小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 ベルギー・ブリュッセルで発生した同時多発テロから一夜明け、ショックが未ださめやらない欧州。捜査当局は実行犯グループの足取り解明に力を入れている。

 今回の実行犯グループは、昨年のパリ・テロも同様だが、イラクとシリアに拠点を置く過激集団「イスラム国」(IS,ISIL、ISISなど)にインスパイアされた、あるいはその指示を受けた若者たちのようだ。

 ISシンパとなった若者たちが、生まれ育った欧州からシリアに向かい、ISあるいはほかの過激集団の一員となって戦闘に参加する場合も少なくない。

 こうした若者たちのシリア行きをなぜ物理的に止められないのだろうか?また、シリアから帰国した若者たちがテロ行為に走るのを、なぜ止められないのだろうか?

「テロ行為を行う」こと自体をなぜ、止められないのか、という意味ではない。それ以前の話として、なぜシリア行きを止められないのか?また、シリア帰りの若者たちをなぜ追跡し、徹底マークできないのか?

オープンな社会

 大きな理由の1つは、欧州がオープンな社会であるからだ。人の移動が自由にできるため、特定の国に行くことを止めることは原則、できない。特定の国から帰ってきたからと言って、それだけで拘束するわけにもいかない。

 見た目がイスラム系市民であるとしても、もちろん、それだけで疑わしい人物と見ることはできないし、もしそうなれば、人種差別につながってしまうから、ご法度だ。

 様々な人種の様々なバックグラウンドを持った人々が生きる欧州では、どんな人物も特別目立つことをしていない限り、ごく日常の風景の一部になってしまう。

 さらに、一人の人物でも24時間、監視しているには相当の人材リソースが必要となり、よっぽどのことがなければ、100人単位、あるいは1000人単位の人物を四六時中監視しているのはできないのが現状だ。

 社会のオープンさを制限する動きが、難民問題やテロの連続発生によって、生じている。国境検査なしで自由に往来できる「シェンゲン協定」の見直しだ。

テロリストに「ようこそ」は問題

 「国境検査なしで欧州内で自由に行き来できる現状は、テロリストに『ようこそ』と言っているようなものだ」―。英元保守党党首マイケル・ハワード氏は、22日夜にロンドンで開催されたあるイベントでこう述べた。

 この日朝に発生した、ベルギーのテロ以前に準備されたスピーチの中での発言だが、英政界で物議をかもした。キャメロン英首相は「今はこの問題について議論をする時期ではない。ベルギー国民と心を一つにするべき時だ」と答えている。

 欧州連合(EU)はテロ発生後、「欧州の価値観を守る強い決意」を宣言する文書を採択した。

 人、モノ、サービスの自由化を原則とするEUは欧州統合の一つのシンボルだが、中東やアフリカ諸国からの急激な難民の流入や偽装難民として入ってきたテロ容疑者(昨年11月のパリ・テロなど)の事例があることで、いったんは止めていた国境検査を再開する国が出てきた。

 欧州では26カ国がシェンゲン協定を締結している。EU加盟国全28カ国の中では22か国が締結し、残りの4か国は非EU加盟国(スイス、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェー)だ。EU加盟国だがシェンゲン圏には入っていないのは、英国、アイルランド、ブルガリア、クロアチア、キプロス、ルーマニアの6カ国。

 シェンゲン協定の規則によると、公共政策や治安に深刻な脅威がある場合は、審査を一時的に復活させることができる。

 昨年9月、難民流入の急増に悩むドイツは、オーストリアとの国境で国境検査を再開し、10月にはハンガリーがクロアチアとの国境を封鎖した。11月以降はスウェーデン、フランス、デンマーク、ギリシャなどが一部にせよ、国境検査を導入。今年3月19日からはギリシャから難民をトルコに戻す施策が実行されている。22日のベルギー・テロ後、ベルギー、フランス、ドイツが国境検査の厳格化を発表した。

 人道的見地から、積極的な難民受け入れの姿勢を示したスウェーデンは昨年1年間で15万人を超える難民を受け入れた。欧州内で、人口比では最も受け入れをした国となり、予想以上の難民流入の対処に大わらわだ。昨年末からは国境管理や難民申請者への対応を厳しくするようになった。

 もともと厳しい移民政策をとってきたデンマークでは、1月26日、難民認定申請者から財産を没収する新法が成立した。申請者の現金や所持品が1万デンマーク・クローネ(約17万円)を超える場合、警察が超過分を没収できる。結婚指輪や家族の写真など、特別な思い出のある貴重品は没収されない。没収された現金や貴重品から生じた金額は滞在施設の運営などに充てられる。難民から財産を没収するとは、随分とむごい感じがするが、それだけ切羽詰まっていることも意味するだろう。

 難民問題が報道されない日はない欧州で、どこまでオープンな社会という原則を維持するのか、その真価が問われている。
# by polimediauk | 2016-03-23 19:11 | 欧州のメディア
 22日、欧州連合(EU)の主要機関が置かれているベルギーの首都ブリュッセルで、同時多発テロが発生した。英フィナンシャル・タイムズはこの日を「EUの心臓部が攻撃された日」と呼んだ(22日付)。後に「イスラム国」(ISあるいはISISなど)の犯行声明が出た。

 なぜベルギーがターゲットになるのだろう?

 IS側の声明によれば、ベルギーはイラクやシリアを拠点とするISへの攻撃に参加している国の1つだからだという。

 詳しい背景について、アルカイダをはじめとするイスラム原理主義テロ集団を長年追ってきた、英ジャーナリスト、ジェイソン・バーク氏の分析(22日付、ガーディアン)を見てみよう。

 同氏によると、過激主義者によるイスラム教をかたってのテロ行為は世界中どこで発生したかにかかわらず、共通する理由があるという。

 まず、「一定の規模を持つ、社会全体から孤立したイスラム教徒のコミュニティが存在していること」、「そのコミュニティの中の若者層の失業率が高いこと」、「武器が手に入りやすいこと」、「高いレベルの通信・移動ネットワークを手中にしていること」、さらに、「取り締まり当局が現状に甘んじる傾向があり、人的資源を十分に割いていないこと」、「国内の政治不安」だという。

 さらに、ベルギーでは、ソーシャルメディアや仲間同士で暴力的なイデオロギーが流布しており、これ自体が直接的な暴力行為に結び付くわけではないが、「憎悪感に満ちた、不寛容な、かつ超保守的な世界観を奨励する」傾向があるという。

 ベルギーの規模(人口約1100万人)や国全体が2つに割れている形をとることが武器の流入・流布に貢献した、という人もいる。北部フランデレン地域(人口の約6割、オランダ語の一種であるフラマン語が公用語)と南部ワロン地域(約4割、フランス語が公用語)の角突き合いは1830年の建国時からものだ。ナポレオン戦争時の欧州再編成にともなって、列強のパワーゲームの中から生まれたのがベルギーだ。

 歴史を振り返れば、1980年代、90年代にはほかの欧州諸国同様に、中東に根を持つテロ事件が発生した。90年代にはフランス北部でアルジェリアの独立運動をめぐって暴力事件が連発し、隣国ベルギーもその余波を受けた。

 2000年代の前半にはマドリード(2004年)やロンドン(2005年)でイスラム系テロが発生し、多くの犠牲者を出したが、過激主義のネットワークがベルギーでも構築されている証拠があったにもかかわらず、当局は「ベルギーをほとんど重要視しなかった」(バーク氏)。

 2005年にイラクで自爆テロを実行したベルギー出身の女性は、自爆テロを行う初めての欧州生まれの女性となった。しかし、この時点でもベルギー=ジハディストの巣という見方は一般的には広がらなかった。

 大きな追い風となったのがシリア内戦だ。ベルギーから中東に向かうイスラム系青年たちが次第に増えていったからだ。

 バーク氏の見立てによると、欧州からシリアで戦うために向かった青年たちの中で、一戸当たりの人数が最も多いのはベルギーだ。

 50万人のイスラム教徒を抱えるベルギーで、アサド政権討伐のためシリアに渡った青年たちは450人から560人と言われているという。その大部分がISに参加して戦った。

モレンベークがテロリストの巣に

 首都ブリュッセル(人口90万人)の南西部郊外にあるモレンベークでは、人口の80%がイスラム教徒だ。失業率は30%で、これは国全体の失業率の3倍だ。

 昨年11月のパリ同時多発テロの実行グループの一人で、先日、ベルギー当局が捕まえたサラ・アブデスラムがこの地域で生まれ育った人物だった。グループの大半もここで生活していた。

 アブデスラムは世界的な指名手配人物となったが、パリテロ発生から4か月後、最終的につかまったのはモレンベークの一角だった。ベルギーの捜査当局の力不足が露呈したかのような逮捕だった。当局にとってモレンベークは十分に情報が取れない地域になっていた。

ベルギーとジハディスト

 英数紙の報道をまとめると、2000年代に入って、ベルギー関連で以下のテロ事件が発生していた。

 2001年9月――米国で同時多発テロが発生する直前、モレンベークを拠点とする国際テロリストグループがアフガニスタンで、反タリバンの指揮官を殺害した。

 2005年11月――ベルギー人でイスラム教徒への転向者がイラク・バクダッドで自爆テロ。4人を殺害。欧州出身の最初の女性自爆テロリストとなった。

 2010年――「シャリア・フォー・ベルギー」が立ち上げられ、シリアで戦うISの戦士をリクルートした。

 2014年5月―ーブリュッセルのユダヤ人博物館で4人を銃殺した人物はフランス人だったが、モレンベークを拠点としてブリュッセルで犯行に及んだ。3人が殺害され、一人が重傷。

 2015年1月――パリの食料品店で4人を殺害したアメディ・カリバリはモレンベークで銃を調達していた。風刺雑誌シャルリ・エブドで風刺画家らを殺害したコアニ兄弟もモレンベークなどで調達した銃を使った。

 同年11月――パリ・テロの実行犯の一人アブデルハミド・アバウドとアブデスラム兄弟が生まれ育ったのはモレンベークだった。

 今年3月18日―ーサラ・アブデスラムがモレンベークで逮捕される。

 22日、ブリュッセル国際空港と地下鉄で同時多発テロ発生。

ベルギーのミニ歴史

 1814年~1815年 ウィーン会議によりオランダの支配下に入る

 1830年 独立宣言(フランスの7月革命の影響)

 1839年 オランダによるベルギー独立承認

 1914年 第一次世界大戦の対独戦により占領を受ける(~18年)

 1940年 第二次世界大戦の対独戦により占領を受ける(~44年)

 1993年 連邦国家に正式に移行

 (外務省資料より)
# by polimediauk | 2016-03-23 08:36 | 欧州のメディア
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 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

 近年、デジタル・テクノロジー関係の新興大手と言えば、アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック、ツイッターなど、米国発が圧倒的な位置を占める。スカイプ(スウェーデン)をはじめとして欧州発もいくつかあるものの、やや影が薄く、米企業ほどには世界的に知られていない。

