において、ガーディアン側が絶対に正しいとも、機密を隠したがる側を頭から「悪者」とするわけにもいかない。実際はもっと複雑なのだ。

国民はどう考える?

 NSAやGCHQがある米英の国民に聞いてみると、世論調査では政府側支持とガーディアン側支持とがほぼ拮抗している。

 拙稿でも見たのだが、英調査会社ユーガブによる10月中旬の調査では、情報機関による監視力が「ちょうどよい」と答えた英市民が42%でトップを占めている。さらに22%が「もっと拡大したほうがよい」と考えている。「巨大すぎる」(19%)、「分からない」(17%)はその後だった。

 また、米テッククランチが11月5日に発表した調査では、NSAの情報収集手法を「支持する」と答えた米国民が51%を占めた。外国の首脳への通信傍受・盗聴行為を「テロ捜査のために容認する」(57.4%)が、「容認しない」(42.6%)を上回っている。

米英の違いは?

 米国では何度か「監視するな」という抗議デモが起きているが、9・11テロや7・7ロンドンテロがあった両国の国民は、情報機関の存在の意義を否定しているわけではない。

 英国では、ガーディアン以外のメディアは、左派系全国紙インディペンデントも時折大きく報道するが、この2紙以外の報道はそれほど目立つものではない。

 一つの理由は、「ライバル紙のスクープを大々的に報道しない」というスタンスがあるからだといわれている。といっても、2010年のウィキリークス報道(これもガーディアンが主導)では、他紙もある程度大きく扱っていたように記憶しているのだが。

 英ジャーナリスト、ジョナサン・フリードマンはニューヨーク・タイムズに寄せた論考(11月8日付)の中で、英国民の中に情報機関への信頼感がある、と書いている。

 米国では政治の主人公は国民だという思いがあるが、英国では、政府は「女王様の政府」であり、国民は臣民と考える。このため、権力が上にあって、臣民たる国民はその一部を垣間見るだけーという形に慣れているのではないか、と指摘している。

 スノーデン報道は続いており、情報活動の実態の暴露は今後、さらに深まりそうだ。しばらくの間、どんな分析も「途中経過の報告」にならざるを得ない感じがしている。(終)

***

補足

 最後に、「国家権力と英メディア」というテーマからは少々外れるが、気になっていることを挙げておきたい。

 スノーデン報道は政府による隠密の情報収集活動の暴露だった。これについて議論が発生するのは、ネットを安心して使うためにも重要な動きだが、全体を俯瞰する視点も必要ではないだろうか。

 例えば、政府側が「テロ撲滅」などの理由で情報収集をしていると国民に説明するとき、その「敵」がどれほど巨大で違法な活動をしているのかが、よく見えない・分かりにくい。

 確かにNSAの存在は巨大だが、他国の情報機関との連携の度合いや、サイバー犯罪の規模・現況、そのほかのネットワークなど、まだまだ外に十分には出ていない情報がある。大手ネット企業による情報収集と保管についても十分な解明がなされていないのではないか。

 私たち市民が気に留めるべきネット上の「監視」活動の中で、外に出ている・知られているのは全体の中の一部だーそんな感覚を自分は持っていることを記しておきたい。
by polimediauk | 2013-11-15 19:41 | 政治とメディア
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(ガーディアンのNSAファイルのウェブサイト)

 国家権力と英メディアという観点で、いくつかの事件を紹介してきた。最後の例として、エドワード・スノーデン元米中央情報局(CIA)職員のリークによる、米英の情報機関(米国家安全保障局=NSA,英政府通信本部=GCHQ)の監視行動についての報道を見てみよう。

 6月初旬の初報後、英ガーディアンや米ワシントン・ポスト紙が主導し、ニューヨーク・タイムズ紙、香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙、独シュピーゲル誌、仏ルモンド紙のほか、イタリア、スペイン、ブラジルなど世界各国のメディアが報じている。

 以下は国家権力と英国のメディアという2つの大きなパワーのせめぎあいを見る目的でまとめたものだ。全貌ではないことをご了解いただきたい(人名は敬称略)。

スノーデンとNSAファイル事件(ガーディアン紙ほか)

 スノーデンは、「米国民が政府による大規模な監視下に置かれていること」に義憤を感じ、情報リークを決心したという。

 NSAやGCHQによる大規模情報収集の状況が大きく報道された直後、米英の政府首脳陣は国民を心配させないような発言をしている。

 オバマ米大統領は「100%の安全が保障され、かつ100%のプライバシーが守られて、まったく不都合なことが起きないーということはありえない」と述べ、ヘイグ英外相は「法を遵守する市民は、心配することはない」と発言した。

 水面下で、英政府側はスノーデン氏が持ち去った情報を奪回するために動いていた。報道直後からガーディアン紙に対し情報の返還を迫り、7月、ロンドンのガーディアン本社を訪れ、政府高官の眼前で情報が入っていたコンピューターのハードディスクを破壊させた(アラン・ラスブリジャー編集長のブログ、8月19日付)。

 情報はすでに海外の報道機関の元にも保管されており、ガーディアンのコンピューターのハードディスクを物理的に破壊しても、情報そのものを削除したことにはならない。政府側には不当に盗まれた情報を元にして報道を行うメディアに対し、物理的不都合を引き起こすことができることを示す、威嚇行為に見えた。

 編集長がブログを書いたのは、8月18日に発生した、別の事件がきっかけだった。

パートナーの拘束

 NSA報道の記事を書いてきた米国人ジャーナリストのグレン・グリーンワルドはリオデジャネイロに居住しているが、パートナーとなる男性デービッド・ミランダがドイツを訪問し、自宅に戻る途中で英ヒースロー空港に立ち寄った。ここでミランダは英当局に9時間近く、拘束された。

 ミランダは、ガーディアンが旅費を出す形で、ドイツにいる米国人の映像ジャーナリスト、ローラ・ポイトラスを訪ねていた(旅費負担は後で判明)。ポイトラスはグリーンワルドとともに初期からNSA報道にかかわっており、独シュピーゲルにも記事を書いている。

