小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 対ロシア強硬路線を敷いたオバマ前政権。トランプ氏の大統領就任で何らかの変化があるのかどうか世界中が注目する中、28日夜、トランプ氏とロシア・プーチン大統領が電話で会談を行った。両国にとって脅威となるイスラム過激派組織「イスラム国」などを掃討するために協力することで合意したという。

 対ロ制裁(2014年からロシアによるクリミア併合をめぐり、経済制裁を発動)を解消するかについての言及はなかったようだ前日27日、メイ英首相との会談後の会見では、トランプ氏は制裁の解除について「それを話すのはまだ早い」と答えている。

 今後、米ロ関係はどうなるのか?

 二人の専門家の見方を紹介したい。

 インタビューはもともと、東洋経済オンライン掲載の筆者の記事(「怪しい調査書」とは結局のところ、何なのか 元スパイが作成したリポートが政争の具に」)(1月24日付)のために行われた。以下はそれに若干の補足をしたものである。

 怪しい調査書(「Dodgy dossier」)とは英国の元スパイ(クリストファー・スティール氏)が書いたものである。現時点ではその信ぴょう性に疑問符がついているものの、プーチン大統領の指揮の下、ロシア側がトランプ氏の「不名誉な」情報(モスクワのホテルに売春婦数人を呼びこみ、ベッドの上で尿をかけあう「ゴールデン・シャワーをやらせていたなど)をつかみ、必要とあれば「脅す」こともできる、という内容だ。調査書には、ロシア側が米国に望むのは、例えば対ロ制裁の解除であると書かれていた(詳細について上記の拙稿をご覧いただきたい)。

 書き手のスティール氏は、現在、姿をくらませている。

調査書は「策略だった」

 
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(フィル・バトラー氏)

 ロシアや東欧事情について詳しい政治アナリストのフィル・バトラー氏は、筆者の取材に対し、こう答えた。
 
 「調査文書はトランプ氏の信頼を落とすための策略だったと思う。米国の大手リベラルメディアさえも(信ぴょう性についての確信が取れないということで)掲載しようとはしなかったし、米国の情報機関の専門家の多くも偽物だと見なした。タカ派のマケイン上院議員が情報拡散に動いたのも、軍事産業やネオコンによる中傷行為だったことが分かる」。
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(アラン・フィルプス氏)

 王立国際問題研究所「チャタムハウス」が発行する「ワールド・トゥデイ」誌のアラン・フィルプス編集長は、調査文書の内容の真偽は「分からない」という。事実関係は「メディアが探り当てることができる情報の範囲を超えている」。

 同氏はロイター通信社のモスクワ特派員として20年近くロシアに駐在した後、保守系高級紙デイリー・テレグラフの外信部長として働いた経験がある。
 
 書き手のスティール氏は英情報機関の間ではロシアの専門家としてよく知られていたという。ただ、「1990年代以降、ロシアには足を踏み入れていないようだ」。

 スティール氏への信頼感があったために、今回の文書が注目されているとフィルプス氏は見る。しかし、MI6という政府機関から商業目的の調査会社を立ち上げたことで、水準が落ちたのではないかと疑問を投げかける。

 商業目的の調査は「コーポレート・インテリジェンス(企業向けの機密情報」)」と呼ばれているが、ゴシップ的な話、例えば人がクライアントに対してどんな悪口を言っているかなどの情報を集めることが必須だという。後で衝撃的な情報が出ても、クライアントがそれほど驚かないようにするためだ。

 今回、暴露された調査書はそんな「ゴシップ話的な感じがある」。

 「もしロシア側が本当にトランプ氏の恥ずかしい行為について撮影をしており、これをもとに脅していたのだとすれば、相当深刻な事態となるが」。

「リセット」モードに入るトランプ大統領

 今後、米ロ関係はどうなっていくのか。
 
 「米国はロシアと敵対的な関係にある必要はない」とバトラー氏は言う。

 「トランプ氏はロシアとより前向きな二国関係を新たに築き上げようという、いわば『リセット』モードに入るだろう。長年続いてきた、互いへの不信感や不必要な軍事費の拡大の道を止め、実利的なアプローチをとってより前向きで希望に満ちた関係を作ろうとするはずだ」

 「冷戦が私たちに教えたのは、他国の脅威などの恐怖を大げさに取り上げて、自らの政策を有利に展開しようとすることの恐ろしさだった。トランプ氏とプーチン氏はたがいの違いを認めながらも、ビジネス及び政治面で折り合いをつけ行くだろう」。

 フィルプス氏によると、トランプ大統領は「国際的な体制が壊れていると見ている。普通の米国民が経済上損をしている、と。例えば、米国の敵になるのが、米国の雇用を『盗んでいる』国(例えば中国)、国外に仕事をアウトソースする大企業(例えばゼネラル・モーターズ社)、アウトソースされる先の国(メキシコ)だ」。

 ところがロシアは、「米国の労働者から仕事を奪うようなものを何も生産していない」。トランプ氏からすれば、米国とロシアには共通点がある。「『イスラム国』と戦うという目的がその一例だ」

 バトラー氏同様、フィルプス氏もトランプ大統領が米ロの二国関係を改善しようとすると予測する。

 しかし、「トランプ氏による『リセット』は長続きしないかもしれない」。プーチン氏は中東、欧州、アジアに影響を及ぼす大国として認識されたいと思っているが、米国がロシアを特別視せず、中国との関係により力を入れるようになったと感じた場合、認識のギャップが出てくるからだ。

 トランプ氏とプーチン氏の政治家としてのアプローチの違いも「不和」につながってゆくという。

 「トランプ政権は対ロ関係を良好にするための合意に署名して、次に進みたがるだろう。プーチン氏は長期的な観点から世界の中のロシアの地位を向上しようとしている。両者の世界観は大きく違う。急ぐトランプ氏はプーチン側に譲歩しすぎ、ロシアのウクライナへの支配権を認めてしまうかもしれないし、プーチン氏のやり方を誤解するかもしれない」。

 フィルプス氏は「今後1年で、両者が仲たがいをする可能性もある」と見ている。米ロ間の関係の急速な関係悪化はこれまでにあったからだ。

 ただ、単純に「破局には至らないだろう」。それは、トランプ氏はロシア政府が就任を望んでいた大統領だったという認識や、トランプ政権の国務長官(石油メジャー最大手エクソモービルのレックスティラーソンCEO)がプーチン氏から「ロシア友好勲章」をもらっていた(2013年)という事実が、「対ロシアの外交関係を複雑なものにする」からだ。
 
ロシア側情報源と見られる人物の「不審な」?死

 先の「調査書」は昨年秋ごろから、米英の主要メディアの手に入っていたと言われている。「真偽に確証が持てない」という理由で報道が見送られていたのだ。

 それにもかかわらず、今年1月上旬、米情報機関幹部らが調査書の概要をオバマ氏、トランプ氏に渡している。

 調査書の情報源のほとんどは「ロシアの情報機関係者(複数)」だ。

 昨年12月26日、元KGB(現在はFSB=ロシア連邦保安庁)の幹部で調査書の情報源の一人とされる人物、オレグ・イロンビンキン氏が自分の車の後部座席で亡くなっていることが発見された。死因は心臓発作とも言われている。
 
 イロンビンキン氏は、調査書に何度も出てくる人物イーゴリ・セーチン氏の側近だった。セーチン氏はロシアの元副首相でロシア国営石油最大手ロスネフチのCEOだ。

 調査書を書いたスチール氏は、7月16日付の項目の中で、トランプ陣営とモスクワを結びつける人物として、「セーチン氏に近い人物」を挙げていた。この人物こそ、イロンビンキン氏であったという説が浮上している(デイリー・テレグラフ紙、1月28日付)。

 テレグラフはブルガリアのシンクタンク「リスク・マネジメント」のクリスト・グロゼフ氏の見立てを紹介する。「調査文書の内容が本当であるかどうかはともかく、プーチン側は誰が情報を漏らしたのかを探し当てようとしている。イロンビンキン氏に注目したのは間違いない」(グロゼフ氏)。

 一方、ロシアの情報機関について詳しいマーク・ガレオッティ氏は「イロンビンキン氏のような人物が、まるでミステリー小説のように死ぬわけがない」として、ロシア政府あるいは情報機関による関与を否定している。

# by polimediauk | 2017-01-29 23:01 | 政治とメディア
 「フェイク・ニュース」(嘘のニュース)という言葉をよく聞くようになった。

 一言でいえば「デマ」だが、米大統領選の際に真実に見せかけたニュースがネット上で拡散され、これが大統領選の行方に影響を及ぼしたかどうかが争点の1つとなり、あっという間にはやり言葉になったようだ。

  米バズフィードの調べによると]、大統領選用に「ねつ造されたニュース」は、主要メディアの政治記事よりもエンゲージメントが高かった。

 大統領選の最後の3カ月間、Facebook上の選挙記事では、捏造ニュースのほうが、主要メディアのニュースよりも、高いエンゲージメントを獲得していたことが判明している。

 捏造記事サイトや特定政党に肩入れするブログが流した上位20記事が集めたエンゲージメントは871万だった。一方、主要メディア(ニューヨークタイムズやワシントンポストなど19サイト)の上位20記事は736万にとどまった。

 という。

 嘘のニュースがどんどん流れる中、既存メディアはそして私たちは何ができるのか?

 ロンドンにあるジャーナリストのクラブ フロントライン・クラブ」で25日、フェイク・ニュースをテーマにしたイベントが行われた。

 その時の模様を紹介したい。
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(左からBBCとFTの記者、司会者、チャンネル4ニュースの編集長)
 
 司会はロンドンシティ大学でメディアを教えるロイ・グリーンスレード氏。ガーディアンのコラムニストでもある。数々の新聞の編集幹部も務めた。

 パネリストはテレビの「チャンネル4ニュース」の編集長ベン・デピア氏(写真上の右端)。元は国際ニュースの編集部長。2011年の東日本大震災、スリランカの内戦、国際戦犯事件の調査報道など、チャンネル4ニュースは優れた国際報道を行う番組だ。

 ローリー・キャスリンジョーンズ氏はBBCのテクノロジー記者だ(写真上の左端)。

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 オーウェン・ベネット氏は英ハフィントンポストの政治部長(写真下の左端の眼鏡姿)。近著が「ブレグジット・クラブ」。

 ***

「フェイク・ニュースは昔からあった」

 キャスリンジョーンズ氏(BBC):フェイク・ニュース、いわゆる嘘のニュースは昔からあった。最近の現象ではない。

 大衆紙を見ると、今でも「嘘」のレベルのスクープ記事が連日出ている。先日も、「アルツハイマー病が完治する薬が見つかった」というある大衆紙の記事に「これはすごい」と驚いたばかりだが。

 嘘のニュースでも大きくなり、定説になってしまうこともある。私が担当する科学の分野だと、「新三種混合ワクチン予防接種で自閉症になる」という論文をある医師が科学雑誌に発表した。大衆紙大手デイリー・メールが報道し、大きく広まり、ワクチンの接種率が大幅に低下した。後で論文は撤回されたが、たった一人の医師の話が定説になってしまった。

 英国に住む人は、あるニュースが嘘か本当なのかをどの媒体が出したかで判断してきた。

 しかし今は、フェイスブックのタイムラインに様々な媒体のニュースが並列に出てしまう。経済紙フィナンシャル・タイムズのニュースであろうが、ほかの素性がはっきりしないニュースサイトのニュースであろうが、同列になってしまう。ここが問題なのではないか。

 デピア氏(チャンネル4ニュース):嘘の情報が出れば、こちらは検証し、「本当ではない」と提示する方式を取ってきた。

 しかし、ものの考え方が変わってきているのだと思う。「事実・真実は重要だ」という世界から、私たちは離れてしまっているのではないか。事実よりも感情の方が重要な世界に、である。

 ストレスになるほど情報が多いことも問題だ。あまりにも情報が多いので、じっくりと選別し、そしゃくし、事実かどうかを考える時間がない。そこで、誰か自分が信頼する人が言うことを信じる、という流れになっているのではないか。自分が事実かどうかを判断する、というのではなく。

 キャスリンジョーンズ氏(BBC):フェイク・ニュースが簡単に作れる、という面もあると思う。ソーシャルメディアであっという間に拡散もできる。

 マージャ氏(FT):フェイク・ニュースは確かにこれまでにもあった。フェイスブックがあるからフェイク・ニュースが出てきたわけではない。

 ただ、フェイスブックの利用者は世界中で17億人にも上る。フェイスブックは非常に大きなリーチ力を持つ。すべての情報が「等しい価値」で出てしまう。

 フェイスブックは策を講じているけれど、例えばフェイク・ニュースには注意を喚起するなどをしているようだが、効果はまだ分からない。

言論空間の隙をついて、出てきたのがフェイク・ニュース?

 キャスリンジョーンズ(BBC):米国のメディアは英国のメディアとは逆の部分がある。民放が強い米国ではテレビは多彩な意見を出すが、新聞は真面目な感じがする。英国では逆だ。公共放送BBCが強く、民放も規制が多い。新聞は思い思いのことを書けるし、多彩だ。フェイクニュースは米国の新聞メディアの言論空間の隙を突いて出てきたとも言えるのではないか。

 ベネット氏(ハフィントンポスト):ウェブメディアでは速さを要求される。例え間違った情報が入っていても、ニュースがどんどんシェアされてしまう。大衆紙のメールオンラインやデイリーエキスプレスが不正確なニュースを出すとき、こちらとしては事実確認した結果を流すけれども、その間に前のニュースが拡散されている。

 記事を作るジャーナリストはソーシャルメディアをチェックしているけれども、内容が正確かどうかということは見ていない。読者も記事があると、内容をすらすらっと斜め読みしている。

 記事の質がフェイスブックのいいね!やシェア率、ツイッターのリツイート数などで判断されてしまう世界がある。

 マージャ氏(FT): 前職はニュースサイトだったが、確かに、記事の正確性を確認する人はいなかった。

 キャスリンジョーンズ(BBC):でもチェックは少ない。信頼できるリポーターがやるから・・・・という判断だ。文字情報で出すときの方がチェックがある。

 デピア氏(チャンネル4ニュース):元々は新聞にいたが、1994年に英スカイテレビに入った。その時から事実チェックを徹底するよう言われてきた。

 フェイクニュースのポイントは意図的にねつ造しているニュースである点だろう。バズフィードによれば、東欧の青年たちが嘘のニュースを作っていた。ウェブサイトがヒットすれば、多くの広告収入が得られるからだ。

 マージャ氏(FT):デジタルニュースの収入源を広告に頼る限り、そうなるのではないか。

 トラフィックはフェイスブックなどのソーシャルメディアを通して得られる。だから、誰かがクリックしてくれる、シェアしてくれるようなストーリーが必要となる。ちょっとひねったストーリーなら、なおよい、と。

 国家レベルでのハッキングやねつ造情報が広がるのはもっと恐ろしいと思う。

 キャスリンジョーンズ氏(BBC):トランプ氏が大きな支持を得て、彼を支持するようなフェイク・ニュースが流布した、と。これは主要メディアがやるべきことをやってこなかったことも原因ではないか。

 政治家が嘘を言ったら、これを指摘し、十分に挑戦してこなかったのではないか。 

 ところで、私自身はFTを愛読しているが、「状況に詳しい人の話によると」という表現をよく使っている。一体こんな人が何人いるのかな、と思う。

 情報源を出さないと、メディアへの不信感につながるのではないか。

 ベネット氏(ハフィントンポスト):政治家はオフレコで話すことが多いから、どうしてもそうなる。ただ、情報源が一つだけの場合(=シングルソース)、記事を出さないとか、いろいろ決めている。

 マージャ氏(FT):FTも、少なくとも2つの情報源の情報を得てから出す、ということにしている。

 キャスリンジョーンズ氏(BBC):現状はメディアがその下地を作ったからではないかと思っている。不信感を抱かせるような報道がこれまでにあって、だから、視聴者・読者もシニカルになっているーどうせ本当じゃないんだろう、と。世論調査をするとジャーナリズムへの信頼感は低い。

 ベネット氏(ハフィントンポスト):誰を一番信用するかと聞くと、「友人」が上に来る。

どこからニュースを得ているか?


 デピア氏(チャンネル4ニュース):BBCラジオ4の朝の番組「トゥデー」、BBC全般、もちろんチャンネル4も、英ニュース週刊誌「エコノミスト」-。まだあるが。

 マージャ氏(FT): FTをのぞけば、ツイッター。ニューヨークタイムズ、ニューヨーカー、BBC.

 キャスリンジョーンズ(BBC):BBC以外には、ハフィントンポスト、ツイッター(ジャーナリストのリストを作っている)、FTー。

 グリーンスレード氏(司会):ガーディアン、タイムズ、ほか複数の新聞、「トゥデー」、ツイッター。

どうするべきか?