 欧州内のテクノロジーや起業(スタートアップ)の動きを追うネットサイト「テック・イーユー(Tech.eu)」のロビン・ワウタース編集長によると、国によってそれぞれ異なる言語・文化を持つ欧州各国の場合、ビジネスが国内に留まりがちで、そのほとんどの活動は「外からは見えない」状態になっているという。 

 しかし、世界のほかの地域同様に、欧州でもテクノロジー関係の起業の波は年を追うごとに大きくなっている。

 テック・イーユー共同創業者の一人アイボ・シュピゲル氏が最近上梓した、スタートアップ関係者へのインタビュー集『欧州スタートアップ革命』の紹介を兼ねながら、現状を見てみたい。

今年は「欧州の起業家の年」


 テック系スタートアップの記事を掲載するサイト「ルード・バゲット」の記事(1月4日付)は、2016年こそが「欧州の起業家の年となる」と予測している。2015年第1から第3四半期までの間に、欧州で新興企業に投資された金額は88億ユーロ(約1兆1280億円)に上った。これは前年同期比40%増だ。

 欧州各国政府は起業振興のための生態圏を作るために予算を充てており、ロンドンは「フィンテック」と呼ばれる、金融関連のサービス業、アムステルダムはモバイル・アプリ、パリはデジタル広告の技術など、主要都市が得意な業態を持つようになってきた。

 テック・イーユーのシュピーゲル氏は、『欧州スタートアップ革命』の中で、現状をこう説明している。5年程前まではロンドンを含むいくつかの主要都市をのぞくと、起業のために必要なリソース(オフィススペースを共有するコワーキング・スペース、教育、資金など)が欠けていたという。

 しかし今は、スタートアップの数よりも起業を奨励する教育の機会の方が多い場合があり、毎日のように欧州域内で資金調達のイベントが開かれているという。

 欧州のスタートアップ市場の中で特に目立つのがロンドンだ。

 調査会社CBインサイトとロンドン&パートナーズの調べによると、2015年、英国のテック企業がベンチャー投資家から集めた金額は36億ドル(約4227億円、前年比70%増)。資金の大部分(22.8億ドル)がロンドンのテック企業に投資された。世界の金融センターの1つシティの存在が貢献したようだ。

 しかし、スタートアップの本家ともいえるシリコンバレーには及ばない。全米ベンチャー・キャピタル協会よると、2014年、シリコン・バレーに投資された金額は357億ドルに達している。

 スタートアップ企業は投資家からの支援を受けながら、成長するにしたがってその価値を増大させてゆく。

 テック・イーユーが分析した、欧州スタートアップの評価額ランキング(2015年8月時点)によると、1位はSpotify(音楽配信サービス、スウェーデン、85億3000万ドル)。これに続くのがGlobal Fashion Group(ファッション商品のネット販売、ドイツ、34億ドル)、Delivery Hero(オンラインでの食べ物の注文、ドイツ、31億ドル)、Klarna(電子コマース、スウェーデン、25億ドル)、Adyen(国際決済サービス、オランダ、15億ドル)、FanDuel(オンラインのスポーツ・ゲーム、英国、13億ドル)、Infinidat(データ管理、イスラエル、12億ドル)、Home24(オンラインの家具販売、ドイツ、10億ドル)、Shazam(音楽認識アプリ、英国、10億ドル)、Farfetch(世界のファッション物品のネット販売、英国、10億ドル)となった。

真の「汎欧州テック・コミュニティ」はない?

 投資金額は次第に増えているものの、「グローバル化」への壁は厚い。

 『欧州スタートアップ革命』の中で紹介された企業の1つが、フランス発の大手電子コマース会社PriceMinister(2010年、楽天に2億ユーロで買収された)。ドットコム・バブルが始まった2001年にサービスを開始し急成長したが、フランス以外ではほとんど知られていなかった。ほかの多くの欧州発のスタートアップ同様、グローバル化を目指していなかったからだという。

 共同創業者ピエール・コスシュイスコモリゼ氏は欧州市場が国によって分断化されていると指摘する。「税金、雇用関連法、企業法などがそれぞれの国によって異なる。あまりにも多くの異なる言語、文化、消費習慣がある。欧州と一口で言うが、小さなそれぞれの国の集まりに過ぎない」。同氏は「本当の意味での、汎欧州コミュニティは存在しないのではないか」とさえいう。

 汎欧州用にスタートアップ支援ファンドSeadCampを2002年から運営してきた、南アフリカ出身のソール・クライン氏も、「本当にグローバルなビジネスを作っていくのは並大抵ではない」という(『欧州スタートアップ革命』)。「インターネットがあればグローバルに展開できそうだが、それでもそれぞれの国・地域の司法体制や習慣、文化に配慮する必要がある」からだ。

 2005年から、欧州委員会は「スタートアップ欧州イニシアティブ」を実施中だ。域内で起業を希望する人を支援し、投資家が出会う場を各国で開催している。シリコンバレーの成功例を学ぶイベントも開いている。

 願わくば、欧州発で世界に翼を広げる大手スタートアップが出てほしいーそんな欧州官僚の思いが形になったのが、単一デジタル市場を立ち上げるための動きだ。「汎欧州で機能する通信ネットワーク、国境を超えるデジタル・サービス、斬新な欧州スタートアップの波を作りたい」。2015年5月、ジャンクロード・ユンカー欧州委員長はこう宣言した。

 委員会の調べによれば、3150万人の欧州市民が毎日インターネットを利用しているが、その54%は米国を拠点とする企業のサービスを使っていた。42%がそれぞれの国の企業によるサービスを利用し、汎欧州で展開されているサービスは4%のみだった。欧州連合(EU)市民の中でEUのほかの国からオンライン・ショッピングで物品を買った人は15%のみ。中小企業の中で国境を超えた物品販売をしている人は7%だけだった。

 欧州委員会は、2014年から20年の間に200億ユーロを規制撤廃、高速通信、教育などに投資し、EU内でのデジタル利用を国別から汎EUに変える予定だ。

 単一デジタル市場へと動く欧州委員会の視線の先には、欧州内でも圧倒的位置を占める米国発デジタル・サービスを欧州発に変えてゆきたいという狙いがあるようだ。

 最後に、『欧州スタートアップ革命』が取り上げたスタートアップ、および投資会社の概要の一部を紹介しておきたい。社名、創業者の出身国、創業年、サービス内容の順に記した。

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(音楽ファイル共有サービスのSoundCloud)

 Seesmic (フランス、2008年、複数のソーシャルメディアのアカウントを同時に管理するフリーウェア)、Last.fm(英、2003年、音楽特化型ソーシャルメディア)、Dailymotion(フランス、2005年、動画共有)、Mendeley(英国、2007年、学術論文の管理とネットでの共有)、SoundCloud(ドイツ、2007年、音楽ファイル共有)、Atlas Ventures(米国、1980年、投資会社)、Accel Partners(米国、1983年、投資会社)、Prezi(ハンガリー、2009年、プレゼンテーション用ソフト)、500 Startups(米国、2010年、投資会社)、TransferWise(エストニア、2011年、銀行手数料がない、国際送金サービス)。

 最後に挙げたTransferWiseはロンドンに本社を置き、300を超える通貨を扱う。英国の国際送金市場の2%を占めるまでに成長している。
# by polimediauk | 2016-03-08 17:52 | ネット業界
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 (「新聞協会報」2月23日号に掲載された、筆者記事に補足しました。)

 英紙インディペンデントの紙版が3月末、姿を消すことになった。電子版に完全移行する。全国紙では初めてだ。ネットでニュースを見る習慣が広がる中、「紙の新聞の終えん」がいよいよ現実化したと受け止められた。

 記者による創刊をはじめ英新聞界の革新を担ってきた同紙は、電子版だけで成功する初の全国紙になれるか。

メディア環境の大きな変化

c0016826_13571994.jpg「紙に印刷されたニュースにお金を払う人の数が少ないことに尽きる」ーー同紙のアモル・ラジャン編集長(写真右、プレスガゼットより)は読者に対し、電子版オンリーに移行する理由をこう説明した。

 平日発行のインディペンデントは3月26日、日曜紙インディペンデント・オン・サンデーの紙版は3月20日の発行が最後になる。

 2013年、29歳で編集長職に就いたラジャン氏は「就任初日から、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた」と保守系週刊誌「スペクテーター」に書いた(2月18日付)。「それでも、実際にそうなると、大きな衝撃だった」。

 インディペンデントの紙版廃止の背景には、メディア環境の激変が大きい。

 英ABC協会の調べによると、新聞の発行部数は10年前には約1200万部に上ったものの、現在は700万部と約半分に減少した。新聞専門サイトのプレスガゼットによると、この間、約300の地方紙が廃刊となった。広告も紙からオンラインに移っている。2010年比で、全国紙の広告収入は3分の1に落ち込んだ。

 各紙は紙からの収入減を電子版から補えないジレンマを抱える。損失を抱えたり、利益を減らしたりしながら、デジタルへの投資を続けてきた。

 インディペンデント紙による電子版への完全移行の決断は、影響力が大きい全国紙が紙媒体を手放した意味で、メディアの激変時代を象徴する動きといえよう。

 加えて同紙に特有の理由として、(1)有力新聞だが所有者が数回交代し、安定した経営に恵まれなかった、(2)電子版への十分な投資が行われず、新聞全体のプレゼンス低下につながったーーの2つが挙げられる。

 ちなみに、2015年12月時点でのインディぺデントの発行部数は約5万6000部。簡易版「i(アイ)」は28万部。インディペンデントの日曜版は9万2000部だ。

 完全電子版成功の鍵は、前年比33%増の訪問者数(日間ユニークユーザー数は280万人)をてこにどこまで存在感を広げられるかにかかっている。テクノロジーやジャーナリズムへの投資が道を分けそうだ。

 電子版への完全移行で、インディペンデント紙の従業員150人のうち、100人前後が職を失うもよう。25人が新規に雇用される。

 地方紙グループのジョンストン・プレス社に売却されるiは、紙版を維持する。編集スタッフは35人増の51人になるという。

 i紙のコンテンツは独自の記事に加え、インディペンデント紙や、同じESIメディア社の傘下にある無料紙ロンドン・イブニング・スタンダード、ジョンストン・プレス傘下の地方紙が提供する。

タイムズー「紙版の終わりではない」

 同じく全国紙のタイムズは2月13日付の社説で、同紙にとっては「今後長い間にわたって、紙版と電子版が共存するだろう」と書いた。

 「広告収入がネットに流れたため、新聞社の収益構造は大きく変わった」が、「読者と強いきずなを持つ新聞には大きな価値がある」。読者がタイムズを紙で、オンラインで、あるいはタブレットのアプリで読もうが構わない、という。

