小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「マスコミを信じるな」

 2002年2月、イギリスに来て間もなかった私は、ロンドンの外国プレス協会で開かれた、あるイベントに出かけた。赴任したばかりの外国人ジャーナリスト向けに、どの政府部署の誰に連絡を取ればどのような情報が得られるのかを紹介する、政府主催のオリエンテーション・セミナーだった。

 ここに姿を見せたのが、当時官邸の戦略情報局長で「影の副首相」とも言われたアリステア・キャンベル氏だった。背が高く、ハンサムといえばハンサムだが、目つきが鋭い。短いスピーチの後、あっと言う間に外国人記者たちに囲まれた。私も近寄って行き、実は自分が質問をしたのかあるいは隣の誰かが質問をしたのか、覚えていないのだが、「スピーチの中で、イギリスの新聞を読んで政府に関する情報を得るよりも直接官邸から情報を取りなさいと言っていたが、本当にそうしていいのか?」と聞いた。

 イギリスのマスコミに関して否定的な言い方をしていたので、「おや?」と思って、聞いたのだった。

 キャンベル氏は、「もちろんだ。イギリスのマスコミが書くことを、信じないで欲しい。直接、こっちに来て情報を取って欲しい」「特に国際的なジャーナリストたちには、直接コンタクトしてほしいと思っている」とし、何度も、「イギリスの新聞に書いていることを、マスコミを信じるな」と繰り返した。

 「マスコミを信じるな」とは、随分大げさだなと思ったが、突然人が変わったように力がこもった話し方をしたので、非常に奇妙な思いがした。

 その3ヵ月後の5月、官邸は、それまでロビー記者のみに行っていたブリーフィング・会見を、外国人も含めたジャーナリスト一般に広げることを決め、10月から実行に移した。

―メディアと政府の闘い

 繰り返しになるが、会見場所を官邸から外国プレス協会に移した理由を、官邸側は、「一段と高いレベルの情報公開の必要性を感じたため、国際的ニーズに答えるためーもはやイギリスのジャーナリストだけに情報を出しているのは、時代に適応できないからだ」と答える。

 特に、イラク開戦にいたる過程で、イギリス政府の見解はどうなのか?を外国のメディアに頻繁に説明する必要性にかられたという。

 イラク開戦の際の情報説明が大きな追い風になった、というのは、事実だろう。

 しかし、特権的に情報を得ていたロビー記者は違う風に受け取っている。

 ロビー記者会の幹事役を務める、イギリスの通信社PAの政治記者ジョン・スミス氏は、場所の変更を「キャンベル氏のロビー記者をいじめだ」とする。「それ以外に理由はないと思う。」
 
 キャンベル氏は、官邸でロビー記者へのブリーフィングを自分自身で長い間行ってきた。元々ジャーナリストで、現政権のマスコミ対策の中枢的存在だった。

 ブレア政権はメディア戦略に長けた政権と言われてきた。しかし、自分たちの思い通りの文脈で情報が発信されるようにと力を注いだ戦略は、国民の間で、次第に情報操作・スピンとして受け取られるようになった。

 メディア側は政府のスピンの悪を書きたて、一方、政府側は「新聞各紙は情報源を明かさずに、憶測に基づいた政治記事を書いている」「メディア(特にロビー)こそがスピンをしている」、と主張。イギリスの2大勢力―政治とメディアーは、過度に互いを敵視するようになった。特に、キャンベル氏は、ことあるごとに、メディアを露骨に批判していた。(後に、この過度のメディア憎悪が、BBCの報道をきっかけに科学者が自殺する事件「ギリガンーハットン事件」につながってゆくことになるのだが・・・。)

 「スピン」は流行語になり、人々の会話の中にも出るようになると、次第に、政治家とメディアの対立状況が政治的危機としても認識されるようになった。「ストレートに情報を国民に伝えるにはどうするか?」が、政府としての課題となってゆく。

 スピン・ドクター(スピン・情報操作をする人)とも言われたキャンベル氏が、「マスコミを信じるな」といったのは、本気だった。ブレア政権やキャンベル氏自身に関してなど、あることないことを書き立てるメディアを制御できないことに対しての焦燥感もあったのかもしれない。

 こうして、ブリーフィングの場所の変更と出席者の枠の大幅拡大は、ロビー記者との事前相談なしに決定され、実行に移された。

 2002年秋、BBCの「政治を語る」というラジオ番組に出たキャンベル氏は、外国プレス協会での官邸のブリーフィングは「例え自分が官邸を去っても、変えない」と宣言した。

 政治家でもないキャンベル氏がどうしてこのようなことを断言できるのか、不思議にも聞こえるが、ブレア政権の「オープン政策に変更はない」という宣言と見る向きと、「何が何でも、ロビー記者たちの思うようにはさせない」という意味と受け取った人たち(イギリスの政治記者たち)もいる。

―外国報道人にとっての意義は?

 さて、官邸ブリーフィングへの出席が可能になった外国プレス。しかし、果たして、特派員たちにとって、出る意味はあるのだろうか?24時間のニュース体制が存在する中、ネットや電話、ことによったら次の日の新聞から取った情報でも間に合うのではないか?

 外国プレス協会の代表キャサリン・マイヤー氏は、「特派員として、イギリスで起きているあらゆることに通じていることが重要となる。直接会見に出て、政府の見解を知ることは大切だ」としている。

 日本人特派員はどのくらい出席しているのだろうか?

 在ロンドンの通信社や新聞社のアシスタント(イギリス人)らが会見に出ているのをちょくちょく目にする。日本人特派員の出席は大きなトピックのある時が多いようだ。

 ある日系メディアの特派員は、「国会内の午後のブリーフィングにも、出てもいいといわれたけれど、なかなか忙しくって」という。

 実際のところ、朝11時、そして午後3時なり4時なりのブリーフィングに出て情報を集める、というのは、常に政治報道をしている記者にのみできる取材方法だ。また、その支局にたくさん人がいて、政治だけを追っていいならば可能だろうが、通常、外国特派員は(日本、アメリカ、ドイツなどを除き)1人か、多いときでも2人のケースが多く、様々な分野のトピックをカバーしなければならないので、こうしたブリーフィングに常に出席するのは難しい。

 クエート通信の欧州支局長ホスニ・イマン氏は政治報道が専門で、彼の姿は会見場で常に見かける。イギリスでの特派員生活は20年を超える。

 ブレア政権になってから、初めて、官邸のブリーフィングに出席できるようになったという。外国プレス協会でのブリーフィング開始で、政府の情報公開度は上がったが、「まだまだ部分的」という思いは消えないという。イギリスに限らず、本当に重要な情報は、個別の電話や少人数の集まりの場所で出ることが多いからだ。

 また、「政府が、外国人ジャーナリストよりも、自国のジャーナリストの方に向けて情報を発信するのは避けられないこと。自国のジャーナリストは選挙民に向かって書いているし、当然、政府も自国のジャーナリストに力を注ぐのは、ある意味では当然だ」とイマン氏は分析している。

 最後に、元BBCのロビー記者ニコラス・ジョーンズ氏の提言を紹介したい。

 ブリーフィングがジャーナリストにだけオープンという現状は、国民への情報開示という点からはまだまだ不十分であり、さらにこれを推し進めるべきだ、という。

 内容が後で官邸のウエブに掲載されるなんて「遅い」。会見場にテレビカメラをいれ、同時中継をするべきだという。

 また 週末、通常のブリーフィングは開かれなが、この時、政府がお気に入りのジャーナリストに恣意的に情報を出すという慣習をやめ、すべてのジャーナリストに情報を出す、という方針にするべきだと提言。

 「国民は政府の情報操作に嫌気がさしている。全てのメディアを平等に扱うことで、政治への信頼感を取り戻すべきだ」。

 (この原稿は、新聞通信調査会発行の新聞通信調査会報2004年1月号に掲載の、同筆者の記事に加筆したものです。 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html)

 (この項、一旦終わり。)
# by polimediauk | 2005-02-04 03:45 | 政治とメディア

ロビーの反撃

 日本の記者クラブ制度が閉鎖的だと、欧州連合などから不満が出ているという。日本だけの独自の問題であるかのように、日本のマスコミでは書かれることが多いようだが、ある国の政府側の対応が、自国の記者と外国の記者の間では異なるといったケースは、むしろ世界中で多いのではないだろうか。

 イギリスではどうか?

 その一例として、官邸ブリーフィングのオープン化の例を続けたい。

 イギリスの一握りの政治記者のみに行われてきた首相官邸のブリーフィングが、外国人ジャーナリストが所属する外国プレス協会で開催されるようになったのは、2002年の10月14日。

 当時の外国プレス協会フィリップ・ラコール氏は、「皆さん、ようこそいらっしゃいました」と、集まった報道陣に挨拶した。若干緊張の面持ちながら、うれしさが伝わってくる短いスピーチだった。最後に、「ここまで足を運ばれたからには、一階のカフェでコーヒーでも飲んでいってください」としめた。

 一方、外国人ジャーナリスト側の温かな歓迎の言葉を受けた英政治記者たちの多くは、「何故、官邸が勝手に会見場所を移したのか?」を、今日こそは突き止めようと60席ほどある座席の最前列に陣取っていた。

 体格の良いアダム・ボルトン記者もその1人。衛星放送スカイ・テレビの政治記者だ。官邸広報官がひとしきり説明を終えると、「何故、ロビー記者たちに何の相談もなく、ブリーフィングの場所を移したのか?」と聞いた。

 情報公開の度合いを高めるため、というようなことを広報官が答えると、今度は、BBCの政治記者(当時)のジョン・サージェント氏も、「少ない人数の政治記者と政府広報官のやりとりの中で、それぞれのトピックを掘り下げることができた。参加する記者の数がこれだけ増え、政治専門ではない記者も入ってくるようだと、追求の手が弱まる。わざとそうしているのか?」と問い詰める。

 質問というよりは、「責める」というニュアンスの強い質問に、広報官は、人々が政府に求める説明責任のレベルが上がり、さらなる門戸開放の必要性がでてきたなど、これまでの答えに終始した。

 ブリーフィングが終わって、一斉にらせん階段を下りて出口に向かう記者たち。私は、サージェント氏の後を追って、さらに聞いて見た。「どうしても反対か?」。「政府側は、明らかに問題の追及をされたくないから、こういう手段をとっている。私は反対だ。丁々発止のやりとりはもう不可能だと思う。イギリスの政治ジャーナリズムにとって、悲劇だと思う」。

 次の日の新聞は、一斉に会見場所移転のニュースを伝えた。そのほとんどが、否定的なもの。「内容がつまらなくなった」「外国メディアがせっかく出席しても、ほとんど質問がないので、意味がない」など。協会代表のフランス人ジャーナリストであるルコール氏がカフェの話をしたので、「さすがフランス人。いつも食べ物の話ばかりだ」などと書いたメディアもあった。

 後日、ルコール氏が質問しようと手を上げ、指名されて、言葉を発しようとした瞬間、後ろに座っていた、ガーディアン紙のベテラン記者マイケル・ホワイト氏が、「何だ、外国人か」と捨て台詞のように言った。低い声だったが、ルコール氏にも、そのまわりの多くの記者にも、はっきりとその言葉が聞き取れた。

 それから数週間して、私は、ホワイト氏に、「何故、外国人か、と言ったのか?」と聞いて見た。「冗談だったんだよ」という答えだった。しかし、このエピソードを覚えているというだけでも、それなりに何らかの思いがあって出た言葉のように思えた。

 (かといって、彼が人種偏見の持ち主とも思えない。余談になるが、外国人嫌い、偏見は日本だけのものではない。どこの国にでもある。特にイギリスでは、アメリカ人、フランス人、ドイツ人、スペイン人・・・どんな外国人でも、会話の中で嘲笑の対象になる。差別といえば差別だが、「xxx人を笑うジョーク」は広く一般的だ。このホワイト氏の場合、ロビー記者以外は、「外の人」なのだろう。)

 新体制になってしばらくして、ロビー記者の切り替えしが始まった。

 当初、朝のブリーフィングは月曜から金曜の週に5回、朝11時から外国プレス協会で開催されていたが、ほどなくして、金曜日が官邸に戻った。水曜日もしばらくして、「ロビーからの強烈な要望によって」(外国プレス協会)、官邸に戻った。

 結果、現在では、月、火、木の3回がプレス協会。水曜日は、官邸でのロビー記者向けブリーフィングの後、官邸の広報担当者がプレス協会に来て、その様子をブリーフィングしている。

 ここで改めて、いつどこでブリーフィングが開催されているか、記したい。官邸広報官によるブリーフィングは、元々朝と夕方の2回開かれていた。朝は官邸の記者会見室で開かれ、午後は国会会見室だった。朝の方は官邸主催なので、場所が外国プレス協会に移り、外国人を初めとしてロビー記者でないイギリスのジャーナリストなどに広く門戸が開かれた。ただし、夕方のブリーフィングは、ロビー記者の管轄になるので、これまでどおり、限られた数のジャーナリストたちが広報官からブリーフィングを受けている、ということになる。

 とはいえ、限られた人しか情報にアクセスできない、ということではない。朝と午後のブリーフィングの内容は官邸のウエブサイトで公開されるし、官邸のメールサービスに名前を登録すれば、内容をメールで受け取る事ができる。時間はまちまちだが、大体午後の7時ごろだろうか。

 毎月開かれるブレア首相の会見の様子も、テレビで同時放映(「国会チャンネル」か、あるいはインターネット)され、その後、同様に官邸のウエブサイトでの掲載及びメール受信ができる。