 デピア氏(チャンネル4ニュース):トランプ氏の支持者は彼が嘘をついていることを知っていた。それでも支持していた。なぜかを考えるべきではないか。

 キャスリンジョーンズ氏(BBC):フェイク・ニュースは以前からあったが、米大統領選のように、リアルで影響を及ぼすようになった。「事実は重要だ」という原則をしっかりと守っていくこと。

 マージャ氏(FT):教育ではないか。フェイスブックのタイムラインに出るニュースにはゴミみたいなものもある、ということを。

 ベネット氏(ハフィントンポスト):大衆紙の報道には大げさな誇張や嘘がある。それでも人々はその新聞を買っている。自分の気持ちを代弁してくれる、何かがあるからだろう。トランプ氏の言説に嘘があったとしても、人々は投票した―ほかの候補者では満たされない、何かがあったからではないか。この点を充分に見てゆくべきだ。

****

イベントが終わって


 印象に残ったのが「フェイク・ニュースはこれまでにもあった」という点。それから、「事実よりも感情を重要視する傾向が出ている=新たな世界か?」という提起。

 ガーディアンのサイモン・ジェンキンス氏も指摘しているが、「フェイク・ニュース、フェイク・ニュースとそれほどがたがたするな」という論考を英メディアで目にする。

 確かに、英国で新聞を開くと、ピンからキリまで、「真実」から「大幅な誇張(嘘)」までがもろもろだ。何が事実・真実なのか分からない状況である。「今さらフェイク・ニュースということで、大騒ぎするな」という気持ちが分かるような気がする。

 フェイク・ニュースというと「メディアリテラシーを高めよう」という話になるが、筆者流に平たく言えば「いろいろな人の話を聞いたり、メディアに触れたりして、自分の感覚を磨こう」ということになる。たいていの場合、「?」と思った記事にはどこかにおかしな情報が隠れている。「?」と思わなかった場合、それは…仕方ないのである。全てを一度に解明はできない。

 心配なのは嘘が出ることよりも、「嘘でも構わない」と思ってしまうことだ。「どっちでもいい」、「誰それさんが言ったことだからいい」となって、真実・事実が二の次になっても平気になることだ。これが極端になれば、「もう一つの事実」の世界に入ってしまう。

 「100%、誰にとっても事実・真実というのはありえない」という考え方もあるが、できれば客観的な事実は事実としてきちっと知りたい…少なくともそういう感覚を持ち合わせていたいものだ。

# by polimediauk | 2017-01-29 02:22 | 政治とメディア
(「新聞協会報]」10月18日掲載の筆者記事に補足しました。)

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ソーシャルをニュース源にする比率のトップはギリシャ
(ロイター、デジタルレポート)

 ソーシャルメディアー。日本ではいまだに、「一部の人がやるもの」という認識はないだろうか。市民レベルではそうではなくても、伝統的なメディア組織の中では、という意味でだが。

 インターネット上には、あふれるほどの情報が飛び交っている。ニュースメディアにとって、自社が発信するニュースをいかに読者に見つけてもらうかが課題となった。ソーシャルメディアを通じて読者とつながり、ニュースを「発見」してもらうことが鍵になる。

 英ロイタージャーナリズム研究所が欧米、日本、韓国など26か国で約5万人を対象に調べたところ、ソーシャルメディアでニュースに接する人は51%に上る(「デジタルニュースリポート 2016」)。ソーシャルメディアを「一部の人がやるもの」としていた時代は過ぎ去った。

 英国の主要メディアはソーシャルメディアの利用指針を定め、適宜更新している。

 BBCの指針(2015年版)は、ソーシャルメディアを「編集の仕事に欠かせない」ものと位置付ける。

 (1)視聴者は役立つ情報や価値のあるコンテンツを見つけられる

 (2)BBCは視聴者と簡単につながり、未開拓の視聴者にジャーナリズムを届けることができる

  のが利点だという。

[[image:image01|center|ロンドンの暴動をガーディアンは刻一刻と報じた(ウェブサイトより)]] 

 ソーシャルメディアを使ったジャーナリズムの事例としてよく知られているのが、11年夏にロンドンで起きた暴動をめぐるガーディアン紙の報道だ。

 当時、ポール・ルイス記者は暴動の発生から数日間、スマートフォンを使いロンドンの様子をツイッターで実況中継した。ほとんどガーディアンのオフィスには戻らず、目撃した暴動や人の動きを写真、動画も使い伝えた。自ら見聞したことをつぶやくだけでなく、他のフォロワーや他のメディア・アカウントによるツイートを再投稿(RT)したり、関連情報を集めるためにハッシュタグを使用したりした。

 ルイス氏のツイートはガーディアン紙による5種類の「ライブ・ブログ」に掲載された。数人のスタッフが刻々と事件の発生をつづる。社内の記者が原稿をまとめ、サイトと紙版の両方に記事が載った。

 事件発生の第1報をソーシャルメディアに出す手法は、英メディアでは主流となった。他社に後追いされる危険もある半面、情報の一部を出すことで読者の関心を引くことができるからだ。

 BBC、スカイニュース、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ(FT)など大手メディアは、記者がツイッターで情報発信することを奨励している。事件の発生時には経過を刻々と報告するライブ・ブログを立ち上げ、記者のツイートをブログに盛り込む。

 同時に、番組やニュースサイト、紙面に記者や関連のツイートから得た情報を生かす。

 余談めくが、英メディアのソーシャルメディア使いを見ていると、日本の伝統的メディア組織の考え方とは違うように感じることがある。

 日本の伝統的メディア組織ではソーシャルメディアは読者=オーディエンス=誰かほかの人=がやっているもの、という感覚があるような気がする。「オーディエンス」の中に、自分が入っていないような。

 ところが、英メディアではメディア界で働く人自身が(その人も市民であるわけだし)ソーシャルメディアを使っており、オーディエンスの中に自分も入っている、という感覚がある。

 この差は結構、大きい感じがする。

==計測対象となるソーシャル==


 欧州のニュースメディアが近年力を入れているのが、閲覧者の行動分析だ。滞在時間のほか、読者への到達を示すソーシャルメディアからの流入率も重視される。

 編集局にはどの記事がどれだけネットで読まれ、どのソーシャルメディアを通じ自社サイトに流入しているかや、競合相手となるメディアの記事の動きなども表示するモニターが置かれる。分析には米チャートビート社などが提供するソフトが採用されている。

 FTは得られたデータを一覧表示し、編集・販売をはじめ全社的に共有する。

 ドイツのヴェルト紙は流入率、滞在時間など複数の項目を基に、記事ごとに点数をつける。その結果を毎朝、記者に電子メールで流す。

 「ソーシャルメディア・エディター」という編集職が設けられ、この人がチームのメンバーとともにニュースの拡散状況を追う。

 FTでは「オーディエンス・エンゲージメントチーム」が、ソーシャルを含むプラットフォームにどの記事をいつどう出すかを記者、デスクとともに決めている。チーム統括のルネ・キャプラン氏は、自社サイトへのアクセスが「20~30%増加した」と話した(15年11月18日付、英専門サイト・ジャーナリズムUK)。

 ヴェルトは閲読数の少ない記事をサイトの目立たない位置に移動させたりするという。一方で「重要な記事は、読者数に関係なく、目立つ場所に置く」ことで質を維持している。

 FTやデンマークのタブロイド紙エキストラ・ブラデットが記事を閲覧する時間帯を調べたところ、朝昼夜の一定の時間にピークがあり、端末の選択も時間により変わることが分かった。

 これは、真夜中の最終版に向け制作していた紙版の時代と、読者との関係が変わったことを示す。

 読者は好きな時に好きな場所で好きなフォーマットでニュースを閲覧している。

  デジタル・ファーストを実践する欧州各紙は「どのようにコンテンツを制作し、いつどう届けるかを考えて出す」方式に転換している。

# by polimediauk | 2016-10-25 19:02 | 新聞業界
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「ワールド・プレス・トレンズ」を報告するペイレーニュ専務理事(WAN-IFRA)

 (新聞通信調査会発行の「メディア展望」9月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 去る6月12日から3日間、南米コロンビアのカタルヘナで、世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)による第68回世界ニュースメディア大会が開催された(ちなみに、かつては「世界新聞大会」と称していた。「ニュースペーパー」が今は「ニュースメディア」に変わっている)。参加者は約700人のメディア幹部だ。

 大会のハイライトを紹介したい。

「自由のための金ペン賞」はロシアの新聞へ

 報道の自由を振興するために毎年贈られる「自由のための金ペン賞」。今年の受賞者はロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリ・ムラトフ編集長となった。ノーバヤ・ガゼータは、現在のロシアで権力者に対して批判的な報道を全国的な規模で行うことができる唯一の新聞と言われ、汚職、人権侵害、権力の乱用などについての調査報道で知られる。(英語版もある。)

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(ノーバヤ・ガゼータのウェブサイト)

 同紙は1990年、ムラトフ氏と約50人のジャーナリストが立ち上げた。「正直で、権力から独立し、質の高い」新聞を作るのが目的だった。創刊からこれまでに、報道の報復としてあるいは原因不明の理由で6人の記者が殺害されている。編集部員の多くが何らかの脅しを受けるのは日常茶飯事だ。最も著名な例がチェチェン問題を鋭く追ってきたアンナ・ポリトコフスカヤ記者の殺害だ。2006年10月7日、同記者は住んでいたアパートのエレベーターの前で射殺された。誰が射殺を命じたのかは分かっていない。

「ワールド・プレス・トレンズ」発表

 毎年大会開催中に発表される、世界の新聞界の状況をリポートする「ワールド・プレス・トレンズ」によると、世界中で紙の新聞を読んでいる人は約27億人。総発行部数(7億1878万部)は前年比で4.9%増加し、5年間の比較では21・6%増。これはインド、中国他のアジア地域での増加が貢献しているためだ 識字率の向上、経済成長、1部売りの価格の安さなどが理由だ。世界中で発行されている紙の新聞の中で、インドと中国の2カ国での新聞の発行部数が占める割合は2015年で62%に上る。前年は59%だった。

 地域別にみると、アジアでの部数は前年よりも7.8%増。ほかの地域はすべて減少した。

 減少率の低い順から見ると、北米(2.4%減)、ラテンアメリカ(2.7%減)、中東とアフリカ地域(2.6%減)、欧州(4.7%減)、オーストラリアとオセアニア地域(5.4%減)。5年間の比較で見ると、アジアは38.6%増であったのに対し、中東とアフリカ地域は1.2%減、ラテンアメリカが1.5%減、北米が10.9%減、欧州が23.8%減、オーストラリアとオセアニア地域が22・3%減。

 増加組のアジア地域と減少の度合いがきつい欧米+オーストリア・オセアニア地域との落差が激しい。

 2015年における世界の新聞社の総収入(広告と購読料の合算)は推計1680億ドル(約17兆円)。前年より1.2%減、過去5年間で4.3%減となった。14年に続いて購読料収入(900億ドル)が広告収入(780億ドル)を上回った。今後も前者が上回る傾向が続き、その差はどんどん開いてゆく見込みだ。

 新聞社の収入の92%は紙媒体から生じている。世界の7つの大きな新聞市場は米国、日本、ドイツ、中国、英国、インド、ブラジルで、この地域の国の収入が全体の半分以上を占め、日刊紙の発行部数の80%を占める。

 比率としてはまだ微少だが電子版の売り上げは二ケタ台の伸びを見せた。2015年(30億ドル)は前年より30%増、5年間では547%増だ。多くの地域で、紙媒体の発行減で失われた収入を補填するところまで来ている。調査対象となった国の中では、5人に1人がオンラインニュースを有料で購読していた。

モバイルへ

 2015年、世界のスマートフォン出荷量はこれまでで最高記録の14億台に達した。世界の人口の30%近くがスマホを所有している。

 モバイルの成長はニュースメディアにとって大きな機会となっている。米国では80%が、オーストラリアやカナダでは70%がデジタル機器でニュースを読む。米新聞協会の調べでは、米国で新聞をデジタルで読む人の半分がスマホやタブレットなどをデジタル機器で利用している。

 コムスコアによると、米国のデジタルメディアの首位10サイトで37%のオーディエンスがモバイルのみでアクセスしており、31%がモバイル及びデスクトップでアクセスしていた。フランス、ドイツ、日本、オーストラリア、カナダでは、成人人口の3分の1がモバイルでニュースに接しており、この比率は急速に伸びている。

 デスクトップを使うオーディエンスは継続して減少している。米国、カナダ、英国、イタリアではスマホを使ってネットを利用する時間がデスクトップを使った場合の時間を超えている。

 スマホやタブレットがより利用されることになったことで、データを利用するサービス、例えば動画視聴が増えている。シスコが予測したところによれば、2019年までにモバイルによるデータ利用は年間66%増加する。16歳から34歳では95%が動画を視聴し、55-64歳で10人中8人が動画を視聴する。

 フェイスブックで動画を視聴する人は世界で90億人、スナップチャットでは80億人、ユーチューブでは40億人に達している。

 米国でアプリ利用の75%はモバイル機器による。コムストアによれば、トップ5のアプリが利用者の滞在時間の88%を占めている。スマホ利用者の大部分はソーシャルメディアやエンタテインメント関連のサイトに時間を使っている。

広告市場は

 新聞のデジタル広告の収入は全体からするとまだ小さいが、2015年(93億ドル)には前年比で7・3%増加している。5年間の比較では51%だ(PwCグローバル・エンタテインメント・アンド・メディア・アウトルウック2016-2020による)。

 デジタル広告収入の拡大で最も恩恵を受けるのは、相変わらずソーシャルメディアやテクノロジーの会社だ。グーグルが最大で、検索やユーチューブの収入を合わせて670億ドルを稼ぐ。

 フェイスブックの広告収入の80%(約130億ドル)はモバイル機器から生じている。中国ではTencentやBaiduが圧倒的な位置を誇る。

 2015年、すべての業界のネット広告の収入は1700億ドルに上ったが、世界中で広告ブロックを使う人が増えており、今後どのように推移するかその先行きは不透明だ。

 広告ブロックについての調査会社ページフェアによると、モバイル・ウェブ上で広告をブロックする人は4億1900万人に上る。これは19億人のスマホ利用者の中で22%に当たる。2015年、モバイル広告のブロッキングは前年よりも90%増加した。

 プログラミング広告は急速に伸びており、欧米などの成熟した市場ではデジタル広告の半分が自動的にトレードされるようになっている。WAN-IFRAは警告を発している。自動トレードされる広告は出版社、消費者、広告主に恩恵をもたらすかもしれないが、アルゴリズムの生成には信頼性、文脈、設計に考慮すること、質を高めることが重要だ、と。そうでないと、ブランドに損害を与え広告価格を下げることにもなりかねないからだ。

 世界の広告市場を媒体別に見ると、最大はテレビの37%。これに続くのがデスクトップやモバイルのインターネット(30%)、新聞(12.7%)、雑誌(6・5%)、戸外及びラジオ(0.7%)、映画(0.6%)の順となった。

 紙媒体の広告収入は世界全体で7・5%減少し、5年間の比較では24%減。1990年代半ば以降、ネット広告は紙媒体の減少を補う形で伸びてきた。2015年には前年比18.7%増、5年前からは102%増。

 紙の新聞の広告収入が増加したのはラテンアメリカのみ(0.3%増)で、他の地域はどこも減少した。オーストリア・オセアニア地区(15.5%減)、アジア大西洋地区(9.7%減)、北米(7.2%減)、欧州(6.2%減)の順となった。

 ニュースメディアが生き抜くにはどうするか。

 WAN-IFRAのヴィンセント・ペイレーニュ専務理事は「多様化」を挙げている。具体的には広告主への投資(広告主とともにより訴求力の高い広告を作るなど)、電子コマース、イベント事業を行う、メディアやオンラインのスタートアップ企業を買う、など。

生き残りへ社内改革を推し進めた仏ルモンド

 フランスの左派系夕刊紙「ルモンド」(1944年創刊)は、2010年、破たんの間際まで追い込まれた。メディア環境の激変に対処できず、負債が1000万ユーロ(約11億円)に膨らんだが、ラザード銀行の銀行家マチウス・ピガッセ氏、ネットビジネスで財を成したザビエル・ニール氏、イブ・サンローランの共同経営者であったピエール・ベルジェ氏が新たに投資をすることで生き延びた。

 ルモンドグループの社長となったのがルイ・ドレフュス氏だ。「イノベーションの機運を取り入れる」、「才能ある編集スタッフに投資する」、「新たなデジタル戦略を導入する」を柱として、新規まき直しを開始した。

 2011年以降、ルモンドはいくつもの新しい製品、パートナーシップ、イニシアティブを繰り出してきたが、鍵はスピードだった。かつては新たな取り組みを行うのに数年かけていたが、今は3か月単位で考えている。

 オフラインの新たな試みの1つは2014年から始めた「ルモンド・フェスティバル」。読者が編集スタッフと触れ合う場を提供する。様々なテーマについてのディベートが行われる。

 世界ニュースメディア大会で注目されたツールとして、動画、VR(バーチャル・リアリティー、仮想現実)、メッセージ・アプリがあった。

 動画活用については、最も成長度が早いウェブサイトの1つと言われるRefinery29がその実践を紹介した。

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(「Refinery29」の画面)

 Refinery29は2005年に米国で発足し、現在は毎月、2000本を超える記事を掲載する。ウェブサイトへの月間ユニークビジター数は2500万人。モバイルを含めたすべてのプラットフォームでは1億7500万人。電子メールの購読者は200万人だ。

 収入源はブランド品のスポンサー広告が主だが、「ファッションブランドを売るためのサイト」という定義をはるかに超え、女性たちの意識を変えるサイトとして成長している。内容はファッションや美容以外に環境、政治、女性問題、ヘルス、スポーツ、エンタテインメントと幅広い。昨年11月には英国版、今年6月にはドイツ語版をローンチした。フランス語版の開設も視野に入れる。昨年の総収入は8000万ドルを超えた。

 ブランド情報の拡散には「インフルエンサー」を使う。これはソーシャルメディアを通じて情報を拡散する影響力がある人物のことで、Refinery29は一定の報酬を支払っている。

 動画ブームが続く中、Refinery29の動画担当者は「あまり人手もお金もかけずに取り組みたいメディアへのアドバイス」を披露した。

 「鍵はなるべく簡単に自前でやってしまうこと、既存のツールやプラットフォームがあれば、それに乗ること」。

 最初の頃の動画の1つは、スタッフがスケートボードをする様子をほかのスタッフが撮影し、アップロード。「すでにある機材を使って作った。特に品質が高いものでなくてもよかった」。動画は記事に付随した形で制作し、動画の後に記事のアドレスを付けた。フェイスブックのインスタント・アーティクルズにも参加。「特にマーケティング費用を使って宣伝しなくても、検索のアルゴリズムが宣伝してくれる」。ツイッターやメッセージ・アプリ「スナップチャット」の「ディスカバー」チャンネルにも参加している。

次はVRやメッセージ・アプリ

 VRを利用したジャーナリズムについてのワークショップやセッションに参加してみた。

 スマートフォンを段ボール製ビューアーにくっつけて360度画面を体験するワークショップでは、「ジャーナリズムにどう使えるのか、まだはっきり見えない」などの意見が出た。ワークショップのオーガナイザーによると、「VRは実験段階にあり、何をやってもよい」、「どんどんトライしてみるべきだ」という。

 メッセージ・アプリや「ニュース・ボット」(自動的にニュースを収集して配信するプログラム)の活用例も複数のセッションで取り上げられた。

 モバイル・アプリの利用が盛んなブラジルでは、メッセージ・アプリ「ワッツアップ」に対応していない新聞社はないという。

 「メッセージ・アプリを通じて読者にリーチしないと、新聞社は生き残れない」(教育プログラム「ナイト・センター・フォー・ジャーナリズム・イン・ザ・アメリカス」の創始者ローゼンタール・アルヴェス氏)。

 ソーシャルからメッセージ・アプリへ。これからのジャーナリズムの形が見えてきた。

****補足です****

メディア展望」9月号に拙稿以外に興味深い記事がたくさん掲載されています。
 
 例えば「パナマ文書取材の舞台裏」では、この報道にかかわった共同通信の澤康臣記者の講演記録が出ています。

 掲載から1か月を少し過ぎますと、ウェブサイトからダウンロードできますので、アーカイブ号も含め、ご覧ください。

 



# by polimediauk | 2016-10-02 20:00 | 新聞業界
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(ロンドン漱石記念館と恒松館長 記念館提供)

 『坊ちゃん』、『吾輩は猫である』、『こころ』、『明暗』などの小説で知られる文豪夏目漱石(1867-1916年、本名:夏目金之助)が、今から116年前にロンドンに留学していたことをみなさんはご存じだろうか。

 漱石は帝国大学(現東京大学)英文科を卒業した後、英語の教師となり、高等師範学校や愛媛県尋常中学校に赴任。その後熊本の第五高等学校で教えていたところ、文部省から英語教育法研究のために英国留学を命じられた。英国留学生の第1号だ。1900年秋の渡航当時は33歳。すでに結婚しており、1歳になる長女がいた。帰国に向かったのは1902年12月。2年余りの留学生活だった。

 当初はユニバーシティー・カレッジ・ロンドンで英文学の授業を聴講していたが間もなく行かなくなり、英文化、英文学の研究に没頭するようになる。

 在英中、漱石は下宿を5回変えている。最後の下宿の真向かいの住宅を自費で買い上げ、1984年に「ロンドン漱石記念館」をオープンしたのは漱石研究家として知られる恒松郁生さんだ。漱石について書かれた書籍、漱石が留学中に読んだと思われる雑誌、購入した本、文部省からの辞令のコピーなど、漱石のロンドン滞在にまつわる様々な資料や写真で一杯だ。

