英国新聞界の新しい流れ
「タブロイド化」の張本人に聞く
インディペンデント紙編集長 サイモン・ケルナー氏
最近の英国新聞界の大きな流れの1つに、「ブロードシート」(「高級紙」として日本では訳されることが多い)と呼ばれる、日本で言うと全国紙にあたる新聞の小型化があげられる。昨年9月、4大高級紙の中では発行部数が最小のインディペンデント紙が、小型タブロイド判とブロードシート判の同時発行を開始。通勤電車の中での読みやすさ、手軽さが受けて、発行部数を急速に伸ばした。同年11月には、英国エスタブリッシュメントが読む新聞として216年の歴史を持つタイムズ紙も、これに追随。この1年で、小型化の動きは、欧州全体に広がっていった。
今年9月のインディペンデント紙の発行部数は約26万部で、前年同月比21%の増加。流れを追ったタイムズ(約62万部で4.5%増)に、伸び率で大きな差をつけた。
インディペンデント紙は、今年5月、大型判の発行を停止し、タブロイド判のみになった。11月にはタイムズ紙もタブロイド判のみに移行。大型判に愛着を持つ読者がタイムズ紙離れをするのでは、という声があがっている。残る2つのブロードシート紙の中で、ガーディアン紙は編集長自身が将来のタブロイド化を否定し、その代わりに、2006年までに、仏ル・モンド紙と同様の、縦に細長い「ベルリナー」型発行を明言している。高級紙の中では最大の発行部数を誇りつつも発行部数が落ち続けるデイリーテレグラフ紙が、近くタブロイド判の発行を開始するのでは、という噂は絶えない。
それにしても、新聞のサイズが変わっただけで、果たして発行部数を増やせるものなのか?――誰しもが、そう思うだろう。新聞は内容で勝負するのが本筋だ、いや、そのはずだ。
英国で「タブロイド」といえば、3面に決まって裸の女性の写真を載せる「サン」をはじめとして、事実無根に限りなく近い記事が満載の低俗紙というイメージを人々は持つ。高級紙があえてタブロイド判を出すまでには、相当の勇気がいったはずだ。
果たして何がきっかけだったのか?タブロイド判発行から3ヶ月ほどたった、2003年の末、インディペンデント紙の編集部をたずね、サイモン・ケルナー編集長に直接聞いた際のコメントを紹介したい。(ロンドンの日刊紙「英国ニュースダイジェスト」掲載分に加筆)
―何故、タブロイド判とブロードシート判の平行発行を決定したのか?売り上げ低迷が理由か?
まさに、そうだ。秘密でも、なんでもない。ありとあらゆる販売促進活動をやってみたが、うまくいかなかった。読者を失うのはあっという間だが、取り戻すのは難しい。非常に難しい。
この5年ほど、自分が編集長になってからは、無数の読者調査をしてきたが、繰り返して現れたのは、読者が、特に若い通勤者たちだが、小型のタブロイド判が手軽でいいと思っているということだった。
しかし、一方では、質の高さと信頼性という点からブロードシートを好む読者がいることも分かり、この2つの層をどうやったら同時に満足させられるか、を考え続けてきた。
―タブロイド判発行のきっかけは?
どうやってその発想を得たか、知りたい?
―是非
(身を乗り出して)1年ほど前、歯磨き粉を買おうと思って、スーパーマーケットの店内を歩いていた。棚を見ているうちに、突然、歯磨き粉はチューブ入りとかポンプとか、パッケージが様々で、サイズも大小あることに気づいた。同時に、歯磨き粉だけでなく他のどの商品も、多様なパッケージで販売されていることに改めて気づいた。
パッケージやサイズにバリエーションがあっても、中身は同じー。「これだ!」と思った。新聞がもし1つの商品だったら、同じ新聞でも様々なサイズがあっていい。2種類の大きさで出せば、ブロードシートが好きな人は従来の大判を、小型を好む人ならタブロイド判を選べる。
―部内からの反対意見はなかったのか?「タブロイド」という言葉に染み付いた、低俗な新聞というイメージが、英国では強いが。
本当に毎日発行できるか、心配だった。編集内部からの反対意見も少しあったが、説得した。(注:スタッフの一人によると、このアイデアが部会に出されたとき、もうすでに「やることが決まっていた」。だから表立って反対する人はいなかったが、乗り気だったのは、「おそらくケルナー編集長一人だけ」。)
―実際に始めてみての結果は?
「混んだ電車の中でも読みやすい」「小さいので抱えやすい」ととても好評で、部数も信じられないくらい伸びた。それまでの発行部数は18万部ほどだったが、タブロイド判を始めた翌月の10月は9月より約6%伸び、前年同月比では8%伸びた。以来、部数増加が続いている。
―タブロイド判とブロードシート判の読者層の違いは?
タブロイド判の読者は主に通勤する人で、若い人や女性が多い。
―「タイムズ」のタブロイド判をどう評価するか?
悪くないと思う。しかし、どうもインディペンデントのようなひらめきがないような気がする。ちょっと平坦な印象がある。
―他のブロードシート紙もタブロイド判を発行することになったら、どう対抗してゆくのか。
いよいよ、内容で勝負だ。うちには、すばらしい記者やコラムニストがいる。写真もいい。大きさよりも中身で判断してもらいたい。
―新聞はインターネットに淘汰されると思うか?
印刷された言葉への信頼感はこれからも残ると思う。ある事柄に関して深く突っ込んだ、読者が自分の意見形成に役立てることができるような、分析記事を出せるのが新聞の強みだ。
(写真: ケルナー編集長 「インディペンデント」紙提供)
ケルナー氏のこれまで
1957年12月9日生まれ。マンチェスター出身。地元の専門学校でジャーナリズムを勉強後、地方紙に見習い記者として就職。スポーツ記者として経験をつみ、83年、全国場版日曜紙「オブザーバー」紙のスポーツ記者になる。その後、「インディペンデント」紙の日曜版である「インディペンデント・オン・サンデー」紙のスポーツ面担当、「インディペンデント」紙の特集面担当などを経て、99年「インディペンデント」紙の編集長に就任。04年12月、BBC他主催の「What the Papers Say Award」で最優秀編集長賞 (Editor of the Year)を昨年に引き続き受賞。
インディペンデントは「左派中の左派」に
「インディペンデント」紙の創刊は1986年。支持政党や所有者の意見・意向が紙面に直接反映される英国の他の主要紙と違い、「中立」「独立」を柱に置く編集方針を誇ってきたが、現在は、イラク戦争への徹底した反対姿勢をとるなど、左派中の左派。7月のガーディアン紙のインタビューの中 で、こうした編集方針の変化を問われたケルナー編集長は、「質の高い記事を掲載するタブロイド判の新聞がなかった。だからインディペンデントがその隙間を埋めるべきだと考えた」と述べている。
ガーディアンのインタビュー “It's the most effective promotion in the history of newspapers” は以下を参照。
http://media.guardian.co.uk/mediaguardian/story/0,7558,1268882,00.html