小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 ベルリンで開催された、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」2日目(10月29日)に登壇したのが、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)のアダム・エリック記者だ(ツイッター:@aellick)。

 NYTは昨年、デジタル戦略をまとめた「イノベーション・リポート」で内外のメディア関係者の度肝を抜いた。もともとは内部用資料だったが、一部がリークされ、多くの人が知るところとなった。
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 メディア関係者が驚いた理由は、NYTは既存メディアとしてはデジタル戦略に積極的で、先駆的な新聞として知られており、リポートはいかに同紙がデジタル化への体制転換に苦しんでいるかを暴露したからだ。新興サイトをライバル視していることも分かった。

 エリック記者がニュース・エクスチェンジにやってきたのは、イノベーション・リポートの後で、NYTがどう変わったか、今はどんな状況かを話すためだった。エリック記者はリポートの執筆者の一人である。

「モバイルからのアクセスは60%」

 記者は長年、外国での報道を中心にやってきたという。2012年にイスラム過激派武装勢力に銃撃されながら一命をとりとめた、マララ・ユスフザイさん(パキスタン出身、現在英国在住)。事件発生前の2009年、エリック記者はマララさんの家を訪ね、マララさんと父をインタビュー取材した。(この点について、記者は会場からの質問を後で受けた。「あなたがマララさんの名前を広げたことで、ターゲットになったのではないか。記者としての責任をどう考えるか」と。エリック記者は「そうは思わない。ほかにもたくさんターゲットになっている人はいて、当時、学校に通う子供たちは完全な対象外だった。取材によって危険が増したとは思わない」と答えている。マララさんは2009年、11歳の時に武装勢力タリバンの支配下でおびえる生活を続ける人々の惨状をBBCに訴えていた。)

 エリック記者によると、リポートはNYT自身の中を調査し、核となる部分を変えるのが目的だった。「デジタル・ファースト文化をいかに作ってゆくか」。

 現在、NYTのサイトへのアクセスは「60%がモバイル機器による。その半分はモバイル・オンリーだ」。次世代は「すべてがモバイルからになる。紙かネットかの選択肢ではもはやない。モバイル・デスラプション(モバイル機器の普及による既存の仕組みの破壊)が起きている」。

 デジタル・デスラプションが発生する現在、NYTの課題は「いかにデジタル読者を増やせるか。困難だが、挑戦しがいのある課題だ。デジタルツールを利用すれば、インフォグラフィックスが作れるばかりか、新たな物語の語り方ができる」。

350人に取材

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 NYTの将来図を作るために、リポートの執筆チームはメディア企業、テック企業50社の350人に取材した。そこで分かったのは、デジタル・デスラプションが起きる現在、つまりは、紙の新聞の部数が減る一方で電子版からの収入が十分に伸びていないという状況を「どの社も解決できていないこと」だった。

 しかし、前向きな動きの兆候も見つかった。米バイラルサイト「バズフィード」はソーシャルメディアを完全にものにしている。英フィナンシャル・タイムズは電子版読者を増やし、紙版の読者を上回るようになった。英ガーディアンは、購読者とは別に、「会員制」を導入。会員として一定金額を払えばガーディアンが主催するイベントに出席するなど特典があり、そうすることで、ガーディアンを中心としたコミュニティーを作っている。

 「NYTの場合は、電子版の購読者100万人を持ち、これだけで収入は2億ドルに上る。こうした数字に支えられ、いわゆる『釣り記事』を出さなくてもよい状況となっている」という。(補足:NYTの紙版の発行部数は約62万5000部)。

 それでも、「質の高いジャーナリズムを発信するだけでは十分ではない」。それは、オーディエンス(読者)を開拓する必要があるからだ。

記事を出した後に仕事が始まる

 エリック記者によると、原稿を書き、記事がウェブサイトに掲載された後に「仕事が始まる」という。せっかく書いた記事を読者に届けるまでの仕事、つまり「オーディエンスに届けること」が重要という。例えばソーシャルメディアを通じて情報を発信する、データを分析していつどのような形で発信すればいいのかを決めてゆく、など。