 かつては放送界がニュースを報道することで新聞界は危機にさらされたが、各紙は常に革新を続けてきた、だから「紙版と電子版は共存してゆくだろう」。

英紙の革新を担う

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 インディペンデント紙は1986年の創刊以来、英新聞界で革新的な役割を担ってきた(創刊号の1面、左)。

 写真を大きく扱う1面、意見の明確な表明、タブロイド判への移行などが象徴する。

 創刊者はデイリー・テレグラフ紙にいた3人の記者。東西冷戦下での核兵器の是非、新由主義を政権が標ぼうする中での国営企業の民営化、労使紛争の頻発など政治イデオロギーの違いによる社会的な対立が激化していた。こうした中、「特定の勢力に組みしない、インディペンデントな(独立した)新聞」として始まる。

 ひときわ大きく印象的な写真を全国紙で初めて1面やニュース面に使い、新鮮さ、大胆さを強調した。新しいジャーナリズムの息吹を感じた他の高級紙の若手の記者が続々と集まった。89年には、同じ中道左派系のガーディアン紙を抜き、約42万部の部数を達成した。

 しかし、ルパート・マードック氏が率いるメディア大手ニュース社が「戦争」を仕掛ける。同社が発行する保守系紙タイムズを使って安値競争を開始したのである。インディペンデント紙はこれによって大きな打撃を受けた。日曜紙の発行も経営の重荷となり、2003年頃までには20万部前後の部数に減少してしまった。

思い切って、タブロイド判に

 挽回に向け03年秋、タブロイド判を発行する(04年、完全に移行)。当時、人気を集めていた無料紙メトロがタブロイド判だったことに注目した。しかし、インディペンデント紙のような高級紙(クオリティー・ペーパー)にとって、これはかなりの決断力を要した。小型タブロイド判は大衆紙のサイズで、「タブロイド」と言えば、ゴシップ記事が中心の低俗な新聞というイメージがついていたからだ。

 当時の編集長サイモン・ケルナー氏に筆者が聞いたところによれば、「編集室の全員が反対した」という。しかし、編集長の職権でこれを推進。多くの人の不安をよそに、タブロイド判は大当たりとなった。

 この影響で、他の高級紙もサイズの変化を試みる。タイムズがすぐに後を追って小型化し、ガーディアンは縦に細長いベルリナー判となった。

 タブロイド判の採用後、「まるでポスターのような」と言われたデザインが目立つようになった。同じく左派系のガーディアン紙との差別化を狙い、意見を明確に出す紙面作りも打ち出す。「ビュー・ペーパー(視点の新聞)」とも呼ばれた。当時をほうふつとさせる紙面展開となったのが、2015年1月のシャルリエブド事件への抗議を表した表紙である(画像、右下)。c0016826_14191512.jpg

 しかし大きく業績を回復させられず、元KGBの富豪アレクサンドル・レベデフ氏に10年3月、1ポンド(約140円=当時)で買収された(現在は息子のエフゲニー・レベデフ氏が実権を握る)。電子版から十分な収入をあげられずに悩む英新聞界に、同紙を買う体力がある企業家はいなかった。

 同年10月、i紙を創刊。高級紙が簡易版を出すのは初だった。当時で20ペンスの定価は本紙の5分の1。高級紙の内容を大衆紙以下の値段で提供するのも初の試みだった。

 インディペンデント紙は、初物続きの新聞だ。

 富豪の企業家が経営する伝統がある英新聞界で記者が創刊した点が既に初めて。新しいジャーナリズムの創出、タブロイド判への転換、簡易版の発行――。紙媒体の廃止という点でも先陣を切った。
# by polimediauk | 2016-03-07 13:53 | 新聞業界
(「新聞協会報」に掲載された「英国メディア動向」コラム第一回目に補足しました。)

 ニュースを画面で読む習慣が一般化した英国で、新聞の発行部数の下落が待ったなしだ。電子版だけになる可能性も視野に入る中、高級紙「インディペンデント」が、とうとう3月末からその道を選択することになった。業界再編や人員削減が進んでおり、読者との「関係性」を重視する動きもある。

二ケタ台の前年同月比下落も

 英ABCによると、10年前の2005年10月時点で、日刊全国紙の総発行部数(11紙)は約1200万部。2015年10月(同じ新聞の簡易版を別紙として数えると12紙)では約684万部となり、10年間で510万部以上減少した。

 昨年10月の数字を細かく見ると、前年同月比で下落率が二ケタ台かこれに近い新聞が12紙中5紙あった。月によってばらつきはあるが、「前年よりは二ケタ台下落」という傾向が何年も続いている。

 ABCが15年2月に発表した、地方紙の発行部数(2014年上半期分)は、前年同時期と比較して平均10%の下落だった。

 一方、電子版へのアクセスは好調に伸びている。ABCによると、全国紙から地方紙まで、ほとんどの新聞のウェブサイトの日間ユーザー数(10月時点)が前年より大幅に増加した。

 新聞の収入の大部分は紙媒体の発行によって得たもので、電子版からの収入はその何分の1にしか過ぎないため、発行部数の大幅下落は新聞の経営に大きな打撃となる。各紙はコスト削減、人員整理を行うか、廃刊を決定せざるを得なくなった。

 新聞業界のニュースを伝えるウェブサイト「プレス・ガゼット」は、過去10年間で約300の地方紙(有料、無料)が廃刊となったと推定している(10月8日付)。世界金融危機(2008年)発生時、地方紙は1万3000人の記者を抱えていたが、ガゼットの調査によると、現在までに半分に減少した見込みだ。

 地方紙の出版社同士の合併・再編も続いている。地方紙大手ノースクリフとリッフェ地方紙グループが2012年に合併して成立したローカル・ワールドは、昨年10月末、別の大手トリニティー・ミラーに買収された。200以上の地方紙を発行する巨大な地方紙出版社が生まれた。
読者とつながる方向へ

 広告収入の代わりに各紙が目を付けているのが読者からの支援だ。読者とのかかわりを深めることで、収入を増やすことを狙っている。

読者との関係性を作る

 3つの例を紹介したい。

 1つは会員制だ。ガーディアンは、購読料を支払う形とは別個に、読者に経営を支援するための会員になってもらう制度を構築した。無料会員、有料会員どちらも選択できるが、会員になるとガーディアンが開催するイベントに出席できるなど特典がある。

 2つ目は、地域社会を巻き込み、協同組合型で発行する新聞の誕生だ。地方季刊紙「ブリストル・ケーブル」(2014年創刊)は、地元民の意見を拾い、読みたいという記事を取材・掲載する。毎月1ポンド(約190円)を払うことで、読者一人一人が新聞の共同経営者になる。現在、編集スタッフは無給で働き、運営資金のほとんどは寄付による。発展途上ではあるが、「紙でじっくり読みたい」という読者の強い希望に支えられているという。

 3つ目はウェブサイトにやってくる読者(オーディエンス)の活動を徹底分析する動きだ。

 ページビューを増やすことは重要だが、これに加えて、オーディエンスの滞在時間やソーシャルメディアでの拡散度など「かかわり度(エンゲージメント)」を重視するようになっている。

 エンゲージメントが高くなると、媒体とオーディエンスとの関係が深まる。オーディエンスを満足させれば、すでに有料購読者であれば購読を継続するし、非購読者であれば購読者に転換する確率が高くなる、という考え方だ。

 エンゲージメント強化に力を入れる新聞の1つがフィナンシャル・タイムズだ。

 「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」を発足させ、編集部の中央部に座らせている。

 サイトにある記事を掲載する場合、これをいつ、どのようなコンテンツ(例えば画像、インフォグラフィックスなど)とともに出すか、ソーシャルメディアとどのように連携して出してゆくのかを編集スタッフとともに決めてゆく。

 また、記者や編集者のコンピューターに表示されるダッシュボード「ランタン」を見ると、記事がどれぐらいの人に読まれたかなど、エンゲージメント度が即座に分かるという。
# by polimediauk | 2016-03-05 03:10 | 新聞業界
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  22日、拙著「フィナンシャル・タイムズの実力」が書店に出ることになりました。

  日本経済新聞の傘下に入った、英国の経済金融紙FT。いったいどんな新聞なのかを現在とこれまで、そして日英ジャーナリズムの違いなどについて書いてみました。店頭でページをめくってくださると幸いです。

 これを気に、東京都内と大阪でいくつか、イベントが開催されます。

 2月4日:「東京デジタル・キュレーションMeetup」 朝日新聞のデジタル・ウオッチャー、平さんと対談形式のイベントを開催します。ご関心がある方は、上記サイトからどうぞお申し込みください。デジタルメディア関連の方が集まる予定です。

 2月10日:都内の某所で日英のジャーナリズムについて、対談を開催予定です。詳細はまたお知らせします。

 2月27日:フォトジャーナリスト、小原さんと対談します。大阪心斎橋のスタンダードブックスさんにて。書店のウェブサイトからお申し込みください。

 みなさまとどこかでお会いできることを楽しみにしております。

 小林恭子


 
# by polimediauk | 2016-01-22 12:45 | 英国事情
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(リービさん――左――と多和田さんの対談の様子)

 ネットには載っていないが、興味深い情報は紙の世界にもたくさんある。

 しばらく、「外国で生きる」ことをテーマに、いくつか拾ってみたい。

 月刊誌「世界」1月号に、米国人ながら日本語で書く作家リービ英雄さんと、ドイツに住み、日本語でもドイツ語でも書く多和田葉子さんの対談が載っていた。

 すでに作家として独自の地位を築いたリービさんだが、私が最も衝撃を受けたのは小説「星条旗の聞こえない部屋」だった。ある米国人の青年が60年代の新宿で自分の居場所を見つけてゆく話で、自叙伝風でもあった。

 なぜ衝撃を受けたのかというと、日本に住む白人系の外国人が日本社会を、日本人をどう見ているか、あるいは、日本人がどう見えているのかをリアルに描いていたことにはっとしたからだ。日本・日本人に対する白人・外国人の見方をこれほど明確に書いた小説はほかにはない「かも」しれない。小説の主人公からすると、日本人は徹底的に外国人である。読んでいてはっとし、ある意味では怖いような感じもあった。共感もあった。

 というのも、私は当時外国人の友人が何人かいて、時々、「外国人」というプリズムを通して日本社会が見えるように思えたことがあった。それまでに知らなかった、全く違う光景がそこには広がっていた。この光景は、普通は日本語では書けない。日本人であれば、その光景は(普通は)見えないからだ。

