小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

 (「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラムに補足しました。)


安楽死法案、今回は可決されるか?

「安楽死」というと、皆さんはどんなイメージを持ちますか?

 広辞苑によりますと、「助かる見込みのない病人を本人の希望に従って苦痛の少ない方法で人為的に死なせること」を指し、英国では「Assisted dying(助けを得ての死)」という言葉が使われています。患者の自発的な要求に応じて、医療関係者が患者への致死薬の提供に関与する状況を指します。

 医療関係者が患者が自己投与する致死薬を提供する「Assisted suicide」(自殺幇助)、あるいは医療関係者が投与する「Euthanasia」(安楽死)はこれに含まれます。ただ、いろいろな言葉の定義があって、線引きが難しい場合もあります。

 英国全体で、後者の意味の安楽死は許可されていません。

 イングランドとウェールズでは1961年自殺法の下、他者の自殺あるいは自殺未遂を奨励したり、支援したりすることは違法です。

 北アイルランドでは1966年犯罪正義法の違反になります。

 スコットランドでは自殺幇助を禁止する直接の法律はありませんが、1971年の薬事誤用法違反となるかもしれません。

 ということで、英国では、安楽死が合法なスイスなどに行って最期を迎える例がこれまで報道されてきました。

 2015年、安楽死を合法にする法案が下院に出されたのですが、このときは却下されてしまいました。


法律が変わる?

 ところが、法律が変わる可能性が出てきました。

 スコットランドでは成人の末期患者を対象とした安楽死法案が準備されています。

 また、10月16日、イングランドでも労働党議員キム・レッドビーター氏が安楽死法案を議会に提出しました。議員らによる賛成か反対かの投票は、11月29日になります。

 キア・スターマー首相は「個人的には安楽死を支持する」と述べており、労働党自体はこの法案に中立の立場を取るそうですので、400人を超える労働党議員らは自由に票を投じることになります。

 元BBCの司会者で肺がんの末期症状に苦しむエスター・ランツェン氏は安楽死支持者です。自分の人生を終えたいと思ったときに死ぬための援助を受けることは、人間としての尊厳を維持することだとランツェン氏は説明しています。

 一方、安楽死反対派の一人が元パラリンピック選手のタニ・グレイ=トンプソン氏です。安楽死にするかどうかの選択がどのように決められるかについて懸念があるからです。高齢者、障がい者などが「自分がいない方がよい」と考えてしまう、あるいはそう考えるように説得される可能性もあるでしょう。

 レッドビーター議員はそうならないようにする対策を設けることでリスクを回避できるとしています。

 11月に入って法案の詳細が明らかになりました。対象範囲はイングランドとウェールズです。北アイルランド、スコットランドは自治政府の管轄になるためです。

 法案によると、対象となる人は

 ーイングランドかウェールズの18歳以上の住民で、その地域の主治医に登録して少なくとも1年間を経ている人

 ー自分で選択できる精神能力を持ち、強制がなく、十分に情報を得た状態での意思を明確にできること

 ー半年以内に亡くなる見込みがあること

 ー死の意思において2つの異なる宣言書を立ち合いの下で署名して出していること

 ー安楽死を希望する患者が安楽死についての条件を満たすことを、医師2人が確認していること。2人の医師の確認には少なくとも1週間以上の間が空いていること

 ー高等裁判所が医師のうち少なくとも一人から、そして患者あるいは関連する人物から事情を聞いていること

 ー裁判官が安楽死を認めた後、患者は少なくとも14日間の感覚を置いて、安楽死を実行すること

 ー医師は患者が命をなくするための物質(薬)を準備するが、患者自身が服用すること

 などです。


安楽死選択の支持者は増えている?

 安楽死を宣言するようにと人に圧力をかけることは違法で、禁固刑14年が下されることもあるそうです。

 筆者は合法化に大いなる懸念を持つ方ですが、安楽死実現のキャンペーン組織「ディグニティー・イン・ダイイング」によると、英国に在住する人の84パーセントが末期症状の患者による安楽死の選択を支持していました。

 ずいぶん高い支持率のように思えますが、皆さんはどう思われますか。

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(「ディグニティー・イン・ダイイング」のウェブサイトからキャプチャー)


 もし合法になれば、欧州ではスイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、スペインに続くことになります。

 10月5日付のBBCの記事ではポーリーン・マクロードさんの話を紹介しています、夫のイアンさんは難病を患い、昨年亡くなりました。病気のためにイアンさんは首がひどく痛み、話すことができなくなりました。食べ物のそしゃくや呼吸も困難な状態でした。薬の過剰摂取で死のうとしましたが、医療関係者が違法行為を犯したことになるのを避けるため、3週間食事の摂取を拒否して亡くなりました。イアンさんの人生の最期は満足のゆくものではありませんでした。ポーリーンさんは安楽死合法化に賛成しています。

 特例中の特例を除いては、合法であってはいけないと筆者は思うのですが。

 人間は自分の本音を言わないことがあります。家族からの圧力があったかないかを証明するのは難しいかもしれません。「重荷になりたくない」と死を選び、最期の最期まで「自分の選択です」という人が出ないでしょうか。

 医療関係者で構成される、安楽死反対の組織「アワ・デューティ・オブ・ケア」によると、米オレゴン州の保健当局が出した調査(2020年)では、安楽死を希望した人の53%が「家族、友人、ケアをする人に負担をかけたくない」ことを理由に挙げていたそうです。

 「安楽死を支持する人は84%」という先の調査結果もそうですが、誰にいつ、どのような質問の仕方で聞くかによって、数字はいろいろと変わりそうなのですが・・・。

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(「アワ・デューティー・オブ・ケア」のウェブサイトより、キャプチャー)


キーワード

Assisted dying(臨死介助・安楽死)

医療関係者が致死薬の提供など患者の死期を早める状況に関与する状況。Euthanasiaともいう。これはギリシア語の「良い」(eu)と「死」(thanatos )から派生し、「良い死」の意味に。分類は多様で、「自発的安楽死」、自発的要請を欠く「非自発的安楽死」、患者の意思に反する「反自発的安楽死」のほかに治療の差し替えや中止も。



# by polimediauk | 2024-11-22 19:14