 英テロリズム対策法の下で拘束されたミランダは、携帯電話、ラップトップ、メモリースティック、付属のハードディスクなどの所持品を取り上げられた。電子メールやソーシャルメディアの利用パスワードなどを聞かれた。「教えないと刑務所に入れると言われた」という。

 8月20日、ミランダは高等法院に訴えを起こし、拘束が合法であったことが確立するまで、押収した所持品の捜査を停止するよう求めた。22日、高等法院は「国家の安全保障以外の目的での捜査停止令」を出した。実際には「高度に慎重に扱うべき資料が存在している」という理由から、テロ事件捜査班が捜査中だ。

 30日、高等法院で本件についての政府側の説明によると、押収品の中には「5万8000件以上の国家安全保障上の機密書類」があったという。

 今月6日と7日、高等法院でロンドン警視庁と内務省の弁護側が拘束の正当性を説明した。ミランダが所有していた機密書類が「アルカイダなどに渡る可能性があった」(内務省弁護士)、「ウィキリークスの例のように、書類の内容がウェブサイトにアップロードされてしまう危険があった」(警視庁の弁護士)。

 ミランダの弁護士は、法律の適用が「過度だった」、「ジャーナリストには政府の行動を詮索するという民主主義社会の義務がある」と述べた。

 裁判の結果は、後日、出る予定だ。

政府、当局からの批判

 10月に入り、報道は国益に反する行為だという批判が政府関係者から続々と出るようになった。

 同月9日、英「MI5」(国内の治安維持に従事する諜報機関)のアンドリュー・パーカー長官は報道陣に対し、GCHQの情報収集手法が明らかにされたことで英国の安全保障に「損害が生じた」と述べた。

 23日には保守党議員ジュリアン・スミスの呼びかけで、ガーディアンの報道と国家の安全保障への影響について議論の場が設けられた。「諜報機関の手法が公開されれば」、テロリスト側の行動が変わってしまう、と安全保障問題担当の閣外大臣ジェームズ・ブローケンシャーが述べた。スミス議員はGCHQの内情を報道したガーディアンは「報道の自由を行使したのではなく、国の安全保障に破壊的な効果をもたらした」と述べた。

 28日には大衆紙サンがガーディアンらの報道後に「テロリストの動向が消えた」とする「諜報機関高官」の発言を掲載。

 これを受けて、前週に開催された欧州サミットの結果を下院で報告したキャメロン首相は、ガーディアンなどに対し「社会的な責任」を示すよう求めた。もしこのまま報道を続けるようであれば、「裁判所に報道差止め令の発行を求めるか、国防通知の発行」を辞さないと述べた。英政府による、もっとも明確な報道自粛へのメッセージであった。

 11月7日には、英国の3大情報機関のトップが初めてそろって公に姿を見せ、議会の情報安全委員会で証言した。海外の諜報活動を扱う「MI6」の」長官は活動情報が報道されたことで、「大きな損害があった。こちらの仕事が危険になった」と述べた。

 来月、ガーディアンのラスブリジャー編集長が下院内務委員会に呼ばれ、報道にまつわる事情を説明することになっている。(次回は「国家権力と英メディアの綱引き」の結論)
by polimediauk | 2013-11-14 21:35 | 政治とメディア
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(デイリー・テレグラフの議員経費特集サイトの画面)

 エドワード・スノーデン元米中央情報局(CIA)職員からのリーク情報に基づき、米英情報機関による情報集活動を報道してきた新聞の1つが、英ガーディアン紙だ。同紙に対し、テロリスト捕獲活動に「損害を与えた」(英諜報機関トップら)とする批判が出る中、アラン・ラスブリジャー編集長が、来月、議会の内務特別委員会に呼ばれて証言することになった。

 国家の機密を外に出すメディアと機密を守ろうとする政府・当局側との綱引きが続いている。

 綱引きの前例の1つが、保守系全国紙デイリー・テレグラフによる暴露記事(2009年)だ。

下院議員灰色経費請求問題(デイリー・テレグラフ紙)


 米国人ジャーナリスト、へザー・ブルックがきっかけを作った暴露例が灰色経費請求問題。

 ちなみにここでの「経費」とは、「追加費用手当」を指し、通称「別宅手当て」といわれた。議会があるロンドンから遠い場所を選挙区とする議員は、議員開会中、ロンドン近辺の宿発施設が必要となる。これを「別宅」として関連する費用を経費として計上できる仕組みだ。

 英国に住みだしたブルックは、地方自治体などの公的組織や国民が選んだ議員についての情報が一般市民には入手しにくいことを知って、驚いた。2005年、政府や公的機関にかかわる情報の公開を国民が要求できる「情報公開法」の施行にあわせ、下院議員全員の経費情報を要求したところ、「時間がかかりすぎる」などの利用で拒絶された。

 その後、ほかのメディアの記者も同様の要求を開始し、情報を出すことを渋る下院側とジャーナリストらの裁判が始まった。

 数年後の2009年、ブラウン首相(当時)が公開に同意したものの、議員にとって都合が悪い情報を黒塗りさせる作業を行わせていた。

 この頃、黒塗りされていない生の経費情報が入ったディスクが何者かの手によって下院の外に流出し、買い手を求めているという情報がメディア界で流れた。いくつかの新聞社は購入を拒否し、最終的に、編集長、経営陣の了解の下、デイリー・テレグラフ紙が約11万ポンドという巨額で購入した。

 テレグラフは数人の記者を社内の一室に集め、同僚はおろか家族にも他言しないようにさせて、膨大な量のディスク情報の分析に取り掛かった。分析後、原稿を作ってから該当する議員のコメントを取り、記事を掲載した。

 テレグラフは姉妹紙の日曜紙サンデー・テレグラフとともに連続35日間、1面トップで経費問題を扱い、複数の閣僚が辞任した。情報の公開を拒んできた下院議長も辞任した。

 当初、情報をお金で買ったテレグラフに対し批判が起きたが、連日のスクープ報道でいかに議員らが経費を無駄遣いしているかが暴露され、批判は消えた。「公益性があった」と見なされるようになった。

