先月末から、ニューヨークで第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議に開催中だ。現在までに締約国による演説が終了し、5月4日から個別の主要テーマごとの議論に入る。全体会合後、閉会は22日。
会議開始から間もない4月29日、原子力の平和利用を促進するとともに核兵器への転用を防ぐための査察・検証活動を担う国連傘下の国際機関「国際原子力機関(IAEA)」のグロッシ事務局長が記者会見を行った。
イラン核施設への攻撃と高濃縮ウランの行方、ロシア占拠下のザポリージャ原子力発電所をめぐる停戦交渉、そしてNPT体制そのものの将来について広範な質問に答えた。
核不拡散体制の番人として、またみずから次期国連事務総長選に立候補する当事者として、グロッシ事務局長は揺れる国際秩序の中心に立つ。
会見の内容は、欧州にとっても日本にとっても他人事ではない。
欧州では、ロシア占拠下のザポリージャ原発が原子力事故の瀬戸際に立ち続けており、エネルギー安全保障と核安全が直結した問題として現実の脅威となっている。
唯一の戦争被爆国である日本にとっては、核不拡散体制の弱体化は核廃絶という外交の根幹に関わるだけでなく、北東アジアの安全保障環境が緊迫するなかで自国の安全にも直結する。
中東の核兵器問題
ー「核兵器のない中東」という夢の実現に最大の障害となっている国はどこだとお考えですか。

グロッシ事務局長:
これは集団的な責任の問題だと思います。この地域のすべての国が、何十年にもわたってこの分野で取り組んできました。「A国が」「B国が最も危険だ」と指摘することは適切ではないと思います。
適切なのは、私たち全員が核不拡散条約を守り、核兵器のより少ない世界のために取り組み、あらゆる状況において国際法を守る必要があるということです。すべて非常に重要な事柄であり、次の国連事務総長が取り組まなければならない不可欠な課題です(注:グロッシ氏は次期国連総長に立候補している)。
イスファハンの濃縮施設への攻撃
―イラン中央部イスファハンは、ウラン転換施設をはじめ複数の核燃料サイクル関連施設が集中するイランの核開発の中枢です。イランが保有する高濃縮ウランの大部分もそこに保管されているようです。同施設群は昨年6月、イスラエルがイランの核施設・軍事施設を対象に大規模な空爆とミサイル攻撃を行った「12日間戦争」(6月13日〜25日)で激しく攻撃され、その後の空爆でも標的となりました。そうした攻撃の中で、フォルドウなど既存の申告済み施設とは別に、イランが攻撃の数日前にIAEAに申告したばかりの新設濃縮施設――査察が実施される前に戦争が始まったため、未査察のまま――が実際に攻撃されたかどうか、ご存じですか。
グロッシ事務局長
イスファハンは、ウラン処理、ウラン転換など核燃料サイクルに関連するさまざまな施設を含む大規模な複合施設であり、12日間戦争中に攻撃を受けました。
イランから新しい施設を申告するという通知を受けたので、私たちは即座に立入りを要請し、それは認められました。その立入り査察は6月13日――攻撃が始まったまさにその日――に行われる予定でした。そのため私たちはその施設を訪問できませんでした。
その場所が単なる空洞なのか、すでに遠心分離機のカスケード(ウラン濃縮のために多数の遠心分離機を連結した設備)が設置されつつあったのかは、現時点では分かりません。査察官が戻ったときに、必要な査察作業ができることを願っています。
―その施設は実際に、いずれかの空爆で攻撃されたのでしょうか。
グロッシ事務局長
この施設については、どうやら攻撃されていないようです。
核施設への攻撃禁止
ー今回のNPT再検討会議で、各国が核施設への攻撃禁止に向けた措置を取ることはどれほど重要でしょうか。また、もし最終的な合意文書が採択された場合、そのような禁止条項を盛り込むことを望みますか。
グロッシ事務局長
実際、この点についてはすでに法的枠組みがあります。1940年代のジュネーブ条約がこれを禁じており、IAEA総会決議もこれに言及しています。この再検討会議でそのような文言を最終文書に盛り込めるかどうかは、各国代表団の交渉次第です。
私としては——そしてIAEAとしては——国連安保理でも、IAEAの理事会でも繰り返し述べてきたことですが、核施設は決して攻撃されるべきではありません。これがIAEAの公式の立場です。
