小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 9月3日、夏季休暇中の英議会が再開する。英国の最大野党・労働党は早ければこの日、ジョンソン新政権に対し、内閣不信任決議案を提出すると言われている。

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)を巡り、ジョンソン政権は「合意なき離脱」も止むなしとしているが、そうなれば経済に大きな負の影響を及ぼすことが指摘されており、これを阻止するのが目的だ。可決されれば、ジョンソン内閣は総辞職に追い込まれる。

 現政権は、閣外協力を提供する北アイルランドの地方政党「民主統一党(DUP)」の10議席を入れても、わずか1議席で過半数を維持する不安定な状況にいる。

 今後、議会では強硬離脱を志向するジョンソン政権と、そうはさせまいとする野党勢力に一部の与党・保守党議員が入る反ジョンソン勢力との間の綱引きが続きそうだ。

 いざとなったら政権交代ができるよう二大政党制を取ってきた英国で、労働党は「公式野党」(「女王陛下の野党」)の位置づけになる。しかし、ここ数年は様々な批判の的になり、ブレグジット問題では保守党同様に内部分裂状態となっている。

 4月に出版された、「候補者ジェレミー・コービン『反貧困』から首相への道」(岩波書店、アレックス・ナンズ著、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)の翻訳者の一人で、労働党ウォッチャーでもある藤澤みどりさんに、労働党の状況と今後の動きについてじっくりと聞いてみた。

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下から求められて出てきた、コービン党首

ーなぜこの本を翻訳しようと思ったのでしょうか。

 コービンが党首に選ばれたあと、コービン関連本が何冊も出版され、ほかにも数冊読みましたが、ドキュメンタリーとしてこれが一番面白かったのです。コービンの生い立ちなど過去のことではなく、今動いている「運動」という観点から書かれた点が一番面白かったです。

 コービン選出の過程では、いろいろなことが下から発生しました。彼は、下から求められて出てきたのです。

ー「下から上へ」という動きは労働党に特徴的なことでしょうか。

 そうではありません。ニューレイバー時代から徹底した「トップダウン」でした。(前の党首の)エド・ミリバンドの時に幾らかでもボトムアップな感じになったのですが。

ーなぜコービンが下からの支持で党首になるほどの人気が出たのでしょうか。

 30年以上、いろいろな運動にかかわってきた人だったから、というのもあると思います。反戦、反核運動、労働運動のイベントでは、常連のスピーカーの一人でした。個人的には特に印象はなかったのですが。(労働党左派の故)トニー・ベンのスピーチを聞きに行くと、コービンもいる、と。彼を知っている人が左派にはすごく多かったのです。

緊縮財政が起爆剤に

ー2010年から15年の保守党・自由民主党連立政権や保守党単独政権(2015年から現在)への反動というのも、あったのでしょうか。

 この政権が緊縮財政を行った点が大きかったと思います。

 最初は、大学の学費問題でした。2010年の初冬から12月にかけて、学生たちが抗議運動を行ったのです。争点は、学費の値上げや教育補助削減に対する抗議です。高校生ぐらいの年齢の子がもらっていた小額の補助が取り上げられてしまいました。大学の学費は3倍になりました。その時に中高生や大学生の抗議運動が全国規模で起きたのです。授業をティーチインなどに替えた学校もあったし、大学占拠も各地で発生しました。

 つまり、背景には若い人たちの政治化がありました。抗議デモには、一時、5万人が集まりました。大学生とそれよりもう少し若い世代の人たちが抗議デモを起こし、「連立政権はダメ」、ということになりました。

ー2010年の総選挙では、どの政党も過半数の議席を維持することができず、「宙ぶらりんの議会」(ハング・パーラメント)になりましたよね。そこで、保守党は当時第3党の自由民主党と一緒に連立政権を組むことになりました。自民党は、選挙戦では大学の学費値上げ反対を公約に入れていましたが、政権に入ってからは値上げを撤回させることができませんでした。これで自民党が大きく支持を失ったことを記憶しています。

なぜ、「コービン降ろし」が始まったのか

ー2015年9月、コービンは党員からの圧倒的な支持を得て、労働党の党首に就任しました。でも、その後、なぜかコービンを党首の座から引きずり降ろそうとする「コービン降ろし」現象が始まりました。メディアも、一斉にコービンを批判していたことを思い出します。なぜ労働党議員は反コービンになったのでしょう。なぜ彼は、メディアに嫌われるのでしょうか?

 労働党議員については、今まで通りのことができなくなってしまうというのが、一番大きいと思います。2番目には、コービンでは選挙に負ける、中道でなければ選挙に勝てないという中道信仰のようなものがあります。

 いわゆる中央メディアが嫌っている理由は、コービン政権ができたら、今まで通りのやり方(全国紙がアジェンダを作り、電波媒体がそれに肉付けしていく、ロンドン中心のニュースの作り方)を変えなければならなくなるからでしょう。現状を維持したい、予定調和を崩されたくない、「ガラガラポンされたくない」という要素が大きいと思います。コービンはメディアを民主化すると主張してますから。

 いずれにせよ、これまでのやり方から利益を得て来た既得権益層には、何が何でも止めなければならない存在なんだと思います。

 ブレア派(元労働党党首・首相のトニー・ブレア氏が主導した「ニューレイバー」路線を支持している派閥)の議員らは、当初、なんとかして党首を交代させようとしましたが、それが無理だとわかると、いまは労働党をいかに選挙に勝たせないかで動いているように見えます。

ー労働党は今、バラバラになっていますよね。コービンは基幹産業の国有化を提唱するなど、ニューレイバー派によって片隅に追いやられた伝統主義者と言ってもよいでしょう。党内の中道派、ニューレイバー派が反発する気持ちは分からないでもありません。結局、今年2月にはブレア派の中堅議員ら数人が離党してしまいましたね。労働党議員の中では、次の総選挙でコービンを勝たせたくないという思いさえ、感じます。

 勝たせたくない、と確かに思っているでしょう。コービン党首の状態で労働党が総選挙で最大議席を取ってしまうと、例え過半数が取れなくても、コービンが首相となって政権を発足させることになりますから。

もし政権が取れたら、何が起きる?

ーコービンや党の指導部は、政権が取れた場合の心の準備はしているのでしょうか?

 政権が取れたら何をするか、最初の100日の計画を立てているようです。もし少数与党になったら、目標通りには政策を実行できないかもしれませんが、最初の100日間で目に見える違いを出すことを目指しています。

 一旦、政策が実行され出したら、もう止められなくなります。仮に、もう高齢だから、という理由で党首交代になったとしても、彼の政策を引き継ぐ人が出てきます。そうなったら、ブレア派議員たちが入る余地がなくなります。

 そんな状況を阻止するために、とにかくコービン氏を首相にしないようにというのが、今1番の目標でしょう。

ー何を達成したいのでしょう?

