小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 (新聞協会発行「新聞協会報」の筆者原稿「英国メディア動向3」――4月12日発行ーーに補足しました。訂正:ガーディアンの損失額を訂正しました。4月26日

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が主催した会議「デジタル・メディア欧州」(ウィーン、4月20日―22日)に参加する機会があった。これに合わせ、ウィーン及び独ベルリンの新聞社を視察したが、どこの国でも電子版からいかに収入を得るかで格闘していた。

 会議の前に書いた、英国の状況を紹介してみたい。

 英国のメディアが使う言語は国際語となった英語だ。ネット上には英語の情報があふれている。BBCが無料のニュースサイトを大きく展開している上に、米国の新聞社サイトは英語のニュースサイトとして大きなライバルとなる。そんな中での各紙の闘いである。

紙版廃止、有料化、第3の収入

 ネットでニュースを読む習慣が定着する中、紙の新聞がいつかは消えるのではないかと言われていたが、先を暗示するような動きが英国で3月末にあった。

 英全国紙インディペンデントとその日曜版インディペンデント・オン・サンデーが、それぞれ3月26日と20日、紙版の最終号を発行したのである。今は電子版のみになってしまった。紙の終えんを示す象徴的な出来事だった。

 新聞界は、デジタル時代になってビジネスモデルの転換を迫られている。英国の新聞各紙は積極的に電子版ニュースを拡充してきたが、ここにきて、いよいよ本格的な変貌を遂げる必要がでてきた。

有料化の効果は

 英新聞界の生き残り策の1つは電子版の有料化だった。

 この点で最も成功した新聞は経済紙フィナンシャル・タイムズだろう。経済紙という強みを生かし、一定の本数のみを無料で閲読できるが、それを超えると有料購読者のみが閲読できる「メーター制」を導入し、着実に購読者を増やした。1年前からは1ポンド(約160円)で1か月間記事を閲読できるトライアル制を展開し、2015年末時点で購読者を78万人(紙版と電子版のみの合計)に増加させた(前年比8%増)。電子版のみの購読者は56万6000人で前年比12%増。有料購読者の3分の2が電子版での購読者だ。

 一般紙で電子版有料制を導入したのはタイムズとその日曜版サンデー・タイムズだ。メーター制ではなく、購読者でなければ原則一本も読めない完全購読制を採る。購読者になるとさまざまな文化的イベントに無料あるいは割引価格で参加できるようになる。

 3月から別々だった両紙のウェブサイトを1つにし、平日は午前9時、昼、午後5時の3回のみ更新するように改めた。週末は昼と午後6時のみ更新となった。読者が速さよりも質を求めていることが分かったためだ。

 2010年の導入時は先行きが危ぶまれたが、今年2月時点で、両紙は合計で40万1000の有料購読者を持つ。内訳は17万2000が電子版のみで、22万9000が紙版のみあるいは紙版と電子版のセットでの購読者という(発行元ニューズUK社発表)。前年比で2.2%増だ。タイムズの場合は、紙の部数が38万9051、電子版のみは14万8000で、合計では53万7051部となる。ニューズUK社は電子版が成功したと受け止めている。

タイムズは「高い壁」

 しかし、「有料の壁」を作ったことで、月間読者数(紙版読者、電子版読者の合計)では低い位置にいる(ナショナル・リーダーシップ・サーベイ調べ)。2014年でタイムズの読者は490万人だったが、ほかの高級紙はその倍以上だ。インディペンデントは1040万人、ガーディアンは1630万人、テレグラフは1640万人だった。

 高級紙の中で最も紙の発行部数が多いテレグラフは2013年にメーター制を導入したが、購読者数を公表していない。

 インディペンデント、ガーディアンは過去記事も含め、すべてを無料でウェブサイトに出してきた。

 サン、デイリー・メールなどの大衆紙もサイト上で無料で記事が閲読できるようにしている。サンは一時、有料制を導入したが思うような数の購読者を得ることができず、無料派に戻った。