 経費報道をテレグラフの数人の記者がまとめた本「どんな経費も見逃さない」によると、テレグラフのウィル・ルイス編集長(当時)は、無断で持ち出した情報が入ったディスクを買ったことで、窃盗罪などに問われる可能性を想定した。自分自身や記者が警察の取り調べを受け、逮捕あるいは禁固刑が科されるのではないかと心配し、弁護士団を用意した。

 しかし、報道開始から2週間後、経費情報の公開を拒んできた下院議長が辞任宣言。同日、報道には「公益性がある」として、ロンドン警視庁から捜査を行わないとする声明文がテレグラフに届いた。

 先の本によると、ディスクを外に出したのは、義憤に駆られた、黒塗り作業に関連した人物(作業室を警備していた英兵の可能性もある)とされている。

ウィキリークスによるメガリーク(ガーディアン紙)

 最近の米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)の監視行動の暴露をほうふつとさせるのが、インターネットの内部告発サイト「ウィキリークス」による「メガリーク」(2010年)だ。

 ウィキリークスはオーストラリア人ジュリアン・アサンジがドイツ人エンジニアのダニエル・ドムシャイトベルクなどと、2006年に立ち上げたウェブサイトだ。07年から、世界の企業や政府の不正についての情報を受け付け、公開してきた。

 政府や企業などの内部事情を知る人物が公益目的で行う内部告発には長い歴史があるが、その人物の素性が明るみに出た場合、雇用先からの解雇あるいは何らかの社会的制裁を受けがちだ。

 ウィキリークスではウェブサイトを通じて情報を受け取るが、暗号ソフトを通して情報が渡るため、ウィキリークス側にも告発者の素性が分からないようになっている。

 2010年、イラクに駐屯中だった米海兵隊の情報分析アナリスト、ブラッドリー・マニング兵(2013年、敵へのほう助罪などで有罪、35年の実刑判決。有罪決定後、チェルシー・マニングという女性として認識されるよう、本人が要請)が米政府の機密情報をディスクにダウンロードし、ウィキリークスに送った。

 マニング兵からのリークを元に、ウィキリークスは次々と情報を公開してゆくが、公開のパートナーに選んだのが英ガーディアン紙だった。同紙の特約記者ニック・デービスがアサンジと交渉した。

 デービスは、情報量が巨大であったため分析には時間がかかると見て、米ニューヨーク・タイムズとの共同作業をアサンジに持ちかけた。英国では公務員機密守秘法や名誉毀損法などによる法的縛りがきつく、報道の自由をうたう憲法修正第1条を持つ米国のメディアを巻き込んだほうが報道しやすいとも考えた。

 アサンジはこれに同意した後、ドイツの週刊誌シュピーゲル、英民放チャンネル4にも情報を提供することに決めた。外交公電報道では仏ルモンド紙、スペインのエルパイス紙も参加した。

 2010年夏以降、米英仏独のメディアによる、一連の報道が始まった(7月、アフガン紛争関連資料約7万7000件公開、10月イラク戦争関連米軍資料約40万件公開、11月、米外交公電約25万件の報道開始)。情報量が巨大なため、「メガリーク」と呼ばれた。

 2011年、筆者がガーディアンのイアン・カッツ副編集長(当時)に筆者が聞いたところによると、「報道してよいかどうかを当局に聞くことはなかった」という。米軍資料の信憑性、正確さ、報道によって人命が危険にさらされないか、国家の安全保障に損害を与えないかどうかの判定は、世界中にいる同紙の記者、内外の軍事関係者などを通じて確認、判断した。

 米外交公電についてはロンドンの米大使館やワシントンの米国務省と「議論の機会」を持ち、米側は特定の事柄についての懸念を表明した。ガーディアン側は「懸念の件は考慮する」と答えたという。

 外交公電の報道開始前に、英政府はガーディアンを含む複数のメディアに対し、慎重に扱うべき外交情報があれば通知してほしいという「国防通知」を出した。この通知に応じる法的義務はないが、報道機関は国防に配慮した報道を行うよう要請される。英首相官邸は「この通知によって報道差止め令を裁判所に求める意図はない」と説明」し、報道の自由の維持に神経をとがらせた。

 ニューヨーク・タイムズは報道前に、米政府と何度か交渉の機会を持ち、ワシントン支局長と他の2人の記者がホワイトハウスに呼ばれている。

 政府側は「修正すべき項目」として(1)人命に損害をもたらすと思われる部分、(2)諜報活動の秘密を暴露すると思われる部分、(3)外国の政治家に関わる率直な感想を述べた部分を指摘した。ニューヨーク・タイムズは(1)に関しては理解を示したものの、(2)と(3)については政府の懸念に同意しないとする場合もあったという。最終的に、「一部は修正し、一部は修正せず」という方針をとった(「読者へのお知らせ」、ニューヨーク・タイムズ紙、2010年11月28日付)。

 現在までに、メガリーク報道を主導したガーディアン、ニューヨーク・タイムズが米英両政府から報道が違法であるなどの理由から訴えられる事態には発展していない。

 アサンジは2010年夏にスウェーデンを訪れ、二人の女性と性的関係を持った。後、女性たちはアサンジに性的暴行を受けたと主張した(アサンジ本人は否定)、スウェーデン検察局は「欧州逮捕状」(03年から施行)を用いて、アサンジが同国に戻るよう要求した。

 アサンジはスウェーデンを訪れることを拒否しているが、もしそうなれば米国に移送され、機密情報を暴露したサイトを運営する自分が米国でスパイ罪(もし有罪となれば死刑もあり得る)に問われると主張している。

 アサンジとスウェーデン検察局の間で移送をめぐって裁判沙汰となったが、昨年、英最高裁はアサンジのスウェーデンへの移動を命じた。これに応じなかったアサンジは在ロンドンのエクアドル大使館に政治亡命を申請し、8月、申請が認められた。今年11月現在も、大使館に滞在中だ。

 (筆者のブログ「英国メディアウオッチ」や拙著「英国メディア史」を参考にしました。)
by polimediauk | 2013-11-13 22:32 | 政治とメディア
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(キャサリン・ガンの笑顔 グーグル検索より)

