小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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会場には職員によるウクライナ支持の写真パネルがあった(筆者撮影) 


 ロシアのウクライナへの武力攻撃が続く中、ポーランド北部の都市グダニスクで、「自由な欧州メディア(フリー・ヨーロピアン・メディア)」会議が開催された。

 主催は欧州最大のジャーナリスト組織「欧州ジャーナリスト連盟(EFJ)」と報道の自由を強化するための運動「フリー・ヨーロピアン・メディア」。会場はポーランドの自主管理労組「連帯」の歴史を記録する「欧州ソリダリティセンター(ECS)」であった。

 ウクライナで戦争が起き、各地で人災が発生する中、メディアは、ジャーナリストは何をするべきなのか。そんな問いを共有しながらの議論の一部を紹介したい。

欧州ソリダリティセンターの外観(筆者撮影)
欧州ソリダリティセンターの外観(筆者撮影)

ECSのアトリウムに置かれた写真パネル(筆者撮影)
ECSのアトリウムに置かれた写真パネル(筆者撮影)

 会場となったECSのアトリウムには、黄色と青色のウクライナ国旗をモチーフにした紙を持つ職員たちの大きなパネル写真が置かれていた。

 会議の冒頭、演説の口火を切ったのは、会議協賛者の1つグダニスク市のアレクサンドラ・ダルキェヴィッチ市長である。演台の下には、ウクライナ国旗の色に沿った、黄色と青色の花のアレンジが飾られていた。

演説をする、グダニスクのダルキェヴィッチ市長(筆者撮影)
演説をする、グダニスクのダルキェヴィッチ市長(筆者撮影)

 市長は、ロシアによるウクライナ侵攻で「権力から独立した、自由なメディアの重要性がますます高まった」と述べた。「ウクライナの欧州連合(EU)加盟への早期実現を支持する」とも発言し、政治面からのウクライナ支援を表明した。

ロシア政府のプロパガンダを流すメディアは封鎖されるべきか?

 3月18日の2つのセッションでは、ロシアのプロパガンダ報道が取り上げられた(セッション5「メディアリテラシー、メディア、民主主義のためのダイアローグ」、セッション6「民主主義に必須となるメディアの自由と安全性」)。

 ここでいう「プロパガンダ報道」とは、事実に即さない、政治目的での報道を指す。

 例えば、今回のウクライナに対する武力攻撃だが、英語圏では「戦争(war)」、あるいは「侵攻(invasion)」という言葉が使われている。

 しかし、ロシア政府及び国営メディアはウクライナ東部のロシア系住民を守るため、平和実現のための武力行使であるとして「特別軍事作戦」と呼ぶ。「戦争」ではないことになっている。

 ウクライナへの砲撃が誰によるものなのかさえ、異なる場合もある。

ロシアの国営テレビが映し出す「現実」が、いかに現実と違うか。日本時間3月2日午前2時の画面が、その典型例だった。BBCワールドニュースは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)でロシア軍がテレビ塔を砲撃したという速報で始まった。同じ時にロシアのテレビは、ウクライナの都市を攻撃しているのはウクライナだと伝えていた。ウクライナ侵攻をロシアのテレビで見る まったく別の話がそこに(BBCニュース)

 ロシアでは、公の場で軍事行動の停止を呼びかける、軍の名誉を傷つけるなどの活動が禁止されている。反戦運動が事実上、禁止されていると言ってもよいだろう。軍に関する虚偽情報を広めた場合、最大で15年間の禁錮刑が科される可能性もある。

 非営利組織「アライアンス・フォー・ヨーロッパ」のマイア・マズーケビッチ氏は、ロシアのプーチン政権は「人々に不安感を植え付けようとしている」と述べる(セッション5)。「真実を隠すために嘘の情報を広めている」、「嘘の情報が人々の行動を変えるところまで行ってしまうことがある」。

