小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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(「政治を変えよう」というイベントに集まった人々)

(以下は、「週刊東洋経済」3月2日発売号の筆者記事に大幅加筆・補足したものです。)

強まる政治不信と国民の声

 混迷のユーロ圏に加入せず、2015年の実質GDP成長率は2.4%とまずまずの数字を予測する英国。欧州連合(EU)の危機となるギリシャ債務問題の解決や一触即発のウクライナ紛争を海を隔てた位置からやや遠巻きに見つめるー。EUの一員ではあるものの、欧州には一定の距離を置く英国は、安全地域で充足しているかにも見える。

 しかし、実は「欧州」をキーワードとして英国は今、大きく揺れている。EUの一員としての英国という位置付け、そしてスコットランド、イングランド、北アイルランド、ウェールズと言う英国連邦の枠組みが変わりかねないほどの重要な動きが発生している。

 欧州大陸の処々の事象が影響を及ぼしているのは確かだが、これまで政治家が故意に無視してきた国民の声が震源だ。

 昨年、英国の政治エスタブリッシュメントは2つの事件に目を見張った。5月、欧州議会選挙でEU離脱を掲げる英国独立党(UKIP)が急進し、英国に割り当てられた73議席の中で24議席を獲得し(前回から11議席増)、第1党となった(第2党は野党労働党の20議席、次が与党保守党の19議席)。離脱を主張する政党が最大議席を取得するとは、なんとも奇異ではないか。

 元投資銀行家で欧州議会議員のナイジェル・ファラージ氏が党首となるUKIPは当時、誰も真剣には受け取らない極右政党と見なされていた。しかし、そう思っていたのは政治家や知識陣のみだった。政治的にはタブーとなるEUからの離脱や移民流入に制限をつけるべきとするUKIPは国民の間にじわじわと支持者を伸ばしていた。

 EU離脱を主張する政党が欧州議会選挙で第1党(英国枠)となったーこれは国民の多くがEUに「ノー」と言ったに等しい。投票率は34.1%と最低(欧州全体では43%)となったが、わざわざ投票所に出向いて「ノー」を表明したことの意味合いが逆に深まったともいえるだろう。

 もう一つの事件が9月に行われた、スコットランドの独立の是非を問う住民投票だ。スコットランド国民党(SNP)が主導した独立への動きをロンドンの政治家たちは「どうせ実現は無理だろう」とたかをくくっていた。結果は独立反対派が賛成派を僅差で上回り、独立はかなわないことになったものの、84%近い投票率を記録する熱い戦いとなった。2010年の総選挙での投票率が62%であったことと比較すると、突出した数字である。

 EU離脱と独立支持派の拡大の背景には、中央の政治家や知識層の主張と国民感情との大きな乖離がある。

 17世紀に発展を遂げた英国の議会政治による民主主義は世界中に広がったが、国民の声が政治に反映されないー少なくとも国民がそう感じるー事態が発生している。そして、すでに一部の国民の手によって、上からの政治に風穴が開けられつつある。その「穴」とはUKIPやSNPの躍進だっともいえる。

「ない、ない、国民には何の権利もない」

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(政治詩を読む「怒りのサム」)

 「EUを離脱する権利、ない。スコットランド独立、できない。パブでタバコを吸ってはいけない。ない、ない。国民には何の権利もない。ないことづくしだ」―。そんな言葉をステージ上で吐き出したのは、政治詩人のサム・バークソン氏。通称「怒りのサム」はロンドンでもっとも貧困度が高いといわれるハックニー地域を主として活動の場にしてきた。

 繰り返される「ない」と言う言葉が、2月8日、ロンドン北部で開催されたイベント「政治を変えよう」(慈善団体コンパス主催)に集まった聴衆の頭上を漂う。

 鉄工所の跡地を使った会場は8つに分かれ、100を超えるパフォーマンス、音楽、映画、議論が行われた。15分毎に出演者が変わるステージで、「言葉がナイフのように心に刺さる」と評されたこともあるサムの詩は集まった聴衆から喝采を浴びた。

 別の会場では野党労働党のステラ・クレアシー議員が政治の市民参加について話していた。中に入りきれない人が入り口に列になる。床に座り込んでノートにメモを取る人も数人いた。

 「政党が国民に何をしてくれるのか」-。批判めいた声が場内からあがった。クレアシー議員は「世界は複雑になってきた。1つの組織がすべての問題を解決できない」。政治家に頼るのみではなく「答えをみんなで見つけていこう。あきらめないで」。

 午後のセッションに登場した、ジャーナリストのジョン・ハリス氏は「現在の政治体制の最大の問題は最も多数の投票数を得た者が当選する仕組みだ。これでは国民の多くの声が政治の場に反映されない」と話す。

 2大政党時代は「1票でも票を多く得た政党が政権を担当することには正当性があっただろう」。しかし、どの政党も下院議席の過半数を満たせず、小さな党が複数存在した2010年の総選挙で、これまでのやり方に「大きな疑問符がついた」。2大政党以外の政党に投票した人の票が無駄になってしまう。「今こそ、比例制の導入も含め、広い意味の選挙制度の改革を実施するべきだ」ー。

 5月7日、英国で総選挙が行われる。前回の総選挙では過半数を取る政権がおらず、最多数の議席を獲得した保守党が3番目の自民党と手を握る連立政権が成立した。2大政党政治の長い伝統がある英国で、絶対多数の政党がない議会となるのは1974年以来という珍しい出来事だった。

 開票後、保守党と自民党の連立政権成立までには数日かかった。一時は2番目に多い票を獲得した労働党と自民党が手を握る可能性もあった。政治家たちが政権樹立のための交渉を重ねる中、国民はただ見ているだけだった。

EU離脱思考を生む英国民の問題意識とは?

 英国のEUへの不信感には根強いものがある。

 英国は元は植民地だった米国とは、歴史的な経緯やその後の二国間の協力体制、共通言語としての英語、人やビジネスの往来状況などから非常に深い関係にある。米国と比較すると、西欧の主要国フランスやドイツとは過去数世紀にわたって戦争をしてきた過去がある。大英帝国として世界に君臨したことも英国人のDNAに入っている。欧州他国のように何らかのグループに入らずとも、独立独歩でやっていけるという自負がある。

 紆余曲折の後で1973年に後のEUに加盟したものの、独自通貨ポンドを現在まで維持し続けてきた。当時から現在に至るまでも、加盟の意義はあくまでも経済的な利便性であると多くの国民が認識している。

 1984年、サッチャー政権は農業補助金の受取額が少なく負担の方が大きいとしてEU予算からの払戻金制度を勝ち取り、人の移動を自由にした「シェンゲン協定」にも英国は加わっていない。

 「ジョークが分からないドイツ人」、「蛙のような変なものを食べるフランス人」など、偏見とステレオタイプが入り交じった冗談は英国人の会話に頻ぱんに出現する。逆に「勤勉で何でもきちんと遂行するドイツ人」、「何を食べても太らないのがフランス女性」など、尊敬や憧れ感が入った表現もあるが、いずれにしても「大陸の欧州人=外国人」と言う視点は変わらない。

 さらに、近年のEUへの不信感の根にあるのは「訳のわからない官僚組織が不当な要求を英国につきつけている」という思いである。英国では自分が住む地域を代表する欧州議会議員の名前を知っている人はほとんどいない。議会活動をフォローしている人は希少だ。「何をしているか分からない議員たちーどうせたいしたことをしていないーが、経費を無駄遣いしている」という認識が一般的だ。

 ところが、その「訳のわからない官僚組織」は日常生活のレベルで自分の身に影響を及ぼしてくることがあり、英国民としては「頭にくる」ことになる。

 身近な問題としてEUへの怒りがうっせきしてきたきっかけは、2004年に旧東欧諸国を中心とする10カ国のEU加盟であった。当時、EU加盟国のほとんどが新EU市民の流入を一時的に制限する措置を導入した。英国は労働者登録制度を採用したものの、実質的にはほとんど制限をつけないも同然であった。

 結果としてEU域内から英国への移民純流入数は2003年の1.5万人から、04年には9万人、06年には10万人を超えた。

 人、モノ、サービスの自由化を掲げたEUから入ってくる人を英国は止められない。学校では新たに入ってくる生徒数が急増する場合が発生し、地方自治体のレベルでも予期せぬ人口が増えたためにサービスが行き届かない、経費カットを余儀なくされる事例が報告された。

 EU市民の姿が自分の生活の周りに目に見えて出現するようになった。通りにオープンするポーランド食品店、コーヒーショップでウエイトレスとなる東欧諸国出身者、水道管の不具合を直す修理屋、家を建ててくれる大工など、至るところに新移民の姿があった。ポーランド出身の大工は実は英国のこれまでいた大工よりもしっかりと仕事をこなすことを英国市民はだんだんと知ってゆく。地元のカフェでふと辺りを見回すと「自分が知らない言葉を話す人ばかりだった」という現実に違和感を感じる高齢者の手紙が新聞に載るようになった。