 2003年ー。米国家安全保障局(NSA)や英国の通信傍受機関、政府通信本部(GCHQ)による世界的な規模での情報収集、他国政府首脳への盗聴行為の実態が明るみに出る、10年前のことだ。

 この年の3月、イラク戦争が始まったことを覚えているだろうか。開戦前には英国内ばかりか国際社会の論調が大きく二つに分かれていたことも。大雑把に分ければ、米英が主導する、イラクへの武力攻撃の支持派か反対派だ。

 当時GCHQに勤務していたキャサリン・ガン(28歳)は中国語から英語への翻訳を専門としていた。幼少時代は台湾で教育を受け、英国に戻ってからは、名門ダラム大学で中国語、日本語を学んだ。

 03年1月31日、ガンはある電子メールに目を留めた。

 米英が、イラク戦争の開戦に向けて国際社会からの支持を広げようと躍起になっていた頃である。

 NSAの高官フランク・コザが発信したメールには、国連安保理の理事国がイラクへの武力行使について、どのような考えを持っているかを探ることに力を傾けてほしいと書かれていた。特に集中してほしいこととして、国連本部にあるアンゴラ、カメルーン、チリ、ブルガリア、ギニア、パキスタン(この6カ国は当時、安保理の非常任理事国)の事務所や代表者の通信を盗聴・傍受するよう、GCHQに依頼していた。イラク開戦を可能にする安保理決議に十分な支持が集められるかどうかが、米英側にとっては緊急の課題となっていた。こうした国々の支持を得られれば、武力行使を開始できるはずだった。

 「これはひどい。こんなことまでするなんてー」。そう思ったガンはメールを印刷し、印刷した紙をバッグに入れて帰宅した。この行為だけでも、公務員機密守秘法違反であった。週末、どうするべきか考えた。週明けの月曜日、まだ怒りは収まらなかった。「違法な戦争の開始を止めたい」という思いがあった。

 「何とかこれを外に出したい」と思ったガンは、友人を通じてジャーナリストに情報を渡した。2月になって、ロンドンの反戦デモに参加したあと、通常の生活に戻った。

 3月2日、ガンは新聞小売店で日曜紙「オブザーバー」を手に取った。1面全体を使って、NSA高官の電子メールを元にした記事が掲載されていた。

 ガンは体が震えだした。自分が情報源になった記事がここまで大きく報道されたことに、衝撃を受けていた。

 勤務先のGCHQ内では犯人が探しが始まった。当初は関与を否定したガンだったが、考え直し、自分が情報源であったことを上司に認めた。ガンは職場の上司らと職員が使う食堂で昼をともにした後、GCHQの車で地元警察に出頭し、逮捕された。

 6月、ガンはGCHQを解雇された。

 11月、ガンは公務員機密守秘法第1条(正当な認可がなく、安全保障及び諜報情報の公開を違法とする)で起訴された。同月末、予備審問の役割を果たす治安判事裁判所で名前と住所などを述べた後、ガンは弁護士を通じて、公務員機密守秘法の違反による有罪にはあたらないとする声明文を公表した。

 有罪ではないという理由は「自分の行動は、多くのイラク市民や英兵が殺害される、非合法の戦争の発生を防ぐという目的があったからです」、「良心に基づいての行動でした」。

 もし有罪となれば、2年の実刑となる可能性もあった裁判が始まったのは、翌年04年の2月25日。検察側がガンを有罪とする証拠を提出することができず、起訴案件を取り下げる結果となった。

 前日、ガンの弁護士は政府に対し、イラク戦争の合法性を示す証拠の提出を要求していた。当時、法務長官がイラク戦争を最終的に合法とした件が注目の的となっていた。長官は政府に対し、戦争が合法とする見解を出していたが、この文書の全容が公開されないままでいた。長官の文書を含めたさまざまな機密情報が裁判で公開されることを避けるために起訴取り下げとなった、と言う報道が出た(政府側は否定)。

 無実となったガンは、裁判所の外に立ち、「リークは開戦を防ぐためだった」と述べた。自分の行動を「後悔していない。同様の状況にいたら、同じ事をするだろう」。

 「メールを見て、恐ろしくなった。英国の情報機関が国連での民主主義のプロセスを脅かすような行動をとるように言われるなんてー」。

 ガン自身はイラク戦争反対派だったが、その信念を通すために情報を探していたわけではなく、政府を困らせようと思ったわけでもないという。「21世紀になっても、爆弾を落とすことで物事を解決しようとしていることに困惑した」。

 当時、英国のさまざまなテレビや新聞に取材され、晴れがましい笑顔を見せたガンの様子を、私自身も覚えている。

ー10年後の現在は?

 オブザーバー紙がガンのリークを元にして、米NSAのメールをスクープ報道したのは2003年3月だった。

 10年後の3月、オブザーバーで記事の執筆にかかわったジャーナリストがガンをインタビュー取材した。

 30代後半となったガンは「今でも自分の行動を後悔していない」というものの、「その後、何が起きたかを考えると、(NSAのメールが盗聴を要求していたという)情報について、誰も行動を起こさなかったことへの怒りや焦燥感が強くなる」。

 当時「百万人単位で反戦デモが発生していた。反戦感情の大きさを官邸やブレア首相(当時)が非常に気にしていた」。イラク戦争の開始を止める「寸前まで行ったのに、止められなかった」。

 米英を主導したイラクへの武力攻撃が開始されたのは、2003年3月19日だ。

 GCHQを解雇されてからの10年、ガンは定職につかないままで過ごしてきた。現在はトルコ人の夫、4歳の子供とともにトルコに住む。

 「一番つらかったのは、財政状態」(ガン)。「積極的にキャリアを追求しなかった自分のせいでもあるけれど」。

 現在でも、「英国政府には説明義務があると思う。NSAからの盗聴の要請に、英国側は応じたのか、どうか。あのような要請を受けることが仕事の一部になっていたのかどうか、米英の政治的な力関係はどうなっているのか」。

 例えば、メールが「独立した国家間で協力をあおぐという形ではなく、(上から)指令を与えるという形になっていた」ことをガンは指摘する。
 
 NSAとGCHQについての一連の報道が出るのは、このインタビュー記事の3ヵ月後である。

 ガンの言葉は今でも強いメッセージを放っている。
by polimediauk | 2013-11-09 21:47 | 政治とメディア
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(キム・フィルビーのさまざまな表情 グーグル検索より)
 