 中道に戻したい、ということでしょう。新自由主義と社会保障を両立させるプロジェクトを継続させたいのでしょう。実際のところ、もう無理になっていますが。

「反ユダヤ主義」の波紋

ー労働党の指導陣は今、「党内の反ユダヤ主義に十分に対応しなかった」ということで、大きな批判の的になっていますが、どう思われますか。

 労働党内の反ユダヤ主義問題は、メディアが騒然となるほどには量的にも質的にも深刻ではないので、コービンを叩くネタに使っているように見えます。基本的に、反ユダヤ主義は右派勢力に圧倒的に強く、保守党の方がはるかに汚染されているし、悪質な脅迫などの犯罪を起こしているのは極右です。

 反ユダヤ主義は動機に違いがあり、右派はおおむね人種差別から生じており、左は、資本主義への批判が根っ子にある「世界の資本を握っているのはユダヤ人」といったような陰謀論から出てきている、と言われています。

ーイスラエルに対する批判も、左派系勢力の反ユダヤ主義の背景にある、と言われていますが。

 それとは別に、隠謀論から入る反ユダヤ主義もあるという意味です。同様の現象がオルタナ右翼にも見られます。ただ、(労働党の関係者で)攻撃対象にされているのは、イスラエルの占領政策に対して批判的な人々です。ただし、イスラエルの現政権に対する批判は、公式には反ユダヤ主義とは定義できないので、ちょっとした言葉遣いなどを槍玉に挙げて告発する、という方法が取られています。ある文脈の中から一言を抜き出して非難したり、本人の意図とは曲げて解釈したりし、メディアがそれに加勢しています。

BBCは不偏不党か

ーBBCを見ていると、労働党は「反ユダヤ主義」で、悪いのはコービンだ、と報道されがちですが。

 労働党は、コービンが党首になってから、これまでよりかなり踏み込んで、反ユダヤ主義を党から一掃する取り組みを強化しています。数値にも表れていますが、全く評価されません。例えば、ブレア派の有力議員が、ソーシャルメディアから反ユダヤ主義の証拠を200も集めて党に提出したのに、全く対処されないとメディアで主張しています。200件のうち、党員が関係していたのは十数件で、適切に対処されていますが、いまだにメディアでは200件という数字が使われています。コービンは政権を取ったらメディア改革を実行すると言っているので、もしこれが実現したら、後で「あの報道は何だったのだろう」と思うかもしれません。労働党の政策はどれもポピュラーなので、反ユダヤ主義」(とブレグジット方針、後述)以外に叩くネタがないのだろうと思います。

ーしかし、BBCは不偏不党ではないのでしょうか。

 全然、不偏不党とは思っていません。以前はある程度の中立性があると思っていましたが、コービンが党首になってからの変化で、考えが変わりました。

 例えば、ブレグジットの報道もそうです。

 コービン労働党は、超ソフトなブレグジット(注:関税同盟を維持し、単一市場へのアクセスを新たに確立する)です。バランスが取れており、英国にダメージが少ない案です。

 国民投票で離脱に決まってしまったので、民主主義のルールを維持し守るためには離脱しないという選択肢はないと私は考えており、労働党執行部は、限りなく残留に近い、一番ダメージが少ない離脱をしようと言っているわけで、全然おかしくないはずです。

 それにもかかわらず、BBCも含めて、メディアは「コービンは立場をはっきりさせない(離脱か残留かのどちらかを選ばない)」と報道します。でも、はっきりさせようがないんじゃないでしょうか。ブレグジットを決めた国民投票(2016年)は、48%が残留を、52%が離脱を選択したのですから。

ー影のブレグジット大臣のキア・スタマー議員は、党の指導陣の足を引っ張っているように見えます。再度、国民投票をやる意思を見せているからです。

 そうですね。

ーでも、再度の国民投票は、国民から大きな反感を買うことは間違いありません。3年前の国民投票ですでに結果が出ているわけですから。まさに民主主義を裏切ることになりますから。

 アリステア・キャンベル(ブレア政権時代の官邸報道局長)などは、明らかにコービン降ろしのためにやっていると思います。こういう人たちにとって、再度の国民投票の呼びかけは(労働党議員や支持者を分裂させるための)1つの道具なんでしょう。

 一旦国民投票をやって決まったことを、その結果が実施もされないうちに、もう一度国民投票をやってひっくり返すなんて、誰から見てもおかしいのに、おかしくないと言い張っています。

ー労働党や労働党指導陣がどちらに行きたいのかが、分かりにくい感じがします。コービンは緩やかな離脱案を出していますが、一部の労働党議員らは再度の国民投票を呼び掛けていますが。

 コービンは基本的に総選挙を望んでいます。

コービンは「危険な共産主義者」?

ーコービンが首相になる可能性もあります。コービンがどんな人物なのかを私たちは知っておいたほうがいいと思っています。メディア報道を見ると、コービンは危険な共産主義者として描かれていますが。

 全くそうではないと思います。そもそも、2017年の総選挙に向けたマニフェストを見ると、その政策は以前の英国なら中道よりちょっと左ぐらいだと思います。(社会系政党が強い)スカンジナビア諸国であれば、普通でしょう。「左」ともいえない。(第2次世界大戦後、福祉国家政策を推進した、労働党の)アトリー政権に比較すれば、ぬるいものだと思います。

 英国の政治がかなり右に寄っているのでそう見えるのではないでしょうか。

ーコービンは頑固な人と言えるでしょうか。首相になっても、「核兵器のボタンを押さない」と言ってしまっています。核兵器を持つ国の政治のトップとして、これでは批判されるのも無理ないのでは?

 筋金入りの反核主義者であり、嘘が言えないので。その点で頑固ですね。

 ブレグジットは国の一大事ではありますが、「合意なき離脱」にならない限り、おそらくコービンにとってそんなに大きな問題ではないのではないかと思います。国の経済システムを変える大仕事に比べたら、それほどではない、と。ブレグジットはEU側と協議し、双方が納得できる合意を引き出せばいいわけですから。それに対し、国のシステムを変えるのは、何をするにも抵抗だらけでしょう。


ーコービンはどんな人だと言えますか?