 2008年の金融危機で失業率が上昇すると、「新EU市民に職を奪われた」という国民感情が生まれても不思議ではなかった。

 「移民はもういらない」-そんな感情が一部の国民の間で渦巻くようになったが、こんな発言は現在の英国では政治的に正しくない。人種差別にもつながる発言と取られかけないーたとえそれが本音であっても、である。

 ドイツのメルケル首相を中心にEUが政治的なまとまりとしての機能を強める動きが出てくると、ますます英国民の間でEUへの不信感は高まった。

 そこに現れたのが、国民の思いを代弁する、EU脱退を目指す政党UKIPであった。

フードバンクを年間100万人が利用

 2月19日、大衆紙ミラーに44人の教会関係者が連名で書いた手紙が掲載された。2010年の政権発足以来、緊縮財政を実行する政府の「福祉改革」が「国民的危機を発生させている」とする抗議文だ。

 「英国は世界第7位の経済大国だ。それでも飢餓状態にある人がたくさんいる」、無料で食事を配る「フードバンク」を訪れた人は「この1年で50万人を超える。昨年、栄養失調で入院した人は5500人となった」。原因は福祉の「削減や政策の失敗による」。

 英国最大のフードバンクのネットワークを運営する慈善団体「トラッセル・トラスト」によると、状況はさらに深刻だ。トラストは週に2つは新たなフードバンクの場所(教会である場合が多い)を設置している。3日分の食料が支給されるサービスを利用した人は2012-13年では34万人、13-14年では91万人に達した。トラストの調べでは英国全体の人口6300万のうちで1600万人が「貧困」状態にある。

 前政権が残した巨大な債務の返済があることなどを理由に、政府は福祉政策の締め付けを行っている。障害者用手当ての厳格支給、労働年齢と見なされる国民が受け取る失業手当に上限適用、余分の部屋を持つ低所得者用住宅に住む国民に対し福祉手当を打ち切るなど、数々の削減策が取られてきた。

 失業率のみを見れば金融危機以降の約8%から5%ほどに下がってきているものの、雇用主が就労時間を保証せず、必要なときにのみ仕事を提供する「ゼロ時間契約」で働く人も少なくない。

 この契約は雇用側からすれば需要に応じて働く人を確保できる利点があるが、働く側からすれば不安定な就労環境だ。就労時間にばらつきがあるため収入が一定せず、通常の雇用契約ではないため、銀行ローンを受けにくい。当日あるいは翌日からの勤務がオファーされた場合、就労開始までの時間が極端に短く仕事を断らざるを得ない場合もある。

 昨年4月末、政府統計局(ONS)がゼロ時間契約についての調査結果を発表した。5000の雇用主を対象に聞いたところ、140万件のゼロ時間契約が交わされていることが分かった。250人以上の従業員を持つ企業の約半分が利用していた。

 オズボーン財務相のかつてのキャッチフレーズは「私たちはみんな同じ状況にいる」だった。だから、経費削減になっても、生活が苦しくなってもがんばろうというメッセージである。

 しかし、光熱費、食費などが上がる一方の中で、公的サービスが削減され、フードバンクが人気となった状況に暮らす国民にとって、裕福な家庭出身者が多い保守党閣僚らと自分たちが「同じ状況にいる」ようには見えない。

どうなる5月総選挙


 5月7日の総選挙まで いよいよあと2ヶ月弱となった。各政党は支持者の取り付けに躍起だ。党首が学校や工場を回る様子をメディアが連日報道する一方で、他党のスキャンダルを見つけようと懸命だ。

 複数の世論調査によれば、保守党と労働党が首位を競う。「ポピュラス」調査(1月19日付)では保守党支持が30%、労働党が33%、自民党が8%、UKIPが13%、ほかが8%。「ユーガブ」調査では保守党が31%、労働党が32%、自民党が7%、UKIPが18%、その他が12%である。現時点では労働党がやや有利だが、保守党との差があまりにもわずかであるため、まだまだ安心はできない。

 躍進が期待されているのがUKIPだ。同党は下院の議席は2つしかない。1つは補欠選挙で得たものであり、1つは保守党議員の鞍替えによる。党首自身が欧州議会議員である。これまでの政治界の常識から言えば「外側」にいる、無視できる存在であったはずだ。

 しかし、EUへの懐疑や移民のこれ以上の流入を懸念する国民の本音を代弁してくれるファラージ党首とUKIPは、いまだに大手メディアの政治報道では「際物」扱いではあるものの、二ケタ台で議席を獲得しそうだ。支持率だけ見ると、UKIPはすでに第3党の存在だ。現在、連立政権に参加している自民党の座を奪ってしまった。(UKIPをどんな人が支持しているのかについては、東洋経済オンラインの筆者記事をご参考にされたい。)

 自民党は5月の選挙に生存をかける。現在50を超える議席を持つが、これが大幅に減少して30台に落ちるようだと、もし次回も絶対多数を取った政党がなく連立政権が発足する場合でも参加できなくなる可能性があるといわれている。逆に、政権参加をする・しないにかかわらず、二ケタ台の議席を押さえたUKIPが発言力を大きく増すことになる。

 キャメロン首相は、英国がEUに継続して加盟するかどうかを問う国民投票を2017年に行うと述べている。ただし、保守党が単独政権となった場合である。国民は「但し書き」がつくことが気に入らず、何故もっと早く国民の意を聞かないのかと大きな不満を持つ。UKIPに票が流れることを恐れる保守党上層部は、「2016年に開始案」も模索中だという。いずれにしても、EUに不満を持つ多くの国民の気持ちを満足させる答えになっていない。

 高い支持率を持つかに見える労働党だが、エド・ミリバンド党首の人気がぱっとしない。労働組合の支持を受けて党首に就任したことから、「赤いエド」とも呼ばれ、企業活動に支障をきたすような政策を実行するのではないか、大胆な財政出勤をすることで負債を増やすのではないかという懸念を国民が持つ。「バラマキ予算の後でツケを負わせられるのはいやだ」と街頭インタビューで答える人をよく見かける。投票日から2ヶ月で、ライバル政党との差が「数パーセント」というのでは、絶対多数を取れないだろうという見方が強い。

SNPが台風の目か

 調査では「その他」に入っているものの、注目どころはスコットランド国民党(SNP)の動きだ。現在は下院では6議席を有するのみだが、総選挙ではスコットランドに当てられた59議席の中で54議席ほどを獲得するという予測がある。そうなれば、SNPこそが第3党となり、連立政権を組むことになるかもしれない。

 第3党の座を巡る戦いとも言える今回の総選挙。ただ、保守党、労働党、自民党という現在の3大政党と、UKIPやSNPには大きな違いがある。後者は国民の声を元に政治を実現しようとしている印象がある。

 UKIPもSNPもかつては少数政党だった。スコットランドでは政権党となったSNPは独立運動ではいったんは後退したものの、地元スコットランド市民の声に耳を傾け、市民のために政策を実現しようとしている。

 UKIPは「反EU」「移民問題」という、既存政党が正面からは取り上げようとしない、かつ国民が解答を要求する問題にとりくむ。しかし、反EU,反移民は人種差別や内向き政策にもつながる危うさがある。EU離脱は現実問題として大きなビジネス上の不利益をもたらす可能性もあろう。また、英国がEUから離脱すれば、EUの性質が大きく変わる可能性もある。

 スコットランドの独立にもさまざまな不安定要素がある。独立推進派は「欧州の中のスコットランド」として進むことを望んでいたが、混迷のEUに加盟することへの意味合いやポンドとユーロの関係(ポンドを継続して使えるのかどうか、ユーロを採用するのか)も考慮する余地があるだろう。また、SNPは英国が保有する唯一の核兵器である、潜水艦発射弾道ミサイル「トライデント」システムの廃止を訴えている。英国が核兵器を持たない国になることは英国のみの問題ではなく、国際社会に大きな影響を及ぼす。これまでの英国の防衛政策の大転換ともなり、国民的議論が必要だろう。
by polimediauk | 2015-03-14 07:59 | 英国事情
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(キャメロン英首相と握手するスタージョン自治政府首相、自治政府ウェブサイトから)

(以下は、「週刊東洋経済」3月2日発売号の筆者記事に補足したものです。)

 スコットランドの独立は夢のまた夢、とつい最近まで思われていた。

 その夢が実現の一歩手間まで行ったのが昨年9月18日に行われた、独立の是非を巡る住民投票だった。賛成が44・7%、反対が55・3%という僅差で終り、投票率は驚異的な84・6%を記録した。結局独立は果たせないことになったものの、これほどの盛り上がりを見せた選挙は英国では久しぶりだ。