 今年6月上旬以降、英ガーディアン紙をはじめとする欧米の複数の報道機関が、米英の情報機関による大規模な監視行為の実態を暴露する報道を続けている。情報源は元CIA職員エドワード・スノーデンだ(米当局により情報窃盗罪などで起訴。現在、ロシアに住む)。

 7日、英情報機関のトップ3人が議会の情報安全委員会で証言を行い、メディアによる報道が、業務遂行において「有害だ」と主張した。アルカイダなどのテロリスト網が「さぞ喜んでいるだろう」と海外の諜報活動を行う組織MI6の長官が発言している。

 国の安全保障にかかわる機密をメディアが勝手に暴露するなというメッセージだが、政府側、情報機関側にとっては「機密」が外に出ないようにするのが仕事である。予期された発言だったとも言えるだろう。

 その一方で、メディア側は公益のために国家の機密であろうと何であろうと、外に出すのが仕事だ。秘密を守りたい側と情報を出したい側の「綱引き」は常に続く。

 国家機密に対する英メディアの過去の対処法を見てみると、機密であることを承知の上で、あえて報道してきた数々の例がある。

 例えば、18世紀後半まで、議会での討議を報道することは正式には認められなかった。報道すれば、その出版媒体の発行人が投獄されたり、印刷免許を取り上げられたりなどの苦難があった。

 誰が報道したか、誰がどんな発言をしたかを隠すために、架空の国の話として報道したり、議員名を仮名にしたり、掲載時期を議会の閉会中に限ったりなどの工夫があった。今となっては喜劇のようだが、あまりにも凝った仮名やイニシャルなどを使ったために、読者に意味が通じない場合もあったという。また、発言予定の議員の名前や議題から議論の内容を推定し、ほぼ創作して「議事録」として報道したジャーナリストもいた。

 過去の英メディアの奮闘振りをたどりながら、国家機密とメディアの関係について考えてみたい。

―「第3の男」の正体を暴露(サンデー・タイムズ)

 英日曜紙サンデー・タイムズが国家機密と格闘した例の1つが、「第3の男」と呼ばれたキム・フィルビーことハロルド・エイドリアン・ラッセルのスパイとしての正体を暴露した記事(1967年)だ。
 
 フィルビー(1912-88年)は国外の諜報活動を担当するMI6の長官候補にもなった人物だが、ケンブリッジ大学在学中に共産主義を信奉し、ソ連の諜報部にスカウトされた。

 英国ではMI6に勤務し、対ソ諜報班のトップとして米英の重要な諜報情報をソ連に流す2重スパイとなった。

 1951年、フィルビー同様にソ連のスパイだった英外交官ガイ・バージェスとドナルド・マックリーンにスパイ嫌疑がかかる.

 フィルビーは二人に嫌疑がかかっていることを警告し、ソ連への亡命を助けた。 このために、フィルビー自身にも嫌疑がかかってしまう。

 1955年、議会でフィルビーが「第3の男」かと聞かれたマクミラン外相(後の首相)はこれを否定した。

 フィルビーは一旦MI6を離れた格好となり、英週刊誌「エコノミスト」や日曜紙「オブザーバー」の記者となって、ベイルートに滞在しながら原稿を送った。パーティーに明け暮れる毎日で、「原稿を書いたところを見たことがない」という人もいた(後述のドキュメンタリー作品より)。

 1962年末、再度スパイ容疑が高まり、英当局がフィルビーの尋問を始めた。フィルビーは間接的に容疑を認めたという。翌年1月、フィルビーはベイルートから忽然と姿を消した。翌年夏、フィルビーがソ連に亡命したとする記事が地元紙に出た。

 1967年、サンデー・タイムズのハロルド・エバンズ編集長はフィルビーがMI6内で何をしていたのかについて、ほとんどの人が知らないことに気づき、部内の調査報道チーム「インサイト」に取材を命じた。

 当時、MI5やMI6の存在自体を政府が公式には認めていない状態だった。両組織の関係者、元関係者らは「『公務員機密守秘法』に違反する」という理由から、口を閉ざした。また、フィルビーは「それほど重要な地位にいなかった」とする関係者も多数いたという。

 しかし、チームの粘り強い取材から、フィルビーが対ソ諜報班のトップであったこと、ソ連のスパイであったことを探り出し、原稿を作った。

 67年9月、エバンズ編集長は外務省から報道差し止め願いの書簡(「国防通知」)を受けとった。諜報機関や諜報部員についての情報を掲載しないようにと書かれていた。

 この通知に法的拘束力はないが、政府の法律顧問役となる法務長官が新聞を公務員機密守秘法違反で訴える可能性があった。

 熟考の上、編集長はこの通知を無視することにした(エバンズ著「マイ・ペーパーチェース」)。サンデー・タイムズの所有者ロイ・トムソン(当時)が「編集内容には介入しない」という姿勢を常に表明していたこともエバンズ編集長の決定に影響を及ぼしたに違いない。

 10月1日付でフィルビーがソ連のスパイであったことを認める記事(息子のジョンをモスクワに写真撮影のために送り、ソ連に住むフィルビーの写真が付いていた)が掲載された。

 掲載後、当時の外相は編集長を「売国奴」と呼び、元MI6関係者は「フィルビーはそれほど重要な地位にはいなかった」と記事の内容を否定するコメントを出した。

 その後のメディア報道で、フィルビーの地位や仕事の内容についての大まかな部分が明るみに出た。しかし、2013年現在、全貌が判明したわけではない。

ー「欺瞞を明るみに出す」

 国家機密をメディアが報道することの是非を、ドキュメンタリー「寒さの中に出ていったスパイ -ソビエトのスーパー・スパイ、キム・フィルビー」(11月18日、BBC4というテレビ・チャンネルの「番組ストーリービル」で放送予定)の監督ジョージ・ケアリーに、10月中旬にロンドン市内で開催されたイベントで聞いてみた。