 漱石にとってロンドンの生活は文学の道に進むための大きな転機になったといわれている。

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(皇太子さまも以前に訪れたことがある)

 過去32年間、記念館は漱石研究者やファンにとって欠かせない場所となってきた。しかし、来月からは事情が変わる。少額の入館料を取るものの、運営費・維持費、さらにはもともとの資料集めをすべて手弁当でやってきた恒松さんは、9月末で、記念館を閉めることにしたという。今年は漱石没後100年に当たり、一つの区切りとなりそうだ。

 毎週水曜と土日に開館してきたため、最終日は28日になる。ロンドン近辺にいらっしゃる方はぜひ、足を運んでみていただきたい。

 漱石の小説を読んだことがある人であれば、作品のイメージが広がる資料が見つかりそうだ。また、題名しか知らない人も、あるいは題名さえ知らない人でも(!)、「外国=英国」+「日本人」について考えるきっかけになるかもしれない。

「ブループラーク」を得た初めての日本人

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(「ブループラーク」がついている最後の下宿)

 筆者はこれまでにも何度か記念館を訪れたことがあったが、いよいよ閉館がまじかに迫り、あらためて行ってみることにした。

 クラパムジャンクション(Clapham Junction)という駅で降りて、10分強歩く。やや遠いように感じるかもしれないが、漱石もこの道を歩いたのかなと思うと感慨深く、時間はあっという間に過ぎる。

 「ザ・チェイス」という通りに至り、「80A」というビルを探す。現在は改修中で梯子などがかかっていた。よく見ると、壁の一部に「ブループラーク」が掲げられている。著名人の住居を示す印で、日本人でこのプラークが付けられたのは、漱石が初めてだ。

 80Aのビルの真向かいにあるのが漱石記念館(80B)になる。ブザーを押してドアを開けてもらい、中に入る。

 恒松さんは現在、熊本市にある崇城(そうじょう)大学の教授をしているため、ロンドンで記念館を運営しているのは妻の芳子さんだ。

 芳子さんに入館料4ポンドを払い、暖炉の上にある大きな夏目漱石の肖像画やガラスケースに入っている資料を順繰りに見てゆく。英語と日本語で説明が入っている。開館後間もなく、皇太子さまが訪れたという。壁に貼られている過去の新聞記事(日本語)や資料を読みながら、漱石がどんな生活をしていたのが分かるようになっている。

 ちょうど来館者が数人いて、芳子さんに漱石滞在当時の話を聞いている。資料について、あるいは漱石の人生について館長や芳子さんからさまざまな話が聞けるのも記念館のだいご味だった。

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(「イラストレーテッド・ロンドン・ニュース」が置かれている)

 図書室のようになっているコーナーにあったのが、当時漱石が目を通したかもしれない雑誌の数々、例えば「イラストレーテッド・ロンドン・ニュース」など。このような資料を実際に手に取り、ページをめくることができる。
 
100年以上前の実際の雑誌や漱石が読んだ書籍を集めるには、相当の熱意と投資が必要だったに違ない。熱意の度合いは恒松さんの探偵を思わせる調査力にも如実だ。漱石がダリッジ美術館のビジターブックに残したオリジナルの署名を発見したり、個人授業を受けたクレイグ先生のアパートを突き止めたりー。貴重な事実・資料を次々と見つけていった。

ロンドンで奮闘する漱石に自分を重ね合わせる

 何が恒松さんを突き動かしたのか?

 恒松さんは鹿児島県出身。桜美林大学文学部の英米文学科を卒業後、英国に渡ったのが1974年。ホテルマンとして働きながら、大学で勉強もしていた。

 漱石と出会うのはこの頃だ。自伝とも言える『こちらロンドン漱石記念館』(中公文庫)によると、恒松さんは最初から英国生活にすぐになじめたわけではなかったようだ。

 渡英後1年もたっていない、ある秋の日。授業についていけず、教室を抜け出す。ロンドン塔まで歩いたが、来ていたコートのポケットにはなぜか漱石の『倫敦(ろんどん)塔』の文庫版が入っていた。

 歩き疲れてベンチに座り、漱石の本を読み始めたー。そして、何と漱石自身が最初からロンドンになじんでいたわけではないことを知る。

 漱石はロンドン市内に出て、方角がよくわからず、「どこに連れて行かれるか分からない」という思いを抱く。「まるで御殿場のうさぎが日本橋の真ん中に放り出されたような心持ちに」なった。

 この時、恒松さんは「漱石の気持と、落ち込んでいた自分の気持ちが相通じたような気がした。大文豪夏目漱石ではなく、一留学生夏目金之助に触れたような思いだった」と書いている。

「自分と同じような心境にあった、おどおどした、非常に孤独な」一人の人間「夏目金之助に共感を覚えた」恒松さんは、このときから、ロンドンで暮らした漱石のことを調べてみようという気持ちになった。

 そして、漱石のいくつかの下宿が実際にどこにあったのかを調べる仕事に着手してゆく。

 筆者が「ロンドン」+「漱石」に惹かれてしまう原点も、実はここにある。

 筆者はロンドン塔で『倫敦塔』を読んだわけではないが、外国で暮らす人は誰しも、一種の心細さを感じたり、自分とは何かを問うときがあるものである。

 自国では当たり前のように得られる治安の良さ、家族や友人による支援ネットワーク、「言わなくてもわかってくれることへの了解」などがすべて吹っ飛んでしまう。すべてがチャラになる。ではいったいどうやって生きていくのかーー誰もが自分なりに答えを出す必要に迫られる。

 決して多くはなかった留学費、家族とは遠く離れ、英国人の友人を作れないままの生活ーそんな漱石は文学の研究をすることで、彼なりの何かを掴んで帰国する。

恒松さんのその後

 恒松さんは旅行会社を経営するようになり、大英博物館の前で古書を扱う書店業も営んだ。ビジネスに携わる一方で、漱石の研究を同時に続けた。漱石についての研究本や作品の英訳本を出版した。漱石と同時期にロンドンにいた画家牧野義雄についての研究もするようになった。恒松さんは牧野を「発見した」人物である。

 数年前からは崇城大学で教鞭をとっているが、執筆業は依然として続けている。ロンドンのマークス古書店と米作家へレーン・ハンフの交流を記録した『チャリング・クロス84番地』(中公文庫)という本があったが、2013年、恒松さんはハンフのロンドン訪問記を『続・チャリング・クロス街84番地』(雄山閣)として訳出した。本の中で紹介されている場所や建物を訪ね、写真をたくさん入れた、恒松さんらしい本となった。

 記念館の閉館で、資料はいったん恒松家に収納されるという。

 一般の人が訪れることができるスペースが消えてしまうのは残念だ。常設スペースを作るための支援ができないものだろうか。

ドキュメンタリー映画も

 一方、漱石の足跡を約半世紀も研究してきた恒松さんのドキュメンタリー映画の撮影が進行している。監督は「インパール1944」(2014年)や「杉原千畝を繋いだ命の物語」(2016年)などの作品がある、在英の梶岡潤一氏だ。

 公開は来年夏の予定という。

開館時間(最終日):11:00~17:00 (最終入場は16:30)
入館料:大人£4 / 学生£3(要学生証提示)
80B The Chase, London SW4 0NG


# by polimediauk | 2016-09-26 16:46 | 英国事情

(朝日新聞の月刊メディア誌「Journalism」8月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

スマートフォンの普及によって、ニュースをモバイル機器で閲読する行為は多くの人にとって習慣の1つとなった。

英ロイター・ジャーナリズム研究所が毎年発表する「デジタル・ニュース・レポート」の2016年版によると、調査対象となった26カ国(内20カ国は欧州諸国)に住む約5万人の中で53%がスマホを使ってニュースに接触していた。全米新聞協会の調べでも新聞社のデジタルコンテンツを消費する人の半分以上がモバイル機器の(スマホあるいはタブレット)のみを使っているという。

一方、世界新聞ニュース・発行者協会(WAN-Ifra)がまとめる「世界プレス・トレンズ」最新版によると、昨年世界中で出荷されたスマホの台数は14億に達した。これまでで最多の数字で、世界の人口の約30%が所有している割合になる。

今後もニュースとモバイル機器とがますます深く結びつく流れの中で、欧州の各メディアは小さな画面に向けたサービスにこれまで以上に力を注ぐようになっている。

利用者の行動が変わるとともに自分たち自身も変わってゆく、欧州メディアの最近の動きを紹介したい。

習慣を作ってもらうために配信されるキュレーション・サービス

まず、欧州メディア各社が手掛けているニュースのキュレーション・サービスを見てみたい。

英国のニュース週刊誌「エコノミスト」が2014年11月から開始したのが、毎朝配信される「エスプレッソ」と呼ばれるサービスだ。

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(「エスプレッソ」の画面)

目覚めるとスマートフォンに手を伸ばし、メールやソーシャルメディアをチェックする人は多いが、こうした習慣を利用したサービスとなる。創刊から170 年以上の歴史を持つエコノミストが毎朝情報を発信するのはエスプレッソが初となる。

専用アプリをインストールすると、平日の早朝、その日に読むべきニュース5本がスマートフォンにダウンロードされる(エスプレッソはスマホ向けサービスだがメールアドレスに配信されるように指定すれば、デスクトップでも閲読できる)。

内容は政治経済から社会ニュース、国際事情まで幅広い。1本が120から140語で、閲読すると「読了」と言う印が付く。通常のエコノミストの記事は1本400から500語である。

エコノミストのジャーナリストは通常の記事とは別に、エスプレッソ用に短く、簡潔は記事を作成する。読者が5本すべてを読み切ると、「これで終わりです」という文章が出る。ロンドン、香港、ニューヨークの早朝をめがけて、1日に合計3つのバージョンを作っている。読者はいずれかのバージョンを読む形だ。

料金はすでにエコノミストの購読者になっていた場合は無料で、非購読者の場合は月に2・29ポンド(約304円)だ。

配信サービスの開始時期から現在までにアプリは110万回ダウンロードされ、読者は週に20万人。エコノミスト本誌の購読者の40%がエスプレッソを利用しているという。

興味深いのはエコノミストがエスプレッソを本誌購読のための呼び水とは考えていない点だ。このため本誌の記事へのリンクを貼っていない。忙しい読者のニーズに応える、あくまでも独自のサービスとして提供している。

筆者も時折利用しているが、1つ1つの記事が短いので読みやすい。その日に発生する出来事、例えばどんな国際会議があるか、どこで選挙があるか、閣僚が予定している演説は何かなどが分かり、ニュースを先取りできる利点がある。記事数が5本と限定されており、最低でも見出しや最初の文章を読んでおけばその日に知るべきニュースをひとまず押さえたという満足感がある。

デジタル時代のニーズに合わせ、フランスの夕刊紙「ルモンド」も新たな領域に踏み出した。モバイル用のサービス「夜明け」(La Matinale)だ。

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(「夜明け」の画像例)

登録すると、毎朝7時に、ルモンドの記事20本が配信される。記事は自動的にダウンロードされ、オフラインでじっくり読める。最初の月は無料で読めるようになっているが、それ以降は月に4・99ユーロ(約567円)を払う。

ルモンドは夕刊紙であり、朝をめがけてニュースを配信するのは大きな転換だった。年間1000万ユーロの負債を抱えた同紙は2010年、破産の一歩手前まで行った。

ルモンド・グループのルイ・ドレイフュス社長が6月中旬に開催された「世界ニュースメディア大会」(コロンビア、WAN-IFRA主催)で語ったところによると、窮地から脱却のために「イノベーション」、「新時代に活躍できる人材の雇用」、「新たなデジタル戦略の策定」で社内改革を決行したという。その一つの試みが朝の配信サービスだった。

グーグルがフランスメディアに提供したデジタル化推進基金の中で、ルモンドが得た180万ユーロの一部が「夜明け」の開発に使われた。昨年のローンチから現在までに48万回アプリがダウンロードされ、ページビューは月に2600万。1回の訪問の平均滞在時間は10分だ。アプリでの閲読のみのために有料購読をしている人は1万人。47%が1日に一度アプリを利用し、26%が2度、27%が3度以上利用している。

夕刊紙という伝統を破って毎朝ニュースを配信するサービスを開始したルモンド。ドレイフュス社長は会議のセッションの中で、「箱の外から考えるようにとスタッフに言ってきた。そうして初めて、読者を増やすことができる」と述べた。

12本の記事を昼の12時に出す

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(スイスの「12」サービス)

スイスの複合メディアグループ「タメディア」が始めた新たなニュース・キュレーションサービスがスマホ専用アプリの「#12」だ。

タメディアが発行する20を超える新聞や雑誌(ターゲス・アンツァイガー紙、女性誌、地方紙など)の中から、これはと思う12本をスタッフが選び、スタイリッシュな、モバイル専用のデザインに再パッケージ(見出しやリード、写真などを変える)して、毎日、昼の12時に配信する。

記事はロボットではなく、人が選び、時間をかけてスマホ用に再編集している。記事はカード形式に表示され、読者は左右あるいは上下に画面をスライドさせて次の記事を読む。

アプリ自体は無料だが、閲読は購読制だ。すでに媒体の印刷版を購読している場合は無料だが、それ以外は月に6スイスフラン(約623円)を払う。音楽配信サービスの「スポティファイと比べても安い」がうたい文句だ。

2015年10月12日にサービスを開始して、これまでに3万5000回ダウンロードされた。読者は1日に1万5000人。この中で、プリント媒体を購読しておらず、デジタル購読料を払っている人は1500人。利益が出るようになるには、2400人の有料購読者が必要だ。

ターゲス・アンツァイガー紙のデジタル部門統括役マイケル・マルティ氏によると、同社は#12を読者の反応を見ながらサービス向上させていく、一つの実験として位置付けている(4月にウイーンで開催された、欧州デジタルメディア会議にて)。

読者がある記事を好きか嫌いかなどのフィードバックを簡単にできるようにしてあるため、どのような記事が好まれているのかが分かるようになったという。毎日、2000から3000の反応があり、ライフスタイルについての記事は評価が高くなかったのであまり入れないようになった。また、ほかの媒体のサイトとのカニバリゼーション(共食い)を防ぐため、配信する記事の本数を12本以上には増やさない予定だ。

マルティ氏はこのアプリは新聞社にとっては「ワークショップのようなものだった」という。「読者は賢明だ。質の高い記事を好んでいる。読者との対話の機会を設けることで、読後の満足感や記事の質が高まった。将来のジャーナリズムがどうあるべきかを学んだ」と述べた。

なじみやすい形でアピールする、ヴェルト・コンパクトのモバイルサービス

ドイツの新聞社大手アクセル・シュプリンガー社が発行する高級紙「ヴェルト」には、小型タブロイド判の「ヴェルト・コンパクト」というバージョンがある。

このコンパクトが2014年5月に開始したモバイルサービスは、昨年、Wan-Ifraが選ぶ最優秀デジタルメディア賞の1つ(「最優秀モバイルサービス賞」)を受賞している。

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(ヴェルトのコンパクト版)

紙版のヴェルト・コンパクトができたのは2004年5月。大判のヴェルトを若者層に訴えるように小型版に編集した直したものだが、モバイルサービス「コンパクト (Kompakt)」最初からモバイルでニュースを読む人を想定に作られている。利用者の半分が30歳以下だ。

このアプリの発想は、アクセル・シュプリンガー社が行っているスタートアップ支援事業「プラグ・アンド・プレー・アクセレレーター」から生まれたものだ。

細長いスマホの画面に短い記事(段落2つが平均)と写真が1枚のカード状に映し出される。画面を左にスワイプすると、見ていた画面の内容とは別の(関連しない)記事が出る。右にスワイプすると、同様のあるいは関連する記事が出る。垂直に(上の方に指を滑らせて)スワイプすると、画面に出ている記事の詳しい内容が出る。

読者が自分で読みたいニュースを選ぶ「NewsCase」

ドイツのスタートアップのNewsCase社の前身「niiu(ニュー)」は2009年、起業家ワンヤ・オベルホフ氏が「個人の好みに合わせた新聞」を作るために創刊された。

自分の好きな新聞記事をウェブ上で選び、ソーシャルメディアにアップロードした写真などの素材とともに紙面に印刷。翌日の朝までに読者の元に届けるサービスだった。自分だけの新聞である。

しかし、一部毎にすべて異なる内容となる新聞の印刷には多額の費用がかかった上に、全国に配送するための経費も高額だった。2011年、紙のniiuはサービスを停止した。

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(「ニュースケース」の画面)

 ドイツ語を中心に約100の新聞、雑誌から記事をキュレーションする。米英のメディアの一部も参加している。 この頃、アップル社のiPadが欧州市場にも進出してきた。Niiuはタブレット版アプリとしてよみがえり、2013年8月から新規サービスを開始した。しかし、その後、タブレット版でキュレートしたニュースを出すライバルが続々と出てきて苦戦した。現在はスマホを中心としたサービスとし、社名もオフィスも変えた。

フリーミアム制となっており、アプリをダウンロード後、新聞社などのコンテンツ提供先が無料で出している記事は無料で読める。この時点では広告が入っている。新聞社の「有料の壁」に入っている記事をすべて広告なしで読めるサービスは月に9・9ユーロ(約1126円)の有料プレミアムとして提供している。

アプリを開くと、画面左側に複数のカテゴリー(政治、ビジネス、文化、スポーツなど)が並ぶ。それぞれに好みの媒体を指定できる。カテゴリー毎の指定媒体は何度でも変更でき、ニュースはネットが接続されている場所でアップデートされるので、最新の情報が並ぶ。その日に読みきれない記事や気になる記事は「お気に入り」に保存しておく。利用者が 削除しない限りいつまでも保存されているという。

利用者は「28歳から55歳ぐらいの忙しい人」だ。購読者数は公表していない。

利用者が払う購読料はアプリ販売プラットフォーム(アップル社など)に払う料金を差し引いた後、残りの額をニュースケースとコンテンツを作る新聞・雑誌の出版社側とが折半している。閲読の頻度によって出版社の収入が上下する。

ほかのアグリゲーションサービスでは、利用者が記事を選択すると、閲読のために元の記事を掲載した新聞社などのウェブサイトに飛ぶ必要がある。ネットの接続がない場所では記事が読めないことになるが、ニュースケースは出版社側とコンテンツ使用についてのライセンス契約を交わしているため、利用者は記事をタブレットにダウンロードした後、ネットが通じていないところでもじっくりと閲読できる。

新聞社のビジネスモデルを瓦解させる可能性も

ニュースケースのアプリの月極購読料は一つ一つの新聞社に払う金額よりもかなり低い。「新聞社のウェブサイトに来て、読んでもらう」「そのためには有料購読制をとる」というビジネスモデルを瓦解させる可能性もあるサービスだ。

ニュースケースが力を入れているのは、いかに読者が読みたい記事・読むべき記事を画面に集めるか。キュレーション力がニュースケースの頭脳部分になる。

筆者がベルリンでテクニカル担当役員マレク・スパーク氏に聞いたところによると、情報があふれる一方で自分の興味があることだけしか読まない「フィルター・バブル」(フィルターのかけすぎによる)を避けるため、記事の構成には独自の分析ツールを使う。分析はいくつかの層に分かれている。