無料サイトが厳しく

 ガーディアンを発行するガーディアン・ニュース&メディア社は、3月決算で5860万ポンドの営業損失を抱える。今後3年間での黒字化を目指し、大幅な経費削減を実行予定だ。編集部門725人、営業などバックオフィスの150人の中で250-310人程度を削減する。編集部門からは100人程度の削減になる見込みだ。

 紙媒体の広告収入が前年比で25%下落する市場の逆風が吹いた上に、米国版ガーディアンの開設への投資も経費を拡大させた。広告をブロックするトレンドも響いた。営業経費が過去5年で23%増大する一方で収入は10%増となり、追い付かない状態となった。

 ガーディアンは今後も電子版の閲読無料方針を維持するつもりだ。黒字化に向けて期待をかけるのは購読者を増やすことに加えて、「第3の収入源」つまり会員制度だ。会員となって毎月5ポンドから60ポンドを払うと、本社で開催されるイベントに優先的に出席できる。

 業界サイト、プレス・ガゼットの編集長ドミニク・ポンスフォード氏は、無料派ガーディアンが巨額の損失を抱える一方で、完全有料制を導入したタイムズとサンデー・タイムズが「黒字化している」ことに注目し、「約900人のスタッフを無料のウェブサイトから得る収入ではまかなえないことが明確になった」と述べている(1月26日付記事)。

***

 フィナンシャル・タイムズさえも厳しい状態にある…という記事を朝日新聞のデジタルウオッチャー、平和博記者が書かれているので、そちらもご参考に。
by polimediauk | 2016-04-24 19:25 | 新聞業界
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(チャーチルの自宅チャートウェル邸)

 現ロンドン市長ボリス・ジョンソンが書いたウィンストン・チャーチル(1874年生-1965年没)についての本『チャーチル・ファクター』の翻訳を、英政治家の回顧録の翻訳で豊富な経験を持つ石塚雅彦氏と筆者が担当した。3月末の出版(プレジデント社)にちなみ、チャーチルの自宅チャートウェル邸を訪ねてみた。

***

 第2次世界大戦当時の英国の首相、ウィンストン・チャーチル。ナチス・ドイツによる快進撃に次々と欧州他国が倒れてゆく中、島国英国の運命も危なくなった。ヒトラーとの交渉を拒否し、最後まで戦うことを宣言したチャーチルとともに、英国は戦時を切り抜けた。戦後数十年を経てもその功績の重要さは変わっていない。

 チャーチルは長年、政治家兼作家という2足の草鞋を履いた。膨大な量の演説原稿や草稿を書く(といっても口述筆記である)、驚くほどのエネルギーの持ち主だった。よく飲み、よく食べ、葉巻をふかし、昼夜問わず口述筆記をさせた。今でいえば「ワーカホリック」と言ってもおかしくはなかった。

 『チャーチル・ファクター』によれば、大量の文章を生み出したチャーチルには文章生成のための工場があった。それはチャーチルが妻クレメンティーンや子供たちと暮らした、ケント州にある自宅チャートウェル邸だった。

 1920年代にチャートウェル邸を買ったチャーチルは40年近くをここで過ごした。戦時中の数年間は警備上の問題から別のところで暮らしたが、それでも何度か泊りがけで訪れるほど愛着ある場所だった。

 ロンドンから車で2時間弱で行けるチャートウェル邸を訪ねてみた。

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(邸宅までの道で。上下とも)
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 チャートウェルには邸宅のほかに森、池、複数の庭がある。邸宅の裏には広大な公園が広がる。私が訪れた日は土曜日で、小さな子供連れの訪問客が芝生のあちこちで持ってきた食べ物を広げ、ピクニックを楽しんでいた。

 1921年、初めてここを訪れたチャーチルはケント州の森林地帯からその先まで見渡せる、見晴らしのよさに感銘を受けたという。当時は財政的に余裕がなかったものの、遠縁から遺産が入り、第1次大戦の歴史を書いた『世界の危機』(全4巻)の第1巻目の前払い金が入ってきたことで、購入が可能になった。

