小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 英国で6月27日、異性同士のカップルでも、これまで同性同士のカップルにのみ認められていた「シビル・パートナーシップ」を結ぶことが出来る道が開けた。

 ロンドンに住むレベッカ・スタインフェルドさん(37歳)とチャールズ・ケイダンさん(41歳)にとって、最高裁の判断は待ちに待ったものだった。

 同性同士のカップルの法的結びつきとなるシビル・パートナーシップを異性カップルが選択できないのは、欧州人権条約に「そぐわない」とする判断が下されたのだ。

 これで法律がすぐに改正されるわけではないが、その可能性は高くなったと言えよう。

 レベッカさんとチャールズさんは2010年に出会い、すでに2人の子供がいる。しかし、結婚は「何世紀にもわたって、女性を男性の所有物と見なしてきた」制度のように感じており、自分たちの関係を結婚の枠組みで規定されたくないと思ったという。2014年、市役所にシビル・パートナーシップを結ぶ書類を提出したが、「前例がない」と却下されてしまった。裁判への道のりが始まった。

 2人の願いを支持する署名運動には、13万人が署名したという(6月27日、BBCニュース報道)。

英国のシビル・パートナーシップ制度とは

 英国では、同性カップルが異性間の婚姻に準ずるものとして「シビル・パートナーシップ」という法的関係を持つことができるようになった(2014年のシビル・パートナーシップ法による)。

 同性及び異性カップルが利用できる「結婚」と、同性カップルのみが利用できる「シビル・パートナーシップ」を比べてみると、どちらの場合でもカップルは同等の権利と義務(遺産相続、税金、年金、最近親者として扱われるなど)を付与される。

 違いはシビル・パートナーシップの対象が同性カップルに限られていること。また、宗教性がないことだ。

 英国では結婚というと、異性カップルの法律上の結びつきであると同時に、宗教儀式としても認識されてきた歴史がある。

欧州内では?

 BBCの調べによると、フランスでシビル・パートナーシップに相当するのは「パクト」と呼ばれる関係で、これは同性及び異性カップルが選択できる。同様に、両方で利用できる法的関係を提供しているのはオランダ(1998年から導入、以下同)、ベルギー(2000年)、ルクセンブルク(2004年)、ギリシャ(2008年に異性カップル向けに導入され、15年からどちらでも可能に)、マルタ(2014年)、キプロス(2015年)、エストニア(2016年)など。

英国では結婚件数が減っている

英イングランド・ウェールズ地方の結婚件数(国家統計局資料)
英イングランド・ウェールズ地方の結婚件数(国家統計局資料)

 英国家統計局の調査によると、英国(ここでは人口の5分の4を占めるイングランド・ウェールズ地方)では結婚の件数が長年、減少傾向にある。上記のグラフは1935年から2015年までの分だ。異性間のカップルの結婚件数は2015年で23万9020。前年から3・4%の減少だ。1970年代以降、減少傾向が続いている。

 次に、「結婚率」を見てみる。「16歳以上の1000人の男性(あるいは女性)の中で、どれぐらいの人が結婚しているか」を示すグラフが以下である。青色の線が男性、黄色が女性だ。1000人の男性の中で21・7人、女性の場合は19・8人が結婚していた。それぞれ前年と比較して5・7%減、5・3%減。この統計は1862年から開始しているが、これまでで最も低い数字だそうだ。ただし、「50歳以上の男性、そして35歳以上の女性の結婚率は上昇している」(調査官)。

結婚率を示すグラフ(国家統計局)
結婚率を示すグラフ(国家統計局)

親の約半分が婚姻関係を結ばずに出産・子育て

 もう1つ、あるデータを紹介しておきたい。

 国家統計局の別の調査によると、イングランド・ウェールズ地方での出産数は69万6267件で、前年より0・2%減。「妊娠率」は1.81で、前年は1.82だった。、

 興味深いのは、結婚もシビル・パートナーシップも結んでいないカップルから生まれた子供の比率だ。2016年で47・6%。前年は47・7%だったので、微減だ。逆から見ると、半分強が結婚あるいはシビル・パートナーシップ関係にある親から生まれている。

 結婚もシビル・パートナーシップも結んでいないが子供を持つカップルの場合、その60%以上が生活を共にしている。2016年はこれが67%になった。一切の法的関係を結ばないにもかかわらず一緒に暮らし、親となって子育てをするカップルが珍しくなくなってきた、という。いわゆる「事実婚」である。

 筆者の周囲を見ても、あるいは著名人、政治家などを見ても、このパターンがよく目につく。

 英国では、「事実婚でも子供の養育に関する権利や責任において、それほど大きな法的違いがない」要素も影響しているのだろう(もっと深く知りたい方は長野雅俊氏による「英国ニュースダイジェスト」の記事をご参考にされたい)。

 異性カップルにおいては、結婚という形にとらわれず、より自由に、より平等に暮らしたいと考える人が社会の主流になりつつある。

 ちなみに、以前にも別の原稿で言及したが、日本の厚生省の「人口動態」によると、2015年時点で、出生総数に占める非嫡出子の比率は2・29%。日本では結婚と出産がほぼイコールとなっている。

 


by polimediauk | 2018-07-20 16:53 | 英国事情

(ロシアの情報戦について話す専門家たち)(撮影 Diego Figone)
 

 欧州に住んでいると、ロシア対西欧諸国の情報合戦をひんぱんに目にする。

 例えば、今年3月、そして6月末に英国で発生した、神経剤「ノビチョク」による男女数人への攻撃だ。3月には英南部ソールズベリーで、ロシア連邦軍参謀本部情報総局のセルゲイ・スクリパリ元大佐と長女ユリアさんが一時重体となり、6月末にはソールズベリーから数キロ離れたエームズベリーでドーン・スタージェスさんと友人のチャーリー・ラウリーさんが意識不明となって病院に運び込まれた(7月8日にスタージェスさんは死亡)。

 どちらの事件でも英政府はロシアの関与を疑っているが、ロシア側はこれを否定している。

 4月、米英仏はシリアに爆撃を行ったが、これはシリア軍が東グータ地方ドゥーマー市で市民に「化学兵器を使用したこと」が理由だった。シリアとロシア側は「化学兵器は使われていない」と主張している(この件の詳細は青山弘之氏の記事に詳しい。米英仏のシリア攻撃の根拠となったドゥーマー市での化学兵器攻撃で化学兵器は使用されなかったのか?シリア化学兵器(塩素ガス)使用疑惑事件と米英仏の攻撃をめぐる“謎”)。

 いったい、何が真実なのか。非常に分かりにくい状況となっている。

 イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(4月11日から15日)の中で、専門家がロシアの情報戦の内情について議論するセッションがあった。開催時から時間が経っているが、その内容は古くなっていない。議論の一部といくつかのほかのセッションを紹介したい。(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」6月号の筆者記事に大幅補足しました。)

ロシアが仕掛ける情報戦 その実態とは

 サイバー空間で偽情報を流し、外国の政治状況に影響を及ぼそうとする動きが目立つようになった。

 兵器を使って互いの武力が衝突する戦争が「熱い戦争(ホット・ウォー)」、東西圏が互いをけん制する「冷戦(コールド・ウォー)」を経て、私たちは今「情報戦」(インフォメーション・ウォー)の時代に突入しているのだろう。

 「中から弱体化させる -情報化時代のロシアの戦争技術」と題するセッションのパネリストは、以下の3人だった。

 -オーストリアのジャーナリストで米「ニューリパブリック」にロシアの情報戦争に関しての記事(2017年12月)を寄稿したハンス・グラッシガー

 -ロシアの独立系情報サイト「アゲンチュラ」の編集長アンドレイ・ソルダトフ

 -ロシア語のメディア「メドューザ」の編集主幹ガリーナ・ティムチェンコ氏(ラトビア在住)

 (以下はパネリストたちからの情報を補足し、整理した内容となっている。)

2009年、エストニアで何が起きたか

グラッシガー氏(撮影 Diego Figone)
グラッシガー氏(撮影 Diego Figone)

ハンス・グラッシガー氏:ネット上で繰り広げられる「サイバー戦争」 の「テスト」が大々的に行われたのは、2007年だったと思う。攻撃を受けたのは東欧のエストニアだ。