(1)「意味の分析」――言葉の意味から判断する、(2) 「機械学習」――データから反復的に学習し、そこに潜むパターンを見つけ出す、(3)「ディープ・ラーニング――大量データの中に潜んでいる複雑なパターンを学習する、例えば同様の嗜好を持ったある人の閲読歴を学習し、読んだことがなくても読みたい記事を探し出す、(4)「人工知能」――人口知能を使っていくつかの層の結果や読者についてのほかの情報を総合的に分析し、「読みたい記事」が並ぶようにしているという。

個人化したニュースを広げるドイツの「Upday」

(「アップデイ」の画面)

 昨年、アクセル・シュプリンガー社が韓国の通信大手サムスン社の協力で立ち上げたニュース・アプリが「Upday」。これも個人の特性に合わせたニュースを配信するサービスだ。最初から縦型のスマホでの利用を前提として9月にベータ版をドイツとポーランドで開始し、今年2月から本格的にリリースした。現在までに100万人の利用者がいるが、「年内には1000万人までにしたい」(編集長マイケル・ウジンスキー氏)と大きな目標を持つ。

スタッフはパリ、ロンドン、ワルシャワ、ベルリンにいる80人。各国にいるそれぞれ6-7人の編集者がネット上でニュースを探し、これはと思う記事について概要をまとめ、「トップニュース」というカテゴリーに送る。読者がこの項目を開けると、選択した記事から新聞社やブログ記事などのサイトに飛ぶことができる。

もう一つの項目が「マイ・ニュース」。これまでに利用者がどのような記事をクリックしたか、どれぐらいの滞在時間をかけたかなどの情報からUpdayのアルゴリズムが読者が読みたいような記事を拾ってくる。これまでに2000を超えるニュース源と協力体制にあるという。

まだ利益は生み出していないが、「読み手の邪魔にならないように、記事と同じ画面ではなく全面広告のみを使うなど工夫している」という。読み手の特性が分かるので、ターゲットを絞った広告により収益を上げることを目標としている。 

動画、そしてメッセージ・アプリへ

先の「世界プレス・トレンズ」によれば、オンライン動画の人気は高まるばかりだ。フェイスブックで動画を楽しむ人は世界中で1日に90億人近くに達し、スナップチャットでは80億人、ユーチューブでは40億人に上る。

16-34歳の若者層の95%近くがオンライン動画を視聴し、55-64歳の中高年層の10人に8人も動画に魅了されているという。

こうしたトレンドの動きに合わせ、欧州各紙も動画コンテンツの充実に力を入れる傾向が続いている。

アクセル・シュプリンガーは2014年に24時間放送のテレビ局N24を買収したが、傘下の高級紙ヴェルトの編集室の一角に本格的なテレビチームを常駐させている。

先に紹介したルモンド・グループでは傘下のメディア媒体毎に特徴ある動画サービスを展開している。ルモンド紙の場合はソーシャルメディアでの拡散を担当する人員を含めて全8人の動画専用チームを置いている。ニュースの動きに合わせて動画を素早く出せるようにしてあり、今年3月時点で1700万の視聴を達成した。前年比で100%の増加だ。

ハフィントン・ポストのフランス語版も傘下にあり、こちらはブログが中心のコミュニティに合わせたトピックを扱いながら、月間900万の視聴を得るようになった。

週刊誌L’obsはソーシャルメディアでの情報の共有を表に出した形にし、スマホ画面の縦型に合わせた動画、バーチャル・リアリティ(VR)動画に加え、動画サイト「ペリスコープ」やフェイスブックのライブ動画配信サービス「フェイスブックライブ」を活用。月間800万の視聴がある。

モバイル機器での動画視聴が増える中で、ジャーナリズム自体も変わる必要があるというのが英BBCでモバイル・ニュースを担当するナタリー・マリナリッチ氏だ。同氏が実体験を通じて分かったこととして挙げるのは「動画の長さは1分から3分が最善」、記者は「視聴者一人に語り掛けるつもりで話す」こと(昨年10月、ハンブルクで開催された「モバイル・サミット」にて)。スタジオあるいは戸外でマイクを持ち、不特定多数の視聴者に向かって話す場合とは大きく異なるという。

スマホで視聴する人は「縦型画面で、一人で見ている」。これを想定した話し方、カメラの移動などが必要になる。記者自身がスマホを使って撮影し、動画を中継する場合は、さらにこの「一人一人に語り掛ける調子」がなじむ。「上から目線」ではそっぽを向かれるという。

視聴が多くなる動画は「瞬時に関心を引く内容であること」が肝心だ。視聴開始から3秒以内に関心を持ってもらわないと見てもらえないという。さらに、動画が「簡潔であること、明快であること、信ぴょう性があること、シェアできるようになっていること」を秘訣として挙げた。

ソーシャルメディアの「次」として注目を浴びているのがメッセージ・アプリだ。ツイッターやタンブラーなどのスタートアップに投資したベンチャー・キャピタリストのフレッド・ウィルソン氏が「これまでのソーシャルメディアの時代は終わった」「メッセージングこそが新しいソーシャルメディアだ」とブログで発言したのは2014年末だった。この年の2月、フェイスブックがWhatsAppを巨額で買収している。

昨年9月時点で、フェイスブック・メッセンジャーとWhatsAppのアクティブ利用者は16億人に達し、フェイスブックのアクティブ利用者の14億9000万人を超えた。

メッセージ・アプリを使うメディアは米バズフィード、ハフィントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナル、CNN,ニューヨーク・タイムズ、英国ではBBCなど、次第に増えている。

BBCは2014年、西アフリカで広まっていたエボラ熱についての医療情報を伝えるため、WhatsAppを利用した。利用者がBBC側が用意したある電話番号を携帯電話(スマホ及びフィーチャーフォン)の連絡先の1つに登録し、「参加する」を選択すると、関連情報が英語とフランス語で1日に3回、流された。この地域で最も使われているメッセージ・アプリがWhatsAppだった。

BBCトラスト(NHKの経営委員会にあたる)のメンバー、トルシャ・バロット氏が作成した「チャットアプリに対するガイド」と題された報告書によると、メディア企業にとっての利点は今現在発生しているコミュニケーション空間の中に入っていけること。利用者が主として携帯電話を使っていることから、デスクトップ向けにコンテンツを作った場合とは異なり、純粋にモバイル向けのコンテンツ作りを学習する機会ともなる。

14年のエボラ熱でのプロジェクトを本格的に開発するため、BBCは翌年、グローバル・ニュースの編集部内に専用の電話番号を設置し、ニュースの利用者から情報を募った。その後の自然災害時の情報収集などに役立てることができた。市民から寄せられた情報の信ぴょう性確認にも、情報には携帯電話の番号が付いてくるため、より早く、確実に行えるようになったという。

目下のところ、メディアの新しいツールとして最も話題に上っているのはいかにVR、あるいは360度画面の映像を効果的に使うか、だろう。

英左派系新聞ガーディアンによる「独房監禁」の映像を初めとして、ニューヨーク・タイムズなど大手がやり出しているが、「まだまだ実験段階」、「キラーコンテンツがない」とも言われている。

VR推進者の中でも第一人者となる、NYCメディアラボのエグゼキュティブ・ディレクター、ジャスティン・ヘンドリクス氏は「2018年がVRの本格的な年になる」(WAN-IFRAのブログ記事、6月6日付)と述べている。


# by polimediauk | 2016-09-20 01:17 | 欧州のメディア

(日本新聞協会が発行する月刊誌「新聞研究」8月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

デジタルでニュースを読む習慣が一般化する中、紙媒体の発行から得られる収入でジャーナリズムを支えてきた欧州新聞界は経営戦略やニュース編集の現場を変えることで次世代への生き残りを図る努力を続けている。

本稿では変わり続ける欧州メディアの実践例を紹介したい。

統合編集室で社内を刷新

ネットでニュースを読む人が増えたことを背景に、欧州で2006年ごろから採用されるようになったのが「統合編集室」(integrated newsroom)だ。それまで別々だった紙媒体と電子版の編集を統合させた。

米新聞社の統合編集室の事例を基にして一つの典型となったのが中心に丸い輪(ハブ)があり、そこから自転車の車輪のようにスポークが外側に広がる形のレイアウトだ。中央のハブの部分に紙版および電子版のデスク陣が集まって編集会議が開かれる場所になったり、コンテンツを集約する場所になったりする。それぞれのスポークが政治部、社会部、経済部、文化部などになる。ワン・フロアに広がる編集室にはマルチメディアのコンテンツを作るためのミニ・スタジオが設けられていることも多い。 

「電子版=主」となったヴェルト紙

統合編集室からさらに一歩先を行ったドイツの高級紙ヴェルトの例を見てみたい。同紙が特筆に値するのは「デジタル・ファースト」を率先し、編集室のレイアウトを「電子版=主、紙版=従」に大きく変更した点だ。

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(「アイ」の部分、2014年撮影)

ヴェルトでは統合編集室の中央のハブ部分を「アイ」と呼ぶ。

ここにコンテンツを集約させ、どの記事や画像を電子版のどこに入れるかを決定する。スポークは政治、経済、文化、スポーツ、写真、動画、インフォグラフィックスなどの部門になる。編集室の右端にある「アリーナ」と呼ばれる場所で編集会議が開かれる。その隣にあるのが日刊(平日)の紙版制作班だ。その後ろが日曜版の制作班。日刊紙の制作班には全編集スタッフ約120人の中で12人が充てられている(細かいレイアウトは2014年当時のもの。現在までに若干の配置を変えている)。編集部のレイアウト的にもまた人数的にも日刊紙の制作は「全体のほんの一部」となっている。

興味深いのは日刊紙制作班は原則、オリジナルのコンテンツを発注できないという仕組みだ。例えばインフォグラフィックスが必要であれば、デジタルメディアのチームが電子版用に作ったものの中から選ぶようになっているという。「オンライン用に作ったものをプリントに出す」という方針が徹底している。

ヴェルトは2006年から統合編集室を導入したが、紙版を主と考える編集スタッフの意識を変えることは難しかった。ヤンエリック・ピータース編集長(当時)は「考え方を変えるにはワークフローを変える必要がある」として、2012年、電子版=主のレイアウトに変えた。「デジタル化を本格的にやるなら、ストーリーは最初からデジタル用に制作されるべきだ」(ピータース氏)。

編集室が生み出すコンテンツはウェブサイト、紙版のヴェルト平日版、その簡易版ヴェルト・コンパクト、週末版(土曜日)、日曜日版として出力される。

スイスでも統合編集室

スイスの地方紙「24時間新聞」は生き残りのために統合編集室を取り入れた。過去10年で収入が45%下落し、部数は2009年の9万5000部から約6万部に落ち込んだという。収入の90%以上を紙版から得ているにも関わらず、電子版の制作を中心に1日の編集作業を進めている。

ティエリー・マイヤー編集長によると、電子版に力を入れることで以前よりも読者の意見を取り入れるようにしているという(2015年10月、ハンブルクで開催された「出版エキスポ」のセッションでの発言)。どんなトピックが好まれているかを調べるチームを立ち上げ、読者との意見交換会も設ける。フェイスブックも読者の声を拾うスペースの1つだ。マイヤー氏は「電子版の読者は紙版の読者よりも20歳は若い。この層にリーチするよう、力を入れている」という。

意識を変えるのに一苦労

統合編集室への移行は必ずしもスムーズには運ばない。同じセッションの中で、ドイツのミュンヘンを本拠地とする大手紙「南ドイツ新聞」は統合化を行っているが、紙を重視する思考をどう変えるかが大きな課題の1つになっているという。

同紙はリベラルな気風を持つ新聞だが「デスクは保守的」という現実に直面しながら、一人一人のスタッフにどんな業務が期待されているかを説明し、紙版と電子版のスタッフの席を隣同士にするなど、常時情報交換ができるようにした。

記者は紙版および電子版に原稿を書くばかりではなく、動画を制作し、ソーシャルメディアでも情報を発信する必要に迫られる。「仕事量が増えることを懸念するスタッフや、デジタルに慣れない記者を切る人員削減につながると心配するスタッフもいる」(ウォルフガング・クラチ編集長)。「統合化は楽ではない。成功しているという人がいたら疑ってかかることだ」。

今年4月、南ドイツ新聞はパナマにある法律事務所から流出した文書を元に「パナマ文書報道」を主導した。ウェブサイト上ではドイツ語版と英語版を作り、データを駆使した報道を行った。現在も統合過程の悩みは続いているのかもしれないが、デジタルによる情報発信の衝撃度が社内でも改めて実感できた事例となったのではないだろうか。

紙版と電子版を別々にする新聞社も

紙版と電子版の制作をあえて別々にする方針を取る新聞社も少なくない。英国では大衆紙デイリー・メールとその日曜版メール・オン・サンデーを発行するDMGT社が両紙の電子版「メール・オンライン」と紙版の制作を別にしている。電子版は米バズフィードのような口コミで広がりやすい話題とともにスターのゴシップ記事、保守右派の政治姿勢を明確にした編集方針に基づいた記事を掲載し、人気を博している。

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(無料で読める「Vol.at」のサイト)

オーストリア西部の地方紙出版大手ラスメディアも紙版と電子版の制作を別々にしている。ただし、ラスメディアはこの2つを「有料サービス」と「無料サービス」として区分けしている。

無料紙が人気のオーストリアでは公共放送ORFがウェブサイト上でニュースを無料で出していることもあって、新聞社はウェブサイト上のニュースを無料化せざるを得ない状態にある。地方紙のウェブサイトの場合、「有料化はさらに難しい」(ラスメディア社のデジタル幹部)という。

そこで、有料サービスでは同社の主力紙「VRナヒリヒティン」の紙版および電子版(ウェブサイト、タブレット、スマートフォン、電子ペーパー版)を有料購読してもらう形をとる。ウェブサイトでは紙版のレイアウトで出るようになっており、非購読者は1面のみが閲読できる。

無料版は別のアドレスになり、地方ニュースに特化したウェブサイトだ。その日に発生するニュースを中心に内容が刻々と更新される。読者から寄せられた動画や写真、通常新聞には掲載されない特定の地域のスポーツイベントなどもカバーしている。

閲読の分析に力を入れる

電子空間での存在感が問われるようになり、デジタル・ニュースのパフォーマンスをリアルタイムで計測し、分析するツールを使い、状況を映し出す画面を編集内に設置する新聞メディアが増えている。

英ロイタージャーナリズム研究所のレポート「編集分析―ニュースメディアはいかにオーディエンスのデータと測定を開発し、活用しているか」によると、オーディエンス分析が最も進んでいるのは米英のメディアだという。

デジタルニュースのレポート
デジタルニュースのレポート

その1つが英ガーディアン紙だ。2012年から使用しているのが、社内で開発された「オーファン」(Orphan)というツール。ブラウザーに組み込まれ、ガーディアンに勤務する人が自分のメールアドレスとパスワードを入力するとパソコンとモバイル機器から簡単にアクセスできる。

オーファンを使うと記事ごとのページビューに加え、ソーシャルメディアのシェア状況、閲読時間、どのサイトからたどり着きその後どこに行ったのか、どのデバイスでどのブラウザーでどこの国からアクセスしているのかまで分かる。

オーファンを担当するクリス・モラン氏によると、編集室に「データの文化を持ち込む」ことに苦心したという。閲読者の行動を理解し、一人一人の記者及び編集者がどの記事をどのように書くかあるいは出すかの意思決定を助けるようにした。具体的には、チーム担当者が見出しをつけるサブエディターに表現のアドバイスをするなど。担当者とサブエディターの会話はメッセージ・アプリを用いるため瞬時に情報交換ができる。

日々の作業においては見出し、写真、記事の配置、ソーシャルメディアでどのように拡散するか、いつ出版するかなどを常時相談し合う。最も重要なアドバイスは読者が起きている時に出せ、だった。「馬鹿げているように聞こえるかもしれないが、紙版の制作では真夜中の締め切りに向けて作り、出す形だった」(モラン氏)。

オーファンのチームが編集部の制作過程の中に組み込まれていること、「データの文化」が編集室に染み込むことが重要だったという。

日本経済新聞社の傘下に入ったフィナンシャル・タイムズ(FT)紙は昨年、大手広告代理店ハバス・ワールドワイドのコンテンツ統括者だったルネ・キャプラン氏をチームリーダーとする「オーディエンス・エンゲージメント」チームを設置した。

オーディエンス・ファースト

FTは「デジタル・ファースト」を実践してきたが、「オーディンエンス・ファースト」に舵をきっている。

エンゲージメントチームはソーシャルメディア担当者、編集者、エンゲージメント担当者、データ分析家、マーケティング担当者から構成され、編集部の中央部に陣取っている。オーディエンス重視、データ重視の精神が「編集部の他のスタッフを『感染させる』ことを狙っている」(ライオネル・バーバー編集長、昨年11月のロンドン・スクール・オブ・エコノミックスでの講演で)。

キャプラン氏の指導の下に社内で開発したのが「ランタン」と呼ばれるダッシュボード・ツールだ。記者が簡単に画面上に出して、オーディエンスの滞在時間、どれぐらい読まれたか、コメント数などの確認できる。

ヴェルトは記事毎に点数が出る仕組みを開発している。記事のパフォーマンスの計測にはさまざまなやり方があり、記者や編集者レベルでは十分に査定で来ない。これを解決するために作られたもので、ページ・インプレション、滞在時間、動画視聴、ソーシャルでの拡散率などを下に0点から30点までのスコアを出す。毎朝、編集長が記事の点数が入ったメールを編集スタッフに送る。点数とその内容を見てスタッフはどのように改良できるかを考えるという。

読者を捕まえ、サイトへのアクセスを増やし、有料購読者を増やすためにはどうするかと知恵をしぼる新聞界。

読者獲得のための戦いは記者や編集者一人一人のデバイス上で繰り広げられるようになってきた。


# by polimediauk | 2016-09-16 22:59 | 欧州のメディア

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(「ベイク・オフ」宣伝用写真――テレグラフ紙、8月17日付)

 開催中に注目されたトピックの1つが選手同士の公開プロポーズだった。男性が女性に公の場でプロポーズした場合、性差別的な意味合いが出るという論調が英国であり、これを先日、記事化した。

リオ五輪でプロポーズが大流行 「ロマンチック」か「女性蔑視」か

中国人男子選手が女子選手のメダル受賞の場を使って公式にプロポーズしたことで、この女性選手をプロフェッショナルな業績を成し遂げた人物という存在から、「俺の女」という枠組みの中に入れて矮小化させてしまった、と指摘した人たちが英国にいた。

しかし、英国内でもそして日本でも、「そこまで考えることはないのでは?」という声が強かったようだ。特に、同性同士の公開プロポーズも同時に行われたことで、「男性対女性」、「女性差別」という視点から見る傾向は薄れてきたと思う。

ただ、英国には日本からすると驚くほど性差別(および人種差別や信仰差別)に対して敏感な人がおり、これが大きく報道されることは珍しくない。

BBCが慌てた「ベイク・オフ」の例

例えば、最近、大汗をかいたのが英BBCだ。

BBCにはケーキやパンなど焼くベーキングのスキルを競う、超人気娯楽番組「グレート・ブリティッシュ・ベイク・オフ」がある。

新しいシリーズが始まるので宣伝用の資料を作ったところ、男性出演者が抱えている容器に入ったアイシング(甘いペースト状のクリーム)がブルー、女性がピンクだったことでクレームがついた。男性だからブルー、女性だからピンクというのが性差別的だ、というのである。