 社会イシューに関してはきわめてリベラルです。LGBTにしろ、移民にしろ。元々が権威を嫌う人です。

ーその点だけでも、英国のエリート層には嫌われるでしょう。

 そうでしょう。

 コービン政権は、地方自治をすごく大事にするはずです。地方自治主義が拡大すると思います。

 下から意見を吸い上げる形としては、2017年ぐらいから、すでに始めています。党のコーディネーターが各地にいて、それぞれの地域で意見交換会を開催しています。コービンや(その右腕で影の財務相の)ジョン・マクドネルなどが出かけて行って、意見を吸い上げています。全国で組織が作られていますから、政権が発足したら、こういう人たちが動き出すことになります。

 上からではなくて、下から上がってくる感じです。そうやって政策を実行していくような形になるんだろうと思います。だから、「傍観していないで、あなたも動きなさいね」、と言われるはずです。

ー現在の中央政府の姿勢とは、ずいぶん違うようですね。

 そうなんですよ。上だけでお金が動いて、美味しいところを取っていた人にとっては、面白くない状況になりますね。

 下から、できることを吸い上げていくことによって、多分、相当、上の無駄を減らすことができるのではないかと思います。なんのために使われているかわからないお金を教育の無償化などに回す可能性があるのではないか、と。

ー今の労働党には、党首を支える仕組みが必要ですね。

 なぜ周りじゅう敵ばかりなのか。例えばスコットランド国民党(SNP)でできて、労働党ではできないのか。その理由の1つは、労働党では、次の選挙がある時に現職は自動的に立候補できるようになっているからだと思います。

 SNPや緑の党は、毎回、選挙区の党員が現職の議員を候補として推すか推さないかの決断をします。そして納得して選挙運動を積極的に行います。

 そういった仕組みが労働党はなかったのです。ですから、コービン氏に反対している議員が、結局は生き残ってしまいます。議員を入れ替えないと現状は変わらないでしょう。

 ところが、去年の党大会で、党員が選挙区の議員を再選択する仕組みが可決されました。選挙区に所属する党員の一定の割合が賛同すれば(トリガー投票と言います)、再選択のための投票ができるようになったようです。2月に離党した議員の一人は、トリガー投票で再選択(現職の他に立候補を希望する人がいれば、選挙区党員の投票で候補者を決定)が決まっていました。もう一人は、地元選挙区の党員に不信任されていました。コービンに敵対していた議員は、この夏、気が気じゃないでしょう。

ービジネス界はコービンを支援しているのでしょうか。例えば中小企業はどうでしょうか。元々、労働党は労組から生まれた政党ですよね。

 労働党は、労働者の権利を守るという立場ですが、そこで「生活賃金を上げる」となると、中小企業の経営陣は、「え?」となってしまいます。補助金を出す、税率や社会保障費の負担率を下げるなどの支援策が提供できるかどうかですね。

ー親労働党の新聞メディアは、何になりますか。左派系高級紙ガーディアンや大衆紙デイリーミラーでしょうか?

 ガーディアンはそうでもないですよ。基本的に中道支持なので。BBCと似たり寄ったりかもしれません。

ー9月、議会が再開したら、すぐに労働党が内閣不信任決議案を出すと言われていますが。

 不信任が可決されると、首相は信任される内閣を14日以内に組閣しなければなりません。できなければ解散総選挙になり、ブレグジット期限前に新政府が誕生するはずでした。ところが、ジョンソン首相の顧問が抜け穴を見つけ出しました。新内閣の組閣は諦めて、首相権限で解散総選挙を宣言し、投票日を11月頭にするというのです。これが実行されると、選挙運動中にブレグジット期限になり、自動的に合意なき離脱になります。そのため、いま野党と与党の反ジョンソン派が阻止する方法を模索しています。どうなるか。

野党側と話さなかった、メイ前首相

ーメイ前首相による、ブレグジット交渉をどう見ていましたか。

 メイ政権が、どうして野党側と話さないのかと思っていました。

 労働党も並行して、EU側高官と会っていたんです。もちろん交渉はしていませんが、EUの交渉担当高官が労働党案を評価したコメントが、ツイッターで流れていました。私から見ると、なぜBBCはこれを報道しないのか、と思いました。EU側がメイ首相に対し、公式に野党と交渉するべきというシグナルを出しているのに、なぜ報道しないのか、と。

 理由は、あくまでも労働党はダメ、ということにしておきたかったからではないか、と思っています。

ー2017年の総選挙では、コービン率いる労働党が大きく議席数を伸ばしました。

 選挙戦中は、電波媒体での二大政党の報道を平等にしなければならないルールがあるからではないか、と思っています。いかにメディアが腐っているかが分かります。コービンが出てくるまで、ここまで酷いとは思わなかったです。

 でも、前からひどかったんでしょうね、きっと。報道がまともに機能していたら、イラク戦争(2003年)はしていないでしょう(注:イラク戦争開戦前、100万人規模の抗議デモが発生したが、ブレア政権が議会を説得し、開戦に踏み切った)。コービン政権ができたら、BBCを完全に政府から独立させると言っています。新聞についても、租税回避地に住む人物はオーナーになれないようにするとか、要望があれば、編集長を記者の投票で選べるようにするとか、メディアを権力から独立した機関にする方法がいろいろ提案されています。

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 関連記事(「英国ニュースダイジェスト」の筆者によるコラム「英国メディアを読み解く」から)

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by polimediauk | 2019-08-24 16:26 | 政治とメディア
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 7月末、英国ではジョンソン新政権が発足した。目下の最大の政治課題であるEUからの離脱(「ブレグジット」)を10月末の離脱予定日までに実現できるか、できないか。これでその命運が決まる。

 新政権は、EU側と離脱後の関係について合意をせずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も「あり」としている。

 と言いながらも、「もちろん合意したい」とジョンソン首相は表明してきた。メイ前政権がEU側と合意した「離脱協定案」は英議会で3回も否決されたので、ジョンソン政権は新たな協定案に向けての交渉開始を望んでいる。しかし、EU側は「新たな協定案のための交渉には応じない」と繰り返している。

 どちらも妥協しなければ、10月31日、合意なき離脱となる。

 議会は現在休会中だが、9月上旬に再開後、最大野党労働党のジェレミー・コービン党首は内閣不信任案を提出する予定だ。

 もしこれが否決されても、ジョンソン首相が「絶対に死守する」という予定日の離脱が実現できないと、自ら総選挙を選択する可能性がある。

 そこで、労働党を中心とした新政権の発足がより実現性を帯びてきた。

 さて、次期首相になるかもしれない、労働党のジェレミー・コービン党首とはどんな人物なのか。

 実は、コービン氏は「万年平議員」の位置にいた人物だ。そんなコービン氏が2015年に党首として選出されるまでの過程を克明につづった本が出た。

 元は政治ジャーナリストで、昨年コービン氏のスピーチライターの一人に就任したアレックス・ナンズ氏が書いた『候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道』(岩波書店、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)である。