 ここで私は、ふと、日本のテレビ局のことを連想した。日本でも、定額制の動画配信サービスが徐々に出てきている。しかし、テレビ雑誌やネットで情報を追っていると、「テレビ用に番組を制作する。これをテレビで一定の時間に流す。後は視聴者が来るのを待つ」という姿勢を感じる。つまり、なぜ、いまだに「テレビがあらかじめ決めた時間に流す」ことを最優先しているのだろうか、と。

 視聴者がテレビの前に座ってくれないからと言って、「テレビ離れ」として騒いではいないだろうか?実は、視聴者は忙しい。ほかにもやりたいことがたくさんある。だから、人がいるところにコンテンツを運ばなければ意味がない。人がテレビに合わせるのではなく、テレビ側が人に合わせるべきではないのかー?

 英国で、無料でテレビ番組のオンデマンドサービスを利用していると、日本の様子が非常に不満に思える。

 NTYの話に戻ろう。

 エリック記者によれば、紙の新聞を読者の自宅まで配達したように、デジタル時代の今、オーディエンスにニュースを届けることが必要だという。

 NYTではこれまでにも、オーディエンスを探し、ニュースを届けるために様々な努力をしてきたが、これを「新しくするべきだ」という。具体的には、ソーシャルメディアのエディター、データ分析のエンジニア、デベロパーなどを雇用するよう勧めている――実際に、NYTではもうそうなっている。

動画を世界的に配信するには?

 エリック記者が制作した動画の1つ(2014年)が、「イスラム国」(IS)による殺害を免れた一人の青年の物語。イラクのチクリート近辺に待機していたイラク軍の新兵たちが殺害された時、この青年は運よく生き延びることができた。

 いかに生き残ったかをとつとつとカメラに向かって話す青年の動画を、NYTは英語の字幕付きでサイト上に掲載。これを各国のソーシャルメディアで大きな影響力を持つ人にアピールすることで、世界中から視聴者を得た。

 NYTの調べでは、この動画を見た人の大部分がNYTのホームページではなくてほかのさまざまなサイトを通じて発見し、視聴していた。

 デジタル・ファーストの文化を作るため、3つの方針を作った。1つは「編集室に戦略チームを設ける」、「デジタルスタッフを雇用する」、「編集部門と営業・販売部門と協力を深める」。

 編集部では「デジアルメディアのスタッフをこれまでは紙を中心に作ってきたスタッフの隣にすらわせた」。調査報道のチームと同様に重要なのが「デジタルチームだ」。

 「ページビューよりも、読者をどれだけエンゲージさせたかが重要だ」。このために、データの分析(アナリティクス)が大きな要となる。どこからオーディエンスがやってきて、どれぐらい滞在し、どの記事を読んだのかー。どれぐらエンゲージさせたのか。

 ほかのメディア企業へのアドバイスは5つある。

(1)デジタルスタッフの雇用に力を入れること

(2)編集室にアナリティクスのチームを作ること

(3)編集室にオーディエンス用チームを作ること

(4)編集室に戦略チームを作ること

(5)編集室と商業部門(販売・営業)との関係を円滑にすること

 動画を世界各国に向けて拡散させるNYT。世界を相手にするからには、NYTの記者自身が世界中に飛び、各地から報道をすることも重要だという。

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 エリック記者は世界地図をスクリーンに出した。そのほとんどが水色だ。水色はNYTの記者が今年、現地から原稿を送った場所を指す。1年間で、スタッフが飛行機に乗ったのは「4500回」だという。訪れた国は150か国に上った。記事の信憑性・信頼性がこれまでに以上に鍵を握るようになった。実際に記者が現地に飛んで、生の情報を伝えることの価値がますます高まる。

 オーディエンスの開発、デジタルファーストになったメディアの物語の描き方(記事を1つの物語と見る)の多彩さ、そして、「世界を見る視点」が印象深いセッションだった。

 あるメディアが国際語である英語を使っているからと言って、自動的に「国際的メディア」になれるわけではない。編集スタッフが実際にあらゆる場所に足を運び、地元の事情を知ることで世界各地から記事を配信し、世界中の多くの人の目につくようなやり方で情報を出していくことで、国際的なメディアというブランドを次第につくってゆくのであることも、実感した。