 日本でもアメリカでも、首相あるいは大統領の定例会見はないので、イギリスはこの点では、とりあえずは非常にオープンである、といえる。ただし、前にも書いたが、ブレア首相から本音を引き出すのは、非常に難しい。飛びぬけて弁が立つのに加え、場慣れ(テレビカメラの前、あるいは多くの政治記者、政治からの質問にさらされる状態)しているので、ほとんど失言らしい失言はなく、論理の破綻も(もしあったとしても)一切感知させない。

 何故、政府側は、ブリーフィングの場所を外国プレス協会に移したのか?前回、「ブレア政権のオープン政策」がその背景にあると書いたが、もう1つ、裏の理由として、官邸のメディア・チームとロビー記者を中心とするメディア側との間の確執という要素もあった。(続く。)
# by polimediauk | 2005-02-03 23:46 | 政治とメディア

何故「外国」プレス協会で?
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 何故、英首相官邸のブリーフィング会見が、外国人ジャーナリストが所属する団体「外国プレス協会」で開催されるようになったのか?いわば、日本の官房長官による会見が、突然、外国特派員協会で開催されるようになったような事態だった。

 1990年代の半ばまで、首相官邸のブリーフィングといえば、「ロビー記者」が対象だった。「ロビー記者」は19世紀後半に生まれたとされているが、日本の国会詰め記者とほぼ同じ存在といえる。

 つまり、国会(議会)記者証を持ち、議員が院外者と会見するために使う、国会の建物のロビーに立ち入ることを許された政治記者たちだ。下院の一部に、日本での記者クラブに相当するスペースがあり、新聞、テレビ局などの記者たちが、それぞれの専用小部屋を持ち、電話、コンピューター、テレビなどが完備している。一度でも官公庁の建物の中にある日本の記者クラブのそれぞれの小部屋を除いたことがある人は、そっくりそのままの雰囲気に驚くかもしれない。別のフロアに会見・ブリーフィング用の小部屋がある。

 ロビー記者へのブリーフィングは長い歴史があるのだが、表向きには、こうしたブリーフィングが行われてきたということ自体が、公然の秘密となっていたようだ。ブリーフィングの内容をどこまで報道するのか、いつ出すのか、などは、ロビー記者たちと政府との間で決めるのが通例だった。

 1997年、労働党が政権を取るまでは、こうしたブリーフィングの情報源は「その筋によれば」などとし、「官邸広報官によれば」と表記することさえ、許されなかった。また、基本的にブリーフィングはオフレコだった。

―ブレア政権のオープン政策

 ブレア氏が首相となってからは、「官邸広報官によると」と、情報源の表記が可能とされ、すべての発言内容はオンレコになった。

何故、ブレア政権はこうしたオープン政策を取るようになったのだろうか?

 官邸側、現政権関係者に聞くと、「情報化社会の進展、政府の説明責任の拡大、政策実行に対する透明性の必要性、民主主義社会の義務」といった言葉に集約される。

 つまり、政治家と一握りのジャーナリストたちの間で、情報を共有しあい、外に出さない・・・ということが、もはやできない時代になったから、ということだろうか。

 もう1つの要素としては、政権をとる以前から、ブレア氏を中心とした、ニューレイバー(「新しい労働党」)はマスコミ利用に非常に力を入れてきたという面がある。万年野党になりかねない状況が続いていた労働党は、何とかして自分たちのイメージを刷新して政権奪回へとつなげたいという思いで、積極的にマスコミの取材に応じたという。これまでの政党もそうだったとは思うのだが、マスコミをさらに一段と戦略的に使ったようだ。

 アメリカのビル・クリントン大統領の選挙チームからマスコミを最大限に利用するノウハウを学んだブレア氏側近チームは、これを1997年の選挙戦で大いに活用した。

 政権発足からしばらくの間、首相の影の副参謀とも言われたアリステア・キャンベル氏(前官邸メディア戦略局長、現在は退職)か、他の広報官が、朝は官邸で、午後は国会ロビー記者用会見室でブリーフィングを行っていた。

 2002年5月、ロビー記者たちにとって衝撃的な事実が発表された。午後の国会記者会見室でのブリーフィングはロビー記者会の管轄なので(丁度、日本の官公庁の建物の中にいる記者クラブのメンバーが、会見・ブリーフィングを自分たちの手で主催するように)、これは動かせないが、朝のブリーフィングの方は、秋からは場所を外国プレス協会に移動し、全ての記者に公開されることになったからだ。

 官邸の会見・ブリーフィングといえば、イギリスのジャーナリストの中でもほんの一握りのロビー記者たちが出席するものだった。「ロビー記者証」を取得するのは、大手メディアに勤めていても、並大抵ではない。雑誌記者などは、例え雑誌の発行部数が大きくても、なかなか選定の対象にさえされないという。狭い枠を、イギリス人のジャーナリスト全員に広げるだけでも画期的だったが、それを「外国人の」ジャーナリストにまで広げるとは?

 また、ロビー記者たちが普段詰めているのは下院の建物だが、ここから官邸までは歩いて数分だったものの、プレス協会に来るとなると、急いでも片道15分以上はかかる。前後の時間、30分ほどの会見時間を入れると、1時間から1時間半ほど、外に出ることを意味した。

 会見出席者が増えるということは、一人一人の記者の質問の時間が減ることにもなる。

 かつ、会見場所の変更は、ある日突然官邸側が発表してしまい、ロビー記者たちにはなんの事前の相談もなく行われた。

 外国プレス協会での会見の初日、ロビー記者たちの反撃が始まった。

(続く)

 (イギリスのロビー記者と政治家の歴史は、デイリーテレグラフ紙のアンドリュー・スパロー記者が書いた「Obscure Scribblers」 (2003年)に詳しい。)

 (写真は英下院。英外務省提供)
# by polimediauk | 2005-02-02 19:20 | 政治とメディア

公式会見、何故出るの?

 ロンドンの外国プレス協会では、毎週3回(月曜、火曜、木曜)午前11時から、英首相官邸の会見・ブリーフィングが開かれている。

 重厚な黒いドアを押して建物の中に入り、ダーク・ブルーの絨毯が敷き詰められたらせん階段を上ってゆくと、左手に「音楽室」と呼ばれる部屋がある。様々な団体の会見場として使われている。

 部屋に入ると、左側に60-70ほどの椅子が並べられ、演台が右手に作られている。会場が込み出すのは10時50分頃。

 イギリスの通信社PAの政治記者で、英ロビー記者会の幹事となっているジョン・スミス記者が一番前の席の右手に座る。テレビでよく見かける政治記者たちが前列に座ることが多いが、特に誰がどこに座るかは決まっていない。

 後ろの席に座ることが多いのが、ガーディアン紙の政治記者マイケル・ホワイト氏だ。よく通る声で、コメントを述べたり、質問したりする。

 11時きっかりになると、官邸広報官がブリーフィングを開始する。その週、あるいはその日に内閣のメンバーがどこでどんなスピーチをするのか、誰と会うのかなどを説明して行く。

 このブリーフィングで明らかにされる情報は、その日の朝までに官邸に集められた情報で、朝9時半頃、それぞれの政府の部署のプレス担当者たちなどが一同に集まり、情報交換をして得られたものを基にしているという。

 プレス協会でブリーフィングをする官邸広報官の言葉が聞き取れないとき、聞いている内外の記者たちは、「どこで開催されるのか?」「もう一度、言って欲しい」など、適宜、聞き返す。

 質疑応答に入ると、説明された今週の予定などのトピック以外にも、記者たちは自由に聞きたいことを聞く。

 昨日(1月31日)のトピックとしては、前日行われたイラクの選挙に対する英政府側の評価、英空軍C130輸送機のバグダッド近郊での墜落事件に関する詳細の問い合わせなど多岐に渡った。墜落の原因に関して詳細を問われると、広報官は「知らない、分からない。国防省に聞いて欲しい」。アメリカの新国務長官ライス氏が金曜日にブレア氏と会見することが明らかにされたが、時間や場所は「未定」。

 こうしたブリーフィングは、「ただ単にその週、その日の予定を発表しているだけ」「重要なことは、一切知らない、分からない、で通した」とも聞こえるのだが、実際に「その日の朝の時点での確かな情報」として官邸側が発表したという点、様々な言葉尻のニュアンスから、ある事柄が本当か嘘か推測できる点、次にどこに行けば必要な情報が取れるのかが分かる点など、政治報道を専門にする記者にとっては、様々な情報に満ち溢れた時間ともなる。「官邸は否定しているが、本当か?」など、ブリーフィングでの応答をベースにして他の情報源から情報をとることもできる。

 ガーディアンのホワイト記者は、「月曜日の朝の会見は、必ず出るようにしている」という。20数年政治記者をやっているホワイト氏が、果たして今さら出席する必要があるのか?電話一本で情報を取れるのではないか?更に深く聞いて見ると、「ライバル紙がどんな質問をするのかを知ることが、参考になる」と答えた。

 もちろん、各記者がどんな目的で会見に出、どんなアングルの記事を書こうとしているのか、他の記者に話すわけはないが、24時間を情報収集に使い、「どんなことも見逃したくない」政治記者にとって、一本調子で淡々とその週の予定を読み上げる官邸広報官のブリーフィングは、記者経験が豊富であればあるほど、いかようにも料理できる素材となるようだ。

 時には、広報官ではなく、大臣が会見をすることもこれまでにあったが、ちょっとした言葉遣い、ニュアンスに深い意味が込められていたことがあった。

 私自身が遭遇した例を挙げてみたい。

 現在でもそうだが、特にイラクとの開戦前のイギリスでは、この戦争が合法なのかどうかが人々の大きな関心の的となっていた。

 こうした中、フーン国防相が会見に出席。記者たちは、「開戦根拠は?国際法から見ても、違法な戦争ではないか?」と執拗に聞いた。国防相は、「合法だ。合法である理由を、なんとしても見つける。私は元弁護士だったから」と答えた。

 結果、実際にそうなった。首相と親しいと言われるゴールドスミス法務長官が、「この戦争は国際法から見て違法」としてきた持論を、開戦直前、突如変更し、「合法」としたからだ。(「合法」とした際の詳細な論旨の流れは、現在でも「国家機密」として明らかにされていない。)

 ストロー外相も、やってきた。その時もやはり、「開戦は違法ではないか?」と問い詰められた。外相は安保理決議を持ち出して説明を試みたが、この中で、「誰だって戦争を始めたくはない」といったストロー外相。「白々しいなあ」と思って聞いた私だったが、後に様々な人が出した暴露本で、ストロー外相が、最後の最後まで開戦には反対だったことが判明した。今思うと、ストロー氏は、何がしかの思いをこめて、「誰だって・・・」と言っていたのだろうか?

 こうした貴重なコメントがいつ出るか分からないという意味では、気が抜けないブリーフィング・会見だが、外国プレス協会で現行のようなブリーフィングが開催されるようになったのは、2002年の秋。

 かつては、官邸広報官が記者にブリーフィングしている・・ということさえ、「秘密」とされていたのだ。

 そして、「外国人ジャーナリストが所属する外国プレス協会で官邸のブリーフィングが行われる」と発表されたとき、一斉に反対の声を上げたのはイギリスの政治記者たちだった。

 (続く)
# by polimediauk | 2005-02-01 19:35 | 政治とメディア

ドアは一応開いているものの・・・

 日本の記者クラブ制度が外国人ジャーナリストたちから「閉鎖的」と思われている、と聞く。特に問題にされているのが、官庁側の記者会見・ブリーフィングに、クラブの会員でないと、一般的には出られない・出にくいので、情報収集の面で差が出る、という。

 イギリスでは、行政側が開催する記者会見に関して言うと、基本的にはジャーナリストであれば誰でも出られる。国籍の別や、特定の記者証があるかどうか、媒体が新聞なのか雑誌なのか、はたまたフリーペーパーなのか、報道機関の規模なども、関係ない。

 例えば、ロンドン市長の会見は毎週火曜日の朝、市庁舎で開かれているが、基本的に身分証明書があればいい。「会見に来ました」と受付に言えば、すぐボディーチェックの段階になり、「何者か?」を全くチェックされずに、会見室まで入れることも多い。

 英首相官邸が主催するブリーフィング会見は、2名の広報官が日によって交代しながら、行っている。

 場所は、長い間官邸の一室か国会の会見室だったが、2002年の10月からは、外国プレス協会で開かれている。

 外国プレス協会とは日本の外国特派員協会に相当する団体で、様々な国から派遣されたジャーナリストたちが払う会費と、英外務省からの補助金で運営されている。会員数は、現在ざっと700名ほどだ。大手メディアだけでなく、フリーのジャーナリストのメンバーも多い。

 協会の建物は、地下鉄ピカデリーサーカス駅から歩いて数分にあり、19世紀後半、イギリスの首相だったグラッドストーン氏の私邸だった。

 入り口のドアは、鍵がかかっていることもあるが、特にブリーフィングのある日は、開いている。すると、基本的には、これもまた物騒な話だが、「誰でも」入れる。

 入り口で誰かが身分証明書を見せなさい、と要求することは、ない。

 私は、かつて日本で文部科学省の記者クラブに短期間所属していたことがあり、ここのクラブは自由度が高いと言われていた。それでも、もちろん、文部省の建物に入るときには、写真つき身分証明書を見せたものだった。

 イギリスで、全く記者証を見せることなく、英政府のブリーフィング会見に出席できるという事態を、どう解釈したらいいのだろう?