コービン氏とは

 本の紹介の前に、政治家コービン氏の略歴を記してみたい。

 同氏は1949年、英南部ウィルトシャー州チップナム生まれ(現在、70歳)。

 北ロンドン工科大学で学び、全国公務員組合やほかの労組で職員として働いた。1974年、ロンドンのハーリンゲイ特別区の区議会議員に当選。1983年、同じくロンドンのイズリントン・ノース選挙区の下院議員に当選し、現在までこの地区を代表している。政治家としてのキャリアは1970年代から数えれば45年、下院議員としても36年というベテランだ。

 コービン氏は労働党内では「オールドレイバー(労働党のオールド派)」、あるいは「伝統主義者」と位置付けられている。これは、「第3の道」を提唱した中道派「ニューレイバー」(トニー・ブレア元首相がその代表、詳細は後述)と対比して使われる。党内の最左派勢力の一人とも言われている。

 例えば、コービン氏は基幹産業の国営化、北大西洋条約機構(NATO)からの離脱、核抑止力システム「トライデント」の撤廃、共和制支持、2010年以降の緊縮財政の撤回などを主張してきた。反戦・反核が長年の姿勢で、反戦運動「ストップ・ザ・ウオー・コーエリション」の議長も務めたことがある(2011-15年)。

 ニューレイバー派が政権を取った1997年以降、コービン氏は「隅に追いやられた政治的伝統の体現者」(『候補者ジェレミー・コービン』)であり、「党首になろうなどとという野望もなく、なると予想もしていなかった」人物である。

 党首選出の理由の謎を解くのが本書『候補者ジェレミー・コービン』だ。

「目立たないまま左に寄って行った」労働党

 著者ナンズ氏は、コービン氏の台頭には3本の別々の支流の流れがあったという。

 まず、ニューレイバーに対する、党員の反対だ。本書によると、ニューレイバーとは「トニー・ブレアら近代化推進派の派閥の政策」のことで、「労組と距離を置き、公共事業の市営化などを推進。市場経済と福祉の両立」を目指していた。第2の流れはニューレイバーにないがしろにされた労組、第3は左派の活動家と社会運動だった。

 3本の支流が大きな一つの流れになるための起爆剤が、2008年の金融危機だった。市場経済重視の考えが破綻したことが明らかとなり、その後に続いた緊縮財政への反対運動が広がった。

 労働党内の大きな変化が垣間見えたのが、2010年、ニューレイバーを担ったゴードン・ブラウン首相が、自分が率いる労働党が総選挙で過半数を取れなかったことが原因で退陣したときだ。労働党の新党首として党員が選んだのは、ニューレイバーの一人、デービッド・ミリバンドではなく、労組の支援を受けたその弟のエドだった。

 しかし、2015年の総選挙で、エド・ミリバンドは政権を取ることができなかった(デービッド・キャメロン党首の下、保守党が勝利)。ナンズ氏の見立てによれば、2010年から5年間に労働党の間では左傾化傾向が強まっていたが、労働党議員の方は「党員たちの思いの変化に気付いてなかった」。

 総選挙での負けを機に、ミリバンドは党首辞任を表明。こうして、また党首選が始まった。

 この時、ニューレイバーの流れを汲んで、元閣僚らが続々と立候補した。コービン氏は、この時60代半ば。40代が中心でスーツやドレスでびしっと決めてくるほかの候補者と違い、コービン氏はネクタイを締めないシャツ姿で、異彩を放っていた。多くの人が、彼が党首になるとは思っていなかった。

「コービン運動」の誕生

 支持拡大の要素として、ナンズ氏は議員も含めての「一人一票」という形で労働党員が党首選に参加できるようになったことや「3ポンドサポーター制度」を挙げる。後者は3ポンド(約400-500円)に設定された登録料を払えば、党員以外でも2015年の党首選に投票できる仕組みだった。登録サポーター票は全投票数の4分の1であったが、84%の高率でコービン氏に票を入れることになった。

 「金融崩壊の後始末のために採用された政策に対する抵抗」をばねとして、左派のダイナミズムが醸造され、コービン氏が勝つのではないかという見込みが出てきた。「国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった」という。

 こうした高揚感は、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンラインの署名者などに広がっていった。ニューレイバーの時代に労働党を離れたものの、再度党に戻ってきた社会主義者たちもこれに加わった。

 「こうした新党員が、全国の公民館や教会、広場での集会で、あるいはフェイスブックのグループやツイッターのハッシュタグを通して、既存の政党や労働組合員と接点をもったとき、新しい政治運動が誕生した」。著者はこれを「コービン運動」と呼ぶ。

 「自ら歴史を作ろうとする願い」が、行動につながっていく。ボランティアに名乗り出たり、メッセージを発信して説得したり、電話で聞き取り調査をしたり、イベントに参加したりー。

ソーシャルメディアの威力
 
 コービン運動を広げるために強力なツールとなったのが、ソーシャルメディアだ。

 これによって「互いの存在に気付かなかったかもしれない人同士に一体感」が醸成され、コービン現象を大変な勢いで拡大させた。さらに「インターネット外の世界での活動の触媒となった」。

 「以前なら、壊滅的な打撃になりかねなかった新聞からの攻撃を、支持者を奮い立たせる機会に変えた」。

 2015年9月12日、党首選の結果が発表された。コービン氏は25万1417票、全体の59.5%(登録サポーターを除くと党員票の49・6%)を獲得して新党首に選出された。

 本書はコービン氏が党首選をいかに戦ったかを詳細に記す。

 当初は全く勝つ見込みがなくても、ソーシャルメディアを使って支持者を拡大させ、とうとう勝利を手にするまでの手法は、日本の野党勢力にとって、大いに参考になるのではないか。

 安倍政権が長く続き、終わったばかりの参院選を見てもすぐに政権交代の見込みはほとんどないことを示しているが、「ない」あるいは「ほとんどない」状態から、いいかに「ある」に変えていくのか。政権交代が選択肢として存在する政治の実現、そして国民がより幸せになるために、ぜひ参考にしていただきたい。

コービン氏の「その後」は、いばらの道

 本書でも党首に選ばれた後の様子が記されているが、コービン党首誕生当時を含めて事の成り行きを見てきた筆者からすると、コービン氏は「いばらの道」を歩いてきた印象を持っている。

 コービン氏がまさか党首になるとは思っていなかった多くの労働党議員にとって、党首選出は非常に大きな驚きだった。

 ニューレイバー政権で閣僚だったほかの党首選候補者やその支持者たちからすれば、基幹産業の国有化といった「昔の労働党」の政策を主張するコービン氏は受け入れがたい。

 反戦・反核路線を貫いてきたコービン氏が、もし首相になっても核兵器のスイッチを押さない方針を明らかにしたことで、これも驚きを持って受け止められた。個人的な信条はそうだとしても、核兵器を持つ国のトップとして、「スイッチを押さない」と言ってしまっては、身も蓋もないではないか、と。