 リービさんは、日本人からすれば見えない日本を見事に日本語で表現したのだと思う。

 「異なる視点を持つ一人として、一定の違和感を持って、自分の周囲を見る」ことを、私はリービさんの本を読んで、再体験した。

 後でリービさんにインタビューする機会があったのだけれども、それをうまくリービさんには伝えられなかった。

 多和田さんにもインタビューする機会があったが、今では何を聞いたのか忘れてしまい、ただ、非常に聡明な方だったことを覚えている。

 「世界」の記事が興味深いと思ったのは、外国で生きることとは何か、異文化とはどう付き合うべきかについて、ヒントがあったからだ。

 「外国で生活をしている人」=広い意味の「移民」としてとらえた場合、リービさんは対談記事の中で、こんなことを述べている。

 「僕は移民であることは、じつはその国の人間になり切れないところに価値があるのではないかと考えます。どんなに生活がうまくいっていても、観点のずれが生じる」。

 リービさんは、「多和田さんがドイツにいらっしゃるのもその例でしょう」と続ける。

 「ドイツにいなければ、書けなかったかもしれない。もっと簡単に言えば、文学、特に世界文学は、いわゆる内部と外部の両方があるとすれば、外部にいながら内部のことを書く、その弁証法的な緊張感の中でつくりだされているものだと思います」。

 「弁証法的な緊張感」というとなんだか難しそうに聞こえるが、「中にはいるのだが、外の人であること、外の人の視線で中の人が住む社会を見ること」=これこそが、外国に住む人=移民の一つのだいご味ではないかと思う。

 その後、対談は難民・移民の話になって、多和田さんがこう続ける。

 「たとえばわたしはドイツで幸せに生活していますが、文化に対する違和感は消えません。違和感を幸せととらえる感覚の持ち主だから幸せなのかも知れませんが。それは日本人だからドイツ人に違和感を持つわけではなく、人間が共同体に対して持つ基本的違和感です。それが異文化だとはっきり見え、生まれた時から慣れてしまった文化だと深く考えなくても同化してるみたいに生きていけるという違いがあるだけではないでしょうか」。

 「そのことを意識的にテーマ化し続ける作家のわたしが、そうではない移民の若者の不満などに耳を傾けた時にいろいろ勉強になることがあるんです」。

 多和田さんは、「日本人だからドイツ人に違和感を持つわけではなく、人間が共同体に対して持つ基本的違和感」(がある)と述べた。

 「私自身はドイツの大学でも勉強する機会に恵まれ、ドイツ語でものを書いたりして、非常に同化しているみたいに見えますが、良い悪いではなくて、やっぱり違和感は持っています。だから非西洋からの移民の気持ちが理解できることがあるんです」。

 これ以下も、興味深い会話が続く。リービさんや多和田さんの文学を知っている方や外国に住むことの意味、異文化などに関心がある方は、「世界」1月号を手に取ってみていただきたい。
# by polimediauk | 2016-01-08 17:35 | 書籍
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 皆様、あけましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたしします。

 今月末に、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)という本を出します。

 昨年夏、日経がフィナンシャル・タイムズ(FT)を買収するという報道が出ました。買収処理の完了日は11月末。FTは日経傘下に入りました。

 日経については日本では知っている人が多いですが、一体、FTとはどんな新聞なのか?

 実は、本家英国でも実際に中身を知っている人は少ないのです。その理由は?実際にはどんなジャーナリズムを実践しているのか?どんな歴史があって、なぜ「デジタル化に成功した新聞」と言われているのか、そして日経とはどこが違うのか?

 そんな点をまとめてみた本です。

 もしよろしかったら、書店に出た時に見ていただけると、幸いです。

 また、FT関連、メディア関連の情報のアップデートのために、フェイスブックでページを作りました。年末に社内で発表された新人事の様子を最初のエントリーにしてあります。もし本の書評が出たら、これも掲載していきたいと思っています。

 2月27日は、大阪心斎橋にある「スタンダードブックストア」さんで、フォトジャーナリストの小原一真さんとのトークが開催されます。小原さんは、太平洋戦争下の空襲で犠牲を負った子どもたちの戦後を追った、貴重な写真集「Silent Histories」を刊行されました。こちらの本は主として海外での販売向けで、日本では限られた書店しか置いていないそうですので、大阪近辺にお住まいの方は、ぜひこの機会をご利用ください。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 ***

 関連の話

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# by polimediauk | 2016-01-07 17:10 | 新聞業界
 2日夜、英議会がシリアへの空爆を開始する政府案が賛成多数(賛成397票、反対223票)で可決された。目的は過激派組織ISの掃討だ。政府筋によれば、3日時点で、空爆が開始されたという。

 空爆案については、キャメロン首相が先週、その意図を議会で述べた。2日は約10時間をかけての討議となり、賛成・反対の議員たちがそれぞれの意見を披露。さまざまな論点が出た。議会外では、「シリア空爆反対」の抗議デモ参加者が数百人規模で集まった。

 賛否両論の意見が議会内で出る中、政府の空爆案にはいくつも落ち度があることが分かったもの、最後は賛成が多数で決着がついた。

 キャメロン首相が討議に入る前に、空爆に賛成しない議員は「テロのシンパサイザー(同調者)」であるという感情的な表現を使用した。討議の中では、労働党の影の外務大臣ヒラリー・ベンが、「ファシストと戦うために立ち上がるべきだ」と述べ、与党保守党から拍手喝さいとなった。

 私は討議の様子については午後の早い時間、および夜の数時間視聴し、時々、複数のテレビ局の解説をチャンネルを回しながら見た。

 政府案では回答が出ない点が諸所あったにもかかわらず、パリテロ後に「同盟国フランスが助けてくれと言っているのに、参加しないとは言えない」、「国際社会で英国の立ち位置が問われている」、過激組織「イスラミック・ステート」(IS)を「討伐しなければ、私たちの命が危ない」といった論点が多くの議員から支持を得たようだ。私からすれば、軍事力を持つ英国の強面が押し切ったように見えた。日本のように、70年前の大戦以降、他国で戦ったことがない国と英国とは全然違う。英国は長い間、戦争ばかりしている国なのだ。戦っている状態に慣れている。

 投票後、議会内にいる議員たちの姿をテレビで見ていて、「いざというときに、この人たちには頼れないかもしれない」という思いを強くした。「同盟国がこう言っているから」、「国際社会で立ち位置が問われるから」などの理由で戦争に突入するほうに傾いてしまうようでは、危なくてたまったものではない。ただ、筆者にはそもそも英国籍がないので、議員を選ぶことができない。自分で自分の運命を決められない、外国人としてここに暮らすからだ。無念、という感じである。

 なぜ英国による空爆が「象徴」(シンボル=「フランスとともに戦いますよ」などの意味を込めての)でしかないのか。いくつかの理由がある。討議の中で出た論点や、新聞報道を見ると、以下のようなことになる。

(1)効果をあげていない

 これまで、IS討伐のためのシリアへの空爆は米国が中心になって(「有志連合」)、数千回も行われてきた。ほとんど功を奏していないというのが大方の見方だ。

(2)市民の犠牲者が出る

 ISではない市民が殺傷される。有志連合によれば、数人の死者がでたということだが、複数のメディアの報道ではその100倍と言われている。

(3)地上戦までをコミットしていない―中長期計画の欠落

 本当にある勢力を討伐し、一掃するのであれば、空爆だけでは十分ではないというのが軍事関係者の一致した認識だ。地上戦も含めて、軍事的にコミットしているのかどうか。あるいは単に、自国軍に死者が出ないよう、空爆だけに限っているのかどうか。

(4)地上戦を行うグループは信頼できるか?

 空爆を行って、仮にISがある程度は一掃されたとしよう。しかし、ISが撤退した後を埋めるのは誰なのか?キャメロン首相は現地に「約7万人近くの、穏健なグループがいる」と主張している。この数字やグループの存在は、政府から独立した、統合情報本部の報告によるという。

 しかし、BBCやほかのメディアの報道によれば、この7万人というのがいくつもの小さなグループの寄せ集めで、過激なグループもいるという。ひとつにまとまっているわけでもない。時にはISのシンパになるという。

 英国でいえば、与党が選挙で負ければ、野党労働党が代わりに政権を取る。シリアの現状では、ISが一掃された後に、まとまりのある1つのグループがその地を「民主的に」(?)統治する・・・という形にはなっていないのだという。欧米側が政権交代を願う、アサド政権が勢力を拡大させるだけかもしれない。

 したがって、ISが弱体化しても、それを埋めるような政治的まとまりがない、という(アサド政権をのぞいては、である)。さらなる混とん状態になるのは必須で、別のISが生まれる可能性もある。

 こういう状態では、西欧が危惧を抱く、シリアからの難民は増える一方である。

(5)あまりにも微小な貢献である

 今回のシリア空爆の有志連合では、何といっても米国が最大。英国の貢献度はその10分の1といわれ、「象徴」としての空爆になる可能性が高い。

 ちなみに、英国はイラクへの空爆作戦にはすでに参加している。

(6)シリアでは期待度がゼロ

 今回の討議について、シリアではどんな受け止められ方をしているのか?

 在シリアのBBCジャーナリストによれば、「全くニュースになっていない」。現地の人に聞いたところによれば、「アサド政権の攻撃を止めることに力を貸してほしい」、「ISは怖いが、ISだけが怖いわけではない」。

 チャンネル4の国際報道ジャーナリストで中東経験が長いリンジー・ヒルサムは英国が空爆に参加するかしないかは、主流から外れた見世物でしかない、と言っている。

(7)イラクやリビアのように現地が泥沼化。英国が道連れになる

 2003年、不十分な諜報情報を頼りに、開戦したのがイラク戦争。この時の事の顛末を、多くの英国民は忘れていない。「2度と、そういうことがあってはならない」という思いがある。
議会の討論では「これはイラク戦争ではない」という保守党議員の声があった。

 それでも、確かに似ているのである。

 フセイン政権を崩壊させたイラク。フランスと協力して空爆を開始し、リビアのカダフィ政権も崩壊させた。その後の両国は平和とは言い難い。

 シリアもさらに状況が泥沼化し、今後何年も、英国はかかわることになる(英国軍に犠牲者が出る可能性も)なるのでは、という懸念がある。

(8)外交そのほかの手段をつくしてない

 もっと外交手段に力を入れるべきではないか。また、ISの資金源をたつ、ネットでの言論を遮断するなどの道をさらに強化するべきだという声もあった。

(9)本当に、国が安全になるのか

 キャメロン首相は空爆に参加すれば「私たちは、より安全になる」と述べた。しかし、欧州内のISがらみのテロを見ると、実行犯はほとんどが欧州で生まれ育った若者たちである。実行犯は実際には国内にいる、というわけである。空爆で果たして、この部分を根絶できるのか。

 以上のような理由が議会内でも、また議会の外のデモ参加者、あるいは報道でも出ていたにも関わらず、最後には議会は空爆を決定した。

 空爆案をめぐり、野党労働党は大きく割れた。普通であれば、党の方針を決め、その線に沿って投票をするのがその党に所属する議員の義務になる。しかし、今回、ジェレミー・コービン労働党党首は議員らに自由に採決に参加することを許した。結果、コービン党首は空爆に反対であったにもかかわらず、66人が賛成に票を投じた。