「ベイク・オフ」は応募した一般の市民が参加する。番組には男性も女性も参加し、性差別がないことを楽しんできたという番組のあるファンは、ツイッターで「男性がブルーで女性がピンク?頭に来るわ」とつぶやいた。

「この番組は性によるステレオタイプがない番組のはずなのに、なぜ?」と別の人がつぶやく。「男性だからブルー、女性だからピンクなんて。馬鹿げている」。

野党・自由民主党の議員さえも「番組を楽しみにしている。だが、女性にはピンク、男性にはブルーと言うのは止めたほうがいいな」とツイートした。

BBCは間もなくして、アイシングの色を変えた。左の男性のアイシングは黄緑、女性は紫、右側の男性は緑だ。

なぜ、男性=ブルー、女性=ピンク、だとだめなのか?不思議に思われる方もいるかもしれない。

その理由は、性によるステレオタイプ化、役割の固定化になっているためで、これを不快に思う人がいる、ということだ。「男性だからこれ、女性だからあれ」、とステレオタイプ化してしまうと、最終的には性差別につながる可能性がある、と見る。

例えば「学級委員長には男子、副委員長には女子で決まりだね」、「男性は外で働く、女性は家にいるもの」、「男性には重要な仕事が任せられるが、女性はそうではない」などといった考えにつながりやすい、とされている。

もちろん、逆に「男の子だから、料理じゃなくて、工作をやろうね」、「男だから我慢しなさい」など、男子への圧力となる場合もある。

性に縛られず、一人一人として生きることー。これが理想的な形として認識されている。

といっても、あくまで「理想」である。現実はなかなかそうはいかない。男性と女性は体のつくりも違うし、性に縛られないように…と言われても意識が十分には付いていかない。

差別(性、人種、信仰、年齢層なども)をなくするには、該当者以外には意識しにくい差別を何らかの形で可視化する必要があるだろう。

性差別を記録するサイト

 そこで紹介したいのが、「日常の性差別」(everyday sexism)と言う名前のウェブサイトだ。日々、誰しもが経験する性差別を記録している。

日本語

英語

ツイッター(フォロワーは25万人を超える)

2012年に作家ローラ・ベイツさんが立ち上げたサイトへの投稿は、ウェブサイトから事例を報告するか、サイトの責任者に電子メールを送る、あるいはツイッターを使う方法がある。報告者は実名、仮名のどちらも選択できる。

英語版を開くと、利用者から寄せられた実例で一杯だ。

「アメリカの大学にいた時、図書館にいたら、隣に男性が座った。男性はマスタべ―ションを始めた」。男性をどかさないと動けない状態にいたこの女性は出るに出られず、時を過ごす。男性が出て行った後、女性は呆然とする。「いったい自分の何がいけないのか」。

「1年前から海外でボーイフレンドと暮らしている。家に電話を入れて父と話すと、必ず『ボーイフレンドはちゃんと面倒を見てくれているかい?』と聞かれるわ。娘の身を心配しているからそう言うのだろうけど、海外に住んで4年目だし、博士号も持っている。自分で自分の面倒は見れると思うけど」

「一ヶ月ぐらい前に、30歳ぐらいの男性に付け回けされた。『君の笑顔が僕と性行為をしたいと言っているからだよ』と言われた。私はまだ15歳なのに!」

「男性上司が私に性差別をしているというと、みんなが『過剰反応はするな』と言う。『体を触られた』と言えば、今度は『お前がそうさせたんだろう』って言われるのよ」

「今日学校の地理の授業で、ポスターを作ることになり、文具を取り出して作ろうとしていたら、女性の先生に『ハンナにやらせてね。男の子はポスターを作れないんだから』と言われた。男性だから、飾るものを作る作業ができないっていうこと?返事さえしなかったよ。いつもこんなことがあるよ」

その人の性によって他者に不当な言動をされた、扱われたと感じた事例が続々とつづられている。そのほとんどが女性に対する差別あるいは不当と本人が感じた例だ。

サイトの目的は「女性たちが毎日経験する性差別の事例を集めること」。

「ひどい差別、ごくわずかな差別」、すでに日常化して「抗議しようとさえ思わない」差別などすべてを対象とする。記録に残し、その体験を共有することで、「性差別が存在すること、女性が毎日直面していること、議論するに値する問題であること」を世界中に示すことを狙う。

「自分に何か落ち度があるのか」と悩む

ベイツさんはケンブリッジ大学を卒業後、ロンドンで女優業を始めたが、性の対象としてのみ女性を描く脚本やコマーシャルなどに失望。プライベートでもバスの中で体を触られたり、自宅までの道を男性に追跡されたりなどのいやな経験をした。「自分に何か落ち度があるのだろうか?」と悩むようになったという。

他の女性も同様の経験をしているのかどうかを探るためにサイトを立ち上げた。「100人位の女性から投稿があるかもしれない」と思っていたところ、インド、ブラジル、ドイツ、メキシコ、フランス、米国、ロシア・・・世界各国の女性たちが続々と報告を送ってきた。最初の1年で投稿数は2万5000を超えた。

ベイツさんは地元英国のメディアのみならず、中東、南アフリカ、カナダなどさまざまな海外メディアの取材を受けるようになった。

反響の大きさはベイツさんにとって「予期しなかったこと」だったが、ほかにも予想外のことがあった。それは個人攻撃のメッセージだった。

サイト立ち上げから間もない頃、ベイツさんは「お前たちが性差別を受けるのは女性が男性に比べて劣る存在だからだ。男性が性行為をするために女性はいるんだ」と書かれたメールを受け取った(英ガーディアン紙、2013年4月16日付)。メールの最後には「殺すぞ」とあった。

衝撃を受けたベイツさんだったが、サイトの管理を手伝ってくれるボランティアの仲間たちやほかの女性たちから助言や励ましを受け、落ち込みを乗り越えたという。2014年には、投稿を1冊の本にまとめている。

性的嫌がらせ(セクシャル・ハラスメント=セクハラ)」と言う米国発の言葉・概念が日本に渡ってきて久しい。当初は「セクハラ=女性に対する性的嫌がらせ」と受け止められていたが、現在では男性と女性のどちらの性も嫌がらせを受ける側、あるいは嫌がらせを行う側になり得ることが認識されるようになった。

性差別やセクハラはしてはいけないことーこの認識は広まったものの、性を理由に不当な扱いを受ける状況が解消されたわけではない。「日常の性差別」のサイトが、あえて「日常の」とつけたのは私たちの日常生活で性差別が普通に発生していることを気づかせるためだった。

ベイツさんのサイトにはこんな表現がある。「下院で女性の国会議員に対して無礼な言動があったと、女性が不満を口にしたとしよう。『過剰反応だよ』といわれるのが落ちだ」。また、「メディアが女性を性的対象として報道していると指摘すれば、『しらけることを言うなよ』といわれてしまう」。サイトの存在意義はまだありそうだ。

(記事の一部に読売オンライン「欧州メディアウオッチ」=2014年9月2日掲載=の筆者記事の情報を使いました。)


# by polimediauk | 2016-08-19 21:30 | 英国事情

昨年末、日本経済新聞社の傘下に正式に入った英フィナンシャル・タイムズ(FT)グループ。英国の経済・金融専門紙として長い間読まれてきたFTのジャーナリズムとは、一体どういったものなのか。

拙著『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社、今年1月出版)の執筆のため、FTのジャーナリストや関係者複数に「FTのジャーナリズムとどういうものか」を聞いてみた。インタビューの一部は本の中にコメントとして入っている。

今回は金融コラムニスト、ジョン・プレンダー氏に聞いた話を紹介したい。

(上)はこちらから

***

ーどうやって質の高いジャーナリストを雇用できているのか。

質の高い記事を書くジャーナリストになることが尊敬に値する仕事だと思われており、大学でもジャーナリストになりたい人がたくさんいる。経済に特化したFTには優れた人材が集まってくる。金融街ですでに働いていた人やシンクタンクで働いていた人もいる。

―プレンダー氏の場合はどのような形で入ったのか。

入社以前にジャーナリストとしての経験があった。ニュース週刊誌「エコノミスト」の金融エディターだったし、その後は外務省のエコノミストだった。

最初はFTの社説を書くために入った。その後は論説を書いた。

―当時から、記事はすべて署名記事

社説以外はすべて署名記事だ。署名でないのはエコノミスト誌ぐらいだ。

―経済専門紙としてのFTで働く記者には、いろいろな情報が集まるだろう。特定の企業からの情報提供もありそうだ。様々な誘惑に負けずに、真実を書くという行為を全うする秘訣は何か。

心の持ちようだと思う。

―情報源との距離の取り方について、社内規則のようなものはあるのか?

利害の衝突がないようにという規則は確かにある。もしある企業の株を持っていたら、その企業について記事は書けない。

最も重要なのは独立しているという気持ちの持ちようだ。特に大企業や金融業界から独立していること。

ジャーナリストであれば本能のようなものを共有していると思う。ジャーナリストを目指すのは何が起きているかを探索してみたい、調査してみたいという気持ちがあるからだ。ビジネスに対しては懐疑心を抱く。

例えば、自分は今は論考記事を主に書いているけれども、以前は調査報道をやっていた。その1つが2000年代初期の米GE社についての記事だ。財務諸表を見ているうちに、子会社が資本不足になっていることに気付いた。危ない状態だった。これを記事化すると、企業側は非常に憤慨した。

私が言いたいのは、FTは世界の大企業を憤慨させても構わないと思っている点だ。もし十分な理由があれば、権力を持つ相手を攻撃することもいとわないのがFTだ。

―記者同士の競争は?

もちろんある。どの新聞社でも記者は互いに競争しようとする。

ただし、FTの記者はおそらく協力しようという気持ちが強いと思う。品位を保つための心意気、集団としての野望を共有している。互いの競争に気がとられることがない。働きにくい同僚と言うのはいるものだ、どこの組織にも。しかし、一般的に言って、FTでは共通した目的を達成するという部分がジャーナリストの間に共有されている。

ジャーナリスト同士が協力し合うという雰囲気を作るのは編集トップの力だ。編集長が職場のトーンを規定する。

―日経の前の所有者ピアソン社から編集への圧力はなかったというが、本当か。

そうだ。ピアソン社はずば抜けてよい所有者だったと思う。編集部に電話してあれを直せ、これを直せと言うことがなかった。このために犠牲を払ったこともある。

例えば、1992年の総選挙では労働党の党首はニール・キノックだった。キノックは左派中道路線の政治家だ。FTは選挙で労働党を支持した。しかし、労働党は負けてしまった。

金融街の多くの人が憤慨した。業界が愛する新聞FTが労働党を支持したからだ。広告を引き上げる企業もあったと聞く。

労働党支持でFTは痛手を背負ったが、ピアソンは当時のリチャード・ランバート編集長を解任しなかった。言及したかどうかも疑わしい。

親会社としてのピアソンは編集長を任命し、解任する権利を持っている。

―金融街(シティ)とFTの関係を知りたい。ロンドンの金融街に働く人が必ず読む新聞だろうか?

シティの中でもやや年齢層が上で、幹部の人が読むのだと思う。デジタル革命が進行中で、ブルームバーグなどの金融情報端末がどんどんニュースを出してしまう。速報として金融情報を出すという役目はFTのものではなくなった。

シティで働く若い人にFTを読んでもらうことが大きな課題だ。

それでも、非常に高く評価されているのは確かだ。シティの金融機関に取材に行くと、幹部はみんな読んでいる。ただし、一部の銀行家をのぞけば、だ。FTは銀行家に対して非常に厳しい記事を出してきた。

私を筆頭に多くのジャーナリストが銀行家のボーナスについて厳しいことを書いてきた。例えば、大きな問題となっているのが、銀行家がもらう報酬のインセンティブの仕組みだ。リスクをとればとるほど報酬が多くなるように作られている。後で利益が出なかった場合でも報酬が支払われる。

FTがあまりにも厳しく批判的な記事を書いてきたので、主要銀行の幹部の中には自分たちが追及されたと感じ、傷ついた思いを抱いている。

といっても、これまで通りFTとの会話を続けている。話をしないと、自分たちの主張さえ聞いてもらえないことを知っているからだ。話をすれば、少なくともジャーナリストを説得する機会が得られる。FTのやり方には一定の合理性があると見る人は多い。

銀行家のボーナスについては、本当にひどいものだった。LIBOR(ライボー)や外為のスキャンダルがあったしー。(注:LIBOR事件は英バークレーズ銀行のトレーダーがほかの金融機関のトレーダーたちなどと共謀し、世界的な金融指標金利を不正に操作した事件で、2012年に発覚。外為不正操作事件では、2015年、米司法省や米準備制度理事会などが欧米の金融機関6社に約60億ドルの罰金を科した。)FTに来て話をする銀行家たちは、こちらが疑いの眼で話を聞いていることを知っている。

―FTの目的は読者に真実を語ること?

全くその通りだ。私たちの義務は読者に伝えること。

―読者は全員が富裕層と言うわけではない?

驚くほどに広範な人々だ。ビジネスあるいは金融界の政策立案者、学者、エコノミストなどが熱心に報道を追っている。左派系の人も良く読んでいる。ほかの新聞に比べて安心感があり、より興味深い記事を掲載しているという。

私のコラムには読者からメールで反応が来る。そのバックグラウンドは様々だ。

―想定している読者層は?

特定の読者を想定していない。ロンドンのハマースミスにある学校で経済クラブがあるそうだ。そこに来て、講演をしないかと言われたことがあった。メンバーは私のコラムを愛読しているそうだ。

メールは世界中から来るので、どんな読者が読んでいるかを一概には言えない。

―FTは知識人が読む新聞で、記者も高等教育を受けたエリート層が中心ではないかと思う。社会の下層で起きていること、現実的な話は分からないのでは?

20年か30年前にはそういう批判があったし、当時はそうだったかもしれない。しかし、今、FTで働く記者を見ると、その社会的バックグラウンドは実に多岐にわたる。人種もそうだし性別でもそうだ。

知的なコンテンツを作っているので、知的な人が執筆するという状態は避けられない。リスクもあるだろう。しかし、メディアは民主的な存在ではない。

何を書くにせよ、高い知的能力を持った、さまざまなバックグランドがある人が書くことは重要だ。編集長はこうしたことが実現するよう、気を配っている。

―FTが日本の新聞社に所有されていることについて

FTはいつかは売却されるはずだった。ピアソンが教育出版に専念したいと言っており、ピアソン社の中では新聞社は特異な存在だった。

いずれ売却されるのであれば、誰にいつ売るのか?可能性のある企業はいろいろあったが、日経は最善だったと思う。良い企業だし、たくさんの強みがあり、FTとは共通点が多い。

懸念もある。英国から見ていると、日経は経団連や大企業に非常に近いように見える。FTの感覚からすると、(権力に対して)上品すぎる。

文化が違う企業が一緒になることへの懸念もある。日本と英国の文化はかなり違う。うまく行くには日経にもFTにもたくさんの経営上のスキルが必要とされるだろう。

どちらも伝統的な新聞社だ。FTにはグローバルなネットワークがあり、二つの新聞のシナジー効果で調和を持って互いを活かせると良いと思う。私は楽観的だ。(終)

(取材:2015年9月)

***

ご関心がある方は、「英国ニュースダイジェスト」のFTについての連載もご覧ください。


# by polimediauk | 2016-08-18 15:07 | 新聞業界
 昨年末、日本経済新聞社の傘下に正式に入った英フィナンシャル・タイムズ(FT)グループ。英国の経済・金融専門紙として長い間読まれてきたFTのジャーナリズムとは、一体どういうものなのか。

 拙著『 フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社、今年1月出版)の執筆のため、FTのジャーナリストや関係者複数に「FTのジャーナリズムとは」を聞いてみた。インタビューの一部は本の中にコメントとして入っている。

 一人一人の方の話のトピックは資本主義、金融危機、日英ジャーナリズムの違い、権力との戦い方など多岐にわたった。何回かに分けて全体像を紹介してみたい。読みやすさの点から若干、整理・編集している。

                  ***
 今回登場するのはFTの金融コラムニスト、ジョン・プレンダー氏だ。ジャーナリスト歴はほぼ半世紀にもなる。専門はコーポレート・ガバナンス。

c0016826_6313910.jpg(写真下はFTのウェブサイトより)

 オックスフォード大学を卒業し、Deloitte, Plender, Griffiths & Co社に勤務するが、金融からジャーナリズムに転職。ニュース週刊誌「エコノミスト」の金融エディター、外務省の計画立案スタッフとなった後、FTの社説執筆記者及びコラムニストになった。BBCやチャンネル4などで番組作りに参加する一方で、コーポレートガバナンス、年金運用についての複数の団体でコンサルタント役も務める。ピアソングループ年金ファンドのトラスティーの一人。著作も多数ある。

 筆者がプレンダー氏のコラムを読みだしたのは十数年前になる。そのうちの一つを読んでメールを出したところ、返事が返ってきた。2011年、「東洋経済オンライン」用に一度取材し、今回が2回目のインタビュー取材だ。

 インタビューは2015年9月、ロンドンのサザクブリッジにあるFT本社のレストランで行われた。社内ではプレンダー氏を知っている人が多く、二人で紅茶の入った紙コップを持ってテーブルに向かうまで、何人もが声をかけてくる。何度も長い立ち話になりそうなのを「今、インタビューがあるから」と振り切って、ようやく腰を落ち着けた。

 まず最初に取り上げたのが、プレンダー氏の最新作『資本主義―お金、モラル、市場(Capitalism: Money, Morals and Markets )』(Biteback Publishing)だった。昨今、資本主義について厳しい視線が向けられている。これを歴史的文脈でとらえ、エコノミスト、企業経営者、哲学者、政治家、小説家、詩人、アーチストなどの発言をたどりながら、資本主義とは何かを問う著作だ。

                ***

―執筆までの経緯を教えてほしい。

プレンダー氏:一つのきっかけは、世界金融危機を受けて資本主義への大きな批判が出たことだ。どこか根本的なところがおかしいのではないか、と。グローバル化に反対する「占拠せよ」運動がロンドンや世界の各地で発生したことを見てもわかる。

 資本主義は素晴らしいことを達成できる。人々を貧困から救い出す。日本の戦後から現在までの歴史を振り返れば、うなずけるだろうと思う。そんな事例がほかのアジア諸国でも起きた。最も顕著なのは中国だろう。これにまでにないほどの成長を達成し、生活水準も大きく向上した。しかし、生活水準が上がった一方で、人は基本的な部分で不幸にもなった。

 なぜ資本主義が発展することで人が不満を感じるようになるのかについては、様々な理由がある。資本家が労働者を搾取する、環境に負荷をかける、不平等が広がるという指摘がある。金が金を生むこと自体に疑問を呈する人もいる。

産業革命が転機に

 資本主義についての人々の意識を大きく変えたのは産業革命だった。

 産業革命以降、生産性が大きく高まり、生活水準もこれまでにないほど上がった。欧州経済の規模が拡大した。商行為はポジティブな行為として見なされるようになった。産業革命こそが資本主義を表すものだと思う。

 しかし、アブラハムの宗教(創世記のアブラハムを重要視する宗教。主にユダヤ教・キリスト教・イスラム教)観がある国では商行為への敵意が基本的に存在していた。私たちの多くの中に染みついているし、儒教文化の中でもそうだろうと思う。

 そして今、資本主義の合法性について新たな問いが生まれている。果たして、本当に良い体制なのか、と。

―執筆にはどれぐらいの時間がかかったのか。

 資本主義について私がジャーナリストとして働き出したころから考えてきたことの集大成だ。

 今70歳で、これまでを振り返りながら書いたので、何十年もかかったとも言える。

―今回の金融危機が発生して、衝撃を受けたか?