 エストニア(人口約134万人)は北欧に位置し、東部はロシアと地続きだ。18世紀からロシア領となり、1918年に独立したものの、40年にソ連(1922~91年)に併合された。「ベルリンの壁」崩壊後、ソ連からの独立を果たしたのは、1991年。欧州への復帰をめざし、2004年には米国を中心とした国際的軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)への加盟を達成した。

 エストニアには、NATOのサイバーテロ防衛機関の本部も置かれている。

 ロシアにとってエストニアとは、「米国や西欧に顔を向けた国」と言える。

攻撃の発端

 サイバー攻撃事件の発端は、4月26日、午前10時。エストニアの首都タリンで、ロシア系住民が暴動を発生させ、一人が死亡。数十人が負傷した。

 暴動が発生する前、エストニア政府はタリンの中心部の広場に建てられていた、第2次世界大戦の英雄とされるソビエト兵の銅像を撤去することに決めた。

 エストニア人にとっては、ソ連領となった過去を思い出させる銅像だ。国内のロシア語を話す住民(人口の約25%)にとっては、銅像はファシズムを追い出した英雄だ。

 26日夜、国会、大学、新聞社のウェブサイトへのサイバー攻撃が始まった。多数のパソコンから標的にアクセスを集中させ、機能停止に追い込む「DDoS(ディードス)」攻撃が中心となり、エストニアの電子ネットワークが打撃を受けた。

 エストニアは最も電子化が進んだ国として知られる。政治の透明化、オープン化をモットーとして電子化を進めてきたエストニアだが、これが逆にあだになった。

 攻撃の発信源は170カ国を超え、8万台を超える「ボット」(乗っ取りパソコン)が使われた、通信量は通常の400倍に上った。

 5月10日には国際最大の銀行ハナサバンクがオンライン・サービスや国際カードの決済を停止せざるを得なくなった。

 5月19日、攻撃は止んだ。にっちもさっちもいかなくなったエストニア政府が電源を一切切ってしまったからだ。

 ロシア政府が背後にいたという見方が強いが、攻撃の責任を負わされた人・組織はいない。

 いったい、誰がやったのか。何が目的だったのか。今でもその全貌は明確になっていない。

 1998年に、ロシアの軍事アナリスト、セルゲイ・ラストルゲフ氏が「情報戦争の哲学」という本を出している。これによると、現代の紛争で最も効果的な武器は情報だという。正確に言うと「ディス・インフォメーション(偽情報)、フェイクニュース、ソーシャルメディアの煽情的な情報」だ。

 サイバー戦争の核となる考え方は心理的な操作で、これによって敵国を内部から崩壊させること。ある考えを持つ国民と別の考えを持つ国民とを分断させ、国の亀裂を大きくしてしまう。

パネリストたち。壇上の左端が司会者、隣がグラッシガー氏、ソルダトフ氏、ティムチェンコ氏(撮影 Diego Figone)
パネリストたち。壇上の左端が司会者、隣がグラッシガー氏、ソルダトフ氏、ティムチェンコ氏(撮影 Diego Figone)

「メドューザ」の編集主幹ガリーナ・ティムチェンコ氏:2015年、ポーランドのあるエンジニアがロシアのIT企業に雇われた。職務は表向きにはITシステムの管理だったが、実際にはウクライナ国防省を攻撃する仕事だったと聞いたことがある。

アゲンチュラ」の編集長アンドレイ・ソルダトフ氏:ロシアは1999年から変わった。これは第2次チェチェン戦争(注:チェチェン紛争=ロシアからの分離独立を目指すチェチェン共和国とロシアとの間で,1994年から2度にわたり行われた民族紛争)の時だ。

 ロシアがチェチェン地方に本格的に軍隊を送ったのは、1995年から96年にかけて(注:こちらでは1994年12月から侵攻)と、99年だ。なぜ2回も兵が送られたのか、なぜ最初に解決できなかったのかを国民は知りたがった。政府は、派兵が失敗したのは「メディアのせいだ」と言った。ロシアはメディアを通じて外国からの脅威にさらされているのだ、と。

 

 ロシア政府は(サイバー攻撃が)アウトソースできることを学んでいる。攻撃に実際に手を下している人物は学生かもしれない。政府が直接関わるわけではない。

 2016年には米大統領選や英国の欧州連合(EU)からの離脱をめぐる国民投票があった。昨年にはフランスの大統領選があった。こうした選挙の背後にはロシア政府が関与していたのどうか。

 私は、ロシアがもし関与していたとしても、インパクトがあったのかどうかは疑問だと思っている。

「サイバー戦争」と「情報戦争」

 ソルダトフ氏:西側とロシアのサイバー専門家とのあいだにはその認識に隔たりがある。例えば、西側は「サイバー戦争」と言っているが、ロシアは「情報戦争」と言う。

 ロシアはジャーナリストを「兵士」として扱うが、西側はそういう風にはしたがらない。例えば、ロシアは米CNNや英BBCの記者を兵士と見ている。

 しかし、2016年、西側もメディアを「兵士」として使えることを知ったのだと思う。(ロシア側の論理を浸透させたという点からは)ロシアは成功した、と言える。両者にとって、危険な状態だと思っている。

 ティムチェンコ氏:ロシアの 戦略は人を怖がらせることだ。1人犠牲者を見つけて、その人を処罰するやり方だ。

 プーチン大統領には外向けと内向けの戦略がある。例えば、ロシアの国際報道局「RT」の視聴者数が実数よりもはるかに大きいとしている。現在、自分はラトビアに住んでいる。ロシアの通信社「スプートニク」のラトビア語版は1万人が読んでいると言われているが、それほど多いかどうかを疑問に思っている。

 プーチン大統領が人々に恐れを植え付けたがっているのは確かだ。

司会者: 選挙の際には、どのような情報戦を行っているのか。

 グラッシガー氏:エストニアの場合は、ディス・インフォメーション を与えていた。ロシア語のメディアやソーシャルメディアが常に攻撃をかけてくる。「情報戦争」と言う言葉を使わざるをえない状況だ。

 ソルダトフ氏:その戦略は、非常に洗練されている。

 しかしその一方で、私が運営する、政権に批判的なニュースサイトも、野党の党首のウェブサイトも閉鎖されておらず、非常に人気がある。国外では強面、国内ではソフトに、という奇妙な矛盾がある。国外と国内で戦略を変えている。混乱させるために異なる文脈を使っている。

 ロシア政府はネット上の情報戦争を抑制することができていないと思う。プーチン大統領にとって、インターネットは大きな挑戦だ。コントロールすることが難しいからだ。

司会 サイバー空間で冷戦が起きていると聞くが

ソルダトフ氏:その始まりは1990年代だ。1998年、コソボ紛争が発生し、NATO軍がユーゴスラビアの首都ベオグラードの軍事施設を空爆した(1999年)。空爆は国連安全保障理事会の決議を経ておらず、国際世論の批判を招いたが、これはロシア政府にとっては好機だった。「西側がロシアを裏切った、偽善的」と非難することが出来たからだ。

 2008年、グルジアからの独立を主張する北部南オセアチアをグルジア軍が攻撃し、ロシア軍がグルジアに侵攻した際も、ロシア政府は「BBCやCNNが偽善的な報道を行った」と主張し、ロシアの国民の信頼を得た。このようなパターンが繰り返されている。

 元来、プーチン大統領の支持者は地方が多かったが、都市のリベラル層に対しても西側諸国の行動を反ロシア的として認識させることで、プーチン支持に結び付けた。

 グラッシガー氏 :サイバー攻撃についていうと、プーチン大統領が背後にあるという証拠は得られなかった。しかし、さらに調査をしてみると、例えばプーチン大統領の知人らが関与していた。「大統領を喜ばせるためにやっている」と聞いた。プーチン氏を喜ばせるために行動を起こす人がロシアには沢山いるのだ、と。

 ティムチェンコ氏:「トロール」を生み出すサービスを運営する人は、プーチン政権下で富裕になったので、「ありがとう」ということだろう。

 ソルダトフ氏:いわゆる「トロール工場」は2014年にできたと認識している。しかし、「プーチン氏を喜ばせるため」というのは、どうか。

 2年半ほど前にプーチン氏は変わった。もっとマイクロマネジメントになった。多くの件で自分が関与するようになったとは聞いているが

 しかし、「天才」ではない。

 