 特に大きな注目を集めたのが、ヒラリー・ベン影の外相だ。先にも書いたが、「ファシスト」という非常に強い言葉を使って、空爆賛成を表明した。これ以前はそれほど目立つ印象を与える議員ではなかったが、今回の演説はかなりの迫力があった。

 自分の説を述べた後、賛成派の保守党議員から大きな声援を受けて、ベン議員は、座席に座った。コービン党首とトム・ワトソン副党首の間の席である。隙間が狭かったのか、コービン氏とワトソン氏の間のスペースに割り込むようにして座ったのが印象的だった。この演説で、数人の労働党議員が賛成票を投じたといわれている。労働党の分裂がはっきりと表れた瞬間でもあった。

 保守党支持が多いメディア報道ではいつも批判されているコービン党首だが、今年9月、労働党員の多くの支援を受けて、党首に就任したばかり。核兵器廃絶、反王室、鉄道再国有化、高所得者層への課税強化など、物議をかもす信念を持っているものの、党員が選んだ党首という意味は大きい。

 野党が弱いと、与党の思うままに政治が動いてしまう。そういう意味では英国は政治危機にもあるのも知れない。
# by polimediauk | 2015-12-03 21:33 | 政治とメディア
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 ベルリンで開催された、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」2日目(10月29日)に登壇したのが、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)のアダム・エリック記者だ(ツイッター:@aellick)。

 NYTは昨年、デジタル戦略をまとめた「イノベーション・リポート」で内外のメディア関係者の度肝を抜いた。もともとは内部用資料だったが、一部がリークされ、多くの人が知るところとなった。
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 メディア関係者が驚いた理由は、NYTは既存メディアとしてはデジタル戦略に積極的で、先駆的な新聞として知られており、リポートはいかに同紙がデジタル化への体制転換に苦しんでいるかを暴露したからだ。新興サイトをライバル視していることも分かった。

 エリック記者がニュース・エクスチェンジにやってきたのは、イノベーション・リポートの後で、NYTがどう変わったか、今はどんな状況かを話すためだった。エリック記者はリポートの執筆者の一人である。

「モバイルからのアクセスは60%」

 記者は長年、外国での報道を中心にやってきたという。2012年にイスラム過激派武装勢力に銃撃されながら一命をとりとめた、マララ・ユスフザイさん(パキスタン出身、現在英国在住)。事件発生前の2009年、エリック記者はマララさんの家を訪ね、マララさんと父をインタビュー取材した。(この点について、記者は会場からの質問を後で受けた。「あなたがマララさんの名前を広げたことで、ターゲットになったのではないか。記者としての責任をどう考えるか」と。エリック記者は「そうは思わない。ほかにもたくさんターゲットになっている人はいて、当時、学校に通う子供たちは完全な対象外だった。取材によって危険が増したとは思わない」と答えている。マララさんは2009年、11歳の時に武装勢力タリバンの支配下でおびえる生活を続ける人々の惨状をBBCに訴えていた。)

 エリック記者によると、リポートはNYT自身の中を調査し、核となる部分を変えるのが目的だった。「デジタル・ファースト文化をいかに作ってゆくか」。

 現在、NYTのサイトへのアクセスは「60%がモバイル機器による。その半分はモバイル・オンリーだ」。次世代は「すべてがモバイルからになる。紙かネットかの選択肢ではもはやない。モバイル・デスラプション(モバイル機器の普及による既存の仕組みの破壊)が起きている」。

 デジタル・デスラプションが発生する現在、NYTの課題は「いかにデジタル読者を増やせるか。困難だが、挑戦しがいのある課題だ。デジタルツールを利用すれば、インフォグラフィックスが作れるばかりか、新たな物語の語り方ができる」。

350人に取材

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 NYTの将来図を作るために、リポートの執筆チームはメディア企業、テック企業50社の350人に取材した。そこで分かったのは、デジタル・デスラプションが起きる現在、つまりは、紙の新聞の部数が減る一方で電子版からの収入が十分に伸びていないという状況を「どの社も解決できていないこと」だった。

 しかし、前向きな動きの兆候も見つかった。米バイラルサイト「バズフィード」はソーシャルメディアを完全にものにしている。英フィナンシャル・タイムズは電子版読者を増やし、紙版の読者を上回るようになった。英ガーディアンは、購読者とは別に、「会員制」を導入。会員として一定金額を払えばガーディアンが主催するイベントに出席するなど特典があり、そうすることで、ガーディアンを中心としたコミュニティーを作っている。

 「NYTの場合は、電子版の購読者100万人を持ち、これだけで収入は2億ドルに上る。こうした数字に支えられ、いわゆる『釣り記事』を出さなくてもよい状況となっている」という。(補足:NYTの紙版の発行部数は約62万5000部)。

 それでも、「質の高いジャーナリズムを発信するだけでは十分ではない」。それは、オーディエンス(読者)を開拓する必要があるからだ。

記事を出した後に仕事が始まる

 エリック記者によると、原稿を書き、記事がウェブサイトに掲載された後に「仕事が始まる」という。せっかく書いた記事を読者に届けるまでの仕事、つまり「オーディエンスに届けること」が重要という。例えばソーシャルメディアを通じて情報を発信する、データを分析していつどのような形で発信すればいいのかを決めてゆく、など。

 ここで私は、ふと、日本のテレビ局のことを連想した。日本でも、定額制の動画配信サービスが徐々に出てきている。しかし、テレビ雑誌やネットで情報を追っていると、「テレビ用に番組を制作する。これをテレビで一定の時間に流す。後は視聴者が来るのを待つ」という姿勢を感じる。つまり、なぜ、いまだに「テレビがあらかじめ決めた時間に流す」ことを最優先しているのだろうか、と。

 視聴者がテレビの前に座ってくれないからと言って、「テレビ離れ」として騒いではいないだろうか?実は、視聴者は忙しい。ほかにもやりたいことがたくさんある。だから、人がいるところにコンテンツを運ばなければ意味がない。人がテレビに合わせるのではなく、テレビ側が人に合わせるべきではないのかー?

 英国で、無料でテレビ番組のオンデマンドサービスを利用していると、日本の様子が非常に不満に思える。

 NTYの話に戻ろう。

 エリック記者によれば、紙の新聞を読者の自宅まで配達したように、デジタル時代の今、オーディエンスにニュースを届けることが必要だという。

 NYTではこれまでにも、オーディエンスを探し、ニュースを届けるために様々な努力をしてきたが、これを「新しくするべきだ」という。具体的には、ソーシャルメディアのエディター、データ分析のエンジニア、デベロパーなどを雇用するよう勧めている――実際に、NYTではもうそうなっている。

動画を世界的に配信するには?

 エリック記者が制作した動画の1つ(2014年)が、「イスラム国」(IS)による殺害を免れた一人の青年の物語。イラクのチクリート近辺に待機していたイラク軍の新兵たちが殺害された時、この青年は運よく生き延びることができた。

 いかに生き残ったかをとつとつとカメラに向かって話す青年の動画を、NYTは英語の字幕付きでサイト上に掲載。これを各国のソーシャルメディアで大きな影響力を持つ人にアピールすることで、世界中から視聴者を得た。

 NYTの調べでは、この動画を見た人の大部分がNYTのホームページではなくてほかのさまざまなサイトを通じて発見し、視聴していた。

 デジタル・ファーストの文化を作るため、3つの方針を作った。1つは「編集室に戦略チームを設ける」、「デジタルスタッフを雇用する」、「編集部門と営業・販売部門と協力を深める」。

 編集部では「デジアルメディアのスタッフをこれまでは紙を中心に作ってきたスタッフの隣にすらわせた」。調査報道のチームと同様に重要なのが「デジタルチームだ」。

 「ページビューよりも、読者をどれだけエンゲージさせたかが重要だ」。このために、データの分析(アナリティクス)が大きな要となる。どこからオーディエンスがやってきて、どれぐらい滞在し、どの記事を読んだのかー。どれぐらエンゲージさせたのか。

 ほかのメディア企業へのアドバイスは5つある。

(1)デジタルスタッフの雇用に力を入れること

(2)編集室にアナリティクスのチームを作ること

(3)編集室にオーディエンス用チームを作ること

(4)編集室に戦略チームを作ること

(5)編集室と商業部門(販売・営業)との関係を円滑にすること

 動画を世界各国に向けて拡散させるNYT。世界を相手にするからには、NYTの記者自身が世界中に飛び、各地から報道をすることも重要だという。

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 エリック記者は世界地図をスクリーンに出した。そのほとんどが水色だ。水色はNYTの記者が今年、現地から原稿を送った場所を指す。1年間で、スタッフが飛行機に乗ったのは「4500回」だという。訪れた国は150か国に上った。記事の信憑性・信頼性がこれまでに以上に鍵を握るようになった。実際に記者が現地に飛んで、生の情報を伝えることの価値がますます高まる。

 オーディエンスの開発、デジタルファーストになったメディアの物語の描き方(記事を1つの物語と見る)の多彩さ、そして、「世界を見る視点」が印象深いセッションだった。

 あるメディアが国際語である英語を使っているからと言って、自動的に「国際的メディア」になれるわけではない。編集スタッフが実際にあらゆる場所に足を運び、地元の事情を知ることで世界各地から記事を配信し、世界中の多くの人の目につくようなやり方で情報を出していくことで、国際的なメディアというブランドを次第につくってゆくのであることも、実感した。

 最後に、エリック記者が継続するイノベーションの1つの具体例として出したのが、アップルウオッチへのニュース配信だ。「ほんの1行で作るニュース記事の作成は難しい。頭を悩ませた」。

 身に着けるウオッチに送るニュースの文章は、よりパーソナルなものになるだろうから、通常の記事よりは「ややくだけた文章スタイルがいいようだ」。ウオッチを使って、写真をNYTに送ってくる読者もいるという。

 ある読者の感想がエリック記者の心をとらえた。「ある人がこう言ってくれた。NYTは『自分が読みたかっただろう記事を配信してくれる』、と。一人一人の読者が読みたいような記事を、メディアが予測することを期待されている。これが未来の1つの道であるかもしれない」。
# by polimediauk | 2015-11-15 08:02 | 放送業界
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(「ニュース・エクスチェンジ」のオープニング。筆者撮影)

 秋になると、欧州では様々なメディア会議が開かれる。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)による「世界出版エキスポ」(今年は10月上旬、独ハンブルグ)、フランクフルト・ブックフェア(10月中旬)、アイルランド・ダブリンではスタートアップの巨大サミット、「ウェブ・サミット」(11月上旬)-続々とある。

 しかし、近年、秋になると筆者が最も知的刺激を受けるメディア会議の1つが、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」だ。今年はベルリンで10月28日と29日が本会議、30日にワークショップが開催された。

 主催は欧州放送連合=EBU=傘下にある組織ユーロビジョンだ。もともとは欧州域内の放送局の集まりだったが、「それだけでは面白くない」ということで、世界のほかの地域の放送局からも人を呼ぶようになった。