 衝撃ではなかった。2003年に出した本(『脱線する』Getting off the Rail)ですでに発生の可能性を指摘していた。

 また、2007年までに警告を発する記事がFTに出ていた。クレジットクランチが始まり、貸し付け体制が崩壊していた。規制監督機関は規制遵守の役目の大部分を銀行にゆだねるという愚かな方法を行っていた。

 したがって、金融危機が発生したこと自体には衝撃を感じなかった。しかし、危機の規模には驚いた。米国をはじめとして世界中にあれだけ広がるとは思わなかった。

 金融市場が比較的安定していたのは1929年の米ウオール街の株暴落(1929年10月末)とそれに続く世界大恐慌の後からブレトン・ウッズ体制(1944年から1971年のニクソンショックまでの間、世界経済を支えてきた国際通貨体制)が崩壊した1970年代までだ。

 この間、金融市場が安定していたのは株価大暴落とその後の銀行危機に対応するための規制が非常に厳しいものだったから。金融システムの悪用に対する米国側の規制体制は非常に厳しいもので、銀行をまるで公共事業者のようにしてしまった。リスクを取り、利益を上げることを最大目的とする事業ではなくなった。銀行業は非常に退屈なものになり、起業家精神にあふれた人材は業界を離れた。

 現在の状況を見てみよう。先の金融危機以降、規制監督者や政策立案者たちが銀行業を公共事業者にしていないことが分かる。銀行業は多くのリスクを取るビジネスになっている。

 私が見るところでは、銀行はいまだに資本不足だと思う。グローバルに非常に大きな存在となったために、銀行の経営トップでさえ何が起きているのかを十分に把握していない。業務が非常に複雑化しているために、行内で何をやっているかのすべてを知っている人はほとんどいない。

 銀行が破たんすると、その国の政府が処理にあたるが、銀行の業務は国内だけではなくグローバルに広がっている。国際決済銀行や世界の中央銀行によってさまざまな対策が講じられ、秩序立てた債務整理が行われるように努力が続けられているが、グローバルな規制監督機関がないので、完全な対策を繰り出すことができない。

 銀行を公益事業体のようにしてしまうか、小規模に分割してしまうかなどの手段を行わない限り、また金融危機は起きる。

批判をしても相手から尊敬されるには

―プレンダー氏の記事を読むと、銀行規制の仕組みをかなり批判している。金融業界との関係が壊れるということはないのか?

 私のジャーナリストとしての経験から言うと、物事が間違った方向に行ったとき真実をそのまま相手(間違った人・組織)に述べると、相手から尊敬され、恐れられる。相手に優しすぎて批判をしない場合よりも、だ。

 敬意を保つ距離感を持つほうがいい。自分の言うことが事実に基づいて、真実であることを相手も知っている限り、その人はあなたに話しかけることを止めない。

 非常に慎重に動いた場合、だからと言って間違いをした相手があなたを尊敬してくれるとは限らない。

 人がFTを尊敬するのは、世界に向かって何が起きたのか、どこで間違ったのかを伝えるからだと思う。

 金融危機の前後、FTは銀行や規制組織について非常に批判的な記事を出してきた。

―FTのジャーナリズムの特徴を知りたい。例えば、米国の経済紙ウオール・ストリート・ジャーナルと比べて、どこが違うのか。

 米国と英国のジャーナリズムには大きな違いがある。米国ではニュースと論説(コメント)の間の線引きがはるかに厳しい。

 英国ではしばしばニュース記事に意見が入っている場合がある。事実から外れた事を書くのは許されないが、もっと個人の思いが入った記事を書く。

 また、英国には経済学のジャーナリズムの伝統があると思う。

 ウオール・ストリート・ジャーナルを見てみると、経済についての論考記事は外部の人が書いていることが分かる。著名な経営者、連邦準備制度理事会の委員など。エスタブリッシュメントに属する有名な人を招いている。経済学の知識が入った良いリポート記事はたくさんあるが、論説となるとどうだろう?

 FTでは社内の記者が世界経済で起きているどの事柄についても、書き手の意見が入った、十分に練られたかつ面白い論考記事を書いている。(続く)

***

 ご関心がある方は、「英国ニュースダイジェスト」のFTについての連載もご覧ください。
# by polimediauk | 2016-08-14 06:23 | 新聞業界
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 6月23日、英国でEU加盟の是非をめぐる国民投票が行われ、離脱派が全体の51・9%の票を取得して勝利した。負けたのは48・1%の残留派。

 この「48%」に向けて創刊された週刊新聞「ニュー・ヨーロピアン(新欧州人)」が健闘を続けている。創刊日は7月8日。価格は2ポンド(約280円)だ。

 当初は4週間発行する予定で、定期刊行物とまでは言えないので「ポップアップ新聞」(にわかに発行される新聞)と自称してきた。4週間目を超えて、ニュー・ヨーロピアンは黒字化しているという。

 創刊号の部数は4万部、その後3万部が発行されている。10号までは続ける予定だ。

 発行元はイングランド地方東部ノーリッチに本拠地を置く出版社アーチャント社だ。

9日間で発行までこぎつける


 ニュー・ヨーロピアン紙の編集長マット・ケリー氏がBBCラジオの「メディア・ショー」(11日放送)で語ったところによると、同氏が創刊を思いついたのは国民投票の結果が出た翌日だった。

 「通りを歩いていて、多くの人が結果に落胆している様子を見た。まるで誰かが亡くなったみたいだった」

 「結果に怒りを持ったとき、どの新聞を買って読むだろうか?」ケリー氏は頭を巡らせたが、該当する新聞はなかった。

 1986年、インディぺデント紙が創刊されたとき、有名なキャッチフレーズがあった。それは「インディぺデント紙は独立している。あなたは?」である。「インディペンデント」は「独立」を意味する。インディペンデント紙を買って、小脇に抱え、「自分は独立している、自分の意見を持っている」ことを示すのがカッコいいとされた。

 「あんな新聞が自分たちで作れないかな、と思った」。

 そこで、アーチャント社の上司に新聞の創刊案を話してみた。翌週、会議室で議題にかけられ、創刊が決定された。創刊号が市場に出たのは9日後のことだった。

 ケリー氏はテクノロジーの発展があったからこそ、数日で紙面のデザインを作ることができたという。全国に新聞を届けるための体制がアーチャント社にすでに整っていたことも強みだった。

 「ポップアップ新聞」とは造語で、何か月もかけて準備するのではなく、面白いアイデアがあったら、すぐに市場に顔を出す新聞、という意味だという。人気がなくなったら、すぐに店を閉じることもできる。

 ニュー・ヨーロピアンは48ページ。左派系高級紙ガーディアンのコラムニスト、ジョナサン・フリードランド氏、元官邸の戦略局長だったアリステア・キャンベル氏、バージンメディアグループのトップ、リチャード・ブランソン氏などの著名人によるコラムのほか、欧州ではやっていること、特定の国の紹介など盛りだくさんだ。

 筆者は英国での選挙権はないものの残留派を支持しており、毎号手に取ってきたが、ことさら親欧州を強調しているニュー・ヨーロピアンは「偏った新聞だなあ」と常々思ってきた。

 英国の新聞は不偏不党が要求されないので、偏っていても構わないわけだが、度が過ぎるとコラムの主張の信ぴょう性が薄れ、つまらなくなる。すべてが親欧州を勧めるためのプロパガンダにも見えてくる。

 もう少し落ち着いて、欧州のことを語る論調になってもいいように思うのだけれども、これが一定の人気を得ているのは、おそらく、確かに他にはこういう新聞がないからだろう。

紙の新聞創刊、途絶えず

 紙から電子へとニュースを読む読者は移動しているが、英国では紙の新聞の創刊がまだまだ続いている。失敗例が多いにもかかわらず、である。

 ミラー社が発行した「ニュー・デー」(2月創刊)が5月に廃刊となり、イングランド地方北部のニュースを掲載する「24」(6月創刊)も7月に廃刊となった。

 欧州を専門とする新聞では、新聞王ロバート・マックスウェルが1990年に「ザ・ヨーロピアン」を創刊。2年後、富豪バークレー兄弟(現在のテレグラフ紙の所有者)が買収した後、98年に廃刊となった。当時の損失額は7400万ポンドに上ったという。
# by polimediauk | 2016-08-12 20:37 | 新聞業界
 (月刊誌「新聞研究」7月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

 昨年来、メディア界でコメント欄を閉鎖するあるいは一部縮小する動きが目立つ。

 米ウェブサイト「ザ・バージ」や「デイリー・ドット」などが、「管理が困難になった」という理由でコメント欄を閉鎖し、今年年頭には開かれたジャーナリズムを実践する英ガーディアン紙が「移民」や「人種」など大きな論争を呼びそうなトピックの記事の一部にコメントを受け付けないように変更した。

 オンラインの言論空間で他者を不当に貶めたり、誹謗中傷するなど、いわゆる「オンライン・ハラスメント(嫌がらせ)」をどう対処するかに注目が集まっている。

 5月12日、ロンドンで「ニュースインパクト・サミット」(オランダの非営利組織「欧州ジャーナリズムセンター」主催、グーグルニュースラボ協力)が開催された。

 オンライン・ハラスメントの対処法やコメント欄改良の試みを取り上げたセッションを紹介したい。

反撃のためのウェブサイトを設置

 「荒らし、オンライン・ハラスメント、メディア界の女性たち」と題されたセッションで最初に登壇したのが、米オハイオ大学で教鞭をとるミシェル・フリエリ氏だ。

 2007年、同氏はフロリダ州のある地方紙で初の女性コラムニストになった。有色人種としても初だった。就任後、「リンチするぞ」など憎悪に満ちた手紙が送られてくるようになったという。3年間、同じ人物からの手紙は途切れることがなかった。しかし、実際にはたった一人が書き続けていたのではなく、「女性や有色人種の書き手の声を消そうとする、ヘイト・グループの手によるものだった」。

 フリエリ氏は警察の助けを求めたが、具体的な犯罪行為を特定できなかったため、刑事事件として捜査が行われることはなかった。身の危険を感じたフリエリ氏は新聞社を辞め、家族とともにフロリダを離れざるを得なくなった。

 ネット時代になり、ジャーナリストはソーシャルメディアや自分の記事についたコメントなどを通じて、「読者とインタラクティブな関係を持つことになった」。結果として、「心無いコメントやヘイト・スピーチの対象になる危険性が増している」と言う。「女性や有色人種はハラスメントの対象になりやすい」。

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 そこで同氏が立ち上げたのがハラスメントを受けた女性ジャーナリストを助けるウェブサイト「トロール・バスターズ」(「荒らしをやっつける」)。オンライン上で攻撃を受けたことをサイトに知らせると、1時間以内にネガティブなメッセージを打ち消すような前向きのメッセージを発信したり、バーチャルな「ハグ(抱擁)」のサインを送ったりする。オンライン上の脅しがオフラインの生活に影響を及ぼさないよう、ネット上でいかに個人情報の思わぬ漏えいを防ぐかについて情報を提供するほかに、法的手段を取りたい場合のアドバイスも与える。

 非営利のナイト財団から3万5000ドル(約350万円)の投資を受けて立ち上げられたサイトは、ボランティアを含めた数人で運営され、24時間、活動を続けている。

ガーディアンがコメント欄を再考

 同じセッションの中で、ガーディアン紙のコメント欄の分析結果を報告したのは元同紙のコメント欄担当編集者だったベッキー・ガードナー氏だ。現在はロンドン大学ゴールドスミスカレッジで教えている。

 ガーディアンはコメント欄の質を向上させるため、2006年以降に掲載された記事についた約7000万のコメントを分析した。その結果を4月に紙面やサイトで「私たちが望むウェブ」という見出しを付けて発表し、読者から意見を募った。

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 ガードナー氏によると、ガーディアンに記事を書いた記者、寄稿者の中で、最も多く悪質コメントが寄せられた10人のうち8人が女性で、2人は黒人男性だった。ハラスメントの対象になりやすいのは「女性」、「有色人種」という特色がここでも繰り返されていた。

 ガーディアンのサイトによると、同紙が「口汚い、破壊的なコメント」と見なし、ブロックする対象となるのは、例えば「殺す」、「レイプする」、「バラバラにする」などの脅しの表現だ。ヘイト・スピーチもブロックの対象となる。
 
 ほかには「書き手を罵倒する」(例えば中絶クリニックについての記事に、「お前があまりにも醜いので、妊娠したら、俺がクリニックに連れていくぞ」)、「書き手及び読者を個人攻撃する」(「これでもジャーナリストかい?」、「お金をもらって書いてるんだろう?」)「軽蔑的なコメント」(「落ち着けよ」)、「過去の事象について繰り返し相手を責める」コメントがブロックされる。ブロックの判断はガーディアンの「コミュニティ運営の規則」による。

 セッションではメディアサイトのコメント欄は管理者が適正化できるが、ソーシャルメディアなどほかのウェブ空間では「野放し状態になっていることへの不公平さ」が指摘された。

 5月末、グーグル、ツイッター、フェイスブックなどの大手プラットフォームは、ヘイトスピーチやテロリストによる害悪なメッセージの拡散を停止するための欧州連合(EU)の新たな規則に対応することに合意した。これによると、指摘があったヘイトスピーチなどについて24時間以内に対応し、場合によっては削除するかあるいは反論に匹敵するメッセージを流すよう、求められている。
# by polimediauk | 2016-08-12 17:44 | ネット業界
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投票結果が出た後のTake Back the Cityのメンバーたち(フェイスブックのサイトから)

市長選・市議選が終わっても運動は続く

 5月5日、英国各地で地方選挙が行われた。ロンドンでは市長選と市議選になる。

 規制の政党には頼らず、市民一人一人の声を市政に反映させるために立ち上げられたのが草の根グループ「Take Back the City」(「都市を取り戻せ」)。「都市」とは貧富の差が激しいロンドンを指す。

 ロンドン市議選に向けて、Take Back the City は父がケニア人、母がフィリピン人のアミナ・ギチンガ氏(26歳)を候補者として立てた。ギチンガ氏の仕事はフリーランスの合唱の先生だが、選挙期間中は仕事を休んで選挙戦に集中した。

 選挙直前と直後の様子を伝えたい。

「怒りに体が震えた」

 4月28日。投票日の1週間前となった。ロンドン東部ホワイト・チャペルのオスマニ・センターで、Take Back the Cityによる投票日前の最後のイベントが開催された。

 午後7時開催のイベント会場には、6時半過ぎまでに70席ほどの椅子が並べられていた。受付の右側にはTake Back the Cityのパンフレットが並べられ、左側にはジュースやお水、フライドチキン、ケーキ、ピーナッツの焼き菓子などが並べられている。ジュースはフルーツジュースのカートンから注ぐだけのものだが、紙コップ一杯で50ペンス(80円ぐらい)。

 ジュースを買って一番前の席に座ると、Take Back the Cityの秘書役のクレアさんが髪をアップにし、ノースリーブのワンピース姿で打ち合わせをしていた。ここ一番!という感じのおしゃれぶりだ。

 ギチンガ氏は後ろの席の近くにいてほかの参加者とおしゃべりをしている。真っ赤な口紅が目立つ。今日はみんなにとって、ハレの日なのだろう。

 来場者の年齢層はバラバラだが、有色人種の割合は70%ほど。白人の老人男女の姿も場内のあちこちで見かけた。

 英国内で最も有色人種の比率が高い場所として知られる自治体タワーハムレッツの中に、ホワイトチャペルはある。ここ一帯はロンドンの「イーストエンド」にあたる。ウェストエンドと言えば、ロンドンの劇場街の代名詞になるほど華やかなイメージがあるが、イーストエンド地域は貧困層と移民層が集中している。

 最前列の椅子の前にはスペースが開けられており、これがステージとして使われるようだった。

 会場内で配られていたのがTake Back the Cityのチラシと「投票しよう!」と表紙に書かれた、A4用紙を二つ折りにして作った小冊子。チラシの裏にはマニフェストの要約が書かれており、小冊子の方にはTake Back the Cityの発足までの経緯や、ギチンガ氏へのインタビュー、「音楽と抵抗について」、「詩のコーナー」などという見出しの記事が載っていた。

 ほんの2週間前まではまとまりのなかったマニフェスト。それをよくここまでまとめたものだと感心していると、後ろからギンチガ氏とグループの核になる数人が手をつないでやってきて、ステージに向かった。クレアさん、ギチンガ氏、前のミーティングで会ったことがあるレベッカさんと数人は、よく学校でやるような、いくつかのフレーズをそれぞれが読む形でTake Back the Cityの詩を披露した。大きな拍手が沸き起こった。

 ギチンガ氏だけがステージに残った。マニフェストが印刷された黄色いチラシを手にしている。「今日は来てくれてありがとう。ここまで来れたのはみんなのおかげよ!」大きな拍手。

 市民の声を反映するため、Take Back the Cityを作ったことや、この1年で75のワークショップを開きながら地域住民、移民たち、有色人種のグループ、労働者階級の学生たち、店子、障がい者、アーチストやパフォーマーたちから、ロンドン市政に期待することを聞き取ってきたと話す。マニフェストづくりに向けて1200もの要望があり、クラウドファンディングで資金を集めたことを報告する。

 なぜTake Back the Cityはギチンガ氏を市議会に送ろうとしているのか?

