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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

66歳の誕生日に逮捕――前代未聞の事態

 2月19日、英国のアンドリュー・マウントバッテン=ウィンザー元王子(66)は、自身の誕生日当日に逮捕されるという前代未聞の事態に見舞われた。

 逮捕の容疑は「公職上の不正行為」。テムズ・バレー警察は、元王子が英国通商投資局(UKTI)の特使として在任中(2001〜2011年)に職務を通じて入手した機密情報を、性犯罪者ジェフリー・エプスタイン氏(2019年、死亡)と共有した疑いを調査してきた。

 イングランド東部ノーフォーク州サンドリンガムの王室所有地で逮捕された元王子は、地元の警察署で写真撮影・指紋採取・事情聴取を受けた後、「捜査継続のまま釈放」となった。起訴の可否はテムズ・バレー警察と王立検察局が数週間かけて判断する。

 逮捕の端緒は、UKTI特使在任中に入手した機密情報をエプスタイン氏と共有した疑惑だが、背景には長い因縁がある。2000年ごろ、当時17歳だったバージニア・ジュフリー氏はエプスタイン氏らに誘われ、元王子に性的行為を強要されたと告発。元王子は全面否定し2022年に和解したが、2025年に米司法省が「エプスタイン・ファイル」を公開したことで疑惑が再燃し、今回の逮捕へとつながった。


「誰もが目をつむっていた」――伝記作家ローニー氏の告発

 この事件を誰よりも長く追ってきた人物の一人が、歴史家で伝記作家のアンドリュー・ローニー氏だ。

 5年間の取材をまとめた著書「Entitled: The Rise and Fall of the House of York(特権階級――ヨーク家の興亡)」を昨年夏に出版したローニー氏は、タイムズ紙のインタビューで(2月28日付、有料記事)王室の「二重基準」を鋭く批判した。

 アンドリュー元王子はかつて「ヨーク公」の爵位を持っていた。ヨーク公とは英国王室の伝統的な称号で、国王の次男に与えられることが多い。1986年の結婚時にエリザベス女王から授けられたが、エプスタイン事件をめぐるスキャンダルを受け、昨年、チャールズ国王によって剥奪された。

 ローニー氏は「5年前に調査を始めたとき、誰もが『あんな退屈な人たち、なぜ取り上げるの?』と言っていた」と振り返る。しかし今や、誰も退屈だとは思わない。彼が著書の中で問いかけるのは単なる個人のスキャンダルではなく、「いかに富と権力を持つ者が歴史を作り、隠蔽してきたか」という構造的な問題だ。

 ローニー氏が特に強調するのが王室の「二重基準」だ。

 チャールズ国王の次男ヘンリー(通称「ハリー」)王子とメーガン妃は2020年1月、王室側への相談なく突然、自身のSNSで『主要王族から退き、財政的に自立する』との声明を発表した。英メディアはこれをEU離脱(「ブレグジット」=「英国が離脱する」の意味)になぞらえ「メグジット」(メーガンとエグジット=出る=を組み合わせた)と呼んだ。

 二人は公務の一部を続けながら北米に生活拠点を置くという「半分内・半分外」の立場を望んだが、王室はこれを拒否。結局、「殿下・妃殿下」の称号使用をやめ、公的資金も放棄するという完全な決別となった。

 夫妻の動きに王宮は激しく反発し、情報をリークしてまで二人のイメージを傷つけようとしたとローニー氏はいう。

 しかしアンドリュー元王子とサラ・ファーガソン元夫人(「ファーギー」)は、それ以前から同じことをやっていたと同氏は指摘する。

 「ファーギーは娘の結婚式でも自分のお茶のシリーズを売っていた」。

 「『ダッチェス・コレクション』は2020年に立ち上げた商品群で、紅茶・ビスケットセット、陶器、キャンドル、フレグランス、ジュエリーまでを揃えたライフスタイルブランドだ。表向きは自身の慈善団体「サラズ・トラスト」への収益還元を掲げていたが、『ダッチェス(公爵夫人)』の称号をブランド名に掲げ、王族としての肩書を最大限に利用したものであることは明らかだった」。

 「アンドリューとファーギーの行動には誰もが目をつむっていたのに、ハリーとメーガンについては内部から情報をリークしていた」とローニー氏は語る。

 「自分のブランドでジャムを売るメーガンも、ファーギーを見て『なぜ私はだめなの?』と思ったに違いない」。

 さらにローニー氏は、王宮がハリーとメーガン問題を「煙幕」として使ってきた可能性にも触れる。

 「本当に深刻な問題から目をそらすには、ちょっとしたメロドラマのようなものを使う方が確かに都合がいい」と言う。アンドリュー元王子をめぐる「本当の問題」が、華やかなハリー王子とメーガン夫妻の騒動の陰に隠れてきたというわけだ。