 最後に、エリック記者が継続するイノベーションの1つの具体例として出したのが、アップルウオッチへのニュース配信だ。「ほんの1行で作るニュース記事の作成は難しい。頭を悩ませた」。

 身に着けるウオッチに送るニュースの文章は、よりパーソナルなものになるだろうから、通常の記事よりは「ややくだけた文章スタイルがいいようだ」。ウオッチを使って、写真をNYTに送ってくる読者もいるという。

 ある読者の感想がエリック記者の心をとらえた。「ある人がこう言ってくれた。NYTは『自分が読みたかっただろう記事を配信してくれる』、と。一人一人の読者が読みたいような記事を、メディアが予測することを期待されている。これが未来の1つの道であるかもしれない」。
by polimediauk | 2015-11-15 08:02 | 放送業界
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(「ニュース・エクスチェンジ」のオープニング。筆者撮影)

 秋になると、欧州では様々なメディア会議が開かれる。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)による「世界出版エキスポ」(今年は10月上旬、独ハンブルグ)、フランクフルト・ブックフェア(10月中旬)、アイルランド・ダブリンではスタートアップの巨大サミット、「ウェブ・サミット」(11月上旬)-続々とある。

 しかし、近年、秋になると筆者が最も知的刺激を受けるメディア会議の1つが、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」だ。今年はベルリンで10月28日と29日が本会議、30日にワークショップが開催された。

 主催は欧州放送連合=EBU=傘下にある組織ユーロビジョンだ。もともとは欧州域内の放送局の集まりだったが、「それだけでは面白くない」ということで、世界のほかの地域の放送局からも人を呼ぶようになった。

 参加者は欧米、中東、アジア諸国の大手放送局の制作者、編集者、学者、ジャーナリストなど約500人。

 テレビニュースの国際会議ではあるのだが、ネットニュースやテック企業、新聞社も巻き込んで、「ニュースの報道はどうあるべきか」について現場を知る者同士が議論をする場所になっている。ニュース好きにとってはたまらなく面白い会議だ。テレビ局がそれぞれのセッションを制作するため、見せ方にも工夫がある。その日のセッションが終われば、パーティータイムで盛り上がる。

 今年の会議の様子は「GALAC 1月号」(放送批評懇談会)や「メディア展望 12月号」(新聞通信調査会)に書いているが、1つか2つの記事で終わらせるにはもったいないほど、中身が濃い。
 
 そこで、興味深いトピックをいくつか、紹介してゆきたいと思う。

シャルリ・エブド事件の現場動画をどこまで出すか

 今年1月7日、パリで発生した風刺雑誌「シャルリ・エブド」での射殺事件は、世界中の注目を集めた。編集会議に出ていた風刺画家ら12が、アルジェリア系フランス人男性二人に襲撃を受け、命を落とした。

 実行犯の兄弟は襲撃後、パトロール中だった警官に銃を放っている(警官は死亡)。この時の模様を市民が撮影した動画を含め、生々しい映像がメディアを通じて拡散された。

 2日後にはパリ東部のユダヤ系スーパーで、別の襲撃犯が人質を取って籠城する事件が発生した。特殊部隊が突入する前に、4人の人質が殺害された。(この襲撃犯は8日、パリ南部で女性警官を一人射殺していた。)

 実行犯―兄弟と別の襲撃犯一人―は全員、捜査当局によって殺害された。

 シャルリ・エブド事件、女性警官殺害事件、スーパーでの人質事件を通して、計17人が実行犯3人の手によって、亡くなった。

 何をどこまでいつ出すか、24時間のテレビニュースの制作者は頭を悩ませた。28日午後のセッションではシャルリ・エブド事件について、英スカイニュースのヘイゼル・ベイカー、米CNNのトミー・エバンズ、フランスのデジタルテレビ局「iTele」のルカ・マンジェが壇上に上がった。

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(左から、マンジェ、エバンズ、ベーカー。News Xchange flickr photo)