 ケアリーは「国家の機密を何でもメディアが暴くべきとは思わない」としながらも、フィルビーについての情報は「公に出てしかるべきだった」という。

 「諜報機関の上層部にいたフィルビーが二重スパイであったことは、英国の支配者層にとっては大きな失態だった」、「失態だったことを国民に隠していた」。

 諜報界が真実を表に出したがらなかったのは、「国の安全保障に損害を与えるからではなく、もっぱら、自分たちの恥を隠したかったからだ」。こうした欺瞞を明るみに出すという全うな理由がメディアにあった、とケアリーはいう。

 フィルビーがなぜ長い間、二重スパイであったことを悟られなかったかについてはさまざまな説がある。

 先のドキュメンタリーを放送する番組「ストーリービル」のプロデューサー、ニック・フレイザーは、「フィルビーは社会の支配層の一部だった。周囲の職員や政治家、知識層が属する階級の中の、『仲間』だった」と指摘する。

 自分たちの仲間であるフィルビーが「国を裏切る、自分たちの信頼を裏切るとはどうしても信じられなかったのだと思う」と筆者に述べた。

 フィルビーはロシア(当時はソ連)亡命後、KGB(当時)の英国担当顧問になったが、KGBの建物に入ることさえ長い間許されず、事実上閑職だった。自宅に軟禁状態となって何年も過ごしたという。現地の女性と結婚し、二人で暮らしていた。

 ケアリーのドキュメンタリーによれば、英諜報部のトップシークレットが容易にソ連側にわたっていたことをソ連側が信じられず、「フィルビーが英国から送ってきた文書は何年も事務所の隅に重ねられていた」(元ソ連情報部幹部の談)という。

 フィルビーは1988年に死去。盛大な葬式が行われたが、ケアリーのドキュメンタリーによれば、それにはわけがあった。ソ連にとっては西側諸国の英国がソ連の二重スパイを抱えていたという不名誉な事実を宣伝する、格好の機会だったという。(つづく)

参考:

拙著「英国メディア史」
by polimediauk | 2013-11-08 21:37 | 政治とメディア
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(英委員会で証言をする英情報機関トップー左からMI5、MI6,GCHQ長官 BBCサイトより)

 今年6月から、元米CIA職員エドワード・スノーデンのリーク情報を元にした、米英の情報機関(米国家安全保障局=NSA,英政府通信本部=GCHQ)による大規模な監視・盗聴活動が暴露報道されてきた。

 当初は英ガーディアン紙、米ワシントン・ポスト紙が主導し、その後世界各国のメディアが次々と報道を続けている。

 連日のスクープ報道が5ヶ月を越えた今日(7日)、英国の3大情報機関のトップが初めてそろって公に姿を現し、議会の情報安全委員会で証言した。以前から計画されていた定期的な会合だったというが、これまでは公開ではなかった。特に、GCHQのトップが公に顔を出したのは初めてだ。

 公開になった背景にはこれまでのガーディアンなどの報道があった。同紙はNSAやGCHQがいかに国民の知らない間にさまざまな情報を取得しているかを報道してきた。そこで、情報機関側としても何らかの説明をし、国民の理解を得る必要があった。米国ではすでにNSAトップも含め、関係者が何度も公で証言を行っている。

 午後2時に始まり、約1時間半続いた証言の中で、それぞれの機関がどんな活動を行っているのか、またNSAやGCHQの情報収集活動の暴露がどんな影響をもたらしたかについて、トップ自らが語った。

 改めて、出席した3人のプロフィールを紹介すると、

 国内の諜報活動によって国家の安全を維持するMI5のアンドリュー・パーカー長官(敬称略)。

 国外の諜報活動にかかわるMI6のジョン・ソーアーズ長官。(いわゆる、ジェームズ・ボンドが勤務する組織。 もちろん、ボンドは架空の存在だが。就任当時、海岸で海水パンツでくつろいでいる写真を妻がフェイスブックにアップロードし、問題視されたことがあるー。)

 英国のサイバー環境やインフラの安全性を守るために通信を傍受するGCHQのトップがイアン・ロバン長官。

 
ー活動を暴露されて
 
 まず、トップらはいかに自分たちの仕事が英国を安全な場所にしているかを説明した。

 MI5のパーカーによれば、2005年のロンドンテロ以来、34のテロ未遂事件があったという。

 MI6のソーアーズは、スノーデン報道で、「敵がさぞ喜んでいることでしょう」と述べた。活動情報が報道されたことで、「大きな損害があった。こちらの仕事が危険になった」。

 怒りを押し殺したような表情で話していたのがGCHQのロバン。報道のために、実際に中東のテロリスト予備軍が「通信方法を変えよう」と会話していたという。また、ネットを使う「児童性愛愛好者たちが捕まりにくくなった」とも。「敵」が諜報機関側の仕事のやり方を知れば知るほど、そうした手段をかいくぐる方法を考え付くからだ。

 本当に報道が仕事をしにくくしたのかと聞かれ、「モザイクを思い浮かべていただきたい。その1つでもおかしくなると、全体が狂ってくる。それと同じだ」。

 大規模な範囲の情報を収集している点については、「大部分の人の場合、私たちが電話の会話や電子メールを読んでいるわけではない」、「そんなことは合法ではないし、私たちはやらない」。職員はテロや犯罪を防ぐために活動をしているのであって、もし何の罪もない人の情報を覗き見するようにといわれたら、「部屋を出て行ってしまうだろう」。

 ソーアーズは、MI6は「世界中にいる工作員はボンド映画のように」孤立しておらず、「24時間の」サポート体制があるという。「判断が難しいときは外相に支持をあおぐ」。

 委員会のブリアーズ議員が「英国の法律にかなう行動をしている、とここで言い切れますか」と聞いた。答えは「そうだ」だった。

 答弁の詳細について「具体的な話は、秘密裏に直接委員会のメンバーになら説明できる」と答える場面が何度もあった。

 最後のほうになって、ソーアーズが「私たちは情報を収集し、分析するのが仕事だ。何を収集できるのか、どうやってやるかは政治家が決める」と言った。目の前に並んだ政治家に責任を押し付けたように見えた。まるで「悪いことを頼むのは政治家なんだ」とでも言いたげだった。