 ポーランドの会議に参加するため、モスクワからやってきたロシア人ジャーナリスト、アンナ・キーリバ氏は「バレンツ・プレス・ロシア」で働く。北極圏にある海域「バレンツ海」に面するノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにわたる地域(=「バレンツ地方」)のメディアである。

 「プロパガンダの戦争が起きている」とキーリバ氏。ソビエト連邦の時代から、「大部分の国民がメディアの言うことを信じる傾向があった。インターネットの時代になっても、その傾向は変わっていない」。

 ロシアでは国営テレビをニュースの情報源として使う人が圧倒的で、「お金を払って、質の高いジャーナリズムに触れる必要性を感じていない」。

 情報の選択肢が少ないというわけではないという。「ほとんどの情報にアクセスできる、その気になれば、だが」。

 独立メディア「メデューサ」を含め、質の高いジャーナリズムを提供するメディアはある。「メディアが不足しているのではない。見ようとする視聴者が十分にはいないということなのだと思う」。

 ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシア政府のプロパガンダを拡散するメディアへのアクセスを停止させる動きが強まっている。

 例えば、英国では放送・通信規制監督を担当するオフコムが、3月18日、ロシアのテレビ局「RT(旧ロシア・トゥデー)」の放送免許を取り消している

 「ノルディック・ジャーナリスト・センター」のリーフ・ロンスマン氏は、プロパガンダメディアを禁止するべきではない、という。「どのような報道をしているのかを知る必要がある。禁止よりも、質の高いジャーナリズムを広めるようにするべき。また、市民のメディアリテラシーを高める教育を行うべきだ」。

 「ボルティック・センター・フォー・メディア・エクセレンス」のグンタ・スローガ氏はこれに反対だ。「メディアには多様性があるべきと私も思う。しかし、今、戦争が起きている」。情報戦が発生している時、敵側のプロパガンダが伝わってゆくことで、負の影響が大きいと主張する。

 「西側メディアは、ロシアがウクライナの次はバルト諸国に侵攻するぞ、と報道する。怖いと思う」。

 バルト諸国とは、バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶエストニア、ラトビア、リトアニアを指す。ボルティック・センター・フォー・メディア・エクセレンスは拠点をラトビアに置いている。スローガ氏にとって、ウクライナ戦争は決して他人ごとではない。

 戦時でも、相手側のプロパガンダ放送にアクセスできるようにしておいていいのかどうか。この点をセッションの司会者マズーケビッチ氏も繰り返し問いかけた。

 ロシア・プーチン政権寄りのロシア語放送が近隣の国に影響を及ぼし、「侵攻」や「戦争」でなく「平和のための特別軍事作戦」と信じる国民が出てくることを踏まえての問いかけだ。

 これに続いた最後のセッション(セッション6)で、「国際メディアサポート」のグイナラ・アクンドバ氏は、自国アゼルバイジャンにいる叔父を「プーチン政権による情報戦争で奪われた」という。「高い教育を受けた、知識人の叔父がロシア語のプロパガンダ放送を信じ切っている。同じ人物とはもう思えない」。

国レベルではなく、個人でつながる

 会議初日17日には、「ウクライナ戦争」をテーマにしたセッションがあった。ウクライナ、ロシア、他複数の国のジャーナリストが参加した。活発な議論が交わされたが、参加ジャーナリストを危険にさらさないため、誰が発言したかの報道は禁じられた。発言内容は紹介できる。

 ここでも、偽情報やプロパガンダ報道が取り上げられた。

 あるジャーナリストが、ウクライナ近隣のジョージア、モルドバ、ベラルーシなどでロシア語のプロパガンダ報道が広がる時、「本当にこんなことが起きているかどうか」について、各国に住むジャーナリスト同士が互いに連絡を取り合い、事実確認するべき、と述べ、場内から拍手が沸き起こった。

 「政府対政府」、あるいは「媒体対媒体」の会話ではなく、「個人同士・市民同士」でつながろう、という呼びかけだった。

現地のジャーナリストを助ける

 欧州ジャーナリスト連盟(EFJ)のエイドリアン・コリン氏によると、EFJはこれまでにも各国の労組を通じて攻撃の対象となるジャーナリストへの研修やそのほかの支援を提供してきたという(セッション6、18日)。