 必要があってブリーフィングに来るわけで、よっぽどの物好きでなければ、わざわざ協会の会見に出ようとはしないだろうから、ここにたどり着いたという事実、ここで会見が開かれていることを知っている人、イコール、来るべき人たち・・・とでも見なしているのか、それとも大雑把なだけなのか?

 一応は、「外国プレス協会のメンバー、及び内外の記者証を持っている人」に出席が認められている、ということになっているが、実際は、ジャーナリストであれば、誰でも、出られるのだ。いや、入り口でのチェックがないのだから、ジャーナリストである必要さえもない。

 このブリーフィングの様子をタイプしたものが、同じ日の夕方、官邸からメールで送られてくる。このメールを受け取ることは、誰でもできる。官邸のウエブサイト上で、メールを受け取りたいと申し込むだけだ。

 かなりオープンに聞こえるだろうか?

 しかし、本当にオープンか?というと、「ドアは開いているのだが・・」という答えになってしまう。

 その理由と、今朝(1月31日月曜日)の会見の様子を次回から伝えたい。
# by polimediauk | 2005-02-01 06:02 | 政治とメディア

消えない「ユーロ神話」


 イギリスのEUに関する否定的報道の典型的例として、ユーロ神話がある。

 ユーロ神話とは、「曲がり具合のきついバナナを販売すれば、販売者は刑務所に入れられる」「EUの指令でブランコや滑り台の取り壊しが決まったので、児童公園の数が減っている」など、荒唐無稽にさえ聞こえる虚実入り混じった報道だ。

 繰り返し報道され、日常会話などでも頻繁に言及されるため、国民の意識の中に、事実として認識されている場合が多い。

 ユーロ神話の誕生は、1993年実施の欧州単一市場がきっかけだ。

 域内のヒト、モノ、カネの動きを自由化するという目的のため、国内の商習慣をEU全域内の標準に合わせる必要があり、欧州議会での関連法の立法化が増えた。この過程で、時には自国のやり方が通用しなくなる場合も生じ、国民の間に不便さ、焦燥感が生まれた。EUとは不合理な要求を英国に無理に押し付けるもの、生活の細部にまで干渉するもの、という印象が、ユーロ神話を報道するメディアを通じて、国民の頭の中に叩き込まれていった。

 欧州委員会の英国代表部は、ユーロ神話及び不正確な情報に基づく報道を検証し、報道媒体への抗議の表明、訂正依頼を行ってきた。代表部のホームページ上に、ユーロ神話の数々をアルファベット順に並べ、問題の報道、日付、媒体名を記し、正確な情報を付け加えるという形で掲載している。

 また、プレス・ウオッチというコーナーでは、事実を不正確に報道した記事をテーマごとに分類し、代表部が調査した正しい情報を使って反駁している。

 対象となったのは、「サン」などのタブロイド紙だけでなく、「タイムズ」「デイリーテレグラフ」「ガーディアン」などの高級紙、及びBBCも含まれている。

 ホームページ上で情報を出しているのは、メディア自体に抗議をしても、なかなか思うような結果が出ない、という現実に直面したからだ。

 新聞業界の自主規制団体である、英報道情報苦情委員会(PCC)に訂正のために仲裁を頼んでも、時間がかかり、編集された訂正記事が、目立たない場所に掲載されただけだった。

 代表部が事実誤認の記事を書いた記者に直接間違いを指摘したところ、「ブリュッセルなら、それぐらいのことをしてもおかしくないだろう」という反応が返ってきた場合もある。

 細かい点にこだわるよりも、EU拡大やユーロの将来など、もっと大局的で重要な事柄に説明の時間を費やしたらどうか、という助言が代表部に時々寄せられる。しかし、「実際に人々がよく記憶しているのがカーブのきついバナナのエピソードである以上、これからも訂正記事の要求などに力を注ぎたい」としている。

ー政治的側面ー触れないで置くもの

 イギリスのEU報道で、積極的に語られない面がある。

 それは、次第に重要度が増しているEUの政治統合的側面である。

 イギリスにとってEUの原点は欧州単一市場であり、国民の多くは、自由貿易などの経済的恩恵が加盟の最大の理由と受け止めている。統合による政治的恩恵は、現在のところあまり説得力を持つとはみられていない。むしろ、イギリスの主権を脅かす動きとして、反発を受ける。

 1975年、加盟から2年目の欧州共同体(ECー後のEU)に継続して加盟するかを国民投票で問われた国民は、否決するだろうという事前の予想を裏切り、「継続」に64・5%が投票した。

 当時はインフレ率が28%で、経済状況は悪く、「加盟を継続すれば、経済が好転する」とするキャンペーンがうまくきいた。現在好景気のイギリスに、この手法は通用しない、と見られている。

 フィナンシャル・タイムズの副編集長ウオルフガング・ムンチャウ氏は、経済面の恩恵ばかりが強調され、政治面からの統合の重要性が効果的に報道されてこなかった現状を、「イギリスのEU推進派の失敗」と分析している。投票否決の可能性が高いのは、「長年のメディアのEU報道が否定的であったことのつけが回ってきたことの証左」としている。

 野党第2党・自由民主党のニック・クレッグ前欧州議会議員は、イギリスのEU報道に嫌気がさして、任期切れを機に、ブリュッセルからイギリスに活躍の舞台を移すことにした。欧州全体の多岐に渡る問題を立法化する作業はやりがいがあったが、努力が正しく報道されているという思いはしなかったという。

 イギリスに戻るたびに、「たいした事をしていない」として存在を無視されるか、「全てをブリュッセルが決定している。恐ろしいことだ」といった、それではどうするか?という次の議論を拒否するような報道にさらされた。

 「欧州議員を続けても、何の意義があるのか」と、自問するようになったという。「欧州議会議員に対する、イギリス内での理解、支持はあまりにも少なかった」と振り返る。

―受けない欧州寄り

 一方、イギリスのEU報道は事実中心の経済紙から、創作といってもよいタブロイド紙の報道まで幅が広い、とするのは、元欧州議会の高級官僚で、現在は欧州統合推進派のマーティン・ボンド氏だ。

 特に、公共放送としてバランスのとれた報道を行うことが義務とされているBBCを初め、テレビやラジオの報道には信頼に足るものが多い、とする。

 しかし、他国と比較すると、イギリス国民全体で、欧州問題に対する知識度は一般的に低く、英ジャーナリストの間でもそれほど高いとは言えない、と指摘する。

 ボンド氏は、こうした知識・関心の低さの原因として、歴代の政府が欧州への関与に対しての態度を明確にしてこなかった点をあげる。

 イギリスがECに加入したのは1973年。当時から現在まで、どの政権も、イギリスがEUに対してどこまで深く関与するのか、という点を「あいまいにしてきた」。イギリスでは、欧州寄りというスタンスは、選挙民に受けないのだ。

 2005年5月に予定される総選挙が終わるまでは、「政府はEUに関する積極策を出してこないだろう」。7月、イギリスはEUの議長国になる。政府が本格的にEU支持の姿勢を出すのは、これ以降、という。

 「政府の姿勢が明確になれば、様々なシンクタンクも、メディアもこれに沿って、動き出す」。

 これまでのタブロイド紙のキャンペーンの成功例などを振り返ると、ユーロ神話報道の先頭に立ち、最大の発行部数を誇る(約300万部)「サン」紙が2005年後半以降、どのようなEU報道をしていくのかで、EU憲法が批准されるかどうか、が決まる可能性が高い、とボンド氏は予測している。

 さて、ブレア氏はどんな手を使うのか?

ー「神話と闘う」

 ブレア首相は、6月、BBCテレビのインタビューの中で、EUに対する国民の不信感が高い中で、どうやってEU憲法をアピールしていくのか、と聞かれた。

 「神話と現実の闘いになる」と答えている。

 EUに対する間違った認識や神話を正し、事実を広めていくという作業を行う一定の期間が必要だ、とし、国民投票の早期実施をしないのは、未だ神話の影響力が強いからで、国民の現実認識度が高まれば、批准を支持するだろう、と予測した。

 そうは言っても、無理だろう・・・と私は、思ったものだ。

 ところが、首相は、翌月、友人・腹心のピーター・マンデルソン下院議員を、欧州委員会委員候補に指名。(11月、通商担当委員に就任。)あっと驚く人事だった。「仲間びいき」の典型的人事だった。

 ブレア首相は仲間びいきで有名だ。これまでの歴代首相も同様のことをしていたのかもしれず、表に出ている、というだけの差なのかもしれないが、とにかく、露骨に、堂々と仲間びいきをする。

 マンデルソン氏は、1997年の労働党の総選挙での勝利に重要な参謀役として貢献した人物の1人。「影の演出家」と呼ばれ、ブレア氏が信頼する数少ない側近の1人だ。

 もう1人のブレア氏の側近、元官邸情報局長アリステア・キャンベル氏とともに、ブレア政権の名スピン・ドクター(この場合は情報操作をする人)と言われる。

 彼には、産業貿易相、北アイルランド相を歴任しながらも、いずれもスキャンダルで辞任に追い込まれたという過去がある。

 2度も内閣から出された人間を、欧州のトップレベルの地位にあてるとは、どういうことか?ー野党の政治家や新聞各紙が一斉にこの人事を批判した。

 しかし、ブレア氏は「最適の人物だと思ったから」マンデルソン氏を任命した、と全く悪びれた様子はないのだった。

 私は、ブレア氏のマンデルソン氏の指名を、度重なる仲間びいきの一環として不快に思ったが、一方では、「ブレア氏は本気で勝つつもりだな」とも思った。

 イギリス国民の、EUに対する関心が十分でないことを踏まえた上で、よきにつけあしきにつけ、まずは、EUの問題が話題に上ることが初めの一歩だ。とりあえず、パブでの、家庭での、トピックの1つになることが重要になるだろう。マンデルソン氏の指名は、こうした目的を果たしたといえる。指名を批判する新聞各紙はいっせいにマンデルソン氏について書きたて、半ズボン姿で犬とジョギングする写真を大きく掲載し、テレビや討論番組でもさんざん話題に上ったからだ。

 首相の側近をEUの委員に指名することで、EU本部には、「イギリスはEUを真剣に受け止めている」というメッセージを送ることもできた。

 しかし、ここで注意したいのは、マンデルソン氏の起用は、「本当に、ブレア氏が心からEUを大切だと思っている」ことを、意味しないかもしれない点だ

 マンデルソン氏、ブレア氏は、「スピン」で有名だ。スピンはまわす、回転する、変えるという意味などがあるのだが、ここイギリスでは、ある情報に、何らかのフィルターをかけて、最初の情報とは違ったものに変えてしまうこと、という意味で使われている。

 つまり、ブレア氏は腕のいい広告代理店を使って、EUをイギリス国民に売っていく、ということを目指した。こうした仕事は、たしかにマンデルソン氏が適役だ。あるブランドの名前を売り、そのブランドの好感度を高め、しまいには、そのブランドの価値を無から無限大に膨らませてしまう・・・という仕事には。

・・・と書いていたら、マンデルソン氏がラジオのインタビューに出た。

 イギリス国民の、EUに対する「懐疑」をどうするか?と聞かれている。「国民の間に懐疑がある、というのは承知している。しかし、懐疑を辞書で引くと、説得が可能と書いてある。したがって、説得をしていく、ということになるだろう」と答えている。

 1970年代、事前の予想を裏切り、過半数のイギリス国民はEC(後のEU)への継続加盟にイエス票を投じた。

 有能な広告代理店営業マンを配置したことになったブレア氏の人事で、今回も、国民の「EU懐疑」が、「イエス」に変わる可能性は、大いに出てきた、と私は見ている。

 実生活で、EU憲法の国民投票で「イエス」を投じようというイギリス人に出会うことは、なかなかないが・・・。

(この項、一旦終わり。)
# by polimediauk | 2005-01-27 03:16 | 新聞業界

EU報道には70%が不信感


 欧州推進派シンクタンクの代表ブレンダン・ドネリー氏に、イギリスのマスコミのEU「偏向」報道の原因などを、2回に渡って聞いて見た。

 しかし、実際はどうなのか?

 調べた限りでは、私の答えは「やっぱり偏向している」だった。全般的に否定的な文脈で語られているものが多いのだ。

 イギリスでEU関心度が低い、ネガティブな感情が高い、ということは、結構重要な意味を持つ。

 まず、EUの25加盟国全部が批准しないと発効しないEU憲法を、イギリスでは2006年、国民投票にかけることになっているが、、国民が「ノー」という確率が高いと見られている。これで、さらなる統合を進めるEUの発展を、一旦ストップさせることになる。

 EUの将来がどうなってもいい、という考えもあるだろう。

 しかし、さらに重要なことは、EU報道が偏向しているとして、バランスの取れた情報を国民が得ていないとしたら、国民投票で正しい判断ができなくなってしまう。

 民主主義社会で(というと話はでかくなるが)、投票は国民が意思決定に参加できる重要な機会だし、そのために必要な情報を出すというのが、マスコミの役割の1つなら、本来の役目を果たしていない、ということにもなる。

 第一、しゃくではないか。マスコミ報道が偏っているのために、惑わされてしまうなんて。

 ・・・というわけで、実例とEU全体ではどうなのか?を、調べてみた結果を、新聞通信調査会というところが出している「新聞通信調査会報」にまとめて見た。(「英EU報道は変わっていくか?」2004年8月号。 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html )

 以下は、その時の原稿に加筆したものである。

 「英EU報道は変わっていくか? 欧州不信を助長する英メディア」

-EU報道には70%が不信感

 EUの世論調査機関ユーロバロメーターが2004年2月から3月にかけて、5月の東方拡大以前のEUの15カ国の国民に、EUをどう見るかを聞いた。

 英国民のEUに対する評価、信頼度は非常に低かった。

 新聞のEU報道に対し、EU諸国の平均では、意見が二分し、46%が「信頼する」、47%が「信頼しない」と答えたのに対し、英国民の73%は「信頼しない」だった。

 報道が客観的かどうか?と聞かれ、EU平均では41%が客観的だ、としているのに対し、英国ではこれが34%。報道が否定的過ぎると答えたのは27%で、これ自体は高くないように聞こえるが、EU平均では13%だったので、2倍以上だった。

 さらに、EU加盟は自国にとって良いことか、悪いことか、と聞かれ、英国では「良い」(29%)。「悪い」(29%)。「どちらでもない」(29%)と意見が三分。

 ところが、EU平均では「良い」(48%)が最も大きく、次に、「どちらでもない」(29%)、「悪い」(17%)が続いた。

 ユーロバロメーターは、調査結果をどうみたか?