 ギチンガ氏はある体験を話し出す。市民グループの集合体「ジャスト・スペース」の会議に参加した時のことだ。最大の問題となっている住宅問題をどうするかについて、さまざまなワークショップが開催された。

 その一つに出ていたギチンガ氏は低所得者向け住宅についての意見を述べた。この時、会場にいた白人の男性が、「『私たちが状況をきちんと調べていない、調査が足りないからそう発言している』、と言い出したのよ」。

 カチンときたのはこの男性がギチンガ氏に向かって「テレビばっかり見ているからだろう」と言った時だった。「有色人種の若い女性」=「知的ではない人」という決めつけぶりに、「体が震えるほどの怒りを覚えた」。ギチンガ氏の小さな体から、怒りの熱が伝わってきた。

 「抗議デモに出ているだけではダメ!私もいろいろデモに参加してきたけど、それだけでは十分ではない。ドアを開けて中に入るべき。議論をしている部屋の中に入って、何かを言わなきゃダメなのよ。だから、立候補することにしたんです」。

 Take Back the Cityのマニフェストをギチンガ氏は一つ一つ、読みだした。

 「賃貸料の上昇を抑制する」(家や地域社会から追い出されることがあってはならない)

 「不動産業者、超富豪層、自治体が所有する空き家を低所得者やホームレスに解放する」

 「腐敗し、人種差別主義的なロンドン警視庁を廃止する」

 「ロンドンの最低賃金を自給11ポンドに義務化させる」(11ポンドは約1700円)

 「私立校への税優遇策をなくし、低所得世帯に提供されていた教育維持給付金=EMA=を復活させる」(EMAは政府の財政緊縮策によって、ロンドンを含むイングランド地方のみで廃止された) 

 「すべての交通運賃を20%減少させる」―。

 そのどれもがTake Back the Cityがロンドン市民に実際に声を聞いて集めた要望が基になっている。

 ギチンガ氏は東部「シティ&イースト」選挙区(ニューアム、タワーハムレッツ、金融センターがあるシティ、バーキング、ダゲナム)から立候補する。マニフェストの一つ一つの項目を読み上げるたびに、大きな歓声が出た。「5日、投票してね!」

 拍手喝さいの中で終わったギチンガ氏のスピーチの後は、地元の合唱グループに入っている数人がステージに出て、ビートの利いた曲としっとりした曲を披露。その後は会場内の参加者が3グループに分かれて、歌った。指揮をするのはギチンガ氏。歌の中には「私は負けない」という文句があり、繰り返していると、なんだかじーんとしてしまう。

 休憩時間に、前にも話したことがある、Take Back the Cityのメンバーの一人、グレン氏と話す。「アミナ(ギチンガ氏)は多分、当選しない」とポツリ。「僕たちは選挙の次を考えている。大きな社会運動にしてゆきたいんだよ」。

 地元コミュニティで支援活動を行ってきたグレン氏は、「ここはほかのどことも違う。労働党みたいに上下のヒエラルキーがないんだ。とてもめずらしい。だから大きくなってほしい」。

 私が言う。「知名度がどれぐらいかあるかだよ。ここは盛り上がっているけど、存在を知っている人は多くない。もし知ってたら、かなり票が取れるのではないか」。グレン氏がうなずく。

 いったい何人が投票してくれるだろう?皆目見当がつかない私は、数千から万単位で得票することを想像した。2012年の前回のロンドン市議選では、ギチンガ氏の選挙区の当選者は約10万票を得ている。当選しなくても、いいところまで行くだろうかー。

市長選では労働党候補が当選

 5日、いよいよ投票日がやってきた。

 直前に、ギチンガ氏は選挙戦のいやな面も体験した。労働党のある市議がTake Back the Cityのフェイスブックに書き込みをし、マニフェストの政策の財源が十分に練られていないという批判の上に、ギチンガ氏のアパートのビルの屋上の写真を掲載した。「お前が住んでいるところは知っているぞ」という威嚇としてギチンガ氏側は受け取った。

 「私たちの政策を批判することはかまわない。完全にまっとうなことだから。でも、プライバシーを侵害するのはいけないと思う。私がどこに住んでいるかを公にすることで何を証明したいの?いやがらせだと思うわ」。ギチンガ氏は抗議を動画にしてフェイスブックに掲載した。「全くなんてやつなんだ」、「アミナ、負けるな!」支援のコメントが続々と並んだ。

 ロンドン市長選には立候補者が12人いたものの、労働党が推すサディク・カーン下院議員と保守党公認のザック・ゴールドスミス下院議員との事実上の一騎打ちとなった。
 
 カーン氏とゴールドスミス氏。これほど正反対の社会的背景を持つ立候補者も珍しい。カーン氏はパキスタン移民の両親を持つ。父はバスの運転手だ。自治体が提供する低所た得者向け住宅で育ち、公立校からノースロンドン大学に進学した。法律を学んだあと、人権派弁護士となる。下院議員初当選(南西部トゥ―ティング選挙区)は2005年。カーン氏は労働者階級の成功者といってよいだろう。
 
 一方のゴールドスミス氏は億万長者で欧州議会議員でもあった父を持つ。富裕層、エリート層が子息を送る私立校イートンに進むが、ドラッグを所持していたことが発覚し、退学。後に環境雑誌の編集長となった。2010年、ロンドン南部リッチモンド・パーク選挙区の下院議員に初当選。下院議員の中で最も金持ちとも言われ、ゴールドスミス氏は富裕層・エリート層の利益を代表する人物とみられてきた。

 二人の支持率は選挙戦中、ほぼ同じぐらいになっていたが、途中からゴールドスミス氏がムスリム(イスラム教徒)のカーン氏を「イスラム過激主義者に近い人物」として攻撃しだした。昨年11月のパリテロや今年3月のブリュッセルのテロを思い起せば、これに賛同する人がいて、カーンの支持者を減らせる・・とゴールドスミス氏は思ったようだ。「ムスリムに本当にこの都市を預けてもいいのか?」そんな問いかけをした。

 しかし、その目論見は完全に失敗した。人口約870万人のロンドンの約37%が移民出身者だ。ムスリム人口は約12%。300を超える言語が市内で使われている。こんなロンドンで特定の宗教や人種を差別するような発言をすれば、発言者の評判はがた落ちになってしまう。日常生活ではそれを知っているはずのゴールドスミス氏だったのだが。

 結果は、カーン氏が1,310,143票、ゴールドスミス氏が994,6143票。投票率は45%だ。前回の38%から上昇した。市民の関心が高い選挙だったと言えよう。

 6日朝に行われた就任演説で、カーン新市長は「すべてのロンドン市民のために」動きたい、と述べた。

 同日、ロンドン市議選の結果が出た。

 フェイスブックにギチンガ氏が「今日は、結果を聞いた後で、フォレスト・ゲイト駅前のパブ『フォレスト・ターバン』にいるわ。後で会おうね」と書き込みをした。

 私は夕方に向けて、フォレスト・ターバンに向かった。フォレスト・ゲイトは2012年のロンドン五輪の中心となったストラットフォード駅に近い。

「思ったよりも多くの票だった」

 駅前のパブに入ると、ギチンガ氏とTake Back the Cityの男性メンバー、ケネディ・ウォーカー氏がいた。こちを見つけて、手を振るギチンガ氏。
 
 「お疲れさま」といって、互いに抱き合って挨拶をすると、すぐに結果の話になる。「500もあれば、と思っていたけど。驚いたわ。すごいのよ。1368だったんだから。信じられないほど多い」とギチンガ氏。当選者は労働党員で約12万票を集めた。ギチンガ氏の得票は8人のうち、下から2番目だ。1368票が少なすぎるのかどうか、とっさには判断できなかった。

 「これまで一度も投票したことがない人が投票してくれたんだから」とギチンガ氏。

 隣に座るウォーカー氏はTake Back the Cityのフェイスブックのページの動画を入れようとしている。「ケネディはもうスターだよ」とギチンガ氏。ロシアの英語ニュース放送「RT」に出演し、3分ほど話したからだ。「あの有名なRTに出たんだよ!」

 投票日の直前には、英左派系大手紙「ガーディアン」がギチンガ氏を動画インタビューしていた。「ラジカルな政治運動の担い手」という説明があった。

 どこが「ラジカル」なのか?インタビューをしたジャーナリストのジョン・ハリス氏は動画の中でこう説明した。「Take Back the Cityは直接市民に意見を聞いた。バスの中で詩を読み上げ、乗客に話しかけて、政治で何を変えてほしいのかを聞いていた。それをまとめてマニフェストにした。ほかの政党はどこもこんなことをやっていない。・・・政界の動きを書く政治コラムニストより、よっぽど、良いことをやっている」。

 私は「これからどうするの?」とギチンガ氏に聞いてみた。「しばらく、休むよ。もう疲れ切ってくたくたよ」。毎日外に出かけ、人に会い、睡眠時間が大幅に削減された。「体調は最悪」という。「休んだ後は、また運動を続けるよ」。

 パブの飲み物を注文するあたりにクレアさんの姿が見えた。「今、アルコールが飲めないの」という。彼女も疲れ切っていた。「体全体が痛くて、この2-3日、寝たきりだったわ。今日もお酒は飲むほどの元気じゃない」。

 かわりがわりにTake Back the Cityのメンバーが入ってきて、ギチンガ氏や仲間としゃべってゆく。

 ウォーカー氏にもこれからどうするのか、と聞いてみた。毎週木曜のミーティングは続けるのか、と。「あと2-3週間はまず休むよ。でも、これからも続けるよ」。最初は「何も決まっていない」と言ったものの、ギチンガ氏がそばに来ると、二人でこれからを話し出した。「まずはロンドンのほかの草の根グループに会うことだな。たくさんもうすでにあるんだから。どこと協力できるのか。ほかのグループから学べることはないのかを知らなければ」とウォーカー氏。

 ギチンガ氏とウォーカー氏だけで決めるわけではない。フラットな組織構造なのがTake Back the Cityの特徴だ。休みの後に開かれる会議でそれぞれが言いたいことを言い合って、紆余曲折しながら、決まっていくのだろう。

 Take Back the Cityのメンバーたちが何度も言っていたのは「社会的運動にしたい」ということ。しかし、より広範な人を入れるには、Take Back the Cityのことを全く知らない人の心をとらえるような言葉が必要なのではないか。それは政治理念になるのではないか。地元民の声を聞くだけではなく、エキスのようなものに変える必要があるのではないか。私はそのように感じた。
 
 これまでのTake Back the Cityは社会から疎外され人々、つまりは貧困層や移民層の声を集約することに力を入れてきた。でも、大きな社会運動に、政治運動になるには、中流だが低所得の人々、そして白人層ももっと取り入れる必要があるのではないか。そんなことも思った。ロンドン東部の移民コミュニティや貧困層に集中して目を向けた結果、多くの白人貧困層を敵視することになりはしないか、と言う懸念もある。

 いろいろなことを考えたが、ほんの1年でここまで来た事、クラウンドファンディングで100万円近くを集めたこと、そしてこれからも続けたいと思っている人たちがいることに私は驚いたし、感銘した。まだまだ、終わらないのである。

 休みの期間を終えたTake Back the Cityの活動をこれからも定期観測していきたいと思っている。

***

 (津田大介さんのメルマガに掲載されたコラムの転載です。)
# by polimediauk | 2016-07-03 17:59 | 英国事情
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津田大介さんのメルマガに掲載された筆者の記事の転載です。)


 今年5月のロンドン市長選・市議選に向けて、草の根運動を続ける「Take Back the City」の動きを追った連載の第2回です。第1回目はこちらからご覧ください

市議選・市長選がまじかに迫り、マニフェストづくりで意見沸騰


***

 規制の政党には所属せず、市民一人一人を代表する政治を自分たちで実現するために立ち上げられた、英国の草の根政治グループ「Take Back the City」(「都市を取り戻せ」)。ここでの「都市」とは世界的な金融センター「シティ」があるロンドンだ。

 Take Back the Cityの本格的な発足は昨年だ。共同創設者はロンドンに住む公立校の教師ジェイコブ・マカジャー氏と同じく教師のエド・ルイス氏。マカジャー氏は、自らが生活するロンドンが「超富裕層やその利益をかなえるための政治家に乗っ取られた」と感じる市民がたくさんいることを指摘している。

 グループの発足までの経緯や参加者の声については前回のコラムの中で紹介した。ここで若干振り返っておこう。

 ロンドンは世界の中でも貧富の差が激しい都市の一つだ。Take Back the Cityによれば、「富裕度でトップの10%が所有する資産は、最下位の10%の資産の273倍に達」っし、ロンドン市内の住宅の賃貸料は平均で月1500ポンド(1ポンド=160円計算では約24万円)を超えている。住宅価格の高騰が続き、低・中所得者にとって住みにくい都市になっている。生まれ育った地域を出てゆかざるを得なくなった人もいる。

 低・中所得者の声が届かない現状を変えるため、Take Back the Cityは政治の場に市民の代表を送り込むことを1つの目標とした。そこで市民一人一人の声にまず耳を傾け、声を集約した形で選挙に向けたマニフェスト(選挙公約)を作ろうとしている。

 昨年末、筆者が参加者に聞いた時点では、Take Back the Cityは学校、地域の様々な組織、移民を対象にワークショップを開いていた。テーマは、いかに自分たちで政治を変えられるか。参加者から政治についての不満を聞き、政治家に何をしてもらいたいか、要望を集めた。

 今年5月5日に行われるロンドン市長選・市議選に向けて、「ロンドン市長をここから出そう」が掛け声となった。1月にはクラウンドファンディングで資金集めを開始した。

 選挙まで1か月余の3月末から、グループの活動の進展ぶりを追ってみた。

人懐こい笑顔で人々を巻き込む

 3月末の土曜日。ロンドン東部を走るモノレール「ドックランド線」に乗ってキングジョージ5世駅で下車する。

 無人駅の改札口から出ると、キリスト教のパンフレットを抱えた女性が寄ってくる。「ハッピー・イスター(復活祭、おめでとう)」。翌日はイースターとなり、教会では特別のミサが行われることになっている。何人もの女性たちがパンフレット配りに精を出していた。

 女性に「ロイヤル・ドック・コミュニティ・マーケット」の場所を聞くと、「まっすぐ行って右ですよ。神のご加護がありますように」と言われた。

 歩いて数分の場所にあったのは、高層アパートと地域の図書館に囲まれた空き地で、白いテントの中には界隈に住む人がおもちゃや食べ物を売る準備をしていた。テントの外では八百屋が野菜を並べる台を置いており、ラジカセから大音響でロックを流している。Take Back the Cityのストールはテントの隣に設置されていた。

 Take Back the Cityのイベントは昼12時から始まると聞いていたが、猫の額のような空き地には時間が過ぎても、訪問客は誰もいない状態だった。

 こんな小さなところで一体どれだけの支持者を集めることができるのだろう?一瞬、気持ちが縮んだが、近くのカフェで時間をつぶし、改めて広場に戻ってみた。すでに子供と大人の小さな人の輪ができていた。前に会ったことがある、合唱を教えるアミナ・ギチンガ氏、大学院生のサイモン・ソープ氏が輪の中にいた。ソープ氏以外は全員が有色人種だ。ギチンガ氏がアフリカ流ダンスを教え、歌の手ほどきをしている。

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(歌とダンスを教えるギチンガ氏、中央)

 輪の中に入って、子供たちとジャンプしたり、体を思いきり小さくしたり、歌を歌ってみる。子供たちはくすくす笑いながらも、素早いダンスのスピードを十分に楽しんでいるようだった。大人もそんな子供たちの様子を見ながら、体を動かす。寒い風が吹き飛んでゆくようだ。

 しばらくしてストールに行き、番をしていた男性たちに声をかけてみた。二人とも白人男性だ。ともに地域住民への支援サービスに携わってきたという。労組と協力したこともあったが、「上からの指示が多くて、嫌気がさした。ここはみんなが平等だからいい」と「グレン」という名の男性が言う。

 Take Back the Cityは市長候補を出すという目的をあきらめ、市議選に候補者を当選させる方向にシフトしていた。グレン氏は理由を説明しなかったが、候補者を出すための準備金の額が市長選の場合と市議選の場合、大きく異なるのも理由だったのかもしれない。

 1月のクラウドファンディングによって、市議選に候補者を出すための「資金は十分に集めた」という。

 英選挙委員会によると、市長選の候補者になるには1万ポンド(1ポンド=160円計算で160万円)を委員会に預ける必要があるが、市議選の場合はその10分の1の1000ポンドになる。

 Take Back the Cityが推す市議選候補者は、昨年時点では市長選の候補者の一人だった、アミナ・ギチンガ氏だった。

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(ギチンガ氏の宣伝用チラシ)

 風がますます強くなり、広場に響く八百屋のラジカセから流れるロックの音が反響する。

 八百屋の屋台の前にできたダンスの輪を指導するギチンガ氏の一挙一動を子供たちや大人が見つめている。笑い声と歓声でいっぱいだ。

 ダンス教室が終わっても、ギチンガ氏を囲む人は絶えない。子供たちがやってきて「どこでもっとダンスを学べるの?」と聞く。大人たちは教わったばかりのダンスと歌をもう一度再現している。生活の悩み事を話す大人もいる。

 午後3時を回った。大人数人に囲まれて、話を熱心に聞くギチンガ氏。人を引き付けるという意味では、抜群の力を持った女性のようだ。

 この光景がどうやったら票につながるだろう?

 ギチンガ氏が候補者となっているのはロンドンの14に分かれた選挙区の1つで、東部の「シティー&イースト」地区。ここは金融街「シティ」のほかに、「バラ」と呼ばれるロンドンの区域が入る。バラとしてここに入るのがバーキング&ダゲナム、ニューアム、タワー・ハムレッツ。ニューアムやタワー・ハムレッツはロンドンの中でも貧困度が最も高い地域として知られている。裕福なシティと最貧困地域が混在するため、最も不平等感が感じやすい場所だ。

 この選挙区は2000年以来、労働党のジョン・ビッグス氏が市議として当選している(現在4期目)。今年、ビッグス氏は市議選に立候補していない。現在候補者は8人で、全員が今回市議としての初立候補。ほとんどが既存政党が推薦する候補者だ。

 過去のこの地区の選挙傾向を見ると、当選者の得票数は増加している。ビッグス氏は2008年では約6万3000票、前回12年では約10万票を得た。

 どれぐらいの票を集めることができればギチンガ氏は当選できるのか?推測は難しいが、2000年以降の数字を見ると、少なくとも4万票以上が必要なようだ。

 全員が初立候補の場合、知名度が鍵になりそうだ。

 Take Back the Cityのマニフェストづくりはどこまで進んでいるのか、票獲得のためにどんな戦略を持っているのかー。

 核となるメンバーが集まる毎週木曜夜のミーティングに参加してみた。

マニフェストづくりで喧々諤々

 Take Back the Cityの秘書役クレアさんに教えられ、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(通称 SOAS)に向かったのは4月中旬のことだった。

 ロンドン市議選まで、ちょうど3週間となった。

 午後7時のスタートに集まったのは12人ほど。20代とみられる若者たちだ。グループの共同創設者マカジャー氏の顔も見える。椅子を丸く円を描くようにして並べて、座る。ミーティングが進むにつれて、数人がジョインしてゆく。

  出席者は大学生か仕事を持っている人で、人種的には混在していた。白人もいれば有色人種の人も。東アジア系は筆者一人だ。

 「前は20人は必ず来たのだけれどー。うちの子供持つ連れてきたかったけど、今日は行かないと言っていた」とレベッカさん。「参加してゆく意思を持ち続けるのは並大抵ではない」。レベッカさんはこれまで市民デモに参加してきたが、「ここは上下のヒエラレルキーになっていないので、気に入った」という。

 後から入ってきて、隅っこの椅子に座ったのが銀髪で60歳は超えていそうな男性だ。髪をゴムで後ろにまとめ、上下のジャージを着た姿はほかの人と比べるとちょっと異質だった。

 椅子に座った参加者が一通り自己紹介をした後、クレアさんが今日の議題を説明し、マニフェストについて話し始めた。グループの共同創設者エド・ルイス氏が印刷してきた紙を配る。マニフェストの原案だ。裏表に印刷して4ページ分。6つの大きな要求を入れている。