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1949年のジュネーブ諸条約(第一〜第四条約)およびその追加議定書とは
民間インフラへの攻撃禁止は1977年採択の第一追加議定書(第56条)に規定されており、危険な力を内蔵する工作物——ダム、堤防、原子力発電所など——への攻撃を禁じている。
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NPT再検討会議と戦争、イランへの国際的コンセンサス
―二つ質問があります。一つ目は、この中東戦争が起きている最中にNPT再検討会議が開催されていることについてです。これはどのように査察作業を複雑にしているのでしょうか。また、イランに対する国際的な合意があった時代は終わったのでしょうか。
グロッシ事務局長
どんな戦争であれ、特に、ある国が核兵器を開発しているかもしれないという可能性を前提としてきた戦争が起き、その直後または非常に近い時期にNPT再検討会議が開催されるというのは困難な状況です。なぜなら、戦争では立場が分かれており、なぜそれが起きたのか、いかなる正当性があるのかについて、人々の意見が一致しないからです。
二つ目の点については、これは事実の確認に過ぎませんが、かつてはイランに関して安保理決議が無投票で採択されることが何度もありました。2006年から2010年にかけて、米露中を含む安保理全理事国の支持のもと、制裁を含む複数の決議が採択されたのです。2015年にイランとP5+1(米英仏露中+独)の間で締結された核合意JCPOA(包括的共同行動計画)――イランがウラン濃縮の上限設定など核開発を制限する見返りに対イラン制裁を段階的に解除する内容――が採択されたときも同様でした。
しかし米国が2018年にトランプ政権下で一方的にJCPOAを離脱して以降、こうした大国間の結束は失われています。安保理の常任理事国5か国を含む加盟国間にあったその共通の基盤は、今や存在しません。
しかしそれは、国際的な合意を再構築できないという意味ではありません――そのために努力すべきです。ただ現時点では、かつてとは異なり、合意はありません。
だからといって、行動できないわけではありません。IAEAは常に各国の相違を乗り越える方法を模索しています。
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JCPOAとは
2015年にイランとP5+1(米英仏露中+独)の間で締結された核合意の略称(包括的共同行動計画)。イランがウラン濃縮の上限設定など核開発を制限する見返りに、対イラン制裁を段階的に解除する内容。合意時、イランは保有濃縮ウランの大部分をロシアに移送した。米国は2018年にトランプ政権下で一方的に離脱し、イランはその後段階的に濃縮度を引き上げ、最大約60%に達した。
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ザポリージャ原子力発電所の占拠解除
―ロシア軍に占拠されているザポリージャ原子力発電所の占拠解除のために何が必要とお考えですか。IAEAはその実現のために何をしているのでしょうか。
グロッシ事務局長
イランの場合と同様に、米国、ロシア、ウクライナの間では停戦をめぐる交渉が断続的に続いています。その交渉における主要な課題の一つが、まさにザポリージャ原子力発電所の問題です。
ウクライナ南東部に位置する欧州最大の原子力発電所で6基の原子炉を持つこの施設は、2022年3月のロシア軍占拠以降、外部電源の喪失や周辺での砲撃により、原子力安全上の深刻な懸念が繰り返し生じています。領土問題と並んで、最も緊急かつ解決が難しい課題の一つです。
私たちの最大の関心事は施設の安全を確保し、原子力事故を防ぐことです。この会見の2日前の日曜日(4月27日)、チョルノービリ原発事故40周年の関連行事に合わせてウクライナを訪問し、キーウでゼレンスキー大統領と協議した後、チョルノービリ原発を視察しました。
またロシアとも常に話し合っています。核事故を防ぐためには双方と話し合う必要があると考えているからです。
現在、第6回目の局地停戦交渉を行っています。これまでに5回成功しており、今回は発電所に電力を供給する外部電線の不可欠な修理を行うために必要です。これが現時点での主要目標です。