 「英国民のEUに関する関心度は拡大前の15か国中で最低」とした。

 「関心が低く、知識も少なく、『自分は知らない、関係ない』という意識がある」。

 「EUに対する反感がある英国では、EUの評価はゼロからではなく、マイナス地点から始まっている」と結論づけている。

 実際にイギリスに住んでみて、こうした結論を実感する毎日だ。

ー高まる反EU感情

 2004年6月の欧州議会選挙。政治家主導のEU統合強化の流れに、各国の国民が拒否声明を出した、と言われ、統合推進策をとる各政権は議席数減少に見舞われた。

 イギリスでも、EU脱退を明確に出した極右派の英国独立党が躍進した。最近まで、EUに文句を言う人はいても、「脱退」という提案は非現実的とされ、殆ど支持者がいなかったのだが。

 独立党の躍進は、実際に脱退を支持するというよりも、憲法制定にまで統合が進んだEUに対する、ノー票だったと見られている。

 もともと欧州統合には拒否感のあるイギリス国民の中で反EU感情が高まったのは、5月のEU拡大がきっかけだった。(他国が「新たなEUの歴史が始まった」と嬉々としているのとは、反対方向の動きだが・・・。)このとき、大きな役割を果たしたのがメディアだった。

 拡大の数ヶ月前から、タブロイド紙を中心にした新聞各紙はEU拡大によって恐ろしい結果が起きるとする趣旨の記事を連日掲載し続けた。

 「HIV感染者が新規加盟国から押し寄せる」「社会保険制度を移民たちが悪用する」「狭い英国は移民であふれかえる」・・・憶測をベースにした記事に関して、様々なコメンテーターがコメントを出したり、原稿を書いたりする、ラジオやテレビで討論が行われるなどの連鎖反応がおきた。

 こうなってくると、オリジナルの記事が事実を正確に伝えていたかどうか、はどこかに吹き飛んでしまう。国民の頭には、「大挙する移民」というイメージが、あっという間にしっかりと刻み込まれてしまった。

 移民問題担当大臣が、東欧諸国からの労働者に対するビザ発行スキャンダルの責任をとって辞任したが、連日の扇情的な移民問題の報道がなかったら、辞任コールが急激に高まることはなかっただろう。

 「自分たちの生活が、外国人、外国の制度に脅かされるのは我慢がならない」--こうしたイギリス人の国民感情が、様々な形で発露してゆく過程でもあった。

 「英国は、どこにも属さなくてもやっていける」-過去30年間、EU脱退を訴えている超党派グループ「独立する英国民のためのキャンペーン」(CIB)の考えは、程度の差こそあれ、英国民の多くに共通している。

 現在、イギリスはユーロ圏に属していない。ユーロ圏の経済不況とは対照的なイギリス経済の好況で、EUに現在以上に深く関わることに対して抵抗感を持つ人々は、「自分たちはやっぱり正しかった」という思いを強くした。

 「これ以上EUに深く関わらないことこそが、イギリスに最大の恩恵をもたらす」とする「タイムズ」のコラムニスト、デビッド・スミス氏の記事「英国は勝利者ー誰も欧州などいらない」(2004年6月20付け)は、「真実をついた記事」として、注目を集めたのだった。

 (次回「ユーロ神話」とは?)
# by polimediauk | 2005-01-27 00:11 | 新聞業界

偏向メディア報道は変わるか?

 欧州推進派シンクタンク「フェデラル・トラスト」のブレンダン・ドネリー代表によると、イギリスのEU報道は偏向している。

 では、国民の側のEU感情はどうなのか?今後の政治の動きはどうなるのか?を聞いて見た。

―EUに対するイギリスの国民感情をどう見るか。

 国民の意見は分かれていると思う。EUに対する不快感を多くの人が持っている。しかし、統一された意見が存在しない場合、そのいわば真空・空白状態を他の何かが埋めることがある。イギリスがEUから脱退することを望む極右派の英国独立党が昨年6月の欧州議会選挙で躍進したのも、ブレア政権がEUに関する国民の意見を統一することができないでいるためにできてしまった政治的空白を、埋めたのだと思う。

 誤解も多い。国民の大部分はEUからの脱退論を支持しないが、EUの規則や責任に縛られたくない、とも思っている。イギリスの主権を守るべきだ、権利を守るべきだ、と思っている。しかし、EUには加盟していたいが、EUの規則に縛られたくない、という論理は、結婚はしたいが別々に住みたいと言っているようなものだと思う。

 一方では、もう既に欧州の統合は適切なレベルまで進んでおり、これ以上は必要ない、とする人たちがいる。しかし、人によってどれが適切なレベルなのかの定義が違う。

 EU憲法は、全25加盟国が批准しないと成立しないが、一つの国がさらなる統合に反対したために、EU全体が前に進めない、という状態がいつまでも続くわけがない。将来的にフランスとドイツがより緊密な協力関係を結び、EUの中心になってゆくと思う。

―EU憲法批准のため、イギリスでのイエス票を増やすにはどうするべきか。

 アイデンティティーの問題をどうにかしないといけない。イギリス国民の多くは欧州を、イギリスのアイデンティティーを脅かす存在として見ている。私は逆だと思っている。欧州は、イギリスのアイデンティティーを強化すると思う。

 イギリスはアメリカの一部ではないし、アジアの国でもない。南米の国でもない。文化、歴史、その他全ての面で、イギリスがアメリカと違う点は欧州の国であることだ。

 時として、イギリスは欧州とアメリカの中間にいる、といわれることがある。正しくないと思う。歴史的にも地理的に言っても、欧州の方にはるかに近い。

―しかし、EU憲法を批准し、さらに将来的にイギリスがユーロを導入すれば、例えば英イングランド中央銀行が自国の金利を決めることはできなくなってしまう。主権の点から言えば、欧州中央銀行に牛耳られる点に抵抗を感じる人も多いのでは?

 そう考えるのは、エリートだけではないか?大部分の国民がそういったことを考えるとは思えない。それほど細かいところまでは。スコットランドやイングランド北東部に行けば、「英中央銀行がイギリスの金利を決めて、うれしい」という声は殆ど聞かないはずだ。

 ロンドンにいる人にばかり意見を聞いていると、全体で何が起きているかを見逃すことがある。

―イギリスのユーロ導入はあり得るか?

 近い将来は難しいだろうと思う。導入反対論が幅をきかせすぎている。

 (ユーロ推進派の)ブレア首相と(慎重派の)ブラン蔵相との間の、互いに対するライバル心も邪魔をしている。ブラウン蔵相は導入には否定的なようだ。蔵相になる前はブレア氏よりも欧州推進派だったので、やや意外だが。

 イギリスの大蔵省の責任者となり、経済の好転に非常に上手であり、他の誰の手も必要としないという評判が高まったのと、ブレア氏に対するライバル心などがあって、導入否定派になったようだ。

―ユーロ肯定論者の声が小さいようだが。

 一晩で否定的なムードを変えることはできないだろう。しかし、政府が1年でもいいから欧州に対して肯定的なキャンペーン、議論を展開することができるなら、ムードは変わってくる。しかし、こうしたキャンペーンをまだ始めてさえいない。

―政権を支持しているタブロイド紙のサンが、ユーロ導入賛成に回ったら、どうだろうか?

 編集方針に合わないものは載せないだろう。タイムズやデーリーテレグラフはそうするかもしれないが。

 一般的に言って、高級紙は、左派のガーディアンも含めて、時々右派の記事を掲載することがある。高級紙はバランスの取れた新聞であるーということになっているので、少なくとも表面的に両方の意見を掲載しようとするからだ。タイムズはそうするだろうし、テレグラフもそうする。しかし、サンは(ユーロ反対というこれまでの)自分たちの編集方針にはそぐわない記事は載せないだろう。

 国民の気持ちを変えようと思うならば、時間をかけることだ。決意、エネルギー、長期にわたるキャンペーンが必要となる。政治家が演説を一度行い、それで国民の意見を変えることができる、と思うとしたら、それは間違いだ。

 もしブレア氏が、本当にイギリスにEU憲法を批准し、最終的にはユーロを導入したいならば、これからは違う戦略をとるべきだ。もっと積極的、はるかに率直で、EUに関して肯定的なものになるべきだ。政府全体にこの戦略を徹底させるべきだ。 ブレア氏が欧州を好意的に話した後でブラウン蔵相が否定的に話すといった、これまでのパターンが繰り返されないようにするべきだ。

―イギリスがユーロを導入するには、5つの経済テストに合格すること、という条件を政府はつけたが、どう見るか。

 これを単純に「経済テスト」と見れば、議論の肝心な部分を見落とすと思う。ユーロ圏への参加は、純粋な経済問題ではないからだ。

 5つの経済テスト自体もおかしい。テスト全体は、「ユーロ導入がイギリスの経済に恩恵をもたらすかどうか?」を聞いていることになるが、例えば、テストのうちの一つが、金融界への影響だ。何故製造業では駄目なのか?外国企業の投資もテストの1つだが、ユーロに入っていようがいまいが、投資には関係ないという説もある。

 全ては政治的決断にかかっている。経済ではない。 政治的に環境が整えば、ユーロ参加もありうると思う。

 政治的統合に対する国民の反感が強いイギリスでは、ユーロ導入は経済でなく政治的決断だという真実を言わない方が政治家にとっては都合が良いから、誰も何も言わない。メディアも、こうした文脈からはあまり報道しない。

―総選挙が5月に予定されている。保守党の政権奪回の可能性をどう見るか。

 保守党は200年以上の歴史があるが、常に社会の様々な層の人々を代表してきた。こうした人々を結び付けてきたのは、既存の社会的合意を維持することを支持する、という点だった。

 20世紀前半、保守党には穏やかな保守主義と穏やかな自由経済主義とが共存していた。サッチャー氏の首相在任時代、これが極端な自由経済主義者と極端な保守主義になっていった。

 保守党内の均衡は破壊されてしまった。保守党は穏健派の政党だったので、いったん党内の均衡が破壊された後でも、イギリス社会の様々な支持層を内包してゆくことができた。しかし、いったん均衡が破壊された後で、再度均衡を築くのは難しい。.これが現在まで続いている。ある保守党支持者を喜ばせるための政策が必ず他の支持者を侮辱することになる、といった事態が起きている。

 保守党は分裂化しつつあると思う。かつて非常に成功した政党でも、党内の分裂の度合いがある程度を越してしまうと、政権をとることはできないと思う。 自分が生きている間、保守党政権はないと見ている。 (この項終わり)

ーーーー


フェデラル・トラスト(http://www.federaltrust.co.uk/)はロンドンに本拠を置く、1945年創立の左派系独立シンクタンク。欧州におけるイギリスの役割、地方分権、グローバル・ガバナンスなどの調査が中心。政党直結のシンクタンクが幅を利かせるイギリスで、党利党略に捕らわれない欧州政策の提言と調査リポートに定評がある。ドネリー氏は、英外務省、欧州議会、欧州委員会での高級官僚としての勤務の後2003年1月より現職。1994年から1999年までは欧州議会議員。
# by polimediauk | 2005-01-25 19:18 | 政治とメディア

国民投票まであと一年

 ウクライナ、トルコなど、欧州連合(EU)加盟に熱い思いを寄せる国がいるかと思うと、既に加盟しているのにEU熱がかなり低いのがイギリスだ。

 25カ国に拡大したEUの新たな基本条約となるEU憲法の各国での批准が、スペイン(2月)を筆頭に進んでいくが、2006年に予定されるイギリスでの国民投票は、否決されるという見方が、現時点では強い。

 左派系シンクタンクのフェデラル・トラストのディレクター、ブレンダン・ドネリー氏は、英国民の反EU感情にはメディアの影響が大きいと言う。

 イギリスでの国民投票の詳細な日程の発表が一両日に迫る中、「偏向」メディア報道の原因と今後の英政界の動きを聞いてみた。

―イギリス国民はEU憲法の国民投票を否決するのでは、と見られている。要因は?

