小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

紙を捨てた?-タイムズ、サンデータイムズの有料サイト、6月オープン


 左派高級紙インディペンデントを、ロシアの元KGBのレベジェフ氏が1ポンドで買収するニュースがとうとう出た。

 これに衝撃を感じている間もなく、今度は、いよいよ、英タイムズ紙とサンデータイムズ紙が、ウェブサイトの有料化具体案を発表した。5月、それぞれの個別の(今は一緒)ウェブサイト立ち上げ、6月からは閲読有料制を取る。登録後に無料で提供する期間も設ける。

 6月以降、すべての記事が有料化になるかどうかはよくつかめないのだが、ガーディアンには「完全に有料化する」という文章があった。BBCの報道にはタイムズのジャームズ・ハーディング編集長のインタビューも入っている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/8588432.stm
http://www.guardian.co.uk/media/2010/mar/26/times-website-paywall


 私が驚いたのは、有料の価格である。一日読めるアクセスが1ポンド(130円ぐらい)で、1週間だと2ポンド(260円)。これで両方のサイトが読める。ちなみに、紙のタイムズ(月曜から金曜の平日版)は1ポンドである。

 1ポンドというのは非常に払いやすい価格だ。いまどき、1ポンドではほぼ何も買えない。無料と比べれば確かに違いはあるけれど、かなり心理的抵抗の少ない数字である。日本の100円、あるいは200円ショップのような、区切りのいい数字だ。(1ポンド硬貨一枚のイメージである。)1週間分=2ポンドを払った場合、記事が無料で読めるだけでなく、電子新聞(イー・ペーパー)やそのほかの新しいアプリがついているそうである。

 そして、もしタイムズ(紙)の既に購読者であった場合、追加金を払わず、(これまでのように)無料で読める。

 私は、一日で1ポンド、1週間で2ポンドという数字を聞いた時、非常に新鮮な思いがした。アイパッドやキンドルなどで販売する(あるいは予定の)新聞の購読料がドル計算で15-20ドル(1ドル=92円だと1380円から1840円:訂正)という数字を目にしていたせいもあるだろう。また、フィナンシャル・タイムズのサイト購読料は月額にすると大体15ポンド(サービスによっていろいろ変わるが)=約2000円ぐらい。

 なので、タイムズの有料制を聞いたとき、どんな期間(1日、月額)になるにせよ、5ポンド―15ポンド位を頭に描いていた。それが1ポンド―2ポンドだった、と。しかも、フィナンシャル・タイムズは紙媒体を購読していても、ウェブの閲読には追加料金を払う仕組み(日本の日経のような)であるので、「購読したら閲読無料」もいいなと思った。

 BBCのウェブサイトでティム・ウェーバーというビジネス記者が、「失敗するだろう」と書いている。果たしてそうだろうか?

 BBC側は「ほかにもたくさん同様のニュースが無料で読める」と主張するのだけれど、「タイムズの主張を読みたい」(私のような)人は結構いるかもしれないと思う。有料が10ポンドとか値の張るものだったら、なかなかお金を払う人はいないかもしれないけど、何せ1ポンドなのである。

 私は必要がある時にのみ(調査、特定のトピック)タイムズのウェブサイトを読むタイプだけれど、一日アクセス料を払って、本数には際限がないようだから、思い切りアーカイブから記事をクリップするだろう。英紙はFTを除き、サイトには過去記事も含めてすべての記事が掲載されているので、これができる。

 ハーディング氏のインタビューを見ていて思ったのは、ウェブサイトの有料化の目的は決して「紙媒体のタイムズを救う」ではないのだな、ということ。

 つまり、遅かれ早かれ、新聞はウェブだけになる可能性もある。紙の比率は極度に少なくなるかもしれない。そうした「近い将来」に向けて、布石を打っているのだと思う。ウェブだけで食っていけるようにー。まあ、なかなか「ウェブだけ」ではそうならないかもしれないが、それでも、先を見ている感じがする。

 紙を守ろうとするのでなく、紙は先細りの媒体になるだろう、という認識が底にあると思う。1ポンドは丁度、平日版のタイムズの値段と同じ。そこに結構深い意味があるような気がする。1日アクセスで1ポンド払うことで、事実上、その日のタイムズを「買った」のである。でも、紙をわざわざ買いに行くよりは、自宅や会社で、ひょいと同じ値段を払って、読んだ方が楽だ。まあ、そんな感じがする。

 一つ、気になるのは、どんな形で支払うのかな、と。ペイパルかクレジットカードか。いずれにしろ、このプロセスは非常に簡素でないといけないだろう。ただ、オンラインショッピングがかなり浸透しているので、大きな問題にはならないだろうけれど。その度に煩雑な情報を(再)入力しないとダメなら、面倒くさいなと思う。

 さて、他紙はどうするだろう?

追加:
ハーディング編集長が有料化で読者を失うのは計算済み:質問に答える
http://www.guardian.co.uk/media/organgrinder/2010/mar/26/times-paywall-whitwell

この中に、紙だけでなく、ネットや携帯などで読む広い読者に目を向けていることを示唆したコメントが。

One of the things that we are trying to do here is change the dynamics of the newspaper business. Instead of just defending a dwindling band of existing readers, we're aiming to reach out to a world of people who want to get information and ideas but not from the printed page. They look to their phones and their laptops and their TVs to inform them. We want to be there - and on a host of new devices to come."


マードックの有料化案に反対のジェフ・ジャービス氏のコメント。http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/mar/26/rupert-murdoch-pathetic-paywall

 彼のツイートを拾うと、何でも、マードック傘下のスカイニュースに出演して、マードックのことを大批判したとのことである。

by polimediauk | 2010-03-26 20:28 | 新聞業界