 ビジターセンターで入場料を払い、邸宅に入るためのチケットをもらう。時間制になっているのは、入場者が多すぎて、一度に入ってしまうと邸宅がいっぱいになってしまうからだった。

 邸宅までの道を歩くと、左手に広がる公園が大きな解放感を感じさせる。小川があり、小さな池もあった。池の中には赤い鯉が数匹泳いでいる。池の上には向こう側に渡れるように石の板がいくつか並べられていたが、私が訪れた日には手前に縄がかけられ、渡れないようになっていた。チャーチルはこの鯉を見たり、石の道を渡ったのだろうな、と思った(実際に、チャーチルが石の上に立つ写真が邸宅の中にあった)。

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(邸宅の正面)

 入場の時間になったので、列に並んで、邸宅の中に入ってみた。

 1つの1つの部屋は想像していたものよりも、ややこじんまりしていたが、逆にそこが普通の家のようで、実際に人が住んでいた感じがした。世間的にどんな重要な職についていようと、誰にでも家庭があり、生活がある。

 邸宅内での写真撮影は禁じられている。家具や置物、写真などが個人のもので、現在チャートウェルを管理しているナショナル・トラストの手にはないからだという。ナショナル・トラストとは歴史的建築物の保護を目的として英国において設立されたボランティア団体だ。

 部屋の1つに「ライブラリー」(図書室)と呼ばれるものがあった。四方の壁が本でおおわれている。ソファーがいくつか置かれている。ここがチャーチルの文章生成のための「工場」の1部となる。チャーチルはここに数人のリサーチャーを置いていた。口述筆記をするチャーチルが事実を確かめたい時、リサーチャーに命令を下す。見つかり次第、リサーチャーの一人が資料を持って、上階にあるチャーチの書斎に持ってゆく。

 このリサーチャーたちは、『チャーチル・ファクター』によれば、「チャーチルの個人的な検索エンジン、グーグル」だった。図書室に収納されていた本は6万冊に上ったという。

 「スタディー」(書斎)に入った。ここの壁も本でいっぱいだった。座って書き物をするためのデスクのほかに、立ち机が壁の一方に向かう形で置かれてた。資料を持ってこの部屋に入ってきたリサーチャーは、チャーチルがもし立ち机に向かっていればその右半身を真っ先に視界にいれることになる。

 口述筆記をタイピストに打ってもらう形で文章を生み出したチャーチル。本を31冊書き、そのうちの14冊は書下ろしだった。議員としての経歴は64年に及んだが、毎月、何十もの演説、発言、質問を行った。公表された演説だけでも「18巻、8700ページにのぼる。記録や書簡を100万点の文書」になったという(『チャーチル・ファクター』)。

 書斎の右端のドアの先にはチャーチルの寝室がある。ここは公開されていない。「あまりにも小さいので、人が入れない」とガイド役の女性が言う。

 『チャーチル・ファクター』によれば、小さなバスルームと背の低いベッドがあるようだ。西欧では夫婦は1つの寝室を使うのが基本だが、チャーチルと妻クレメンティーンの寝室は別だった。チャーチルは自分の寝室にタイピストを入れ、演説用の文章をタイプしてもらうことがしょっちゅうだった。まさにワーカホリック、仕事中毒である。

 歩を進めて、ダイニング・ルームに入る。窓が大きく、太陽の光がたくさん入ってくる。思ったよりは小ぶりな部屋で、ディナー・パーティーをここで開けば、数人しか入れないだろう。チャーチルはあえてそうしたようだーつまり、家族同士であるいは本当に親しい友人だけの会食の場としてここを使ったのである。

 邸宅を出て先に進み、チャーチルのアトリエ(「スタジオ」)に入る。政治家・作家のチャーチルの趣味はレンガ積みと絵を描くことだった。四方の壁にチャーチルの絵が飾られている(数枚、ほかの人が描いた作品もある)。

 チャーチルは1953年のノーベル文学賞を受賞しているが、絵はどれぐらいのレベルだったのだろうか?