 例えば、ロシア政権はFacebookをどう使っていいか分からない状態だ。私が聞いたところでは、「ソーシャルメディアも全く何だかわからない」と言っていた。

 司会:大量の人を監視する(「マスサーベイランス」)仕組みはどうなっているか。

ソルダトフ氏(撮影 Diego Figone)
ソルダトフ氏(撮影 Diego Figone)

 

 ソルダトフ氏: ロシア政権はパラノイアになっている。ネット上のマスサーベイランス体制をどう導入するかが課題になり、2015年ごろから17年にかけて、中国から専門家を呼んだ。中国側もこれに嬉々として応じた。

 データの保管や監視ソフトについて協力を得ていたが、途中でこのプロジェクトは終わってしまった。それはロシア連邦保安庁がパラノイアになったからだ。中国がロシアに入り込んでしまうことを危惧したからだ。だから、本当の意味のネットの監視体制は構築されていないと思う。

 会場からの質問:西欧諸国でも、マスサーベイランスが行われているのではないか。

 ソルダトフ氏:「マスサーベイランス」と言っても、民主主義の国と独裁主義の国とではその意味するところが違う。民主主義の国ではメディアの動きも違う。

 ティムチェンコ氏:何かあると、「西側の干渉だ」というのがプーチン氏の論理。ロシアが米国の大統領選に干渉しようとしたのかと聞かれれば、「そうだ」と答えるだろう。しかし本当にできたのかどうかというと、疑問だ。

プーチン大統領だけが信頼されている理由とは

 ソルダトフ氏: プーチン氏が政権の中枢部に入ってから、18年となった。他にはトップになるべき人が誰もいないような状態になった。これには理由がある。

 プーチン氏は、他の組織の意義を抹殺しようとしてきた政治家だ。それは組合であったり、政党であったり、企業であったり、官僚であったり、メディアであったりする。人々はこうした組織を信じないようになった。信頼できる人は、たった1人。それがプーチン氏、というわけだ。

 例えば、ロシアではテレビの番組で堕落したジャーナリストを殺すというストーリーの番組があった。こうした番組を通して、国民はジャーナリストを堕落した存在と見るようになった。

 少し前までは、ジャーナリストと言えば一目置かれていたが、今では、「300ドル払えば、何かいいことを書いてくれるのか」と言われる。

 議会の意義も、国民は忘れている。

 ティムチェンコ氏:ロシア政府は、ジャーナリストが真実を言っていない、と言う。

 私自身は、誰もがそれぞれの「アジェンダ」(議題、意図など)を持っていると思う。プーチン氏はこれからも戦っていくと思う。私の見方は非常に悲観的だ。

 ソルダトフ氏:楽観的なことを最後に言いたい。(米大統領選があった)2016年、世界中の人々がようやくロシアについて考え出した。どんな国なのか、何が起きるのだろうか、と。(関心が高まったことは)良いことだと思っている。

「おそらく、ロシアがノビチェク事件の背後にいる」

 セッション終了後、筆者は3月の「ノビチョク事件」についてソルダトフ氏に聞いてみた。英政府はロシアに責任があるとし、ロシアは関与を否定している。

 ソルダトフ氏は諜報情報の専門家だ。「100%、ロシア政府が背後にあるとは言えない。しかし、過去の例やそのほかの事情を考慮すると、政府が背後にいたことを否定するのは難しい」。

 

危険にさらされるジャーナリストたち

 日本や筆者が現在住む英国にいると実感しにくいが、ジャーナリストが政府や暴力組織などから攻撃を受けることは世界各地を見ると決して珍しいことではない。セッション「反撃する -攻撃に対して、いかにジャーナリストが反応するべきか」をのぞいてみた。 

カセリ氏(撮影Chiara Di Lorento)
カセリ氏(撮影Chiara Di Lorento)

 フリーランス・ジャーナリストのアイリーン・カセリ氏はラテンアメリカ諸国のメディア状況に詳しい。同氏によると、メキシコはジャーナリストにとって「非常に危険な国」だ。1990年代から1000人以上が殺害されているという。自衛手段として作ったのが「サラマ」という名前のアプリ。記者2人が1つのチームとなり、30分ごとに互いの安全性を連絡しあう。

 一方、経済が悪化するアルゼンチンでは「2015年以降、3000人を超えるジャーナリストが職を失った」。失職状態となったジャーナリストたちが立ち上げた新聞「ティエンポ・アルゼンティーノ」(3万5000部)は、働く人がお金を出し合う共同体形式で発行されているという。

 米ニーマン財団のアンマリー・リピンスキー氏は、「かつては、戦場取材の際に記者は危険な状態に置かれた。今はどこも危険な場所になってきた」。

「性の暴力は女性を黙らせる道具だ」

 昨年秋以降、性的ハラスメントや暴行に対して声を上げる「MeToo」運動が世界的に広がっている。ジャーナリズム祭ではこれをトピックにしたセッションが複数開催された。

 「性の暴力は女性を黙らせる道具だ」というセッションでは、米国、エジプト、英国、スペインで取材をした女性ジャーナリストらがパネリストとなり、それぞれの体験談を語った。

 米慈善組織「デモクラシー・ファンド」のトレイシー・パウェル氏は米国の新聞社で記者として働いていた時の様子を伝えた。米国では人種を扱った記事を書くと攻撃を受けやすいという。特に攻撃対象になるのが女性で、「レイプするぞ」などのコメントをメールで送ってきたり、住所を探り出して家族にハラスメントをしたりするという。「引っ越しを余儀なくされた女性が何人もいる」。かつての自分の体験も含めて、つらそうに話す様子が今も忘れられない。

 ジャーナリストが安全に働けるようにガイドラインを作る報道機関が増えてはいるものの、性的ハラスメント、暴力を含む性的攻撃への対処策は想定外となっていることが多いという指摘があった。

***

 ロシア情報戦争の動画

 ジャーナリストの安全性の動画

 性の暴力についての動画


by polimediauk | 2018-07-19 19:10 | 欧州表現の自由

 7月1日から、スウェーデンでは明確な同意がない性行為は違法となった。

 スウェーデンの国会が5月に可決した性犯罪に関する法律によると、性行為を行う人は互いに言葉あるいはその他の形で明確に同意したと意思表示する必要がある。両者の自由意志によって行われたのではない場合、暴力や脅しがあったかどうかに関係なく、刑事犯罪になる可能性がある。これまでの法律では、「レイプ」と見なされるのは、暴力や脅しがあった場合だった。

 暴力を伴うレイプ、および児童に対するレイプは最低でも5年間の実刑となる。以前は4年だった。

 同意なしの性行為をレイプとする国は、西欧諸国ではスウェーデンのほかには、英国、アイルランド、ベルギー、キプロス、ルクセンブルク、アイスランド、ドイツ。

 日本では、昨年7月から性犯罪を厳罰化する改正刑法が施行されている。「強姦罪」は「強制性交等罪」という名称に変更された。それまでは女性のみだった被害者に男性が入るようになり、法定刑の下限が懲役3年から5年になった。起訴をするために必要だった、被害者の告訴はいらなくなった(「親告罪」としての規定を撤廃した)。

 しかし、強制性交等罪にはその手段として「暴行・脅迫」があることが前提となる。これが適用されないのは相手方が13歳未満の人のみ。脅迫・暴行がなくても、そして双方の合意があったとしてもこの罪に問われる。

2013年の事件が同意を必要とする法律につながった

 スウェーデンで明確な同意がない性行為を違法とする動きを作ったきっかけは、2013年のある事件だ。

 15歳の少女が3人の19歳の男性たちにワインの瓶を使って性行為をされた。裁判では青年たちは無罪にされ、以下のような司法判断が下された。

 「性行為を行う人々は互いの身体に対して、同意を得ず自然発生的にいろいろなことをするものだ」。裁判官は少女が脚を開きたがらなかったことを「羞恥心による」とした。

 スウェーデン国内に大きな抗議運動が発生し、「FATTA」という名前の組織が結成されるまでになった(後、控訴審で男性たちは有罪となった)。FATTAは同意がない性行為を違法とするよう活動を開始した。

 アムネスティ・インターナショナルのカタリナ・ベルゲヘッド氏によると、FATTAの活動や昨秋から世界的に広がった「MeToo」運動による世論が後押しとなって、5月末、スウェーデンの国会が同意なしの性行為を違法とする法案を可決したという。

 スウェーデンのステファン・ローベン首相は「性行為は任意であるべきだ。任意の行為でなかったら、違法。不確かだったら、止めるべきだ」と発言している。

 首相がこのような発言を公に行うことが世論の変化に「重要な役割を果たした」(5月23日、アムネスティー・インターナショナルの記事)。

 スウェーデンの動きはアイスランド(3月から合意なき性行為が違法)に続くもので、ベルゲヘッド氏はデンマーク、フィンランドなどが同様の方向に進むことを願うという。

 「まだまだ道は遠いが、女性たちや少女たちが黙っていることを拒否した時の勇気を、政治家たちがほんの少しでも示すことができれば、法律は変わる。そうすれば、私たちはMeTooと言わなくても良くなる」(先の記事)。

 スウェーデンの新法によってレイプ罪の有罪比率が高まるかどうか、レイプの件数自体も少なくなるのかは不明だが、被害の発生を防ぐ方向に法律が動いたと言えるだろう。

「同意」とは何か?