 賛成派と反対派がここまで拮抗したことや投票までの熱戦から判断すると、スコットランドが二分され、禍根を残したのではないかと解釈する人もいるだろう。

敵はイングランド

 しかし、スコットランドが政治的に禍根を持つとすれば、その相手はイングランド(人口全体の約83%。スコットランドは約8%)だ。スコットランドにとって、首都ロンドンに置かれたウェストミンスター議会は「仮想敵」だ。

 「敵」感情の根っこにイングランド王国との合同(1707年)という何世紀も前の話を持ち出すまでもないが、英国を構成するそれぞれの地方の主都(スコットランドのエディンバラ、ウエールズのカーディフ、北アイルランドのベルファースト)に行くと、ロンドンがずいぶんと遠いように感じられるのは確かだ。

 一時はすっかり消え去ったかに見えた独立の夢だが、1970年代以降、沖合いにある北海油田の生産が本格化し、石油収入が不当にイングランド地方に搾取されているのではないかという不満がスコットランド内で高まった。

 サッチャー政権時(1979-90年)には多くの炭鉱が閉鎖され、反サッチャー・反保守党、反イングランド、反ウェストミンスター議会という感情がますます強まってゆく。

名を捨てて実をとる

 独立が実現しないのであれば、スコットランドが目指すのはできうる限りの権限の委譲である。

 投票の直前、賛成派が急激に広がっていることを察知したキャメロン英首相はエディンバラに飛んだ。連合維持ならば大幅の分権化をすると確約した。

 今年1月末、キャメロン首相はスコットランドのスタージョン自治政府・新首相に対し、所得税の税率を決める権限、16歳でスコットランド議会の選挙に投票できるようにすることなどを含んだ法案を提示した。5月の総選挙後に可決される見込みだ。

 スコットランドの独立運動を続ける草の根組織「急進独立キャンペーン」のキャット・ボイドさんにロンドンで会う機会があった。彼女によると独立への動きは「狭い民族主義的思いからではない」という。「運動にかかわるようになったのは、自分たちの声が反映される社会を作りたいと思ったから」。

 2003年のイラク戦争開戦前、国内では100万人規模の反戦デモが何度も開催された。ボイドさんもデモに参加した。「でも、結局、米英が戦争を始めてしまった。若い兵士が戦場に送られた」。自分の声が政治に反映されないという深い失望感を感じたという。

 「ウェストミンスター議会はどの地方に住む人の意見も代弁していないのではないか」、「自分で自分のルールを決めることができる、新しい社会を作りたいのよ」。遠いロンドンから統治されるのではなく、自分たちの手で物事を決めたいーそんな思いが伝わってくる。

 「住民投票では勝てなかったけど、私たちは消えてなくなったりはしない。ずっとスコットランドにいて、独立への運動を続ける」。
by polimediauk | 2015-03-11 08:03
(月刊誌「メディア展望」2月号の筆者原稿に補足しました。)

 フランスの風刺週刊紙「シャルリ・エブド」で、1月7日、まさかと思う事態が発生した。編集会議の最中に、覆面姿の武装した男性たちが「アラー、アクバル」(「(イスラム教の)神は偉大なり」)と叫んで押し入り、編集長、風刺画家などを殺害したのである。引き継いで発生した別の実行犯による銃殺事件を含めると、合計17人が亡くなった。オランド仏大統領は一連の事件を「テロ」と断定。フランスにとって過去50年で最悪のテロ事件となった。

絡み合う複数のテーマ

 連続テロ事件について、これまでにさまざまが議論がなされてきた。テロや移民問題、表現の自由、欧州社会の中のキリスト教とイスラム教との相克など、複数のテーマが浮かびあがってくる。

 それぞれのテーマは互いに複雑に絡み合い、影響を及ぼしあう。一つのテーマを取り上げても他のテーマにつながってゆく。

 例えば「テロ」だが、ここではイスラム教過激主義者と見られる人物によるテロ行為を指すが、フランスではイスラム教徒(ムスリム)は北アフリカからの移民出身者である場合がほとんどで、移民問題と重なって来る。ただし、イスラム教の名の下にテロを起こすような人物が果たして「イスラム教徒」であるのかについて疑問が呈されていることも事実だ。

 欧州各国、特に西欧諸国での反イスラムや反ムスリム感情の広がりも見逃せない。ドイツの「ペギーダ」(「西欧のイスラム化に反対する欧州愛国主義者」の略称)が異を唱えるのは欧州内のイスラム化である。

 本稿ではフランス国内と国外で解釈に大きな開きがあったように思える「言論・表現の自由」というテーマに着目した。「言論の自由か、それとも自由がない世界か」の二者択一の問題ではないだろう。

 欧州の一国となる英国に住む筆者がフランスを外から見た視点としてご拝読いただければ幸いである。

言論の自由はどこまで通用するか

 テロ事件とその後広がった議論の中で、大きな疑問として呈されたのが言論・表現の自由はどこまで通用するのか、という問いであった。

 「言論の自由」は民主主義社会の基礎であろうし、その意味は私たちにとって自明であるはずだった。しかし、その原則について多くの国で合意があるとしても、実行に移す段階では先進国と言われる国の中でもばらつきがあることが分かってきた。

 事件発生の最初の頃を振り返る。7日昼頃、在仏のジャーナリストがツイッター上で発した「#jesuischarlie」(「私はシャルリ」)というハッシュタグのフレーズが急速に世界中を駆け巡った。「シャルリ・エブドを支持する」、「報道の自由を擁護する」、「暴力による封殺は反対」などの意味である。「私はシャリル」は、世界各地で開催された追悼集会、デモや行進の合言葉となった。

 11日、市民とともに世界50カ国以上の政府首脳陣らが報道の自由を擁護するための行進に参加した。オランド大統領と手をつなぎながら歩く世界の指導者たちの映像が大々的に報道された。「私たち全員がフランス人だ」と言う言葉が似つかわしい、一体感があった。

見えてきた亀裂

 しかし、実情はもっと複雑だった。政治家たちによる行進では、テロ防止と言う意味ではどの首脳陣も賛同していたとしても、自国では報道や表現の自由が厳しく制限されている国が参加がしていた。各国の思惑について、国際政治学者六辻彰二氏が分析している(ヤフー個人ニュースサイト、1月15日付)。

 「国境なき記者団」による2013年版報道の自由度のランキングで、自由度に「目だって問題がある」(UAE,カタール、バーレーン、イスラエル、マリなど)あるいは「困難な状況」(トルコ、ヨルダン、パレスチナ、アルジェリア、チュニジア)とされる国も参加していた。大体が「欧米諸国と外交的に近い関係にある国」で、アフリカからの出席者は「かつてフランスの植民地だったところばかり」であった。

 アフリカ諸国側からすれば、「フランス主導の歴史的なイベントに出席して『人種や宗教を超えた連帯』のイメージ化に貢献することによって」、「財政状況の協力を求め」たり、「対テロ戦争の文脈でフランスとの関係を重視する」目的があったようだ。一方、「フランス政府あるいは欧米諸国政府からすれば、『言論や表現の自由』とセットになった『反テロ』を掲げることで、自らの政策を進めやすい状況にする、一大デモンストレーションになった」。

 一方、「私はシャルリ」という旗印の下で一丸となった「言論の自由」という概念だが、シャルリ・エブドの風刺画自体の評価には疑問も呈されてきた。

 同紙の風刺画を実際に目にする機会を持った人はそのどぎつい表現、挑発的な風刺にかなりの衝撃を受けたのではないか。日本のネット空間でも、暴力行為には賛同しないものの、「こういう風刺画を掲載していたのだったら、報復を受けるのも無理はない」という内容のブログやコメントを複数見かけた。

 英フィナンシャル・タイムズのトニー・バーバー欧州記者は、シャルリの表現を論評する記事(1月8日付)を書いた。シャルリ・エブド紙は「ムスリムを嘲笑し、いじめ、冷やかしてきた長い歴史がある」。もしシャルリ紙が「限りなく侮辱に近い行為を止めたとしても、言論の自由の擁護者とは言えない」。啓蒙主義を代表する、表現の自由の擁護者としても知られるボルテールが生きた国フランスで、シャルリ・エブドは「しょっちゅう、編集上の愚行が優先していた」からだ。

 一方、英タイムズ紙のコラムニスト、デービッド・アーロノビッチ氏はシャルリと英国の「弱腰」とを結びつけた。今回「何故シャリル・エブドが攻撃に遭ったのか?それはシャリル以外の私たちが臆病者であったからだ」(1月8日付)と書いた。イスラム教徒からの非難を恐れ、表現の対象からはずすからだ、と。記事の見出しは「私たちの臆病さが攻撃を助けた:ムスリムへの気遣いと一種の恐れが英国で宗教をオープンに風刺できなくさせている」であった。