 チャーチルの絵画をほめる人はたくさんいるが、その一方で、あまり高くは評価しない人もいる。いずれにしても、チャーチルは絵を描くことが趣味であったし、スタジオにいる時間を楽しんだーこれが最も重要なことだろう。

 チャーチルが絵画を始めたのは一種の気晴らしだった。第1次大戦時にダーダネルス海峡進攻作戦(1915年、英仏の連合軍がダーダネルス海峡入口のガリポリ要塞を攻撃・占領する作戦を立てた)の失敗が響いて海相を罷免され、閑職に左遷された頃からチャーチルは友人に絵を描くことを勧められる。美術学校に通ったり、絵を正式に習ったりはなかったが、友人たちのなかに絵描きが何人かいた。アドバイスを受けながら、チャーチルは作品を生み出してゆく。多作な画家だった。

 スタジオの中のガイドの説明によると、「チャーチルは自分の作品に対して、常に謙虚な心を持っていた。『大したものではないのです』、と。このため、チャーチルは基本的に自分の作品に名前を入れなかった」という。

 画家としては「特徴がなかった」とガイドは言う。「例えばモネを思い出してください。絵を見れば、ああこれがモネだとわかりますよね。チャーチルにはこれがない」。

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(チャーチルがこの壁の一部を作ったという)
 
 スタジオ出て庭の一つ「キッチン・ガーデン」の方に進むと、赤れんがの壁がある。この壁の一部はチャーチルがレンガ積みを手伝ってできたそうだ。

 4つに分かれたキッチン・ガーデンを縦に区切る形で作られたのが「ゴールデン・ローズ・アベニュー」だ。私はここでどうしても見てみたいものがあった。

 アベニューの真ん中あたりに日時計があり、この下にクレメンティーンがバリ島から持ち帰った鳩が眠っているという。追悼の詩もクレメンティーンが選んだという。

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(日時計は緑のシートで覆われていた)

 行ってみると、日時計の台座には確かに「バリ島の鳩、ここに眠る」と書かれてあった。しかし、日時計の部分が緑色のシートで覆われていた。「寒さ除けだろうね」とそばにいた訪問客が言う。

 この鳩はクレメンティーンにとって、特別の意味を持つ。

 相思相愛が死ぬまで続いたチャーチル夫妻。しかし、ワーカホリックで常に自分の都合が最優先の夫チャーチルに妻は時として耐えられない思いをいただいたようだ。そこで、1934年から35年にかけて、クレメンティーンは長期間の大きな旅に出た。

 旅先のバリでボートに一緒に乗った男性からクレメンティーンは鳩をもらった。その鳩をお土産として持ち帰ったクレメンティーンは鳩が死ぬと、その埋葬場所としてアベニューのど真ん中を選んだのである。

 クレメンティーンとこの男性が不倫関係にあったのどうか。『チャーチル・ファクター』の書き手ボリス・ジョンソンは、何があったにせよ、「チャーチルはこの件について知って」いた、として、「クレメンティーンと夫との愛情には全く影響を与えなかった」と結論付けている。

 鳩の日時計ばかりではなく、邸宅の敷地内には「ペットの埋葬場所」というコーナーがあった。また、「蝶の生育場所」というコーナーも。

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(チャートウェル邸に近い村のパブの壁にあった似顔絵)

 チャートウェル邸の敷地内を歩いていると、緑色の芝生がどこまでも広がる様子が目に入る。遠くに見える森が広大さを実感させてくれる。ところどこにある池、湖、スイミング・プール、ハーブがたくさん植えられているキッチン・ガーデン、木々の配置、アトリエなど、ここで暮らしたチャーチル家の人々がくつろぎ、会話し、食事を楽しんだ様子が想像できた。

 しかし、ある家族が幸せだったかどうかは外から想像するだけではわからない。

 外交官冨田浩司氏による名著『危機の指導者チャーチル』(新潮選書)によると、クレメンティーンと子供たちの関係は「チャーチルが彼らを甘やかす分、難しいものとなった」という。クレメンティーンにとって「一番手がかかる子供はチャーチルであり、彼の面倒を見た後には子供たちにきめ細かな注意を払う時間も気力も残されていなかったのが実情である」。

