まず、記者=書き手と読者の関係が大きく変わる点だ。
これまでにも、「メディアサイトは双方向であるべきだ」と言われてきたし、もうそんなことを言う必要がないぐらい、既成事実化しているとも言っていいだろう。
しかし、その実態はというと、たいがいの場合、
―ウェブ記事の最後にコメント欄をもうけている
―ソーシャルメディアでシェアできる(例えばツイッターでシェアした場合、ツイッターのプラットフォームで議論が続く可能性)
-記者・編集スタッフがソーシャルメディア上で情報交換(感想を述べたり、時には批判したり、情報交換などが主)
などが中心だったのではないだろうか。
「オープンジャーナリズム」ということで、編集室の様子をガーディアン紙が見せていたこともあったし、ガーディアンは一定の才能を持つ人にはブログを開設させてもいる(「コメント・イズ・フリー」)。
作るほうからすれば、いちいち読者の意見を巻き込んで作るというのはやっかいではあったろう。どんどんニュースを発信していかないければならないわけだから。
「コレスポンデント」の場合、さらに一歩踏み込んだ関係性を作り上げているようなのだ。サイトを見ると、記者+読者の新しい関係がよく分かるつくりになっている。
今後、「コレスポンデント」がどこまで読者の支持を得るか分からず、もしかして私が気づかない、ほかのサイトがもうすでにやっているのかもしれないが、ひとまず、ここで紹介してみたい。
―関係性を変える9つのポイント
「コレスポンデント」の創業者の1人がブログ「メディアム」(4月30日付)で、記者と読者の関係性を変える9つのポイントを紹介している。タイトルは「なぜ私たちがジャーナリストを会話のリーダーとし、読者を専門コントリビューターとしているか」である。
9つのポイントとは
(1)「コメント」でなく「コントリビューション」
ウェブサイトの記事の下に設けられているコメント欄。これをコレスポンデントは「コメント」でなく、「コントリビューション」(貢献)と考えているという。
小さな言葉の違いかもしれないが、サイト側が読者に何を期待しているかを示すものだという。
察するところ、コメントといえば、記事=主があって、それにつく感想のような位置付けになる。しかし、記者よりも専門的な知識を持っているかもしれない読者が記事の厚みを増すために情報や知識を貢献する、というわけである。
(2)購読者(=メンバー)のみが貢献できる。実名のみ
コレスポンデントは年間購読制(60ユーロ=約8000円)をとる。購読した人だけが記事に貢献できる、としている。実名以外で記事に貢献したいなら、記者に電子メールを送ることを奨励している。また、完全に匿名にしたいなら、暗号化メールも受け取れるように設定されている。
(3)貢献したコンテンツはグーグルの検索対象に入らない
これで安心して、貢献できるというわけだ。読者の中にはグーグルに拾われることへの警戒感があるという。
(4)購読者はなぜその道の専門家なのかを表記できる
読者が貢献をするとき、「xxの博士号を持っている」などと書ける。短い履歴などを書くことで、さらに議論が深まるということのようだ。
(5)記者は2つの形で記事を出版できる
1つはすべての購読者用で、読み手に専門知識があるかどうかは問わない。2つ目は自分をフォローしてくれる読者用だ。自分をフォローしてくれるぐらいの読者には担当の分野の知識がある程度あることを意味する。こうすることで、記事に貢献するようなことを書く読者も、深いことが書けるし、議論がより高いレベルになる。
(6)すべての記事を読者への問いかけの形で終わらせる
こうすることで、記者がいわゆる「会話のきっかけを作る人」になれるということのようだ。
(7)読者にはゲストとしてコラムを書く機会がある
(8)世界でもっとも偉大な名刺整理箱を作る
まだ実験中の試みで、記者がよい情報を共有してくれた読者に「専門家」というタグをつける。タグ付けがたまったら、バッジを出すとか、書き手としてコレスポンデントに向かい入れるなどを考えているようだ。
(9)正しい態度から(すべてが)始まる
記者が読者との会話を始める役をつとめ、読者がそれに答えてゆくことで、サイトの質も高まるーこういう考え方があってこそ、テクノロジーが追いついてゆくのだという。
さて、ここまで読んで、ぴんと来た方も来なかった方もいらっしゃるだろう。(1)から(9)のポイントがどのようにサイト上に生かされているのかをみると、すっと頭に入るはずだ。
例えば、テクノロジー記者マウリツ・マルティン氏のコーナーはこんな感じになる。

オランダ語が理解できなくても、まず、斬新なデザインにちょっと驚くだろうと思う。
イラストの上に記事のタイトルが重ねられ、下に記事が掲載されている(中身は購読者ではないと読めない)。読者への問いかけも下にある。
右側には記者のバイオ。電子メール、ソーシャルメディア、暗号化通信の連絡先。記者が面白い思った記事などが下に紹介されている。
記者が関心を持つテーマを読者も同時に追うことができる。会話が生まれる仕組みがここにある。