 まず、EUに対する報道が偏向している状況があると思う。必要な情報が不足し、常に否定的な文脈で書かれていると思う。わざと誇張したり事実を捻じ曲げたりしている。

―何故そうなっているのか。

 様々な理由がある。1つには、イギリスのマスコミは情報の伝達よりも娯楽報道に関心を持っていると思う。ヨーロッパ人、(EU委員会の本部がある)ブリュッセルに住む人々、欧州議員たちを面白おかしく戯画化して書く。センセーショナルなネタがあったら、これに飛びつく傾向がある。

 2つめは、政治上の理由だ。イギリスで影響力をもつ大手の新聞は、EUに対して敵意を抱いていると思う。 タイムズ紙のように、新聞の所有者がオーストラリアやアメリカなど、イギリス以外の地域に関心がある場合もある。政治的に右派なので反EUの姿勢をとる新聞もある。イギリスでは右派は反EUだからだ。

―「政治的に右派なので反EU」というのは、高級紙で発行部数が最大のデーリー・テレグラフの事か?

 そうだ。他には、タブロイド紙のサン、デーリー・エクスプレス、デーリー・メールもそうだ。親欧州の新聞はあまり多くないが、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、インディペンデントなどが該当するだろう。

 タイムズは反欧州だが、この姿勢が表立って出ないように非常に注意深い報道をしている。

 第3番目には、国民が欧州機関に関してあまりなじみがない、という要素がある。欧州議会と欧州委員会の関連性などが十分に理解されていない。知ろうという強い欲求も国民の側にないようだ。イギリスのEU報道は、こうした国民の姿勢を反映している、とも言える。

―無理解、偏った報道はいつ頃からか?

 1980年代半ば頃からだと思う。(当時の)サッチャー首相は、在任が終わりに近づいた頃に反欧州の姿勢を強め、これが新聞各紙にも反映されるようになった。新聞社側は、一部の読者が、反欧州の記事を読みたがっていることに気づき、それに沿った記事を提供するようになった。

 反ドイツ感情も、最近は高まる一方のように思う。第2次世界大戦が終わってから60年が経っているというのに、(かつての敵だった)ドイツに対する感情は、30年前と比べても、今のほうが悪い。

 例えば、30年前だったら、新聞でドイツ人に対する人種差別的な記事が出ると、「そんなことを言ってはいけない。政治的に正しくない」といえる雰囲気があった。今は、何でも笑いの種として扱う。この点に若干の悪意、敵意を感じ、非常に気になっている。(注:コメディー「フォルティー・タワーズ」の中で、主人公がドイツ人を茶化すというエピソードは有名。「(ドイツ人の前では)戦争の話はしちゃだめ」といいながら、主人公がナチスドイツの兵隊のように歩く。昨年秋、来英したドイツ人の政府高官が「こうしたジョークはもうやめて欲しい」と発言すると、「ドイツ人は冗談が分からない」という意見が英各紙で相次いだ。)

―イギリス人は、フランス人に対してはどういう感情を抱いているのか?

 フランス的ものに対する一種の懐疑の念を常に抱いていたと思う。しかし敵意は少なく、どちらかというと欧州の中の兄弟に対するライバル心のようなものだと思う。

 また、多くのイギリス人がフランスで休暇を過ごす。フランスは、何かしら美徳を持つ国、料理がおいしい、太陽が降り注ぎ、ロマンスが一杯・・・というイメージがある。ドイツは常につまらない国というイメージで、良い点は時間を正確に守る、効率性といった部分だが、こうした特質は好意的に見られていない。ステレオタイプはどこの国でもあるだろうが。

 また、サッチャー氏は反ドイツ主義者だったが、この国の様々な議論は、サッチャー元首相の政策、発言などを反映したものが多い。まるで、フロイトのような、ある心理的影響をイギリス国民にもたらしたと思う。

―何故サッチャー元首相の影響がそれほど大きかったのか。

 サッチャー氏の首相在任は10年だったが、この間、マスコミが巨大になった点があると思う。 1980年代、イギリスのテレビのチャンネルと言えば、4つだけ。全国紙も6紙ほどだった。

 1990年、サッチャー氏が首相の座を去った時には、マスコミの世界は様変わりしていた。発行されている新聞数も増え、ニュース専門のテレビ局や新しいラジオ局もできた。サッチャー氏は、リアルタイムでニュースが報道され出した時代の初めてのイギリスの首相だった。この結果、国民のものの考え方に大きな影響を及ぼすことができたのだと思う。

―現在のブレア首相はどうか?欧州政策に力を入れていると思うか?

 言葉の使い方、政策、全ての面において、欧州派だとは思わない。

 ブレア氏は、様々な勢力が同時発生している状況を眺めて、「さて自分はどのように反応するべきか?」と考える。「どうやって世界を形づくってゆくべきか?」という発想をしない。

 1960年代、(リチャード・オースティン)バトラーという有名な政治家がいた。「可能性の技術」(アート・オブ・ザ・ポシブル)という自伝を書いた。「可能なことばかりに関心を示したが、物事を可能にすることに関心がなかった」と、死後批判が相次いだ。

 私が思うに、サッチャー氏は、物事を可能にすることに関心があったと思う。ブレア氏は、バトラー氏のように、可能なことに関心がある人物のように見える。特に、選挙に関連した「可能なこと」、に。ブレア氏にとって、「次の選挙で誰が自分に投票してくれるだろうか?」が最重要事項なのだ。

―では、ブレア氏は「反欧州」だろうか?
 
 そうは思わない。若いときにフランスで勉学もしている。個人的には親欧州なのだと思う。また、1997年の総選挙で保守党が敗れ政権を失った時、保守党は欧州に対して消極的な姿勢をとっていたので、政権党と差をつけるために労働党党首のブレア氏は、欧州積極姿勢を明確に出していた。

 私は当時保守党の欧州議会議員(1994年―1999年)だったが、ブレア氏が首相に就任したニュースを非常にうれしく思ったものだ。ブレア氏なら、欧州重視の政策を実行してくれるだろうと思ったからだ。

 しかし、首相となったブレア氏は、反欧州という強い流れが国民感情及びメディアの中にあることにすぐ気づいた。そこで、国民やメディアの声に逆らって親欧州という姿勢を出してゆくわけにはいかなくなった。

 ブレア首相の政治スタイルの批判の典型は、「こんなことを言ったら、誰かを侮辱することになるかもしれない、誰も侮辱しないようにはどうするか?」を常に気にかけている。例外もある。イラク開戦までの過程では、逆だった。しかし、他の多くのケースでは、特に欧州問題に関しては、ブレア氏は、「誰も侮辱したくない」政治家、と言えるだろう。

 現在では、心から失望している。

―保守党の中でも、親日派のマイケル・へーゼルタイン議員など、欧州推進派がいると聞いているが。

 数は少なくなっていると思う。

―何故、かつて保守党員だったのに、欧州推進派だったのか?

 保守党が常に反欧州の党だったわけではない。イギリスがEUに加盟したのは1970年代、保守党政権時代だったのがその証拠だ。保守党も労働党も欧州に対する姿勢を変えている。1970年代、労働党は反欧州で、保守党は親欧州。30年後の現在、全く逆になった。

 ブレア氏にとって、「野党保守党は反欧州である」、と定義づけすることは都合がいい。 しかし、自分自身では欧州政策を進めようとしていない。ブレア氏は欧州推進派ではなく、反・反欧州派だと思う。

(続く。)
# by polimediauk | 2005-01-25 08:18 | 政治とメディア

24時間ニュースの功罪

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ニュースがニュースを作る?

 イギリスのニュース報道は24時間体制で回る。もちろん、イギリスだけが特別でなく、アメリカはCNNが著名だし、日本でもケーブル局で24時間ニュースがあると聞いている。

 しかし、イギリスにはBBCがあるために、その商業部門BBCワールドを通じて、世界中に絶えずニュースを発信している。24時間ニュースはテレビではBBC ニュース24、スカイテレビなどがあり、ラジオも同様に1日中ニュースを放送している。

 英語放送であるということで(BBCワールドの場合は現地語も多いが)、視聴者が世界的に存在している。かつて、旧ソ連のゴルバチョフ大統領が休暇中にクーデターが起きたとき、様々なニュースをBBCを通じて得ていたというのは、よく知られたエピソードだ。

 便利でいいことだろうか?

 24時間ニュースの功罪がイギリスで指摘されだして久しいが、「常に何らかのニュースを報道しなければならない」という状況は、マスコミ自体がニュースを作る、というおかしな現象を生み出している。

 「今日は・今はたいしたニュースがありませんので、音楽でもお聴きください」とは、絶対にならない。

 最近も、こうした現象に遭遇した。

 1月15日、政権党労働党のシンクタンク、「フェビアン・ソサエティー」の今年初めての集まりがあった。

 5月上旬が総選挙の投票日と予定されているので、各政党はこれを想定した活動を開始しだしていた。

 まず、会議に行く前に、朝7時半頃、BBCのニュースサイトを見て、何がトップニュースかチェックした。土曜日というせいもあったろうが、トップは、労働党の選挙運動責任者であるアラン・ミルバーン氏が、この会議で行うスピーチの前触れ記事だった。

 つまり、既にBBC及び大手マスコミには、おそらく数日前から、ミルバーン氏のスピーチ原稿が配布されているのだ。

 実際に会議に出てみると、スピーチ内容はたいしたことはなく、確かに労働党政権が第3期目になったときに何をするか?を説明したものだったが、既にブレア首相が同様のことを述べていた。ブレア氏も、大蔵大臣のブラウン氏の出席もない。

 ミルバーン氏には会場からの質問が続いたが、聞いていて、質問者の方が頭が良く、鋭くも論理的なことを聞いており、ミルバーン氏のスピーチが十分に練られたものではないことが、ちらりと垣間見えた。

 また、朝会場に着くと、左派系ガーディアン紙がどさり、とつまれている。会議のスポンサーの1つはガーディアンであり、その日のスピーチと殆ど全く同じ内容の記事を、ミルバーン氏はガーディアンに寄稿しているのだった。

 ミルバーン氏の記事の隣には、フィオナ・ミラー氏による、現政権の子供ケアに関する記事。ミラー氏は教育問題専門のジャーナリストということになっているが、一番有名なのは、アリステア・キャンベル氏の奥さんという部分だ(といっても、結婚はしておらず、共同生活者)。キャンベル氏は、かつてブレア首相の右腕と言われたが、イラク戦争のスキャンダルで自主退職。もちろん、ミラー氏も、その日の会議のパネリストの1人だった。

 帰宅したのが午後6時過ぎ。

 夕方のニュースのトップは?

 ミルバーン氏の会議のスピーチだった。

 これだけでは終わらない。

 BBCの夜のテレビのニュース番組でもこれが繰り返されていった。

 政権と一緒になって、ニュースを作っているマスコミ・・・。こんな構図が浮かび上がってくる。

 私は特にひねた見方をする方ではなく、「陰謀説」も持っていない。

 しかし、マスコミが、自分たちの番組の隙間を埋めるためだけに、あるニュースを繰り返して流すというパターンがあまりにも多いのだ。本当に、あるトピックがニュースなのかどうか、重要なのかどうか、ただの宣伝なのか?その判断は、あいまいだ。たびたび同じニュースに触れる方は、「きっと何かしら重要なニュースに違いない」と思ってしまう、というパターンだ。

 ニュースがニュース報道のために存在し、マスコミが、マスコミ自身のために存在する・・・こんなことが起きているのが、イギリスだ。

〔写真はBBCニュースより。)
# by polimediauk | 2005-01-24 06:15 | 放送業界

NHK-3

(これまでの年表)(ネット新聞 jan janより)

NHK2001年1月30日放送
『女性国際戦犯法廷』めぐる経緯

【2000年】
8月
 ドキュメンタリー・ジャパン=DJ(プロダクション)の女性ディレクター坂上香さん(1965年生まれ)にNHKの関連会社NHKエンタープライズ21=NEP21のプロデューサーA氏(※)より、同年12月に開催される「女性国際戦犯法廷」を舞台に番組を作らないか、というオファーがなされる。A氏は高橋哲哉(※)東大助教授の講演からこの情報を得た。NHKのETV2001を担当するNHK教養番組部も意欲的だった。

※池田 恵理子さん 1973年早稲田大学卒業後、NHK入局。ディレクターとして、教育、女性、医療、エイズ、人権、「慰安婦」問題などの番組制作にあたる。主な番組に「体罰~なぜ教師は殴るのか」「埋もれたエイズ報告」「東ティモール最新報告」「50年目の『慰安婦』問題」「グアテマラ 二度と再び」など。その後、NHKエンタープライズ21のプロデューサー。1997年に自主ビデオ制作集団「ビデオ塾」を結成。各国の「慰安婦」被害者の証言記録運動を始め、2000年には「沈黙を破って~女性国際戦犯法廷の記録」を制作した(京都精華大学HPより)

※高橋哲哉さん 
 1956年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。哲学者。
20世紀のヨーロッパ哲学を研究しながら、戦争責任や歴史認識の問題に積極的に発言し、現在は「憲法再生フォーラム」共同代表も務める。著書に『戦後責任論』、『歴史認識論争』、『デリダ―脱構築』など。

 坂上ディレクターは、高橋助教授の話を直接聞く中で番組づくりの意義を感じ、引き受けることに。但し、企画が通る可能性は低いと感じていたという。坂上ディレクターは、NEP21のAプロデューサーからNHK教養番組部のBプロデューサー及びデスクを紹介され、準備が進む。