 2005年、イスラム教をテーマに預言者ムハンマドの姿を含む風刺画をデンマークのユランズ・ポステン紙が掲載し、翌年初頭、外国の新聞がこれを再掲載したことで多くのイスラム教徒の反発を招くことになるが、このとき、率先して風刺画を転載した新聞の1つがシャルリ・エブドであった。英国の新聞はどこも印刷しなかった

 筆者は風刺画問題と表現・言論の自由について、英国とフランスとの間には微妙な温度差があるように感じた。テロ事件から1週間後、ロンドンからパリに向かい、知識層に話を聞いてみた。

「冒涜を犯罪としない」

 フランスの社会党に所属する、上院議員エレン・コンウェイ=ムレ氏は「シャルリ・エブドの風刺は自分の趣味には合わない」と筆者に語った。「あまりにも下品でどぎつい。挑発的過ぎる。自分では買わない新聞だ」。しかし、「下品で挑発的な言論や表現も、フランスの表現の場の一部を成す。存在意義がある」。

 「暴力によって言論が封殺されることは絶対にあってはならない。だから自分はシャルリ・エブドを支持する。表現の内容については同意しなくても、存在を支持するからだ」。

 フランスの中では少数派となるムスリムがシャルリによるムハンマドの風刺に侮辱されたと感じたり、傷つく点についてはどう思うかを聞いたところ、「マイノリティーの意見がマジョリティーの国民のやり方を左右することは、普通ありえないのでないか」。そして、「政教分離=ライシテ=を国是とする共和国制度のフランスでは、宗教はプライベートな領域に属する」と。公的な領域に属するメディアでの言論が宗教的な理由から規制を受けることはあるべきではない、という考え方である。

 質問を続ける中で、議員の秘書役が思いあまったように、説明を補足した。「1968年、学生が主導したパリ革命が起きた。あのときの反体制のスピリットを体現していたのがシャルリ・エブドだ。現在につながる反体制のメディアで、その重要性はいくら話しても話し足りない」。

 秘書はシャルリ・エブドや風刺文化に大きな誇りを持っている印象を持った。筆者が議員に向かって、フランスの表現の自由にいくらかでも疑問を呈するような質問をすると、側に座る秘書は「分かっていない」という風に頭を横に振るのであった。

 (議員のインタビューの一問一答については、東洋経済オンラインの筆者記事をご覧いただきたい。「フランスでも、「行き過ぎた風刺」は論点に -表現の自由は、無制限の自由ではない」

 パリ政治学院のファブリス・イペルボワン教授によると、フランスの言論・表現の自由の考えのもともとは、絶対王政を倒し、近代的ブルジョア社会を作ったフランス革命と切り離すことはできない。絶対王政の時代には王政とカトリック教会は一体化していた。革命によって聖職者たちの財産は没収され、共和国の国庫に入った。「教会権力を政治から排除すること、権力を批判し、笑うことーこれこそが共和国の建国の精神だ。これを失くしては共和国自体が成り立たない」。

 こうした歴史的経緯から、フランスでは「神に対する冒涜は犯罪にならない」。報道の自由は「フランス人権宣言」(1798年)の第11条出版の自由に端を発し、「1881年出版自由法」で法律上の保証が与えられた(フランス政府資料)。

 イペルボワン氏は言論の自由には2つの形があるという。「世界共通の価値観で、どこに住む人もおそらく合意するのが米国式の言論の自由。これは、米国憲法に定められている言論・表現の自由だ」。特徴は「自由はあるが、同時に『隣人に思いをはせる』。社会を構成する個人が気持ちよく生きることを考慮する考えだ」。同氏によれば、フランス式の言論の自由とは「フランスのみで通用する。隣人への考慮をしない考え方だ」。

 しかし、「絶対的な言論・表現の自由があるわけではない。例えば人種差別的表現、特に反ユダヤ主義的表現やホロコーストの否定は確実に罰せられる」。特に厳しいのがホロコーストの否定だという。「この意味で、フランスの言論の自由には『二重基準』の側面がある」。具体例がフランスのコメディアン、デュドネだという。過去に反ユダヤ主義を扇動した罪で有罪判決を受けた人物だ。

 イペルボワン氏はこう言う。「デュドネは私たちに問いかけているのではないか。『自分はユダヤ人やテロ容疑者について思ったことを言いたい。シャルリには言論の自由が許されるのに、何故自分には許されないのか』、と」。

 1月14日、事件発生からはじめてのシャルリ・エブドがフランスで発行された。表紙には大きく描かれたムハンマド。涙をこぼし、「すべてが許される」と言っている。何を許すのか、はっきりしない表紙である。しかし、ムハンマドを選んだこと自体が「暴力には負けない」というシャルリ・エブド側の決心を表したようだ。この表紙を紙面やウェブサイトで掲載するかどうかについては、欧米各国及び各媒体によって反応が分かれた。

 以下、米英仏の特派員による記事を掲載した読売新聞(1月15日付)の報道などを参考にすると、仏リベラシオン(現在、シャルリ・エブドが仮の編集室を置いている)は1面全面を使ってシャルリの風刺画を転載した。表紙の画像をたくさん並べて作った1面には「売店にいます」の見出しを作った。社説は「政教分離はシャルリだけではなく、フランスの方針だ」と書いた。ル・モンド紙はイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の信者がともに風刺画を楽しむ漫画を掲載。フィガロ紙はシャルリの1面を掲載しなかった。

 英国ではガーディアン、インディペンデント、タイムズが13日あるいは14日付の紙面でシャルリの1面の風刺画を掲載。BBCはニュース解説番組で短時間、表紙を見せた。衛星放送スカイニュースでは現地の特派員がシャリルの1面をカメラに掲げたところ、「これを映してはいけない」とロンドンの司会者が声を上げ、慌ててカメラが切り替えられる場面があった。

 ドイツでは「ビルト」が最終面全面に転載し、フランクフルト・アルゲマイネ紙はシャルリ紙が積まれている写真を小さく掲載した。

 米ワシントン・ポストはシャルリの1面の画像を掲載。特定の「宗教を故意に侮辱するような掲載はしない方針」だが、「読者の理解を助ける」ために掲載した。ニューヨーク・タイムズは風刺画が掲載されなくても十分な情報が提供できるとして、シャルリの1面を掲載しなかった。主要テレビは「手控えるところが多い」状態で、CNNのウェブサイトは同社首脳が「経営者として従業員の安全を守ることが大切と考えた」と伝えた。

 デンマークのユランズ・ポステンは1月9日付社説で「ムハンマドの風刺画はどんなものであっても二度と掲載しない」と発表しているという。「暴力や脅迫に屈してしまったということだけだ」。

 かつて、英新聞がユランズ・ポステンに掲載された一連の風刺画を転載しなかったとき、知人の風刺画家は「どの新聞も臆病者だ」と言った。ユランズ・ポステンのように「暴力に屈した」結果は、表現・言論の自由を維持する点からは残念だ。しかし、筆者は掲載しなかった媒体を「臆病者」として切って捨てることにはためらいがある。

 2004年、オランダでイスラム教批判のテレビ映画を作った監督がイスラム教過激主義者に殺害された。翌年、このテレビ映画を作ったプロデューサーに話を聞いた。映画は10分ほどの短編で、殺害事件が起きたために注目度が高くなり、一時、映画館で公開する計画があったという。しかし、事務所や映画館への襲撃予告を受け、最終的に公開を中止した。プロデューサーは、「自分にはスタッフを守る責任がある。これがまず第一だ」と述べた。親しい友人でもあった監督を白昼、路上で殺害されたからこそ言える言葉であるように感じた。

これからどうするべき?