 性行為の「同意」とは?

 友人の映画ライターの方に教えていただいた、動画をご紹介したい。

 「性行為の同意を紅茶に置き換えた動画」。 英語版はこちら

 2015年、ロンドンのテームズバレー警察による紹介文がついている。

 同意と動画についての関連情報はこちらで


by polimediauk | 2018-07-18 17:16 | 政治とメディア

 ロンドン近辺にいらっしゃる方、よろしかったら、ご参加ください。

***

伊藤詩織さんを囲む会 -BBC「日本の秘められた恥」放送後、 私たちに何ができるか


 セクシャル・ハラスメントや性的暴力に対して声を上げる「MeToo」運動が世界中に広がっています。日本でも、財務次官による女性記者へのセクハラが報道されたことでこの問題にスポットライトが当たり、ジャーナリズムに携わる女性による職能集団「メディアで働く女性ネットワーク」が組織化されています。

 日本の雑誌を手に取ると、続々と「セクハラ」「性暴力」が特集記事のトピックとして選択されるようになりました(「新聞研究」、「Journalism」、「世界」など)。

 英国では、6月26日に大和日英基金で「
日英のMeToo運動と題されたイベントが開催され、熱い議論が交わされた後、2日後の28日には、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織さんに焦点を当てたBBCのドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」が放送され、大きな反響を呼びました。

 
日本の性犯罪についての法律をより
実態に即したものに変えるため、7月9日から13日まで性暴力被害当事者団体「Spring」が英国を視察し、ロンドンで公開イベント(7月11日)を開催したこともあって、「状況を変えていこう」、「英国に住む邦人ができることを知りたい」という機運が高まっています。


 そんな今、滞英中の伊藤さんを囲み、性による差別を解消し、男女ともに生きやすい社会を作るにはどうしたらいいかを一緒に考えてみませんか。


 BBCの番組の裏話、SPRINGの視察イベントについて、また世界各国でドキュメンタリー映像を取材・制作する伊藤さんの米ニューヨーク・フェスティバルでの銀賞受賞作品について、そして世界の性教育、現在追っているテーマなどについてもお話しいただき、情報を共有してみませんか。


 番組を視聴したことを前提に、双方向の会話ができる会にしましょう。


日時:7月16日(月曜日)午後6時半から8時ごろまで


場所:ロンドン大学 SOAS: School of Oriental and African Studies, University of London

Room 4429, onthe 4th floor of SOAS Main Building

- Address: 10 Thornhaugh Street, London, WC1H 0XG
- Nearest tube station: Russell Square (Zone 1, Piccadilly Line)


参加費:無料


会場では、伊藤さんの著書「Black Box(1冊15ポンド)をお買い求めできます。


参加申し込み:電子メールで、dekirukoto988@gmail.com までお申込みください。お名前、当日に連絡がつく電話番号をご明記ください。伊藤さんにお聞きになりたいことなどありましたら、お書きください。


主催:日本の未来をイギリスから考える会 有志(小野信彦、小林恭子ほか)


ご参考資料:


*「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987

*メディアで働く女性ネットワーク
https://www.facebook.com/WiMNJapan/ 



by polimediauk | 2018-07-15 07:57 | 日本関連

   (受賞スピーチを行う、フィリピン「ラップラー」のレッサ編集長 撮影小林恭子)


 フィリピンのドゥテルテ大統領から「フェイクニュース」、「米中央情報局(CIA)の回し者」と呼ばれ、様々な圧力をかけられてきたニュースサイト「ラップラー」。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)は先月、報道の自由に寄与したジャーナリストに授与する「自由のための金ペン賞」をラップラーの最高経営責任者・編集主幹マリア・レッサ氏に贈った

 ラップラーは2012年、レッサ氏を含む数人のジャーナリストたちの手で立ち上げられた。元々は「MovePH」という名前の、フェイスブックのページの1つだった。ソーシャルメディアを通じてニュースを拡散し、フィリピンでは本格的にマルチメディアを駆使する最初のニュースサイトとなった。

 レッサ氏は米CNNのマニラ支局長(1987-95年)、ジャカルタ支局長(1995-2005年)を経て、フィリピンの放送局「ABS-CBN」でニュース・時事報道部門を統轄した(2005-11年)。専門は国際テロ問題で、著作もある。

 

 2016年6月に大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、麻薬撲滅に厳しい態度を取ることを表明し、目的達成のためには非合法な手段を使うことも辞さない「麻薬戦争」が始まった。

 ラップラーはこの麻薬戦争を一貫して批判的に報道し、ドゥテルテ大統領はラップラーが「フェイクニュースを垂れ流している」、「CIAからお金をもらっている」などと表明してきた。

 今年1月、フィリピン証券取引委員会は企業認可の取り消しをラップラーに命じた。2015年に米企業に証券を売って資金調達したことから、メディア経営をフィリンピン人のみとする憲法に反する、というのがその理由だ。2月末には、大統領府での記者会見への出席を拒否され、3月にはフィリピンの内国歳入庁がレッサ氏らに脱税の疑いがある、と発表した。

 レッサ氏を含めたラップラーのスタッフは、国家が背後にあると見られるオンライン・ハラスメントにも見舞われた。

報道を止めさせるには「自分を殺すしかない」とスタッフ

 WAN-IFRAが主催した「世界ニュースメディア会議」(開催地ポルトガル・エストリル)で賞を受け取ったレッサ氏は、受賞スピーチの中でスタッフの声を紹介した。ラップラーによる、政府に批判的な報道を止めるにはどうするか?と聞かれたスタッフの一人は、「自分を殺すしかないだろう」と答えている。

 筆者は、以前にも他の会議でレッサ氏と場所を共有したことがあった。小柄で、きびきびとした言動のレッサ氏は話す言葉の1つ1つが明快で、論旨が分かりやすい。今回の受賞でマイクの前に立った時、それまでの様々な体験やスタッフの苦労を思い出したのか、涙をこらえるような表情を何度も見せた。

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 受賞スピーチの中から、要点を紹介したい。

 スピーチの動画は、ラップラーのサイトから視聴できる

 レッサ氏は、「自分がどんな人間なのか、誰なのか、自分を守るために戦う必要が出てきた時に初めて分かる」という。

 「勝ち取った、あるいは負けてしまった戦いの1つ1つ、戦いから撤退してしまったこと…そんなことすべてが自分の価値観を築いていく。最終的には自分が何者かを決めていく」

 「ラップラーは、10年後に今この瞬間を振り返って、できることはすべてやった、逃げ隠れしなかったと言えるようにしたかった」。

 ラップラーが直面した、「責任逃れをする存在」は2つだった。

 1つは「憲法や私たち国民の生活を根本的に変えようとし、残酷な麻薬戦争を行う政府」だ。

 もう1つは、フェイスブックだという。フェイスブックのおかげでラップラーは急速な成長を遂げたのだが、その一方で、「国家が背後にいるオンライン上のヘイトの言論」が大展開したのもフェイスブックだった。

「嘘が100万回繰り返されたら、真実になる」

 政府の方はどんな責任逃れをしたのか?