9月
 坂上ディレクターは2回シリーズの企画書を完成させる。シリーズ1回目は日本軍の戦時の暴力を裁く「民衆法廷」を軸に、シリーズ2回目は「民衆法廷」の一環として行なわれる「公聴会」を軸に、性暴力被害者の証言を聞くといった内容。この企画書は練られて9月末にDJからNEP21に提出された。これが、後、2回シリーズから4回シリーズに拡大する。NHK教養番組部が企画を書き直した。

10月
 「VAWW-NET Japan=バウネット・ジャパン」(「戦争と女性への暴力」ネットワーク:松井やより代表※)に、NHKの番組を制作しているDJ(代表取締役 橋本佳子  牧 哲雄  山崎 裕)から企画の相談が持ち込まれる(※)。バウネットが関わる「女性国際戦犯法廷」を取り上げたい、というものだった。バウネットはこの趣旨に賛同し、取材協力を約束。

※松井やよりさん
 1934年生まれ。1961年東京外国語大学英米科卒業。在学中ミネソタ大学とソルボンヌ大学に留学。1961年朝日新聞社に入社。社会部記者として福祉、公害、消費者問題、女性問題などを取材。1977年「アジア女たちの会」設立。1981~85年シンガポール・アジア総局員。1994年朝日新聞社定年退職。1995年「アジア女性資料センター」設立。国際ジャーナリスト。アジア女性資料センター、VAWW-NET Japan代表。2002年12月27日没。

※当シリーズは外部委託番組だった。NHK教養番組部がNHK関連会社NEP21を通じてDJに発注した。DJは1981年にスタートしたドキュメンタリーを専門とするプロダクションで、NHKが外部制作会社に発注を開始した90年初頭から関わってきた。NHKスペシャル「あなたの声が聞きたい」は郵政大臣賞など数々の賞を受賞するなど、ドキュメンタリーに定評がある。

 当シリーズは当初2回で企画され、その企画書を作ったDJの坂上ディレクターも、HIV問題を扱った「僕たちずっと一緒だよね」のディレクターを務め、BS-1日曜スペシャルでも企画・制作・デシレクターを務めた「ジャーニー・オブ・ホープ」が文化庁芸術祭優秀賞を授賞するなど、数々の授賞暦がある優秀なディレクターだった。このDJを核に、NEP21、NHK教養番組部が加わり、3者合同会議(構成会議)が開催され、合意を経ながら番組は制作されていく。

12月9日
 NHKニュース及び「おはよう日本」などが「女性国際戦犯法廷」が開始されたことを報道するや、NHKに右翼からの抗議が始まる。ETVシリーズで放送されることが広まるにつれて、抗議はエスカレートし、放送中止要求も。

中旬
 NHK局内で3社合同構成会議が開催される。なお、4回シリーズのうち、シリーズ2回目の「民衆法廷」のDJ側のディレクターはCさん、シリーズ3回目の「公聴会」のディレクターは坂上ディレクターが務め、残り2回はNHK教養番組部の制作となった。この会議で、シリーズ2回目は教養番組部プロデューサーB氏の提案通り、「民衆法廷」に絞って制作し、特にVTRについては、「民衆法廷」に限ることになったという。DJのCさんの提案の中にあった様々な要素は、高橋東大助教授と米山リサ氏※(アメリカ・カリフォルニア大学準教授)の対談でカバーすることに。

※米山リサさん カリフォルニア大学サンディエゴ校文学部準教授.スタンフォード大学人類学部Ph.D.社会科学調査査委員会マッカーサー財団奨学生を経て1992年より現職.著書にHiroshima Traces: Time, Space and the Dialectics of Memory (カリフォルニア大学出版、1999年)、共編著に Perilous Memories: Asia-Pacific War(s)(デューク大学出版、2001年).日本語論文に、「記憶の弁証法――広島」『思想』(1996年)、「記憶の未来化について」小森陽一・高橋哲哉編『ナショナル・ヒストリーを超えて』(東京大学出版会、1988年)、「天皇のページェント―近代日本の歴史民族誌から」(翻訳)NHKブックス。


 右翼からの圧力を教養番組部の担当者が頻繁に口にし始める。

【2001年】
1月19日
 NHKではそれまでは稀だったシリーズ2回目の最初の吉岡民夫教養番組部部長試写が行われる。ここで、部長より様々なダメ出しが行なわれた。激怒したとも伝えられる。これにより、VTRは「民衆法廷」のみの方針は変更され、海外の法廷情報も加わった。

1月20日
 右翼団体から抗議のFAXがNHK教養番組部部長宛に送られる。プロデューサーの自宅にも抗議や脅迫電話があった(衆議院総務委員会で明らかに)

1月24日
 シリーズ2回目の第2回目の部長試写が行われた。教養番組部部長のほか、局やNEP21からも参加した。部長よりここでも修正箇所が指摘される。加害者証言、対談部分の米山氏の発言も否定される。ここに至り、DJ側の担当ディレクターは、以後の作業はNHKの方でお願いしたい、旨、述べる。天皇有罪の判決(ナレーション)、加害者兵士の証言、法廷主催団体の基礎的な情報も削除される。

1月26日
 松尾放送総局長と伊東律子番組制作局長が試写(読売・05年1月20日)

1月27日
NHKに右翼団体が抗議行動。街宣車も。

1月28日
 NHKに右翼団体が抗議行動。
 1月30日オンエアの『戦争をどう裁くか』第2夜『問われる戦時性暴力』(22時~22時40分)に関して、急遽、秦郁彦氏のインタビューが撮影・挿入される。その後も、この日の夜中から30日のオンエア直前まで手が加えられた、と言われる。

 シリーズ2回目の改変だけでなく、この日あったシリーズ3回目(DJ坂上香ディレクター)の局長レベル試写会の後、「公聴会」開催のナレーション、女性国際戦犯法廷のテロップ、元「慰安婦」が映っている場面、説明ナレーションのカットなどが行なわれた。

1月29日
 NHKのETV2001シリーズ『戦争をどう裁くか』第1夜(22時~22時44分)

 松尾放送総局長、野島直樹担当部長、自民党安倍氏と面談(日刊スポーツ05年1月20日)。

 夕刻、松尾放送総局長、伊東律子番組制作局長が試写。編集作業(読売・05年1月20日)

1月30日
 NHKのETV2001シリーズ『戦争をどう裁くか』第2夜『問われる戦時性暴力』(22時~22時40分)で大幅な番組改変が行なわれる。内容は、既述のように2000年12月、東京九段会館で開かれた日本軍慰安婦制度を裁いた「女性国際戦犯法廷」を取り上げたもの。

 これは、日本軍の「慰安婦」制度を裁いた民衆法廷で、昭和天皇、日本軍の幹部(※)、日本政府を被告とし、12月8日から九段会館で3日間の審理を経て、12日に日本青年館で「天皇に有罪」「日本政府に国家責任」を求める判決が言い渡された。2001年12月4日にオランダのハーグで最終「判決」。裁判官、主席検事、書記官は、国籍・民族・人種・性を超えて構成され、「法廷」の権威は、いかなる国家、いかなる政治組織により生じるものでもなく、いかなる権力にも支配されない。法廷を開催するために、日本、被害国、国際諮問委員会の3者で国際実行委員会が結成された。

※昭和天皇ほか、A級戦犯など9名。

 国際実行委員会の日本側の中核を担ったのが「VAWW-NET Japan=バウネット・ジャパン」(「戦争と女性への暴力」ネットワーク:松井やより代表)だった。

 削除された内容は「誰が何のために法廷を開いたか、被告は誰でどのような罪で起訴されたか。どのような審理が進められ、どのような判決が出たのか」(バウネット副代表西野瑠美子=月刊「創」2001年5月号)。

 具体的には、法廷会場九段会館、「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」の看板、書記官の開廷宣言、裁判官や検事、韓国、インドネシア、台湾の証言、町永俊雄アナウンサー※のナレーション(改変された)、韓国・北朝鮮、中国、東チモールの”慰安婦“の被害者証言、元日本軍兵士の証言、裁判官が判決を読み上げている場面、総立ちになって拍手を送る会場の様子、など。

(放映2日前、NHKにドキュメンタリー・ジャパンが納品したものには基本情報が入ったビデオが制作されていた。)

※改変された町永アナのナレーションについて、『正論』2001年4月号は、海老沢会長がビデオを試写して制作担当者を呼びつけて内容の修正を厳命した、と書いている。放映前日か、当日の改変と予想。

1月31日
 NHKのETV2001シリーズ『戦争をどう裁くか』第3夜(22時~22時44分)

2月1日
 NHKのETV2001シリーズ『戦争をどう裁くか』第4夜(22時~22時44分)

2月2日 伊東律子氏と野島直樹氏、中川氏と会う。(日刊スポーツ05年1月20日)

2月6日
 バウネット・ジャパン、この日付けで、NHK海老沢会長宛に11項目の公開質問状を送付。

2月13日
 この日付けでNHKより回答(教養番組部長吉岡民夫名)。内容は「シリーズ全体の企画意図・編集方針は、2000年11月にNHKが番組シリーズの制作を決定した時から先般の放送までの間、一貫して変わっていない」というもの。遠藤絢一番組制作局主幹も同様の発言。

 バウネットはこの後、上記2人と対話。NHKは「右翼の頻繁な抗議があったこと」「放送直前まで手を加えたこと」を認める。

2月26日
 同日発売号の週刊新潮が1月27日、28日の右翼団体の抗議、伊東律子番組制作局長が自民党の議員に呼び出された…報道。

3月2日
 朝日新聞が「NHK、直前に大改変」の大見出しの記事。内容は、「29日頃、会長側近の局長や放送総局長による異例の試写が行われたこと」「放送直前に局長以上からOKが出ていた番組の改変指示」

 同日発売の「週刊金曜日」では、竹内一晴氏が「カットを指示したのは松尾武放送総局長で、当日、43分バージョンになったものをさらに3分カットしたうちの数箇所は松尾総局長が直接指示」と書いた。

 こうした報道を受けて、バウネットは、国際実行委員会の抗議声明、NHKで教養番組部吉岡部長、番組制作局遠藤主幹と話し合う。

3月16日
 衆議院総務委員会で民主党の大出彰議員が質問に立ち、この番組の改編問題を取り上げ、NHK海老沢勝二会長、松尾武放送総局長に真偽を質す。「NHKの報道の自由、企画者の表現の自由、NHKの編集権の独立が侵害されたのではないか」「一部の政治勢力に屈したのではないか、また、それに配慮する形で自主規制したのではないか」という質問に、海老沢会長は「いろいろな意見が出たと聞いている。編集責任者が、そういう中で公正を期して番組を放送した」と回答。

 「伊東律子番組制作局長が自民の大物議員に呼び出され、クギを刺された」(週刊新潮)のではという質問に、松尾武総局長は「番組制作局がこの件で呼び出されたという事実はない」と答える。「海老沢会長、松尾総局長が改編を支持したのでは」という質問にも「そのような事実はない」と否定。

 海老沢会長は「できるだけ公平を期し、我々の自主性、自律性を守りながら質の高いものを出していく精神にはいささかも変わりないし、今後とも公平公正、不偏不党の立場に立った番組づくりに努力するというのは当然だ」と締めくくる。

 社民党の横光克彦議員は、「ETV2001シリーズ、これは非常にいい。NHKでなければできないような、いわゆる挑戦的な意欲が感じられる企画だと思っている……こういったテーマにアプローチすることに現場が萎縮するようなことがあってはならない」と発言。

7月
 バウネット・ジャパン、2001年7月24日東京地裁にNHKを相手取って提訴(裁判は15回の口頭弁論を経て2003年12月15日結審)。提訴の主旨は、NHK側の提示した企画内容に合意したからこそ取材協力したにもかかわらず、別の内容に改ざんされたことにより、信頼(期待)利益を侵害され、また、NHKが番組改変の説明義務に違反したために損害を受けた、の2点。

 坂上香ディレクター、ドキュメンタリー・ジャパンを退社。ETV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」での改変体験に続き、2001年4月26日、NHKBS1ウィークエンドスペシャル「希望の法廷~地域で向き合う少年犯罪~」(坂上香企画・ディレクター兼編集)が放送2日前に放送延期(アメリカの少年たちの社会復帰がテーマ。被取材者の許可を得た後の顔出し・実名報道だったが、なぜか、番組基準にそぐわない、人権上問題があるとの理由)になったことも影響。改変要求を呑み、5分の短縮を行なうことに。この過程で、NHK、NEP21への疑問、黙するドキュメンタリー・ジャパンへの疑問が募り、結論。
 
 坂上ディレクターは、月刊「創」2002年3月号ほか、媒体に告発手記を寄せ、そこでこう書いている。

 「同業者からは共感やエールよりも『とうとう地雷を踏んじゃったね』という嘲笑まじりの『お悔やみ』という諦めの反応の方が圧倒的に多い……日本のメディアにはタブーが溢れている。実際、私はいくつもの地雷を踏んだのだろう。しかし、地雷を撤去しようとするのでなく、地雷を放置して踏まないように恐る恐る避けて歩くメディアの姿は、なんとも哀しくないか」

【2004年】
3月24日
 東京地方裁判所で、「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(以下「バウネット」)ほかを原告、株式会社ドキュメンタリージャパン(以下「DJ」)、日本放送協会(以下「NHK」)及び株式会社NHKエンタープライズ21(以下「NEP21」)を被告とする損害賠償請求事件(平成13年(ワ)第15454号損害賠償請求事件)の判決出る。