 欧州社会の言論・表現の自由について現時点(注:脱稿時点の1月末)での感想を記してみたい。

 シャルリ・エブドでの銃殺事件以前から、イスラム教をめぐる報道や表現行為が何らかの事件となった例が欧州では過去に何度もあった。キリスト教離れが進んでいる西欧諸国において、イスラム教に限らず、宗教の名において暴力行為に走る、しかも欧州近代社会が重要としてきた言論の自由という原則を曲げようとする動きは、異質であり、驚きであろう。また、既存概念への挑戦であるから、これに対抗する動きが出てくる。

 暴力によって言論が封殺されたため、「言論の自由の擁護」という旗を大きく上げざるを得ない。イペルボワン氏によれば、「共和国の伝統・歴史に根ざしたこの権利をフランスのエスタブリッシュメントは絶対に手放さない」。報道の自由の概念が実は「二重基準」であったとしても、たとえ少数派のムスリムたちが表現によって傷ついていたとしても「フランス人であれば、共和国の理念にならうべきという信念は変わらない。もし揺るげば、共和国の概念そのものが崩壊してしまう」。

 欧州社会は「言論の自由の擁護」という旗を降ろす必要はないだろう。思うことを誰にも気兼ねなく言えるのは、世界的にも共通な、人間としての自由の1つだ。

 しかし、最終的な報道の自由についての判断は、社会の構成員たちが自分たちが生きる社会がどうあるべきか、どうありたいかにかかってくるのではないか。

 イペルボワン氏によれば、米国型の言論の自由とは「何でも言えるが、隣人にも気を使う」のが特徴だった。米英メディアのシャルリの最新号の掲載状況にこれが如実に現れた。

 英ジャーナリストのジョナサン・フリードランド氏がガーディアンに書いたコラム(1月16日付)に英国型の生きるヒントがある。

 シャルリの銃殺事件の後で、言論の自由のバランスがどうあるべきかについて、フリードランド氏自身も答えはないようだ。しかし、同氏が目指すのは社会の構成員全員が折り合いをつけて生きていくことだ。

 まず非ムスリムとムスリムは暴力を用いるジハード=聖戦の考え方を社会から排除するよう、協力する。その上で、非ムスリムの国民はすべてのムスリムがムハンマドのどんなビジュアルな描写にも傷つくことを理解する。ムスリムのほうは、自由な社会で生きるということは時としてムハンマドについて無礼で侮辱的な描写には出くわすことがあることを覚悟すること。

 フリードランド氏は、言論の自由が「どこまで受け入れられるべきかについて合意に至るまでには時間がかかるだろう」、「互いを傷つけることについて対処してゆくこと」、当分はこれしかないと書いている。

現在の感想

 この問題について、3月上旬時点で考えたことをいくつか最後に記したい。

 シャルリ・エブドと表現の自由を巡る問題の評価・判断は、フランス、欧州、イスラム世界をどれだけ知っているかによって、分かれたように思う。同じ欧州と言っても英国は表現の自由について別の見方をしているようである(英国ではコミュニティーあるいは社会の中の平和を考慮する)。

 そして、例えどれだけ表現上で屈辱・罵倒を受けても、「暴力に訴えるのはいけない」という見方は、確かに全うなものである。ただ、今回の事件を巡り、「表現の自由に対し、暴力で反応する=相手を殺害することで言論を封じ込める」ことがいいかどうかを私たちは議論しているわけではない気がする。一義的には「悪い」、「やってはいけないこと」という結論になるだろうから。

 テロ行為をしてよい、という人も(たいがいは)いないだろう(何がテロ行為なのか、という問題もあるわけだが)。

 第一、人を暴力で殺傷する行為自体がやってはいけないことだろう。

 今回の一連の事件に限るならば、2つの面での議論が必要になるだろうと思う。

 1つは、テロ行為、イスラム過激派の広がり、IS(「イスラム国」)や中東の状況などの(国際)政治問題としての議論である。

 もう1つは、今、欧州に住む市民が抱える問題、つまり「人口では少数派のムスリムの中に、イスラム教の名をかたりながら暴力行為を行う人がおり、これに対してどうするか」を考えるための議論だ。

 イスラム教の名をかたりながら暴力行為を行う欧州市民は、イスラム教を曲解しているのかも知れないし、ほかのイスラム教徒からしたら「イスラム教徒ではない人」でさえあるかもしれない。しかし、同じ国に住む市民として、どうするのか。隣人や親戚、親兄弟がそうなったらどうするのか。あるいは犠牲者になったらー?

 また、いわゆるイスラム過激主義に染まっていないムスリム市民自身も、自分たちが住む欧州の国の中の表現行為の一部について行き過ぎであり、侮辱的だと感じているという現実がある。これにどう対応するのか。これに沿って、先のフリードランド氏が彼なりの答えを出している、というわけだ。

 決して、抽象的な話ではない。「一体どこまで、どう表現するのか」-。誰しもが考え、逡巡しているのである。表現・言論の自由を振りかざすだけではダメだが、かといって、特定の組織・宗教などに遠慮しながら表現行為を行うのもいかがなものか、と。

 これからも「摩擦」や逡巡は続くだろうと思う。
by polimediauk | 2015-03-10 17:53 | 欧州のメディア
 (月刊誌「新聞研究」2月号掲載の筆者の原稿に補足しました。)

 昨年9月、英国の新聞報道についての新たな自主規制組織「独立新聞基準組織」(通称「IPSO」=イプソ=Independent Press Standards Organisation)が発足した。「新聞」といっても、雑誌報道も含む。

 IPSOは先に存在していた自主規制機関「報道苦情処理委員会(通称「PCC」=Press Complaints Commission)の後を引き継ぐ存在だ。10年前に明るみに出た、ある大衆紙での電話盗聴事件が発足までの道を作った。

 PCCにはほぼすべての大手新聞社が加入していたが、IPSOには左派系高級紙ガーディアン、インディペンデント、経済紙フィナンシャル・タイムズなどが加入していない。各紙はそれぞれ個別の体制を作り上げる道を選択した。

 IPSOとは別に、新自主規制組織「インプレス」(Independent Monitor for the Press=「新聞の独立監視機構」)も設置準備を進めている。

IPSOが何故生まれたか、また何故大手数紙があえて加盟しないことを選択したのかをたどりながら、英国の新聞界の自主規制事情を概観してみたい。

誕生までの経緯

 IPSO誕生のきっかけは2005年に発覚した、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙」(以下、ニューズ紙)による王室関係者に対する電話盗聴事件である。

 当初は王室関係者のみが盗聴の対象になったと思われ、07年に同紙の記者と私立探偵が実刑判決を受けたが、その後の英ガーディアン紙による調査で対象者が政治家、著名人、市民など広い範囲にわたっていたことがわかった。

 2011年7月、盗聴の犠牲者の中に失踪した14歳の少女(後に殺害されていたことが判明)がいたとガーディアンが報道し、国民に大きな衝撃を与えた。少女の姿がテレビでひんぱんに報道されており、盗聴の対象は著名人とばかり思っていた国民は大衆紙の報道の熾烈さを、一瞬にして身近に迫った問題として受け止めた。

 ニューズ紙に対して国民的な批判が高まり、発行元のニュース社は同紙の廃刊を決定した。失踪少女報道から4日後の電光石火の決断だった。いかに強い逆風が吹いていたかを示す。

 7月中旬、キャメロン首相は新聞界の文化・慣行・倫理について調査する委員会を立ち上げた。ブライアン・レベソン判事が委員長となったため、「レベソン委員会」と呼ばれた。

 何故たった一つの新聞の盗聴事件を端緒として、税金を使う調査委員会を立ち上げたのか?

 その理由はまず、盗聴行為(ここでは、実際には他人の携帯電話の留守電の伝言を聞く行為)の対象者が市民のほかにも政治家、著名人などいわゆる社会のエスタブリッシュメントに属する多くの人を対象にした大掛かりなものであったことが挙げられる。組織ぐるみで違法行為が行われた可能性が出た。

 また、2005年の事件発覚時から、11年にガーディアン紙の報道で予想を超える規模の大きさが分かってくるまでの数年間、ロンドン市警は盗聴犠牲者が王室関係者のみではないことを知っていたにもかかわらず、捜査を行わなかった。ニュース社の欺瞞隠しと警察当局との癒着の疑いが出てきた。

 ニュース社の英国の新聞界、政界における位置も、大きな事件として注目された理由の1つだ。

 オーストラリア出身のルパート・マードック氏が会長となるニュース社は米国の会社だが、英国ではその子会社ニュース・インターナショナル(現在は組織変更し、一部はニュースUKになった)が発行する新聞(サン、ニューズ・オブ・ザ・ワールド、タイムズ、サンデー・タイムズ)は国内の新聞市場で大きなシェアを持っていた。また、英国最大の有料テレビサービス「スカイ」を提供するBスカイB社の株の40%近くをニュース社が保有していた。

 新聞市場での大きな地位を元に、マードック氏は歴代の英国の首相と親しい関係を築いてきたと言われている。発行部数の大きな新聞が自分の政党を支持してくれれば、選挙に勝てるからだ。

 キャメロン首相にとっても他人事ではなかった。委員会設置当時、ニュース・インターナショナル社の経営トップ、レベッカ・ブルックス氏は親しい友人であったし、盗聴事件が最初に発覚した際に、ニューズ紙の編集長だったアンディー・コールソン氏(「盗聴については知らなかった」としながらも、編集長職を辞任)を保守党が野党だった時に広報担当者として雇用していた。2010年に保守党が自由民主党ととにも連立政権を発足させると、コールソン氏を官邸の戦略担当者に任命した。首相自身とマードック勢力との癒着の可能性が政治問題化した。

 こうした複数の要素が委員会発足の背景にあった。

新たな自主規制組織への動き

 レベソン委員会による大々的な調査は2011年夏から12年秋まで行われた。新聞社経営幹部や、歴代首相を含む政治家、報道の被害者など300余人が証言を行った。12年11月末には全2000ページの報告書が発表された。

