小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」全国協議会の「メディアと法」研究会で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録に若干補足したものです。

質疑応答

質問=(新聞)報道を規制する委員会に関する法案も通っているのになかなかできず、進んでいないというお話でしたが、その中でガーディアンの事件(NSA報道)が発生した。ガーディアンの事件とこれと絡んでくるのではないかと思います。ガーディアンに対して世論の反発が非常に強く、他のメディアもガーディアンには賛成していないということになれば、すんなり委員会も実現しそうな感じがしますが、いかがでしょうか。また、今回の件でガーディアンの部数は減らなかったのでしょうか。

小林=今回のガーディアンの報道を通じて、規制機関の立ち上げがより容易になるかというと、そういう感じでもありません。

 この新しい規制・監督組織は自主監督規制組織ですので、各新聞社がそこに入れば形としてなす感じになりますが、相変わらず各新聞社がばらばらで意見がまとまらない状態です。規制組織が立ち上がらない一番大きな理由は、各新聞社の間に大きな溝があるからです。

 携帯電話の盗聴を行った新聞を発行していたのが、メディア王と言われるルパート・マードックが所有しているNewsUKという会社です。NewsUKは、イギリスで最も売れている日刊紙の1つ、サンを発行しており、ガーディアンやファイナンシャル・タイムズなどと全然違うスタンスをとっています。相変わらず、一般人や著名人のプライバシーを侵害するような報道を続けています。新聞社間が敵対関係であるために、みんなで頑張ってこの組織に入って、報道被害をつくらないようにしようということにはなりにくい。

 本音としては、国会にしろ、国民にしろ、ガーディアンにしろ、多くの人が新しい新聞の規制組織は新聞業界とは独立してあるべきだと感じていると思います。ところが、大手のNewsUKの人やまた別の大衆紙デイリー・メールを発行する新聞社は自分たちの息がかかった、自分たちの意見が通る組織にしたい。PCCを少し変えたような団体を来年の5月までにつくろうとしているのですけれども、そこには、例えば委員会のメンバーに新聞社にいた人を入れることを望んでいる。ところが、政府が成立させたがっている規制組織や国民が望んでいるのは、本当に新聞業界から独立した組織を期待していますので、意見が合わないような感じです。

 部数は、ガーディアンだけでなくてほかの新聞も全部減っています。その減り方がかなり大きい。1年前と比べると、大抵10%は減っています。毎月、日本のABC協会に相当する組織が数字を出すのですが、前年比で数%から10%ぐらい減っており、非常に危機的な状態です。ただ、その一方で、ウェブサイトの訪問数やユニークユーザー数は毎月増えております。

 ガーディアンに関しては、いまのところ、ウェブサイト上の記事を全部無料で出していますので、それを有料にしたほうが良いのではないかという声もたくさんあります。

 ガーディアンについては、確かにイギリスの中では社説でNSA報道を支持する新聞は少ないですが、質の高いジャーナリズムを提供している新聞として尊敬されている感じはあります。特にアメリカで高い評価を受けていると聞いています。ガーディアンのアメリカ版というウェブサイトもつくっていますが、そこに読みに来る人が非常に多いのです。

 ただ、NSA報道の結果、部数が増えている可能性もあります。1面にスノーデンさんの顔写真が大きく載ったりすると買う人が多くなる。イギリスでは店頭売りが多いので、紙の部数が伸びている可能性はあると思います。

質問=イギリスの諜報組織、特に通信傍受専門組織のGCHQの話が出ましたが、これはアメリカのNSAと緊密な連携をとって、英語圏の5か国のネットワークの中で、相互に情報をやりとりしているのではないかということはわかります。TPPについても、環太平洋ではアメリカ、カナダ、それからシンガポール、オーストラリア、ニュージーランドという、いわゆる英語圏の中における情報のやりとりがかなり密に行われているとすれば、日本が置かれている状況について教えていただけますでしょうか。

小林=ファイブアイズの5カ国の中で互いにスパイ行為を行わないという取り決めがあるそうです。

 メルケル独首相の携帯電話からNSAが情報収集していましたが、5か国の間ではそういうことをしていない。アメリカの広報官が、メルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴について聞かれたときに、「現在はしていないし、これからもしない」というふうに答えたというのが報道されていましたけれども、結局、過去にしていたということは否定していない。ところが、イギリスのキャメロン首相については、携帯電話については過去も現在もこれからも盗聴することはないというふうに言っていました。

 GCHQがどれほどNSAに協力しているかですが、ガーディアンによりますと、NSAがGCHQに資金を出して、諜報活動などをやってもらっているそうです。

 03年に、日曜紙のオブザーバー紙も具体例を報道しています。この年、イラク戦争がありましたね。アメリカやイギリスは、国連でイラクへの武力行使を可能にする決議案が採択されるよう、奔走していました。このとき、NSAの高官がGCHQに指令を出したメールがあったそうです。そのメールには、GCHQに対して、当時常任理事国であった複数の国の事務所から情報収集をしたり、盗聴をするよう依頼していました。これをオブザーバー紙にリークしたのがGCHQに勤めていたイギリス人女性でした。女性は辞任を余儀なくされました。

 実はメルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴が発覚したときに、欧州の首脳陣とアメリカとの間で自由貿易、いわゆるTPPのような交渉があったのですけれども、その中に、互いに対する諜報活動はしないようにするという項目を入れようという動きがあったようです。シュピーゲルというドイツの雑誌が書いているのですが、キャメロン首相の賛同が得られなかったようです。

 いざというときにイギリスはアメリカの肩を持つ。EUといいましても、イギリスはドイツ、フランスとは隔たりがあるわけです。

 ただ、もちろんドイツとかフランスとか、そういう主要国、あるいはブラジルもそうですけれども、ほかの国の諜報機関がNSAから情報をもらっていないわけではなくて、いろんな諜報情報の交換があるわけです。

 特に、メルケルさんの携帯電話の盗聴行為が発覚したとき、同時にニューヨーク・タイムズやガーディアンが、実はNSAは、フランス、イタリア、スペインの数百万人単位の市民からいろいろな情報を収集していると報じました。それに対して2、3日後にNSAのアレクサンダー長官は、NSAが実際にフランスやイタリアの国民から直接情報を収集しているわけではなく、それぞれの国の諜報機関が集めた情報をもらっているだけであるというような発言もしていました。

 ブラジルでもどこでも表向きは最初怒っていました。でも、実際には互いに情報をもらっていて、ドイツもそうだった。

 シュピーゲルの記事によりますと、ドイツもかなり怒ったものの、実際は、ドイツにも諜報機関があるわけで、自分たち自身ももっと諜報の範囲を広げたいと思っている。NSA報道があったのは6月の上旬でしたが、6月の末ぐらいにはオバマさんがドイツに来ることになっていました。

 ドイツ市民の中では、反オバマの運動や抗議があったようですけれども、政府はそれをなだめるかのような行動をとってきた。そして「オバマ氏はドイツ市民には諜報活動をしていないと言っている」と発表することで、ドイツ市民の中に沸き起こったアメリカ政府あるいはアメリカのNSAに対する不満感、不安感をおさめるような、なだめるようなことをしてきました。

 ですので、10月にメルケルさんの携帯電話が盗聴されていたということが発覚したとき、ドイツ市民としては非常に裏切られたような形になってしまった。メルケルさんは携帯電話の事件発覚、お互いスパイ行為をしないといったことを交渉しに高官をアメリカに派遣しました。でも、いまのところそれは形にはなっておらず、シュピーゲルによりますと、落胆して帰ってきたとのことでした。

質問=ありがとうございました。私は第2次世界大戦に関する取材のためにナショナルアーカイブスにずっと通ったことがあるのですが、イギリスの諜報機関は日本の大島大使が日本に打電した内容をキャッチしていました。日本の南部仏印進駐が始まったときにも、情報をアメリカに流した。当時、アメリカのコーデル・ハルという長官が対日戦線の引き締めをやっていましたが、イギリスがアメリカに対して解読した暗号の内容を提供していたこともかなり大きい。結局は真珠湾も解読されていたのではないかと思い、調べてみましたが、遅くともミッドウェーの前にはもう確実に全部解読したものが渡っていて、日本は大敗した。その流れが戦後にも続いているということが少しわかったと思います。

小林=そうですね。戦時中の協力体制があって、46年から正式な関係になったというふうに聞いていますので、ずうっと続いているということですね。

司会=イギリスの階級社会についてですが、いわゆる情報の質というのは、地位や身分によって差があるということだと思いますが、日本人など有色人種やゲルマンに対しては、いまだに警戒感があり、インナーサークルには入れないということでしょうか

小林=そういう面もあるのかも分かりません。

 ですけれども、英米人の知識層の考え方というのは、あくまでもイギリスやアメリカの国の中で培った一定の価値観でしかなく、何か自分たちより劣っている人種や国があるというような考え方より、自分たちの考えの枠の外で考えることができないのだと思います。

 ただ最近、ここ数十年のイギリスの歴史だけを見ますと、人種や性別、社会的立場で差別してはいけないという意識が強くなっており、法律でも差別が禁止されていますので、非常に皆さん敏感です。