 閉会直前、ソーアーズは3機関の職員の働き振りをたたえた。見ていて、うまく逃げたなあという感じがした。

 後で、委員会の質問が十分に厳しいものではなかったという意見をテレビで見た。「どうせ本当のことは言わないのだから、あんなものだろう」という声もあった。

ーグリーンワルドの見解

 この日の朝、ガーディアンでNSA報道を主導してきた、米国人ジャーナリスト、グレン・グリーンワルド(リオデジャネイロ在住)がBBCのラジオ番組で電話インタビューされた。

 国家機密を外に出すか出さないかを報道機関が決めていいのか、と番組の司会者に聞かれたグリーンワルドは、「独立した報道機関は民主主義の一部」と述べた上で、「捜査に影響のあるような情報は入れてない」と説明。また、「GCHQ,NSAが暗号破りをしていたことをニューヨーク・タイムズやガーディアンが書いた。しかしどの暗号かは書いていない。テロリストを助けたくなかったからだ」。

 一連の報道は、「諜報機関による大規模な情報収集について、議論を起こすのが目的だった」。

 司会者が、「ジャーナリストが国家機密の報道の範囲を決めていいのか」と聞いた。

 グリーンワルドは「ジャーナリストが判断しているわけではない。実際には、新聞社が判断している。新聞社には弁護士、熟練記者、さまざまな分野の専門家がいる。みんなで協力し、何をどこまで報道するかを決めているー例えば今取材を受けているBBCと同じだよ」、「こういうやり方に賛同しないのは、ジャーナリズムに賛同しないのと同じだ」。

 「政治的意思があれば、大規模監視・情報収集体制は変えられる」とグリーンワルドは述べた。
by polimediauk | 2013-11-08 09:44 | 政治とメディア
 2年前から政府側と反体制側との間で内戦状態となっているシリアに、今年8月、米英を主導とした勢力が武力攻撃をするのではないかという大きな懸念が出た。2003年のアフガニスタン戦争やイラク戦争の二の舞になる可能性もあった。

 しかし、米英の世論が武力攻撃を後押しせず、各国の外交プレーもあいまって、事態は急展開。9月、国連安保理が、懸念となっていたシリアの化学兵器を国際管理下で廃棄させる決議案を採決。これが全会一致で採択された後、化学兵器禁止機関による査察が行われた。

 和平に向けての歩みは始まったばかりだが、シリアに対する米英主導の武力攻撃の可能性は事実上消えた。

 一連の流れを通して、米英両政府の右往左往振りが目立った。イラク戦争の時の様に、この二つの国の政治トップが決めたことを他国に押し付けることは、もはやできなくなった。国際社会における米英の位置が低下したことを示すとともに、開戦を望む政府を止めさせるにはどうするかの手法を示した出来事でもあった。

 今年6月からは、米国家安全保障局(NSA)や英情報傍受機関GCHQによる情報収集の実態を暴露する報道が続いているが、こうした報道への米英政府の対応を見ても、世界の警察官あるいは指導者という位置にはもはやいないことを如実に語っているように見える。

 緊迫の8月と、米英政府の右往左往振りについて、月刊誌「メディア展望」10月号に執筆した。以下は若干補足した分である。

***

 8月末、ダマスカス郊外で市民に化学兵器が使われた疑惑が発生し、国際社会は「シリア危機」に揺れた。米英が中心としたシリアへの武力攻撃がすぐにも始まる見込みが出てきたからだ。

 アサド大統領による独裁政権が続くシリアでは、2年前から反体制派勢力と政府軍の間の武力衝突が激化している。

 戦闘状態を停止させるための国際社会の努力はこれまで実を結んでおらず、オバマ米大統領は昨年、アサド政権による化学兵器の使用を「レッドライン」(平和的解決から軍事的解決へと移る一線)と定義した。

 一時は「2-3日で攻撃開始」と報道されたものの、9月になって、近日中に攻撃の可能性は低くなった。

 攻撃熱を冷ましたのは新たな戦争の開始を嫌う米英の国民感情、当時の両政府が諜報情報を誇張して開戦したイラク戦争(2003年)の影、国際世論の支持を十分に集められなかったなどの要因があった。弱気になった米英政治家の隙を付き、武力攻撃を回避する代案を出したロシアの外交の巧みさが目立った。

 筆者が住む英国の政界の動きに注目してみる。

―化学兵器で「数百人が死亡」

 8月21日、反体制派が支配下に置くダマスカス東部で化学兵器の使用によって数百人の市民が亡くなったという報告が国連に届いた。

 被害に苦しむ市民の様子を人権活動家らが撮影した動画とともに、世界中のメディアが報道した。化学兵器かどうか、誰が攻撃を行ったかは未確認だった。

 24日、休暇中だったキャメロン英首相はオバマ大統領と電話で話し、「重大な対応を行う」ことで同意。英官邸筋は英国が「数日以内に」シリアへの攻撃を開始できると表明した。

 翌25日付の英「サンデー・タイムズ」紙はシリアへのミサイル攻撃に向けて「米英が計画を進めている」と報道。26日、首相は休暇を切り上げてロンドンに戻った。攻撃をしたくてたまらない・・・そんな首相の思いが出た行動といえよう。

 27日、首相はツイッター上で国会を繰り上げ開会し、シリア問題について議論を行うと発表した。後、ミリバンド野党労働党党首らと会談し、協力の感触を得た。しかし、その後の話し合いで、ミリバンド氏が攻撃開始には国連の支持が必要と述べたため、首相側は、もし攻撃を開始する場合、別の動議を提出して議員の支持を取り付けるという妥協策に甘んじることになった。

 28日、午後2時から開始された審議で、キャメロン首相はアサド政権によると見られる化学兵器の使用と犠牲者の苦しみについて語り、「最終的には、誰が化学兵器の使用に責任を持つかについて、100%の確証はないものだ。自分で判断をするしかない」として、動議への賛成を求めた。