 一部を引用すると、報告書は一部の新聞が「ネタを追うために業界の倫理綱領が『存在しないかのように振る舞い」、『罪なき人々の人生に大きな苦難や大損害をもたらした』」、「あまりにも多くの新聞記事があまりにも多くの人から苦情の対象になりながら、新聞が責任を取る例が少なすぎた」。また、「規則順守体制に失敗があった」、「個人のプライバシー保護や尊厳への敬意が欠如していた」。

 PCCへの批判も手厳しかった。PCCは業界からの「独立性に欠けていた」。新聞界への批判を阻止し、盗聴事件への調査ではニュース紙を支持したことで、「信頼性を失った。真剣な調査がまったく行われなかった」。

 レベソン委員長は新たな、独立(新聞業界内外の権力から独立)自主規制・監督機関の立ち上げを推奨した。

「法令化」でネック、意見がまとまらず

 この後、組織の立ち上げは暗礁に乗り上げた。レベソン委員長が新たな規制機関を法令によって設置し、独立した存在であることを保証するために外部の認定組織を置くようにと推奨したためだ。何世紀にもわたり自主規制でやってきた新聞界は法令によって機関を立ち上げることにいっせいに反対した。

 新聞業界内の意思統一ができないままに数ヶ月が過ぎた。

 13年3月末、与野党3党は法令化によらず、女王の勅令(=王立憲章)による設置案で基本合意する。10月、女王の諮問機関・枢密院がこの組織の成立を承認した。

 一方の新聞界は、13年末、政府案に寄らず、独自にIPSOを設置する動きで数社がまとまった。

 IPSOの発足は昨年9月上旬だった。業界外の人材の投入割合を大きくすることで業界からの独立性を高め、本格的な自主規制・監督組織となることを目指した。

 その機能は:

 (1)「報道規定の違反に関する苦情を処理」

 (2)「規定が遵守されているかどうかを調査」

 (3)「内部告発用ホットラインの設置」

 (4)「苦情を持つ読者と出版社側との間に裁定サービスを提供」など。

 重大な規定違反、不正などがあった場合、最大で100万ポンドの罰金を科す力も持つ。

 諸所の特徴はレベソン報告書が提案した規制組織案、年与野党が合意した規制組織案にも入っていた。IPSOはレベソン案をほぼ踏襲した組織ともいえる(ただし、王立憲章による設置は望まない意向を表明している)。

 IPSOに参加を希望する出版社は会員合意書に署名する(6年間有効)。IPSOの規則を変更する場合、会員全体の66%の得票が必要だ。取締役会と苦情を処理する委員会のそれぞれが12人体制で、7人が業界外の人物、5人が業界関係者とする。運営資金は全国紙が62.4%、地方紙が32%、雑誌が5・6%を負担する。

 IPSOの取締役任命委員会(5人体制で、3人が業界外の人物、タイムズ紙編集長、元地方紙編集長)を率いるのは控訴院判事アラン・モーゼズ氏である。

 昨年12月23日、IPSOは初年度の活動報告を発表した。これまでに約3000件の苦情を受け付けたという(旧PCCが2013年に受け付けた苦情件数は約1万2000件であった)。

 IPSOに参加している新聞社は地方紙の出版社に加え、テレグラフ・メディア・グループ(デイリー・テレグラフ、サンデー・テレグラフ発行)、ニュースUK(サン、タイムズ、サンデー・タイムズ)、デイリー・メール&ジェネラル・トラスト社(デイリー・メール、メール・オン・サンデー)など。

 大手新聞社はほぼそろったが、参加していないのがガーディアン・ニュース&メディア(ガーディアン、オブザーバー)、インディペンデント・プリント・リミテッド(インディペンデント、アイ)、夕刊紙イブニング・スタンダード、フィナンシャル・タイムズだ。

 ガーディアン・ニュース&メディア社はIPSOをPCCと良く似た存在としてとらえている(ウェブサイト「プレス・ガゼット」、9月5日付)。「運営資金組織やほかの仕組みが似ており」、「業界の触手が新組織の資金支配、構成機構に手を伸ばすようだ」。

 ガーディアンは独自に新たな苦情受付体制を立ち上げた。読者の不満に耳を傾ける「読者のエディター」に苦情を見てもらい、もしこのエディターの処理に不満がある場合、読者は「見直し委員会」に問題を上げることができる。委員会は元テレビの政治記者など識者数人で構成される。苦情は編集規定に沿って処理を判断する。

 フィナンシャル・タイムズも独自の仕組みを作っている。昨年4月、バーバー編集長が「独自処理」と「自分たちで透明性を持って処理できる」とする声明文を発表した。9月にはガーディアンの読者のエディターに相当する、「編集上の苦情処理委員」が任命された。編集長の介在なしに選任された人物で、30歳の法廷弁護士である。この委員に提出された苦情は同紙の編集規定に照らして、判断・処理されるという。同時に、読者が記事の内容についてコメントを残したり、編集スタッフと意見を交換する機会を拡大する。

 インディペンデントも独自処理体制を取る。「今のところ、IPSOに入る予定はない」が、入らなくても「ほとんど影響はないだろう」(12月28日付)という。

 上記とは別に、新たな新聞規制組織を立ち上げようとする有志らが「インプレス・プロジェクト」を始めている。レベソン報告書の提言を元に、王立憲章に基づいて発足することを目指す。新聞界とは独立し、かつ報道の自由を維持することを狙う。

 2013年12月から準備を開始し、まだ組織作りの最中だが、プロジェクトの立ち上げ委員の中に、パトロンとして元英サンデー・タイムズのハロルド・エバンズ編集長の名前が見える。準備委員会のスタッフには金融オンブズマン・サービスの元幹部、オブザーバー紙の副文化編集長、人権活動家など。財源は政府からは資金をもらわず、寄付金を中心にして集める。資金提供者には著名人が名を連ねているが、報道被害者の一人としてレベソン委員会で証言した、ハリーポッターシリーズで著名な作家JKローリング氏もその1人だった。

 インプレスは個々のメディアが処理できない苦情を扱い、「第2審」の位置づけだ。訂正記事の掲載を命令したり、苦情が妥当かどうかなどの調査も行う。今年から実質的な活動を始めるという。現時点ではインプレスに参加したいと申し出たメディアはまだないそうだ。

 自主規制を巡り、複数の仕組みが乱立する状態となっている。

その後

 新聞報道の規制をどうするかでバタバタした動きが続いた2-3年だった。

 規制以外の、その後の大きな動きを伝えたい。

 一時はキャメロン首相のアドバイザーの1人として官邸に入ったアンディー・コールソン氏。盗聴事件発覚時のニューズ・オブ・ザ・ワールド紙の編集長である。昨年7月、非合法に通信を傍受した共同謀議で有罪となり、1年半の実刑判決が下った。他にも当時同紙で勤務していた記者など複数が実刑判決を受けている。

 2005年当時、この新聞を発行していたニュース・インターナショナル社(現ニュースUK社)の経営トップだった女性がレベッカ・ブルックス氏。かつてコールソン氏の上司で、一時は愛人関係にもあった。留守電の盗聴容疑、役人への違法の支払い容疑、司法妨害罪に問われていたが、昨年6月、無罪判決が出た。

 ブルックス氏はニューズ社会長マードック氏に可愛がられてきた存在で、今年3月、ニュース社の経営陣として復活するニュースが流れた。アイルランド発祥のメディア企業「ストーリーフル」の経営に関わるといわれている。

 コールソン氏とブルックス氏と言う二人の人物の明暗が出た。5月の総選挙に向かうキャメロン首相にとって、野党時代からコールソン氏を重宝していたことは話題にして欲しくない過去だろう。

 一方、今月3日、高等裁判所での裁判で、デービッド・シャーボン法廷弁護士は、大手出版社トリニティー・ミラーで「大規模な電話盗聴が行われていた」と述べた。「ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙よりもはるかに大規模」であったという。著名人8人が、盗聴についてトリニティー・ミラーを訴えた裁判だ。まだ審理は続いている。

 大騒ぎとなったニューズ・オブ・ザ・ワールド紙での盗聴事件だが、ほかにもまだあったのである。
by polimediauk | 2015-03-08 18:34
 (TBSメディア総合研究所が発行する「調査情報」1月号の筆者原稿に補足しました。)

 日本でも、公共放送NHKばかりか大手民放による見逃し番組視聴サービスが近頃、本格化の兆しを見せている。

 英国では、2007年末頃から各局が競うようにオンデマンド・サービスに乗り出した。主要放送局のこうしたサービスはほとんどが無料で提供されており、ネットを使える状態にある人に広く開かれた視聴方法の1つとなっている。