質問=イラク戦争に関する検証について伺いたいのですが、実は大量破壊兵器がなかった、あの戦争は何だったのかというのは非常に大きな問題になりましたが、当時のイギリス議会及びメディアでのイラク戦争の開戦や参戦の責任に関する議論や取り組みについてどのように評価されていますでしょうか。

小林=イラク戦争というのは、メディアにとっても国民にとっても政治家にとっても非常に大きなトピックです。大きな反戦運動もありました。何百万人規模で毎週のように反対運動がありまして、政治家も真っ二つに分かれた。テレビでは、アメリカの政治家がなぜイラク戦争が必要なのかについて話している様子が報道されていましたが、その後、開戦理由をめぐって、税金を使って、複数の調査委員会が発足しました。

 例えばBBCは、「政府が大量破壊兵器はないということを知りながら、イラクの脅威を強調する文書を作成した」と報道しました。これを検証した調査委員会は、04年2月、「誇張した証拠はなかった」とする報告書を出し、BBCの報道は正確ではなかったと結論付けました。BBCの記者だけでなく経営陣トップ2人も辞任しました。上のトップ2人が同時に辞任するということは、BBC史上初めてです。

 諜報情報の正確さを検証する調査がその後に行われ、04年7月に報告書が出ました。イラク戦争開戦前に出た、いかにもイラクが危ないという印象を与えた政府文書では、イラクの脅威を誇張するようにと政府が情報機関に圧力をかけた部分があったことを示唆しました。複数回調査が行われ、報告書が出てもまだ秘密は残っています。

 こうした過程を通じて、もう二度と戦争をするための理由がしっかりしていないままに、かつ国民からの大きな支持がないままに戦争が起きないようにするための土壌ができた気がします。それがあらわれたのがシリアだというような気がします。

質問=いまのお話は、かなり新しい話を伺えたと思います。イギリス国内ではその都度報道されていても、日本ではあまり伝えられていないと思います。イラク戦争に関してはイギリス国内で、議会でもいまだに検証が続いているというのは、今回の特定秘密保護法案を考える際に、日本の読者にとっても非常に貴重な情報だろうと思います。非常に地味なテーマで、スペースはかなり要るし、あまりデスク好みではないかもしれないですけれども、伝えることは重要だと思います。

小林=日本ではイラク戦争を検証する会というのがジャーナリストの志葉玲さんなどを中心にして起きているものの、なかなか形にならないようです。イラク戦争は03年だったので、日本の中では風化している感じもしますけれども。

司会=イラク戦争に関してはチルコット委員会の報告書がまだ出ていないようですが、02年末の国連安保理の説明で、当時のパウエル国務長官が「大量破壊兵器はあります」という説明をしていました。あのときもドイツ、フランスは反対していましたが、ラムズフェルドが強引に押し切った。そしてパウエルさんは後で、あのとき実は虚偽の説明をしたと白状した。あれ以降でも、そのチルコット委員会のペーパーをもっと早く出せという機運はイギリス国内では進んでないのでしょうか。

小林=報道機関はかなりプレッシャーをかけていると思いますし、政権も変わったので出してもいいはずですが、報告書が出ないこと自体、やはりまだ多くの秘密書類が隠されているということだと思います。

司会=イラク戦争におけるイギリス政府の決断について学習したことが、シリアの開戦で国民を挙げての反対につながったということは非常に重要だと思います。

質問=お話を伺っていて、英米圏の国々というのは、メディアの国籍性を結構越えられる可能性があるのではないかと思いました。キリスト教文化などをはじめとする同じ文化的な素養があるので、秘密や戦争をめぐる判断、議論も、国境を超えて広げられていくかもしれない。日本はそういう意味ではかなり厳しいと思いますが、いかがでしょうか。

小林=国籍性については、放送の歴史を見ると、英米が独占し、世界に広がっていった部分があります。両国は第2次世界大戦の戦勝国でもあり、そういう意味でアングロサクソン系の価値が広まったような部分があります。米英欧の思想や社会的な価値観は日本を含む世界に広がりましたが、必ずしもユニバーサルな普遍的なものとはいえないのではないでしょうか。イギリスに住んでみますと、ほかの欧州の国についての報道が少ないのも含めて、何か限界を感じたりもします。米英の価値観はあくまでそれぞれ固有の価値観にとどまっているのではないかと思います。

司会=日本のメディアの一般市民に対しての対応といいますか、例えば最近、いわゆる各社が一般市民の事件、事故の対象に対して、ワッと押し寄せる、「メディアスクラム」というのが非常に問題になっておりますが、小林さんの視点からごらんになって、日本の一般市民に対するメディアのアプローチというのはいかがでしょうか。

小林=メディアスクラムといった問題はイギリスでももちろんあります。事件が起きたら、犯人かどうか確定していないのにその人のところへみんな集まっていろんな情報を探し始める。

 ただ、一つ大きな違いは、市民のほうがある程度情報を出しているという点だと思います。例えば何か事件、事故があったときに、自分から実名とともに情報を出すことがあります。実名を出すか出さないかは非常に大きな問題だと思いますが、イギリスでは実名を出すことが普通になっています。

 ついこの間も、イスラム教徒のある家に、若い人が火炎瓶か何かを持ち込み、ご主人以外は全部死んでしまった。反イスラム、イスラムバッシングの一つだったのですが、日本だったら、被害者の名前や顔を出さないかもしれません。でも、ご主人の場合、奥さんを含め家族全員失ったにもかかわらず自分で声明文を書いて、カメラの前に出て、「皆さん集まってください」と言って、写真を撮ってもらっていました。そして、自分はいまどんな気持ちなのかを話し、最後に、「でも、いま非常に悲しみに打ちひしがれていますので、すみませんが、取材はしばらくそっとしておいてください」と言っていました。

 名前がわからないと共有も感動も生まれませんので、イギリスでは実名を出していきますし、みんなそうしています。

 あと、特に秘密法案に関して、たまたま参院で成立したときに日本にいたせいもありますが、やはり市民というか読者、視聴者にもうちょっと近づいた報道姿勢があってもいいかなと思いました。

 今回、参院で可決された日の夜、可決の瞬間を画面で見たいと思って地上波しか見られない実家に帰りましたら、可決に関する報道をしているのは「報道ステーション」だけでした。そして最後の投票のところは、もう時間切れで放送されませんでした。

 ネットで見ようとしましたが、イギリスと違って、普通のニュース番組はネットでほとんど放送していない。イギリスだったらBBCの24時間のテレビのニュース、そのほかにもいくつもの選択肢があって、ネットでも同じものを放送しています。

 困ったなと思っていたら、誰かがツイッターで、ヤフーでやっているというので、ヤフーを見たら、国会の様子を流していました。あまり情報はありませんでしたが、それだけでもよくて、可決の瞬間を見ることができました。可決の瞬間がテレビでは見られないことを知ったとき、目隠しをされたような気がしました。知りたいのに知ることができない。地上波の場合、ほとんど定時のニュースしかないというのは不便だと思います。報道体制は24時間なので、いま何が起きているか知りたい人もいるのに、見たいという希望が実現されない。

 なぜそうなのか、テレビ局の人に聞くと、例えば視聴率が取れない、お金がない、広告も下がっているなど、山ほど理由を挙げてくれます。でも、できることはあると思います。

 報道機関にいて、すごくベーシックなことだと思いますが、こんなに騒いでいる、注目を集めている話題なのだから、どうやって可決されたのか、テレビに小さな画面を出すのでもいいですし、新聞社のウェブサイトに小さく載せるのでもいいですから、お金使わなくても、国民の知りたい情報を伝える最低限のことができるのではないでしょうか。

 まず越えるべきステップは、その報道を担当している人が、自分が強く知りたいと思ったこと、国民も知りたがっているだろうことについて、上司の許可をとるとかではなくて、ツイッターでも何でもあらゆる手を通じて提供するということだと思います。そうすることで視聴者との距離が近くなるのではないかと思います。

 このインターネット時代に、お金をかけたり、会社の組織を大きく変えたりしなくても、自分自身が知りたいと思っている、そしてきっと視聴者も知りたいと思っているだろうことをすぐ伝える、伝え続けるということは重要ではないでしょうか。そういう意味で、市民ともっと近くなる、そしてニュースにもっと敏感になるということは、より良い、より質の高い、国民から理解されるメディアになる、報道機関になるために必要なのではないかと思いました。(終)
by polimediauk | 2014-04-28 18:04 | 政治とメディア
 (昨年末、「マスコミ倫理懇談会」全国協議会の「メディアと法」研究会で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録です。)

情報安全保障委員会の役割とは

 イギリスで秘密保全のための組織がどうなっているのかということですが、組織として一つ大きいものがあるわけではありません。

 国防に関する機密情報については、議会の情報安全保障委員会があります。これは、94年の情報機関法第10条に基づいて設置されました。

 このころから、やっとMI5やMI6の存在を政府が公式に認めるようになりまして、だんだんオープンになったのです。いまはMI5やMI6は自分たちのウェブサイトをもち、ウェブサイトから新しい人を雇うために募集をするほどになっております。