 対するミリバンド氏は、国連調査団による現地調査の結果を待つべきだ、英国が何らかの対応をする際は国連の下でやるべきだと主張した。

 午後10時半の投票で、政府案は13票の差で否決された。

ー米国との「特別な関係」を気にする英政界、メディア界

 翌日のメディアの論調の大部分が、否決によって首相が「恥をかかされた」、「米英間の『特別な関係』はどうなる?」(ともに「タイム」紙)という点を強調していた。

 保守党幹部らはミリバンド労働党党首が最初に賛成という印象を与えながら後に反対に回ったことを非難したが、国民のムードを反映した動きであったことは確かだった。

 複数の世論調査で国民の多くが「シリアへの武力攻撃には反対」と答えていた。その理由として考えられるのがイラク戦争の影響だ。

 10年前、イラクには大量破壊兵器が存在し、英国の領土を短時間で攻撃するかもしれないと示唆したのがブレア元英首相であった。最終的には大量破壊兵器は見つからず、イラクは開戦以前よりも治安が悪化したと言われている。

 イラクの現状や大量破壊兵器の不在を問われると、ブレア氏は「正しいことだと思ったから、開戦を選んだ。自分の判断だった」と繰り返して述べるようになった。

 8月末の国会で「100%の確証はない、自分で判断するしかない」という表現を使いながら、化学兵器の犠牲の壮絶さを語るキャメロン現首相にブレア氏の姿がだぶった。

 一方のミリバンド氏が国連の介入を主張したのも、ブレア時代の二の舞になるまいという意思が見て取れる。イラク戦争開戦前夜、新たな国連決議を得ないまま、米英両国が主軸になって開戦に踏み切った経緯があった。

  「ガーディアン」紙のコラムニスト、ポリー・トインビー氏は「大英帝国という幻想が消えた」と題する原稿を書いた(8月30日付)。英国は首相が考えているほどの力はもはやないのだ、と。

 第2次大戦直後にチャーチル英首相(当時)は米英両国が「特別な関係」にあると述べたが、これを彷彿とさせたのがイラク戦争開戦時の米英両国の緊密さであった。

 今回は米国が乗り気のシリアへの攻撃案に参加できないので、英国は米国から見放され「孤立化」するのではないかという声を8月末のテレビやラジオの番組でよく聞いた。
 
 30日、オランド仏大統領は、英国が参加しなくても、シリアに対する軍事行動に参加する考えを表明した(ル・モンド紙)。米国の新たな盟友はフランスになったという印象を英国の政治家やメディア関係者に与えた。

 しかし、英国会での動きはオバマ大統領の決断に大きな影響を及ぼしていた。

ー米大統領も慎重派に

 9月1日、オバマ氏は報道陣に向かって、「シリアに化学兵器使用に対する制裁行為として、武力攻撃を開始するつもりだ」と述べながらも、「議会で攻撃の承認を受ける」とし、キャメロン首相など英政治家を驚かせた。

 米大統領は議会の承認がなくても攻撃を行うことが出来るが、あえてこれを選択したことになる。これで、少なくとも9月9日の議会開会前の攻撃の可能性は低いという見方が出た。

 4日、米上院外交委員会は、シリアへの軍事攻撃を条件付きで承認した。地上軍投入は禁止し、軍事行動の期間を最大90日間に限定するなど。

 6日、ロシアのサンクトペテルブルグで開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席した米ロ首脳はシリア問題について溝を埋めることが出来ないままに日程を終えた。

 オバマ氏は米国内外で武力行使への協力を求めているが、プーチン露大統領は反体制派が支持する国から支援を得るために化学兵器を使用したというシリア政府の主張を繰り返した。

 事態が急展開するのは9日だ。

 オバマ氏の命を受けて海外諸国を訪問し、攻撃への支持を取り付ける努力を続けてきたケリー米国務長官は、ロンドンでヘイグ英外相と共同会見に出た。攻撃を回避するためにアサド政権が出来ることを聞かれた、「来週中に化学兵器のすべてを国際管理下に置くことだ」、「不可能だがね」と答えた。

 この発言について、後にロシアのラブロフ外相がケリー長官と電話で会談し、ロシアがシリア政府に話をつないだ。

 10日、シリアは化学兵器を国際管理下に置くというロシアの提案を受け入れる意向を示した。同日、オバマ大統領は国民向け演説の中で、「ロシアの提案を検討する」と述べ、米議会には武力行使容認決議案の採決を延期するよう要請したことを明らかにした。

 BBCニュースのマーク・マデル記者は、オバマ氏のテレビ演説の中で、ロシアの提案によって武力行使を遅らせる「理由ができて」、大統領が「ほっとした表情」を見せた、と書いた(10日付ブログ)。

 化学兵器の使用という、自らが課した「レッドライン」によって何らかの行動を起こさざるを得なくなったオバマ大統領だが、英国が武力攻撃には参加しない見通しが出た上に、介入後、どれほど効果が上がるのかが不明で、米国民の支持も決して高くはなかった。ロシア側の提案は渡りに船という面があったことをマデル氏は指摘した。

 化学兵器をめぐるシリア危機で、自らが事態打開の道を切り開くのではなく、出来事の推移に対応するだけだったオバマ氏。

 世界最大の軍事力を持つ米国の大統領が、英国会での政府案否決後、決断を先延ばしにしたように見えたことが、気にかかる。国際社会をリードする役割をオバマ政権下の米国が果たせなくなっているメッセージが伝わった。

 10月14日、シリアは化学兵器禁止条約の190番目の正式な加盟国となった。

 31日、シリアの化学兵器の廃棄に向けた作業は、OPCW=化学兵器禁止機関と国連の作業チームの監視の下、兵器の製造設備や関連部品が破壊が完了したと発表した。

 NHKの報道によると、今月から「国内に保管されている1300トンに上る化学兵器そのものの廃棄が始まる」という。

 核兵器問題に進展があったとしても、シリアの混迷が消えたわけではない。

 国連人道問題調整室(OCHA)の調べによると、内戦は今後激化し、シリアからの難民の数は今年12月時点で約320万人となり、来年中に200万人増える(今年の分とあわせると全体では500万人)と予測されている。
by polimediauk | 2013-11-06 18:33 | 政治とメディア