 マンジェが事件を発生を知ったのは目撃者の一人となった友人からの電話だった。「銃声が聞こえた」と言われ、すぐに制作スタッフを現場に送った。「情報が真実かどうか、確かめる暇はなかった」。

 フェイスブック上に、ある男性が警官が撃たれた動画をアップロードしていることに気付いた。男性と連絡を取り、動画を静止画の形で放送した。

 スカイニュースのベイカーはフェイスブック上に関連動画がアップロードされていることを知り、放送に使うかどうかをデスクに相談。放送内で使ったのは発見から約30分後だった。

 CNNも慎重だった。エバンズによれば、局内の弁護士と相談し、スカイニュースやロイター通信など、ほかのメディアが使っていることを確認してから、自局でも放送した。

 マンジェによると、警官が撃たれた様子を撮影した男性はのちに動画を削除したという。

 ベイカーは市民がアップロードした生の画像は、今回の事件では「非常に大きなニュース価値がある」。事件が刻々と変化し、「ソーシャルメディアで情報が伝わってゆく」。

 iTeleのマンジェは、後で振り返ると、反省事項がいくつもあるという。一つには、「死者の名前を出すのが早すぎたー放送当時、全員が亡くなっていたわけではなかったから」。改めて、どのようにいつ出すのかについての基準を決めることが重要と思ったという。

 また、ユダヤ系スーパーでの人質事件では、自局も含め、メディア側が事態の推移を刻一刻と報道。これが捜査の邪魔になったというのが今は定説となっている。

みんなが「シャルリ・エブドと共に」ではなかった

 襲撃事件発生後、ソーシャルメディア上で急速に広がったのが、「私はシャルリ」という言葉が入った画像や、ハッシュタグ「#jesuischarlie」。

 ニュースメディアは「私はシャルリ」の画像を報道時に頻繁に使ったが、「その意味をあまり考えずに、使っていたところが多かったのではないか」とエバンズは言う。

 「『私はシャルリ』を意味するハッシュタグは、シャルリの側に賛同する、という1つの政治的姿勢を意味する場合がある」。そこで、CNNではどのようにするか、編集部内でよく話し合ったという。議論をし、局のガイドラインと照らし合わせることで、扱いを決めていったという。(会場内から、「CNNはガイドラインがないと動けないのか?規則にがんじがらめではないのか?」と聞かれ、エバンズが苦笑する場面もあった。)

 iTeleのマンジェは、局で働くジャーナリストの感情と報道姿勢との境界線を明確に引くために、「jesuischarlie」と書かれたバッジをジャーナリストが付けていた場合、放送の前には外すよう指示した。

 しかし、「世界中が『私はシャルリ』ではないことを気付くのに、時間がかかった」という。事件発生から数日後、学校で一連の事件の犠牲者のために黙とうする時間が設けられた。このとき、「黙とうをしたくない」という生徒がいたことを知って、「幅広い意見があることを実感した」という。

 事件後、初めてのシャルリ・エブドの表紙にはイスラム教の預言者ムハンマドのイラストが出た。ムハンマドの描写事態を冒とくとするイスラム教の教えがあることから、各メディアは表紙を出すかどうかで悩んだ。

 スカイテレビのベイカーは「見せないことにした」。CNNでも同様だった。

 フランスでは「出さないわけにはいかなかった」とマンジェ。ただし、1,2回、画像を短い時間出しただけだった。

 マンジェは、さまざまな不備な点、後悔する点がシャルリ・エブド報道にあったことを認める。「しかし、事件発生から24時間、記者たちが編集室で泣いていた。大きなショック状態で、ほかのことを考える余裕がなかった」とも述べた。

 (次回はニューヨークタイムズの記者によるレポートを紹介します。)
by polimediauk | 2015-11-12 18:39 | 放送業界
「調査情報」9-10月号に掲載された原稿に若干補足しました。)

 2020年の東京五輪・パラリンピック開催に向けて、準備が続く東京・日本。

 今年、日本の夏は相当暑かったが、ロンドンでは真夏でも日中最高気温は25-26度ほどで、夜には12度ぐらいまで気温が下がる。日本と比較すれば「涼しい」とさえ言えるロンドンの夏が、熱くなったのは2012年のロンドン五輪(オリンピック)とパラリンピックのときだった。