 設置当初は政府の一部で、首相が議員の中から委員を任命したのですが、13年から法律が変わり議会の委員会になりました。首相の指名後に両院が合計9人の委員を任命します。

 議会の委員会になったということは、議会で1年に1回かそれ以上、活動を報告する義務があります。委員会を通して間接的にではありますが、国民の監視を受けているということになります。ですから、議会の委員会になったということは非常に重要なことでした。

 その業務は、国の安全保障などに関わる政府の活動を監視し、情報機関MI5、MI6、それからスノーデン報道で有名になった世界の通信を傍受する政府通信本部(GCHQ)から報告を受けることです。会議の内容は後で書き取ったものが公開されますが、非公開の内容もあります。例えば、MI6という海外で諜報活動をやる組織の年間費用が黒塗りになって出ます。

NSA報道とメディア

 次に、スノーデンとNSA報道とメディアですが、これも非常に大きな問題です。ガーディアンという一つのイギリスの新聞が政府から圧力を受けながら報道を続けているという意味で、注目に値するのではないかと思います。

 まず、二つ事実を確認しますと、スノーデンさんはいま、情報を盗んだ、窃盗ということでアメリカ当局に起訴されてロシアにいます。

 そして、イギリスのガーディアン紙がアメリカのNSAの機密とイギリスの政府通信本部(GCHQ)の機密情報を、スノーデンさんがリークした情報をもとに報道しております。ガーディアンは、アメリカの機密と自国のGCHQの機密を外に出しています。

 スノーデン・NSA報道が私たちに問いかけているのは、1つには、国家機密をどう報道機関が扱うべきか、という点でしょう。考慮すべき要素がいろいろとあります。

 世論調査によれば、イギリスではスノーデンさんのことを支持する人がたくさんいる一方、国には一定の機密を保持する権利があるという声もかなり多く、政治家の発言はこうした世論を反映したものになっております。

 しかし、アメリカの政治家の反応はかなり違いまして、オバマ大統領は、NSAの情報収集があまりにも大規模で、個人の生活を侵害し、やり過ぎであるとして見直しを命じていますし、アメリカ議会でも見直しに向けていろいろな議論が続いています。

 ところが、キャメロン首相はガーディアンの報道は国益を損なうということで非難しております。

 イギリスのほかのメディアの反応を見ますと、ファイナンシャル・タイムズとか、ほかのいくつかの新聞は、やはり国には一定の機密を保持する権利があるというスタンスを支持するような社説を載せております。そして、それとは別に、プライバシーの懸念の高まりがあります。これほど政府当局がいろいろな個人情報を収集していったらどうなるのか。かなり強い懸念が出ています。

 特筆すべきは、ガーディアンへのプレッシャーが非常に強いことです。6月からスノーデンさんからの情報を基にしたNSA報道が始まったのですが、政府はガーディアンに対し、元情報は政府から盗んだものであるとして返還を求めてきました。ガーディアンはこれを拒否してきたのですが、7月に入り、首相官邸から役人が何人かガーディアンを訪問し、渡さないのであれば情報の入っているハードディスクを壊すように指示しました。ガーディアンは最終的にハードディスクを壊さざるを得なかったそうです。

 しかし、ガーディアンはこういうこともあろうかと、既にアメリカのニューヨーク・タイムズや非営利組織のニュースサイト、プロパブリカに情報を渡していたそうです。このため、ハードディスクを破壊された後も、報道は続けています。

 官邸の人にハードディスクを壊しなさいと言われたときに、実はもうニューヨーク・タイムズにもプロパブリカにも情報があるので、いまここで破壊してもあまり意味がないと言ったそうですけれども、それでも破壊させられたということは、威嚇行為だった感じがあります。

 このハードディスクを破壊させたという話は当時、すぐには外に出ませんでした。8月に、今度は政府が反テロ法を使って、記事を書いた記者のパートナーを拘束しまして、関連情報が入ったと思われる電子機器、例えば携帯電話なりラップトップなり、いろいろなものを没収しました。拘束したり、没収したりする権利が政府側にあったのかについて、いま裁判で闘っているところですが、もう既に没収されていますので警察は何らかの捜査をしているのだろうと思います。

 11月に入り、MI5、MI6、それからGCHQの長官というトップ3人が議会の情報安全委員会で証言をしました。この3つの情報機関のトップが、公に、特に一堂に集まって顔を出すことは前代未聞ではないかと言われております。特にGCHQという通信傍受の機関のトップが実際に顔を見せるということはほとんどなかったのです。

 委員会の委員からいろいろ質問をされた長官らは、ガーディアンの報道で国益が損なわれた、国家の安全保障に損害があったと言いました。情報がアルカイダとかテロリストに渡ったと思われるという発言もあり、それだけ聞いていると本当に大変なことになったなというような感じがします。

 そして、12月には、今度はガーディアンの編集長が委員会に呼ばれまして、報道の経緯などを聞かれました。

「国益に損害を与える」をどう切り返すか

 イギリスのメディアに対する規制はほとんどないということについて既にお話しましたが、このように議会の委員会に呼ばれて報道についてあれこれ聞かれ、説明しなければならないということ自体、ある意味では干渉であり、かつ困惑させる、恥をかかせることです。かなり大きなプレッシャーがかかっていますから、普通の神経だと謝ってしまったり、国益を損なったのかもしれないと考えたりするようになるのではないかと思います。

 ガーディアンが受けた批判は、ほかの国でも、国家機密を報道すると、同じような批判を受けるわけですが、ガーディアンが、イギリスだけではなく世界にも影響するかもしれない非常に重大な軍事機密やインテリジェンスを、自分の会社の中で、編集部の中で判断する、最終的にはガーディアンの編集長というたった一人の男性が決定するといったことに対する批判がありました。編集長の決定が恣意的、傲慢である、報道によって国益を損じた、あるいは国家の安全保障を危うくしたといった批判です。

 ところが、ガーディアンも反論しました。12月3日、委員会に呼ばれたガーディアンの編集長は恣意的、傲慢じゃないかと言われたことに対する反論として、ほかにいい方法がない、政府が情報を出すのでは遅いし、政府が出すと政府なりの考えがあって出ることになる、と。そうではなくて、独立した、自由な言論の観点から、市民のために、国民のために情報を出す機関というのはメディアしかないのではないか、と主張しました。

 独立あるいは報道の自由という観点から、政府が困るような事実を明るみに出すことは、メディアが責任を持ってやるしかないということで反論したわけです。

 さらに、「国益には損害を与えていない」と主張し、もし損害を与えたというのであれば、その国益や損害とは何か、具体的に言ってほしいと切り返しています。そして、自分がどうやってトピックを選び、どういう裏取り調査をしたのかについて、事細かに委員会の場で説明しました。それを聞くと、非常に説得力がありました。

 例えば、その国益に損害を与えたという点に関しても、以前NSAにいた人物やGCHQにいたかなり高官の人物の証言を得て、報道しても国益に損害はないという確証をとって記事を書いていた。全体には情報がたくさんあるけれども、実際にいままで報道したのはほんの1%だけで、それは自分たちが報道機関として責任をもって、裏をとって報道できるものだけを報道していると説明していました。

 国益を損なう報道をするのは愛国心が少ないのではないかということも聞かれているのですが、編集長は自由な報道、言論が保障されているイギリスを愛している、そういう意味では自分は愛国心のある人物だと言い返しています。

 委員会での1時間ほどの応答内容を見ていますと、議員の側は十分な質問ができず、どちらかというとリアクションのような、世論あるいは一部の保守勢力、情報機関などの「国益に損害を与えた」という発言を、そのまま繰り返しているだけのようでした。

 逆にガーディアンの編集長はなぜ報道をしたかについて自分なりの言葉を使って説明していました。議員の批判に反論し、国民の理解を得られたという意味では、この機会を非常にうまく使ったような気がいたします。

 どの国も安全保障上の機密保持の体制を敷いています。ところが、その秘密保全のための一括した法律がないとされる国は日本以外にもあります。

 例えばイギリスでは、国家機密を保持するための複数の法律や体制が存在しています。ただ、機密情報の公開までの年限が、日本の場合、最長にすると60年ぐらいにもなり得るという報道がありましたので、そういう意味では、日本はちょっと長過ぎるような気もいたします。そして、新聞側の反論として、機密情報の範囲の問題や、あるいは第三者によるチェックがないということ、それから、定義が曖昧で拡大解釈されてしまうこと、これらは非常に真っ当な批判でして、今後、ずっと追求、報道していかなければならない点でしょう。

 しかし、ほかの国でも、機密情報や国防情報について機密の定義や範囲が曖昧なケースはあります。

 ですから、秘密保護法を批判する報道を行うのであれば、定義や範囲が曖昧であるということに加えて、もう少し何か理由をつくって国民を巻き込んでいけば、より深い理解が得られるのではないでしょうか。

特定秘密保護法案をめぐる議論について思ったこと

 最後に、11月30日に日本に来て、特定秘密保護法案をめぐる議論について思ったことについて話させていただきます。

 特定秘密保護法はもう可決してしまいましたが、今後は、具体的にどういう報道がだめになるのか、実際に安全保障、あるいは国家機密に関する要素を含むような報道をやることでどうなるのかという体験やその過程を報道に生かせないかなと思います。そうすると、話がより具体的になるのではないかと思いました。