デジタルのニュースメディアで、どうやってニュース・記事を出してゆくか、どんな風にして読者をエンゲージしてゆくのか、まだまだこれ!という正解はないのかもしれない。
私自身は、コンテンツの編集者たちがテクノロジー、デベロパー、ウェブデザイナー、アーチストたちと働くことで、頭の中にあるぼやっとしたことが形になってゆく様子をコレスポンデントのサイトで見たような思いがした。
私は普段、主に英国のメディアの動きについて書いており、欧州のメディアにも少し目をやる。BLOGOSさんやヤフーの個人ニュース、ビジネスニュースさんにもとてもお世話になっている。
しかし、ハフィントンポスト日本というのは、一つ、違ったポジショニングがあるのだろうと思う。使命、というようなものがあるのではないか。
私がハフィントンに期待することは、たった一つ。「リベラル論壇」であり続けてほしい、ということだ。
具体的なイメージとして、昔、朝日が出していた「論座」という月刊誌があった。ちょっとふざけているような(?)記事もあったような感じがするが、これがまたいわゆる「遊び心いっぱい」で楽しかったものである。記者が、インタビューをされる著名人に叱られ、そのありさまを記すなど、非常に痛快であった。 (残念ながら、雑誌は廃刊になってしまった。)
―リベラル論壇とは何かーあくまで私的なとらえ方
「リベラル論壇」といっても、これを思想的にきちっと説明するのは私の知識・学識・知能をこえてしまうのだけれども、イメージとして、「愛国主義的に陥らない」、「保守とは反対方向」、「自分とは異なる意見をすぐに否定しない」、「自由(言論の自由を含む)を尊重」-。
逆に言うと、ハフィントンポスト日本誕生以前の日本のネット言論(実はネットだけではないのかもしれないが)は、どちらかというと保守系、右派系が強いように感じてきた。
例えば、アジア諸国のことや領地問題にちょっとでも言及すれば、一定の方向の言説をいわなければ非難の嵐(?)。「英国ではこうですよ」と書くと「外国かぶれ」とされてしまうような。
非常に呼吸がしにくい言論空間になっていたような気がする。
その一方で、ネットの外の、例えば既存大手メディアに目をやれば、特定のイデオロギー色が非常に強いことがあり、これにもへきえきしていた。英国のタブロイド・大衆紙がそうするのなら分かるが、しっかりとした報道機関であるのだが、議論を一定の方向に向けるために必要な情報を入れないような記事を見かけたりし、暗たんたる気持ちにもなった。
イデオロギーにがんじがらめになるのは、よくないのだろうと思う。左も右も、である。息苦しくなってしまう。
息苦しくならないための1つのやり方は、外に目を向けることだ。
例えば、ここ数ヶ月、ハフィントンポスト日本では海外(欧州)の子育てや女性の生き方、男性がどれぐらい家事を手伝っているかなどの話がちょくちょく掲載された。外国の例がすぐに日本に採用されるとは思わないが、「ちょっと一息」つける話の数々であった。
これからも、特定のイデオロギーに偏ることなく、自由な気風を全うしていただきたい。
そして、境さんが書かれていらっしゃるように、「世界」の話も継続して紹介していただきたい。日本で議論が熱っぽくなりつつある「戦争」の話は世界を見渡すことで、まったく違った立場で考えることができるだろう。「戦争」は日本にとっては70年前の遠い出来事かもしれないが、世界中で今、この瞬間にも起きていることも知ってほしい。理論ではない国がたくさんある。(ちょっとイデオロギーぽっくなってきたので、ここでやめようと思う。)
時に軽く、時には愉快に、時には真剣に。
でもでも、リベラル論壇であり続けますように。
ー業界からの独立性を高める意図
来月、英国の新聞・雑誌業界に新たな規制・監督組織が立ち上がる。
大衆紙の大規模な盗聴事件発生への反省を機に設立される「独立出版基準組織」(通称「IPSO」=Independent Press Standards Organisation)だ。報道基準の遵守体制を厳格化し、巨額の罰金を科す力を持つ。先に自主規制組織として機能してきた「報道苦情処理委員会(「PCC」=Press Complaints Commission)」の後を引き継ぐもので、IPSOが発足次第、PCCはなくなる。
IPSOには多くの新聞社が参加する見込みだが、主要新聞のいくつかは参加を保留中だ。
設立までの経緯やPCCとの違いに注目してみた。
ー大衆紙の盗聴事件を受けて
IPSOのキーワードは「新しい」、「毅然としている」、「独立」だ。「独立」は外部の組織の意向を受けないという意味とともに、新聞・雑誌業界内の権益との癒着がないことを示す。
業界から真に独立しているかどうか、実際に自分たちの報道不正をどれだけ果敢に裁けるかーこうした点が新規制組織の評価の勘所となる。
組織発足までを振り返ると、きっかけは2005年に発覚した、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」による、政治家、著名人などに対する携帯電話の伝言メッセージの盗聴疑惑であった。