 夫妻は5人の子供を設けたが、3女のマリーゴールドは旅先でインフルエンザをわずらい、3歳の誕生日を迎える前に命を落とす。末娘のメアリーをのぞき、ほかの子供たちは「少なくとも外見上は」、大人になってからの人生が「幸福なものであったとは言い難い」と富田氏は結論付けている。長女のダイアナは自殺し、長男のランドルフは心臓発作で57歳でこの世を去った。次女のセーラは夫が自殺の憂き目にあう。

 メアリーは政治家のクリストファー・ソームズと結婚し、5子を設けた。母クレメンティーンの伝記を書き、これが高く評価されている。

 チャーチル家の生活ぶりが今でも迫ってくるチャートウェル邸。チャーチルに関心のある人にとっては、実り多い訪問場所だ。
by polimediauk | 2016-04-07 20:33 | 政治とメディア
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(ニーマン・ラボのサイトから)

 パナマの法律事務所「モサク・フォンセカ」から流出した、金融取引に関する大量の内部文書。これを元に「パナマ文書リーク」の報道記事が続々と出ている。

 いったいどうやって情報がメディアの手に渡り、各社の報道につながったのか。

 ウェブサイト、ニーマン・ラボ(4月4日付)ワイヤード(4月4日付)の記事から、要点をまとめてみたい。

 法律事務所の内部文書は1977年から2015年12月までの期間のもので、1150万点に上る。文書のサイズは2・6テラバイトに及ぶという。ウィキリークスの手によって世に出た米外交文書リーク(「ケーブルゲイト」、2010年)が1.73ギガバイトであったので、これの数千倍になるという。

 1150万の文書ファイルには480万の電子メール、100万の画像、210万のPDFが入っていた。

経緯は

 2014年末、ある人物が南ドイツ新聞の記者に暗号化されたチャットを通じて連絡をつけてきた。記者の名前はバスチアン・オベルマイヤー(Bastian Obermayer)。その人物は「犯罪を公にしたい」と言ったという。実際に顔を合わせず、連絡は暗号化されたチャンネルのみでだった。そうしなければ「命が危なくなる」からだった。

 オベルマイヤー記者とリーク者は常に暗号化されたチャンネルで連絡を取り合い、どのチャンネルを使うかは時々変えた。それまでのコミュニケーションの内容をその都度、削除したという。暗号アプリの「シグナル」、「スリーマ」や、PGPメールなどを使ったというが、オベルマイヤーはどれをどのように使ったかについて、ワイヤードに明らかにしなかった。

 新たなチャンネルで連絡を始める際には一定の質問と答えを用意し、相手がその人物であることを互いに確認した。

 文書の一部を受け取った南ドイツ新聞は非営利組織の「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ、ワシントンにある)に連絡した。ICIJは過去にも大型リークの分析を担当した経験があったからだ。ICIJのスタッフはミュンヘンにある南ドイツ新聞に出かけ、どう処理するかを話し合ったという。

 この間、ファイルは少しずつ南ドイツ新聞に送られていた。メールで送るには大きすぎるが、どうやって送られたのかについて、南ドイツ新聞はワイヤードに明らかにしていない。

 次に、ICIJのデベロパーたちがリーク文書を検索するサーチエンジンと世界の報道機関がアクセスできるURLを作った。サイトには報道機関の記者たちがリアルタイムでチャットできる仕組みも作られていた。記者同士がワシントン、ミュンヘン、ロンドン、ヨハネスバーグなどに集い、情報を交換もした。

 ICIJによると、リーク文書をそのまま公表する予定はないという。ジャーナリストたちが責任を持って記事化するよう、望んでいるからだ。

 リーク者を守るため、南ドイツ新聞のオベルマイヤーはリーク者との連絡用に使った電話やラップトップのハードドライブを破壊した。「念には念を入れたかった」。今でもリーク者が誰であるかは知らない状態だ。