 英国の新聞は右派保守系の力が強く、連日のようにコービン氏についての重箱の隅をつつくような批判記事が相次いだ。

 「これでは、将来の選挙に勝てない」と危機感を感じた労働党議員らが中心となって、「コービン下ろし」運動が起きていく。

 こうした流れを受けて、2016年9月、再度党首選が行われることになった。結果は、ここでもコービン氏の圧勝であった。

 現在、労働党は分裂状態だ。労働党首脳陣が「反ユダヤ主義に毅然とした対応をしていない」と党内外で批判が出たり、ニューレイバーの流れを汲む中道派議員ら数人が離党したり。

 ブレグジットの方針についても、一つにまとまっていない。2017年の総選挙では労働党はブレグジット実現を公約に掲げたが、労働党議員の中にはEU残留支持派が多い。その一方で、イングランド北部の労働党支持エリアでは離脱派の国民が多いねじれ現象がある。

 コービン氏のいばらの道は、まだ続いている。



by polimediauk | 2019-08-22 16:36 | 政治とメディア

国際陸連の新規則で、立ちはだかる大きな壁

 7月末、南アフリカ出身の陸上女子中距離選手キャスター・セメンヤ(28歳)が、この秋に開かれる世界陸上ドーハ大会に参加しないことを代理人を通じて発表した。

 男性に多いホルモンであるテストステロン値が生まれつき高いセメンヤ選手は、今後も女子陸上選手として競技に参加できるのか、できないのか。

 この問題は過去何年もくすぶってきたが、昨年4月、国際陸上競技連盟(IAAF、「国際陸連」)が、テストステロンなど男性に多いホルモンが基準より高い女子選手が400メートルから1マイル(約1600メートル)の種目に参加しようとする場合、薬などでこれを人為的に下げる、とした新規則の採用を発表したことで、セメンヤ選手は取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス)に提訴した。今年5月、訴えは棄却。セメンヤ選手側はスイス最高裁に上訴した。

 7月末、最高裁は、国際陸連のテストステロン規制の一時保留命令を撤回。2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪で女子800メートルの金メダルを獲得したセメンヤ選手は、今後も競技を続けられるのかどうか。大きな壁が立ちはだかった。来年夏の東京五輪ではどうなるだろうか。

 「薬を飲んで、人為的にホルモン値を下げる」行為が義務化されるというのは、英国に住む筆者からすると、同性愛者であることで性欲抑制剤を摂取せざるを得なくなった科学者アラン・チューリングをほうふつとさせ、人権の抑圧に見えてしまうのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

 その一方で、「高テストステロン症の女性を相手に競技するのはつらい」という他の女性選手の声をどう判断するのか、という点も考えなければならないのだろう。

 セメンヤ選手とテストステロン値の問題を考慮する時、「女性で、高いテストステロン値で生まれた」ということは、どういうことなのかという疑問にぶち当たる。

「両性具有」ではなく、DSD

 セメンヤ選手のような体の状態にある人は、時として「両性具有」「男でも女でもない性別」などと言った言葉で説明されてきた。筆者自身もこうした言葉を使ってきた。

 しかし、このような言葉遣いは実は不正確で、当事者を傷つける、侮辱的な表現にもなりかねないことを知った。

 正しくは、国際陸連も使っている、性分化疾患、あるいは「DSD (Differences of Sexual Development)」(「体の性の様々な発達」状態)である。

 DSDについての関係資料(文末に紹介)を読むと、以下のことがわかってきた。

 例えば、普通、「男性の体にはこんな特徴がある」、「女性の体にはこんな特徴がある」という風に人は理解しているけれども、この「男性の体」あるいは「女性の体」には様々な発達の度合いがあって、従来の捉え方よりも、はるかに広いと考えてみてほしい。この点で、「もう一つの性」、あるいは「第3の性別」というジェンダー的考えとは異なる、DSDの実態がある。

 生まれの性別と相入れない自認を持つトランスジェンダーの人々との大きな違いは、DSDが性自認の問題ではないこと。セメンヤ選手自身も、「女性として生まれ、自分を女性として認識して生きてきた」と述べてきた。

 このようなDSDの概念は、筆者にとっては、全く新しいものだった。もっぱら、ジェンダー的観点からセメンヤ選手の問題を捉えてきたからだ。

 そこで、DSDに詳しい非営利組織「ネクスDSDジャパン」(日本性分化疾患患者家族会連絡会)のヨ・ヘイルさんにじっくりと状況を聞いてみた。

ネクスDSDジャパンのウェブサイト

 インタビューは、DSDの定義から筆者の家族の一人が持つ「高次脳機能障害」及びDSDを持つ人と社会のかかわり方、セメンヤ問題を考えていくときの論点まで、幅広い内容となった。

 なお、このインタビューは、もともとスポーツ専門サイト「Real Sports」掲載の筆者による記事のために行われたもので、関連記事は以下をご覧いただきたい。

 LGBTとも第3の性とも違う「性分化疾患」の誤解 セメンヤが人為的に男性ホルモンを下げるのは正当?(7月24日付)

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認知度が低いDSD、「もう一つの性」ではない

ーDSDについては、どれぐらいの認知度があるのでしょうか。

 ヨ・ヘイルさん:実は正確には全く知られていない、と言って良いほどです。欧州圏では、まだダウン症候群のことを、「モンゴリアン(蒙古痴呆症)」と呼んでいる人も、高齢者の中にいると思います。ほぼそういうレベルではないかと認識しています。

ーある人の体の状態が従来の男女の体の定義から少し違っている、としましょう。この場合、私たちは、別の性別の存在として見てしまう傾向があるのではないでしょうか。「もう一つの性別」という考え方です。

 (少しでも違えば)男女とは別のカテゴリーと思われてしまいます。女性から「お前は女性じゃない」「男でも女でもない」と言われることになったり、とか。これが実際の状況です。

 (セメンヤ問題の議論では)「第3の性別を認めて欲しい」という言い方がされてしまうところがありますが、当事者の大多数は、全くそんな風には思っていないというのが事実です。自己認識は男性、あるいは女性なんです。

ーそうでしたか。全く知らなかったことです。これまで、「第3の性別」、「トランスジェンダー」の枠組みで捉えていたので。

 やはり社会的通念としては、どうしてもそうなってしまいますよね。

ー「ネクスDSDジャパン」の「ネクス」はどのような意味になりますか?