王室への打撃――チャールズ国王の苦境

 弟であるアンドリュー元王子が逮捕されるという前例のない事態に、チャールズ国王はどう対応したのか。

国王は声明で「アンドリュー・マウントバッテン=ウィンザーと公職上の不正行為の疑惑について深刻な懸念を持っている」とし、当局は王室から「全面的かつ真心からの支持と協力を得ている」と述べた。声明には、国王と逮捕された人物の「血のつながり」への言及が一切なかった。

 国王の支持者たちはすでに取った行動――爵位と住居の剥奪、捜査への全面協力――を評価する。国王の伝記作家ジョナサン・ディンブルビー氏もBBCで「王家と君主制という制度を切り離して考えることが重要だ」と擁護した。

 しかし現実問題として、多くの国民にとって王宮・王家・君主制は一体として映る。

 アンドリュー元王子はしばらくバッキンガム宮殿のバルコニーに出ていないかもしれないが、60年以上にわたり「家業」の一員だった。

 逮捕された当日も「捜査への全面協力」を明言している国王だが、「なぜもっと早く行動しなかったのか」「なぜ疑惑が積み重なる中でもっと深く追及しなかったのか」という批判からは逃れられない。

 ローニー氏はチャールズ国王を「かなりよくやっている」と評しながらも、「これは(前元首)エリザベス女王から引き継いだ問題で、本来は自ら対処すべきだった」と釘を刺す。またジュフリーさんとの和解金問題についても、「国王が1200万ポンド(約23億円、2026年2月現在)の支払いの交渉に関与していたはずだ」と指摘する。

ベアトリス・ユージェニー両王女と「ヨーク家問題」の深さ

 ローニー氏が著書の中でもう一つ問題にするのが、アンドリュー元王子の二人の娘、ベアトリス王女とユージェニー王女の立場だ。二人は父親の中東への通商訪問に同行し、「王女殿下」として多くの人脈を築いてきた。

 ローニー氏は「誰かを代表しているわけでもないのに、公的な住居の補助を受け、王室としての公務は一切ない」と批判する。

 「チャールズ国王が二人を近くに引き寄せるのは極めて賢明でない」、王女らは爵位を返上して「静かに表舞台から去るべきだ」と主張する。しかし「彼女たちも、その両親アンドリュー夫妻も、自分たちの置かれた状況の深刻さを本当に理解していない」と付け加えた。

王室は生き残れるか――「近代化の契機」という逆説

 では、これほどの打撃を受けた英王室は今後も存続できるのか。

 ローニー氏の答えは意外にも楽観的だ。「アンドリューは皮肉なことに王室を救ったかもしれない。なぜなら、彼が王室に近代化を迫っているからだ。これは王室の転機になりえる」と言う。

 ローニー氏が描く王室改革のビジョンは具体的だ。

 例えば、空のままのバッキンガム宮殿をテート美術館の収蔵品で満たし、庭園ともども一般公開することだ。


次期国王、ウィリアム皇太子の印象は

 チャールズ国王の長男ウィリアム皇太子は「より欧州型の君主制へと移行しつつある」、とローニー氏は評価する。

 ここで言う「欧州型の君主制」とは、オランダやスウェーデン、デンマークなどの北欧・西欧諸国の王室に見られるスタイルを指す。広大な宮殿に住まず、自転車で通勤する国王・女王の姿が象徴するように、華美な格式よりも国民との距離の近さと質素さを重んじる。バッキンガム宮殿のような壮大な王宮に住む「格調」より、市民に開かれた「親しみやすさ」を優先するモデルだ。

 ローニー氏は皇太子がフォレスト・ロッジという比較的こぢんまりした家を選んでいることを、こうした方向性の表れとして肯定的に評価する。

 「王室への支持を取り戻すためにできることは多い。城壁の中に引きこもって国民をよせつけない存在ではないと、示すことが大切だ」。

 元王子夫妻の伝記執筆のため、ローニー氏は3000人に取材を依頼したが、応じたのはわずか300人。多くは「密告になる」と恐れ、あるいは「一般人には知らせたくない」と拒否した。「みんなアンドリュー元王子を嫌いだったのに、実に不思議だ。海軍で共に仕えた81人のうち80人が否定的だったのだが」とローニー氏は言う。「良いところがないかと必死に探した」とも。


「うやむやになるかも」

 今後の焦点は、起訴に至るかどうか。

 ローニー氏は「疑惑の調査には何年もかかる可能性があり、うやむやになることも考えられる」と冷静に見る。アンドリュー元王子自身も「起訴されないと思っている」と側近に語ったとされる。

 「王宮は常に穏便なアプローチを取り、必要最低限のことしかしない。多くのことについて腹を括り、真実を明らかにしなければならない時が来た」というローニー氏は語っている。


# by polimediauk | 2026-03-09 03:13 | 英国事情