 ワイヤードはメガリークの新たな時代が始まっている、という。

 ニーマン・ラボの記事によると、受け取った情報の分析は南ドイツ新聞ばかりではなく、フランスのルモンド紙、アルゼンチンのラ・ナシオン紙、スイスのゾンタ―グツァイトゥング紙、英国のガーディアンやBBCなどが協力して行った。プロジェクトにかかわった記者は約400人。世界76か国の100以上のメディア組織が協力したという。

 日本では共同通信と朝日新聞がこのプロジェクトに参加した。

 さらに詳しく知りたい方は「マッシャブル」の記事(英語)もご参考に。
by polimediauk | 2016-04-05 21:34 | 政治とメディア
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(エコノミストの「グローバル・ビジネス・レビュー」紹介サイト)

***「新聞研究」3月号に掲載された筆者原稿に補足しました。***

 日本経済新聞社の傘下に入った英国の高級経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)。FTはデジタル化を成功裏に進めた、グローバルなリーチを持つ媒体だが、英国にはもう1つ、「デジタル化」、「グローバル化」で群を抜く媒体がある。ニュース週刊誌エコノミストだ。

 エコノミストの電子版のみと紙版を合わせた購読者は約155万。拡大のけん引役は電子版だった。読者の大部分が英国外に在住する。

 エコノミストは、昨年春から英語と中国語による新サービス「エコノミストのグローバル・ビジネス・レビュー」(the Economist Global Busines Review, GBR)を展開し、今年1月からは日本発のメッセージアプリLINEにアカウントを設け、チャートや動画を提供するようになった。

 米サイト「ニーマン・ラボ」に掲載された記事を中心に、エコノミストのアジア戦略を見て、その後にソーシャルメディア戦略についての記事も紹介したい。

中国語、英語どちらでも読めるGBR

 中国語、英語のどちらでも記事が読めるアプリGBRは、エコノミストの171年の歴史の中で初めての2か国語サービスだ。

 これまで長年にわたり、外国語版を作る案は構想されてきたが、「コストがかかりすぎる、実用的ではない」という理由で却下されてきたという(エコノミスト誌のデジタル・エディター、トム・スタンデージ氏、サイト「PRニュースワイヤー」、2015年4月7日付)。テクノロジーの発展で電子版での2か国語サービスが容易に実現できるようになった。真っ先に取り上げたのが中国語だった。

 スマートフォンやタブレットでアプリをダウンロードすると、月の最初に10本の記事が配信される。その後は平日に1本配信され、合計で月30本ほどの配信となる。

 記事は1年間保存されるので、オフラインでの閲読に便利だ。英語版か中国語版かに簡単な操作で変更できるほかに、段落でダブル・クリックすると、その部分の翻訳が読める。料金は月ぎめでは5・49ポンド(1ポンド=159円計算で873円)。年間購読では49・99ポンドだ。支払いはアイチューンズを使って行う。

 ニーマン・ラボの記事(2015年4月7日)によれば、エコノミストの購読者の内訳は数が大きい順から北米(876,420)、欧州大陸(248,415)、英国(223,915)、アジア(152,282)、中東及びアフリカ(26,921)、ラテンアメリカ(19,371)となった。

 GBRの想定読者の居住地は主として中国、香港、台湾、マレーシア、シンガポールなど。この地域でのエコノミストの購読部数はそれほど大きくはない―中国は8,000(その64%が電子版のみ)、香港とシンガポールがともに11,000だ。エコノミストの記事が非公式に中国語に翻訳され、ソーシャルメディアで目にすることが多いというスタンデージ氏は「需要はある」と強気だ。

 有料サ―ビスのGBRは、広告収入からの脱却を目指すエコノミストの戦略にも合致する。総収入の中で読者からの購読収入の割合は、2014年で55%。2015年には60%に達したと予想されている。

グローバルな展開には多言語で

 英語は最も有力な国際語だが、世界的にリーチを拡大させることを狙う英語メディアはほかの言語でのサービスも行っている。

 米ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は英語以外に中国語、日本語、スペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、韓国語で電子版を展開している。日経傘下のFTも中国語の電子版がある。英BBCのニュースサイトは日本語、アラビア語、ペルシャ語などを含む28言語で閲読できる。