 「昨年12月、フィリピンの国家警察は保護下にいた約4000人が麻薬戦争で亡くなり、1万6000人以上の死因を『調査中』と発表した。1年4カ月の間に2万人が殺害された」。フィリピンに戒厳令が敷かれていた1972年から81年までに殺害されたのは、3240人だったのだが。

 国民は、2万人もが殺害されたことを知らないのだという。

 それは、「政府が常に数字を細かく割って発表し、『言われたことを報道しろ』とジャーナリストに言ってきたからだ」

 

 同時に、フェイスブックを使って、「組織的な、絶え間ない攻撃」も行われ、「ジャーナリストたちは屈服させられてしまった」。

 真実を求める戦いの中で、「死者数は最初の犠牲者となった」。

 レッサ氏は言う。「嘘が10回繰り返されたら、真実は追いつける。でも、これが100万回繰り返されたら、嘘は真実になってしまう」。国家が背後にあるオンライン上のヘイト発言の流布が、「嘘」を「真実」と思わせてしまうのだ。

 フェイスブックを始めとした、ソーシャルメディアが責任逃れをしたのはどんな時か?

 レッサ氏によると、「西側諸国とは違い、フィリピンの世論調査ではジャーナリストは長年、信頼される存在だった」。組織の独立性が弱く、政治は利権追求型になっているために、国民は報道機関を通して正義を求めたからだった。メディア報道が人々の生活を変え得ることを、フィリピンの国民は理解していたという。

 今年1月、米ピュー・リサーチ・センターの調査によると、伝統的メディアへの信頼度では世界の中でもフィリピンが第2位を占めた。調査に応じた人の86%が、伝統メディアは「公正で正確だ」と答えていた。

 しかし、地元フィリピンのEONによる調査では、伝統メディアに否定的な見方を持つ人は83%になった。フィリピンにはソーシャルメディアのアカウントは「6000万ぐらい」あり、ここでの言論が世論に大きな影響力を及ぼしたという

 2つの数字は正反対の状況を示した。「フェイスブック上で、現実があっという間に再構成されてしまった」。

 フェイスブックと言えば、情報拡散のためにメディアが使うツールの1つだが、その一方では憎悪をあおり、「もう一つの」現実を作っていた。メディアの「敵」となっていた。

 レッサ氏は、「言論の自由が言論の自由を押さえつける」状況にあることを指摘する。

 ソーシャルメディアを使ったプロパガンダは人々を欺くばかりではなく、ジャーナリストたちにも損害を与える。心理的な圧迫感を与え、攻撃を仕掛けるプラットフォームになってしまう。

 かつて、ジャーナリストはその報道によって投獄されることがあった。今は、「フェイブックの壁の中に入れられる。頭の中の牢屋に入れられる」。

 打ち負かすにはどうするのか?

 「私たち一人一人が恐れに立ち向かうこと」、「目撃したことを伝える勇気を持つ必要がある」。

 このような状況は「フィリピンだけではない」。

 2017年11月、「フリーダムハウス」の調べによれば、調査を行った65か国のうちの少なくとも30カ国で、ソーシャルメディアを使った、情報拡散のための「軍隊」が民主主義を攻撃している。「インド、南アフリカ、メキシコではツイッターが利用されている。他の国ではワッツアップが使われている。今や、ソーシャルメディアは独裁政権が好む媒体になっている」

 「攻撃の対象となるのは女性たちで、その攻撃は性的なものが多い。私たちから尊厳を剥奪し、力で服従させる」。

「生き延びる覚悟だ」

 では、どうやって生き延びたらいいのか。解決策は何か。

 「長期的には、教育だ。中期的にはメディアの読解力を深めること。短期的には、調査報道のジャーナリズムだ」。

 レッサ氏は米国の大手テック企業に希望を託す。ラップラーはフェイスブックと積極的に議論を重ねているという。

 「2年前、私たちの経営状態が好調になった時、政府のラップラーへの攻撃は一気にきつくなった。将来が危うくなるほどだった。しかし、私たちは生き延びる覚悟でいる。私には、プランB,C,D、Eもある」

  「しかし、どうか皆さんが注目しているこの時に、お願いがある。私たちが死の谷を飛び越していけるようクラウドファンディングに参加してほしい」とレッサ氏は呼びかけた。

 「世界新聞・ニュース発行者協会の皆さん、私たちを支援してくれてありがとう。これは世界的な戦いで、私たちは勝たなければと思っている」

 「ラップラーで働く、男性たちよ、女性たちよ。マニラは今、午前1時。みんなが受賞スピーチの様子を見ているはずだ。この賞はあなたたちの勇気に与えられたものだ。あなたたちが私を元気づけてくれる」

 「ラップラーの若い記者やほかのスタッフが、いかに多くのことを背負わなければならないかと思うと、胸が張り裂けそうになるほどつらい。暴力や免責に直面しながらも見せるその勇気、それでも当局に対して持ち続ける敬意、夜やってくる悪夢、そして使命感」

 「この賞はラップラーだけのものではない。フィリピンのすべてのジャーナリストに与えられたものだ」

 「会場にいるフィリピンのジャーナリストの方、どうぞ立ち上がってほしい。職務を果たすジャーナリストの皆さんだ」。

  場内のあちこちで、フィリンピン人のジャーナリストたちが立ち上がる。大きな拍手が湧いた。

「レイプするぞと脅されたことは?」「あります」、「あります」

 ラップラーのジャーナリストがインタビューを受ける、短い動画が上映された。

 以下は、質問にジャーナリストらが答える場面の文字起こしである。一つ一つの質問に別のジャーナリストが答えていく様子を想像していただくか、先の動画をご覧いただきたい

 ―仕事をやっているために、ハラスメントを受けたことがありますか?

 「はい」

 ―オンラインで脅しを受けたことがありますか。

 「はい」

 ―偏向していると言われたことは?

 「あります」

 ―愚かだと言われたことは?

 「あります。何度もです。愚かな人たちにそういわれました」

 ―敬意が足りないと言われたことは?

 「あります」

 ―汚職疑惑を向けられたことは?

 「あります」

 ―記事に関連して、「醜い」と言われたことは?

 「あります」

 ―「フェイクニュース」と言われたことは?

 「あります。何度も。批判的な記事はフェイクニュースと言われますよね?」

 ―「帝国主義のスパイ」と言われたことは?

 「あります」

 ー「共産主義の工作員」と言われたことは?

 「あります」

 ―「CIAの手先」と言われたことは?

 「あります」

 ―ジャーナリストとして、セクハラをされたことがありますか?

 「あります」

 ー家族が脅されたことは?

 「あります。特に娘が死んだときです。多くの人が馬鹿にして笑っていました」

 -レイプするぞと脅しを受けたことは?

 「あります」(女性)

 「あります」(別の女性)

 「自分はないが、家族はあります」(男性)

 ー暴力を使うぞと脅されたことは?

 「あります」

 ー殺すぞと脅されたことは?

 「あります」

 ーどうやって殺すかを説明されたことは?

 「あります」

 ―どのような暴力を使うと言われたのですか?

 「頭を撃ち抜くぞと言われました。生き埋めにするぞ、とも」

 ーあなたに報道を止めてもらいたいとき、どうしたらいいのでしょう。何かありますか。

 「ありません」(男性)

 「ありません」(女性)

 「ありません」(別の女性)

 「殺害ですかね」(男性)

 「私を殺すしかないでしょう」(別の男性)

  (動画終わり)

 レッサ氏は、この賞はジャーナリストと同様の脅しを受けながらも仕事を続けるフィリピン人にも与えられた、という。

 「ここで、特に呼びかけたい人たちがいる。政府機関の中で働く男性たちや女性たち。あなたたちの選択や妥協によって、フィリピンがどちらの方向に行くかが決まってくる」

 「これは、全てのフィリピン人に与えられた賞だ。法の支配のため、そして『報道の自由を守る』ために立ち上がり、私たちが信じる価値観のために戦い続ける人に与えられた」

 「私の名前はマリア・レッサ。私たちはラップラーだ。これからも変わらずにやっていきたい」。

フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)
フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)

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 フィリピンのメディア状況については以下を

【第四話】ロペス財団VSマルコスから見る、フィリピン麻薬撲滅戦争の今後の行方

(フリージャーナリスト、ドン山本氏による)

 ラップラーの位置付けについては、以下の記事の中にある石山永一郎氏の見方をご参考にされたい。

ドゥテルテ政権によるメディア選別と社会の分断が最大の課題/報道の自由とラップラー問題

(近畿大学国際学部教授、ジャーナリスト柴田直治氏による)


by polimediauk | 2018-07-14 01:24

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 (BBCニュースのサイトより)