 参加者は欧米、中東、アジア諸国の大手放送局の制作者、編集者、学者、ジャーナリストなど約500人。

 テレビニュースの国際会議ではあるのだが、ネットニュースやテック企業、新聞社も巻き込んで、「ニュースの報道はどうあるべきか」について現場を知る者同士が議論をする場所になっている。ニュース好きにとってはたまらなく面白い会議だ。テレビ局がそれぞれのセッションを制作するため、見せ方にも工夫がある。その日のセッションが終われば、パーティータイムで盛り上がる。

 今年の会議の様子は「GALAC 1月号」(放送批評懇談会)や「メディア展望 12月号」(新聞通信調査会)に書いているが、1つか2つの記事で終わらせるにはもったいないほど、中身が濃い。
 
 そこで、興味深いトピックをいくつか、紹介してゆきたいと思う。

シャルリ・エブド事件の現場動画をどこまで出すか

 今年1月7日、パリで発生した風刺雑誌「シャルリ・エブド」での射殺事件は、世界中の注目を集めた。編集会議に出ていた風刺画家ら12が、アルジェリア系フランス人男性二人に襲撃を受け、命を落とした。

 実行犯の兄弟は襲撃後、パトロール中だった警官に銃を放っている(警官は死亡)。この時の模様を市民が撮影した動画を含め、生々しい映像がメディアを通じて拡散された。

 2日後にはパリ東部のユダヤ系スーパーで、別の襲撃犯が人質を取って籠城する事件が発生した。特殊部隊が突入する前に、4人の人質が殺害された。(この襲撃犯は8日、パリ南部で女性警官を一人射殺していた。)

 実行犯―兄弟と別の襲撃犯一人―は全員、捜査当局によって殺害された。

 シャルリ・エブド事件、女性警官殺害事件、スーパーでの人質事件を通して、計17人が実行犯3人の手によって、亡くなった。

 何をどこまでいつ出すか、24時間のテレビニュースの制作者は頭を悩ませた。28日午後のセッションではシャルリ・エブド事件について、英スカイニュースのヘイゼル・ベイカー、米CNNのトミー・エバンズ、フランスのデジタルテレビ局「iTele」のルカ・マンジェが壇上に上がった。

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(左から、マンジェ、エバンズ、ベーカー。News Xchange flickr photo)

 マンジェが事件を発生を知ったのは目撃者の一人となった友人からの電話だった。「銃声が聞こえた」と言われ、すぐに制作スタッフを現場に送った。「情報が真実かどうか、確かめる暇はなかった」。

 フェイスブック上に、ある男性が警官が撃たれた動画をアップロードしていることに気付いた。男性と連絡を取り、動画を静止画の形で放送した。

 スカイニュースのベイカーはフェイスブック上に関連動画がアップロードされていることを知り、放送に使うかどうかをデスクに相談。放送内で使ったのは発見から約30分後だった。

 CNNも慎重だった。エバンズによれば、局内の弁護士と相談し、スカイニュースやロイター通信など、ほかのメディアが使っていることを確認してから、自局でも放送した。

 マンジェによると、警官が撃たれた様子を撮影した男性はのちに動画を削除したという。

 ベイカーは市民がアップロードした生の画像は、今回の事件では「非常に大きなニュース価値がある」。事件が刻々と変化し、「ソーシャルメディアで情報が伝わってゆく」。

 iTeleのマンジェは、後で振り返ると、反省事項がいくつもあるという。一つには、「死者の名前を出すのが早すぎたー放送当時、全員が亡くなっていたわけではなかったから」。改めて、どのようにいつ出すのかについての基準を決めることが重要と思ったという。

 また、ユダヤ系スーパーでの人質事件では、自局も含め、メディア側が事態の推移を刻一刻と報道。これが捜査の邪魔になったというのが今は定説となっている。

みんなが「シャルリ・エブドと共に」ではなかった

 襲撃事件発生後、ソーシャルメディア上で急速に広がったのが、「私はシャルリ」という言葉が入った画像や、ハッシュタグ「#jesuischarlie」。

 ニュースメディアは「私はシャルリ」の画像を報道時に頻繁に使ったが、「その意味をあまり考えずに、使っていたところが多かったのではないか」とエバンズは言う。

 「『私はシャルリ』を意味するハッシュタグは、シャルリの側に賛同する、という1つの政治的姿勢を意味する場合がある」。そこで、CNNではどのようにするか、編集部内でよく話し合ったという。議論をし、局のガイドラインと照らし合わせることで、扱いを決めていったという。(会場内から、「CNNはガイドラインがないと動けないのか?規則にがんじがらめではないのか?」と聞かれ、エバンズが苦笑する場面もあった。)

 iTeleのマンジェは、局で働くジャーナリストの感情と報道姿勢との境界線を明確に引くために、「jesuischarlie」と書かれたバッジをジャーナリストが付けていた場合、放送の前には外すよう指示した。

 しかし、「世界中が『私はシャルリ』ではないことを気付くのに、時間がかかった」という。事件発生から数日後、学校で一連の事件の犠牲者のために黙とうする時間が設けられた。このとき、「黙とうをしたくない」という生徒がいたことを知って、「幅広い意見があることを実感した」という。

 事件後、初めてのシャルリ・エブドの表紙にはイスラム教の預言者ムハンマドのイラストが出た。ムハンマドの描写事態を冒とくとするイスラム教の教えがあることから、各メディアは表紙を出すかどうかで悩んだ。

 スカイテレビのベイカーは「見せないことにした」。CNNでも同様だった。

 フランスでは「出さないわけにはいかなかった」とマンジェ。ただし、1,2回、画像を短い時間出しただけだった。

 マンジェは、さまざまな不備な点、後悔する点がシャルリ・エブド報道にあったことを認める。「しかし、事件発生から24時間、記者たちが編集室で泣いていた。大きなショック状態で、ほかのことを考える余裕がなかった」とも述べた。

 (次回はニューヨークタイムズの記者によるレポートを紹介します。)
# by polimediauk | 2015-11-12 18:39 | 放送業界
「調査情報」9-10月号に掲載された原稿に若干補足しました。)

 2020年の東京五輪・パラリンピック開催に向けて、準備が続く東京・日本。

 今年、日本の夏は相当暑かったが、ロンドンでは真夏でも日中最高気温は25-26度ほどで、夜には12度ぐらいまで気温が下がる。日本と比較すれば「涼しい」とさえ言えるロンドンの夏が、熱くなったのは2012年のロンドン五輪(オリンピック)とパラリンピックのときだった。

 開催前、ロンドン市民は決して全員が熱くなっていたわけではない。ロンドンから遠く離れたイングランド北部やスコットランドに住む人にとっては、「しょせん、遠くの祭り」、「俺達には関係ない」という感情が強かった。

 ロンドンは1940年代に五輪を開催済みで、この機会に世界にロンドンがいかにすばらしい都市かを大々的に宣伝する必要はない、第一、巨額の税金を使われたくないーそんなもろもろの思いがあって、五輪招致関係者をのぞいては、大会は「盛り上がらないだろう」と思われていた。

 しかし、ふたを開けてみると、世界中からやってきた観光客、観戦者の姿、競技の興奮自体がロンドン市民ならず、英国民全体を熱狂させた。(オープニング動画はこちらから。)閉幕後は大きなイベントを成功裏に開催できたという満足感が広がった。

 あの特別な夏から3年経ち、英国、そしてロンドンはどのような状況にいるのだろうか。果たして招致計画が目指したいくつかの目的は達せられたのか。東京五輪が学べるものは何か?

予算内の開催、工事納期が守られた

 まずは基本情報を確認しておこう。

 第30回オリンピック競技大会は2012年7月27日から8月12日まで開催された。34会場で204の国と地域からやってきた選手1万568人が参加した。金メダル獲得数ランキングは米国(46、金銀銅の総数は104)、中国(38、同88)、英国(29、同65)の順だった。

 第14回パラリンピック競技大会は12年8月29日から9月9日まで。164の国と地域から4237人の選手が参加した。金メダル獲得数ランキングは中国(95、金銀銅の総合では231)、ロシア(36、同102)、英国(34、同120)だった。ホスト国の英国は両大会で好成績を残したといえよう。

 開催予算だが、招致の際に提出した案では約240億ポンド(当時と現在ではポンドの価値が異なるが、1ポンド=194円と言う現在のレートでは約4670億円)。後に警備費などが入ってふくらんだ。2007年に再計算した結果、93億2500万ポンドになったものの、開会までに予算内の92億9800万ポンドにおさめた。当初から大きく増えたことでずいぶんと批判されたが、競技用施設の土地整備や建築などの工期を守ったこと(英国では珍しい)、予算を一度修正したが最終的には超過しなかったことで、国内外で一定の評価を得るようになってゆく。

 財源は政府(62億4800万ポンド)、ロンドン市(8億7500万ポンド)、宝くじ(21億7500万ポンド)。使途は会場用地のインフラ整備、競技施設の建設、警備、交通関連費、公園設置、メディアセンター建設など。

 五輪開催でロンドン及び英国がどう変わり、今後どう変わってゆくのかについては、いくつかの報告書が出ている。

 文化・メディア・スポーツ省(DCMS)による「大会後の評価」(2013年)、貿易投資庁の「ロンドン2012 -経済的レガシーを実行に移す」(2013年7月)、上院のオリンピック・レガシー委員会の報告書(2013年11月)、「ロンドン2012オリンピック、パラリンピック大会の長期ビジョンとレガシー」(2014年2月、DCMS、ロンドン市)、「生きているレガシー、2010-15年のスポーツ政策と投資」(今年3月、DCMS)などのほかに、四半期ごとに「スポーツ参加統計」(DCMS)、毎年夏に発表される、大会のレガシーについての年次報告書(政府とロンドン市)がある。

 「レガシー」(「遺産」、ここでは形のあるもの・ないものを含めて「後に残すもの」という意味)と言う言葉が良く出てくる。北京五輪(2004年)、アテネ五輪(2000年)などの過去の夏季五輪で、使用された競技関連施設が開会後は無用の長物となってしまったことを避けるため、競技の主会場が設置されたロンドン東部の開発という形で次世代以降にも五輪で得られたものを残すためだ。

がらりと変わった風景


 2012年の五輪招聘が決まったのは2005年だった。当時ロンドン市長だったケン・リビングストン氏はスポーツにはほとんど興味がない人物。しかし、「ロンドン東部の貧困地区イーストエンドに巨額の投資が行われるには五輪招致しかない」と考えていたという。07年に当初の開催予算が3倍近くにふくれあがると、ロンドン市民に「ほんの少し」税金を多く払うよう呼びかけた。低所得の家庭では一戸当たり「38ペンス」(現在のレートで約74円)分多く払うが、「毎週、同金額のチョコレートを買うようなものだよ。決して無駄にはしない」と訴えた。