 ネクスは「ネクスト」(次)の意味もありますし、あとは「ネクサス」(繋がり、結びつきなど)の意味もあります。

 DSDには様々な体の状態があって、実はそれぞれそれほどのつながりというのはありません。その意味で、「ネクサス(結節点)」として、つなげて、なんとかやっていけないかという意味を込めています。

 親子間でも、どうしても正面だって話がしにくいことがあります。親御さんの側が罪悪感を持っている場合もあるし、性にまつわることなので話がしにくいのです。医療関係者と、実際の患者家族の人たちの中でも、なかなかコミュニケーションがうまく行ってなかったり。

 社会と当事者家族の間でも、まったく話が通じ合わないところがあります。なんとかこれをつなげていきたい、という意味を込めました。

ーいつ、このネットワークができたのでしょう。

 約20年ほど前に、「インターセックス」という表現で男でも女でもない性別の人がいる、という話が、一度、日本で広まったことがありました。

 現実には実際どうなのかと海外の患者家族会とか、いろいろな人権団体の人に会って(調べたのが)きっかけになりました。立ち上げは15年ほど前です。

ー活動内容は、どうなっていますか。

 DSDについての正確な情報・知識を出していくことがまずありました。

 最近では、各DSD患者の体の状態に応じて患者家族会がいくつか出来上がってきているので、そちらの皆さんとの連携もしています。

 海外では、約20年ほど前から患者家族会が整備されつつあって、今はかなり活動もしています。日本では、そういった形での患者家族会が出来上がったのは、約5年前ぐらいからでしょう。

ー医療関係者の間での、DSDについての認知度はどれぐらいでしょうか。

 正確な情報・知識を持っているのは、本当にDSDの専門医療の先生だけです。一般医療の先生方は、むしろ誤解されている方も多くて、実はそちらの方も大きな問題の1つとなっています。

DSDの判明時期は3つ

ー生まれてから、どのような過程を経てDSDであることが分かるのでしょう?

 DSDの判明時期は大きく3つに分かれます。

 1つ目が出生時、生まれた時です。この時は外性器の形やサイズがちょっと違うということが、産婦人科医療でわかることがあります。その場合は、すぐに専門医療施設の方に紹介をしてもらうように、今の所お願いをしているのですが、なかなかそれが徹底されていないのが現状です。DSD専門医療施設では、然るべき検査の上での性別判定が今は可能になっています。

 (2つ目に)思春期前後に判明するDSDの方が、出生時よりも多くなっています。基本的には、女性のDSDで、こちらは婦人科から始まります。正直なところ、誤診も多いです。こちらの方もDSDの専門医療施設の方に、ぜひリファー(紹介)してもらいたいと思っています。

 3番目は不妊治療で判明します。主にこちらは男性の場合になりますが。性別の決定に関わる情報を持つ染色体にはX型とY型の2種類がありますね。「XY」の組み合わせで男性、「XX」で女性とされてきましたが、例えばある男性の場合には染色体が XXYであったと。男性で染色体がXXだったことが分かる場合もあります。

 Xが2つの場合、一般的には、それだったら女性と思ってしまいますが、SRY遺伝子などがくっついて生まれてくる場合、現実には男の子に生まれ育つということもあるんです。

 不妊治療の専門をされている方は、男性不妊で、染色体でXXYが出てきたりとか、XXが出てきたりということは、結構よくあることなので、こちらの方では変な説明の仕方とかは、一般的にはされていません。

 ただ、問題は、不妊治療でもいい加減なところはあります。そういうところでは、「あなたは実は女性でした」というような、間違った説明の仕方がされていることが実際にあります。

ー一般的なレベルでは、そういう専門機関があることさえ、医師側が知らない、ということがあるのでしょうか。100%の医師が知っているわけではない、ということが?

 その通りです。

ーDSDは「治す」ものではない、と解釈して良いでしょうか。

 染色体レベルでは、治す・治さないのレベルの話ではありません。ただ、出生児に判明するDSDの場合には、命に関わるDSDが多いのです。こちらの方は、ちゃんと対処・対応をしていただく必要があります。

ー日本で、専門医療施設はどれぐらいありますか。

 チーム医療ができて、児童精神科医がいて、両親のショックやこれからの子育てに関して、ちゃんとフォローができる施設は、日本では数カ所になるでしょう。

身体の性についての固定観念

ー改めて、DSDの定義について、伺いたいのですが。ネクスDSDジャパンさんは、「体の性の様々な発達」という用語を使っていますね。

 DSDは、さまざま体の状態を含む、非常に大きい概念です。男の子で尿道口の位置が違う尿道下裂、あるいは膣や子宮がなかったことがわかる女性なども含みます。

 「女性だったら絶対に膣や子宮があるはずだ」、とか、「男性だったら尿道口がこの位置にあるはずだ」という固定観念とは異なる体の状態を持っている人たち。これがDSDの定義です。自分たちは男性、あるいは女性という考えは一般の方と変わりません。

 トランスジェンダーの人や、あるいは自分を男でも女でもないと思う人たち、海外では「ノン・バイナリー」という風に言われていますが、日本では「Xジェンダー」といいます。そういう風な概念とは、全く違います。

ー医療機関で、もし外見でもなく、染色体でもなければ、どのようにして性の決定を行っているのでしょうか。

 遺伝子診断によって様々なことが分かるようになってきています。

 例えば、男性か女性かの基準を考えるときに、外性器とか染色体だとか、あるいは精巣か卵巣かのどっちかなんだという風に、ある一つの基準にこだわりがちですよね。ただ、そういう風にただ一つの基準だけで判断すると、性別判断が間違ってしまうことがあります。

 総合的に判断することが必要なんです。遺伝子までを含めて、染色体はこうだけれど、外性器の形状はこうで、性腺はこうで、子宮はこうで、遺伝子はこうで、と、その子自身を全体的に見て性別判定がされています。

 総合的に見ると実は性別判定は可能ですけれども、染色体とか、性腺の種類にみんなこだわってしまう。強迫的になってしまうのです。むしろ、そういうことをしないということが、重要と考えています。実は、セメンヤさんの話でも、結局同じ間違いが繰り返されています。

DSDを持つ人=「第3の性別」というフレームワークが間違っている

ー正しい概念で書かれた報道は皆無、といっていいのでしょうか。

 これまで皆無と言ってもいいかもしれないです。

ー間違った論調の1つは、「第3の性として見る」、ということでしょうか。

 そうです。メディアがDSDの人を「第3の性別」、と見てしまうのです。考え方のフレームワーク自体も第3の性別で見てしまっていますので、変な表現になることが非常に多いのです。

 国家レベルでもそういう風に見て間違っているところが実際にはあります。

ー英語圏では、ジェンダーの面からセメンヤ問題がすごく大きく扱われていました。

 LGBTムーブメントが広がっていくというのは、非常に大切なことなのですが、LGBTの皆さんのフレームワークでDSDを見てしまうと、「第3の性別というフレームワーク」で見るという、今みたいな報道のされ方が一般的になっていくという懸念があります。