 そして、イギリスの例を見ていて、時には報道機関が法律をそのまま守らずに、事実を、真実を明らかにするということも必要かと思います。

 それは時に、パパラッチのように行き過ぎた取材やプライバシー侵害によって被害者を作ってしまう場合もありますが、それにしても姿勢として、イギリスのメディアは法を守ることを最優先しているわけではなく、どうやったら公益のために真実、事実を出せるかという部分を重視しています。

 法律といいましても、今回もそうかもわかりませんけれども、これはあまりいい法律ではないなというものが社会の中ではたくさんあるのではないかと思います。間違っているもの、悪いものだったら変えなければいけませんので、それを必ずしも守る必要がないかもしれない。例えば法律を踏みにじってでも出すべき情報は出すというような心構えで、これからも報道をやっていただけたらなと思いました。

 そして今回、法律が成立するまでの過程がかなり力任せのような感じがあったかと思います。

 イギリスの場合ですと、イラク戦争開戦に対して非常に大きな、数百万人規模の反対デモがありました。それでも政府は戦争に踏み切ってしまった。そういう非常につらい歴史がありますが、それが後で抑止力になって、先日、シリアに武力攻撃をする一歩手前まで行ったのですが、国民の反対が非常に強く、結局議会で通らず、武力攻撃は実現しなかった。

 そういう意味でも、国民の反対の声が強くても法案が通ってしまうというのは、これは民主主義国家として機能していないことになります。そういうことが起きないように、どうしたらいいのかというのを考える必要があると思います。

 なぜこの法案が通ったのか、なぜ強行採決のように見える形になったのか、考えて見る必要があります。なぜこのような法案を支持するような政党を選んでしまったのか、あるいはもっと前の疑問として、なぜ一つの政党が常に選ばれるような状態が何十年も続いてきたのかー。逆に言うと、それに対抗する勢力が一つの大きな政治勢力として現在でも成り立っていないのはなぜなのかー。いろいろと疑問がわきます。

 できれば、影の政権があるような形になったほうが、より民主主義が進むのではないかなと思いますが、いかがでしょうか。

 日本の安全保障をどうするのかという点も、もう少し新聞側が提言をして、みんなが考えるきっかけになるような報道をしていってもよいのではないかと思います。

ぼかしが多いテレビ

 放送に関しては、今回、日本に来てテレビを見たときに、ぼかす場面が多いことに非常に衝撃を受けました。

 今年年頭にアルジェリア人質事件が発生し、報道で実名を出すか出さないかで大きな議論があったと思います。新聞界の中の方は実名を出すという声が強くて、ネットでは実名を出さないほうがよいという声が強かった。実名が出ること、顔が出ることへの嫌悪感、嫌気感というのをどうしたらいいのかなと思います。このままいくと、何でもかんでも、必要がないのにぼかすことにならないだろうかと危惧します。

 プライバシーについて考えているからぼかすのだとは思うのですが、国民自身が、外に出す、オープンにするよりもクローズドにする、つまり名前も声も顔も出さないということを心の奥底で望んでいるのかなというような感じも、ただの印象論ですけれどもいたします。

 日本の表現の中に、よく「言わぬが花」とか「沈黙は金なり」とか、いろいろな表現があります。言わないでおくというのは一つの文化で深い意味があると思いますが、その一方で、物事や真実、事実を外に出して世の中を変えていこうという動きとは違う方向に向く感じもします。

 今回の特定秘密保護法案が通ったことに関して残念に思う方は、国民の中にも、報道機関の中にも多いと思いますが、これを機会に、いろいろなことを考え、報道を通じて世論をつくり、よりよい方向に日本が進むように願っております。国民が幸せになるような報道ができ、日本社会がよりよく、より幸福感の多い国になっていくことを強く望んでおります。(つづく)

(次回は最終回。質疑応答分です。) 
by polimediauk | 2014-04-27 17:45 | 政治とメディア
 (昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、第12期「メディアと法」研究会の第5回の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録です。)

内部告発をしたら、どうなる?

 今回講演の依頼を受けた時、イギリスでは内部告発と告発者の保護についてどんな状況になっているかという質問を受けました。

 内部告発に関しては列車事故や銀行のスキャンダルを背景として1998年に成立した公開開示法があります。

 日本の内部告発の法律も、イギリスのこの法律を参考にしたというのを見たことがあったのですが、公務員も民間人も対象としています。誰でも内部告発ができるように、そういう法律をつくったのです。国外で起きた不正行為についても告発できます。内部告発を理由として雇用主から不利益を被らない権利を従業員が持つようにして、もし何か不利益を被った場合、雇用裁判所が救済をするようになっております。外部にいる人が告発した場合でも、もみ消しを防ぐため、保護されるという法律になっているようです。ここにメディアが絡んできます。

 法律だけ見ると、すばらしいと思われるかもしれませんが、内部告発者のその後に関する記事を読みますと、ほとんどの場合、それまでいた組織をやめているか、あるいはやめさせられている。居心地が悪くなってやめてしまうことも多い。給料がかなり減ってしまったり、あるいは無職になったりしている。実際に雇用裁判所で闘う方もかなりいますが、内部告発をして、前と同じ会社に残り、組織自体もきれいになったという例は、あまり表には出てこない感じがします。

秘密がいっぱいの国

 国家機密の話に移りたいと思いますが、その前に一つ、日本の国家機密とイギリスの国家機密を考えるときに、イギリスはどんな国かというのをちょっと想像していただきたいと思います。

 今回の日本の特定秘密保護法案は、国家の安全保障に関わるいろいろな機密を対象としていますが、最終的に一番重要な国家機密は何かというと、生死に関わるもの、広く国民に影響を及ぼす機密だろうと思います。そういう意味では、軍事機密はかなり上のほうに来るのではないかと思います。

 イギリスは昔からずっと戦争をやっている国で、いまも軍隊があります。自国内では軍隊が街角にいるということはないですけれども、海外に行って戦争をして、殺したり、殺されたりしております。

 ふだんテレビでニュースを見ていますと、時折、アフガニスタンで兵士の誰さんが亡くなりましたというのが写真付きで報道されます。非常にリアルです。

 若い人が亡くなったという報道を見ると、逆にこの人は、現地ではどれほどの人を「殺害」したのか、この殺害という言葉が正しいかどうかわかりませんが、何人の敵を倒したのかと思うと、やはりかなり複雑な思いがいたします。

核兵器がある国=イギリス

 イギリスは核兵器を持っている国でもあります。その核兵器が抑止力になっている世界があるわけです。ですから、絶対にほかの国に漏れてはいけないような情報を持っている国なのです。

 第2次世界大戦後は、「ファイブアイズ」体制があり、英語圏の5つの国、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの間で非常に密接に諜報情報の収集をしたり共有をしたりしています。5か国が一つのネットワークになっております。ドイツが入ろうとしても入れないのです。そういう状況があります。

 一方、アメリカは世界で一番軍事力のある国ですので、そこに最も重要な、あるいは重要度の高い、世界の国民に影響が及ぶような機密があるわけです。そういう国と密に情報を交換しているのがイギリスだということです。

 さらに、階級制が残っている点も、日本と異なります。階級制によって市民が差別されないよう、みんな一生懸命に頑張っているのですけれども、現時点ではやはりエリート層や金持ち同士が情報を共有するようなことになっています。階級制度による差別をなくす法律もありますし、いろいろな意味で努力していますが、どうしてもそういう上の方たちが情報を自分たちの中で共有しているようなことがあります。報道機関としては、これを暴露するといいますか、説明責任を持たせたりすることが報道をする際の非常に強い動因となるわけです。

 イギリスは秘密がいっぱいです。「007」はフィクションですけれども、例えば第2次大戦で、イギリスによる暗号破りが勝利に大きく貢献したと説明されています。国民は諜報活動に一定の意義を認めており、憧れや敬意の対象になっています。

公務秘密法で国の保全情報をまもる

 秘密保持に関する法律はイギリスでは昔からあり、何度か改正されています。一番新しいのは1989年版の公務秘密法で、政府が持っている秘密の漏えい行為に刑事罰が下るようになっています。

 対象となる保全情報というのは、

 ①傍聴とインテリジェンスについての情報

 ②防衛情報

 ③国際関係、外国や国際機関から入手した情報

 ④犯罪についての情報
 
 ⑤通信傍受に関する情報

 ⑥上記についての情報で、他国に内密に伝達されたものです。

 日本でもいくつか特定秘密保護法で設定されたものがありまして、これよりは少しは詳しいかもしれませんけれども、それほど大きな違いがあるのかというと、私から見ると、それほど大きな違いがないような気がいたします。

 法律には次のような重要な部分があります。

 「他人への公務秘密法に反する行為の要求、扇動、ほう助、教唆、またはあらゆる予備行為についても同刑となる」。

 これは、メディアのことを意味しているのだと思いますが、これだけ読むと非常に恐ろしいです。今回の日本の秘密保護法にもやはり同様のことが求められているような感じがいたしました。

