小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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(英首相官邸前で辞任表明をする、トラス首相、No 10 Flickrより)

 20日、英国のリズ・トラス首相が与党・保守党の党首辞任表明を行った。事実上の首相辞任表明だ。前日には議会で「私は辞めない」と言ったばかりだった。

 トラス氏が党首に選出されたのは9月5日。翌6日、故エリザベス女王と接見し、首相に就任した。

 2カ月に満たない政権となったが、なぜあっという間に辞任することになってしまったのか。

 その背景については、「英国のニュースダイジェスト」の筆者のコラム「英国メディアを読み解く」でも書いているが、当時は辞任がこれほど早く表明されるとは予期していなかった。背景事情を整理しながら、「なぜ」に注目してみたい。

 ちなみに、次期党首は今から約1週間後の28日までに決定される予定だ。

大型減税案の大失敗


 トラス氏の辞任につながった原因として、9月23日にクワジ・クワーテング財務相(当時)が発表した「ミニ予算案」がまず挙げられる。

 これは過去半世紀で最大規模とされる約450億ポンド(約7兆円)の大型減税案だった。

 その内容は所得税の最高税額45%を40%に引き下げる、前政権が決めた法人税率の引き上げを凍結する、銀行員の賞与の上限規制を撤廃する、など。減税によって経済を刺激することで、大きな成長を成し遂げる・・・はずであった。

 これが大きな批判を浴びてしまう。

 その理由は、まず国民レベルでいうと、物価高・エネルギー価格高騰に悩む多くの国民にとって、「税金を使って皆さんの生活を楽にしますよ」というメッセージを期待していたので、「あれ?願っていたこととは違う」という思いを抱かせた。

 そして、「所得税の最高税額の引き下げ・法人税率の引き上げを凍結・銀行員賞与の上限規制の撤廃」という目玉の政策は「金持ち・大企業・金融業への支援」に見えてきた。

 また、与野党の政治家が「富裕層優遇だ」と批判し出した。この「金持ち優遇」というメッセージは頭に残りやすい。

 一方、市場は大型減税の実行に十分な財源が示されてないと判断し、通貨、株式、国債が同時に売られるトリプル安に。9月27日、国際通貨基金(IMF)が大型減税案について「財政悪化につながりかねない」と政府に再考を促した。

 翌28日にはイングランド銀行が長期国債を支えるための緊急対策を発表。安定した経済政策では定評があるはずの保守党政権の評判が大きく揺らぐなか、世論調査で最大野党労働党の支持率が50%を超え、保守党は20%に急落した。

政策をUターンしたが


 批判を受けて、トラス首相は所得税の最高税額の引き下げを取り止めた。これでその場をしのごうとしたが、市場の混乱は収まらず、10月14日、とうとうクワーテング財務相を更迭。

 新たに財務相に就任したのが、ジェレミー・ハント元外相・元保健相だった。

 ハント氏は市場の信頼を得るため、ミニ予算案・大型減税案のほとんどを撤回することになった。

 トラス首相の面目は丸つぶれとなった。しかし、19日昼時点でもトラス氏は「私は辞めない」と議会で宣言した。「私は闘う」と。

 しかし、その後、スエラ・ブレイバーマン内相が辞任。これはトラス政権への抗議の辞任ではなかったものの、政権を揺るがせた。

 「いつまでトラス政権は続くのか」が大きな話題となる中、「トラス氏が党首では総選挙に勝てない」「打撃が大きすぎる」などの声が保守党議員内で広がった。

 トラス政権の運命を決めたのが、20日朝、保守党の平議員が構成する「1922年委員会」のグレアム・ブレイディ委員長とトラス氏との会見だった。この中で、ブレイディ氏はトラス氏に辞任を迫ったものとみられる。

 保守党の党首がどうやって決まるかというと、まず、我こそはと思う下院議員が立候補。その後の複数回の投票で候補者を2人まで絞る。その後、約15万人の保守党員向けに開催される集会で、2人が演説をする。その後、党員たちの投票で1人を選ぶ。

 トラス氏が党首選で選ばれたのは9月5日。党首選開始は7月だった。

 今回、次期保守党党首は今月末までに決まるという。スピード展開である。

 現在、英国のメディアで候補者として名前があがっているのは、リシ・スナク元財務相(ジョンソン前政権時)、ペニー・モーダント下院院内総務、ベン・ウオレス国防相など。ボリス・ジョンソン前党首・前首相も「立候補する意欲がある」と伝えられている。

 野党は総選挙を望んでいるが、現在、英国では総選挙は5年毎と決まっている。次の総選挙は2024年5月の予定だが、これを変えるには、議会で総選挙を実施するための法案を可決しなければならない。

 下院の650議席のうち、保守党は357議席を持っており、保守党議員の中で総選挙を支持する議員が出てこない限り、可決にはつながりそうにない。

 ただ、保守党の党首選に勝ち、2019年に総選挙のみそぎを受けたジョンソン首相の後、トラス首相も次の首相も保守党員・議員らの投票でのみ決まるとすれば、仲間内だけで決めているという批判は免れない。新首相は一定期間の後、予定よりも早く総選挙を行うことを宣言せざるを得ないのではないか。

ジョンソン氏の戻りはあるか?


 「もし」ジョンソン氏が戻ってくるようだと、保守党の名前は地に落ちるだろうと思う。保守党議員を含む支持者の発言を見ていると、「2019年の総選挙に勝ったから」「党を一つにまとめることができる」などを理由として挙げている。つまるところ、「選挙に勝ちたい」という保守党の党内事情を真っ先に考えているようだ。残念である。

 ジョンソン氏はパーティー疑惑で辞任に追い込まれたが、欧州連合(EU)からの離脱を実現するために必要な政治家だったとも言えよう。

 党首選では、小さな政府を志向する保守党員に大きなアピール力を持つ「減税」を繰り返したトラス氏が選ばれた。最後の2人の候補者として残ったスナク氏の「トラス氏の減税・経済政策はファンタジーだ」という主張は聞き入れられなかった。

 パーティー疑惑のジョンソン氏と一線を画するため、財務相を辞任したスナク氏。これがきっかけとなってほかの閣僚の辞任が相次ぎ、ジョンソン政権は崩壊した。このため、保守党員・議員の中には「スナク氏=裏切り者」と見る人が多いと言われている。

 国民のことを第一に考え、冷静に次期党首・首相を選んでほしいものだ。


# by polimediauk | 2022-10-20 23:48 | 政治とメディア