 開催前、ロンドン市民は決して全員が熱くなっていたわけではない。ロンドンから遠く離れたイングランド北部やスコットランドに住む人にとっては、「しょせん、遠くの祭り」、「俺達には関係ない」という感情が強かった。

 ロンドンは1940年代に五輪を開催済みで、この機会に世界にロンドンがいかにすばらしい都市かを大々的に宣伝する必要はない、第一、巨額の税金を使われたくないーそんなもろもろの思いがあって、五輪招致関係者をのぞいては、大会は「盛り上がらないだろう」と思われていた。

 しかし、ふたを開けてみると、世界中からやってきた観光客、観戦者の姿、競技の興奮自体がロンドン市民ならず、英国民全体を熱狂させた。(オープニング動画はこちらから。)閉幕後は大きなイベントを成功裏に開催できたという満足感が広がった。

 あの特別な夏から3年経ち、英国、そしてロンドンはどのような状況にいるのだろうか。果たして招致計画が目指したいくつかの目的は達せられたのか。東京五輪が学べるものは何か?

予算内の開催、工事納期が守られた

 まずは基本情報を確認しておこう。

 第30回オリンピック競技大会は2012年7月27日から8月12日まで開催された。34会場で204の国と地域からやってきた選手1万568人が参加した。金メダル獲得数ランキングは米国(46、金銀銅の総数は104)、中国(38、同88)、英国(29、同65)の順だった。

 第14回パラリンピック競技大会は12年8月29日から9月9日まで。164の国と地域から4237人の選手が参加した。金メダル獲得数ランキングは中国(95、金銀銅の総合では231)、ロシア(36、同102)、英国(34、同120)だった。ホスト国の英国は両大会で好成績を残したといえよう。

 開催予算だが、招致の際に提出した案では約240億ポンド(当時と現在ではポンドの価値が異なるが、1ポンド=194円と言う現在のレートでは約4670億円)。後に警備費などが入ってふくらんだ。2007年に再計算した結果、93億2500万ポンドになったものの、開会までに予算内の92億9800万ポンドにおさめた。当初から大きく増えたことでずいぶんと批判されたが、競技用施設の土地整備や建築などの工期を守ったこと(英国では珍しい)、予算を一度修正したが最終的には超過しなかったことで、国内外で一定の評価を得るようになってゆく。

 財源は政府(62億4800万ポンド)、ロンドン市(8億7500万ポンド)、宝くじ(21億7500万ポンド)。使途は会場用地のインフラ整備、競技施設の建設、警備、交通関連費、公園設置、メディアセンター建設など。

 五輪開催でロンドン及び英国がどう変わり、今後どう変わってゆくのかについては、いくつかの報告書が出ている。

 文化・メディア・スポーツ省(DCMS)による「大会後の評価」(2013年)、貿易投資庁の「ロンドン2012 -経済的レガシーを実行に移す」(2013年7月)、上院のオリンピック・レガシー委員会の報告書(2013年11月)、「ロンドン2012オリンピック、パラリンピック大会の長期ビジョンとレガシー」(2014年2月、DCMS、ロンドン市)、「生きているレガシー、2010-15年のスポーツ政策と投資」(今年3月、DCMS)などのほかに、四半期ごとに「スポーツ参加統計」(DCMS)、毎年夏に発表される、大会のレガシーについての年次報告書(政府とロンドン市)がある。

 「レガシー」(「遺産」、ここでは形のあるもの・ないものを含めて「後に残すもの」という意味)と言う言葉が良く出てくる。北京五輪(2004年)、アテネ五輪(2000年)などの過去の夏季五輪で、使用された競技関連施設が開会後は無用の長物となってしまったことを避けるため、競技の主会場が設置されたロンドン東部の開発という形で次世代以降にも五輪で得られたものを残すためだ。