 ロンドン招致の大きな目玉となった東部の開発はどうなったか。

 主会場となったオリンピック・パーク(約226万平方メートル、ハイドパークと同じ大きさ)が位置する東部の4つの特別区(ニューアム、ハックニー、タワー・ハムレッツ、ウオルサム・フォレスト)はロンドンでも最も貧しい地域だった。単純労働の雇用主となってきた製造業が長期的に凋落し、失業率は恒常的に上昇した。

 廃棄物・工業用地として荒廃し、土壌汚染などから再利用ができなくなっていた土地を五輪開催のためによみがえらせ、パークを作った。大会終了後は改修作業を行い、2年前から「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」として一般に開放した。これまでに約500万人が来訪したという。

 パーク内のスタジアムでは五輪記念大会として陸上競技が行われており、9月からはラグビーワールドカップの開催会場の1つに。来年からはサッカーのプレミア・リーグ参加クラブの1つ、ウエストハム・ユナイテッドが本拠地として使用する。

 チームが恒常的に利用するという決定以前には紆余曲折の経緯があった上に、改修経費2億7200万ポンドの中で、ウエストハム・ユナイテッドが負担したのは一時金の1500万ポンドのみで、年間賃貸料も250万ポンドほど。小さな負担額に国民から批判がわき起こった。巨大な年棒を稼ぐ選手を抱えるプレミア・リーグのクラブのために、税金が使われることへの強い反感があった。

 交通環境も五輪開催前と後では大きく変わった。パークの最寄り駅ストラトフォード駅を改修し、ストラトフォード・インターナショナル駅を新設。駅に隣接して、巨大百貨店ウェストフィールドを五輪開催前にオープンさせたことで、景観が見違えるほどになった。ウェストフィールドでは1万人の雇用が生み出され、その3分の1は長期的に失業状態だった若者たちだ。

 パーク内外には新しいビル、洒落たカフェ、真新しい散歩道などがあり、かつては古タイヤ、使われなくなった冷蔵庫、焼けた車などが散在していた場所とは思えない。

 パーク内で選手が宿泊をしていた場所は「イースト・ビレッジ」と名づけられ、2800戸のアパートが建設された。これから20年をかけて、さらに7000戸が建設される予定だ。約4500人が居住している。

 メディアセンターの建物があった場所は「ヒア・イースト」として、テクノロジーのスタートアップ用拠点が作られる。17年までにオフィスビルが2つ建設予定だ。

 水泳競技のイベントが次々と行われているロンドン・アクアティック・センターは一般市民が廉価で利用できるようになっている。水泳教育の場としても使われており、平均すると週に1500人の生徒が泳いでいる。

 現在のロンドン市長ボリス・ジョンソン氏の肝いりで、パーク内には「オリンピコポリス」と名づけられた文化空間が今後数年で形成される。米スミソニアン博物館も含めた複数の美術館・博物館、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、サドラーズ・ウェルズ劇場などがここに入るという。開発資金の1億4100万ポンドは政府が支給する。

 年次報告書によれば、ロンドン五輪が生み出す投資・貿易額の目標は4年間で110億ポンドを目指していたが、開催から2年間ですでに目標を超える額(142億ポンド)を達成した。けん引役となったのは英企業が世界中で開催される大掛かりなスポーツイベントの仕事を任されたためだ。

 観光業では開催から4年で英国への旅行者を470万人、観光客が落とすお金を23億ポンド増やす計画を立てた。2013-14年時点でそれぞれ348万人、21億ポンド増加させている。昨年1年間では海外からの旅行客は前年比5%増の3438万人、使ったお金は218億5000万ポンドに上った。

 五輪以前からロンドン・シティー空港が東部にあり、ウェストフィールドの建設計画も招致決定前だったが、五輪開催と東部開発を関連付けたことで、開発が一気に進んだ。

 パーク周辺はずいぶんと変わったものの、地元関係者は「まだまだ供給される住宅が少ない」と感じているようだ。地元の労働党議員ルシャナラ・アリ氏は、周辺特別区タワー・ハムレットで廉価の住宅「ソーシャルハウジング」(地方自治体が賃貸料を支援する)に入居を希望する人は「2万200人もいる」(英エコノミスト誌、7月25日付)。

 五輪開催で地元の雇用が増えたことは確かだが、そのほとんどが一時的なものだという指摘もある。タワー・ハムレットやその西の特別区ニューアムでは、2012年の失業率は12%。現在は9%になったが、ロンドンの中でも高いことに変わりはない。国民統計局(ONS)による英国全体の最新の失業率は、5・5%となっている。

 2014年の英国の実質GDP成長率は2・8%で、15年は予想が2・7%(IMF調べ)。2008年のリーマンショックから金融危機につながる流れの後で、厳しい財政緊縮策を実行してきた英政府の経済運営が成果をあげているようだ。こうした中でのタワーハムレットやニューアムの数字はさらに努力が必要な状況といえるだろう。

 今後数年、あるいは10年以上経たないと、東部再開発の効果は十分には評価できないかもしれない。新しい居住・仕事空間を作っていくわけだから、時間がかかる。いまだ進行中のプロジェクトだ。

スポーツ振興は十分な成果をあげられていない?

 投資や観光ではポジティブな評価がなされているが、国民のスポーツ参加が十分に進んだかと言うとまだまだ不十分と言う声が関係者から聞こえてくる。

 「スポーツ・イングランド」(イングランド地方の地域レベルでのスポーツ参加を振興する第3者機関)の調査によると、今年4月時点で週に一度はスポーツに従事する16歳以上の人は1549万人だった。五輪大会終了直後の2012年10月では、1589万人で、微減した。また、16歳から25歳の若者層では、2009年10月時点で390万人が週に一度はスポーツをすると答えたが、今年4月では380万人となった。慈善団体「ユース・トラスト」の調査でも、小学生の子供たちが体育の授業に参加する時間が減少していた(2009-10年時点と2013-14年時点での比較)。

 五輪関係者・政府は、オリンピック・パラリンピックの開催を通してスポーツがより身近になり、参加する人・頻度を増やすことを、東部開発と並ぶ2大目標の1つとしていた。

 五輪開催時にオリンピック担当大臣だったテッサ・ジョウエル議員は、BBCのラジオ番組(7月6日放送)の中で、子供たちの学校での運動時間が増えていないことについて「せっかくの五輪の機会が無駄になった」と述べた。その理由として、議員は学校教育の場でスポーツを振興するために使われたプログラム(スクール・スポーツ・プログラム)が政府の財政緊縮策の一環で2010年に廃止されたことを指摘した。

 これに対し、政府側は「地域レベルでのスポーツ振興に過去5年で10億ポンドを拠出している。2005年の招致が決定した時よりも、140万人の国民が毎週スポーツに参加している」と答えている(7月6日、BBCニュース)。

 一方、左派系ガーディアン紙は社説(7月5日付)で、政府が地域のスポーツ振興にあれこれ言うのはおかしいと指摘している。政府の役目は公園を作ったり、テニスコートを準備したりなど、環境を作るだけでいいのでないか、と。そうすれば国民は勝手に公園を走ったりするのだから、と。

 ロンドン五輪開催から3年経って、話題になっているのが「いかに心地良い住・職空間を作るか」「貧困地域の開発は十分だったか」「国民のスポーツ参加は進んでいるか」「税金が無駄に使われていないか」であることが、ロンドンらしい感じがする。五輪+パラリンピックを、国民全体が長い間恩恵を受ける機会にするべきという共通認識がある。

 3年前の夢のような競技の日々は過ぎたが、あのときの記憶は消えておらず、未来に向けてレガシーを残すための努力が続いている。
# by polimediauk | 2015-11-05 18:01 | 英国事情
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           (フィナンシャル・タイムズの週末版)

 (日本新聞協会が発行する「新聞協会報」(9月29日付)に掲載された原稿に若干補足しました。)

 7月末、日経が英高級経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(FT)を発行するフィナンシャル・タイムズ・グループを英出版大手ピアソン社から約8億4400万ポンド(約1600億円)で買収するというニュースが世界中を駆け巡った。年内とされる案件の処理が終わりに近づく中、買収のメリットや英国での反応を概観してみたい。

 売却自体はかねてから噂されていたが、日経は買い手候補として名前が挙がっておらず、直近では独新聞大手アクセル・シュプリンガー社が有力視されていた。

 買収案件の処理には年内一杯かかるとみられ、現時点で買収後の具体的な計画についての情報は限られているが、買収のメリットや英国での反応はどうか。

巨額買収の目的は

 過去50数年の所有者ピアソン社がFTグループを手放すことを決めたのは「教育事業に専念する」ため(ファロンCEO)だった。一方の日経側は「グローバル化、デジタル化」を理由として挙げている。

 具体的なメリットとして、FTは同じく新聞業を営む企業の傘下に入ることで、ジャーナリズムを追及するための継続した投資が見込め、アジアでの足掛かりを強化できる。日経は急速に電子版購読者を伸ばしたFTからそのノウハウを学び、世界的なメディア企業としての位置を獲得できる。

 世界的なニュース配信ビジネスは、ブルームバーグ、トムソン・ロイター、ダウ・ジョーンズなど、限られた大手の戦いとなっている。英調査会社エンダース・アナリシスのダグラス・マッケーブ氏によると、日経がFTとともにメディアグループを形成することで、日経は「グローバル・プレイヤーの1つになった」。

 買収金額が巨額過ぎるのではないかという見方があるが、質の高いニュースを生み出す媒体への大きな投資は最近のトレンドの1つだ。投資先は米新興メディアのボックス・メディアやバズフィード、老舗ワシントン・ポスト(アマゾンによる買収)、オランダのマイクロペイメントのスタートアップ「ブレンドル」など、枚挙にいとまがない。

 これまでにも日経にはFTの翻訳記事が時折掲載されてきたが、今後はさらにこれが深化し、共同企画、取材、調査、カンファレンス開催が実行される可能性は高い。

英メディアの反応と今後

 FTの読者は高額年収の富裕層が中心のため、日経は国際的な富裕層ネットワークも手中にする。これによって、新たなビジネスの展開、新規広告主の開拓、紙面の変化(特定層に向けたコンテンツの拡大)もあり得る。編集人員、経営幹部らの人事交流が進めば、さまざまな刺激を受けて日経の報道自体が変わることもあるだろう。シナジー効果が広がりそうだ。

 日経による買収は英メディアを驚愕させた。アクセル・シュプリンガー社が買収するという報道が出た直後の日経買収合意の報道であったこと、西欧圏ではなく日本という言葉も文化も大きく異なると考えられる会社が買い手であったためだ。