 もともと、この法律が成立した最初は、「職務上知りえた一切の情報」の伝達が禁止されておりました。

 89年の改正で、さきほどの①から⑥までにおいて、どんな情報かが限定されています。

 イギリスは原則的にずっと長い間、秘密、秘密でやってきまして、国内の諜報活動をするMI5とか、国外のMI6については、もちろん「007」の小説をみんな読んでいたりしますけれども、長い間、公式には存在しないことになっていました。

 もし違反した場合、処罰はどうなるのか。

 「公務員が公務秘密法における①から⑥のいずれかに該当する情報を流した場合、最長で2年の禁固刑及び(あるいは)無期限の罰金の可能性」と規定されています。

 日本の法案では、単純な比較ですけれども、10年とされています。年数的にはイギリスの方が少ないです。

 もう一つは、「国家の安全保障や国益に損害を生じさせるスパイ行為」を働いた場合、このスパイ行為というのは、いわゆる国家の敵と見なされる相手に利を与える機密情報を記録したり渡したりすることですけれども、この場合は、最長で14年の禁固刑の可能性があります。

海外の法律も厳しい

 今回の特定秘密保護法案の成立までの過程で、海外の状況について書いている新聞記事がありましたが、その中ではいかにも海外では処罰が軽いのではないかというニュアンスの記事も見ました。

 もしかしたら私の読み方がおかしかったのかもしれないのですけれども、例えばアメリカにスパイ法というのがありますが、そのエスピオナージアクト(Espionage Act)では、もし違反した場合には死刑もあり得るのです。ですから、情報を外に流すことに対して、どの国もそれなりに厳しい罰を科すように法律上は設定してあります。

 もっと広い意味の、秘密保護法に限らず、政府あるいは地方自治体の持っている情報をどこまで、どういう公開しているかという点に注目しますと、これは、アメリカが一番早かったと思いますが、イギリスは日本よりも遅くて、2000年に情報自由法(05年施行)ができました。これは「フリーダム・オブ・インフォメーション・アクト」というので、直訳は「情報自由法」ですけれども、実際には「情報公開法」と同じ意味です、この法律によって公的部門が保有する情報へのアクセスが保障されました。

 前の前のイギリス首相だったトニー・ブレアさんの政権のときに成立したのですが、運用については非常に政府側が渋りまして、施行までに5年もかかりました。この法律を使って市民が公的組織に情報開示を要求することができます。ただ、公的組織が拒否する場合もあります。

 開示が公益を害するとみなされた場合は除外情報としますが、20年後には開示されます。当初は30年でしたが、これは2010年に、20年に短縮されました。

 日本の特定秘密保護法の場合は30年、あるいは非常に長くすれば60年ということで、年数だけ単純に見ると、イギリスの方が短い。ただ、安全保障関係の情報は20年より長い公開年限が認められますし、どちらがどうということもないのです。

 年限が30年から20年に短縮されたことで、よりオープンになった印象を受けますが、現実と理想には大きな隔たりがあります。

議員の「経費」情報開示を拒み続けた

 例えば、国会議員の経費に関するスキャンダルが09年に明るみに出ました。

 国会議員の経費といっても、この場合は普通の経費ではなくて、地方に住む国会議員がロンドンにある議会に出席するとき、ロンドンの近くに住む場所がないとだめですよね。これを別宅と呼びまして、スキャンダルは別宅にまつわる経費の請求問題でした。

 多くの議員が、不当に経費を請求しており、それを「デイリー・テレグラフ」という高級紙が暴露しました。

 04年ごろから、フリーのジャーナリストや新聞社の記者が別宅の経費についての情報を議会に問い合わせたのです。情報が十分には出ない状況がありまして、情報公開法が05年から施行されましたので、これを盾に公的な情報なので公開してほしいと言ったのですが、議会側は05年以降もずっとこれを拒否しておりました。

 09年に、デイリー・テレグラフが経費情報が入ったディスクを内部告発者から入手して、報道しました。

 まもなくして国のほうでも経費情報を出したのです。ところが、それがPDFになっていまして、しかも、ほとんどが真黒だったのです。最後の最後までいろいろな情報を隠していたのですが、そういう非常に恥ずかしい事態となりました。

 経費情報公開を求める裁判で、何年も公開を拒んできた議会側を代表したのが議長でしたが、テレグラフの報道後、辞任しました。イギリスの議会史の中で、議長が辞任したというのは、600年以上で初めてだそうです。議会の歴史はもっと前からありますが、前に辞めた人は600年以上前のことだったそうです。

 ですから、例えば30年から20年間に短縮されるというところだけみると非常によいようにも見えますが、実際は情報がとりにくい場合があります。(つづく)
by polimediauk | 2014-04-26 18:29 | 政治とメディア
 日本のメディアについての不平不満や批判をネット空間でよく目にする。

 何かについての批判、不平不満が表明されることは普通だろうが、時として、いわゆる既存メディア(ここでは新聞や大手テレビ局)とネット空間とを必要以上に敵対させるような議論が目に付く。あたかも二者択一の問題であるかのような論の進め方がある。

 つくづく、つまらないなあと思う。

 ほかの国でも新興メディアとしてのネット空間、あるいはネットメディアを既存メディアと対比させることはあるが、いまや、大手メディアがネットメディア化しているので、切れ目がなくなっている。(先般も、米国でテレビの広告費をネットが抜いた・抜かないという報告が大きな注目を集めた。ほぼすべてのメディアがデジタルなのだから、広告もでかくなるのである。)

 伝統的な大手メディアのジャーナリズムに対するネット上の怒りは、日本の外から見ると、大きな期待感の裏返しのようでもある。エスタブリッシュメントに対する怒りや反発、政治が何十年もほとんど同じ政党によって独占されていることや、一生一つの会社に勤めることができないことへの怒りなども背後にあるのだろうか?なぜ?を考えると、さらに次の疑問がわいてくる。

 いまや、私たちみんなが経験しているように、メディア=デジタルメディアである。いろいろな言論がネットにも紙にも、いろんなところに出ている。好きなものを読んで、自分で「これはためになる」と思ったものを選択していこうではないか。テレビ番組がつまらなかったら、自分たちで作れないか、考えていこう。新聞がつまらなかったら、自分で言論の場を作ってみよう。

 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、第12期「メディアと法」研究会の第5回の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題でお話をさせて頂く機会があった。

 私自身がメディア報道にがっかりしたことも話してみた。ただ、「メディアだけ」の問題ではない。メディアは私たちの外に独立して存在しているのではない。メディア=私たちなのである。メディアに対する不満は自分たち自身の、そして自分たちが生きる社会への不満であり、もし不満な部分があったら、私たちは変えられるのであるーーという思いを最後の段落にこめてみた。

 以下は講演記録を若干修正したものである。長いので、何回かに分けた。

***

メディアの構成図

 今日は、イギリスの国家機密と報道の自由についてお話をさせていただくということですが、ちょうど日本で特定秘密保護法案が成立するときと重なりまして、海外ではどういうふうに国家機密を保持して、これが報道の自由とはどういう関係にあるのかということについても関心が高いのではないかと思います。それで、今日はそのことについてもお話ししたいと思います。

 イギリスのメディアの構成は、日本も同じですが、新聞とか雑誌の出版業と、それから放送業があります。

 放送業では、「公共サービス放送」という概念がとても強いのがイギリスの特徴です。これは、公共の電波を使っているので公共サービスという意味ではなくて、いろいろな視聴者の方、公共のためになるように番組の内容とか、例えば必ず地方ニュースを入れるとか、独立プロダクションを使うとか、いろいろ決まっています。そういう意味で、公共のために価値のある番組をつくるよう、地上波のテレビにはそういう規則が課せられています。

 出版業、放送業に加え、グーグルやヤフー、ソーシャルメディアといったネットサービスがたくさんその周辺にあるわけです。

新聞は自主規制の長い歴史

 規制の仕組みは、短い言葉で言いますと、新聞業に関しては基本的に自由で、いろいろやっていいということになっています。事前に何かを印刷し、それを当局や政府に見せて出版するという事前検閲制度が17世紀に失効しました。いまは全部原則自由です。

 ただ、アメリカでは憲法の修正第1条で言論や表現の自由が保障されていますが、イギリスではそういうものがありません。

 事前検閲制度はない、つまり公権力による規制というのはなく、原則自由ですけれども、個々の法律によっていろいろと規制がかけられています。例えば、法廷侮辱罪、これは司法審理を乱した、つまり、まだ裁判の結果が出ていないのにある人を犯人視して書いたりすることを含みます。他にも、名誉毀損罪や公務員に対してかかる公務秘密法、人種差別禁止法などたくさんあります。

倫理規定も

 倫理規定による抑制というものもあります。「報道苦情処理委員会」、PCCと呼ばれる組織があります。イギリス新聞界の規制・監督団体というふうに思われている方もいらっしゃるかもしれないですが、これは単にいわゆる業界団体で、新聞報道に読者の方から不満が来れば調査して行動を起こすということですので、自分たちから何か規制を課したりとか、監督したりという機能はありません。