 1つは「空になっている不動産物件を市が引き受け、廉価で提供できるようにする。
 
 2つ目は「収入にかかわらず、ロンドンで学ぶ権利を保障する」

 3つ目は「ロンドンの最低賃金を10ポンドにする」

 4つ目は「政治家よりも市民の権力を拡大する」

 5つ目は「人種差別による警察の捜査を止めさせる」
 
 6つ目は「すべての交通費の20%削減」。

 最初の項目から意見や質問がたくさん出る。「空き家を廉価で提供する方策よりも、既存の賃貸住宅の賃料の上昇を抑えるほうに力を入れるべきではないか?」「誰がこうした廉価の住宅を利用できるのか?」。6つ目の交通費削減の資金源は何にするかでも意見が割れた。

 一つ一つの意見が次の意見を生み出し、一つの項目から次の項目に移るまでにだいぶ時間を要した。クレアさんが丁寧にメモを取る。書き手のルイス氏もそれぞれの意見をメモに書き取っている。マニフェスト原案はこれからもどんどん変わりそうだ。

 しかし、後3週間もない段階で、マニフェストを書き直しているようでは、一体間に合うのだろうか?そんなことを思ったが、ぎりぎりで出すのはそれほど珍しくはないとほかの参加者が言う。

 マニフェストの話の後は、投票日までどこでどんなイベントを開催してゆくのか、細かい話が続く。持ってきたビスケットやブドウの包みをグループで回し、それぞれが少しずつ、とってゆく。食べながら、話しながら、7時過ぎに始まったミーティングは9時過ぎまで続いた。

 最後の方で説明をしたのが、さきほどのジャージ姿の男性だ。ロジャー・ハルム氏は学生だが、選挙運動の戸別訪問のプロだという。「もう30年もやっている」。

 マニフェストづくりで活発に意見を出してきた参加者だったが、実際に有権者の家を訪れ、ドアをノックする戸別訪問となると、多くが及び腰で、不安感がいっぱいのようだった。そこでハルム氏のアドバイスを出す。

 「ポイントは相手に話してもらうようにすることだ。最初の2秒ですべてが決まる。ノックをしたら、すみませんがこんなことをしていますと説明して、相手の状況を聞いてみることだ」。ハルム氏の言葉をじっと聞く参加者たち。

 筆者は保守党の候補者とともに戸別訪問をしたことがあるが、慣れるとそれほど難しいことではない。ここの参加者は戸別訪問をしたことがなく、知らない人に政治行動を聞く、候補者への投票をお願いするという行為をやや怖がっているようにも見えた。

 この日、候補者ギチンガ氏はいなかった。米国で大統領選の選挙運動を見学しに行っていたのである。

 果たして、このメンバーで当選まで行きつけるだろうか?少々の不安感が出てきた。

 ミーティングが終了し、参加者がバラバラと帰ってゆく中、レベッカさんがこう言った。「市長選・市議選の後のことも考えないとね」。そうだ、ギチンガ氏が当選しようとしまいと、Take Back the Cityは続くのである。「この先があるのだからー」。

バルセロナの刺激

 2日後の週末、筆者は労組の関連組織「コンパス」が主催する「Good London」(「良いロンドン」))というイベントに参加してみた。

 将来のロンドンを自分たちが望む方向に作っていくため、意見を出し合うイベントだ。市長選・市議選が近いため、各政党から市長選あるいは市議選への立候補を集め、参加者が意見を述べるコーナーも設けられた。

 ファリンドン駅近くのカフェ「フリー・ワールド」で開催されたイベントで、参加バッジをもらうと、「彼女」として呼ばれたいか、「彼」として呼ばれたいかを聞かれる。男性として生まれてきても女性という自己認識がある、あるいはその逆も含める「トランスジェンダー」の人も歓迎するというメッセージだ。

 最初のセッションの第1部は、車椅子に乗った女優と詩人による詩の朗読で始まった。人は性、年齢、人種、心身の障害のあるなしによって差別されない、イベントはすべての人にオープン――これがイベントの方針なのだ。

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(バルセロナの市民運動について話すシアベアド氏)

 第2部では世界の都市で起きた政治変革の事例が紹介された。登壇者の一人がスペイン・バルセロナ在住のケイト・シアベアド氏。その話は衝撃的だった。

 シアベアド氏はバルセロナの市民政党「バルサローナ・アン・クムー」(意味は「共通のバルセロナ」)の広報担当者の一人。生まれ育ったのはロンドンだ。

 同氏によると、昨年3月の地方選で、スペインではその大部分の都市で市民プラットフォームが政権を取ったという。バルセロナのほかにはマドリードで、「アオーラ・マドリード」 (「マドリード、今」)がその一例だ。社会運動アクティビスト、進歩的な政党、政治運動アクティビストたちが中心になり、政治に市民の声をもっと入れようとした動きが形になったものだという。

 それぞれの運動は文脈や活動の広がりが異なるが、いくつかの共通点もあった。

 まず第1に「地方政治こそが市民参加や民主主義の再生の実験場であるべきという考えがあった」。

 第2として、「参加組織の利害を超え、政治目的を共有した」。

 第3は「マニフェストをオープン形で作り上げた」。

 第4は「政治のプロ化を防ぎ、職務に就いた人の説明責任を果たさせるために、給与や待遇について厳しい倫理観を維持した」。

 イベント終了後、シアベアド氏と話してみた。彼女はTake Back the Cityのことを知っていた。何度かアドバイスをしたこともあったという。「お金もネットワークも、スキルもない、ゼロからのスタートだったわね。まだまだ・・」といってため息をつく。

 なぜスペインで市民運動が次々と政権を担うまでになったのか、なぜロンドンはそうではないのかを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「2008年の世界金融危機以降、スペインは経済がめちゃくちゃになった。若者の失業率は50%近くになった。もうどうしようもなくなって、新しい政治の波ができた。ロンドンはまだそこまで落ちぶれていないから、市民運動の政治化が進まないのではないか」。

 確かに、英国の経済はそれほど悪くなく、失業率も4%ほど。日本とあまり変わらないが、欧州では非常に良いほうに入る。若者の失業率は貧困地区では高くなるが、スペインほどではない。

 5月5日のロンドン市長・市議選で、Take Back the Cityはどこまで票を集められだろうか。直前と直後の様子をレポートしてゆきたい。
# by polimediauk | 2016-07-02 16:48 | 英国事情
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(国会議事堂に面した広場にはコックス議員を追悼するメッセージがたくさん置かれていた)

 23日、英国でEUの国民投票が行われる。離脱か、残留かを問う投票だ。

 これまでに離脱か、残留かでそれぞれの選挙運動が行われ、さまざまな議論が交わされてきた。議論は出尽くした感があって、大騒ぎした後、「振り返ってみると大したことではなかった」ということになる可能性もある。

 ただ一つ、英国内で十分に表に出てこなかったのが「EU自体が将来どうあるべきなのか」という議論だ。EUが将来的には分解あるいは大幅縮小となる可能性は離脱派の反EUの議論の枠組みでは出てきても、EU残留派あるいは中立的な文脈からはクローズアップされなかったことがやや残念だ。

振り返ってみると・・・

 EUはもともと、皆さんも十分にご存知のように、第2次大戦後、欧州内で2度と大きな戦争が起きないようにと言う思いから生まれた共同体だ。当初は経済が主体だったが、欧州連合(EU)と言う形になってからは政治統合の道を進んでゆく。

 単一市場に加入するという経済的目的を主としてEC(後にEUとして発展)に英国が加盟したのは1973年。当時は加盟国は英国を含めて9カ国。人口は約2億5000万人。現在は28カ国、5億人だ。

 当初は西欧の経済状態が似通った国が加盟国だったが、今は加盟国内での所得格差、失業率の差が大きい。経済力の大きな国が全体のためにより大きな拠出金を出し、「域内の加盟国=大きなファミリー」としてやってきたが、だんだんそのモデルがうまく行かなくなってきた。「破たんしている」と言う人もいる。

 英国では2015年、純移民の数が33万人となった。英国から出て行った人と入ってきた人の差だ。そのうちの半分がEU市民だ。英国は多くの人が使う国際語・英語が母語だし、失業率も低い。EU他国から働き手がどんどん入ってくるのも無理はない。人、モノ、サービスの自由化を原則とするEUにいるかぎり、市民がやってくることを止めることはできないのだ。

 日本のメディアの方から、国民投票についていくつかの共通した質問を受けた。その答えを書いておきたい。

なぜわざわざ、国民投票?残留の方がいいのに・・・

 質問の前提として「残留=いいこと」という考えがあるだろうと思う。

 しかし、EUの現状はどうなのかという問いがあるだろうし、かつ「現状維持=良いこと」とは限らない。

 「不満があるから、現状を変える」という動きは1つの選択肢だ。「なんだかよく分からないから、現状維持」というわけにはいかない。

英国とEU

 英国が離脱すると、EUがとんでもないことになる・・・とよく言われるし、私もそういう記事を書いたりする。

 しかし、現時点で、英国民にとっては少なくとも感情的には「EUがとんでもないこと」になってもどうでもいいというか、関係ないという思いがある。

 英国民にとって、ヨーロッパとは「外国」である。ヨーロッパ大陸やEUがどうにかなっても、英仏海峡を隔てた場所の話なのである。

なぜ今、やるのか?

 底流として長い間存在してきたのが、反欧州、あるいは欧州(=EU)への懐疑感情だ。大英帝国としての過去があるし、「一人でもやっていける」という感覚がある。

 社会の中の周辺部分、つまり、英国には階級社会の名残があるが、労働者階級の一部、および中・上流階級の一部に特にそんな感情が強い。

 社会全体では、「他人にあれこれ言われたくない」「自分のことは自分で決めたい」という感情が非常に強い。だから常に、政府でも地方自治体でもいいが、いわゆる統治者・管理者が何かを上から押さえつけようとすると、「反対!」と叫ぶために抗議デモが起きる。

 EUが拡大して、EU合衆国になる・・・というのはまっぴらごめんと言う感覚がある。

 英国の司法、ビジネス、生活に及ぼすEUのさまざまな細かい規定を「干渉」と見なす人も多い。

 今回の国民投票の話以前に、もろもろのこうした底流が存在していた。

政治的な動き

 底流での流れが政治的な動きにつながってゆくきっかけは、2004年の旧東欧諸国のEU加盟と2007-8年からの世界金融危機。

 04年、10か国の新規加盟に対し、各国は人やモノの受け入れのための準備・猶予期間を数年間、導入した。しかし、英国は制限を付けなかった。そこで、最初から自由に人が出入りできるようになった。

 ポーランド人の大工、水道工やハンガリー人のウェイターが目につくようになり、東欧食品の専門店があちこちにできてゆく。若く、仕事熱心な新・移民たちは評判も上々だった。

 しかし、金融危機以降に成立した2010年の保守党・自由民主党新政権は厳しい財政緊縮策を敷いた。公共費が大幅削減され、地方自治体が提供するサービスの一部もカットされた。EU市民については制限を付けない移民策の結果、病院、役所、学校のサービスを受けにくくなった。

 政府統計によれば、人口約6000万人の英国で、2014年時点、300万人のEU市民が在住。その中の200万人が2004年以降にやってきた人である。特に英国南部、そしてロンドンが最も多い。

 「無制限にやってくるEU市民をどうにかしてほしい」-生活上の不便さから、そんなことを言う人が英国各地で増えてきた。

 しかし、人、モノ、サービスの自由な移動を原則とするEUに入っている限り、域内の市民の移動を阻止できない。また、一種の人種差別的発言とも受け取られるから、政治的に絶対にといっていいほど、認められない。

 だから、既存の政党はこんな市民の声をくみ上げられずに何年もが過ぎた。

 ずばり、「EUを脱退するべきだ」と主張してきたのが英国独立党(UKIP)。数年前までは「頭がおかしい人が支持する政党」だった。

潮目が変わった

 しかし、2014年、潮目が変わった。

 この年の欧州議会選挙で、英国に割り当てられた73の議席の中で、UKIPが21議席を取って第1党に躍り出たのである。市民の声が政治を動かした。

 どんなに恰好の悪い本音でも、本音は本音である。

 UKIPは与党・保守党を大きく揺り動かす。もともと、EU懐疑派が多い保守党。この懐疑派が40代半ばにして党首となったキャメロンの足を引っ張る。保守党議員がUKIPに移動する事態が発生し、キャメロンは懐疑派=超右派を黙らせるため、また党の存続のため、EUについて何かをしなければならなくなった。

 「制限がないEUからの移民流入が不都合をきたしている」-そんな思いをくみ取れなかったのは最大野党の労働党も同じ。

 「EUは大切だ」という姿勢を崩さなかった労働党に加え、2015年4月まで連立政権の一部だった自民党も大のEU推進派だ。

 「今度こそ、単一政権を実現させたい」-2015年5月の総選挙で、そう思ったキャメロン首相は「保守党が単一政権になったら、EUの離脱・残留について国民投票を2017年までに行う」と約束して、選挙戦に臨んだ。

 ふたを開けてみると、労働党惨敗で、保守党は単一政権を打ち立てることができた。

 その後、UKIPを中心として国民投票実現へのプレッシャーが高まる。

 キャメロン首相はとうとう、今年6月23日の実施を宣言せざるを得なくなった。

キャメロン首相の父親が関連した会社が「パナマ文書」に出ていた。これがキャメロン首相にとって大きなダメージになったのではないか?

 現在のところ、この問題は解決済み。キャメロン首相は自分の税金の支払い書を公表し、今回の投票には影響を直接は与えていない。

誰が残留をあるいは離脱を支持しているのか?

 残留はキャメロン首相、大部分の内閣、下院議員、労働党、自民党。エコノミストたち。OECD、IMF、イングランド中央銀行。カーン現ロンドン市長、オバマ大統領、ベッカム選手、ハリーポッターシリーズのJKローリングや俳優のベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレーなど。中・上流階級(日本の中流よりは少し上の知識層)、国際的ビジネスに従事する人、若者層。

 離脱はジョンソン元ロンドン市長、ゴーブ司法大臣、ダンカンスミス元年金・福祉大臣、ダイソン社社長、労働者・中低所得者の一部、英連邦出身者の一部、中・上流階級の一部・保守右派で「大英帝国」信奉者、高齢者の一部。

世論調査は?

 ずっと残留派が少し上だったが、最近になって、10ポイントの差で離脱派がリードしたことがある。ポンドは下落。その後、下院議員の殺害事件があり、残留派が勢いを取り戻している。

 しかし、事前予測は不可能と言ってよいと思う。総選挙でも世論調査が大外れだった。

離脱すれば、どうなる?

 オズボーン財務相によれば、GDPが5%下がる。IMF、OECD,中銀などすべてが経済への打撃を予測。

 ただし、中長期的にはどうなるかは分からないだろう。

手続きはどうなる?

 離脱の場合、下院でこの問題を議論する見込み。

 離脱交渉を開始するために、リスボン協定の第50条を発動させると、2年以内に交渉を終了する必要があるという。

 しかし、キャメロン首相がいつこの条項を発動させるのかは不明。事前にEU他国との交渉をしてから、発動させるという見方もある。

EUとの交渉はどうなる?

 離脱の結果が出た後、EUと英国がほぼこれまで通りの規定でビジネスを続けるだろうという見方(離脱派)と英国は外に出ることになるため、一から交渉を行う(残留派)の見方がある。どうなるかは不明だ。

結局のところ

 離脱になった場合、その後どうなるかは予測がつかない。予測したとしても当たるかどうかわからない。

EUへの影響は

 離脱後の影響については、現状はすべてが憶測・推測と言ってよいだろう。

スコットランドは?

 残留派が多いと言われるスコットランド。2014年に住民投票をし、僅差で英国から離脱しないという結果が出たばかり。EUから離脱の結果になれば、スコットランドでは再度住民投票が行われる可能性は否定できない。ただし、これもEUがどう出るかで状況は変わってくるだろう。

首相の座はどうなる?

 今のところ、離脱になっても、キャメロン首相は続投と言うのが内閣の姿勢だ。しかし、おそらく、メディアが徹底的に首相を攻撃し、退陣を迫るだろう。

本当の問題は・・・

 実は、EU自体の方向性が問題視されているのではないか?

 EU域内の主要国なのに、シェンゲン協定に入らず、ユーロも導入せず、「鬼っ子」のような英国。英仏海峡で隔てられていることもあって、大陸にあるEU国を「外国」と見なす英国。欧州よりは米国や英連邦に親近感を持つ英国。

 そんな英国をEUの外に出したら、ドイツの主導の下、EUはさらに統合を進めるだろう・・と思いきや、そうもいかないだろう。

 アイルランド、ギリシャなど、ユーロ圏内で財政問題で苦しんだ国があった・ある。ドイツを中心としたEUのルールを厳格に進めれば、国家破たんの間際に押しやられる国が今後も出てくるかもしれない。何せ、それぞれの国の規模、財政状況に大きな開きがある。一律の規定ではカバーできない。みんなが幸せにはなれない。

 すでに、シリアなどを中心にした国からやってくる難民・移民の流入に対し、ドイツが人道的な見地から100万人を受け入れたのに対し、旧東欧諸国などから反対の声が強まっている。

 社会のリベラル度を測る、同性愛者の市民に対する意識も地域によって異なる。人権として受け止めるドイツ、フランス、オランダ、英国などと一部の東欧諸国では大きな差がある。

 EUは今、方向性を問われる時期に来ているのかもしれない。

 ドイツのショイブレ財務大臣の言葉が光る。もし英国が残留を選んだとしても、これを一つのきっかけとして、これまでのような深化・拡大路線を見直す必要があるのではないか、と発言(21日)しているのである。

ジョー・コックス下院議員殺害はどんな影響が?

 残留を支持していたコックス下院議員が16日、英中部で殺害された。裁判所で、実行容疑者は「英国優先」と答えた。

 まだ解明が続いているが、自分とは異なる意見を持つ人物への憎悪が背後にあったと言われ、「離脱すれば戦争がはじまる」(残留派)、「欧州統合への動きはヒトラーもそうだった」(離脱派)など、強い口調を使っていた選挙戦への反省が始まった。選挙戦は2日間、停止された。

 しかし、いったん選挙戦が再開されると、また熱っぽい発言の応酬となった。

 殺害事件後、残留派が少し支持を増やしているようだが、まだ結果は分からない。

 投票結果に影響を及ぼすのは、殺害事件よりもむしろ、当日の天気ではないかと言われている。

 離脱派は投票への意識が強く、雨になれば、離脱派が強みを持つという。

日本企業への影響は?

NHKによれば、英国は日本への対外直接投資で米国に次いで2番目に大きな国だ。中国よりも大きい。特に、近年、急激に伸びている。

 また、英政府によれば在英の日本企業は1000社を超え、約14万人の雇用を支えているという。

 離脱となれば、まずはポンドが下がる可能性があり、円高と言うことになれば一般的に日本の輸出企業は打撃を受けるだろう。これが長く続かどうかは分からない。

 在英の日本企業が欧州他国とビジネス上の手続きをいちいちやり直す必要があるとすれば(あるとすれば、であるが)これも煩雑だ。ただ、これで英国から日本企業が出ていくかどうかは疑問だ。

 いずれにせよ、まずはあと24時間、あるいは36時間、どうなるかを待ってみるしかないだろう。
# by polimediauk | 2016-06-22 20:57 | 英国事情