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局地停戦とは
IAEAが仲介するザポリージャ原発周辺の局地停戦は「沈黙の窓(window of silence)」とも呼ばれ、送電線など原子力安全に不可欠なインフラの修理期間中、周辺での軍事活動を一時停止するもの。第5回は2026年3月に実施され、バックアップ送電線の修理が完了した。
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高濃縮ウランの行方とJCPOAの将来
―米国がJCPOAを離脱した後にイランが高いレベルでウランの濃縮を始めたということですよね。
グロッシ事務局長
JCPOAがイランに認めていた濃縮度の上限3.67%――発電用原子炉の燃料には通常3〜5%程度で足りる水準――を超えて、ということですね。
―米国によれば、そのウランはまだ瓦礫の下にある、攻撃で埋没したと言っています。そのウランは回収されて転用される可能性はあるのでしょうか。それとも手の届かない状態だと確信していますか。
グロッシ事務局長
確信はできません。いかなる状態であれ、この問題には対処しなければなりません。それは大量の高濃縮ウランで、兵器級に近いものです。核兵器製造には約90%の濃縮度が必要とされており、イランはJCPOA離脱後、最大約60%まで引き上げていました。
昨年6月まで査察を続けていましたが、戦争が始まったことで査察官は撤退を余儀なくされました。最後に訪問した際、IAEAが封印した高濃縮ウランは約440キログラムにのぼります。それが今も封印されたままであるかどうか、現時点では確認する手段がありません。
停戦はあっても、平和ではない状況が続いています。査察官が現地に戻れるまで、実態の把握は不可能です。2025年にはIAEAとイランの間でカイロ合意を締結し、戦闘終結後に査察官が早期復帰できる道筋をつけようとしました。しかしその後新たな軍事衝突が始まり、帰還は依然として実現していません。
―JCPOAを今後の交渉の出発点として使えると思いますか。
グロッシ事務局長
いいえ、出発点にはなり得ません。誰もそう見ていないと思います。
JCPOAには11年前の文脈での意義がありました。米国が拒否しているという事実を別にしても、技術的な理由があります。あの合意は、イランには一種類の遠心分離機しかなく、はるかに規模の小さい核計画を前提としていました。今やイランは急速に進歩しており、最新世代の遠心分離機を持ち、イスファハンに異なる複合施設を持ち、新たな施設もあります。
全く異なる状況です。JCPOAは土台にはなり得ません。別のものを検討する必要があります。これが今年2月に私が参加した交渉ラウンドで議論されていたことです。交渉は現在、パキスタンの首都イスラマバードを主要な舞台として断続的に続いています。
核兵器開発を検討する国々への懸念
ー二つ質問があります。一つ目は、核兵器国と非核兵器国の間の不信感を踏まえ、他国に守ってもらえないと感じて核兵器の開発を検討する国が出てくるかもしれないことをどれほど懸念していますか。二つ目は、事務総長レースが進む中、職を辞するお考えはありますか。
グロッシ事務局長
一つ目については、懸念は大きいと思います。緊張の高まり、不信感、同盟の信頼性への疑問から、国々が核兵器の追求という選択肢を再検討する誘因を見出すかもしれません。我々が知るように、望めば技術と能力を持つ国々が相当数あり、比較的速く核兵器の方向に進める可能性があります。NPT再検討会議の開幕では、より多くの国が核兵器を持つ世界はより安全な世界ではないと明確に述べました。不拡散の規範に改めてかかわる必要があります。」
二つ目については、立候補を表明した日——昨年11月1日——から一貫して明確にしてきました。私が取り組んでいる課題の性格を考えると、職を離れてキャンペーンに集中するのは無責任です。ロシアとウクライナとの交渉、核事故防止への取り組み、イラン交渉——これほど重要な仕事を放棄することは職務の怠慢です。他の方を批判するつもりはありません——それぞれが自分の使命と仕事に基づいて行動しています——しかし、私にとってはこれが正しいアプローチです。(注:現職のグテーレス事務総長の任期は2026年末に満了する。)
NPT最終文書はどうなる?