 エコノミスト誌の編集幹部らによると、エコノミストとしては特定の地域を対象にしたサービスを想定するというよりも、「世界中に散在する読者」に向けてコンテンツを作っている。国際情勢に関心がある知識層がエコノミストの読者になるからだ。

 今年1月末、エコノミストは日本発メッセージ・アプリLINEにアカウントを設けてサービスを開始する、と発表した。同様のサービスとしては利用者がはるかに多いWhatsAppあるいはFacebook MessengerよりもLINEを選んだ理由はエコノミストがFacebookやTwitterを通じてつながっている読者とLINEの読者とが「互いを補完する関係になるから」とスタンデージ氏は言う(ニーマン・ラボ、今年1月28日付)。

 LINEは2015年末で2億1500万人の利用者を持つ。その67%が日本、台湾、タイ、インドネシア在住者だ。LINEの専用ステッカー、関連書籍、ゲーム、広告などの販売によって約1200億円の収入を上げた(2015年)ことも魅力だったのかもしれない。

 LINEにはほかにWSJ,BBC,TechCrunch, Mashableなどもアカウントを作っている。エコノミストではチャートのほかに写真、名言、動画などを出してゆく。
 
 「どのプラットフォームにどのようなコンテンツをどう出してゆくか、人材や費用のリソースをどのように割り当てるかに頭を悩ませている」とスタンデージ氏は語っている。

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(エコノミストのウェブサイト)

ソーシャルメディア戦略とは?


 経済や世界情勢について難しいことばかり書いているような、お堅い雑誌のようにも思えるエコノミストだが、実は世界中に3500万人のフォロワーを持つ、ソーシャルメディアでは大きな位置を占める存在でもある。

 なぜそんなことが可能になったのか?面白おかしい話が分かりやすく書かれているわけでもないエコノミストのソーシャル戦略について、英国の新聞業界サイト、プレスガゼットが取材している。

 今年3月29日付の記事を紹介してみたい。

 3500万人のフォロワーと言うのだが、そのうちわけは

 -ツイッターのフォロワーが1570万人
 -フェイスブックの「いいね」が750万
 -グーグルプラスが1010万人
 -リンクトインのメンバーが140万人
 -インスタグラムのフォロワーが39万人
 -タンブラーのフォロワーが21万8000人
 -ユーチューブの購読者が14万2000人

 だという。

 これだけ広がった理由について、エコノミストの副編集長トム・スタンデージ氏はまず、「それぞれのプラットフォームがグローバルにサービスを展開しており、エコノミストのコンテンツもグローバルな視点で書かれているからだ」と説明する。

 英国の新聞だったら、英国で起きていることが報道の中心となる。しかし、エコノミストは世界中をカバーする。そこで、グローバルなプラットフォームではこれが利点になるという。

 また、米テレビアニメ「シンプソンズ」の中で使われたことから、エコノミストのことが広く知られたという。番組の中で登場人物がエコノミストを手にしており、エコノミストを読むほど利口であるという文脈で使われた。そこで、エコノミストのコンテンツをシェアすれば、自分が物知りであることがアピールできることがプラスに働いたという。

 エコノミストの中にはソーシャルメディアの専門チームがいて、どのプラットフォームにどんな見出しでいつ出すかなどを研究し尽くしている。どれぐらいの文章を入れるのか、どんな反応があったのかを細かく分析する。

 コンテンツそのものが簡潔な文章で書かれ、分析力があり、必ずユーモアが入っていることもソーシャルメディアと相性がいいのだそうだ。

 検索エンジンでエコノミストの記事を見つけた人よりも、ソーシャルメディアからやってきた人の方が再度やってくる可能性が高い。この点でもソーシャルメディアに力を入れている。

 将来はメッセージングアプリが最も有力になると見ており、この記事の中でも、スタンデージ氏は特にLINEの可能性を高く評価している。
by polimediauk | 2016-04-04 23:51 | 新聞業界