 本稿では、英国放送協会(BBC)が提供するオンデマンド・サービス「BBC iPlayer(アイプレイヤー)」を中心に、テレビコンテンツのネット視聴の現状を紹介した後、昨年の英テレビ界のいくつかの動きに注目したい。

「公共のための放送」という強い概念

 改めて、英国の放送業界の仕組みを若干説明しよう。回り道のようだが、オンデマンド・サービスの普及に深く関係してくるからだ。

 1920年代前半創業のBBCが英国の最初の放送局であったことは良く知られているが、このとき、BBCを公共放送としたことが後々まで英国の放送業に影響を及ぼした。「放送=公益のため」という大前提ができたのである。現在は4大主要放送局(BBCのほかには民放ITV,チャンネル4、チャンネル5)がすべて「Public Service Broadcasting (PSB=公共サービス放送)」の枠に入る。

 視聴者が選択しやすいチャンネルの番号(例えばITVは「3」、チャンネル4は「4」、チャンネル5は「5」)を利用できる代わりに、番組ジャンルの規定、ニュース報道での不偏性、外部制作の比率など、さまざまな規制をかけられている。広告収入で運営されている、いわゆる商業放送であってもPSBの1つになるのが英国の放送業の特色だろう。

 「規制」の監督組織は通称「オフコム」(Office of Communications、情報通信庁)である。ネット時代の新たな通信法によって成立したオフコムが規制・監督の対象とするのは通信インフラ、ネット、放送、郵便だ。放送局もBTなどの回線業者も、ネット企業もすべて同じ傘の中に入る。「放送と通信の融合」を如実に示すのがこのオフコム体制だ。

ネットに近付いていった放送業


 放送業がネット上にもいわば「店を出す」動きを最も明確に実行したのがBBCだろう。

 新聞界が自社のウェブサイトを作り出すのが1990年代の半ばだが、BBCはこの頃、インターネットへの進出を局の方針として掲げるようになった。具体的には、1990年代末からニュースサイトの設置・拡充に取り組んだ。分かりやすい英語で書かれ、動画がついたBBCのニュースサイトは世界中からアクセスされ、英国の大手紙のウェブサイトをニュースの掲載スピードや量、質の面でしのぐレベルに成長してゆく。

 2004年、BBCの経営陣トップに就任したマーク・トンプソン会長が進めたのが、視聴者一人ひとりが好きなときに好きな番組を視聴できる「アイプレイヤー」オンデマンド・サービスの開始だった。

 当時、将来、テレビはどうなるのか、ネットに食われてしまうのかなど、テレビの未来について様々な議論が発生していた。インターネット時代、視聴者は情報にいつでもアクセスできる。「いつでも、どこでも、好きなときに」-ネットの特色を織り込んだ、新たなテレビ視聴の方法としてオンデマンド・サービスが捉えられた。

 2005年、動画投稿サイト「ユーチューブ」が登場した。各局はユーチューブやネット専業動画サービスの存在を意識せざるを得なくなった。

 プロトタイプのアイプレイヤーが試験的に出たのが2005年秋である。その後、改良を重ねているうちに、2006年末、チャンネル4が「フォー・オンデマンド」サービスを開始。BBCは遅れて2007年12月のクリスマスシーズンにアイプレイヤーを本格展開した。これを機に、英国のテレビ局のオンデマンド・サービスが一気に広がった。

 前後して、ITVも何度か改良を加えながら同様の「ITVプレイヤー」を、チャンネル5も見逃し視聴サービス「デマンド・ファイブ」を開始した。主要テレビ局のオンデマンド・サービスが出揃った。日本で言うと、東京の主要キー局全てがオンデマンドを提供している状態である。

 この数局のほかに、「ペイテレビ(有料契約のテレビ)としてほぼ市場を独占しているのが衛星放送のBスカイBがオンデマンド・サービス「スカイ・ゴー」を提供する。主要テレビ局のサービスは無料だが、スカイの場合はBスカイBとの契約が必要となる。

オンデマンドの中身とは

 当初、テレビ局が提供したのは見逃し番組の再視聴サービスで、これは過去一週間に放送した番組(すべてではないが主要な番組はほぼカバーされている)を次週まで繰り返し視聴できるものだった。

 しかし、現在までに視聴期間が延長され、どの主要局も過去30日以内(利用プラットフォームによって7日間の場合もある)に放送された番組の再視聴サービスを提供している。オフラインでも視聴できるよう、番組をダウンロードできるようにしている局もあるほか、BBCの場合はラジオも含み、番組によっては半永久的に再視聴できるようになっている。

 プラットフォームやテレビの種類によって利用手順が若干変わるのだが、ここでは筆者が加入しているケーブル・サービス「バージン・メディア」でのBBCアイプレイヤーの利用を紹介してみる。

 テレビをつけると、番組を映し出す画面の右上に赤い丸印(「レッドボタン」)が出る。リモコン上の赤いボタンを押すと、BBCアイプレイヤー・サービスの画面に変わる。ドラマ、コメディー、事実(ファクチュアル)、スポーツ、ニュースなどのジャンルを選択できるようになっている。どれかを選択し、見たい番組を選ぶ。リモコンで番組を指定すると、数秒後に動画が開始される。ジャンル別のほかに番組のタイトルでも選べるようになっている。

 さらに、バージン・メディアの場合は「ホーム」と題されたチャンネルをリモコンで選ぶと、過去1週間の主要チャンネルの番組が曜日別に並ぶ(既に放送が済んだ当日分も含む)ので、見たい番組を探して選択する。

 BBCで対象となる番組は4つのチャンネル(BBC1、2、3、4)用に制作されたもので、ITVも複数のチャンネル(1、2、3、4など),チャンネル4も同様だ。

 デスクトップPCで利用する場合は、BBCアイプレイヤーのサイトに行って、番組を選ぶ。スマートフォンやタブレットの場合はアプリをインストールした後に、ウェブサイトやテレビで番組を選択したように選び取る。一部のゲーム機器でも視聴できる。PCや携帯機器の場合、「お気に入り」を登録もできる。

 オンデマンド・サービスの対象は、かつては既に放送した番組のみであったが、現在までに放送と同時に、PCやモバイル機器の画面からリアルタイムでも数々の番組を視聴できるようになっている。つまり、テレビは通常リアルタイムでの番組放送となるが、これがPCやモバイル機器でも同様にリアルタイム視聴できるようになった。

 テレビで通常リアルタイムで放送される番組は、同時にほかのデバイスでも見られるし、後からでも見られる、かつ、オフラインでもダウンロードした場合に視聴できる状況になっている。

 そして、ネットの接続料やモバイル機器の購買代金などがかかるといえばかかるけれども、一旦ネットがある環境にいれば、主要テレビ局の番組のもろもろのオンデマンド放送は原則、無料で見られる(有料契約者用のスカイテレビは、ネット専業のナウ・テレビと提携し、番組を販売する形で非契約者にもオンデマンドサービスを提供している)。

 さらに、ITV、チャンネル4、チャンネル5にはリアルタイムでの放送から1時間後、あるいは2時間後に同じ番組を再放送するための特別なチャンネル(タイムシフト・チャンネル)も存在し、例えば帰宅時間が遅くなった場合でも少し待てば、好きな番組を最初から視聴できる環境がある。

 視聴者側からすれば、「いつでもどこでも、見たいときに見たい番組を視聴」できるーしかも、原則無料という世界が出現している。

 このような状況が実現した背景として、国内最大手BBCの影響力は大きい。

 視聴家庭から徴収するテレビ・ライセンス料で国内の活動の原資を作っているBBCからすれば、一旦放送したものを再度放送することで追加の料金を取ることは正当化できない。民放だが視聴者の奪い合いという点ではライバルとなるITVやその他の局も、PSBのグループの中のBBCが無料でオンデマンドを提供しているならば、無料にせざるを得ない。

 視聴者の目の玉がネットに移動し、これに伴って広告主もネットに移動しているなら、テレビ局側もネットの世界で勝負するしかないという認識が英テレビ界で広く認識されている。BBCがスマホやタブレットでサービスを展開するなら、他局もこれに続くしかないのである。

 英国でテレビ界によるオンデマンド・サービスが活発になったほかの重要な要因として、ネット動画サービスの人気が挙げられるだろう。

 アマチュア動画の投稿サイトとして始まったユーチューブにテレビ局が作った動画も並ぶ。動画コンテンツの提供者として、テレビ局はユーチューブの一般投稿者たちと並列に並ぶ。そういう時代になってきたし、英国のテレビ局はこれを強く自覚している。

 英国でのテレビとネットの相関関係を語るとき、もう1つ大きな流れが近年出てきた。それは、毎月定額のサブスクリプション(購読料)を徴収するサービスだ。米国発の有料動画サイト「ネットフリックス」がその代表例となる。