 BBCが、6月29日、男女の報酬格差に抗議して辞任した元中国編集長の女性キャリー・グレイシー氏に対し、不当に低い報酬の支払いを行っていたことを謝罪した。数年にわたる不足分を支払うという。グレイシー氏は全額を慈善団体「フォーセット・ソサエティ」に寄付する。

 グレイシー氏は今年1月、抗議の辞任をした。その後はロンドンで勤務しながらBBC経営陣との交渉を続けてきたが、今回、両者は和解に至ったことを発表した。

 グレイシー氏は同日、BBCの建物の前で、報酬格差問題を「解決できたことを喜んでいる」と述べた。「私にとって、非常に重要な日。BBCを愛している。過去30年以上、BBCは私の仕事上の家族だった。だからこそ、最高のBBCであってほしい。時として、家族は互いに大声を出し合うこともある。それが収まったら、いつもほっとする」。

 不足分の報酬を全額寄付するのは、交渉がお金のためではなく(男女平等であるべきという)「原則のためだったから」。寄付金は女性ジャーナリストを支援するために使われる予定。

 グレイシー氏は今後半年間の無給休暇を取り、中国や性の平等について本を書いたり、講演に従事したりする。

男性との格差に呆然

 グレイシー氏が抗議の辞任をしたのは、BBCにいる4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいたためだった。

 同氏が中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。

 ところが、昨年7月、BBCが15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表した時、自分と同じく女性の欧州編集長の名前は入っていなかったのに、男性2人の国際版編集長の名前は入っていた。当時の自分の報酬(年間13万5000ポンド)よりもはるかに大きな額だった。

 上司と交渉を開始したグレイシー氏に対し、BBCは4万5000ポンドの増額を提示したが、それでも男性陣との報酬に大きな差があったため、グレイシー氏はこれを拒否した。

 今年1月上旬、グレイシー氏は男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任したと自身のブログで発表した。

 同月26日、北米編集長ジョン・ソーペル氏も含め、6人の男性高額報酬者が減額に合意した。

 31日、下院の委員会が男女の報酬格差問題についての公聴会を開いた。

 証言者となったグレイシー氏は、ここで過去の屈辱的な体験を披露する。自分の報酬が同等の仕事をする男性と比較してはるかに低い理由について、上司はグレイシー氏に対し「あなたは開発途中だから」と言ったという。30年以上BBCに勤務し、中国にかかわる報道を統轄するグレイシー氏を「開発途中」というのは、侮辱にほかならなかった。

 性による格差に抗議して職を辞任したグレイシー氏。しかし、格差に不満を持つのは彼女ばかりではない。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者の一人だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに大きな衝撃を受けた。

 現在は「トゥデー」を辞め、午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働きながら、交渉を行っている。

 グレイシー氏からの寄付額は、性別による賃金格差に悩む女性を対象に支援を提供するプログラムに使われ、年内にも稼働予定だ。

 BBCのメディア編集長は「BBCとしては、これで報酬格差問題はいったん終わったと線を引きたいだろう」が、今後、同様に男性と同等の報酬を求める女性が続くことが予想され、これをどうするかが課題となりそうだという(BBCニュース、6月29日付)。

 ちなみに、英国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は昨年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)。BBCは、内部調査でその差は9~10%としている。

 経済協力開発機構(OECD)の調べでは、男女の賃金格差が最も大きな国は韓国(約37%、2015年時点)で、これに日本(約26%)が続く。


by polimediauk | 2018-07-12 20:45 | 放送業界

(BBCのウェブサイトより)

 BBCテレビが、6月28日、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織氏に焦点を当てたドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」を放送した(チャンネル「BBC2」、午後9時から1時間)。

 その内容については、BBCニュースの日本語版が詳しく伝えている。英国内での反応や、日本では今のところ放送予定がないことが後半に記されている。

 ドキュメンタリーは、制作会社が数か月にわたって取材したものだ。番組は男性ジャーナリストからの性的暴力を告発した「伊藤氏本人のほか、支援と批判の双方の意見を取り上げながら、日本の司法や警察、政府の対応などの問題に深く切り込んだ」(BBCニュース日本語版より)。

 番組では「複数の専門家が、日本の男性優位社会では、被害者がなかなか声を上げにくい状況」であると指摘。伊藤氏は強姦の被害届を出し、「顔と名前を出して記者会見をした数少ない女性」だ。

 事件の経緯についてはすでに日本で広く報道されてきたため、ここでは詳細を繰り返さないが、基本だけ押さえておくと、事件が発生したのは2015年4月。伊藤氏に対する「準強姦罪」の被疑者となったのは当時TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏。同氏に対し、一旦は逮捕状が出されたものの、直前に逮捕は取り消された。この年の8月、検察に書類送検され、2016年7月、不起訴が確定。

 2017年5月、伊藤氏は司法記者クラブで記者会見を開き、不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てをしたと述べた。4か月後、審査会は山口氏を不起訴相当とした。刑事責任を問うことができなくなったため、伊藤氏は今度は民事訴訟で戦っている。

 番組は伊藤氏の体験ばかりではなく、性犯罪に対する日本社会の状況を学者、専門家が語り、伊藤氏が性犯罪の被害者を支援するセンターを訪ねたり、学生と対話をしたりする場面もあって、「日本の性犯罪を巡る状況を考える」内容になっていた。山口氏の主張、山口氏を支持する人々のコメントも入り、バランスの取れた作りになっていたように思う。

英国での反応は?

 英メディアの反応はどうなっているのか。

 先のBBCニュース日本語版でも終わりの方にいくつか紹介されていたが、ネットで拾ってみると、サン紙イブニング・スタンダード紙タイムズ紙ガーディアン紙テレグラフ紙、週刊「ラジオ・タイムズ」などに番組評が出ていた(閲読は、一部有料)。

 レベッカ・ニコルソン氏による、ガーディアン紙の番組評の出だしと最後を紹介してみよう。

 「強姦についての日本のタブーを破る」が見出しとなっている。

 冒頭は:

「日本の秘められた恥」は視聴が非常に困難な映画だ。痛ましく、悔しく、悲惨だ。同時に、とても重要な映画だ。勇敢で、必要な映画。制作者・監督のエリカ・ジェンキンが丁寧にそして静かな怒りを抱いて作っている。女性に対する暴力、その構造的な不平等性や差別という大きな物語を、より小さな、より個人的な物語を通して語っている」。

 最後は:

 「日本の秘められた恥」を見た視聴者は多くの怒りにかられる。私は冒頭から胃が締め付けられる思いがした。しかし、この恐ろしい物語の中に一筋の希望もある。(番組の中に出てくる)高齢の女性たちが自分たちの物語を語るようにさせた著名人として伊藤氏を見ていることだ。最後の場面では、強姦をされたが、伊藤氏に会うまでは一度もこの体験を話したことがなかった女性が出てくる。「一滴の水は何もできないけれど、たくさん集まれば、津波を起こせる」。

男性評者が「MeToo」

 デイリー・テレグラフの評者は星5つが最大の評価の中で、星4つを与えている。

 番組を通して、男性評者のジャスパー・リーズ氏は以下を学んでいく。

 ー性的犯罪の被害者を助けるセンターが日本には非常に少ない

 ー警察官の「ほんの8%が女性」

 ー強姦についての日本の法律では被害者が抵抗したことを示さなければいけない

 ―女性がアルコール飲料を飲めば、さらに悪いと見なされる

 ー女性が性衝動を持つことは女らしくないとされるので、日本のポルノは(男性からの性的アプローチに対し)最初はノーと言うが、後で征服される女性のイメージで一杯だ

 -女性が男性の性暴力について声を上げれば、「私的な恥を公的空間に出した」と解釈される。


 そこでリーズ氏は、「犠牲者を責める不快な風潮の中で声を上げるのは、さぞ勇気が必要だったろう」と感想を漏らす。


 伊藤氏が人形を使って暴行の様子を再現しなければならなかったのは「セカンド・レイプ」と呼ぶ人もいることを紹介する。「一方、時事番組に出演した山口氏と他の男性出演者たちはアルコールを飲む女性への嫌悪感を露わにし、不起訴処分が決定するとシャンパングラスを上げて祝った」。

 リーズ氏も、番組の冒頭で高齢の女性たちが伊藤さんについて「大ファンなのよ」と述べる場面に最後に触れている。

 同氏の最後の言葉は:「MeToo」(私も)。

何故被害者にバッシングが起きるのだろう

 BBCの番組の中では、オンライン上で様々な脅し、嫌がらせ的言論が伊藤氏に対して発せられたことが紹介されている。

 女性に対するオンライン上の嫌がらせは、日本ばかりではない。英国でも女性の学者、ジャーナリスト、議員など表に出る人へのヘイトメールや脅しの攻撃はすさまじいものがある。