 判決内容(東京地裁・小野剛裁判長)は、「番組内容は、当初の企画と相当乖離(かいり)しており、取材される側の信頼を侵害した」と認定、しかし、自民党や右翼の圧力により、番組を改変したNHKに責任はなく、改変は「編集の自由」の範囲内とした。その上で判決は、最終段階で制作から降りたプロダクション、ドキュメンタリー・ジャパン=DJ社に対し、「取材に協力したVAWW―NETジャパンに国際法廷の忠実なドキュメンタリーが作られるかのような期待を抱かせてしまった」として、「原告に百万円を支払え」と命じるものだった。これはジャーナリズムの現場を知らぬばかりか、事実認定、解釈、判断を見誤った重大な瑕疵を含む結論と言えまいか。表現・報道の自由に対しても重大な足枷を課す内容でもあろう。

 対して全日本番組制作者連盟・ATPは以下のような見解を公表した(一部)。

 「とりわけ、本地裁判決においては、放送番組の編集、放送に関して直接的な権限を持たない番組製作会社に対して、放送番組の内容に関して取材対象者が一定の期待を抱くような取材活動を行わないようにする注意義務があるとしていることや、放送番組に関する取材活動は、番組製作会社が制作委託契約に基づき行なうものであり、放送事業者側の関与は認められず、放送事業者側には取材活動に関する責任がないとしていることなど、番組製作会社は制作委託者である放送事業者との綿密な打合せなしに番組製作のための取材活動や編集作業は行い得ないという、当業界における一般的常識や実態に照らし合わせても、相当程度疑問と思われる判断や認定がされています」
http://www.atp.or.jp/news/20041215.html

 この判決の意味は大きい。

【2005年】
1月13日
 NHKの番組放送(2001年1月30日)前に自民党の有力政治家がNHK幹部と面談し、番組内容がその後、大幅に改変された問題を内部告発していたNHKの番組制作局教育番組センターの長井暁チーフプロデューサーが東京都内で記者会見。

 「放送2日前(2001年1月28日)には通常の編集作業を終え、番組はほぼ完成していたが、1月下旬、中川昭一・現経産相らが当事のNHK国会担当の担当局長を呼び出し、番組の放送中止を求めた。NHKの予算審議前だったこともあり、担当局長は放送前日(29日)の午後、NHK放送総局長を伴って、再度、中川氏や安倍晋三・現自民党幹事長代理を訪ね、番組について説明。放送総局長は、番組内容を変更するので、放送させて欲しいと述べた」

 29日午後6時過ぎ、ほぼ完成した番組をNHK局内で松尾武元放送総局長から「内容を変更するので見せて欲しい」と言われ、長井氏も同席し、国会対策担当の野島直樹局長(現理事)と伊東律子番組制作局長と異例の局長試写。その後、「天皇に責任がある」とした民衆法廷結論部分などのカットや法廷に批判的な識者のコメントの追加などが長井氏に指示された。

 手直しは野島直樹局長がリードした。これで、44分の番組が43分になった。続いて、放送当日の30日に、松尾放送総局長が「責任は自分が取る」として、元慰安婦の証言部分など3分間のカットを指示、結局、通常44分の番組は、40分となった。この2度目の改変に対して、現場は全員、反対した。改変は現場の議論とはまったく異なる内容で、現場の意向を無視していたという。

 長井氏は「海老沢会長はすべて了承していた。信頼すべき上司によれば、担当局長が逐一、会長に報告していた。会長宛の報告書も存在している。その上で、政治介入を許した海老沢会長や役員、幹部の責任は重大。海老沢会長になってから政治介入は恒常化している。海老沢会長は旧竹下派の力をバックに会長に上りつめた人。政治家に気を使うがそれがNHKが議員につけこまれることになったのではないか」と述べている。

 これに関連して、長井氏は2004年12月9日、コンプライアンス通報制度に内部告発したが1カ月以上たっても聞き取り調査さえ行なわれていない、という。また、野島直樹局長はヒアリングを拒否していることも明らかに。

 自民党中川経産相と安倍幹事長代理は、「偏った内容だ。公正な番組にするように」などと指摘したことは認めているが、安倍氏は「NHK側を呼びつけてはいないし、番組の中止も求めていない」と新聞各紙にコメント。

 NHK広報局は「これにより、番組の公正さ・公平さが損なわれたということはない。編集責任者が自主的な判断に基づいて編集・放送した。コンプライアンス推進室は通常の手続きに従って調査をしている。途中経過は通報者に知らせている」とコメント。

1月14日
 NHKは中川昭一氏とは放送前に面会したことはない(2月2日が最初、8日、9日)、との関根昭義放送総局長の見解を発表した。中川、安倍氏とも告発内容を否定した。安倍氏とは1月29日の面会した模様(朝日新聞1月14日)。しかし、朝日新聞は、2005年1月10日には、中川氏は朝日新聞に対し、放送前日に面会した事実を認めた上で「NHK側があれこれ直すと説明し、それでもやると言うから『ダメだと言った』と答えた」などの反論を掲載。

1月15日
 NHKは朝日新聞本社に抗議。朝日新聞は「取材を重ねてきた結果だ」と回答。

 中川経産相は14日、プラハで、野党が関係者の国会参考人招致を要求していることについて、場合によっては応じる考えを示唆。

1月16日
 NHKの労組、日本放送労働組合が14日、内部告発者の長井氏を「言論・放送の自由を守るという立場から支援する」との声明を発表(朝日新聞1月16日)。

 テレビ朝日「サンデープロジェクト」に安倍幹事長代理が出演。「なぜ、この時期に。朝日新聞の捏造だ。民衆法廷の検事役は北朝鮮工作員であることが分っている。公平公正にやってくださいと言っただけ」などと弁明した。田原総一郎氏は安倍氏を弁護しつつ、問題はNHKが放送直前に2度改変した。その内容ではないか、と主張した。

1月17日
 自民党安倍晋三幹事長代理、16日、フジテレビとテレビ朝日の番組に出演し、朝日新聞の報道について、悪意ある捏造だ、と語った。安倍氏は放送前日にNHK幹部とあったことは認めつつ、「私が呼びつけたのではなく、予算と事業計画の説明に来た。その後、番組について説明があり、『公平公正にお願いします』と申し上げた」と述べ、また、NHKのプロデューサーに対しても「全部、伝聞で言っている」と批判した。「放送後4年もたっているのに、なぜ、今頃、取上げられるのか。北朝鮮に厳しい私と中川経済産業相を狙い撃ちしており、何か意図を感じざるをえない」とも話した。

 対して、朝日新聞は、「安倍氏やNHK幹部を含む関係者への取材を重ねた上で報道しており、内容には自信を持っている。『捏造』との批判は見過ごすことができない」と17日朝刊で書いている。
# by polimediauk | 2005-01-22 06:16 | 日本関連

NHK問題-2

ますます問題は大きくなってゆくようだ

 若干前になるが、ネット新聞JAN JANがこれまでの経緯をまとめている。

 「天皇が有罪判決を受ける映像をNHKならずともプライムタイムに全国ネットで放送できる放送局が果たしてあるだろうか。つまり、この問題の本質は、日本のジャーナリズムのタブーにNHKが踏み込んだということにほかならない」とする指摘に、はっとさせられる。

NHK大改革の潮目になるか 政治圧力改変問題 2005/01/17

 NHKが揺れている。度重なる不祥事、受信料不払いの増大、NHK会長批判。そして、泣きっ面に蜂。すでに、解決済みの問題の再燃である。突如、焦点化され、日増しにフェーズが格上げ状態になっている「政治圧力による番組改変」騒動、いや、事件である。

 問題の番組は、2001年1月30日放送の「NHK・ETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』第2夜『問われる戦時性暴力』(22時~22時40分)である。

 4回シリーズの中のシリーズ2回目が、日本軍の戦時の暴力、天皇の戦争責任を「民衆法廷」という模擬裁判で裁くという、「VAWW-NET Japan=バウネット・ジャパン」(「戦争と女性への暴力」ネットワーク:松井やより代表)を核とする企画(九段会館で開催された)を中心に構成されたことから、想像を超えた反響が巻き起こり、結果として、当初の番組は大きく改変され、このことがNHKの報道姿勢の是非、報道の自由の問題、表現の自由の問題にまで発展、国会でも問題にもなった。2001年のことである。

 この国はいまだに過去の戦争責任を総括していないと考え、日本の軍隊を「慰安婦」制度、女性の人権、性暴力の観点から非妥協的に問題提起をするバウネット・ジャパン、弱者の視点から良質なドキュメンタリーを次々とテレビ界に送り出すドキュメンタリー・ジャパンという硬派なプロダクション、「人道の罪」「国際法廷」という新たな視点に、人間の持つ可能性を感じとり、それを人々に伝えることに情熱を燃やしたNHK教養番組部の制作者たち。これにNHKの関連会社エンタープライズ21が加わり、NHKプレゼンツの優れた作品が作られるはずだった。

 にわかに暗雲が垂れ込めはじめたのは2000年12月9日からである。九段会館で始まった『女性国際戦犯法廷』のニュースが流れたのだ。さっそく右翼団体から抗議が始まり、ETV2001でも取り上げられることが分かるや一層、NHKに対する抗議は激しさを増す。なぜか。『女性国際戦犯法廷』では、日本の軍隊の幹部、昭和天皇、日本政府が被告とされていた。韓国・北朝鮮、中国、東チモールの”慰安婦“の被害者証言、元日本軍兵士の証言なども予定されていた。

 事前の番組宣伝も手伝って、永田町でも大きな話題となり、批判的な声は当然、NHK記者等を通じて、NHKの幹部にも伝わっただろう。当事、関係者の書いたものやメディアの報道などを見ると、2001年、放送日が近づくに連れて、NHKの上層部の方で、“心配”が肥大化し、口出しが始まっている。

 番組制作者たちは、素人ではない。当然ながら、このテーマが極めてセンシティブなものであり、右翼の対応についても、報道の自由の裏側に担保されている公平・公正についても自覚的だったろう。しかしながら、現場の認識をはるかに超えた“危機感”がNHK幹部には醸成されていたのだった。しかも、1月末といえば、NHKにとっては最重要課題である予算審議が控えていた。こうして、放送直前には、NHK幹部のなりふりかまわない、ヒステリックな対応がなされたようである。

 思うのだが、「天皇が有罪判決を受ける」映像をNHKならずともプライムタイムに全国ネットで放送できる放送局が果たしてあるだろうか。つまり、この問題の本質は、日本のジャーナリズムのタブーにNHKが踏み込んだということにほかならず、換言すれば、この国のジャーナリズムの質こそが問われているとも言える。2人の政治家の露出は、その裏側に無数のサイレントマジョリテイがついていると見るべきで、解決はある意味、容易ではないだろう。

 杞憂は、“命がけ”で内部告発を行なった長井暁CPの今後である。「地雷をふんじゃった」と嘲笑されはしまいか。今の職場を追われ、関連会社に飛ばされるのではないか、ほとぼりがさめた頃に。海老沢会長にNOを出した日放労が非組合員である長井氏の防衛を宣言したのがせめてもの救いだが。

 知り合いのドキュメンタリー・ジャパンの女性ディレクター、坂上香さんは、実は、このETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』の企画書を書き、シリーズ第3回目を担当したが、番組改変の過程で、長年、活躍したDJを2001年7月に突然、退社してしまった。日本の学校で辛酸をなめ、アメリカに渡って映像を学び、DJの橋本佳子代表取締役に手紙を書いて採用された経緯を持つ優秀なディレクターだった。これは非常に不幸な出来事だったと思っている。DJもまた下請け構造の中で経営的に対応が難しく、1社員の想いに十分、応えられなかったのだと想像する。

 現場から犠牲者はもう出して欲しくない。『踊る大捜査線』の警視庁刑事部 捜査一課管理官、室井慎次のような現場を大事にする幹部はNHKにはいないのか?