がらりと変わった風景


 2012年の五輪招聘が決まったのは2005年だった。当時ロンドン市長だったケン・リビングストン氏はスポーツにはほとんど興味がない人物。しかし、「ロンドン東部の貧困地区イーストエンドに巨額の投資が行われるには五輪招致しかない」と考えていたという。07年に当初の開催予算が3倍近くにふくれあがると、ロンドン市民に「ほんの少し」税金を多く払うよう呼びかけた。低所得の家庭では一戸当たり「38ペンス」(現在のレートで約74円)分多く払うが、「毎週、同金額のチョコレートを買うようなものだよ。決して無駄にはしない」と訴えた。

 ロンドン招致の大きな目玉となった東部の開発はどうなったか。

 主会場となったオリンピック・パーク(約226万平方メートル、ハイドパークと同じ大きさ)が位置する東部の4つの特別区(ニューアム、ハックニー、タワー・ハムレッツ、ウオルサム・フォレスト)はロンドンでも最も貧しい地域だった。単純労働の雇用主となってきた製造業が長期的に凋落し、失業率は恒常的に上昇した。

 廃棄物・工業用地として荒廃し、土壌汚染などから再利用ができなくなっていた土地を五輪開催のためによみがえらせ、パークを作った。大会終了後は改修作業を行い、2年前から「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」として一般に開放した。これまでに約500万人が来訪したという。

 パーク内のスタジアムでは五輪記念大会として陸上競技が行われており、9月からはラグビーワールドカップの開催会場の1つに。来年からはサッカーのプレミア・リーグ参加クラブの1つ、ウエストハム・ユナイテッドが本拠地として使用する。

 チームが恒常的に利用するという決定以前には紆余曲折の経緯があった上に、改修経費2億7200万ポンドの中で、ウエストハム・ユナイテッドが負担したのは一時金の1500万ポンドのみで、年間賃貸料も250万ポンドほど。小さな負担額に国民から批判がわき起こった。巨大な年棒を稼ぐ選手を抱えるプレミア・リーグのクラブのために、税金が使われることへの強い反感があった。

 交通環境も五輪開催前と後では大きく変わった。パークの最寄り駅ストラトフォード駅を改修し、ストラトフォード・インターナショナル駅を新設。駅に隣接して、巨大百貨店ウェストフィールドを五輪開催前にオープンさせたことで、景観が見違えるほどになった。ウェストフィールドでは1万人の雇用が生み出され、その3分の1は長期的に失業状態だった若者たちだ。

 パーク内外には新しいビル、洒落たカフェ、真新しい散歩道などがあり、かつては古タイヤ、使われなくなった冷蔵庫、焼けた車などが散在していた場所とは思えない。

 パーク内で選手が宿泊をしていた場所は「イースト・ビレッジ」と名づけられ、2800戸のアパートが建設された。これから20年をかけて、さらに7000戸が建設される予定だ。約4500人が居住している。

 メディアセンターの建物があった場所は「ヒア・イースト」として、テクノロジーのスタートアップ用拠点が作られる。17年までにオフィスビルが2つ建設予定だ。

 水泳競技のイベントが次々と行われているロンドン・アクアティック・センターは一般市民が廉価で利用できるようになっている。水泳教育の場としても使われており、平均すると週に1500人の生徒が泳いでいる。

 現在のロンドン市長ボリス・ジョンソン氏の肝いりで、パーク内には「オリンピコポリス」と名づけられた文化空間が今後数年で形成される。米スミソニアン博物館も含めた複数の美術館・博物館、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、サドラーズ・ウェルズ劇場などがここに入るという。開発資金の1億4100万ポンドは政府が支給する。

 年次報告書によれば、ロンドン五輪が生み出す投資・貿易額の目標は4年間で110億ポンドを目指していたが、開催から2年間ですでに目標を超える額(142億ポンド)を達成した。けん引役となったのは英企業が世界中で開催される大掛かりなスポーツイベントの仕事を任されたためだ。

 観光業では開催から4年で英国への旅行者を470万人、観光客が落とすお金を23億ポンド増やす計画を立てた。2013-14年時点でそれぞれ348万人、21億ポンド増加させている。昨年1年間では海外からの旅行客は前年比5%増の3438万人、使ったお金は218億5000万ポンドに上った。