 伊藤氏の例に限ると、何故嫌がらせやバッシングが起きるのかと、筆者は不思議な思いがする。

 例えば「女性が低く見られている」という面があるのかもしれない。被害者の女性の方を攻撃の対象にしてしまう、と。

 あるいは、筆者が思うには、「MeToo」という感情を共有できないからではないだろうか。「MeToo」、つまり、「ああ、やっぱりそうだよな、分かるよ」という気持ちである。この気持ちをどうか、思い出していただきたい。

 日本の女性の多くが学生時代に満員電車の中で痴漢行為にあったことがあるはずだ。男性も被害者になったことがあるかもしれないが、圧倒的に女性が多い。

 あるいは、組織に勤めていて女性であるがゆえに軽んじられたり、体を触られたり、冗談の的にされたりしたことがあるのではないか。

 こうしたもろもろの体験を心身が記憶しているはずだ。

 そうすると、番組の中で、伊藤氏が暴行を受けたホテルの前に立っているうちに表情が険しくなって、短時間で去ってしまう場面になると、その「身体のガクガク感」が実感としてよくわかるだろう。女学生が高校生の時にあった痴漢行為について話す場面にも、同感してしまうのだ。

 筆者にも、いろいろな過去の記憶が甦ってきた。

 古い記憶をたぐると、「仕事を紹介できる人を知っている」と言った男性に会うために、20代後半の時にホテルのバーに行ってお酒を飲んだことを思い出す。有頂天で、信じ切って出かけて行ったものだ。

 しかし、その「仕事を紹介できる人」は、2時間経っても現れなかった。男性は、「上に行って、ゆっくりしない?部屋を取ってあるから…」と言った(私は部屋に行かなかった)。そこで「帰ります」と言ってバーを出た私だったが、長い間、本当にやってくるはずの人が都合が悪くなって来れなかったのだろうと信じていた。

 もし当時がソーシャルメディアの時代だったら、恐らく最初から誘うことを目的にしていたこの男性ではなく、出かけて行った私がバッシングされていたのだろうか?「男性」と「2人きり」で、「夜」、「ホテルのバーで飲んでいた」から?

 しかし、バッシングされるのはいつもスカートをはいていた女性の方・・であって良いはずがない。

 「セクハラ・性的暴行は日常茶飯事」、「不快な行為をさばいていくのが女性の処世術」と思う方がいたら、かつての悔しい気持ち、不快な気持ちに思いを巡らせてみてほしい。あなたにも、「MeToo」体験があったのではないか。

 あるイベントで女性が言った言葉が忘れられない。「男性は自分のキャリアについて決定権がある女性には、決してセクハラをしない」。

 セクハラはパワハラ。セクハラをされたことがなくても、パワハラをされた経験がない人はいない。

 少なくとも米英では、女性がお酒を飲んでいようが、セクシーな洋服を着ていようが、同意なしに男性が手を出したら、「アウト」。英国の国防相は、十数年前に女性ジャーナリストの「膝に手を置いた」ことが発覚して、昨年秋辞職した。メイ英首相の右腕と言われた副首相も、同様の状況で辞任した。ここまで厳しくなっているのである。

 MeTooの意識が広がる英国で、BBCの「日本の秘められた恥」は強いアピール力を持つドキュメンタリーとなった。

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 伊藤氏による、性的暴行疑惑についての日本の状況


by polimediauk | 2018-07-10 18:13 | 日本関連


(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」6月19日号に掲載された、筆者の「英国発メディア動向」に、若干補足しました。)

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 6月6日、英新聞界は大騒ぎとなった。世論形成に大きな影響力を持つ大衆紙デイリー・メールのポール・デーカー編集長が11月に退任すると報道されたからだ。

 デーカー氏が26年にわたり采配を振るってきたメール紙は感情に強く訴えかけるキャンペーン運動、反移民報道、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)支持で知られる。

 メール紙を筆頭とした保守系メディアによる離脱支持がなかったら、ブレグジットは実現していなかったかもしれない。インターネットが登場する前、新聞が世論を独占的に牛耳った時代を体現したかのような デーカー氏の退任で、「一時代が終わった」とする声が強い。

 デーカー氏を「フリート街(英新聞界の別称)で最も偉大な編集長」と評する人もいるが、左派リベラル系勢力には嫌われてきた。ブレア労働党政権(1997-2007年)で官邸戦略局長だったアラステア・キャンベル氏はデーカー氏を「真実を捻じ曲げる、偽善者」と呼ぶ。

 保守的な政策を支持する人にとっては、かゆいところに手が届くような、痛快感を与える記事が満載だが、リベラル系知識人やライバル紙からは「同性愛者や女性蔑視、反外国人感情があって読むに堪えない」と言われる。

 今年1月、鉄道運営会社ヴァージン・トレインズがデイリー・メールの車内販売を中止すると発表した。その理由は、「過激な表現や差別的な記事が多いから」であった。しかし、言論の自由への抑圧と受け取られることを懸念して、結局はこれを撤回することになった。

難民報道で批判の的

 1948年生まれのデーカー氏はイングランド地方北部のリーズ大学を卒業後、父と同じ道を歩みデイリー・エキスプレス紙の記者となる。80年にライバルのデイリー・メールに転職した。

 さらに同じアソシエ―テッド・ニューズペーパーズ(AP)社が発行する夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長職(91~92年)を経てメールの編集長となった。年収は250万ポンド(約3億6800万円)で、英新聞界で最高額と言われる。

 デイリー・メールは日刊大衆紙市場でサン紙とトップの座を争う。現在はサン紙に次ぐ約130万部を発行。電子版「メール・オンライン」は1日のユニーク・ブラウザーが1300万人に達し、大きな影響力を持つ。

 しかし、反移民感情を刺激するような報道はしばしば批判の的になった。欧州が難民危機に見舞われていたさなかの2015年、時のキャメロン首相が使った言葉を拾い上げ、「通りが(移民の)群れで一杯になる」という見出しを大きく掲載した。同年12月に発表された国連報告書はメール紙が難民に対し「敵意」を表現したと書いた。

 EU加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)の直前には、「英国を信じるなら」離脱に投票するようにと国民の愛国心に訴えた。高等法院が同年11月、正式な離脱の手続きを始めるには議会の承認が必要との判断を下すと、デイリー・メールは裁判官らの顔を1面に並べ、「国民の敵」という強い口調の見出しをつけた。議員らは残留支持者が大半のため、離脱について議論をすれば、離脱交渉の開始が遅れるばかりか、ことによったら「つぶされる」可能性もある、だから裁判官らは離脱を選んだ国民の敵だ、というわけである。

 キャンペーン運動にも熱心で、1986年に黒人男性スティーブン・ローレンスが白人青年らに殺害された1993年の事件を巡っては、なかなか有罪判決にまで至らないことに業を煮やしたデーカー氏が97年、容疑者となった青年たちの顔写真を1面に載せて「殺人者たち」と一言入れた。

 新聞が裁判官の役目を果たすかのような行為は行き過ぎではあったが、被害者の母は「これで国民が事件に本当に耳を傾けるようになった」と述べている。白人青年2人が殺人罪で有罪となったのは2012年。事件発生から19年後だった。

自主規制を主張

 デーカー氏は環境問題にも強い関心を寄せ、無料の使い捨て買い物袋の配布禁止を求める運動を08年に開始した。15年、イングランド地方で買い物袋は有料となり、運動は成果をもたらした。

 報道の自由を重要視し、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(11年廃刊)による著名人に対する電話盗聴事件をきっかけに規制監督組織の設置が叫ばれると、あくまでも新聞業界による自主規制を強く主張した。これは14年の「独立新聞基準組織」(通称「IPSO」)の発足につながっていく。

 デーカー氏はAP社の会長兼編集長に就任予定だ。メールの次期編集長は姉妹紙である日曜紙メール・オン・サンデーの編集長ジョーディー・グレーグ氏。同氏は国民投票で残留派を支持し、日曜紙ではその方針を維持してきた。今後、メール紙がどちらの陣営に付くかが注目されている。