ーネクスDSDジャパンがセメンヤ選手を支援するのは、なぜでしょうか。

 セメンヤさんは、(国際陸連に)同意なく無理に検査をされたり、あるいは「お前は実は男性だった」という説明になったり。あるいは社会の誤解で、「両性具有なのだ」という見方をされてしまったり。彼女は一時、自殺予防センターに入っていたという話もありますね。

 そういう体験自体が、DSDを持っている人たちの体験と非常に近いのです。多くのところで重なっていると。人ごととは思えません。

 彼女自身の話をちゃんと丁寧にやっていくことで、DSDを持っている人たちの体験が伝わるとも思っているのです。

 実は彼女のような体験をした人たちというのは、日本でもいます。

ースポーツの領域でしょうか。

 スポーツにおいてもそうです。名前と具体的な体験についてはお話ができませんが、セメンヤ選手がいかに扱われたかを見て、諦めてしまっている人がいます。怖くなって、自分から身を引いている女性が、実際にいるんです。

 また、本当に個人のプライベートな話であるにもかかわらず、ほぼ暴露という形で議論が行われていますよね。そういう話をしてもいいものなのだということを、皆さんが前提としています。他人の家の娘さんの生殖器の話をみんながやってしまっている、と。

 今の社会状況の中では、これが当たり前のように思っても仕方ないのだろうとは思いますが、当事者家族の実際の体験としては、とても考えられないようなことをしてしまっています。

 そういう報道をされること自体が、すごく辛いのです。

日本人女性初のオリンピックメダリスト、人見絹枝さん

ーセメンヤ選手とその周囲にとって、何が最善なのでしょう。このまま、女性であるということで進んで、他の女性選手の意識を変える方向でいく、ということでいいのでしょうか。

 こちらの希望としては、やはり、無理矢理な性別検査のようなことは無しにしていただきたいと思っています。

 セメンヤさんや、思春期前後に判明するDSDを持っている女性というのは、本当にただの女性です。誰とも変わらない女性なので、暴き立てることを一切せずに、女性競技にそのまま参加させてもらいたいというのが、こちらの願いです。

ーセメンヤ問題をきっかけに、男性選手の中に競技に有利になるような身体的特徴を持った人についてはどうなのか、という声が英メディアで紹介されています。セメンヤ選手が有色人種であることも影響しているのではないか、と。つまり、女性や白人の男性じゃない人々に対する厳しい視線や偏見があるのではないか、という主張です。

 こちらの印象としては、昔よりも、状況が強迫的になっている感じもします。

 NHKの「いだてん」というドラマで、人見絹枝さんという日本初の女性オリンピックメダリストが取り上げられました。

 ▽人見絹枝さん(1907-1931年

 調べてみると、彼女も「女じゃない」とか、「化け物」とか、「おとこおんな」とか、結構あの時代から言われていました。女性だけが、速く走ると、なぜか「女じゃない」と言われてしまうのです。でも無理やり検査をしろという話にまでならなかった。とてもおおらかだったと思います。今はとても強迫的になっている。

言葉にできない苦しみ 親友にも話しにくい

ー気になるのは、患者、あるいはDSDを持つ人や家族の気落ちや苦しみです。自分の家族が「高次脳機能障害」(主に脳の損傷によって起こされる様々な神経心理学的障害)を持っているのですが、当人や家族の苦しみについてやその状況は、ほかの人には説明できません。言語化できないのです――書くことを仕事にしているのですが。この体験から、DSDの方が家族間あるいは友人間で話しにくいというのは理解できるように思います。

 ▽高次脳機能障害とは

 親子間でも、友達でもそうですが、好きになった人でも、本当に説明のしようがなかったりしますね。返ってくる反応がひどい場合もあったりするので。

ーもし友人からDSDだと言われた時、どういう言葉をかけたらいいのか分からないのではないでしょうか。

 その傷自体をフォローしてくれる人もなかなか見つかりません。

 私自身は、臨床心理士(サイコセラピスト)ですが、サイコセラピストの中でも誤解があって、DSDというと、性同一性の問題だ、という感じになる場合もあります。逆にそれで傷を深めてしまうDSDの方が多かったりするのです。

 ベルギーでは、心理士がかなりきちんとした調査を行っていて、生きていく上での苦悩、親の困りごとなどをフォローする体制作りに話が進んでいます。

ー本当に患者のことを考えてくれる心理士の方や、友達の存在が重要になってくるように思っています。でも、「友達を作る」ことが、いかに難しいことか。休みの日に、「一緒に遊びに行こう」と気軽に声をかけてくれる、家族以外の人を見つけることがいかに難しいかを実感しています。

 高次脳機能障害でも、DSDでも、友達関係に随分と支えられたという話がありますけれども、友達と話すまでのハードルと、友達が理解してくれるかどうかのハードルがあまりにも高いのです。

 友達になっても、向こうが家庭を持って、子供ができたりすると、深い関係じゃないと、身を引いてしまう当事者の人も結構多いのです。

ー大人になると、DSDの方に対して子供を産むようにという圧力も大きいのでしょうか。

 一般の不妊治療の場合は、まだ子供が産めるかもしれないという希望がありますよね。

 でも、DSDの女性の方で、子宮がない方もいらっしゃいます。かなり決定的な不妊の状態になりますので、ものすごい喪失感がまずあります。社会的なプレッシャーもありますし。「産まなくていいよ」と言われるというのも、実は結構、しんどいプレッシャーになったり。かなり複雑なところがあります。

セメンヤ問題についての理解

ー最後に、セメンヤ問題について改めてお話ししたいことがあれば、どうぞ。

 セメンヤさんの染色体や性腺の話が暴露記事として広がったという部分もあるので、セメンヤさん個人の話としてすることはできないのですが、染色体がXYでも、女性に生まれるということが、実は普通にあります。

 その女の子が間違って生まれてきたわけではなくて、間違っているのは、どちらかというと教科書の方ではないか、と思います。ほとんどの男性は(染色体が)XYではあるけれども、またほとんどの女性はXXではあるけれども、例外があって、XYでも女性で生まれることがあるのです。

 女性選手の公平性の問題は、私自身も、スポーツのことを調べる中で、彼女たちがものすごい苦労をしながらトレーニングしていることを知っています。

 でも、ご理解をいただければありがたいという1点目が、DSDを持っていると疑わしい女性に対する検査というのは、ほぼ、レイプのような検査になっている点です。言葉ではなかなか言えないようなもので、ドーピングの検査どころの話ではありません。そういう検査をされて、しかも選手生命を絶たれるというのであれば、もう自殺するしかない、というのが当然だろうというレベルです。