―多くの専門家がこの再検討会議で各国の合意による最終文書(成果文書)を出すのはは難しいと言っています。NPTがさらに弱体化した場合、どのような影響があるでしょうか。またIAEAとしてそれを防ぐために何をするつもりですか。
グロッシ事務局長
NPTについては、こうした会議には代表団のコンセンサスを示す手段として最終文書が採択されるという一定の論理があります。しかし今回の再検討会議が開催された背景には、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化、イスラエルとイランの軍事衝突、米中対立の深刻化など、加盟国間の合意形成を著しく困難にしている地政学的緊張があります。
2015年の第9回NPT再検討会議は中東非核兵器地帯構想をめぐる対立から、2022年に延期開催された第10回はロシアのウクライナ侵攻をめぐる対立から、いずれも最終文書の採択に失敗しました。今回も同様に困難かもしれません。
私の印象では、NPT自体は成功の物語です。最終文書がなくても――重要かつ意義あることではありますが――NPTが健全かどうかを判断する決定的な基準ではありません。
非常に重要な条約であり、各国が引き続き遵守するよう確保しなければなりません。
ザポリージャ局地停戦の見通しとイランの高濃縮ウラン交渉
ーザポリージャの第6回局地停戦はいつ頃達成されそうですか。また、イランからの高濃縮ウランの国外搬出について、誰と話し合っていて、交渉の状況はどうなっていますか。
グロッシ事務局長
局地停戦については、そう長くはかからないことを願っています。すでに5回交渉して成功させています。双方の軍司令部との適切な連絡チャンネルがあり、修理の必要性についての共通認識があります。局地停戦を適用する前線の範囲をめぐって交渉に時間がかかることもありますが、これまでと同様に良い結果が得られると確信しています。
イランの高濃縮ウランの搬出については、現時点では正式にその交渉の当事者ではありません。イランと米国それぞれと別々に連絡を取り合い、検証問題や技術的事項について頻繁に協議しています。2015年のJCPOA交渉とは異なり、IAEAは今のところ正式な交渉への参加を求められていません。いずれにせよ、合意には非常に強固な査察システムが必要です。適切な時期に関与することになると確信しています。
JCPOAへのトランプ大統領の評価とホワイトハウスとの接触
ートランプ米大統領がJCPOAを「悪い取引」だと言ったのは正しかったのでしょうか。また、攻撃が始まる前に、あるいは現在の交渉において、ホワイトハウスと直接連絡を取ったことはありますか。
グロッシ事務局長
イラン側との交渉については外務大臣のアッバース・アラグチー氏、米国側については特別特使のスティーブ・ウィトコフ大使とジャレッド・クシュナー氏が私の交渉相手です。
現時点では私は正式には交渉の当事者ではありませんが、双方と連絡を取り合っており、適切な時期に関与することになると思います。 JCPOAは過去のことです。トランプ大統領の意見であり、私がその判断についてコメントすることはしません。彼の見解は公開されており広く知られています。付け加えることは何もありません。
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NPT再検討会議は5月22日の閉会に向け、週明けから主要テーマの議論に入る。
最終的な合意文書が採択されるかどうかに国際社会の注目が集まる中、グロッシ事務局長はこう述べている。「最終文書がなくても、NPTが健全かどうかを判断する決定的な基準ではない。だからといって、行動できないわけではありません」。
核管理の空白が広がる今、その言葉は宣言というより、交渉者の覚悟として響く。