 メール紙の論調に同意するかどうかにかかわらず、政治家にとってその影響力の大きさは見逃せない。この点は、今後も変わらないだろう。


by polimediauk | 2018-07-09 21:06 | 新聞業界

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」5月号の筆者記事に補足しました。)

 英映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が、3月末から日本で上映された。第2次世界大戦時の英国の宰相チャーチルが主人公の映画で、第90回米アカデミー賞でチャーチルを演じたゲイリー・オールドマンが主演男優賞を、日本人の辻一弘さんが日本人としては初のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。

 米国では昨年11月、英国では今年1月に封切られ、評価は上々となったが、改めて、チャーチルの本国英国ではどう受け止められたのか、また政治家チャーチルは今どのような位置にあるのかについて考察してみたい。

映画に登場するまでのチャーチル

 チャーチルがどんな人物だったのかは多くの方には周知と思われるが、映画の立ち位置を説明するために、簡単にその人生を振り返ってみる。

 チャーチルは1874年、マールバラ公爵の邸宅ブレナム宮殿で生まれた。父ランドルフは第7代マールバラ公の三男で、財務相まで務めた保守党の政治家である。母ジェニーは米国の富豪の娘だった。

 チャーチルは両親を慕い、父のように高名な政治家になりたいと願った。しかし学校の成績が良くなかったため、大学ではなくサンドハースト王立陸軍学校への進学を父に勧められた。卒業後、スペインの独立戦争や英領インドでパシュトゥーン人の反乱鎮圧に自ら参加し、その体験を新聞に寄稿したり本にまとめたりして軍人兼ジャーナリスト、作家となった。

 1900年には政界に身を転じ、保守党議員として初当選するが、党の政策を公に批判したことでいづらくなり、04年に自由党に鞍替えした。この時から「裏切り者」、「日和見主義者」というレッテルを保守党内でつけられてしまう。第1次世界大戦では、自分が主導した「ガリポリ作戦」(1915~16年)が失敗に終わり、海軍相を罷免された。

 1930年代に入り、チャーチルはドイツ・ヒトラー政権の脅威を演説で警告するようになったが、政界では「好戦的」、「大げさな表現で脅しをかける時代錯誤な人物」と見られていた。

 1940年5月、ナチスに対する融和策が失敗し、チェンバレン首相は退陣を強いられる。さて、次の首相は誰になるのか?

 ここから、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が始まる。ハリファックス外相が最有力候補と思われていたが、実際に首相の座に就いたのはチャーチルだった。昔自由党に鞍替えしたことを忘れていない保守党下院議員らは、チャーチルが首相として初めて登院した5月13日、一切の声援を送らなかったという。チェンバレンを元に戻したがっている議員も相当数いた。

 5月末までに、英国は「戦うことをあきらめてヒトラーと交渉を開始するのか、戦い続けるのか」の選択を迫られた。大陸の欧州諸国は次々とドイツ軍に攻撃され、英国は孤立した。米国は参戦しておらず、軍事的支援が他の国から提供される見込みはほとんどなかった。決断をする前後の様子が映画の中で詳細に再現される。

 最終的には「戦い抜く」ことをチャーチルが宣言し、政治家も国民も一丸となって戦争を続けていくわけだが、決断までのドラマが感情を高揚させる作りになっている。

英国での評判は

 多くの英国人にとって、チャーチルは第2次大戦の勝利を導いた英雄である。国民的なアイドルと言ってもよいだろう。戦争の勝利を今でも英国人のほとんどが誇りに思っている。したがって、英国人にとってこの映画は自分たちの英雄を大画面で見て、戦時中のつらい体験(人的犠牲、困窮、物資の不足)を思い出したり、最終的には勝利したことを改めて喜んだりする場を提供する。英国に住む人にとっては特別の意味合いがあり、戦時中に連合国軍側にいた国の人は同様の思いを持つだろう。

 左派系高級紙インディペンデントに掲載されたコラム(1月16日付)によると、ある映画館では上映終了後に観客らが立ち上がり、画面に向かって拍手をしたという。その理由について、書き手は昔を懐かしむ感情や、「今は欠けている、政治的指導力」への感動があったからではないかという。

 リベラル系高級紙ガーディアンはこの映画は「米アカデミー賞の作品賞を取るべきだ」という見出しの記事(2月21日)を掲載した。事実ではない場面が出てきたり、最後は「憶することない愛国主義」になったりしているけれども、「勇気」を描いていることを指摘する。「周囲に逆らってでも進む勇気、自分の信念を通す勇気、考えを変える勇気、世界を変える勇気」が描写されている、と称賛している。

 過去の出来事を題材にした映画では、事実とは異なる場面が出てくることがあるが、これをどう評価するか。

 左派系雑誌「ニュー・ステーツマン」(1月19日号)で、サウザンプトン大学の現代史の教授エイドリアン・スミス氏は、映画の中で省かれた事実があること、また事実ではない描写があることを指摘している。

 例えばチャーチルは映画ではヒトラーとの交渉を全く眼中に置いていないように描かれるが、実際には可能性の1つとして考えており、ハリファックス外相は首相の座を望んでいたように描写されているが、実はそうではなかった、またチャーチルが地下鉄に繰り出す場面は全くのフィクションであるという。

 こうした指摘について、「ドラマとしてつじつまが合っていれば、細かい点は気にする必要がない」と一蹴する人もいるだろう。筆者もかつてはその1人だった。

 しかし、数年前に元ロンドン市長ボリス・ジョンソンが書いたチャーチルの伝記本「チャーチル・ファクター」(プレジデント社)の邦訳を手伝ったことがあり、以前よりは少しチャーチルのことを知るようになると、「チャーチルだったら、こんなことはしないだろう」と思うことを映画の中でチャーチルがやっているのを見ると、少々割り切れない感情を持った。

 この映画を見て観客がフィクションを事実と解釈する危険性を懸念したのだが、見終わって時が経つと、大筋をとらえることができればそれはそれでよいのではと思うようになった。トピックに興味を持って調べれば、自分で気づくだろうと思ったからだ。

 現在の英政界において、チャーチルは英雄であり、国の大事の際に勇気を持って決断をした政治家として尊敬されている。ウェストミンスター議会の向かい側のパーラメント広場にはチャーチル像があり、建物の中の議場への入り口にもチャーチル像がある。チャーチル伝を書いたジョンソンは現在外務大臣で、ゆくゆくは首相にという望みを未だ持っているようだ。

 最後に、戦争を扱う映画を見る際に、筆者がいつも疑問に思うことを付け加えておきたい。戦争では勝つ国と負ける国が出るが、勝った国の視点で描かれた映画は負けた国からするとどう見えるのだろうか。あるいはその逆はどうか。

 例えば、今回の映画である。日本はドイツと同じ枢軸国側で戦っており、チャーチルの連合国軍側からすると敵だった。筆者は、日本にいる時よりも英国に来てから、第2次大戦の歴史やその背景についてドラマやドキュメンタリー、書籍などを通じて学習することが多くなった。英国に住む様々な人との会話を通して、戦時中の日本に対する見方を聞く機会も得た。今となっては、この映画を純粋なドラマとして見ることは難しい。

 他の例では、米英合作の映画「戦場にかける橋」(1957年)がある。

 ウィキペディアには、こんな説明がついている。「第二次世界大戦の只中である1943年のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所を舞台に、日本軍の捕虜となったイギリス軍兵士らと、彼らを強制的に泰緬鉄道建設に動員しようとする日本人大佐との対立と交流を通じ極限状態における人間の尊厳と名誉、戦争の惨さを表現した戦争映画」。どのような立場の人にも訴えかける、崇高なテーマを持った作品という定義である。

 英国では時々テレビで放送されるが、筆者は英国に来てから、英国の中高年者にとっては、第2次大戦中、「いかに日本の軍隊が残酷に外国人捕虜を扱ったか」を見せる映画の1つとして認識されていることを知った。そのような視点で見られていることは、筆者にとっては衝撃だった。

 過去にこだわりすぎるべきではないし、どんなドラマにも感動する部分があるが、日本人として英国で生活し、第2次大戦に関わるドラマを見るとき、複雑な思いがするのは確かである。

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*拙著「英国公文書館の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)にはチャーチルとスターリン・ソ連書記長が交わした極秘メモの話や、原爆開発秘話などを入れております。よろしかったら、店頭などでご覧ください。


by polimediauk | 2018-07-06 19:37 | 政治とメディア