 ただ、加盟している新聞社の編集幹部が集まり、倫理規定をつくっています。例えば、未成年者を保護する規定や性犯罪の犠牲者個人を特定できるような報道をしないといった規定があり、これは日本や他の国も同じだと思います。

 また、裁判所が報道停止令を出すこともあります。例えば、ニュースキャスターが愛人をつくって子どもができ、愛人が子どもの養育費を欲しいというので裁判を起こしたとします。著名キャスターが、自分の名前が報道されると仕事にも影響がありますので、名前を出さないようにしてほしいということを裁判所に頼むことがあります。著名なキャスターの方は非常に高額の報酬を受け取る、やり手の弁護士を雇いますので、時によっては、その人の名前が出ない、そして事件そのものも報道されないようなこともあります。

 これは最近、非常に問題になっていまして、ただ名前だけが出ないのでしたら事件そのものは報道されます。しかし、非常に有力な弁護士を雇って事件そのものを、裁判が起きているということそのものを報道できないようにする動きも一部であります。

放送・ネットはトラストとオフコムで規制

 放送やネット業の規制ですが、BBCの場合、「BBCトラスト」という、日本で言うとNHKの経営委員会のようなものがあります。放送内容や経営陣の給与体系などを規制・監督しています。

 ほかの放送局は、「情報通信庁」などと言っておりますが、オフィス・オブ・コミュニケーションズ、略して「オフコム」というところが規制・監督しておりまして、ネットサービスもオフコムによって規制・監督されています。「放送と通信の融合」という表現がありますが、イギリスでは放送と通信がもう融合しており、一つの規制・監督機関の下に放送、通信、ネット業界が入っています。ただ、ネットサービスのツイッターでも、発言内容によって名誉毀損に問われる場合もあります。つまり、新聞業にも適用されるさまざまな法律がネットサービス及び放送業にも適用されます。

最初の立ち位置が反権力

 そして、実際にさまざまな法律とメディアがどう関わっているかですが、まず頭に入れておきたいのは、イギリスのメディアの報道とか取材スタイルが、少し日本とは違うということです。それは反権力といいますか、反骨精神を非常に表にはっきり出しており、外国の政府なり、自国の政府なり、あるいは議員や官僚など、いわゆる大きな権力を持っている人、あるいは高い地位にいる人について、説明責任を果たさせるようにしております。

 例えば、BBCの職員ならBBCの中で何か不祥事があったとして、その説明責任のためにBBCの社長がBBCのニュース番組に出て、キャスターがいろいろ質問する。そういった場合にも、自分が勤めている会社のトップに対して非常に厳しい質問をしないと、ちゃんとしたジャーナリズムの役割を果たしていないと思われてしまいます。

 また、非常に能動的な取材を行う場合があります。例えば、病院で不正が行われている可能性があれば、病院の中に臨時の看護婦として雇われて潜伏取材をするなど、誰かになりすまして取材をすることがあります。あるいは、ある偉い人が税金逃れをしている疑惑が浮上したら、例えば親類のふりをして役所から情報をとったり、探偵事務所を使ったりします。隠しカメラを使ったりするときもあります。調査報道のためにこのような取材方法を用いる場合もありますが、有名人を追うパパラッチがそのような取材方法を用いて報道被害者をつくるという場合も非常によくあります。

 放送局の報道にはバランスが求められますが、新聞は必ずしも要求されません。中立とか、不偏不党という姿勢が新聞にはあまり要求されておらず、つくるほうもそうですし、読むほうも新聞は必ずしも客観的ではないということを知りながら読んでおります。

新聞界に新たな規制機関ができる?

 マスコミ倫理懇談会の機関誌「マスコミ倫理」に、(2013年年頭に)書かせていただいたのですが、イギリスでは今、新聞報道に規制がかかるかもしれない動きがあります。それは、新聞報道についての大掛かりな調査をした委員会、通称「レベソン委員会」の動きです。

 きっかけは、もう廃刊になってしまいましたが、いろいろなゴシップや中傷記事、あるいはテレビ番組やスターの動向を載せるような親しみやすい大衆紙の一つが、たくさんの有名人の携帯電話の留守番サービスを利用して、そこに残した伝言を、携帯電話の持ち主が知らないようにして盗聴していた、聞いていたという事実が発覚したことです。

 2005年ごろのことですが、当初は一部の有名人を対象としたと思われていましたが、その後、政治家も含めてたくさんの人の携帯電話が盗聴されていたことがわかってきました。留守番電話の伝言を聞いたことを盗み聞きや盗聴ということになるのかわからないですが、話を簡単にするために「盗聴」という言葉を使わせていただきます。

 結局この大衆紙は廃刊になりましたが、これを機会に新聞報道のあり方を検証するため、イギリスのキャメロン首相がブライアン・レベソン判事が率いる独立調査委員会を発足させました。委員会は、数か月かけて新聞関係者や政治家、記者や報道の被害者などを集め、公開でいろいろな証言をとりました。そこで初めて一般の人は、一部の有名人だけではなくさまざまな人が犠牲になっていたことを知りました。

 例えば、有名人の一人としては、『ハリー・ポッター』を書いた小説家の方が証言をしました。しつこく新聞記者やパパラッチなどに追われたために、引っ越しをしたり、自分の娘が学校に持っていくランドセルの中に取材希望のメモが入っていたり、いろんなことがあった。過剰取材による報道被害に遭った人の生の声がここでかなり出ました。

 その結果、レベソン委員会は12年11月末に新聞界の悪しき慣行をなくするための2,000ページにわたる報告書を提出したのです。

 報告書には様々な提言が含まれていました。例えば、PCCは新聞業界に近過ぎてしまい、こういった報道被害を何も防ぐことができなかったため、本当に独立した規制・監督機関をつくることを提案しました。また、報道被害者が利用できる簡易裁判所を設置しましょうと提案しました。

 さらに、報道の訂正記事についても提言がありました。通常、新聞は事実の間違いがある記事を出したとき、訂正記事は後ろのほうのページに小さく載せるだけです。それでは名誉を回復することになりませんので、少なくとも目立つところ、あるいは最初に記事が掲載されたページに訂正記事を掲載するよう提言しました。

 そして、警察をはじめ権力との癒着を防ぐため、取材をした場合には全てオンレコにするということも提案しました。これはちょっと現実的ではないと思いますが、このような提案を含む、報道被害者の側に立った報告書でした。

 しかし、2,000ページもある報告書に対して、インディペンデントという新聞は、報告書が出た翌日、新聞の一面とウェブサイトに報告書の表紙をポテトチップスを包む紙にした写真を載せました。長過ぎて誰も読まず、出た翌日にはもう捨てられてしまうごみと同じだ、意味がないということを表したのです。

 現状ですが、報告書が出てから1年経ってもまだ規制・監督機関はできておりません(注:2014年6月、設立予定)。なぜかというと、これまでにそういう新聞界を規制するような規制・監督機関がなく、各新聞社の足並みがそろわないためです。

 報告書は組織の独立性を保障するため、外部機関にこの組織を認定させることを提唱しましたが、これをどう作るかで議論がたくさん出ました。13年3月には、国王が法律的な命令をする王立憲章という形で新組織を発足させようということで、与野党が議会で合意したのですが、多くの新聞社は報道の独立性に政治を介入させてはいけない、として反対しました。そして、とうとう独自に、独立新聞基準組織というものを14年に設立する予定になりました。

 しかし、経済紙で有名なファイナンシャル・タイムズやスノーデンの報道で著名になったガーディアン、あるいはインディペンデントなどいくつかの大きい新聞が賛同しておりませんので、本当に規制などできるのかよくわからない状態です。

新聞界の反対ロビー活動

 なぜ新聞側は反対するのか。この点は今回の特定秘密保護法の新聞による反対に似ているような感じもします。

 イギリスの新聞側は、非常に大きなロビー活動をしまして、新聞の紙面の1面いっぱいを使ってレベソン委員会が提言した規制・監督組織に反対する広告を出したり、テレビにも反対広告を出しました。法律によって新聞の報道を規制することに対して反対したわけです。また、例えばちょっとしたことで名誉毀損で訴える人が簡易裁判所に殺到したら、地方の新聞社をはじめ小規模な新聞社は罰金を払えなくなり、結果的に報道の自由への干渉が強くなるのではないかと心配したのです。

 報告書を見ると、例えば報道倫理に反した報道をした場合、最大で100万ポンド(約1億5,000万円)の罰金を課すという項目もあります。本当に100万ポンドの罰金が課されるところは少ないかもわからないのですが、それでもこれはかなり重荷になりますので、新聞社の中では反対をした人がたくさんおりました。

 王立憲章に基づいて規制・監督組織をつくるということについても、下院議員の3分の2以上の支持がないと変えることはできません。逆に言うと、下院議員の3分の2以上の支持があったときには、変えることができる。政治家に都合のよいようにされてしまうのではないか、調査報道ができなくなるのではないかという思いから、反対のロビー活動をしました。