 かつて「ネットは無料」という感覚が支配的であったが、「有料化も可能」であることを具体的に示した例が音楽配信サービスの「スポティファイ」だろう。

 ネットフリックスの場合は月に約5ポンドを支払うことで、提供されている動画ドラマを際限なく視聴できる。英国での大々的なサービスの開始には、もともと英国製の政治ドラマだった「ハウス・オブ・カーズ」を投入。米俳優ケビン・スペイシーが主役で演じ、加入すれば10時間を越えるドラマを一度に連続して見ることができるという触れ込みで、大きな話題となった。9月からはバージン・メディアのプレミアムサービスの中に組み込まれ、利用者を増やした。

 米アマゾンは動画レンタルサービスの「ラブフィルム・インスタント」を買収し、「アマゾン・プライム・インスタント・ビデオ」として提供している。

 注目に値するのが、BBCが制作・放映したドラマ「リッパー・ストリート」の続編の制作資金を出したことだ。これはシリーズ2回目までをBBCが担当していたが、3回目の制作は中止していた。それをアマゾンが拾いあげ、アマゾン・プライム・インスタント・ビデオ用の配信作品として制作されることになったのである。英国のテレビのオリジナルの番組がオンライン動画専用のプラットフォーム用に制作された初のケースである。

 動画アプリをテレビの画面で楽しめるグーグルのクロームキャストサービス(7センチほどの専用端子をテレビに差し込む)も始まっている。

ネットが先に?

 BBCのアイプレイヤーの本格投入から7年が過ぎた。

 オンデマンドサービスはますます拡充し、リアルタイムでの放送を同時にネットでストリーム放送するところまで来た。無料が主であった英国のオンデマンド・サービスの隣にはスカイテレビのスカイ・ゴーやネットフリックスなどの有料サービス制が並ぶ。

 テレビ界がネットに近付く過程で「ネットでも番組を見ることができるようにする」という段階には達したわけだが、一歩進めて「ネットは主でテレビは次」に向かう動きも出てきている。

 先取りの動きとしては、10月にはチャンネル4が、11月にはBBCが特定のドラマを先にオンデマンドのプラットフォームで流し、1週間後などにテレビで放送する仕組みを開始した。また、昨年6月には若者向けチャンネル「BBC3」を閉鎖し、BBC3用に制作した番組を今後はアイプレイヤーのみで放送すると発表した。BBC3の番組のファンが大反対し、国民的議論が発生した。

 今のところ、テレビでのリアルタイムでの番組視聴が最も人気が高い視聴方法だが、もしネット視聴の比率がテレビ視聴と半々ぐらいまでに伸びれば、ネット視聴のみの番組制作・配信が主になる場合もあるだろう。

 かつて、トンプソンBBC元会長(現在は米ニューヨーク・タイムズの最高経営責任者)は「将来、テレビ番組はテレビ受像機では見ないようになるかもしれない」と言ったことがある。テレビ受像機そのものの形も今後変わっていく可能性もあり(1枚の紙のようになる、タブレット状になる、壁にかかった鏡のようになるなど、いろいろ聞いたことがある)、「テレビ視聴」と「ネット視聴」とを分けない未来は近そうだ。

貧しい家庭を描いたドラマ、議論を呼ぶ

 最後に、2014年、英テレビ界で目に付いたニュースについて触れておきたい。

 1月から2月にかけて放送された、チャンネル4のドキュメンタリー「ベネフィット・ストリート」(「給付金通り」の意味)は国民的な議論を巻き起こし、日本でも論争が紹介された。

 5回にわたる番組は、イングランド地方中部バーミンガム市のある通りに住む人々の生活を描いた。この通りの住民は「90%以上が政府から生活保護費用を受けている人」(英ガーディアン紙ほか)と言われる。生活保護の給付金をもらいながら、犯罪を犯す人や勤労意欲の低い人などの生活の様子を記録した。放送後、警察、チャンネル4、オフコムが数百もの苦情を受け、番組に登場した人たちに対し、ツイッターで殺害予告をする人もいた。「貧困ポルノ」(貧困の状態を見せることで性的快感を感じさせる)という批判も出た。

 以前から生活保護費用を悪用している人がいるという疑念が一部の国民の間で存在し、見方によってはこの番組はそんな疑念を裏付ける面があった。一方、実際にこのような貧困に苦しむ人の声が主要チャンネルで出ることは少なく、「別の視点を出す」ことを局の存在理由とするチャンネル4の野心作となった。

 同チャンネルはニュースでも物議をかもした。夕方のニュース番組「チャンネル4ニュース」のメインの司会者ジョン・スノーが7月末、イスラエルによる空爆の被害がおびただしい中東パレスチナ自治区ガザ地区で取材した。その後、「ガザの子供たち」という約3分半の動画を作り、チャンネル4の公式サイトと同局のユーチューブ・チャンネルで流した。平日午後7時から1時間の番組内では放送されなかった。

 スノーは、現場で目撃した子供たちの惨状について、個人の思いせつせつと述べた。動画は数十万回以上、視聴されたが、次第に、番組内で放送されるべきだったという声が大きくなった。「優秀なジャーナリストたちが現場に出かけ、見たことについての自分たちなりの判定を放送できない」のはおかしいというという見かたである(ガーディアン記事、7月29日付)。ネットではさまざまな表現、主張があふれている。テレビのニュースでも強い意見が表明されてもよいのではないか、と。

 オフコムは放送ニュースには「正確さ」が担保されていること、「偏向していないこと」と定めているが、ネット上の動画にはこの縛りがない。

 チャンネル4ニュースを制作する英ITNニュース社の経営陣は「テレビでは放送できなかった。放送ニュースを感傷的な表現が許されるものにしたくない」(9月9日のテレビ会議にて)と語っている。動画はテレビ用に制作されておらず、スノーが番組のウェブサイト上に書くブログの動画版という扱いだったという。

 テレビで放送されるニュースのガイドラインとは別のガイドラインがネット動画に適用されていることが分かる。前者は公的なサービス、後者は独自の意見を述べてもよい、ということだろうか。今後、ネット配信が主になった場合、ガイドラインも変わってくるだろうか。

 8月にはオフコムによる通信市場リポートが出た。毎年、オフコムは「テレビ・オーディオビジュアル」、「ラジオ・オーディオ」、「インターネットとウェブを使ったコンテンツ」、「通信とネットワーク」、「郵便業」についての調査結果を報告している。

 これによると、2013年、通信業界(約600億ポンド)の中で最も大きな収入増加率を見せたのはテレビ界(約129億ポンド、3.4%増)であった。テレビ界の収入増加の理由はサブスクリプションとネット広告の収入の増加による。テレビ業界の全収入の中でサブスクリプションは46%を占めている。

 成人が1日に視聴するテレビ視聴の時間のうち、2時間59分(全体の69%)はライブ視聴だった。録画した番組の視聴は40分(16%)、オンデマンド視聴は19分(8%)であった。一方、過去12ヶ月間にオンデマンドを利用した人は全体の50%に上った。

 英テレビの未来にも影響を及ぼす、BBCの動向についても記しておきたい。

 テレビなのかネットなのか、その境目が限りなく不透明になりつつある現在、日本のNHKの受信料のようなBBCのテレビライセンス料体制が今後維持されべきかについて、大きな議論が起きている。視聴家庭から徴収される形のライセンス料ではなくて、BBCの番組を見たい人がサブスクリプションを払って見るべきだという根強い声がある。政府は今のところ、「今年5月の総選挙後までは変更はない」としているがー。

 昨年本格的に始まったのが新たな地方テレビ局の開局だ。2008-9年の金融ショックで広告収入が激減した地方局は経営難に陥った。打開策の一つとしてテレビ局開局の規則を変え、新しい資本を入れる試みがスタートした。

 昨年11月末までに開局の運びとなったのは12ある。まだその評価は定まっていないが、大手紙数紙を持つイブニング・スタンダード社の持ち主が出資したロンドンの地元局「ロンドン・ライブ」が苦戦している。監督庁のオフコムに対し、開局条件に定められていた地元コンテンツの割合を減少させて欲しいと懇願した。10月、その願いは聞き入れられたが、十分な視聴者がいないことに苦しんでいる。ロンドン・ライブの番組はネットでも同時配信されているが、常時コンテンツを作り、一定の視聴者を集めることの難しさが露呈した一件となった。

 11月に発表されたオフコムの子供の視聴行動についての調査は、大人と子供の間の差を露出させた。成人がリアルタイムでテレビを見る時間は1日に約3時間だが、11歳から15歳では1時間32分となる。テレビを見る代わりに、子供たちはユーチューブなどの短いオンライン動画を見ていた(33分)。この年代が20歳、30歳になる時、テレビはどんな形状になっているだろう。
by polimediauk | 2015-03-06 16:58 | 放送業界