 五輪以前からロンドン・シティー空港が東部にあり、ウェストフィールドの建設計画も招致決定前だったが、五輪開催と東部開発を関連付けたことで、開発が一気に進んだ。

 パーク周辺はずいぶんと変わったものの、地元関係者は「まだまだ供給される住宅が少ない」と感じているようだ。地元の労働党議員ルシャナラ・アリ氏は、周辺特別区タワー・ハムレットで廉価の住宅「ソーシャルハウジング」(地方自治体が賃貸料を支援する)に入居を希望する人は「2万200人もいる」(英エコノミスト誌、7月25日付)。

 五輪開催で地元の雇用が増えたことは確かだが、そのほとんどが一時的なものだという指摘もある。タワー・ハムレットやその西の特別区ニューアムでは、2012年の失業率は12%。現在は9%になったが、ロンドンの中でも高いことに変わりはない。国民統計局(ONS)による英国全体の最新の失業率は、5・5%となっている。

 2014年の英国の実質GDP成長率は2・8%で、15年は予想が2・7%(IMF調べ)。2008年のリーマンショックから金融危機につながる流れの後で、厳しい財政緊縮策を実行してきた英政府の経済運営が成果をあげているようだ。こうした中でのタワーハムレットやニューアムの数字はさらに努力が必要な状況といえるだろう。

 今後数年、あるいは10年以上経たないと、東部再開発の効果は十分には評価できないかもしれない。新しい居住・仕事空間を作っていくわけだから、時間がかかる。いまだ進行中のプロジェクトだ。

スポーツ振興は十分な成果をあげられていない?

 投資や観光ではポジティブな評価がなされているが、国民のスポーツ参加が十分に進んだかと言うとまだまだ不十分と言う声が関係者から聞こえてくる。

 「スポーツ・イングランド」(イングランド地方の地域レベルでのスポーツ参加を振興する第3者機関)の調査によると、今年4月時点で週に一度はスポーツに従事する16歳以上の人は1549万人だった。五輪大会終了直後の2012年10月では、1589万人で、微減した。また、16歳から25歳の若者層では、2009年10月時点で390万人が週に一度はスポーツをすると答えたが、今年4月では380万人となった。慈善団体「ユース・トラスト」の調査でも、小学生の子供たちが体育の授業に参加する時間が減少していた(2009-10年時点と2013-14年時点での比較)。

 五輪関係者・政府は、オリンピック・パラリンピックの開催を通してスポーツがより身近になり、参加する人・頻度を増やすことを、東部開発と並ぶ2大目標の1つとしていた。

 五輪開催時にオリンピック担当大臣だったテッサ・ジョウエル議員は、BBCのラジオ番組(7月6日放送)の中で、子供たちの学校での運動時間が増えていないことについて「せっかくの五輪の機会が無駄になった」と述べた。その理由として、議員は学校教育の場でスポーツを振興するために使われたプログラム(スクール・スポーツ・プログラム)が政府の財政緊縮策の一環で2010年に廃止されたことを指摘した。

 これに対し、政府側は「地域レベルでのスポーツ振興に過去5年で10億ポンドを拠出している。2005年の招致が決定した時よりも、140万人の国民が毎週スポーツに参加している」と答えている(7月6日、BBCニュース)。

 一方、左派系ガーディアン紙は社説(7月5日付)で、政府が地域のスポーツ振興にあれこれ言うのはおかしいと指摘している。政府の役目は公園を作ったり、テニスコートを準備したりなど、環境を作るだけでいいのでないか、と。そうすれば国民は勝手に公園を走ったりするのだから、と。

 ロンドン五輪開催から3年経って、話題になっているのが「いかに心地良い住・職空間を作るか」「貧困地域の開発は十分だったか」「国民のスポーツ参加は進んでいるか」「税金が無駄に使われていないか」であることが、ロンドンらしい感じがする。五輪+パラリンピックを、国民全体が長い間恩恵を受ける機会にするべきという共通認識がある。

 3年前の夢のような競技の日々は過ぎたが、あのときの記憶は消えておらず、未来に向けてレガシーを残すための努力が続いている。
by polimediauk | 2015-11-05 18:01 | 英国事情