 大きな不安感と懸念も広がった。大規模な人員削減があるかどうか、編集権の独立が維持されるかどうかー。

 英国では新聞社が統合・整理を行い、大幅な人員削減を行うのは日常茶飯事だ。また、外国企業にメディアが買収され、「削減しない」「編集権の独立を維持する」と新所有者が約束しても、結果的にはそうならなかった例(1980年代に豪出身のルパート・マードック氏によるタイムズ、サンデー・タイムズの買収や、同氏による、2007年の米ダウ・ジョーンズ社買収に伴う、ワシントン・ポスト紙の編集部刷新)が強い記憶として残っている。
 
 英国の新聞は17世紀、王室とこれに対抗した議会との戦いを報道することで大きく成長した歴史があり、「新聞=権力を監視するメディア」という意識が強い。いかなる権力からも独立していることが原則だ。その一方で、長年、富裕な所有者が自分の政治信条に沿った編集方針を新聞に持たせるという流れが続いてきた。

 所有者からの恣意的な干渉を受けずに、自由に、独自の立場から紙面を作ることは読者の信頼を得るためにも非常に重要であり、これを信条にしている新聞の一つがFTだ。

 ピアソンはFTの編集方針には一切干渉しなかったといわれている(ただし、編集長の選任権は持つ)。7月24日付のFTの投書欄には元編集長三人が連名で投稿し、日経に対し編集の独立性の保障を求めた。

 将来、日経が支持基盤として持つ日本の企業社会についてのスキャンダルをFTは自由に報道できるだろうか?また、日経本紙はどのように扱うか。FTと日経はそれぞれ異なる編集方針を持つため、特定の記事の扱いが異なるのは当然だが、場合によっては「遠慮して報道を控えた」と見られる場合もありそうだ。日経の報道姿勢に厳しい視線が向けられている。
# by polimediauk | 2015-10-09 21:02 | 新聞業界
 21日に、ネットの放送局「ホウドウキョク」の「あしたのコンパス」という番組に電話出演しました(午後9時半ごろ)。トピックは欧州の難民・移民問題でした。

 話したトピックは「英国の難民対策」でした。放送用にまとめたメモが以下です。このまま話したわけではありませんが、英国事情のご参考として見てくださると幸いです。

シリア難民が増加した要因は?

 シリア難民は2011年のシリア内戦からずっと発生してきていたのですが、最近、例えば去年の4月ぐらいから、欧州に行き着くためのゴムボートが沈没して、何人もの方が亡くなったりなど、目につくようになったかと思います。ずっと続いている問題ではありますが。

 難民発生の原因は内戦ですよね。イスラム過激派組織、イスラム国(IS)がシリア、イラクで拡大している、と。シリアのアサド政権の軍隊、反アサド勢力、そしてISの戦いが内戦になっています。かつて、米英側は反アサド勢力に支援(軍事、資金)をしていましたが、ISを討伐するための、米を中心とした有志連合が、シリアに空爆を無数に行っている状態です。それでも、ISは力を減らしておらず、空爆はほとんど功を奏していないと言われています。

 もう、近隣のそれぞれの国にはだいぶ逃げていますし(トルコには190万人とか)、レバノンにもたくさん。

 その次の波として、欧州にまで逃げてくる人がどんどんいる、ということですよね。

ドイツを目指す難民が多い理由は?

 政治的にドイツが受け入れを積極的にやったためと、西欧は経済も好調ですし、難民支援もしっかりしていると、難民側が知っている、ということでしょう。

 メルケル首相のリーダーシップで、前からEU各国に受け入れを求めてきましたが、それがうまい具合に行かず、例のアイランちゃんの写真事件もあって、緊急受け入れ策を講じました。それでも今や、アップアップ状態ですね。

EU各国の難民への対策や、英国の状況は?

 EU各国ですが、欧州委員会が中心になって、前に、それぞれの国ごとに割り当てるようにしましたが、これに全員が賛成していません。英国も参加せず。14日の会議でも、義務化は無理だったようですよね。

 英国の難民受け入れですが、まず、「移民・難民」は近年の英国政治で非常に大きなテーマになっています。「欧州」もそうです。英国はもともと欧州が嫌いと言いますか、ブリュッセル(欧州委員会、EUなど)への不信感を持っています。統合を深化したくないのです、一人でやっていける、ということで。ユーロに参加していませんし、国境でパスポートのチェックをしない「シェンゲン協定」にも入ってません。

 2004年に欧州連合に東欧諸国がどっと入りました。このため、ポーランドなどの旧東欧からたくさんの移民が入ってきました。すると、英国人の仕事を取られたと思う人がでてきました。実際、学校とか公的サービスは窮屈になっています。そういう流れで、EU脱退を望む英国独立党が人気になりました。2017年までに予定されている、EU加盟についての国民投票実施もこの流れです。

 現保守党政権ですが、公約として、「移民のネット数を減らす」としています(ネット数とは、英国から出て行った人と、やってきた人の数を合計し、その差を表します。純移民数)。年に10万人に抑える、と。ところが、最新の情報では、30万人ぐらいになっていましたーー30万人分、人口が増えているわけです。大失敗。何せEUに入っていれば、自由に英国に来れますし、英語は国際語だし、仕事はあるし(好景気)で、どんどん入ってくるわけです。

 ・・・という背景があって、キャメロン首相はずーっと、EU/メルケル主導の「難民割り当て策」にはずっと否定的・反対でした。なるべくかかわらないようにしてきました。

一枚の写真が変えた

 でも、9月2日、シリア難民男児アイランちゃんの死体が海岸に打ち寄せられ、世界中の同情を買いましたね。これで、難民を助けると言わざるを得なくなりました。また、ドイツはメルケルさんが受け入れに積極的なので、「それに比べて、フランスや英国はなんだ!」という批判の声が内外で高まったことも、プレッシャーになりました。そして、7日、難民キャンプからシリア難民を2万人受け入れる(今後5年間で)と発表しました。数日後には、レバノンやヨルダンにある、シリア難民の収容所を訪れました。

 アイランちゃんの写真が出たことで、英国民の中でも「なんとかしなければ」という思いが募っています。チャリティー団体が子供たちに物資を送るために運動したり、12日には、難民支援のためのデモが発生しました。野党労働党のコービン新党首が、党首に選任された直後に駆け付けたのが、ロンドンのこうしたデモの1つでした。

 プレッシャーをかけられたために「2万人」という数字を出しましたが、世論調査では難民の受け入れに消極的な人が結構多いです(半分以上)。

 内務省によると、今年6月までの1年で、英国の難民申請数は2万55571人。シリア難民は2024人。BBCによると、申請者の約6割が認定を却下されたそうですね。

 ドイツのような大陸の欧州(それぞれが地続き)と英国(海を隔てている、心理的には欧州より米国に親近感)とでは、この問題、大きな温度差がありますよね。

 英国は欧州内ではこの問題では独自のスタンスですよね。ほかの国が「受け入れ」を言っているのは、今現在、地続きでやってくる難民たちのことですね。ところが英国は、先にも言いましたが、シリア近辺の難民キャンプにいるシリア人を受け入れる、と言っているのです。今、国を出て欧州に向かう人は危険な道を通っているから、そういう危険な方法を奨励したくない、というスタンスです。ある意味、当たっていますが、口実のように聞こえなくもありません。

米英(仏)の責任は?

 米国が急きょ、1万人のシリア難民を受け入れることにしたそうですね。また、2016年度からは難民受け入れ枠を拡大するという報道がでましたよね。欧州を訪問中のケリー国務長官が、20日、明らかにしました。現在は年間およそ7万人で、16年度には8万5000人、2017年度に10万人に拡大するようです。

 米英はイラク戦争を主導したり、シリアの反アサド政権の武装組織を助けるために、支援をしてきたということらしいので、「シリア難民を作った責任」があるよう気がしてなりません。リビアからの難民も多いですが、リビアを爆撃などして、カダフィ大佐を引きずりおろしたのは、英仏でしたからね・・・。

 また、ドイツに今回入ってきた難民の出身国を調べたら、シリアが一番多かったそうですが、ほかの国もかなり多かったようですね。その1つがアフガニスタンと聞きました。米英などがアフガニスタンに侵攻したのは2001年10月です。9.11テロの直後ですね。結局、今もアフガニスタンは国として非常に課題が多い状態になっています。
# by polimediauk | 2015-09-22 07:39 | 英国事情
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(ツイッター画像より)

 フランスの風刺雑誌「シャルリエブド」の最新号が、トルコの海岸で見つかった、シリアからの難民男児アイラン・クルディちゃん(3歳)の遺体画像を風刺画のトピックとして描いている。ツイッターを見ると、「気持ち悪い」「恥を知るべきだ」などの声が出ている。(*Aylan=アイラン=ちゃんは Alan=アラン=と表記されることもあるようです。)

 今月2日、波打ち際に顔をふせて横たわっていたアイランちゃん。その姿を撮影した画像は、世界中の注目の的となった。赤いTシャツに半ズボンのアイランちゃんは、両親と兄と一緒にゴムボートに乗り、ギリシャに向けて出発したが、ボートが転覆し、命を落とした。母と兄も亡くなった。

  画像では顔の正面は見えなかったが、アイランちゃんは小さな体を通して、欧州に渡ろうとする難民たちの姿を生々しく伝えた。子供がある人もない人も、心を動かさずにはいられない光景だった。

  このアイランちゃんの画像をもとに、シャルリエブドは2つの風刺画を掲載した。

 その一つは「移民さん、ようこそ」という題名がつき、横たわる子供のイラストの左上に、「ゴールにとても近かったのに・・・」という文字が書かれている。その右隣にはマクドナルドの看板が描かれている。看板には、「子供たち二人のメニューを、一人分で」(買える)というプロモーションがある、と書かれている。

  もう1つの風刺画は、題名が「欧州がキリスト教信者である証拠」。左側にキリストと見られる人物が立っている。その右横には、半ズボンをはいた、子供らしい人物が海の中に頭を突っ込んでおり、半ズボンと足だけが見える。キャプションが付いていて、「キリスト教徒は水の上を歩く。・・・イスラム教徒の子供たちは沈む」。

 果たして、これが風刺なのだろうかー?筆者はこの二つの風刺画をネットで見ただけで、実際の雑誌を手に取っていないので、ほかに関連の表記があるのかどうかは分からない。

  しかし、もし風刺の目的が「権力者を批判する・笑う」のであれば、これは風刺には当たらないだろう。弱者を笑っているように見えるからだ。イスラム教徒を差別的に描いているようにも見える。

 いったい何が面白いのかなと個人的には思うが、何か深い意味があるの「かも」しれない。あるいは、ないのかもしれない。状況が分かる方に教えていただきたいものだ。もっとも、「笑い」は説明されてしまっては、つまらなくなるものだが。

 一つの解釈として、亡くなった子供やイスラム教徒を笑っているのではなく、「難民問題をうまく処理できない、右往左往状態の欧州政府を笑っている」と言えなくもないがー。

  ご関心のある方は、ハフィントンポスト英語版のサイトからご覧になっていただきたい。
# by polimediauk | 2015-09-15 08:07 | 欧州表現の自由