 医療機関でのDSDの検査は、何のための検査なのかをちゃんと説明した後で行われます。本人の同意がないところで、膣の奥まで見られるような検査はありえません。

 もう1点は、テストステロン値のスポーツ面での評価の件です。

 DSDを持っていて、なぜXYでも女性で生まれてくるかというと、実は、体の細胞自体が、テストステロンに反応しない体の状態だからです。

 どれだけテストステロン値が高くても、体の細胞がそれを受け付けないので、女の子で生まれてきます。このため、テストステロン値の高さ自体は、ほとんど基準にならないのです。

 

 その中で、細胞の一部だけがテストステロンに思春期以降に反応するという女の子がいます。

 でも、それでも、一部しか反応していないのです。一般女性がテストステロンをドーピングするのとは、まったく訳が違う話です。一般女性のドーピングの方が、よほどテストステロン値の影響がある。でも、DSD女性の場合は、テストステロンがどれだけ出ていても、全く反応しないという女性が実は一番多い。

 数字でいうと、XY女子で、テストステロン値が高くてもまったく体が反応しないCAISの女の子が13,000人に1人。一部反応するPAISの女の子がその10分の1の、130,000人に1人。テストステロン値だけで測ることは、実は、できないのです。

 ▽完全型アンドロゲン不応症(CAIS)

 ▽部分型アンドロゲン不応症(PAIS)

 ▽英国DSDの子ども用サイト「dsdteens」での説明

 CAISについて

 PAISについて

 また、男性のテストステロン値は1デシリットルで284から799ナノグラム、女性は6から82ナノグラムです。報道によると、セメンヤ選手のテストステロン値は平均女性の3倍と言われています。とすると、約18から246。男性と比較するとはるかに低いことになります。

 ▽女性・男性のテストステロンの標準値

 テストステロン値による判断は、実は、ちゃんとエビデンスを見ていくと、ほぼ意味がないのではないかと思っています。この点をご理解いただければと思っています。

 (筆者注:国際陸連自体による調査とその評価については、先のReal Sports の記事をご参考に。)

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関連情報

「インターセックス/性分化疾患 IN ベルギー・フランドル」(ゲント大学ジェンダーセンター)

DSD:性分化疾患とは?(英国のサポートグループ「dsdfamilies」)

英国のDSDを持つ子どものためのサイト「dsdteens」


by polimediauk | 2019-08-20 18:00 | 英国事情

 2021年末から、英国の新50ポンド札(1枚で約6700円相当)に、第2次世界大戦でドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読し、対独戦争の勝利に大きく貢献をした数学者・コンピューター科学者アラン・チューリング(1912-54年)の顔が使われることになった。

 先月、イングランド北部マンチェスター市の科学と産業博物館で新札の図柄を正式発表したイングランド中央銀行のマーク・カーニー総裁は、チューニングを「AIのパイオニア」で、情報時代の到来に道を開いた人物と評した。「私たちの身の回りに彼の遺産が残っている」。

 博物館では、チューリングにまつわるコンピューター関連の展示が行われている。

 英国では5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札(来年から使用)を紙ではなくポリマーに変更しており、新50ポンド札もこれにならう

チューリングとは

 1912年、チューリングはロンドン西部で生まれた。英南部ドーセット州にある私立の中等教育機関シャーボーン校で学び、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジに進んだ。第2次大戦中は当時政府の暗号学校が置かれていたブレッチリー・パーク(バッキンガム州)でチームの仲間とともにドイツ軍の暗号機「エニグマ」の解読に成功した。解読までの苦労は映画「イミテーションゲーム」(2014年、主演ベネディクト・カンバーバッチ)でドラマ化されている。

 チューリングは初期のコンピューターの開発にも貢献したが、1952年、ある男性と同性愛関係を結んだことが警察に知られ、彼の人生は急展開する。

 当時、英国では同性愛行為は違法だった。チューリングは弁護士のアドバイスを受けて「有罪」であることを認めた。刑務所に入るか保護観察かを選択するように言われて後者を選んだものの、性欲を抑えるためにホルモン注射を余儀なくされた。

 現在の私たちからすれば、屈辱的、非人間的な要求を受け入れざるを得なかったチューリング。暗号学校での仕事も続けられなくなった。上司や仕事の仲間に、自分の私生活の内情を知られてしまった。

 1954年8月、チューリングが自宅で亡くなっていることを家政婦が発見したという。死因審問の結果は自殺であった。

 同性愛行為が違法ではなくなったのは、1967年。チューリングの死から13年後である。

 2009年、ゴードン・ブラウン首相はチューリングを当時の性犯罪法で有罪としたことを謝罪。2013年、エリザベス女王はチューリングを赦免した。17年には、かつて同性愛行為で有罪となった5万人以上の男性に恩赦が与えられた。

キャッシュレスが進む英国

 現在、50ポンド札は約3億4400万枚、出回っている(イングランド銀行)。しかし、通常、ほとんどの人が50ポンド札を使うことはまずないと言って良いだろう。せいぜい20ポンド札があれば大概のことは間に合うし、英国ではキャッシュレス化が急速に進んでいるからだ。

 現金利用による金額とカードを使った場合の金額はすでに後者が上回っており、その差は拡大するばかりだ。筆者自身、買い物や交通費の支払いなどで現金を使うことはほとんどない。ロンドンでは、現金ではバスの利用ができないようになっている(交通専用のプリペイドカード「オイスター」か、デビットあるいはクレジットカードを利用)。

 新たにお札を作る必要があるのだろうか?

 カーニー総裁は「英国では、これからも長い間、現金の需要はある」と述べているが。

 チューリングがその科学分野での業績によって新札の顔になるのは喜ばしいとしても、もしお札に刷られる顔が国民に希望を与えるものとして解釈するならば、「女性が少ない」ことは残念かもしれない。

 どの札にも登場する国家元首のエリザベス女王を除くと、他の女性は作家ジェーン・オースティン(10ポンド札)だけだ。5ポンド札は第2次大戦の宰相ウィンストン・チャーチル。現在の20ポンド札には経済学者アダム・スミスが顔を見せる。来年から使われる新20ポンド札に登場するのは画家のJMWターナーだ。有色人種の人も絵柄に入れて欲しいという声も出ている。

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 ちなみに、英国で同性愛行為が犯罪ではなくなるまでには、紆余曲折があった。著名人としては、19世紀の文豪オスカー・ワイルドが男性同士の「著しいわいせつ行為」を犯したとして逮捕され、投獄された例がよく知られている。

 同性愛行為が合法になるまでの動きを綴った、筆者の記事(「論座」掲載)も、よろしかったらご参考に。(有料記事ですが、途中までは無料で閲読できます。)

英公文書が伝える社会の変容(2)

チューリングも苦しんだ法律が変わった――英で同性愛行為の非犯罪化に50年


by polimediauk | 2019-08-19 17:23