(年表は次のブログで)
# by polimediauk | 2005-01-22 06:12 | 日本関連

メディア関係者の緊急記者会見

 「市民記者がレポートするインターネット新聞」というJAN JANというサイトで、NHK問題に関する会見の様子を伝えている。

 http://www.janjan.jp/media/0501/0501192730/1.php

 NHKへの政治介入問題などについて、18日午後、参議院議員会館第1会議室(東京永田町)にて、メディア関係者らが「NHK問題に関する緊急記者会見とアピール」を開き、そのコメントを拾ったものだった。

 こうした意見だけ読んでも、様々なポイントがあって、頭の中で整理するのが難しいが、イギリスで言うとBBCと時の政権の関係に似ているな、と思う。

 実は、日本の外側にいると、何故今までこうしたこと、つまり時の政権とNHKの対立が表に出なかったか?と不思議でさえある。また、大手新聞に政府が干渉して大問題に・・・という話が何故でないのだろう?そういう、時の権力との対立が、日本でないはずがない。

 心に残ったのが、最後の二人のコメントで、まずDAYS JAPAN編集長・広川隆一さんの「僕がバグダードに行った時には、現地報道の中では『こんなことが行われているんだ』ということがあって、それが当然世界でも伝わっていると思ったら、日本に帰ってきて、そういうことが一切伝わらない状況がありました。それを報道しようとするジャーナリストは日本にも存在する。だが、その人の意向のままに表現できるような場所がない、メディアがない」

 このとき、「表現できるような場所がない」というのを、広川さんはもしかしてメディアの自己規制とか、そういうことを言っているのかもしれないが、イギリスにいて思うのは、ただ単に想像力の欠如というか、ニーズが十分に開拓されていない、という部分もあるのではないだろうか。

 日本から出てみると、いや、日本でなくても他の国でもいいのだが、ある国から外にでて生きてみると、その国ではまったく選択肢にあがらないようなことが、他の国では重要な問題として扱われていることがあるからだ。

 も1つ残ったのが、最後のフリーライター・岩本太郎さんのコメントで、「市民は今、自分たちが抱えている問題を、マスコミがなかなか取り上げてくれないという意識が強い」。情報の受け手の、いらいら感が伝わってくる。(ただ、「市民」というのが、どうも日本語としてピンと来ないのだが・・・。他にいいようがないのだとは思うが。)

   以下のコメントは、JAN JAN記事からの抜粋である。

◇『放送レポート』編集長・岩崎貞明さん――

 「政治家が個別の番組について、その放送局の幹部に何らかの意見を言うこと自体、非常に問題だと思います。これは、呼びつけたか、もしくは出向いたかということとは一切関係ないと敢えて言いたいと思います」

 「問題の番組については、ずたずたに編集された跡がはっきり分るような、このままオンエアにかけるのはしんどいなと思うような出来の番組だったと言えます。民放でこういうことをやったら、間違いなく放送事故と言われ、場合によっては、放送免許に関わるような事態です。こういうことを『通常よくある』なんていうような説明をしたNHKって、いったいどうしてきていると思わざるをえません。また、今回の一連の事態について、NHKの報道ははっきり偏向していると言っていいのではないでしょうか。自民党の議員側の言い分が非常に大きく取り上げられて、長井さんの記者会見ではNHKはカメラも出していませんでした。自分の問題でも客観的に伝える義務があるのではないでしょうか」

◇映像ジャーナリスト・坂上香さんは、ドキュメンタリー・ジャパン(DJ)の元ディレクターで、ETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』の第3回目を担当した。番組改変問題を原因に、DJを2001年7月に退社した。坂上さんは4年前の経験についてこう語った――

 「今新聞報道で問題になっているのは28日以降ですが、実はもっと前から異常な事態が発生していました。決定的なのは、19日に部長試写というものが行われてから、どんどん番組の軸であった部分が削られていった。しかも、現場が納得するという方向ではなくて、一方的な業務命令という言葉でカットされていった。しかし、この数日の報道の流れでは、安倍さんやNHKの発言によって、番組の内容はどうだったのかという感じで変にねじれ現象が起こってきていると思います」

◇『週刊金曜日』編集長・北村肇さん――

 「非常に大きな問題があるにもかかわらず、ここのところでは、『安倍さんが呼びつけたというのは事実であるかどうか』というようなことに問題が収斂されていて、またしても重要な問題がすりかえられたと、非常にヤバイ状況だと思います。また、メディア全体としてこれだけ重大な問題であるにもかかわらず、そのすり替えのような動きに乗ってしまっています」

◇月刊『創』編集長・篠田博之さんは、メディアの自主規制を政治介入の「現代型」表現だと呼ぶ――

 「今回の問題は『放送レポート』や『週刊金曜日』などが2、3年前にかなり取り上げていた話です。それが今回初めて発見されたかのように大騒動になっているのに驚いています。この間の報道を見て気になるのは、『政治介入』という時に、すごく古典的な、1960年代のイメージであまりにも固められている印象があります。今回は、明らかにNHKが自主規制をしていたけれども、外部の介入と圧力が自主規制という形に変わってきているというのは、ここ20年のメディアの特徴です。昔の『政治家がやめろと言って、メディアが抵抗する』というような古典的な構図ではなく、自主規制という現代型です。そこのところを踏まえて議論しないと、(両議員が)『やめろ』と言ったか言わなかったかという消耗的な言い争いになっているような気がします」

◇元立命館大学教授・松田浩さんは、「政治介入を許す法制度」、そして新聞社、テレビ局などの「権力に弱い企業文化」を問題の根源だと見ている――

 「NHKは権力に協力することによって組織を拡大し、権益を獲得する。例えばハイビジョンとか、デジタル化とか、新しい財源を手にする。一種の権力との共犯関係ができていると思います」

◇ビデオジャーナリスト・綿井健陽氏――

 「政治家にとっては、メディアは取り込む対象になっている。メディアも、取り込まれることについて、はね返そうとしない。メディアと政治家はどんどん近づいてきて、いわば馴れ合いの中で作られてきた構造の問題だと思います」

◇ジャーナリスト・原寿雄さん――

 「NHKはもう完全に政治部支配で、エンタテイメントの番組の製作現場にも政治部の人が来て大きな声で言うと、それに逆らえない。なぜそうなったかというと、政治部が一番大事な国会対策、政府対策を一身に引き受けてやっているから、政治部のOBを含めて、その頂点が海老沢会長ということになる。ですから、NHKの経営政策の中心は、政治工作をいかに完成させるかということで、それはほぼ完成に近い状況ができていた。外に対して『うちの中では、政治部が完全にどの職場の番組にも干渉できる体制になっている』とする。政治権力から職場の末端まで、一本の線がずっと完結する、ほぼそれに近い状況ができつつあった。この中での今回の事件だということを考えると、非常に意味が深い」

◇立正大学教員・桂敬一さん――

 「報道に対する権力の介入はけしからんということで、メディアは一致しないというところに非常に大きな問題があります。今は報道した朝日とNHKが敵対する関係になっています。そして、そのNHKを支えるものとして読売と産経が朝日叩きに躍起になっています。私は、『朝日』だって決して一枚岩なんてとても思いません。社会部がこういう叩かれている状況の中で、どうやって共にやっていけるかは大変な問題になっていくと思います」

◇『DAYS JAPAN』編集長・広川隆一さん――

 「僕がバグダードに行った時には、現地報道の中では『こんなことが行われているんだ』ということがあって、それが当然世界でも伝わっていると思ったら、日本に帰ってきて、そういうことが一切伝わらない状況がありました。それを報道しようとするジャーナリストは日本にも存在する。だが、その人の意向のままに表現できるような場所がない、メディアがない」


◇フリーライター・岩本太郎さん――

 「市民は今、自分たちが抱えている問題を、マスコミがなかなか取り上げてくれないという意識が強いです。日本で初めてNPOが放送免許を取った京都コミュニティ放送では、市民がボランティアで番組を作るだけじゃなくて、市民がスポンサーになるという考え方がある。例えば、週1回の3分番組が1ヶ月5000円で。受信料を発信料にするわけです。つまり市民が公共放送を支えるんであれば、市民はそこで発信する権利がある。例えば、受信料の中の何%をそういうメディアの育成に投入する。もちろん、放送法などの問題でいろいろ難しいと思いますけど、長期的にみれば、そういうことも検討して、市民とメディアとの関係性を再構築していかないと、今回のような問題があった時には、市民を味方につけていくことができないんですね」


# by polimediauk | 2005-01-20 18:39 | 日本関連

フリーペーパー その4

英「メトロ」の既存紙への影響は?

 有料新聞が苦戦を続ける中、無料新聞のメトロが大躍進している状況をこれまで紹介してきた。

 メトロは、コミュニティー・ニュースが中心となる情報誌としてのフリーペーパーでなく、あくまでも一般紙同様の紙面構成をとり、ニュース報道をメインにしている。

 結果的に、どうしても有料既存紙と利害が衝突するのは避けられなかった。

 ・・・というのは、今から思えばであって、6年前にメトロがイギリスで発行を開始した頃は、一般有料紙は特にライバルとは思っていなかったようだ。現在でも、質的にメトロをライバルと思っている高級紙〔タイムズ、デイリーテレグラフなど)は、少ないか、ないかもしれない。

ー既存紙の発行部数を奪う

 発行部数への影響はどうだったのだろうか?

 イギリスの新聞業界全体の発行部数の落ちがフリーペーパーのメトロのせい、というのは、正しくないだろう。逆に今まで新聞を読まなかった人が、メトロを手にすることで、既存有料新聞を読み出すようになったという人もいる。しかし、一方では、朝の通勤時間に既存有料紙を買って読むより、どうせなら無料のメトロに手が伸びる・・・そんな読者がたくさんいるだろうことは、想像にかたくない。

 最も大きな打撃を受けたのは、メトロを出しているアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が手がける、夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードだった。

 イブニングスタンダードは1部40ペンス(約80円)。12月の発行部数は37万部。前月より6・3減。前年同月よりは10%減。メトロ・ロンドンは49万部。前年同月比で9%の伸びだった。部数の動きが全く正反対になっているのである。

 両紙ともに小型タブロイドサイズ。一方は無料で一方は有料。

 紙面構成を比べると、イブニングスタンダードは、タブロイド紙(サン、デイリーミラーなど)にやや近い。例えば前の晩のテレビ番組のトピック、スターのゴシップなどが1面に来ることも多い。イギリス国民にとっては身近な話題でいいのだが、メトロは重要な国際ニュースを1面に出し、高級紙と同じトピックが、シンプルな文章で書かれている。

 センセーショナルな表現を多発するタブロイド紙ほど挑発的にはなれず、かといって高級紙でもない、ということで、割をくっているのがイブニング・スタンダードなのかもしれない。

ー高級紙タブロイド化の起爆剤?

 2003年秋、インディペンデントとタイムズがタブロイド判を発行するようになった背景に、メトロの躍進があるといわれている。その急速な伸びは、日本同様、若者の新聞離れが言われていたイギリスの新聞業界で、「若者も新聞を読みたがっている」ことを証明して見せた。

ーその後の動き

 さらに新たな動きがある。

 メトロにばかり市場を独占されてはかなわないと、新聞発行者たちが活動を開始。ロンドン市長をも巻き込んで、ロンドン・フリーペーパー戦争が起きつつある。もはやメトロの1人勝ちは維持できそうにない。



 
# by polimediauk | 2005-01-19 22:06 | 新聞業界

「ジャーナリズムは記事の質で勝負」
 

 ライブドア・ニュースに韓国オーマイニュース社長のインタビューが載っている。

  「ジャーナリズムは記事の質で勝負するもの。プロであるか、アマチュアであるか、もしくは大手メディアの記者か小さなメディアの記者かは関係ない」というコメントが、目をひく。

 日本語版も予定しているという。もっと詳しく知りたくなる。

 【ライブドア・ニュース 18日 東京】 - 市民アマチュア記者3万6000人を集めて、ネット新聞を展開する韓国オーマイニュース。市民の直接参加と読者との情報の双方向性を武器に、設立5年で韓国の主要報道機関に成長した。02年の大統領選では、盧武鉉政権誕生に一役買ったとされる。オーマイニュースのオ・ヨンホ社長に話を聞いた。

 問 オーマイニュースという、ネット上の市民参加型報道機関を始めたきっかけは。
 答「私は大学卒業後、雑誌で12年間記者生活を送っていたが、韓国の大手メディアが保守的で閉鎖的だと感じてきた。この韓国の大手メディア状況を、多くの市民と共に変えていきたいと考えた。そこで、『市民みんなは記者だ』というキャッチフレーズを掲げた。それは、紙媒体でなく、インターネットでこそ可能だと感じた」

 問 なぜ、一般市民のアマチュアと協働することを考えたのか。
 答「プロ記者を排除しているわけでない。オーマイニュースはプロ記者と市民記者の夢のような結合を求めている。ジャーナリズムは記事の質で勝負するもの。プロであるか、アマチュアであるか。もしくは大手メディアの記者か小さなメディアの記者かは関係ない。インターネットを利用して、記者と読者の間に(情報の)双方向性が生まれるとき、ジャーナリズムは最に望ましい姿が現れると考えている」

 問 オーマイニュースが韓国で成功した要因は。
 答「一番は『市民みんなは記者である』というスローガンだったと思う。また、オーマイニュースは利益を追求するのでなく、オルタナティブ(既存の代替的)な市民言論運動を目指したので、市民が賛同してくれたと思う。韓国の若い世代は、韓国社会全体やコミュニティを自ら変革できると信じており、その多くが積極的に市民言論運動に参加している」

 問 既存のメディアから嫌がらせや妨害などはなかったか。
 答「オーマイニュースは少人数(4人)で、ビジネスとしてでなく、市民運動的な性格を持ったジャーナリズム運動として始めたので、逆に、既存のメディアに少しは可愛がってやろうという意識があったと思う。今ではオーマイニュースは、新聞やテレビなどメディアの中で韓国第6位になり、他から警戒されてきているのは事実だ」

 問 オーマイニュースが読者から信頼を得た要因は。
 答「設立時からオーマイニュースの報道で、既存メディアが歪曲してきた、もしくは無視してきた事柄を取り上げてきたからだと思う。また、ある現象を報道するとき、既存のメディアのように一部を取り上げるのでなく、全体像を描くように心がけたことだと思う。新聞のように、締め切りはないし、紙面の制約もない。そして、一番重要なのは、市民がオーマイニュースに直接参加でき、自分の言いたいことを言えるということだろう」

 問 オーマイニュースの将来像は。
 答「韓国内では、オーマイニュースがニュース配信を始めた後、たくさんのインターネット新聞が生まれた。これが、オーマイニュースの認知度を高め、競争力の源泉となった。今ではオーマイニュース英語版があるが、多くの記事は韓国人以外の人が投稿したもの。韓国国内のジャーナリスト・ネットワークに留まらず、世界に情報を発信していくものに育てたい。市民参加ジャーナリズムが世界各国で広がることを望む。今後は日本語版も作って、日本の方にも参加してもらいたい」
# by polimediauk | 2005-01-19 03:12 | ネット業界