 結局、委員会が立ち上げられ、いろいろな人が証言をするなど税金を使って調査をしたけれども、もともとの理由、つまり報道の被害者を減らすにはどうすべきか、被害が出ないようにするにはどうすべきかといったことについては何も片づいていないのです。訂正や謝罪記事についても決まっていない。

 同時に、報道を萎縮させるような雰囲気も出てきました。例えば警察官からオフレコで取材することに対して、これはいいのだろうかと。また、新聞業界が大規模なロビー活動をした結果、逆に、業界は一体何をしたいのか、見えないようになりました。

 多くの国民は、報道被害者を救済するため、ちゃんと議会を通して法律をつくり、新聞業界から独立した規制機関をつくることを支持していますが、それが形になっていないということで、新聞業界に対する不信は大きくなったのではないかと思います。レベソン委員会の報告書は分量が多く、理解もしにくいかもしれませんが、マスコミと倫理という面では重要な出来事ではないかと思います。

 結局、新聞界は読者の信頼を得られるような倫理観をもって報道しているというより、勝手気ままにいろいろな報道をしているという感じです。いままでもそうでしたけれども、これからもしばらく変わらないような印象を一読者としてはもっています。(つづく)
by polimediauk | 2014-04-26 07:14 | 政治とメディア
 筆者が住む英国のBBC(英国放送協会)とNHKとを比較してほしいという依頼を、ときどきいただく。

 今年、そうした依頼が生じたのはNHKの新会長による年頭のさまざまな発言に起因する。

 実際にBBCとNHKを比較した場合に、例えば組織としての成り立ち、監督制度の仕組みなど、骨組みのところを見ただけだと、一言で言えば「非常に良く似ている」。

 どこか違うところがあるとすれば、(当然だが)これまでの歴史、つまりは一つ一つの報道の積み重ねが異なる。番組を受け止める視聴者や批評家、政治家、ライバルとなるほかの放送局などの反応も違う。ジャーナリズムについての考え方も違う(例えば、放送メディアでは不偏不党が報道の中心にあっても、ジャーナリズム組織とは権力を批判するものという意識が広く共有されている)。

 また、BBCは英語圏の大手放送局で、かつ世界中にたくさんの読者をかかえるニュースサイトを運営していることから、国際的に群を抜く大きな影響力を持つ(英語の国際語としての位置、大英帝国の歴史なども要因として絡んでくるだろう)。

 そこで、日英の放送局は「組織的には非常に似ている」が、「中身は違う」。人間一人ひとりの顔かたちが違うようにBBCとNHKも「違う」が、これは当然とも言えよう。

 そうは言っても、「BBCはどうやって権力との一定の距離を保ってきたのか」という疑問はわくだろう。

 そこで、新聞通信調査会発行の月刊誌「メディア展望」3月号に書かせていただいた。

 以下はそれに若干補足したものである。「非常に似ている」が「中身が違う」という部分を汲み取っていただけたら幸いである。また、骨組み(規定など)をまったく同じにしたとしても、これをどうやって応用するかで結果は劇的に違ってしまうことも推察していただきたい。

 「メディア展望」は過去記事を無料でダウンロードできるので、時事問題にご関心のある方は閲覧いただけたらと思う。

***

 NHKの籾井勝人・新会長が、今年1月末の就任会見で、国内外で論争となっている事柄について政権寄りと見られかねない発言を行った。同月31日の衆院予算委員会で会長は「個人的意見を放送に反映させることはない」と答弁したが、放送法で規定された「不偏不党」を貫くべきNHKに対し、何らかの政治的圧力がかかるのではないかという懸念が出た。

 民主主義社会を支える独立した報道を行うには、メディアは時の政権とは距離を置く必要がある。日本の公共放送NHKに相当するのが英国のBBC(英国放送協会)だ。その前身は民間事業体だが、当時から政府の言いなりにはならないための努力があった。

 1922年、政府の提案を元に国内の無線機製造業者が共同で設立したのが、現在のBBCの前身となる英国放送会社(British Broadcasting Company)である。BBCは政府からラジオの販売と放送の独占権を与えられた。公共事業体のBBC(British Broadcasting Corporation)として発足したのは、27年だ。

存立の理由と組織の構成は

 BBCの存立とその業務運営を規定する基本法規は、国王の特許状(ロイヤル・チャーター)と、BBCと担当大臣との間で交わされる協定書(アグリーメント)になる。

 特許状はBBC存立の基礎となる。公的目的、独立性の保障、「BBCトラスト」(視聴者の代表として業務全般を監督する)や執行部の任務を規定している。約10年ごとに更新され、現在の特許状は16年末まで有効だ。

 英国の放送局は商業放送も含めオフコム(情報通信庁)の規制・監督下に入るが、BBCについては報道の正確さ、不偏不当性について判断するのはトラストの管轄となる。ただし、日々のニュース報道の判断は編集幹部あるいはその上の経営幹部による。

 トラストを率いる委員長職は、放送・通信業を管轄する文化・メディア・スポーツ省が新聞などに広告を出して公募する。官僚が面接をして候補者を絞り、推薦された人物が下院の文化・メディア・スポーツ委員会で質疑応答を受けた後、就任決定となる。トラスト委員(11人)も公募で、管轄の省や首相などが選定に加わる。選定には特許状に明記されたBBCの目的、意義を全うできる人物かが考慮される。

 一方の協定書は特許状明記のBBCの目的に沿って、業務内容、運営資金の値上げ率や調達方法などを規定している。国防上必要な場合あるいは緊急時には、政府による告知を放送することが義務付けられている。政府はまた特定の事柄を放送しないよう書面でBBCに指令を与えることができ、BBCは指令があったことや拒否したかどうかを公表することができる。

 BBCには編集上の独立が保障されているが、財政面では政府に首根っこを捕まえられている。テレビ受信許可料(NHKの受信料に相当)の値上げ率を政府が決めているからだ。

ジャーナリズムの独立性をどうやって示してきたか

 BBCが政権批判を堂々と行えるのは、報道の不偏不党が法律で規定されている上に、新聞、ネットも含めたメディア及び社会全体で報道組織の独立性を重要視する認識が確立しているためだ。BBC自身の過去の報道の積み重ねがこうした認識に貢献してきた。

 若干の具体例を報告したい(以下、肩書きは当時)。

 BBCが最初に報道機関として国民から高い評価を得たのは、1926年、ゼネラルストライキが発生したときだ。まだ民間企業だった頃である。当時、BBCは新聞界からのロビー圧力で、すでに通信社が報道済みのニュースの要約版のみを午後7時以降に放送することが許されていた。

 労働争議が深刻化していた26年5月2日夜、政府と労組幹部との交渉が最終段階で決裂した。3日午前1時、ゼネスト開始予定のニュースを最初に伝えたのは当時のBBCのトップ、リース卿であった。BBCに対する報道規制は解かれたも同然となった。公共の交通機関がほぼ停止し、新聞も休刊か大幅にページ数を減少させる中、最新のニュースを報道したBBCのラジオ放送に多くの人が耳を傾けた。

 政府側はチャーチル財務相(後の首相)が統括した公式新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を臨時発刊させた。チャーチルはリースにガゼットの内容を放送で読み上げるよう依頼したが、断られた。国家の緊急事態に政府はBBCを国の管理に置くことができたが、内閣内で見解が統一されておらず、リースが時の首相ボールドウィンと良好な関係を持っていたことも幸いした。BBCはガゼットの記事の要約を紹介する一方で、労組幹部の演説の内容も報道した。当事者の両方の主張を放送することで、国民から高い支持を得た。

 BBCは戦時でも中立を守る報道を行うのか、それとも英国側に立つべきなのか?一つの答えを出したのが、アルゼンチンとのフォーククランド戦争(1982年)の報道である。

 大衆紙が愛国主義的報道を行う中、BBCのニュース番組「ニューズナイト」の司会者は国防省の情報を「英国側(の情報)を信頼するとすればだが」と表現。「我軍」ではなく「英国軍」と呼ぶなど、距離を置く言葉を使った。大衆紙サンは政府の情報を信じない司会者がいるBBCを「裏切り者」と呼び逆風を吹かせたが、BBCは方針を変えなかった。

 サッチャー政権(1979-90年)と戦い、辞任するに至った経営陣トップもいる。対英テロ闘争を行っていた武装組織アイルランド共和国軍(IRA)によるテロを、宿泊先のホテルで経験した(1984年)サッチャー首相は、「テロリスト」がメディアに登場すること自体を嫌った。

 85年、BBCがドキュメンタリー・シリーズ「リアル・ライブズ」の中でIRA関係者のインタビューを収録。レオン・ブリッタン内相はBBC経営委員会(現BBCトラストの前身)のスチュアート・ヤング委員長に放送しないように依頼する書簡を出した。

 経営委員会はそのままの形では「放送不可」とする結論を出したが、BBCスタッフは反対の姿勢を見せた。経営陣は「放送の検閲は断固として許されない」とする声明文を発表したあと、アラスデア・ミルンBBC会長がヤング経営委員長と内相を訪問した。紆余曲折の後、当初の予定から2ヵ月後に放送が実現した。