 ウクライナ侵攻は「これまでになかった事態」で、ジャーナリストたちは対応できるスキルを身に付けないまま、十分な防具も持たされないままに「前線に送られている」。

 3月初め頃から「具体的にどのようなニーズがあるか」を探し出すためにEFJの職員を派遣した。

 最優先となったのが、身の安全を確保するための防御関連のグッズだったが、現地に送る手配が「非常に難しかった」、「国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)を通じて早急に送れるようにした」。

 ジャーナリストの国外への一時避難、居住場所の移動(リロケーション)も支援している。「今、約1000人のジャーナリストがリロケーションを希望している。中期的には3000人に増えるだろう。最終的には、ジャーナリストだけで5000人、家族も含めると2万人が国外での居住となる可能性がある」。

取材用防弾チョッキを送る

 ほかに具体的にできることはないのか?

 会場で立ち上がったのが、「国境なき記者団」ポーランド支部の女性ジャーナリスト。「私が知っている数人のジャーナリストがウクライナで亡くなった」。

 これ以上の犠牲者を出さないためにも、「私たちは取材用防弾チョッキをウクライナのジャーナリストに送るプロジェクトを始めている」。

 防弾チョッキは1着が1000ユーロ(約13万円)に上るという。チョッキを買うための資金も集めている。「これまでに30着をウクライナ西部リビウに送ったが、さらに数百着必要だ」。

 ウクライナ侵攻直後に国外に出たジャーナリスト、イリーナさんも声を上げた。

 「ウクライナにいたときは、ジャーナリストの研修を担当していた。戦場取材のスキルを学ぶ研修を提供しているという話があったが、心理面の影響も忘れないでほしい。戦時取材は、ジャーナリストの心身への影響が大きい」。

 また、ジャーナリストの死を世界のメディアが報じるとき、ウクライナにやってきた著名な外国人ジャーナリストばかりではなく、現地ウクライナで外国人ジャーナリストを助けた「調整役」の人物の存在を同様に重視して報道してほしい、と訴えた。

 そんな地元調整役の一人が、オレクサンドラ・サシャ・クシノバ氏だった。彼女は米フォックスニュースのジャーナリスト、ピエール・ザクレジウスキー氏(同時に死亡)を助けるために働いていた。享年24歳。

 ツイッターでは、ヨーナット・フリリング氏がサシャさんの死を悼むツイートを発信した。

ヨーナット・フリリングさんのツイートから、画面キャプチャー。
ヨーナット・フリリングさんのツイートから、画面キャプチャー

 「国境なき記者団」の調べによると、ウクライナ侵攻の2月24日から3月25日までの間に、少なくとも5人のジャーナリストが亡くなっている(3月26日付のウェブサイトから)。

「国境なき記者団」のウェブサイトからキャプチャー。
「国境なき記者団」のウェブサイトからキャプチャー

 上の地図はウクライナで砲撃によって亡くなったあるいは負傷したジャーナリストを示す。赤丸と「Killed」が亡くなった場所を指す。サイトから、地図上にカーソルを当てると情報が示される。

ロシア人ジャーナリストに今の状況を聞く

 最終セッションの後、ロシアの民間ラジオ局の男性ジャーナリストに、状況を聞いてみた。モスクワから来たという。

 「言えないことがどんどん多くなっている。いつまで自分がロシアにいられるかは分からない」。

 西側諸国による経済制裁で、市民の生活はどうなっているのか。

 「自分自身は生活面ではなんとか大丈夫だ」。

 市民はロシア国内のみで使えるカードと国際決済が可能なカードの2種類を持っていることが多いという。国際決済の方のカードは使えないが、国内カードは使えているという(3月18日時点)。

 「本当に、この先どうなるのか、まったくわからない」。


# by polimediauk | 2022-03-27 05:35 | 欧州のメディア