2011年7月、盗聴の犠牲者の中に失踪した14歳の少女がいたとガーディアン紙が報道し、国民的な関心事となった。
ニューズ紙は報道から数日後に廃刊され、まもなくしてキャメロン首相が新聞界の文化、慣行、倫理について調査する委員会(判事のブライアン・レベソン氏が委員長)を立ち上げた。
12年末、レベソン委員長が報告書を提出。委員長は報告書の中で、PCCが盗聴疑惑の解明に不十分な役割しか果たせなかったことを指摘し、新たな規制・監督組織の立ち上げを提唱した。
新聞界は新組織の設立におおむね同意したものの、報告書が組織の発足を「法令に基づく」と書いたことで、大きく反発した。英新聞界は法令によらず、自主規制で活動を続けてきた長い歴史があるからだ。
業界内で代替案を統一できないままに時が過ぎた。その後、報道被害者を支援する団体「ハックトオフ」のロビー活動もあって、レベソン提案を具体化するための政治的動きは途切れることはなく、13年3月、与野党3党は法令化にはよらず、女王の勅許(「王立憲章」)による設置案で基本合意した。10月、女王の諮問機関・枢密院がこの組織の設立を承認した。
しかし、この後、新聞界の調整は難航した。政府案には乗らず、独自にIPSOを設置する動きでまとまるようになったのが13年末であった。
ーPCCでは不十分
PCCは1991年、大衆紙による著名人のプライバシー侵害記事が相次いだことへの反省から発足。自主規制組織として先に存在していた新聞評議会(1964年発足)を刷新させた。
「新聞の自主規制体制を管理する独立組織」として新聞社、雑誌社が加盟し、報道についての苦情処理を主な任務とした。運営資金は加盟社からの拠出金により、その管理は別組織の「新聞基準財務機関」(PressBof)が行った。
別組織で報道倫理規定委員会(業界関係者がメンバー)を作った倫理規定を元に苦情を処理した。
PCCは新聞・雑誌社から拠出金を受け取っているが、業界からは独立した組織とする。
その構成は
(1)PCCの方針を決める委員会(17人体制、委員長を含めた10人が業界関係者)
(2)事務局
(3)問題が生じたときに業界とは別の見方ができる「独立査定者」
(4)任命委員会(3人体制、委員長、PCCの会員、独立査定者)―であった。
レベソン報告書はPCCを強く批判していた。業界からの「独立性に欠けていた」、「苦情が取り上げられても、対応は不十分で、PCCに批判されたジャーナリストへの懲罰行為が欠けていた」。さらに、PCCは新聞界への批判を阻止し、「盗聴事件への調査ではニューズ紙を支持したことで、信頼を失った」。
新設されるIPSOはPCCとは違う組織であることを明確にしなければならなくなった。業界外の人材の投入割合を大きくすることで業界からの独立性を高め、本格的な自主規制・監督組織となることを目指している。
ウェブサイトによると、IPSOの機能は:
(1)「報道規定の違反に関する苦情を処理」
(2)「規定が遵守されているかどうかを調査」
(3)「内部告発用ホットラインの設置」、
(4)「苦情を持つ読者と出版社側との間に裁定サービスを提供」
など。
重大な規定違反、不正などがあった場合、最大で100万ポンドの罰金を科す力も持つ。
調査の実行、ホットラインの設置、裁定サービスの提供、罰金を科すなどの機能はレベソン報告書が提案した規制組織、そして昨年与野党が合意した規制組織案にも入っていた。IPSOはレベソン案をほぼ踏襲した組織になり得る。
IPSOに参加を希望する出版社は会員合意書に署名する(6年間有効)。IPSOの規則を変更する場合、会員全体の66%の得票が必要だ。取締役会と苦情を処理する委員会のそれぞれが12人体制で、7人が業界外の人物、5人が業界関係者(全国紙から2人、地方紙・スコットランド紙から2人、雑誌から1人)とする。運営資金は全国紙が62.4%、地方紙が32%、雑誌が5・6%を負担する。
ー真に独立しているか?
IPSOの取締役任命委員会(5人体制で、3人が業界外の人物、タイムズ紙編集長、元地方紙編集長)は、今年2月、取締役会の会長職を公募し、4月29日、控訴院判事アラン・モーゼズが選出されたと発表した。「IPSOが新聞界から十分に独立していないという懸念がこれで緩和されるだろう」(業界紙プレス・ガゼット、同日付)。一方、ハックトオフは「新聞大手が実権を行使するようになるだろう」とする声明を発表した。
IPSOに参加していない大手紙はガーディアン、インディペンデント、経済紙フィナンシャル・タイムズだ。IPSOの業界からの独立性に疑問符がついていることがネックと言われている。
FTは組織には加わらず、独自の苦情処理体制を設置すると発表した(4月17日付)。編集上の苦情を受け付ける職を新設する。この人物は編集長からは独立している。また、読者が記事の内容についてコメントを残したり、編集スタッフと意見を交換する機会を拡大する。
大規模盗聴事件で、国民の新聞報道への信頼感は損害を受けた。はたして、失われた信頼をIPSOは取り戻せるだろうか。