 同時期、BBCは政府が秘密裏に開発した偵察衛星「ジルコン」にかかわる疑惑を含む「秘密社会」と題するシリーズ(6部構成)を制作した。これが大きな政治問題となり、ロンドン警視庁が制作の中心となったジャーナリスト宅やBBCの編集室を家宅捜査する事件に発展した。

 放送のめどがたたないままの86年1月、ミルン会長は新たなBBCの経営委員長で政権に近いと言われたマーマデューク・ハッセーに、解任を伝えられた。会長の去就は経営委員会が決めることになっている。解任は委員全員の総意であった。4月以降、6部のうち5部が放送された。最後の1本を民放チャンネル4が新たな編集を加えて放送したのは91年だ。

 政府側が報道したくない内容であるほど、抵抗は強くなる。放送までの粘り強い努力が制作側に求められる。

イラク戦争の開戦理由をめぐり、政府と大対決

 近年のBBCと政府の戦いで記憶に新しいのは、イラク戦争(2003年)の開戦理由を巡る、ブレア政権とBBCとの争いである。「情報を誇張して、英国を戦争に向かわせた」とするBBCの報道とこれを否定する政府側との大きな対立は、報道の情報源となった人物が自殺したことで急展開した。

 死の状況を解明するために立ち上げられたハットン調査委員会は、04年報告書を出し、BBCの報道を批判した。経営委員長と会長が引責辞任という結末となったが、後の調査で、BBCの報道が真実を突いていたことがほぼ証明されている。

 独立した報道を行った結果、経営陣の首が飛ぶこともあるし、報道が正しかったかどうかの判定には年月がかかることもある。BBCはこれまでに相当の犠牲を払いながら、政権批判を辞さない報道を続けてきた。

 数々の具体例を紹介したが、その概要はBBCのウェブサイト上に紹介されている。自分たちの優れた報道の勲章として掲載しているのである。この点もまた、興味深いのではないだろうか。

最後に

 ここまでを読み返してみると、BBCをずいぶんとほめすぎてしまった感じがする。BBCはがんばっているが、ほかの報道機関もそれぞれに質の高いジャーナリズムを実践している。BBCだけではない。BBCを神格化しないようにしよう。決して完璧ではない。

 蛇足めくが、「もし」公共放送が権力(政府、官僚、大企業など)から独立したジャーナリズムを堂々と実行するにはどうするか、という問いの答えをBBCに求めるとすれば、「公共放送=権力を監視し、堂々と批判するジャーナリズムを実行するメディア」という認識を国民の側がしっかりと認識するところから始めるべきかもしれない。「不偏不党」の部分で、がんじがらめにするべきではないだろう。
by polimediauk | 2014-04-03 20:09 | 放送業界
 ロンドンで、新たなテレビ・チャンネル「ロンドン・ライブ」が先月末、放送を始めた。チャンネルのオーナーは、ロシア出身の英国人エフゲニー・レベデフ氏だ。高級紙インディペンデント、無料夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードなどの所有者でもある。新聞だけじゃなく、テレビまで持ってしまったのである。

 まだ始まったばかりで、今のところ若者をターゲットにしたようなトーンが目立つ。しかし、まだまだどうなるか分からない。何とか、続いてほしいものだ。

 デジタル時代のテレビチャンネルの開始ということで、サイトで一部生放送が見られるようになっている(少なくとも英国では)。視聴者からのフィードバック、投稿もどんどん受け付けている。さて、どうなるだろうー?

 月刊誌「新聞研究」の3月号に、「世界のメディア事情 ―英国」編を寄稿した。タイトルは「英インディペンデント紙に売却話 ―紙受難時代の生き残り策とは」である。

 以下はそれに若干付け足したものである。部数が少し前の数字なのだが、現在もそれほど変わっていないので、トレンドをつかむことはできると思う。

発行部数はどんどん下落、そしてインディーは?

 長年、新聞の発行部数が下落傾向が続く英国で、4大「高級紙」の1つインディペンデントが売却先を探している。以前からその噂はあったものの、同紙関係者が年明けに買い手を探していることを公にした(ちなみに、今年3月の話として、先のエフゲニー・レベデフ氏は「買いたい人があれば、真剣に考える」という意味であると述べている)。

 インディペンデントこと通称「インディー」は2010年、元KGB職員で富豪のアレクサンドル・レベデフ氏(エフゲニー氏の父親)が負債を背負う代わりにほんの1ポンドで買収した。一旦は息を吹き返したと思われたが、膨らむ損失をカバーしきれなくなったようだ。英国新聞界の紙媒体受難時代を表す事例となった。

 インディーのこれまでとガーディアン紙の販売努力に注目してみた。

大衆紙、高級紙、日曜紙とは

 英国の新聞は頻度(日刊、週刊、平日版、日曜紙など)、大きさ(大判ブランケット判、小型タブロイド判、細長いベルリナー判)、内容や読者層の違い(大雑把には大衆紙と高級紙)、発行地域(ロンドンで発行される全国紙とそのほかの地域の地方紙)などに分かれている。

 タイムズ、デーリー・テレグラフ、ガーディアン、インディーが4大高級紙(経済専門のフィナンシャル・タイムズ=FT=も入れると5大高級紙)だ。主として知識層を対象としている。

 大衆紙はサン、デーリー・ミラー、デーリー・メールなどで、高級紙よりも文章が読みやすく、誇張した表現が目立つ。芸能人のゴシップや人物を中心に据えた、感情に強く訴えるものが多い。

 各紙の共通の悩みは発行部数の下落だ。英ABCの調べでは、ほとんどの新聞が前月比で部数が減少している。前年同月比では二ケタ台の下落という新聞もある。

 まさにこの「二ケタ台」に入るのがインディーだ。12月の発行部数は6万7266部。前月比で0.66%減だが、前年同月比だと13・8%となった(ちなみに英国の人口は日本の半分である)。

 だし、ウェブサイトのブラウザー数は、そのほとんどが各紙ともに前月比及び前年比で大きく伸びている。インディーの場合も例外ではなく前月比で5.45%増、前年同同月比で39・64%増。紙受難の時代である。

ネットと廉価版に押されて部数が激減

 同紙の栄枯盛衰は、現在の英新聞界の縮図のようだ。

 1986年の創刊後、一時は40万部ほどまで部数を増やしたが、低価格競争、ほかの高級紙の支配的位置に押され、2003年ごろには20万部前後まで落ちた。同年秋、通勤電車の中でも読みやすい小型タブロイド判に転換させて人気を回復させたが、次第にまた部数が下落した。ほかの新聞がウェブサイトの拡充に力を入れる中、インディーは同規模の投資をできずに年月が過ぎた。

 一時は廃刊の噂も出たが、2010年2月、レベデフ氏に買収された。同氏は、同年10月、インディーのコンテンツを使いながらも一つ一つの記事が短く、若者層を主要読者とした簡易版「i」(アイ)を創刊。値段はインディーの当時の価格の5分の1(20ペンス)であった。

 このときのインディーの発行部数は約18万部だった。2年以上がたち、7万部を切るまで落ち込んだが、アイは29万2488部に到達。読者は安く、さっと読める新聞を求めていた。

 インディーとその日曜版インディペンデント・オン・サンデー、アイとその日曜版を発行するインディペンデント・プリント社は2012年9月決算で175万ポンドの営業損失を抱えている。

電子版の成功例はFT

 英国の新聞の電子版で最大の成功例はFTだ。一定数が無料で読めるメーター制を巧みに使い、電子版購読者が紙の販売部数を超えている。

 テレグラフは昨年春からメーター制を導入した。タイムズとサンデー・タイムズは有料購読者にならないと一本も読めない制度を2010年から始めた。昨年10月、両紙の電子版の有料購読者数は15万人に達したという(両紙の発行元ニュースUK社の発表)。

 同じく同社が発行するサンは、昨年8月から有料閲覧制をウェブサイトに導入。サッカーのプレミアリーグのハイライトを視聴できることなどを売りに、年末までに11万7000人の購読者を獲得した。

ガーディアンはどんな工夫をして紙を売っているか

 紙媒体の販売戦略として、ガーディアンは同紙の日曜版に相当するオブーザーバー紙と共同キャンペーンを展開中だ。

 例えば、ガーディアンの土曜日付を買うと、2週間分のクーポン・シートが付くというキャンペーンをやっていた。シートにはミシン目が入っており、14枚のクーポン券となる。2枚分がオブーザーバー用、12枚分(月曜から土曜日の6日間x2週分)がガーディアン用だ。

 1枚をちぎって、小売店でガーディアンあるいはオブザーバーを買うと、店頭でクーポンに記載された金額分が引かれる。

 また、両紙の掲載記事の中から、特に若者にアピールしそうな記事(著名人のインタビュー、娯楽系のトピック、社会問題など)を選び、小型タブロイド判の数ページの新聞にし、街頭で配るという手法も実践している。若者層は紙の新聞を取るという行為自体になじんでいない場合があることを想定し、まず手にとって、読んでもらうことを狙っている。

 紙の新聞が売れなくなっている英国で、様々な試みが行われている。

 どこも大変なのである。
by polimediauk | 2014-04-03 07:55 | 新聞業界